Fate/BattleRoyal
18部分:第十四幕
第十四幕
冬木市 深山町にある一軒家にてTVで中継されている国会をパソコンを操作しながら見ている妙齢の女性があった。
彼女は鼻先に小さな眼鏡をかけ燃えるような赤毛に翡翠の眼と言う容姿でそれなりに整った顔立ちである。パソコンの画面には株の動きにデイトレードの遣り取りが写し出されており、それを片手で操る姿は一端のキャリアウーマンを思わせる。ただ、その服装は・・・・甲冑を着込んでいると言う異色な物だった。
「やれやれ日本の株価って本当に不安定ね。バブルが弾けた途端にこの様とは・・・・まあ、こんなハナタレ共が国の梶を取ってたんじゃ無理ないか」
彼女は溜息をついて、TV画面で愚にも付かない議論を繰り広げている議員達を見る。
「おい、キャスター」
不意に後ろから声をかけられ女性が振り返るとそこには黒髪をオールバックにし簡素なTシャツを着た青年が買い物袋を手にジト眼で睨んでいた。
「ああ、お使いご苦労さん、宗介」
女性はぞんざいな口調で言うと青年―――宗介はハアと溜息をつく。
この女性―キャスターは別段、宗介の彼女と言う訳ではない。だが、こうして居を共にしている。その理由は一か月前にまで遡る・・・・・
迅宗介は冬木市の大学に通う普通の十九歳の青年だが、彼が現在、抱えている問題はかなり深刻な物だった。
その問題を語るには彼の家の事から語らねばならない。彼の家は乱波(忍者)の系譜を持つ士族の名家でああった。古くは役小角を祖に持つ修験者末裔であり、彼自身もその名残として魔術回路を持つが、数はそれ程、多くはない。ただし、その魔術属性は『水銀』と言う『水』と『土』の二重ならぬ重合属性と呼ばれる希有な素質を持っている。
それは一先ず、さて置き現在、問題となっているのは彼の妹の事だ。現在、彼と妹は両親が廃嫡された事で一族とは縁が切れていたが、先日になって突然、一族から、現当主の配偶者候補として妹の名が上がった。当然、宗介はそのような身勝手な通達を受け入れられるはずもなく断るも一族は未だに暗殺術を生業とする巨大な暗殺組織でもあり、刃向かえば何をして来るか分かった物ではない。宗介自身、亡き父から一族の暗殺術と修験者の術を授けられてはいるが、それでも一族全てを自分一人で向こうに回して倒せると思う程、彼は愚か者ではない。
どうすべきか考えあぐねていた中、冬木の魔術儀式『聖杯戦争』の参加資格章である令呪を授かる。聖杯と言う願望機に彼は何の興味もなかったが、この騒ぎに乗じ、サーヴァントの力を以って、望まぬ結婚から妹を護る為に一族の滅亡を決定する。『決意』ではない・・・『決定』だ。一族の勝手な思惑なんぞの為に妹を道具になどさせない。
そう決意し召喚に望んだ結果、出て来たのは・・・
「あんたがアタシのマスター?」
甲冑に身を包んだ鼻先に小さな眼鏡をかけた赤毛の女性だった。最初の第一印象はと言うと・・・
女?どこの英霊だ。甲冑を着ている所からみても中世の欧州辺りの英雄なんだろうが・・・
女で甲冑って言えばジャンヌ・ダルクを想像させるが、絶対にこの女は違う。宗介は何故かそう断言できた。何故かと言えば、この女には“敬虔”などと言う言葉が一片たりとも似合わないと言う事が一目で理解できたからだ。故に宗介は彼女の問いに答え逆に質問を投げ掛ける。
「ああ、俺がいお前のマスターだ。で?お前の真名は何だ?そして、クラスは?」
すると赤毛の女性はあっけらかんな声で答える。
「アタシはサーヴァント・キャスター。真名はサー・ケイだよ」
「は?」
宗介は思わず、呆けたような声を出した。サー・ケイと言えば彼のアーサー王の義兄で円卓の騎士の中にあっては必要悪として他の騎士達の引き立て役を担うような騎士だ。それが女?
悪い冗談だと言わんばかりに宗介は赤毛の女性・・・キャスターこと自称サー・ケイを凝視した。
「なにさ、その不服そうな眼は?アタシだってねえ。これだけ身内が参加してなけりゃ、こんな面倒事ごめんよ」
その言葉に宗介は反応しさらに問い質した。
「身内って・・・他にも円卓の騎士が?」
現界しているのか?と問い掛けるとケイはズイッと宗介の真ん前に近づいて言った。
「で・・あんたの願いは何なわけ?なにを血迷ってアタシを招き寄せたのかしら?」
真っ直ぐに眼を見据えて問う彼女に宗介も彼女も眼を真っ直ぐに見て答える。
「俺は妹の為に妹を道具にしようとしている『一族』を滅ぼす。それが俺の願い・・いや、決定事項だ」
宗介はそう言って自分が参戦した経緯を話した。すると、ケイは「ふ〜ん」と唸って少し、間を置くと再び、口を開いた。
「まあ、いいわ。それじゃあ契約は成立って事ね、マスター」
アッサリと言う彼女に宗介も首を縦に振り頷く・・・と背後で―――
ガタッ!
と言う音が聞こえた。宗介はギョッとして背後を振り返ると一気に血の気が引いた。そこには大和撫子よろしくの和風美少女がフルフルと身体を震わせ、スミレ色の瞳を涙で潤ませ、漆黒のストレートロングヘアーを逆立たせ、仁王立ちして至近距離で近づいている宗介とケイを睨み付けていた。彼女こそ件の一族が当主の配偶者候補に上げている宗介の妹、迅真由美である。
それに対し宗助は戦慄し顔を青褪めさせ鋭利な思考をいつも以上のスピードで回転させていた。
なッ、なんで選りにも選って、こんな時にィィッ!?どうする・・どうするよ、俺ッ!いや、落ち付け、俺!とにかく、この状況を説明するんだ。とは言えこの状況はどう言い繕っても・・・よし、ここは―――!
「お・・お帰り真由美」
スルーする事にした。すると、途端に真由美は踵を返して―――
「お兄様の不潔――――――――――ッ!!」
一目散に駆け出して行った。走り去って行く妹に宗介は絶望的な声で絶叫する。
「待ってくれえええええッ!!誤解だ真由美――――――ッ!」
その傍らでケイは飄々とした顔でやれやれと言う仕草をした。
その後、どうにか誤解を解いたのであるが、今度は別の意味で面倒な事になった。
「駄目だ」
キッパリと言う宗介に真由美は尚も食って掛る。
「お兄様だけに戦わせるなんて事、私にはできません!私だって戦います。何よりこれは私こそが当事者なのですよ!?」
真由美は宗介から事情を聞かされた後、自らも聖杯戦争に参戦すると言いだしたのだ。当然、宗介はにべもなく却下する。
「これは魔術師達の熾烈な闘争だ。参加すればお前も付け狙われる事になる。しかも、今回は百組に近い魔術師と英霊からな・・・お前は暫く身を隠して・・・・」
「嫌ですッ!」
「真由美ッ!!」
尚も言う真由美に宗介は強い声で言い聞かせようとする中、ケイが口を挟んで来た。
「あのさあ・・・」
それに宗介はギロッと凄んだ。口を挟むなとその眼で告げていたが、ケイは意にも介さず言葉を続けた。
「妹さんが心配なのは分かるけど、どうやら手遅れみたいよ?」
その言葉の意味を宗介は一瞬、どう言う事か分からなかったが、ふと、真由美の右手の甲に三画の幾何学的な刻印が刻まれていた。それを見た途端に愕然と息を呑む。
それを余所にケイは淡々と言った。
「それが刻まれた以上、妹さんも無関係じゃいられないよ。まあ、その令呪を破棄するってならまだしも、妹さんはそれを破棄する気なんてないんでしょ?」
不意に話を向けられた真由美は力強く頷き答える。
「はい!」
「真由美!?」
宗介は咎めるような声を上げるが、真由美は兄をキッと真っ直ぐに見据えて言った。
「言ったでしょう、私こそが当事者だと。これは私自身が決着を着けなければいけない事です」
がんと言って聞かない妹に宗介は制止の言葉に詰まった。これは何を言おう聞かない顔だと一目で分かったからだ。
言葉に詰まっている宗介を尻目にケイは真由美に言った。
「じゃあアタシを触媒に使うといいわ。多分、円卓の連中の中からあんたに相性の良い英霊を得られるでしょ」
その言葉に真由美は眩い笑顔になって礼を言った。
「ありがとうございます!」
すると、その傍らで宗介がケイを一層、鋭く睨んで来たが、ケイはいけしゃあしゃあと自らのマスターに言う。
「まあ、あんたがカバーしてやんなさいな。それにあんたが抱えている事情を鑑みてもあんたの眼の届く所に置いといた方が無難でしょ」
そう言われ宗介はググゥと低く唸る。
その三十分後・・・・
真由美の眼の前には漆黒の鎧を纏った大柄な体格の騎士が立っていた。髪は若干、長く暗い緑がかった金髪で顎から頬に至る髭を蓄えている。灰色の両眼は頼りがいがありそうな逞しさで溢れている。
「サーヴァント・アサシン。聖杯の招きに従い、ここに現界した。問おう、貴女が私のマスターか?」
体格と佇まいとは似合わぬ爽やかな声で問うアサシンに真由美は若干、表情を引き攣らせながらも首を縦に振る。それにアサシンも頷く。
「うむ。これにて盟約は成された。このサーヴァント・アサシン。これよりは―――ってケイッ!?貴公、このような所で何を!?」
アサシンは今更のようにケイに気付き、そちらに話しかける。それに対しケイは呆れたような声で言った。
「たくっ・・・今更、気付いたわけ?一つの事に集中すると周りが見えないのは相変らずね、ユーウェイン」
その言葉に宗介は少し、驚いた。
ユーウェイン・・・『獅子の騎士』と言われたサー・ユーウェインか。本来なら騎乗兵のクラス適性を持つ英霊のはずだが、まさか・・・暗殺者のクラスで現界されるなんてな。
意外に思う中、ユーウェインがケイと自分、そして、自らの主を見比べて困惑していた。事態を量りかねているのだろう。そこで宗介は彼にも自分達が戦争に参戦する理由を概ね語った。語り終わった後、ユーウェインは顎鬚を撫でて「成程・・・」と呟いた後、言った。
「相分かった。このサー・ユーウェイン、全身全霊を以って貴殿らご兄妹の宿願を果たしてしんぜよう」
ユーウェインは自らの胸を力強く叩いて誓う。
「ま、アタシは大したスキルなんざ持ち合わせちゃいないけど・・・敵の特性や弱点なら見た瞬間に分かるから一応は頼りにしていいわよ」
ケイは腕組しつつ素っ気ない声音で言う。
そこで宗介はある事が気になりユーウェインに問う。
「それはそうとアサシン?」
「なんだ、兄上殿よ?」
「お前は聖杯に何の願いを託してるわけだ。キャスターは身内が沢山、参加してるからと答えたが、お前はどうなんだ?」
すると、ユーウェインは顎鬚を撫でて答えた。
「そう他の円卓の者達が大勢、参加している。私がこの戦争に参戦した理由はな・・正にそれだ。今一度、円卓の同志達と剣の先を揃え戦いたい。我が望みはそれだ。聖杯その物が望みと言うわけではない」
その言葉に宗介は呆れたように言った。
「なあ・・・お前、これがバトルロワイアルだって事、分かっているのか?」
「無論!だが、我らの志は常に騎士道だ。例え、敵となろうともな。互いに同じ誇りを剣先に乗せて戦うならば、それは剣の先を揃える事と同義と存ずるが、如何に?」
迷いなくのたまうユーウェインに宗介は呆れながらも気を取り直して言った。
「まあ、分かっているならいい・・・」
「それはそうとさあ」
そこで突如、ケイが口を開く。それに宗介は鬱陶しそうにしながらも答える。
「何だ?」
「あんた達の言う『一族』には早速、攻め込むのかしら?」
その問いに宗介は首を横に振る。
「いや、できれば感付かれずに事を為したい。襲撃は慎重を要するべきだろう」
「分かったわ。それじゃあ、それまではアタシらは敵サーヴァントとの戦いに専念すりゃいいのね?」
「そう言う事だ」
すると、ユーウェインは―――
「つまり私達はそれまで常に何時如何なる時もマスターの傍で待機して置けと言う事だな」
その途端、宗介と真由美の顔が凍りついたように固まる。だが、それに対しユーウェインは?マークを頭に浮かべて怪訝そうに見ている。然もあろう。彼は何一つ、おかしい事は言っていない。サーヴァントが常にマスターの傍に控えるのは当然の事だ。だが―――
真由美はすぐさま、宗介の背中に隠れ宗助も殺気を込めた視線をユーウェインに投げ掛ける。それに対しユーウェインは慌てて、思わずケイの方に質問する。
「な、なあ、ケイ・・・私は何か拙い事を言ったか?」
すると、ケイは素っ気ない声音で若干、面白味を含めて唯一言だけ・・・・
「ド助平」
その後、ユーウェインはマスターである真由美から敬遠され宗介からは終始、警戒される始末となった。
以上回想終了・・・・・
「お前・・他人家のパソコンでまた、株やってたのか・・・」
宗介がウンザリそうな声で問うとケイの返答は相変わらず、あっけらかんだった。
「別にいいじゃない。お陰であんた達だって儲かっているんだから」
「てっ言うか、いくら現代の知識を与えられてるからって順応性が高過ぎないか、お前」
「これでも国では重職に就いてたからねえ。これくらいはこなせなきゃ素人よ」
当然でしょとケイは何でもない事のように言う。それに対し宗介は如何ともし難い面持ちでケイを見ている。
サー・ケイ・・・・まさか、女性だったとはな・・・伝説ってのはアテにならんな。だが、こいつがあのケイと言うのは分かる気がする・・・・
アーサー王の乳兄弟で国務長官と言う高位の職に就いて王を支え且つシニカルな性格で数々の騎士の失点をあげつらい、円卓や周囲から『永遠の毒舌家』と言われた騎士・・・・
「だから!今、論じるべき事はそこじゃないでしょうが!貴重な閣議の時間を無駄使いしてんじゃないわよ、ドカス頭共がッ!」
相も変わらず国会中継を見てヤジを飛ばすケイを見て宗介は改めてそう思った。一方、その頃、ユーウェインはと言うと・・・・・・
「小鳥よ・・・お前も翼を休めているのか・・・奇遇だな私も丁度、新たな主に追い出され、ここで身を休めているのだ・・・・さらには主の兄君にも何故か疎んじられてな。
おまけにかつての同僚にはそれをネタにいびられるわで・・・もう散々・・・・・」
屋根の上で膝を抱えながら、小鳥に延々と愚痴をこぼしていた・・・・因みに後日、その様子を見ていたご近所の人々から噂の的当てにされた事は言うまでもない。
同時刻、間桐邸では・・・
「おや?ランスロット、何か聞こえなかったか?」
マーリンが桜と通信ケーブルを繋いで一緒にゲームボーイをする傍ら、不意に問うとランスロットは「いえ、私には何も」と返し庭で剣の鍛錬をしている。その傍らで奏はコンバットナイフを研ぎ、雁夜は自らの飛針を手入れしながら口を開いた。
「それにしてもジル・ド・レェ達に加勢した事と言い、昨日の事と言いチェーザレ陣営は何を考えているんだ?そんな事をしても何の益もない。
それ所か自分達まで粛清対象にされ、周囲の参加者から袋叩きになる事くらい分かり切っていたはずなのに・・・・」
雁夜の言葉にマーリンも解せないと言う声で応じる。
「ふむ・・・確かに賢明とは言い難い行いではある。いくらジル・ド・レェ一人と組んだ所で百近い参加者相手に戦い抜ける道理などないからな」
ランスロットも木刀を振るいながら言う。
「そもそも、あのジル・ド・レェとまともな連携を取れるかどうかすら疑問です。リスクとデメリットが大き過ぎる割にメリットが全く、思い至りません」
その通り・・・監督役やランスロットの言によればジル・ド・レェは他者との意思疎通が全く、量れておらず言動も支離滅裂だと言うのだ。そんな相手と組んだ所でまともな協力関係を築く所かマイナス面とデメリットが大き過ぎて自殺行為に等しい行いであるとしか、どう考えても思えない。
「けど・・・それを分かった上で組んだからには何かあるんだろうな」
奏が考え込むように呟く。
「まあ、彼らのメリットは一先ず、置いておくとしよう。我々が考えを巡らせ、やるべき事は彼らの居場所を割り出し討伐する事だ」
「ですね」
と、ランスロット。
「しかし、教会や他の参加者達が血眼になって探しているにも拘らず、未だに行方知れずと来ている。かなり高度な隠蔽魔術を使うようだ。となると自分達の足で魔力の気配を辿る他ないだろうが・・」
雁夜が難しい声で言うと桜の方に視線を移す。
「桜ちゃんを一人にする訳にはいかない。最低でも一組は残らなきゃ駄目だ。キャスターと奏が残ってくれ。この『森界』の勝手は君じゃなきゃ分からないだろう」
その言葉にマーリンは頷く。
「うむ。我が陣地作成スキルにて作り上げた『森界』は現行の魔術師達の魔術工房を遥かに凌駕しサーヴァントですら突破は困難な難攻不落の要塞と自負しているが、過信は確かに禁物だろう。保険として私の滞在は必要不可欠だ」
奏も頷いて言う。
「確かに・・・今回はキャスターのジル・ド・レェだけじゃなくキャスターの天敵とも言えるセイバーのチェーザレもいる。対抗できるのはこの面子じゃバーサーカーだけとなるとそれが無難か・・・・」
「そう言う事だ。ただし、ランスロット」
マーリンは突如、ランスロットに声をかける。ランスロットはそれに「ハッ、何でしょうか?」と問い返すとマーリンは深刻な声で言った。
「今回、ジル・ド・レェのように格が低い魔術師が相手なら、力を発揮する前に君のパワーで捻じ伏せる事ができるだろうが、もしも、私と同格の魔術師と対峙した時は用心しなさい。君は曲がりなりにも狂化によるステータスの大幅な底上げで対魔力が失効している。必ず、そこを付け入れられるぞ」
「承知しております。この身は身体のステータスに特化したが故に魔術を防ぐ術はない。仮に貴方を相手に戦った場合、魔術を防ぐ術を持ち得ない私では恐らく、易々と手玉に取られましょう。ですが、マーリン殿。突然に何故、そのような事を?」
ランスロットが怪訝に思い問うとマーリンは何時にない程、深刻な顔になって答えた。
「いや・・・昨日の夜、星が見えなかった。ただ、それだけの事だ・・・」
その答えにランスロットは元より奏と雁夜もわけが分からないと言う顔になる。その時、桜が不意にマーリンの裾を掴んで来た。
「ねえ、キャスター。星が見えないと何か悪い事でもあるの?」
幼子の純粋な疑問にマーリンはその頭を優しく撫でて答えた。
「星は私達を導く為の道標のような物だ。現在はそれ程でもないが、私達の時代、人はそうして己の運命・・・即ち行きつく先を知ろうとした。それが見えなくなっては困るだろう?」
その答えに桜はコクッと頷く。マーリンはそんな彼女にさらにこう言い聞かせる。
「ただ、これだけは覚えておきなさい桜。星と運命は時に気紛れだ。故に決まった道筋などありはしない。その時々によって移り行くものだ。それをどう進むかは本人次第。
だから、見えない時があるからと言って戸惑う事はあっても決して、悪い事とは限らない。もしかしたら、それが自分にとっての転機にだってなり得る。だからこそ、桜。君自身の道筋も決して一つではない。ゆっくりと見極めなさい」
「うん」
桜は素直に頷く。それにマーリンは「いい子だ」とまた、頭を撫でて上げた後、雁夜とランスロットの方を向いて言った。
「留守は任せなさい。桜には指一本、触れさせはしない」
「ああ、頼む」
雁夜も決意を込めた眼で頷く。
しかし、その時、マーリンの顔が緊張に強張り、何時になく冷や汗をかいた。それにランスロットが不穏な物を感じ取り問う。
「何か?」
「・・・・・『森界』に侵入者が入った。魔術師が二人・・・サーヴァントが二騎」
その言葉に三人は耳を疑った。今、間桐邸は敷地も含めてマーリンによって最強とも言うべき魔術陣地に改装されていた。それこそ、ケイネスが作った魔術工房なぞ児戯にすら思える程に堅牢な魔術要塞のはず・・・
それに易々と侵入されるなんて―!?
一同が愕然とする中、件の侵入者達は忽然と現れた。現在の間桐邸は敷地ごと異界化されている。その異界に大きな歪みが生じ、そこから二組の魔術師と英霊が現れた。
一組は真紅のロングヘアーに緋色の右眼に銀の左眼のオッドアイの女性で容姿は美女の部類に入るが、その顔立ちは険があり尋常ならざる空気を持っている。その女性を守るように前に出ているのは逆立った蒼髪に獰猛な光を帯びた赤眼の青年で青を基調にした軽装の甲冑を着込み、紅の槍を手にこちらを牽制している。
そして、もう一組は紺色のロングヘアーに蒼色の瞳をした一見、温和な書生のような佇まいの青年で樫の木で出来た根を手に持っている。そして、彼の隣には胸に五芒星の刺繍をした純白の平安装束を纏い長烏帽子を被った金色の長髪を爛々と輝かせ妖しい銀色の瞳の壮麗な美青年が立っていた。
それを見た瞬間にマーリンとランスロットは各々に悟った。この者達は尋常な相手ではないと!一方、二人のマスター達も現れたマスターを見てその油断ならない物腰に息を呑んでいた。彼らはすぐさま戦闘態勢に入る。
緊迫した空気が流れる中、平安装束の青年が口を開いた。
「突然にこのような不躾をお許し願いたい、私はサーヴァント・キャスター。真名は安倍晴明と申します」
四人は唖然とした。
((((真名を・・・自ら明かしたッ!?))))
「ほう・・・随分と気前がいいのだね。事も在ろうに初対面で真名を自ら明かすとは」
マーリンは余裕ある態度で応対すうと晴明は艶やかに微笑んで言った。
「いえいえ、これからクラスがいくつも重複すると言うのにクラス名を名乗ってもややこしくなるばかりでしょう。それに、これはそちらの陣地に土足で上がり込んだせめてもの礼儀と思ったまで」
「ほう・・それは律義な事だ」
マーリンも笑顔で応えるが、その眼は全く、笑ってはいない。
一方、紅の槍を携えた青年も名乗る。
「俺はサーヴァント・ランサー。真名は・・赤枝の騎士団、クー・フーリン。よろしくな、湖の騎士さんよ」
「貴様・・・私の真名を?」
ランスロットが少し、驚いたように眼を瞠るとクー・フーリンはアッサリと言った。
「そりゃ俺らもマスターの水晶を通して見てたからな。英雄王との戦闘をよ。なかなかにシビれたぜ」
それを聞いてマーリンは勿体ぶった口調で言った。
「それで今日は何をしに参られた?今は他陣営とは休戦にあるはずだが?」
その問いにはクー・フーリンのマスターであろうオッドアイの女性が答えた。
「まあ、そうなんだけどね・・・英雄王との一戦で気になっちゃた物だから。特に私としてはあの遠坂に喧嘩を売ったお兄さんがね」
そう言って彼女は雁夜の方に殺気を向ける。それに対し雁夜も殺気を発して牽制し言った。
「俺は今の所、あんたに殺気を向けられる程の恨みを買った覚えはないが?」
すると、女性は豪快に笑って言った。
「アハハハハハ!別にそんなんじゃないわよ。本当にただ、興味がわいただけ。あ、自己紹介がまだだったわね。私はレグナ・オリウス。ランサーのマスターよ」
すると、次に晴明のマスターである書生風の青年が名乗った。
「では、僕も名乗りましょう。僕は池田敏和と申します。キャスターのマスターです。さて今回はキャスターの要望で其方のキャスターに手合わせを申し込みに参りました。休戦にある事を承知でね」
敏和は温和な眼に凄みを利かせて奏の方を見る。奏はそれを受けてゴクリと生唾を飲み込む。
(こいつ・・・強い!)
緊迫した空気に桜は怯えて傍にいたマーリンに抱き付いて来る。マーリンはそれを優しく宥めた。
「ふむ。話し合い・・・と言う雰囲気ではないし退いてはくれないのだろうね」
マーリンは朗らかな口調で問うと晴明はそれに頷き言った。
「ええ、残念ながら。貴方も敏和がステータスを見た限りでは相当な格のキャスターで在らせられる。同じくキャスターであるこの身としてはここで手ぶらで帰っては・・・・・・・来た甲斐がないッ!」
そう言った途端、晴明は素早く印を結び、無数の鴉を象った式神を召喚しマーリンと傍にいる桜に差し向ける。
「桜ちゃんッ!」
雁夜が叫ぶより早く、マーリンは桜を抱き抱え空間を転移し鴉をかわした。そして、ランスロットと雁夜の傍に移動し桜を雁夜に委ねる。そして、晴明の方を振り返り何時にない程、鋭い眼で晴明を射抜く。
「幼子ごとか・・・随分とこれまた不躾じゃないか」
晴明は涼しげな顔でいけしゃあしゃあと言う。
「いえいえ、この程度の児戯、貴方なら何の問題もなくかわされるだろうと思い敢えて仕掛けさせて頂きました」
それに対しマーリンはただ、沈黙し人差し指で空を切ると、そこから空間の歪みがパックリと現れる。そして、晴明に言う。
「よかろう。この最弱にして最強のキャスター・・・汝の挑戦を謹んで受けるとしよう。ただ、ここでは桜を巻き込みかねない。別の空間にお出で願おうか・・・陰陽師殿?」
「ええ、ありがたく存じます魔術師殿」
晴明がそう応じると二人のキャスターは瞬く間に別の異界へと消えてしまった。
「おいッ!キャスター!?たくっ・・・行っちまった」
奏が二人を追おうとするもその間もなく消えた二人を見て毒づく。すると、敏和が近寄って来て言った。
「すいません・・・普段は礼を弁えた人なんだけど、魔術で自分に並びそうな人を見た途端に子供っぽい所があって・・・」
その途端に奏と雁夜にランスロットは警戒して臨戦態勢を取る。すると、今度はレグナが口を開いて言った。
「ちょっと、そんなに警戒しないでよ、お兄さん達。私達はそもそも喧嘩をしに来たわけじゃないんだから。寧ろ、逆よ、逆!協力を取り付けに来たんだってば」
その言葉に最初に反応したのは雁夜だった。
「協力だと・・・ふざけるなよ。さっき、あんな事までしておいて・・・ッ!」
先程、桜に危害を加えられかけた事もあり雁夜は凄まじい殺気を眼に宿して威嚇する。すると、レグナも頭を抱えて謝罪する。
「それについては・・・・ごめんなさい、弁明のしようもないわ。だけど、晴明が言うにはこれから共に戦う相手になる以上は実力を量らねばならないって事でね。これは言わば試しなのよ。
だけど、さっきのは確かに下手をすればシャレじゃ済まなかったわ。本当にごめんなさい」
レグナが頭を下げてまで謝罪するのに対し雁夜も警戒しながらも一応は殺気を鎮めた。そして、奏から二人に問い掛ける。
「それで協力って同盟って事か?ジル・ド・レェやチェーザレを倒す為に・・・」
「確かにそれもありますが、それ以上に僕達はある目的を遂げる上で貴方方と組みたいんです」
敏和が徐にそう言うと奏は怪訝な表情でさらに問い掛ける。
「ある目的・・・?なんだよ、それは?聖杯に託す願いか?でも、俺達とあんたらの願いが相容れるとは・・・・」
「いえ、相容れるのではないかとキャスター・・・いえ、晴明はそう確信しています」
それに今度はランスロットが問い掛けた。
「一体、何を根拠に?」
「さあ、僕にも彼の考えている事は・・・」
敏和は苦笑して言葉を濁す。
「それで目的とは何だ?」
雁夜もそれを促すと敏和は一呼吸入れて間を空けると口を開き、言った。
「聖杯の・・・破壊です」
その頃、『森界』の別空間にて二人のキャスターが静かに対峙していた。
お互いに口も聞かず、ただ、そこに佇んでいた。そこは真っ白な空間で何もない。ただ、その果てが何処まで続いてるかすら分からない程に気の遠くなるような空間だった。
最初に口火を切ったのは晴明だった。
「さて・・・初めにこのような不躾な申し入れに応じて下さった事、大変、感謝しております。ブリテンの大魔術師よ」
真名を言い当てられたにも拘らずマーリンは涼しげな眉をピクリとも動かさなかった。それ所かやはりと言うような顔で清明を見据えている。
「やはり、我が真名を悟っていたか。道理で過度な評価をしてくれるはずだ」
「いえいえ、貴方が創られたこの魔術陣地『森界』は真に素晴らしい。これだけの敷地をまるごと異界化した上、何層にも隔てられた魔術結界にトリッキー極まりないトラップ群、数百を超える番犬代わりの精霊、妖精。さらには何処に繋がっているかも皆目見当が付かない異界迷宮・・・・まず、人間の魔術師は元より例え、キャスターの天敵である三騎士と言えども突破は困難・・・いえ、不可能に近いと言わねばならないでしょう」
長々と賛辞の言葉を送る晴明にマーリンは不敵とも言える笑みを浮かべて言った。
「だが、君には通用しなかった・・・いや、と言うより君はすり抜けられるんだな・・・魔術陣地を」
すると、晴明も不敵な笑みで返す。
「ご名答・・・私のスキル“陰陽道”は怨霊や怪異の災厄を退け、さらに私の宝具『八卦滅却陣』は魔術師が形成した魔術工房及びキャスターの造り出す魔術陣地を無効化し造り主の下へ一直線に辿り着く事ができる」
「おや、自らの能力と宝具をベラベラと喋ってもいいのかい?」
マーリンがおどけた声で言うと晴明はクスと笑い、言った。
「私の持ち駒がそれだけだとでも?」
「ほう・・ならば、ここで全ての持ち駒を曝け出して貰おうか」
そう言うとマーリンは右手を天に翳し天空に魔法陣を出現させ、そこから無数の隕石を晴明目掛けて撃ち出した。それに対し晴明は慌てる事無く手で五芒星を描き呪札を周囲に張り巡らせ結界を張り隕石を防ぎ、同時に防いだ隕石を逆にマーリンの方へと跳ね返す。
しかし、隕石が直撃した瞬間、マーリンの姿は霧のように消え、いつの間にか晴明の背後に回り、現行の魔術元帥すら真っ青になるであろう強大な魔力を練ったエネルギー波を槍のように撃ち出す。それに対し晴明は背後に札を出し、岩で出来た狛犬を召喚し槍を防ぐ。
「ふむ・・・噂に違わず流石だな」
マーリンはいつもの朗らかな声音ではあったが、何時にない感歎と称賛・・そして、畏怖を込めて言うと晴明も涼しげな笑みを崩さずとも同様の気持ちを抱いてマーリンに賛辞を送る。
「そちらこそ・・・・」
二人とも戦いの最中でありながら楽しげな笑みを口元に浮かべていた。
それは互いに初めての好敵手に出会えたが故の歓喜であった。
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