Fate/BattleRoyal
17部分:第十三幕
第十三幕
フランス・・・ブルターニュ地方にあるアルテイシア邸の地下祭壇場にて・・・
薄暗い地下の中、燭台に燈った火がその空間を如実に照らしている。その空間は厳かな祭壇が設けられており、その上には木でできたロザリオが据えられ、中央の床には鶏の血で描かれた円状の魔法陣。その前に真っ直ぐな金の短髪に灰色の眼で整った顔立ちに立ち振舞い全てに高貴な品格を感じられる女性が立っており、その眼には厳格な色が浮かんでいる。彼女の中では今、大きな葛藤が渦巻いていた。一族を束ねる者としての責・・・家訓の矜持を貫かんとする者としての志・・・・最愛の妹への情・・・・
彼女の意思は既に定まっている。一族の者にも正式にその旨は告げたし、彼女自身もその覚悟はできている。だが、それならば今、彼女の心を絞め付けているものは何だと言うのか・・・・
彼女はすぐさま、そのような考えを頭から追い出し、息を大きく吸う。そして、眼をキッと眼前に向け令呪が刻まれた右手を魔法陣にかざし、詠唱を開始する。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。我が祖には太祖、カサンドル・アルテイシア。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
魔法陣を中心にして力が集まって行く。女性は魔術回路を駆動させる痛みも意に介さず詠唱を続ける。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
「Anfang」
「――― 告げる」
「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
魔法陣に集まったマナが一気に拡散し余波による暴風と閃光が巻き起こる。それも終わり、静寂が訪れ、視界が晴れた頃には魔法陣の中央に彼女が従えるべき英霊の姿があった。
白のラテン十字が刺繍されたマントを羽織り、甲冑を身に付け光沢のある長い金髪を後ろで三つ編みに結い、前髪に髪飾りのような額当てを付けた少女が澄んだ紫の瞳を真っ直ぐに己の主であろう女性に向け問う。
「問います・・・・貴女が僕を剣の騎士のクラスに招いたマスターですか?」
すると、女性は厳かな声で問いに答えた。
「そうだ。私がお前のマスターのシルヴィア・アルテイシアだ。そう言うお前の真名はジャンヌ・ダルクで相違ないか?」
女性―シルヴィアが問うとセイバーは静かに答える。
「はい。僕の真名は紛れもなくジャンヌ・ダルクです」
シルヴィアは眼を瞑って再び、口を開いた。
「お目に掛かり真に光栄に思う。我らが聖処女よ。此度の聖杯戦争・・・是非とも貴女のお力をお貸し願う」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いしますマスター」
セイバーことジャンヌは天使のような笑顔で応える。シルヴィアも笑みを浮かべてそれに応える。だが、次には再び、厳しい顔に戻って自らのサーヴァントに告げた。
「まず、話しておかねばならない事が幾つかある」
そうして、シルヴィアはジャンヌに今回の聖杯戦争の概要と状況を全て話した。
通例の七騎所か今や百騎以上のサーヴァントが現界した事。そして、その中で暴走するマスターとサーヴァントが現れ、そして、それがかつてのジャンヌの戦友であるジル・ド・レェである事を・・・・
聞き終わったジャンヌは意外にも表情を微動だにせず、ただ・・・
「そう・・・ですか」
「驚かないのだな・・・」
シルヴィアが意外そうに呟くとジャンヌはこう続ける。
「僕達、英霊は現代の知識に加え、他の英雄達の知識も『座』や『聖杯』より与えられています。当然、ジルの事も・・・」
ジャンヌが顔を俯かせる。シルヴィアはそれを憂いに満ちた眼で見つめる。
彼女の言うように英霊は皆、時空を超越した知識を授けられる。自分の生前は元より死後の知識も即ち、ジル・ド・レェの所業と顛末も・・・故にこそ今の彼なら、そのような事も有り得ると思い至ったのだろう。しかし・・・
「でも・・・信じられないよ!だって・・・だって、ジルがそんな事・・ッ!罪もない子供達にそんな・・・酷い事・・・ッ!」
やはり、その眼で見るまでは容易には信じられないのだろう。ジャンヌは俯いたまま身体を震わせている。
「信じられないのも無理はないが、事実だ。既に教会も彼らを最優先粛清対象として指定している。私の妹も含めてな」
その言葉にジャンヌは驚いたように俯けていた顔を上げた。それに対し、シルヴィアは淡々とした声で言う。
「私の妹も此度の聖杯戦争に参加し、ジル・ド・レェ陣営と同じく多くの罪もない人々を殺めた。故に私が止めなければならない」
それが姉ではなく・・・アルテイシア一族の長たる私の務めだ。
シルヴィアは自らに改めてそう言い聞かせる・・・
時は少しばかり戻り、リオンとチェーザレの戦闘跡地にて・・・
茶色のトレンチコートと青いスーツに身を包んだ三十代前程の真っ直ぐな長髪の顔立ちもかなり整った男性が現場保存されている戦闘跡地に立っていた。
男の名は吉野正義。冬木市警察署に勤める刑事だ。彼は最近、頻発している連続誘拐事件を追っている。だが、未だに何の手掛かりも掴めていない。そして、今度は下水道が何者かによって吹き飛ばされ、その跡地から誘拐にあった子供達の遺体の一部が見つかり、すぐさま現場保存していた警官とそこを通りかかっていた市民数名が惨殺されると言う事件までも起こり、ますます、混迷の度合いを極めている。
「一体、どうなってるってんだ?」
正義は頭を抱えて首を傾げる。
この所・・・解せない事件ばかりが起きる。学校が丸ごと、何者かによって壊滅され、その死体は死後、まもなく腐敗していただの、児童の連続誘拐事件が頻発しているにも拘らず、目撃証言が殆ど、ないだの、挙句にその根城らしき下水道は吹き飛ばされ、その跡地で惨殺事件が勃発するだの・・・ッ!
「くそ・・誰か知らねえが、好き勝手やりやがって」
正義は内心を怒りで滾らせる。
彼、吉野正義は父親や祖父も警官と言う筋金入りの警官だった。それは彼の名前にもよく、現れている。子供の頃はよく陳腐な名前と笑われもしたが、正義は全く、気にしてはいなかった。寧ろ、模範的な警官であり常に正義を行おうと努力していた父親から自分もそうであるようにと名付けられた名前に誇りを持ち、彼自身もその努力を積み重ね警官の道へと迷う事無く突き進んだ。
今回の事件は今までにない程、奇妙で得体が知れず。全貌所か手掛かりすら掴めない状態だったが、その程度で諦める彼ではなかった。
「絶対、法廷に引き吊り出してやる」
正義は改めて決意を新たにする。すると、そこで不意に見知った人影を見る。それは黒いコートに無精髭を生やした見るからに怪しい風体の男だった。正義はすぐさま駆け寄り、その男の肩をガシッと掴む。
「よお・・・奇遇だな衛宮?」
その言葉はまるで昔馴染みに会った時の挨拶だったが、その声音には親しみも好意も感じない。と言うより敵意を多分に含んだ声音だった。一方、男・・衛宮切嗣は感情のない声で・・・
「ああ、あんたか」
と何でもないと言わんばかりに普通に返した。
「テメエ、こんな所で何をやってんだ?」
正義は既に尋問越しの声と態度で射竦めるのに対し、切嗣は・・・
「別に僕がどこで何をしようと、あんたには関わりない事だと思うが」
だが、正義はそれで退く事はしない。寧ろ、さらに畳み掛ける。
「ふん、生憎だが、そうは行かねえな。テメエには聞きてえ事が山ほど、あるんだ」
眼前にいる男、衛宮切嗣との因縁は数年前の旅客機爆破事件に遡る。当時、旅客機が何者かによって撃ち落とされた事件はそれなりにセンセーショナルを呼んだ事件だったのを今でも覚えている。
正義はその当時、現場周辺を聞き込み調査していたが、不思議な事に目撃証言は殆ど・・と言うより全くなかった。
だが、正義は事件が起きた当初、現場にいた。あの時はオフで空港へ遊びに来る友人を迎えに来ていた。その際にすれ違ったのだ。その時は死んだ魚のような眼だなぐらいに思っていた。だが・・!
彼は見たのだ・・・旅客機が落とされた直後、正義は思考を働かせ、旅客機を狙撃し得るポイントを瞬時に割り出しそこへ向かい、そして、見たのだ。狙撃ポイントと思われる屋上の入り口から、何喰わぬ顔で出て来る切嗣の姿を。その時、正義は確証こそないものの、彼を制圧しようとしたが、何故か、そこで切嗣が自分は何も見なかったなどと言うと自分の意識はそこで途切れてしまったのだ。
そして、目覚めた後、切嗣の姿はどこにも見えなかった。正義はこれをすぐに上に報告したが、前述したように目撃証言が皆無な為、聞き入れられず結局、事件は迷宮入りに終わった。
それ以来、正義は衛宮切嗣と言う男を出来る限り調べているが、大した事までは分かっていない。ただ、彼はどうやら激化した戦場などで見かけるフリーランスの傭兵であるらしい事ぐらいしか分からなかった。そして、こうして姿を見かける度に正義は切嗣にプレシャーをかけて白状させようとしているが・・・
「何がだい?」
当然、切嗣は取り付く島もないと言う姿勢だった。
「惚けなさんなよ。俺はな、テメエがした事をしっかりと見ているんだよ。ついでに言えば、テメエが金目当ての傭兵だって事もな」
「何を言っているのか分からないが、僕は単なる一般人だぜ。一体、何を根拠に―――」
ふてぶてしく言ってのける切嗣に正義は胸倉を掴んで凄む。
「だから、言ってんだろう?見てんだよ、俺は!あの時も幾らの小遣いで頼まれたかは知らねえがな。テメエが撃ち落としたモンの中には沢山の幸せが詰まってたんだよ。それをテメエは金目当てにぶっ壊したんだッ!」
その激情を投げつけられても切嗣の眼は微動だにしなかった。まるで、機械のように。その様子に正義は憤激していた感情を冷やし、手を離した。
「それはそうと・・お前はこんな所で何をしている?まさか、今回の山もテメエが関与しているんじゃないだろうな?」
「何故、そう思うんだい?」
切嗣が気のない声で問うと正義はギリッと歯軋りして言う。
「つい昨日、警官や市民数名の惨殺事件がここで起きたんだよ。その現場にテメエが申し合わせたように居れば勘繰らずに入られるか」
すると、切嗣は失笑したように答えた。
「成程・・・まあ、その問いに対してはNOと答えさせて貰うよ。それから一つ君に忠告をして置く」
「忠告だと?」
正義が射竦める眼はそのままに怪訝に問い返すと切嗣は頷いて、こう続ける。
「ああ、そうだ。これからこの街では様々な異常事態が起こる・・・だから、あんたはそれに深入りするな。見て見ぬ振りをしろ。それが君の為だ」
すると、今度は正義が失笑する。
「随分な物言いだな。そう言って俺が“はい、そうですか”なんて言うと思うか?」
「でなければ、あんたが死ぬだけだ。これは、あんたにどうこうできる次元の話じゃない。正義なんかじゃ命は拾えないぜ」
あくまでも切嗣は淡々と言う。それに対し正義はますます、失笑を大きくする。
「ハッ!ほざけ、犯罪者が!そんな脅しに乗っかるくらいなら警官なんてやってられるかッ!いいか、テメエはいずれ、俺が必ず、法廷に引っ張り出す。そして、旅客機で亡くなった人達の墓前で土下座させてやる!」
正義はそれだけ言うと踵を返し、その場を離れた。後に残された切嗣は煙草をふかしながら、正義の後ろ姿を眺める。
正義はその後、署へ戻り押収した証拠品を手当たり次第に調べた。
その傍らに二十代前半程の柔和な印象を受ける刑事が声をかける。彼は寺島晴男。冬木市警察署に務める新米刑事で正義の部下だ。
「吉野さん、今日も証拠品を漁っているんですか?もう、一通り調べたと思うけどなあ」
「それでも全部じゃない。もしかしたら、この中に見落としていた事があるかも知れねえだろ」
正義は次々と証拠品を確認し調べ回しながら言う。寺島は溜息を付きながらも隣の席に座り。
「僕も付き合います」
そう言って彼も同じく証拠品を点検して行く。正義はそれをニッと笑い、礼を言う。
「助かる」
そうして、何個目かの証拠品を点検し終え、正義はある証拠品に眼を止める。それは・・・かなり、古い古書だった。
「こ・・これは・・・?」
怪訝に思いながらも正義は本の中身をパラパラと捲り眼を通す。そして、一通り見終えると寺島に言った。
「なあ、寺島。この本、どこで見つけたかお前、知ってるか?」
その問いに寺島は古書を見ると「あ・・」と言って答える。
「それ確か先週の一家惨殺事件で押収した物ですよ。何でもオカルト的な儀式をモチーフにしたような殺しだったそうで」
それから数分後・・・正義は寺島ともう一人、同じく部下であり寺島の先輩に当たる刑事、桂木美沙を連れて古書を見つけた殺人現場に向かった。
「吉野さん、本気でそんな怪しげな本が手掛かりになると思っているんですか?幾ら何でも突飛過ぎると思うけどなあ・・・」
寺島は疑わしそうに眉を顰める。
「そもそも、今回、立て続けに起きてる一連の事件からして突飛だ。どんなに怪しげでも一縷でも気になる点があれば、そこを突き詰めりゃ打開策が見えて来るかも知れない・・・行くぞ」
正義はそう言って現場の家に踏み入る。それを見て溜息をつく寺島の肩に真っ直ぐな黒髪を後ろに綺麗に纏め知性を感じさせる眼鏡をかけた美女、先輩の桂木美沙がポンと自分のそれを置き諭すように言う。
「まあ、いつもの事でしょう?吉野さんなら」
それに寺島は苦笑して頷く。
「そうですね・・・しかも、それで殆ど上手く行ってるんだから、いつも頭が下がる思いです」
そう・・彼らの上司である吉野正義はそう言う男だ。面倒見が良く、情に厚く、それでいて柔軟且つ冷静な思考と判断力、洞察力を併せ持っている刑事の鑑のような男である。しかも、空手の有段者でもあり集団が相手でも余裕で捌ける程の腕前に顔立ちも黙っていればかなりの美形ときている。
かく言う寺島もそんな正義に憧れて態々、同じ部署を志望した程だ。そして、そんな正義の下について分かった事だが、彼の仕事には妥協と言う物はない。気になる点があればとことん、突き詰める。たとえ、上からのストップが掛かろうともどこ吹く風だ。冷静に物事を見据えつつ、その反面、アウトロー気質でどんな壁も突き破ってしまう。そして、良くも悪くも、それで事態は概ね、好転してしまうのだから感服する他ない。
「何やってる二人とも?時間が惜しい。さっさと行くぞ」
話し込んでいる二人に正義は促す。
「「はい!」」
二人はすぐに正義の後に続いた。すると、正義のコートの懐から一冊の本が落ちて来た。寺島はそれを拾い正義に声をかける。
「吉野さん、本を落としましたよ」
「おっ!悪い・・・」
正義は指摘された事で初めて気付いたのか慌てて寺島から本を受け取る。因みにその本の題名は『アーサー王物語』それを見て寺島は苦笑して言う。
「吉野さんって本当にアーサー王が好きですよね。仕事の合間を縫って何度も読んでるし」
「まあ、子供の頃から憧れてたからな。騎士って奴に・・・」
正義はバツが悪そうに顔を掻いた。アーサー王物語は彼にとっては聖書とも言うべき本だ。物語に出て来る弱きを助け、強きを挫く騎士達の生き様は正に正義が理想とする生き方その物だったから。いつか彼らのように自分もそんな存在になりたいと憧れ、努力を積んで来たのだった。
正義は「ほら、行くぞ」と促すも、その顔は気恥かしさで一杯だった。それを見て寺島と桂木は可笑しそうに笑う。かなり、居た堪れないと感じる正義であった・・・
三人は現場として保存されているリビングに入り、床に凄惨な血で描かれた俗に言う魔法陣を凝視する。それを見て正義は不快そうに舌打ちする。
「狂ってやがる・・・」
この魔法陣を描いているのは、この家に普通に住んでいた家族の血だ・・・・それを思うと正義の中で再び、滾る物が溢れ出そうだった。
「しかし・・・よく書けてますね・・・これ。難しい文字やら幾何学的な紋様やらで一杯ですよ。出鱈目にしちゃよく、出来てますが、ホシはどこでこんな魔法陣を・・・」
寺島の疑問に正義は「これだ」と言って証拠品棚から持ち出した古書を見せる。
「この魔法陣はこの古書に書かれた物をそのまま模倣した物らしい・・・ここだ」
正義は頁をペラペラと捲り、ある頁を二人に見せる。そこには床に書かれた物と全く同じ物が書かれており、さらに隣の頁には呪文のような物まで書かれてる。
「なんか・・・悪戯で書かれた物にしては馬鹿に本格的ですね・・・・」
寺島がそう呟くと正義は首を横に振った。
「いいや、これを書いた奴は正気も正気で書いたんだろうよ。でなきゃ・・こんな凝った物を書けるとはとても、思えねえ・・・」
その言葉に桂木も同意する。
「確かに・・・世迷言だって笑い飛ばすには根拠がしっかりしていると思います」
「桂木さんまで・・・僕の方は、なんだか小説の筋書きでも読んでいる気分ですよ」
寺島の方は頭を抱えて首を傾げている。
正義は床に書かれた魔法陣と古書に書かれた呪文を見返しながら、つい最前に切嗣から告げられた言葉を思い出していた。
『これからこの街では様々な異常事態が起こる・・・だから、あんたはそれに深入りするな。見て見ぬ振りをしろ。それが君の為だ』
(奴が言っていた“異常事態”ってのがこの一連の事件を指しているとするなら、これがその一端なのか?確かに・・・この山は今まで以上に一筋縄で行きそうにない物を感じる)
正義がそう一抹の不安を感じるとまたも切嗣の言葉が脳内で反芻される。
『これは、あんたにどうこうできる次元の話じゃない』
「そう言う問題じゃねえッ!」
正義が唐突に大声を発すると寺島と桂木はギョッとしたように眼を瞠るが、正義は気にせず魔法陣の前に立ち古書を掲げる。
「ちょっと、吉野さん、何をするつもりですッ?」
寺島が素っ頓狂な声で問い質すと正義は言った。
「詰まる所、ホシはここで“魔術の儀式”とやらをやったんだろう。なら、こっちもそれを追体験してやろうじゃねえか」
その言葉に寺島も桂木も驚いて正義を見る。そんな二人に正義は言う。
「俺達は警官だ・・・警官ってのは市民を守るもんだ。なのに今、その市民が得体の知れない危機に晒されているってのに・・・その全貌所か片鱗すら掴めてねえなんて・・・どの面下げて言う気だ・・・ッ!」
そうだ・・・俺は刑事だ。刑事なら市民を犯罪者から守るのが仕事だ・・・なのに、その俺達が犯罪者から尻尾巻いて逃げたら駄目だろう!手に負えないなんて言い訳を吐いたら駄目だろうッ!!
でなきゃ俺は今まで自分が積み上げて来た物を自分から崩してしまう事になる。それだけは絶対に我慢できねえんだよッ!
「俺はやる・・・ほんの少しでも手掛かりを得られるなら周りから、どんなに笑われたって構やしねえ。俺は真実を捉える!」
すると、呆然としていた二人は諦めたような・・いや、フッ切れたような笑みを浮かべて頷く。
「しょうがないですね・・・吉野さんと来た日には一度、言ったら絶対に譲らないんだもんなあ。地獄の果てまで付き合わせて頂きます」
寺島が敬礼しながら言うと隣の桂木も決意に満ちた眼で同意する。
「右に同じく」
すると、正義もニッと笑って決意を瞳に宿し、古書に書かれた呪文を詠唱する。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
不思議な事に正義は古書に書かれた小難しい文字をスラスラと詠唱出来た。噛みもせずに・・・いや、寧ろ、しっくり来ると言っていい。
「Anfang」
「――― 告げる」
「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―――ツゥ!」
詠唱をそこまで唱えた時だった。不意に自らの左手に鋭い痛みが風のように走り抜ける。見ると左手の甲に見る見ると三画で構成された幾何学的な刺青のような物が浮かび上がる。
(なんだ・・・これは?)
「いてッ!」
「ツゥ・・!」
後ろで寺島と桂木が痛みに呻く声を後ろで聞き思わず、振り返ると二人の手の甲にも自分とは形状こそ違うが、三画の刺青が刻まれていた。
しかし、異常はそれだけではなく床に書かれた魔法陣が発光し始める。正義はすぐさま身体を魔法陣の前に戻す。
(本当にどうなっているんだ・・・これは?だが、今は迷うよりも行動だ!)
正義は改めて、そう思い直し、詠唱を続ける。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱が終わった瞬間、全てが閃光と疾風に呑み込まれた。それに呑まれた正義は一瞬、平衡感覚が麻痺しかけたが、それもすぐに終わり、視界が開けて行くと眼の前には甲冑に身を包んだ三人の騎士の姿があった。
右には白い槍を携え、真紅の甲冑を纏ったイエローブロンドの青年が無邪気そうな空色の瞳を寺島に注いでおり、左には十字を胸に刻んだ白銀の鎧を纏い、身長が些か低めなプラチナブロンドに漆黒の瞳の人形のような容姿の少年が桂木を幼さに似合わない怜悧な眼で凝視している。
そして、その真ん中には全身を頭から爪先まで甲冑に身を包んだ騎士が立っていた。兜は左右対称に二本角が据えられており、まるで魔物を思わせるような形状をしている。
この三者三様の騎士達を肉眼と肌で視認した正義はその圧倒的な存在感と力の滾りをこの三人の騎士に感じ取っていた。
なんとなくだが・・・分かる。こいつらは人間以上の存在だ!
やがて、真ん中の騎士が見えぬ口を開き丁度、向かいあっている正義に問うた。
「問おう・・・貴公が私のマスターか?」
だが、当然、その言葉の意味する所を正義は理解できない。
「マスター?」
オウム返しに問う正義に甲冑の騎士は「然り」と言い、こう続けた。
「貴公は此度の聖杯戦争を戦い抜く為に私を招き寄せたのではないのか?」
またも意味が分からない単語が出て来る。
「聖杯戦争・・・?なんだ、それは?」
その言葉に甲冑の騎士は驚いたように兜の中で息を呑む声が聞こえた。
「何も知らずに私を呼び出したか・・・私もとんだ魔術師に引き当てられた物だ」
(魔術師?)
甲冑の騎士から立て続けに出る意味不明な言葉に正義はますます、首を傾げる。そんな中、イエローブロンドの騎士が寺島に近づいて口を開いた。
「一つ、お聞きしたいのですが、よもや貴方も何も知らないとは仰りませんよね?」
イエローブロンドの騎士が少し困ったような声で問うと寺島は思わずバツが悪いと言う顔になって答える。
「あははは・・・いや、僕も何が何だか分からないです。すいません」
その答えにイエローブロンドの騎士は困ったように顔をボリボリと掻く。すると、今度はプラチナブロンドの少年騎士が桂木に対し口を開いた。
「他の二人は何も知らない・・・なら貴女も何も知らない?」
大人に成り切らない中性的な声で問い掛けると桂木は首を縦に振って頷く。すると、プラチナブロンドの少年騎士は二人の騎士に言う。
「彼らは何も知らない・・・・だけど、私と彼女の魔力供給のラインはちゃんと繋がっている。マスターで間違いない・・・あなた達は?」
その問いに二人の騎士も首を縦に振って頷く。
「ああ・・・私もどうやら、この者がマスターと見て間違いはない」
甲冑の騎士が断言するとイエローブロンドの騎士も同意する。
「僕も右に同じく」
騎士三人組が勝手に納得していると正義が口を挟んで来た。
「おい、お前達が勝手に納得しても俺達には何の事だか・・・」
すると、甲冑の騎士は頷き。
「それもそうだな・・・まずは自己紹介からするとしよう。真名も含めてな。どうせ我々は互いの真名を知っているのだ。今更、何の不利にもなるまい」
「ですね」
その言葉にイエローブロンドの騎士は同意し寺島に向かって跪き名乗った。
「僕はサーヴァント・ランサー。真名はサー・パーシヴァルと申します。以後、お見知り置きを今生の主よ」
その名前に正義は眼を剥いた。
パーシヴァルだってッ!?円卓の騎士で聖杯探索の任に着いた騎士の名前じゃないか・・・
アーサー王通を自認する正義はその名前に度肝を抜いた。だが、彼が驚くのはこれからだった。今度はプラチナブロンドの騎士が桂木に跪き名乗る。
「サーヴァント・セイバー・・・・真名はサー・ギャラハッド」
ギャラハッドッ!こんな坊主があのギャラハッドだってッ!?ギャラハッドって言えば、円卓最強の騎士ランスロットの息子でアーサー王をして『世界で最も偉大な騎士』と称され、パーシヴァルと共に聖杯探索を成功させた騎士だ。
幼い頃から憧れた伝説の揃い踏みに正義はこんな時だと言うのに興奮を抑える事ができなかった。
そんな正義の前に残る甲冑の騎士が静かに・・・だが、荘厳に佇んでいた。正義は自分の前に立つ騎士を凝視した。
まさか、こいつも円卓の騎士の一人だったりするんだろうか?まあ、そうだろうな。さっきから三人とも知り合いみたいな雰囲気があったし・・・
などと思っていると甲冑の騎士が堅く重い口を兜越しに開いた―
「私はサーヴァント・セイバー。真名は・・・・・サー・モードレッド」
その後、深夜の時間に差し掛かるまで正義達は三人の騎士から魔術師の事や英霊など聖杯戦争の概要を分かり易く一通り、説明された。全てを聞き終わった後、寺島は開いた口が塞がらないと言う顔をしていた。まあ、それも当然だろう。この科学の時代とも言うべき現代に魔術師なんて物が存在していた挙句に今現在、冬木市でそのような戦いが行われていた事など露ほども知らなったのだから・・・
一方、桂木は寺島と同様、酷く驚きながらも冷静に彼らに問い質した。
「それじゃあ一連の事件はあなた達と同じサーヴァントの仕業だと?」
その問いにギャラハッドがコクッと頷いて答える。
「参加者の中には分別を弁えない者もいる・・・その一連の騒動もきっと、そう言う連中」
「そう言う事です」
パーシヴァルがうんうんと言って同意する。そして、寺島は深刻な表情で正義に言う。
「吉野さん、なんだか・・・話が壮大な事になって来ましたね・・・・吉野さん?」
だが、正義はそれに答えず、顔を俯けたまま呟いた。
「・・・・じゃねえ・・・」
「え?」
寺島が呆然としていると正義は突如として爆発した。
「冗談じゃねえッ!!何が聖杯だ・・・何がなんでも願いが叶う願望機だッ!そんな物を奪い合う為に人が普通に生活している街で好き勝手に殺し合いを始めるだぁ・・・舐めんてんのもいい加減にしやがれッ!」
そう言って正義はその場から立ち上がり部屋を出て行こうとする。それに対し寺島は慌てて呼び止める。
「ちょ・・ッ!ちょっと吉野さんッ!何処へ行くんですか!?」
「決まってんだろう!その戦いを取り仕切っている監督役とやらに言ってこんな戦い止めさせてやる!」
そう息巻く正義に対し、モードレッドはキッパリと一蹴する。
「無駄だ。監督役はあくまで形式上の権限しか持たん。たとえ監督役を説き伏せた所で実際に戦う力を持った魔術師と英霊達は断じて聞くまい。皆、各々に聖杯を貪欲に欲する餓鬼共に等しいのだから」
その言葉に正義はさらに怒鳴り返す。
「ふざけるなッ!俺はな冬木市の市民全員の命を守る義務があるんだ・・・魔術師だか英霊だか知らないが、そんな連中の好きになんかさせて堪るか!」
その言葉にモードレッドは嘆息をつきながら、言った。
「その心意気は買わない事もないが、現実に貴公に何ができるつもりでいる?相手は神秘の術を扱う魔術師と人間の最上位に位置する英霊・・・・今日まで魔術の存在すら知らなかった貴公が太刀打ちできる相手ではない」
その言葉に正義はグッと言葉が詰まる。正義は熱血漢であっても決して、無思慮な単細胞ではない。冷静且つ柔軟な思考と判断力を持ち合わせた大人だ。
彼らが言っている魔術師の闘争・・・これは紛れもなく真実だ。元より疑う余地はない。何よりの証拠を自分達は見せ付けられている。そして、彼ら英霊と言う存在の強大さも肌で感じ取る事ができる。そして、一連の事件の犯人はその彼らと同じ英霊であると言う・・・確かにどう逆立ちした所で人間である自分達が敵う相手ではない。
正義は頭を冷やした事ですぐにそう結論を叩き出し元の席に戻った。
「それに、どうやら現界した英霊は七騎だけでもなさそうだからな」
その言葉を正義は耳聡く問い返した。
「どう言う意味だ?」
すると、パーシヴァルが代わって説明する。
「本来、一度の聖杯戦争で呼び寄せられる英霊は七騎が限度なんですよ。だからこそ七つのクラスが重複する事もない」
その言葉を疑問に思ったのは寺島だ。
「あれ?でも、ギャラハッドさんとモードレッドさんのクラスって・・・?」
「そう・・同じ剣の騎士のクラスだ」
その先をモードレッドが補完し、次にギャラハッドが口を開く。
「さっきから・・・・冬木市中に七騎じゃ説明できない数の英霊の気配を感じる」
「じゃあ何だ?本来の参加枠を大きく逸脱した数の参加者がこの戦争に犇めいているって事か?」
正義がそう結論を述べると三人の騎士は一様に頷き、モードレッドは重厚な兜から冷徹な声を出して言った。
「そう言う事だ。当然、監督者にそれだけの英霊を使役する魔術師達全てを御せはしない。故に貴公の選択肢はその左手に宿る令呪を破棄し、この戦いから降りるか・・・若しくはたった一人の勝者と成る為に戦い抜くかだ」
その言葉に正義はギリッと歯軋りしながらも言った。
「どっちも選ばねえよ」
「なに?」
モードレッドは半ば不穏さを感じる声で詰問する。それに対し正義もモードレッドを鋭く射竦めて言った。
「俺は警官だ。そんな殺し合いを見過ごすばかりか参加しろだぁ・・・冗談キツイにも程があるぜ」
その言葉にモードレッドはまた、嘆息をつく。
「まだ、そのような甘い事を・・・何度も言うが、貴公が望もうと望むまいと・・・」
モードレッドの言葉を正義は遮るように叫ぶ。
「だから、そう言う問題じゃねえ!」
「ならば、どう言う問題だと?」
モードレッドは呆れながらも問い返すと正義は即答する。
「決まってんだろう。こりゃ市民の生命と安全がかかっている問題だ。俺は公僕としてそれを守る義務があるんだよ。だから、俺はこの戦いを止める。」
その返答にモードレッドは今度こそ呆れた声で吐き捨てた。
「愚かな・・・そのような惰弱な動機でこの戦いに介入しようと言うのか?」
「惰弱だろうが何だろうが、それが俺の大前提だ。それに今は無力ってわけでもねえ。俺達にもこうしてサーヴァントがいるんだからな」
その言葉にモードレッドは見えぬ眉を大きく顰める。
「我らにそのような無謀極まりない介入を行えと?」
すると、正義はいけしゃあしゃあと言った。
「元よりお前ら英霊は俺達に従う契約なんだろう?だったら、遠慮なく扱き使わせて貰おうじゃねえか」
モードレッドは不機嫌そうに低く唸るが、不意にギャラハッドが彼の裾を掴み言う。
「彼の言っている事は基本的に正論・・・・・確かに私達サーヴァントは彼らに令呪がある限り、従うのが義務」
そのグウの音も出ない正論にモードレッドは兜の中で歯軋りする。すると、パーシヴァルも無邪気に言う。
「寧ろ、彼らのような方々が我々のマスターとなって下さった事は僥倖ですよ、モードレッド卿。彼らもまた、正義を行わんとする気高い志を持っておられる。そんな方々の剣となれる事こそ、我ら騎士の誉れではありませんか」
その言葉に正義も満更でもないと言う顔になって言う。
「彼のパーシヴァル卿にそう言って貰えるのは正直、言って光栄だな。あんたは寺島のサーヴァントって事だが、こいつを宜しく頼む・・・筋は良いんだが、何分、経験が不足していて何かと危なっかしい奴だからな」
そう言って寺島を指差す。
「ちょッ!吉野さん!それ幾ら何でも酷くないですかッ?これでも射撃なら吉野さんよりも一日の長があるんですよ!」
寺島は心外だと言わんばかりに抗議するが、パーシヴァルはそれを見て・・・
「成程。どうぞ、ご心配なく吉野殿。我が槍に賭けて主には一切の凶刃も通しはしません」
いい笑顔で言うパーシヴァルに正義も拳を合わせて言う。
「おう、頼んだ」
「ちょッ・・何、意気投合してんですか?二人ともッ!?」
寺島はスルーされた挙句、いつの間にか息が合っている上司と自らの従者に突っ込んだ。
一方、ギャラハッドは人形のような眼を桂木に向けて言った。
「これから、よろしく・・・マスター」
「ええ。こちらこそ」
桂木も笑顔で頷く。だが、残るモードレッドの方は相も変わらず不機嫌なオーラを隠しもせずに憮然としている。それに気付いた正義は彼の真ん前まで近づき言った。
「これから一緒に闘う事になるんだ。だったら兜を取って話すのは礼儀だと思うが」
すると、モードレッドは憮然とした声で言う。
「必要あるまい。心配せずとも貴公の命令には従う。貴公はただ、私を道具としてぞんざいに扱えば良い」
そう言うなり、霊体化して消えてしまった。
「おい!何でそう言う屁理屈になるんだよッ!たくっ・・・消えちまいやがった」
溜息をつく正義にパーシヴァルは頭を抱えて謝罪する。
「申し訳ありません、吉野殿。我々の伝説にお詳しい貴方ならご存知でしょうが、彼も色々と複雑な物を抱えてまして・・・」
それは勿論、正義にも分かる・・・何しろ自分と契約したサーヴァントこそサー・モードレッド。アーサー王と妖姫モルガンとの間に生まれた呪われし不義の王子にして“簒奪の騎士”・・・・
ランスロットの不義を暴露し円卓を二つに割り、アーサー王の留守に王座を簒奪し取って返して来たアーサー王を王国の軍を以って攻め、最後にはカムランの丘にて父と雌雄を決し討たれ、自らも父に致命傷を負わせアーサー王伝説の幕を下ろした騎士・・・それがサー・モードレッドだ。
自分も子供の頃はその騎士を眼の仇にしたものだが、実際に会ってみると想像していたのと全然、違う。アレは国を乗っ取った極悪人と言うより、どちらかと言うと―――
その時、正義の携帯がけたたましく鳴り、正義は考えを中断してそれを取る。相手は部下の一人だ。
「ああ吉野だ。どうした?・・・・なにィッ!?」
突如、大きな声を上げた事で寺島と桂木は身を強張らせる。
「吉野さん、何があったんです?」
寺島が早速、尋ねると正義は今までにない程、深刻な顔になって答える。
「中央刑務所から大量の囚人が脱走した。それに加えて看守や職員、残っている囚人全てが皆殺しにされたそうだ」
息を呑む寺島と桂木に対し二人のサーヴァントは冷静に事態を見据えていた。
「また・・・ルール違反者」
ボソッと呟くギャラハッドにパーシヴァルも何時にない程、真剣な面持ちで頷く。
「ですね・・・」
そして、モードレッドは家の屋根の方に姿を現し一人、夜の虚空を見つめて呟く。
「父上・・・・」
明日未明・・・本当の戦争が始まった。
と言うわけでサーヴァントの召喚回でした。
次回も新しいマスターやサーヴァントが続々と登場致しますのでお楽しみに!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m