Fate/BattleRoyal
16部分:第十二幕

第十二幕


 冬木市、深山町にある柏木道場にて・・・
誰もいない道場で漆黒の髪をポニーテールに纏めた少女が真剣を手に静かに佇んでいた。少女は眼を瞑り、動く事もなくただ、静寂に身を委ねていた。眼の前には三つの巻藁が置かれている。
それから暫く後、少女はうっすらと瞼を開き、緋色の瞳を顕わにする。それと共に手にした真剣を鞘から凄まじい速度で拭き放ち、再び、鞘へと瞬時に戻した。それと同時に三つの巻藁が各々、三つに分たれ、床に落ちる。
少女は息を継いで力を抜く。彼女の名は柏木(かしわぎ)涼香(すずか)。この道場の一人娘である。
この柏木道場は主に居合術を教える道場であり、彼女も幼い頃から、その薫陶を受け、今では高校生ながらに大人顔負けと言って過言ではない腕前となっている。
おまけに学業成績は優秀で品行方正、容姿も端麗であるから近所や学校でも評判がいい優等生で通っているし、涼香自身もその自覚があってか人一倍に努力と鍛錬を積み、そう在ろうと努めている。
そんな彼女だが、今日は少し、浮かない顔をしている。いや、今日だけじゃない。二ヶ月半前からそうなのだ。
彼女の親友が姿を消した日から・・・・

「冬華、無事だろうか?」
涼香は浮かない顔と声で親友の名を呟く。事は二ヶ月半前・・・涼香の親友にして剣術の好敵手でもあった如月冬華の学校が壊滅したと言う事件から始まった。全校生徒や全教員の殆どが犠牲になった大惨事であったが、幸いな事にその時、冬華は剣の修行の為に休んで難を逃れたそうだが、それから程なくして姿を消してしまったと言うのだ。
恐らく、表向きは粗暴でも正義感が人一倍強い親友の事だ。きっと、その犯人を捜しに行ったんだろう。相も変わらず無茶ばかりして・・・
涼香はムスっとした親友の顔を思い浮かべて思わず、苦笑する。
「さて、今日は母様から買い物を頼まれている・・・そろそろ、行かなくては」
涼香は誰に言うでもなく自分に言い聞かせて頭を切り替えた。
(そうだ・・・くよくよしていた所でしょうがない。冬華はきっと大丈夫だ)

それと同時刻、神威とセイバーは“見えざる斬撃”に苦戦していた。
「おのれッ!姿を見せず、こそこそとッ!」
セイバーは毒づきながら、“見えざる斬撃”を捌いている。一方、神威も超音波による攻撃をリオン目掛けて放つが、彼女は片手で風の防御壁を作り相殺するのみならず押し返して反撃する。神威も同じように防御壁を作るも押し返す所か相殺すらできず、瞬く間に後ろの柵にまで吹き飛ばされ背中を打ち付ける。
「がはッ!・・・ゲホ・・ッ!」
グッタリとなる神威にリオンは嘲り声で言う。
「やっぱ、魔術師としては半端者ねえ、あんた。攻撃と防御がワンパターン過ぎる上に継ぎ接ぎだらけよ。お陰で簡単に付け入れられる。そんな様でよく聖杯に見初められたものだわ。いい?素人君、魔術ってのはね・・・・こうするのよッ!」
リオンはそのまま片手から風の刃を槍の如く一直線に邁進させた。神威は超音波でそれをどうにか逸らすも右肩を大きく抉った。それを見てリオンは意外そうな顔になって感歎する。
「へえ〜、荒削りながら頑張るじゃない?けれど、それがいつまで続くかしら〜?クスクスクス・・・」
神威はそんな彼女の厭らしい笑みを見て内心でゾッとする。

この娘・・・攻撃に一切、躊躇いがない。そりゃ戦争・・なんだから当然なんだろうけど、それ以前に人を殺める事自体に良心の呵責所か何の感慨すらない・・・ううん、寧ろ・・・楽しんでいるッ!
無関係な学校の生徒を『サーヴァントの試運転』とか言って皆殺しにしている時点で分かっていたけど、この娘、倫理観が恐ろしいくらい・・欠如しているんじゃ・・・ッ!?

神威が異常極まりない彼女の性質に戦慄していると当然ながら、側で現場を保存していた警官達が何事かと駆け出して来た。それを横目で見たリオンは苛立った声で・・・
「たくっ・・・・あたしの手を煩わさせるんじゃないわよ。力のない劣等種が」
そう言って、彼女は片手を駆けて来る警官達に向けてかざした。それを見た神威は制止の声を上げる。
「止め―――ッ!」
だが、言い終わる間もなく先程の風の槍が警官達を瞬く間に無数の肉塊に変えて屠る。辺りに鮮血の海ができ、そこに腸や千切れた四肢、内臓・・眼玉が沈み込む。しかも、それは警官ばかりではなく、たまたま、側を通行していた一般人のものですらあった。その惨状を神威は呆然と眺め思わず、口を開いた。
「なんで・・・・?」
その声を聞き咎めたリオンは「はあ?」と不思議そうに首を傾げる。
「なんで・・・お前、こんな事が平気でできるんだよ?この人達は何の関係もないだろう・・・・学校の皆だって」
神威がそこまで言うとリオンは一層、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
「はあ〜?あんた何、柄にもなく熱くなってんのよ。そんなキャラじゃないでしょうが、この根暗モヤシ。あたしら魔術師は上位種なのよ。なら力のない劣等種をどうしようとあたしの勝手でしょうがッ!」
そう言うと共にまたも風の槍が神威目掛けて飛んで来る。神威は別段、避けるような仕草は見せず蹲っていた。
「奏者ッ!何をしている!?避けろッ!」
セイバーが眼を剥いて叫ぶ。だが、神威は尚も動かず風の槍は容赦なく、それを貫いた―――!
強い衝撃音が鳴り響くと共に風による土煙りが巻き起こり、後には地面を抉った爪痕と変わり果てた神威の姿が―――いない?
(なッ!どこへッ!?)
リオンは思わずギョッとするが、その直後、背後に悪寒を感じ振り返った瞬間―――!

バゴォッ!

「へっぐぅぅぅぅッ!!」
リオンは右頬を拳で射抜かれ、身体を吹き飛ばされる。そして、身体を徐に起こすと、そこには神威が息を切らしながら、自らを見下ろしていた。リオンは一瞬、何が起こったのか理解できず呆けていた。

何?何が起きたの?確か、こいつ目掛けて風の槍を渾身の速度で放ってっやったはずなのに・・・いつの間にか私の後ろに回っていて・・・・そして、あたしの顔を―殴った?こいつが?このモヤシが?()()()()()()()!?よくも―――ッ!!

「人が手加減してやりゃ付け上がりやがって・・・この糞餓鬼がああああああああああああああッ!!」
途端にリオンは醜悪な顔になって風の攻撃魔術を今度は両手で連射する。それに対し神威は超音波を自らの背後で発生させジェット噴射のようにして攻撃をかわして行く。
(成程ね・・・さっきの攻撃を避けたのもそれって訳!でもね―――)
リオンは自らも風をジェット噴射にして神威の眼前まで追い付き足刀を腹に打ち込んだ。途端に神威はゲホッと嘔吐し、そのまま地面に倒れ込む。そんな神威の首をリオンは片手で締め上げる。
「あんたには驚かされたわ・・・・ロクな鍛錬もしてこなかったド素人が・・・でも、あんたができんのも所詮はここまでよ。さっきはモヤシにしては良い一発を喰らわしてくれたじゃないの・・・アハ♪死になさい」
そう言って首を締め上げる手に一層、力を込めて行く。
「奏者ッ!?ぐぅッ!おのれ・・・ッ!」
セイバーは主の危機に駆け付けようとするも“見えざる斬撃”に阻まれる。
(くそッ!この“見えざる斬撃”・・・恐らくチェーザレの宝具かスキルなのであろうが、姿を視認できなければ気配すら感じぬッ!このままでは奏者が―)
焦るセイバーを尻目にリオンは神威の首を細腕とは思えない万力の力で締め上げ、且つすぐに殺さぬ程度に手加減し甚振っている。

この娘、凄い力・・・ッ!だ・・・駄目だ。やっぱり、経験も技量も彼女と僕では違い過ぎるッ!付け焼刃の魔術なんかじゃ抵抗すらできない・・・・
僕・・ここで死んじゃう・・・のかな?ご・・ごめん、セイバー・・・・・

徐々に意識が遠のこうとしていた時―――!

ガシッ!

リオンの締め上げる手を掴む者があった。リオンが煩わしそうにその者を見るとそれは漆黒の髪をポニーテールに纏めた美しくも凛々しい顔立ちをした少女だった。
「何をしている?こんな往来で悪ふざけにも限度があるだろう」
少女が緋色の眼で真っ直ぐに見据えて、そう言うとリオンは小馬鹿にしたような声で言った。
「はあ?あんた誰よ?」
(なんなの、この女・・・私が今の今まで気配を感じないなんて)
と内心では怪訝に思うも顔には億尾にも出さない。劣等種風情に動揺など見せられないと踏んだからだ。
「私は柏木涼香、柏木流抜刀術道場の門下生だ。そう言う君は何者だ?」
(何よ・・・この女の力・・・このあたしが振り解けないなんて!?)
リオンは自らの腕を掴んでいる涼香の手を振り解けなかった。涼香は万力とも言える力で掴んでいる。
「とにかく、その手を離したまえ。これ以上は悪ふざけじゃ済まなくなる」
そう言って涼香はリオンの手を捩じり上げ、神威を解放した。解放された神威はゲホゲホと咳き立てる。涼香はすぐび神威を介抱する。
「大丈夫か君?」
「は・・はい、ありがとうございます」
神威は咳き立てながらも礼を言う。一方、涼香の捩じり上げる手から解放されたリオンは尻持ちをつきながらも悪態をつく。
「ちょっと、あんた何、部外者が横槍を入れてんのよッ!」
すると、涼香は眼を鋭くして言う。
「これは当然、入れるべき事態だろう。君こそ往来で殺人未遂とはどう言う了見かな?私が横槍を入れなければそれこそ未遂では・・・いや、既に済まなくなっているのかな」
眼の前に広がる惨状を眼の当たりにして涼香がそう問うとリオンは小馬鹿にしたような声で言った。
「だから、何?“ごめんなさい”って謝って欲しいわけ〜?」
「そうだな・・・まずは君をぶちのめして警察に送り届けるとしよう」
涼香はそう言って構える。すると、リオンの額に幾つも青筋が立つ。涼香の言動に相当、切れているようだ。
「どの口で言ってやがる・・・劣等種がッ!!」
リオンは躊躇いもなく風の槍を涼香に放つ。涼香はそれに初めて度肝を抜き、動きを止めてしまう。この時、神威は珍しくも迷う事なく彼女の前に出て防御壁を作るが・・・
「ハッ!そんなワンパターンで雑な防御が通用するわけないでしょうッ!」
風の槍は神威の拙い防御壁を軽々と破って行く。
(くそ・・・やっぱり、駄目だ!)
「すいません!」
そう言うなり、神威は間髪入れず涼香を抱き上げ超音波のジェット噴射でその場を後にする。
「チッ、モヤシの分際でイザと言う時はとことん敏捷ねッ!でも、背中が思いっきり、がら空きよッ!」
リオンは容赦なく第二撃を神威の背中目掛けて放ち、大きく抉った。すると、神威は地面に転がり落ちた。一方、涼香はどうにか受け身をとれたものの、未だに今現在の状況を呑み込めずにいた。
(なんだ・・・これは?人の手から風が巻き起こった!?それに、私を助けてくれた彼も・・・・ツゥ!)
涼香は背中を抉られ、ピクリとも動かず、倒れ込んでいる神威に気付き、すぐさま、駆け寄った。
「君ッ!大丈夫か!?」
そして、背中の傷を見てみるが、見た目ほど、傷は深くはないようだった。涼香はホッと息を継ぐ。
(よかった・・・それ程に重傷ではなさそうだ。しかし・・彼らは一体?)
「ちょっと、のんびりしている場合〜?」
「!?」
突如、リオンの声が至近で聞こえ、涼香が顔を上げると、そこには嗜虐的な笑みを浮かべ、片手を自分達にかざすリオンの姿があった。
涼香の全身が総毛立つ。
(そんな・・・いつの間にッ!?)
涼香は居合いの有段者だ。故に人の気配を敏感に察する事ができる。にも拘らず、これ程の至近距離まで近づかれて尚、自分が気付かないなんて・・・!?
涼香の表情から驚愕を読み取ったリオンは嘲笑と愉悦が入り混じった顔になって言う。
「アハ♪良い〜顔!何が起こったかも解らないおマヌケ面だわ〜♪それこそが上位種たるあたしら『魔術師』とあんた達『劣等種』の大きな差って奴よ」
「“魔術師”?何を言って・・・・」
「ハッ!あんたに教えてやる義理はないわ・・・死になさい」
そう言って、リオンはかざした手から再び、風の槍を・・今度は避けようもない至近距離で放った―
「奏者アアアアアアアアアアッ!!」
セイバーの悲痛な声が響く。

涼香はその瞬間を走馬燈の如く、見ていた。

私は死ぬのか?このような無軌道な行いをする者を正す事すらできずに・・・・こんな所で?
私は・・・・こんな出鱈目でわけが分からない力を前に無力なのか?何も・・・できないと言うのか?父様―

彼女は在りし日を回想する―――
『涼香、これだけは覚えておきなさい。どれ程、力に差のある相手だろうと、如何に絶望的な危地に追い込まれようとも前を向きなさい』
『前を?ですか、父様』
今よりも幼い涼香がオウム返しに問うと父はその頭を撫でて言った。
『そうだ、たとえ窮地に立たされようとも転機は必ず、訪れる。それにはまず、前を向きなさい、眼の前の状況を正しく認識する事から心掛けなさい。諦め、それが出来なくなった人間は必ず、負ける。だからこそ・・・そんな時だからこそ、前を向きなさい。最後の瞬間まで』

そうだ・・・まず、前を見ろ!最後の瞬間までッ!諦めるなんて何時だってできる。せめて、転機が訪れるまで・・・生ある限りは前を―――向けッ!

涼香はキッとリオンを見据える。それを見たリオンは可笑しそうな笑い声を上げる。
「アハハハハハ、な〜に、それ〜?せめて睨み付けてやる事で抵抗しようって虚勢〜?受けるぅ〜♪」
そう、これは強がり―最後の最後まで諦めず、且つこのような輩に屈しはしないと言う意思の提示だ。そうだ、こんな奴に絶対、頭など垂れる物かッ!!
そう決意を込めて眼に力を入れた瞬間に右手に鋭い痛みが一瞬、走った気がしたが、涼香は気にしなかった。ただ、自らに迫り来る風の槍と厭らしい笑みを浮かべているリオンを精一杯に睨んでいた。
そして、短いようで長い刹那の刻は過ぎ、風の槍が涼香と神威に直撃し、余波と土煙りが起こる。セイバーは絶望に染まった顔と声で「そ・・奏者・・・」と呟き、リオンはニンマリと勝利の笑みを浮かべたが、その瞬間、その頬を一筋の一閃が裂いた。
「え?」
リオンは一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、そのような疑問はすぐに答えが出た。自分のチェーザレと赤いセイバー以外のサーヴァントの気配によって―
やがて、土煙りが晴れ、そこには涼香と神威を背にした藍色の長髪、白金の瞳をした凛々しい青年がチェーザレの禍々しい大剣とは対照的と言える白銀のような輝きを持った白い刀身の大剣を携え、リオンを睨み据えていた。
「なッ・・・サーヴァントですって!?一体、何処から・・・はっ!」
リオンはその疑問の答えを涼香の右手の甲に刻まれた令呪を見る事で悟る。
「成程・・・要するにそこのモヤシの時と同じってわけね」
一方、涼香は自分達を背にする青年を呆然と眺めていた。風の槍が当たると思った瞬間、覚悟していた衝撃はいつまで立っても来ず、その代わり、いつの間にかこの青年が自分達を護るように前に立ちはだかっていて・・・
涼香が羨望とも憧憬とも知らぬ眼で見つめていると眼前の青年が横目に涼香を見て口を開く。
「サーヴァント・セイバー。召喚の招きに応じ此処に現界した。問おう、貴女が俺のマスターか?」
「マスター?」
涼香が脈絡もない単語に戸惑っていると彼は涼香の右手に刻まれた令呪を見て取り、頷く。
「そうだ、その『令呪』こそが俺と貴女の盟約の証・・・ふむ、魔力のラインもしっかりと繋がっているようだ。これより、この身は貴女の剣と成り、盾と成る」
そう言って、彼―藍髪のセイバーはリオンと相対する。
(サーヴァントがニ体・・・こりゃ分が悪いにも程があるわねえ・・・しかも、何よ。あの赤いセイバーもそうだけど、このセイバーもあたしのチェーザレのステータスを上回っているなんてッ!!こんな半端な魔術師(マスター)共と契約しておいて・・・あたしがこいつらに劣っているとでも言うのッ!?)
歯軋りするリオンにチェーザレが念話で語り掛ける。
(リオン、最早これまでだ、退くぞ。完全に流れが変わった。我が宝具『見えざる謀権術数(インビジブル・エア)』もそう長くは持たん。赤いセイバーも徐々に間合いを読んで来ている。元よりステータスもあちらが上な分、こちらが不利だ。その上、そこにそいつが加われば我とて一溜まりもない)
そう諭されリオンは屈辱に歯噛みしながらも決断を下す。
(・・・撤退よ、セイバー・・・ッ!)
念話でそう答えると一陣の風がリオンに吹いたかと思うと、その姿は既になかった。チェーザレの気配が消えた事を確認したセイバーはすぐに神威の所へ駆け付ける。
「奏者ッ!」
だが、そこへもう一人の剣士(セイバー)が剣を向けて来た。それに涼香は慌てて言った。
「な・・何を!?」
すると、彼女のサーヴァントは当然の如く答える。
「決まっている。この者は敵のサーヴァントだ。故にここで倒す」
それに対し、セイバーは不敵な笑みを浮かべて返す。
「ほう、我が奏者(マスター)をちゃっかり、人質にして抜け抜けと言うではないか」
すると、涼香のセイバーはそれが心外だと言わんばかりに眼を鋭くする。
「舐めるなよ、小娘。この俺が女相手に人質を使わなければ戦えぬ臆病者だと思うか」
「ふむ、正々堂々を好む騎士であったか。皇帝たる余に対する不遜には眉を顰めるが、良い、とくと許そう。では参ろうか、下朗」
セイバーは『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』を構える。すると、涼香のセイバーも自らの得物を構え不遜に言う。
「それは失礼した。だが、それを言うなら俺とてベルンを統治する大王だ。何処の皇帝かは知らぬが、下手に出る道理はない」
その言葉にセイバーは眼を丸くした。それは明らかに真名を知らせる言動であったからだ。『ベルンを統治する大王』これだけで真名を察するは容易い。
シドレクス・サガに歌われるベルンの大王・・・ディートリッヒ・フォン・ベルン!
ローマを納める叔父エルムリッヒの裏切りで国を追われながらも最後は王位を奪回し、大王と呼ばれた後も数々の冒険譚を残し最後には悪魔の黒い馬に乗って、風と共に去って行った伝説の王・・・
「ほう・・中々に豪気な質なのだな、そなた。真名を自ら明かすか?」
「俺の真名を知った所で些かの障りにもならん。何故なら、貴様が俺に勝つ事は有り得ぬからだ」
傲然と言い放つディートリッヒにセイバーはふむと呟く。
「王の中の王である皇帝を前にしての傲岸・・・・どうやら、そなたには色々と矯正が必要とみた」
セイバーはそう言うと笑みを消して赤い大剣の切っ先を向け、ディートリッヒもそれに応える。
「やれる物ならば、やって見るがいい」
一色触発の状態となった二人の間に涼香はすぐさま、割って入った。
「待て!なんでそうなる!?そこの彼女と倒れている彼は私を助けてくれたのだぞ?そもそも、さっきから何を話している。サーヴァントだの、真名だの・・一体、どう言う事だ?」
その言葉に反応したのはディートリッヒだった。彼は徐に涼香に問い掛ける。
「マスター・・・よもや、貴女は何も知らぬと言うのか?」
「マスター?それもそうだが、貴方は何故、私の事をそう呼ぶ?私と貴方は初対面のはずだが」
その言葉でディートリッヒは自らの主が本当にこの戦争の概要など何も知らない事を悟り、嘆息をつく。それにセイバーはふむと頷き。
「ベルンの大王、どうやら、そなたのマスターも何も知らずにサーヴァントを招き寄せた類らしいな」
その言葉にディートリッヒは顔を顰めながらも頷く。
「ああ・・らしい。ん?“も”とは?」
セイバーの言葉に首を傾げ問うとセイバーもうむと答え、言った。
「実は余の奏者(マスター)も偶然に余を召喚せしめ、巻き込まれる形で此度の戦争に参戦したのだ」
二人がそう話す中、涼香は一人だけ話しに追いていけず再び、問う。
「さっきから一体、何を話してるんだ?私はまだ、全く、呑み込めないのだが・・・」
その声にハッとしたディートリッヒは頷いて口を開く。
「そうだな・・・貴方には一から話さねばなるまい」
「その前に奏者を」
セイバーはそう言って神威を背中に抱き抱える。一先ず、セイバーとディートリッヒは休戦し涼香の道場に赴く事とした。


その五時間後、冬木市、郊外にある中華邸にて・・・

邸の居間にはルクレティアが椅子に腰掛けており、ディルムッドが傍らに控えていた。二人の前には武術家を思わせる真紅の中華服を纏った緑髪のミドルショートヘアーに鷹のような鋭さを持った翡翠の瞳をした女性が立っており、彼女は深刻な声音で告げた。
「今日の午後、ジル・ド・レェ陣営の根城跡でチェーザレ陣営が二組と交戦、及び、一般の民間人や警官多数を殺害したそうだ・・・」
「昨日今日と好き勝手な事を・・・ッ!」
ルクレティアはギリッと歯軋りする。ルクレティアが憤慨しているのは魔術の秘匿以前に関係のない者達を巻き込んだ挙句に殺害すると言う凶行にこそ憤っていた。
名門魔術の当主とは言え、騎士道精神を併せ持つ彼女にとって強者が一方的に弱者を甚振るなど到底、受け入れられる物ではなかった。
「最初は一組を相手に押していたが、偶々、場に居合わせた一般人がサーヴァントを召喚した事で奴らも退いたようだが・・・」
中華服の女性の言葉にルクレティアは半ば、驚く。
「それは魔術の素養はあっても鍛錬所か、魔術の存在すら知らぬ一般人がサーヴァントを召喚したと言う事ですか?」
中華服の女性は頷いて答える。
「ああ、何も今回が初めてではないぞ。今、冬木市の各地で魔術を知らずとも素養だけは併せ持った一般人達の何人かは弾みでサーヴァントを得ているらしい」
その言葉にルクレティアはますます、唖然とする。聖杯が選ぶ魔術師は
基本、高レベルの魔術師ばかりのはずなのだが、今回はどうも参加枠が広がったばかりか基準も下がっているらしい・・・まさか、鍛錬は積んでいなくとも素養さえ有れば誰でも参加資格が得られるとでも言うのだろうか?
「それはそうと・・・鷲蘭(しゅうらん)。シルヴィアはこの事を・・・」
ルクレティアが徐にそう問うと中華服の女性・・・(れん)鷲蘭(しゅうらん)は眼を伏せて答えた。
「ああ・・・既に知っている」
「そうですか・・・それで彼女は何と?」
鷲蘭は重苦しい声でこう結んだ。
「我が家が蒔いた種は当主たる自らが摘む・・と」
一瞬だけ二人の間に重い沈黙が流れるが、すぐにそれは第四者が介入する事で破られた。
「そのチェーザレとか言うサーヴァント・・・儂と同じようなスキルを使うそうだな」
その言葉と共にこれまた、武術家を思わせる中華服を纏った筋骨隆々を思わせる体格の精悍な青年が実体化した。燃えるような赤い髪を後ろで束ね、如何にも義狭を思わせるような風体でいて、その眼は猛禽類のように鋭い男だ。
「鷲蘭よ、そやつ是非とも儂に死合わせろ。儂の“見えざる拳”とどちらが上か試してみたい。さて、死合えば・・・どこから壊して良いものやら・・・・」
「控えろ、アサシン。これは我ら英霊の誉れを競う戦いではないのだぞ」
ディルムッドが諫めるのに対し青年―アサシンは呵呵呵呵々と笑い声を上げて言い返す。
「ランサー、お主とて言えた義理ではなかろう?自分はちゃっかり騎士王と一騎打ちの誓いを交わしておきながら、それは不公平と言う物であろうよ」
痛い所を突かれたディルムッドは押し黙る。
「それは機会があれば勿論、お前に頼むさ、李書文(アサシン)。だが、今は一刻も早く彼らの凶行を止め民間の人々を守る事が重要だ。それを忘れるな」
鷲蘭もやんわりと諫める。すると、アサシンこと李書文は肩を竦めて頷く。
「分かっておるわ。要するにその為に、そやつらと戦い、倒せと言う事であろう?」
李書文がいけしゃあしゃあと言ってのけると鷲蘭は苦笑しつつ頷く。
「まあ、そう言う事だ」
「それでチェーザレ陣営及びジル・ド・レェ陣営の足取りは?」
ルクレティアの問いに鷲蘭は嘆息をついて首を横に振る。
「冬木市全体に使い魔を放ち、蓮家のネットワークも総動員しているが、未だに皆目、分かっていない・・・奴らも相当に狡猾だ」
「ジル・ド・レェにそんな知恵があるとは思えませんし、呼び出した殺人犯は魔術の心得すらない者・・・魔術の追跡をかわせる道理もない。恐らく、リオンの入れ知恵でしょう。彼女は昔から隠蔽魔術には長けていましたから」
ルクレティアが冷静に分析する。
「だとしたら、自らの足で奴の魔力の気配を辿る他あるまいな」
鷲蘭は顎に手を当てて言う。そんな中、ルクレティアは僅かな逡巡を表情に示し、言った。
「説得・・・は無理なのでしょうね」
すると、鷲蘭は再び、嘆息をついて、こう答える。
「出来たとしても・・・シルヴィアはまず、許さんだろう。アレは基本、公に私を混ぜる事を善しとはせぬ性格だ」
「そう・・・ですね」
ルクレティアは沈んだ声で同意した。ディルムッドは怪訝に思い主に問う。
「主よ。先程から口にしておられる“シルヴィア”と言う人物は一体・・・・?」
その問いにルクレティアも鷲蘭も一層、表情を重くして答えた。
「私達にとっては先輩に当たる魔術師で友人です・・・そして―――」
その後を鷲蘭が継いで言った。
「彼女のフルネームは・・・シルヴィア・アルテイシア。今回の暴走サーヴァントのマスター、リオン・アルテイシアの実姉だ」





その深夜の事・・・冬木市、某刑務所にて・・・

ジジジジジジッ!

暗い監房の中、閃電が迸る。檻の中で金髪に発光した血のような赤い眼・・・刑務所では許されるはずもない金の鼻輪をした囚人服の男が己が手で発している物だ。男は自らの手の平で閃電を弄んでいる。それ程の異常事態が起こっているにも拘らず、看守達は異常を確認する所か、まるで、人形のように棒立ちしている。よく見ると、皆一様に眼は虚ろで焦点がまるで合っていない。もし、魔術の心得がある者がその場に居たのなら一目で明らかに暗示がかけられている事が分かったろう・・・そして、その首筋には噛まれたような痕があり、血が流れている。
そして、檻の中を見てみると看守と同じ様に虚ろな眼をし、首筋に噛み痕がある者や閃電を発している男と同じく発光した血のように赤い眼を爛々とギラつかせている者達がいた。それは彼らが人外の存在である事の証でもあった。
『死徒』・・・吸血種の中でも吸血鬼と呼ばれるモノ達の大半を占める種である。真祖と呼ばれる生来の吸血鬼か他の死徒に噛まれ血を送り込まれた末に吸血鬼と化した()・人間達である。
閃電を手の平で操り、弄んでいる死徒の名はクラストル・鬼瓦。日本とイギリスのハーフで詐欺師である。その被害総額は億を超える物であった為、十数年も服役しているが、その実、彼は雷の起源を持つ魔術師でもあり、暗示によって看守や職員、囚人までも自らの支配下に置き、血を貰ったり、血液袋を提供して貰う事で生き永らえ、この刑務所を自らの『王国』に作り変えてしまった。
最も、そのような真似をせずとも脱獄をしようと思えばいつでもできたのだが、そもそも、彼は一般の警察に捕まえられるような男ではない。そう・・彼は自ら捕まったのだ。その目的は()()を持ち得る囚人達を見出し死徒化させる事で自らの軍隊を築こうと目論んだのだ。戦争の為に・・・
「随分と集まったようね」
クラストルの隣にこのような檻には似つかわしくない程に美しい貴婦人が立っていた。だが、その美しさはどこか禍々しく・・要約するならば“妖艶”と言う言葉が似つかわしい妙齢の女性で場違いな胸元が大きく開き、ふくよかな身体のラインがクッキリと現れた赤紫のドレスを身に付け、頭からヴェールをスッポリと被り、亜麻色の髪が僅かに覗いていた。
「ああ、これで漸く、俺も『天下』が取れるってもんだぜ」
クラストルは発光する赤眼を興奮に昂ぶらせている。彼の視線の先には自分と同じ様に檻に閉じ込められた血に滾る()()達と彼らに付き従う()()()()()があった。
「聖杯なんて物に興味はねえが、英霊(サーヴァント)をこれだけ揃えりゃ世の中を引っ繰り返す事だって夢物語じゃねえ・・・今から想像するだけで涎が垂れそうだぜ」
クラストルはそう言って自らの左手の甲に刻まれた三画の刻印を舌でぺロっと舐める。すると、貴婦人はクスとどこか邪悪さを感じさせる笑みを零して言った。
「まあ、健闘をお祈りするわ、マスター」
「ああ、しっかりと見ておくが良いさ、キャスター。俺がこの糞つまらねえ町を面白くしてやらあ」
興奮に滾る自らのマスターを尻目に貴婦人は人知れず呟く・・・・

待っていなさい・・・アルトリア・・・マーリン。

その日未明・・・冬木市の某刑務所に置いて大規模な集団脱走が起きた。そのニュースは冬木市全体に知れ渡るのにそれ程の時間はかからなかった。

そして、彼らが脱走したのと同時刻の間桐邸では・・・

「どうした、キャスター?」
奏はさっきからベランダで夜空をジッと見続けているマーリンを怪訝に思い尋ねる。すると、マーリンは何時になく静かな声で言った。
「嫌な夜だ・・・」
「は?」
奏が訳が分からないと言う声を出すと彼はその理由を率直に答える。
「今夜は・・・・星が見えない」
「ん?ああ、今日は夜、曇るって言ってたからな」
奏がそう言う意味かと解釈するが、マーリンは即座に否定する。
「そう言う意味ではないよ」
「じゃあ、どう言う意味だよ?」
マーリンはそれに予言めいた言葉で答えた。
「恐らく・・・明日から嵐が吹き荒れる事になるだろう」



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