Fate/BattleRoyal
23部分:第十九幕
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第十九幕
――― バーサーカーは強いね ―――
それは自身が守るべきだった・・・守れなかった少女が自身に言った言葉だった。
本当に自身が強ければ少女を救えたはずだった・・・だから、少女は―――死んだ。
幼い頃から道具として扱われた少女・・・最後まで温もりを求めた少女・・・
自身はそれを守れなかった。自身が脆弱だったが故に―――!
もう、時が戻る事などない・・・今更、悔んだとて何もかもが遅い・・・自身が守りたかった少女はもう―――いないのだから・・・・
彼はそうして再び、眠りにつこうとしたが、不意に聞き覚えのある声を聞き、その重い瞼を開いた。彼は一瞬、聞き間違いかと思った・・・だが、この声を彼は自身が聞き間違える筈などない事を知っていた。彼はもう一度、耳を澄ませると今度はハッキリと聞こえた―――
『いやあああああああああああッ!!』
その悲鳴を聞くと同時にその光景が朧気に見えた。自身が知る少女とは歳が少しばかり幼いが、正しくそれは自身がかつて守ろうとした少女だった。
少女は夥しい骸が転がる大理石にヘタリと座り込み、殺戮者に骸を作って来たであろう鮮血に染まった手刀を向けられ震えていた。
行かなければ・・・・今度こそ・・自身は彼女を守らなければ―――!
彼はすぐに手を伸ばそうと試みるが、その手はない。当然だ。今の彼は“世界”に取り込まれた存在・・・自らの意思でそこから出る事は叶わない。そんな事は彼とて分かっていた・・・分かっていても伸ばさずにはいられなかった。
動け!我が手足よ!!あの時も守れず、今さえも守れないのなら自身の存在など不要だ!自身はどれ程の対価を払おうとも構わない・・・だから、あそこへ行く身を・・あの少女を守り救う為の身をッ・・・我に寄越せえええええええええッ!!
彼は誰に聞こえる事もない血の如き叫びを咆哮する。そして、運命の悪戯が・・・この世界におけるイレギュラーが彼の願いを―――――聞き届けた。
殺戮者はイリヤスフィールの首に手刀を叩き込もうとした瞬間、自身の戦闘者としての本能が警鐘を鳴らし、瞬時に後ろへと飛び退いた。
(何だ・・・さっきの悪寒は?何故、こんなガキ相手に・・・・んッ!?)
怪訝に思った殺戮者はふと、イリヤスフィールの右手に赤い三画の聖痕が刻まれた事を視認した。
(令呪・・・だとぉッ!?馬鹿な・・・確かアインツベルンのマスターは衛宮切嗣とか言う奴だろう?なのにこんなガキにまで!?)
だが、殺戮者が真に驚くのはこの後だった。イリヤスフィールの真ん前の床に円形の魔法陣が―――サーヴァントの召喚陣が発現したのだ。
「え?これって・・・」
当のイリヤスフィールすらも驚きを口にすると殺戮者も眼を瞠る。
(魔法陣も直接、描かず詠唱もなしに召喚を・・!?)
それから殺戮者が行動を起こす間もなく閃光と疾風が召喚陣から巻き起こり、城内を包んだ。イリヤスフィールはそれに吹き飛ばされぬように自身の身体を丸めて蹲った。そして、閃光と疾風が収まった後、イリヤスフィールは徐に眼を開くと、その眼前には獅子のたてがみの如き長髪に筋骨隆々な巨躯を誇る巨人が立っていた。まるで、自分を守るように。イリヤスフィールはオズオズと口を開いて問う。
「あ・・あなた、誰?」
すると、巨人は精悍な顔を少女に向けて厳かな声で静かに答えた。
「我はサーヴァント・アーチャー・・・真名はヘラクレス。もう―――」
そこで巨人―――ヘラクレスはどこか感極まったような声で自身が守るべき少女に告げる。
「心配はいらぬ・・・君は私が守る。今度こそは!」
そう言ってヘラクレスは前方の殺戮者に凄まじい殺気を向け静かだが厳かな声で告げる。
「殺戮者よ・・・二度は言わぬ。このまま退けば良し・・・これ以上の戦闘を望むようならば、私は貴様を完全に粉砕する」
すると、殺戮者は狂ったような笑い声を上げた。
「くあはははははははははははッ!こいつは傑作だ!さっきまでクソつまらねえ仕事だと思ってりゃ最後の最後でこんなサプライズがあるとはな・・・・さて、その警告だが、答えはノーだ。俺もプロなんでな。依頼を果たさなきゃ信用に関わるんだよ。そのメスガキにはここで死んで貰う」
その答えにヘラクレスは怒気と殺気を隠しもせず周囲に発散し殺戮者へ向け集約する。
「ならば、貴様の首が此処に転がるだけの事」
そう言ってヘラクレスは岩のような斧剣を殺戮者へと向け死刑宣告を告げる。だが、殺戮者は怯むどころか歓喜とも言える哄笑を上げて言う。
「おもしれえ!おもしろ過ぎるぜ!!この仕事も捨てたもんじゃなかったってか?生憎とヘラクレスさんよ。そう簡単には行かせねえぜ・・・なんてったって、サーヴァントはこっちにもいるんだからな。来い、バーサーカー!」
殺戮者が手をパチンと鳴らして呼ぶと、その隣に夥しくも禍々しい魔力を放出させた鋭利なフォルムに額に一角を備え左右対象に二本角を設え獣のような面貌を象った赤いたてがみが後ろに装飾された黒一色の兜と甲冑を纏った獣が最早、言葉ではなく咆哮と呼ぶ事すら生易しい。肺に溜まった空気を全てを解放し、心の臓に滾る血を全て吐き出そうとも足りない轟音・・・そして、狂乱と憎悪の限りを凝縮させたような衝撃波を解き放ち、周囲に反響させる程の余波を巻き起こす。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
それを見てヘラクレスはどこか憐憫の色を僅かに見せる。
「哀れな・・・嘗ての私と同じか・・・だが―――」
それもすぐに打ち消しヘラクレスは自らの得物を構えつつ、その身体はイリヤスフィールの前を一歩も動かない。それを見て殺戮者は小馬鹿にしたような笑みを漏らす。
「あくまでマスターの傍を離れずか・・・まあ、常道だな。だが―――それがいつまで持つかなあああああッ!?」
その言葉と共にバーサーカーは自らの腰に帯刀した黒い双剣を鉤爪の様な両手で抜き放ち咆哮を上げながら、ヘラクレスに突進して行く。だが、それは決して無謀な特攻ではなかった―――
ガキンッ!!
黒光りした双剣とヘラクレスの斧剣が火花を散らして交わる。ヘラクレスは元より狂化されながらも黒い甲冑の獣は冴え渡る剣技を互いに繰り出していた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
バーサーカーは獣の唸り声を上げてヘラクレスへ迫る。
「狂化されて尚、この武技・・・生前はさぞ名のある騎士だったのだろう。にも拘らず、このような狂獣に身を堕とすとは・・・嘗ては同様だった、この身としても慈悲と敬意はくれてやろう。だが、私も退く訳には行かん!」
ヘラクレスは斧剣を振り上げてバーサーカーを後ろへ弾き飛ばす。しかし、バーサーカーも弾き飛ばされながら、受け身を取り踏み止まった。
「ハッ!伝承に違わずやるな、あんた」
殺戮者は自身のサーヴァントを圧されても尚、喜色に富んだ顔をしている。
「だが、俺も一応は現役の暗殺集団の看板を背負ってんだ。んな簡単には・・・いかせるわけにゃあいかねえなッ!!」
そう言うと殺戮者は一瞬でヘラクレスの眼前に移動して手刀を繰り出し、何とヘラクレスの斧剣と打ち合った。これにはヘラクレスも内心で度肝を抜いたが、顔には億尾にも出さず打ち返した。一方、殺戮者は今や狂喜一色に染まった面貌で手刀やら蹴りやらを乱舞していた。
「ひゃははははははははッ!!おもしれえッ!おもしれえッ!余りにおもしろ過ぎて・・頭が狂っちまいそうだ!てかもう、狂ってんだけどなぁッ!!あははははははははッ!!」
殺戮者と打ち合いながら、ヘラクレスはこの見るからに戦闘狂である青年に嫌悪を感じながらも同時に感歎もしていた。本来、霊長の守護者たる英霊に人間が肉弾戦や近接格闘を挑むなど正気の沙汰ではない。だが、この青年は平然と生身で自分と互角・・・いや、それ以上に渡り合っている!
ヘラクレスが青年の技量に半ば恐れ慄いていると青年はすかさず、己のサーヴァントに命じた。
「ひゃあははははははッ!バーサーカーッ!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」
その掛け声でバーサーカーは再び咆哮を放ち、後方から地を蹴り上げてヘラクレスを飛び越え、イリヤスフィールへと―――!
「させぬ!」
ヘラクレスは青年が繰り出した手刀を左手で掴み、その剛腕で青年の身体をバーサーカーに放り投げ、すかさずイリヤスフィールを抱き寄せ、その場を離れる。
一方、青年はバーサーカー共々辛うじて受け身を取った。
「へっ!やっぱ、そう簡単には殺らせてはくれねえか・・・いや、元より殺らせるつもりなんざ更々ねえってか?」
青年が頭をかいて毒づくとヘラクレスは厳かな声音で返す。
「無論」
その光景を壊れた入口の扉の隙間から一人の男―――マック・カーティスが拳銃を手に呆然と見ていた。髪の色は青色のショートカットで翡翠色の瞳をしている男で顔付きは中々にハンサムだと言って差し支えはあるまい。だが、その顔は今や驚愕と困惑・・恐怖に歪んでいた。
なんだ・・・こりゃあ!?スキーのコースから外れて遭難した挙句、やっと見つけた城に一晩だけ泊めて貰おうと踏み入ったらで殺人事件だし・・・おまけにこりゃあ一体―――!
ガタッ!
そこで大きな音を立ててしまったマックはハッとなって毒づく。
「しまった・・ッ!」
一方、殺戮者とヘラクレス達もその音に気付き入り口の扉を見ると一人の男が走り去って行くのが見えた。
「チッ!良い所で水を差しやがってッ!」
殺戮者はそう言うなり、バーサーカーを伴って一瞬で扉を出て走り抜け目撃者の跡を追う。
「まっ・・待てッ!」
それを背中からヘラクレスが呼び止めつつイリヤスフィールを右腕に抱えながら、自らも追う。
その頃、マックは雪原の中を必死に走っていた。
なんだったんだ、今のは!?斧剣を持った巨人に黒い甲冑を纏った騎士だって?まるで映画のロケじゃないか。だけど、あれは演技とかそんな次元の物じゃない!あれが人間の戦いか?いいや、答えは絶対にノーだ!あんな物が人間の動きなわけがないッ!
二人とも太刀筋なんて物がまるで見えなったぞ!おまけにあのグラサン男・・巨人の斧剣と素手で打ち合ってやがったッ!もう・・何が何だかわけが分からねえよ!
突然だが、彼マック・カーティスについて少し語ろう。彼はイギリスの『スコットランドヤード』に所属する刑事だ。刑事として優れた能力を持ち、弁舌が巧みで非常な強運の持ち主である。立て篭もり事件などでは彼の弁舌によって血を流さず解決した事は一度や二度ではなく同僚や上司からの信頼も厚い。強運に至っては宝くじを買えば必ず賞を取り、銃を持った人間が発砲しても一発も当たる事がないと言う異常なレベルである。
実はこれらは彼に特殊な魔術の素養があり無意識でこそあるが、それを覚醒させているからに他ならない。彼の起源は『弁舌』と『天運』。『弁舌』は文字通り弁舌を巧みにする魔術であり魔術師達が隠蔽の為に良く使う暗示の最上位魔術に相当し、その気になれば他人を自身の完全支配下に置けるが、彼はそのような事を知る由はなかった。
そして、もう一つの『天運』はこれも文字通り絶対の強運を手繰り寄せる魔術であるが、その反面、厄介な事に悪運までも手繰り寄せてしまう悪性もあり、こればかりは彼も全くコントロール出来ておらず現在の事態も半ばそれが原因だ。
彼は数々の事件を解決した功績により署長から一か月の休暇を貰い冬の雪山でスノーボードを満喫していたのだが、在ろう事かこの時に悪運を手繰り寄せ、コースから外れ遭難しつつ今度は強運を手繰り寄せてアインツベルン城に辿り着く事ができたのだが、現在はご覧の通りだ。
マックは力の限り雪山を走り抜け森の中へと入り、一先ず、そこで息を吐いた。
「くそ!どうにか地元の警察に応援を呼ばなきゃな。ありゃ俺一人でどうにかなる相手じゃ・・・ッ!」
「ああ、そいつは正解だ」
「なッ!」
マックは驚いて横を振り返ると先程、巨人の斧剣と素手でやり合ったサングラスの男が悠然と立っており何かを口にする間もなく男の正拳が彼の顔面を抉り後ろへ吹き飛ばされる。
「う・・ぐぅ・・・ッ!」
マックは鼻から溢れ出た鼻血や激痛に喘いで頭が朦朧としていた。そんなマックを男は詰まらなさそうに見ている。
「けっ、雑魚の分際で水差しやがって・・・俺が手を下すまでもねえ。バーサーカー、殺れ」
男の冷酷な命に先程の黒騎士が獣ような唸り声を上げて自らに近づいて来るのをマックはぼやけている視界で見つめ半ば諦観が入り混じったような思考で毒づいた。
「ちく・・しょう・・・俺の強運もここまでかよ・・・いや、つーか最後の最後で悪運が出ただけの話か・・・マジでついてねえや・・・」
それだけ呟くとマックは重くなった瞼をゆっくりと閉じた。
だが、それで終わりはしなかった。無意識下で開いた魔術回路及び彼がギリシャ旅行で土産として手に入れた神殿の欠片石・・更にこの世界に置ける『聖杯』の気紛れが彼の命脈を辛うじて繋いだ。
右手に鋭い痛みが走るのを感じたマックは眼を開け、右手の甲を見ると徐々に三画の幾何学的な刺青が刻まれているのを見て驚愕に眼を見開いた。
「こっ・・今度は何だってんだよ!?」
マックが呻くような声を出すが、男は驚愕に眼を見開き信じられないと言う声で息を呑んだ。
「まさか・・・この雑魚までかよ!?」
その言葉を裏付けるようにマックの前方に魔法陣が展開し瞬く間に閃光と疾風が巻き起こり、余りの眩しさと激しい風にマックは眼を瞑る。
そして、それも鎮まり静寂が訪れマックが徐に眼を見開くと先程の余波で起きた煙から腰まで伸びた紫色のロングヘアーに眼を異様な眼帯で隠したすこぶるつきの良い女が眼の前に立ち口を開いた。
「問います、あなたが私のマスターですか?」
それに対しマックはと言うと・・・・
「うっわ、すっげえ美人・・・・」
それに対し眼帯の女性は半ば顔を赤らめたが、それもマックの右手にある紋様を見て消し再び口を開いた。
「あなたと私の魔力供給のラインは繋がっています。何よりもその令呪・・・どうやら、あなたが私のマスターで間違いはないようですね・・・」
女性が半ば嘆息をついて答える。一方、マックは未だに事態が呑み込めずオウム返しに問う。
「マスター・・・?」
すると、女性は一層大きな嘆息をつき言った。
「ええ、その通りです。私はサーヴァント・ライダー。此度の聖杯戦争に置いてあなたのサーヴァントとして現界しました」
その言葉にマックは一層、ポカンと口を開けるが、事態はそんなゆとりさえ許してはくれなかった。
「ハッ!俺の前で立ち話とは余裕じゃねえかッ!」
途端に殺戮者が得意の手刀を眼帯の女性―――ライダーに向かって繰り出した。
「危な・・ッ!」
“危ない”と言おうとした瞬間、ライダーは釘の付いた鎖でその手刀を塞き止める。すると、殺戮者は感歎の声で呟く。
「ほお・・」
「くっ!」
一方、ライダーの方は余裕がなさそうに冷や汗をかいていた。
「ヘラクレスに比べれば些か以上に物足りねえが、それなりには楽しめそうじゃねえか・・・」
それに対し殺戮者は満面に余裕の笑みを浮かべて鎖で絡め取られた手刀を徐々にライダーへ向けて押し出して行く。
それを傍から見ていたマックはライダーが圧されている状況に居ても立ってもいられず懐の拳銃を殺戮者の顔面目掛けて向け、引き金を引いた―――が、銃弾はその顔面を射抜く事はなく弾かれて近くの木に当たった。
「なッ!?」
マックが信じられないと言わんばかりに呻くと殺戮者は獰猛な笑みで言った。
「悪いが、特別製でな・・・オラァッ!!」
そして、とうとう鎖を断ち切って凄まじい速度で手刀をライダーの首元へとぶち込もうとした時―――!
突如、凄まじい回転を以って突進する物体が殺戮者に迫って来た。殺戮者は当たる寸前で身を素早く、引っ込めてやり過ごした。そして、回転した物体―――斧剣は彼らを見下ろす形で立っていたヘラクレスの右手に収まる。その足にはイリヤがしがみつくように抱き付いている。
「へっ・・・流石に速ええな」
殺戮者は冷や汗を垂らしながら毒づきながら、状況を素早く認識していた。
さて・・・どうするかね?この状況・・・アインツベルンのメスガキやこのヘッポコは大した問題じゃねえが、サーヴァント二騎か・・・
技量的に俺とバーサーカーがそれぞれの相手をすりゃあ殺れねえ事はない・・・が、ヘッポコのライダーはともかく、ヘラクレスは侮れねえ。何しろ、ギリシャ神話最強の英雄にして不死身と恐れられた半神半人・・・何か大きな隠し玉があるだろう・・・少し癪だが、潮時かね、こりゃあ・・・まあ、いい。ここは退いておくか。
それに、多分に俺の感が言っている・・・・この先、こいつらを生かして置いた方が数倍、おもしれえってな!
殺戮者はニンマリと笑うとヘラクレスの足に抱き付いているイリヤに向かって叫んだ。
「おい!アインツベルンのメスガキッ!今回はサーヴァントを呼び寄せた奮闘に免じて退いてやる。だが、忘れんなよ・・・俺は必ず、お前の首を殺りに来るぞ」
すると、イリヤが怯えるのを宥めながら、ヘラクレスが言う。
「そのような事、私がいる限りは絶対にさせん」
「大した自信だな。流石は大英雄の貫禄ってか?まあ、そこまで言うならゲームをしようぜ」
「ゲーム?」
オウム返しに聞いたのはマックだ。
すると、殺戮者は口元を盛大に歪めて言った。
「メスガキ・・・お前の両親もこの戦争に参戦してるそうだな・・・俺は今からそいつらを殺しに行く」
その言葉にイリヤはビクッと身を強張らせ一層、震えを大きくする。それと共にヘラクレスは一層、殺気を殺戮者に集約する。
「それこそ益々もって絶対にさせるわけにはいかぬ・・・ッ!」
「だったら守って見せろよ。力ずくでな・・・さて、俺は今から戦地の冬木に行って来るわ。お前らも後で追い掛けて来い。それから宣戦状と餞別に俺の名を教えといてやる。俺は迅鷹山。救い様のねえ史上最低最悪の人格破綻者って奴だ。じゃな」
それだけ言うと殺戮者―――鷹山はバーサーカーを伴いその場から消えた。
それから暫くしてヘラクラスとイリヤ、マックとライダーはお互いに事情を大凡と話した。
ただ、マックは一人『魔術師』や『英霊』だの、『聖杯戦争』だのと言う信じ難い内容に困惑していたが、眼の前で証拠足り得るものを見せられた今となっては現実として受け入れる他はなかった
「それじゃあ日本の冬木って町でそんな大層な戦いが起きていると?・・・・んでもって、俺はその参加者に選ばれたと?」
マックが事実を一つづつ確認しながら、問うとイリヤは頷いて答える。
「うん。実を言うとイリヤも良くは分かんないんだけどね」
「ともかく、貴公が聖杯によってマスターに選ばれた事は事実だ。それでどうする?今ならば降りる事も可能だが」
ヘラクレスに問われマックは頭をかきつつ即答する。
「んにゃ、俺も参戦するよ。警官としてさっきの殺人鬼も野放しにはできないからな」
すると、隣のライダーが口を挟む。
「本当に良いのですか?あなたは元は一般人。このような戦いに巻き込まれるのは本意ではないのでは?」
すると、マックは鼻で笑って答える。
「本意でなかろうと現に俺はもう、巻き込まれてんだろ?だったら、ジタバタしたってしょうがないじゃんか」
その答えにヘラクレスは瞑目して厳かに頷く。
「良い覚悟だ」
一方、ライダーの方も口元に微笑を浮かべ言った。
「分かりました。私も及ばずながら、力を尽くしますマスター」
すると、マックは途端にライダーの手を握った。それにライダーは一瞬、鼻白む。
「それにしても、君、本当に美人さんだなあ。今まで沢山の女の子と付きあって来たけど、その中でも君は別格だよ」
「は・・はあ・・・」
ライダーは間の抜けた声で受け答えする。更にマックのアプローチは加速し・・・
「良かったら今夜、俺の部屋に・・・」
すると、ライダーは言い終わる前に静かな声で・・・
「石になりたいですか?」
その瞬間、マックはライダーの眼元に異様な悪寒を感じ、途端に土下座していた。
「す・・すいません・・・」
(何だ、今の!?なんか彼女の眼から理屈を超えた恐怖が・・・)
すると、ヘラクレスが嘆息をついてライダーに言う。
「もう、その辺りにしてやれライダー・・・いや、メデゥーサ」
その言葉にマックは沈めていた顔を上げて驚愕の叫びを発した。
「メデゥーサ!?メデゥーサってあのギリシャ神話でペルセウスに討たれた一睨みであらゆる者を石にする怪物のメデゥーサか!?こんな・・・美人さんが?」
あんぐりと口を開け問うマックにライダー―――メデゥーサは静かに頷いて答える。
「はい。私は正しく、そのメデゥーサです」
(成程・・・さっきの眼元に感じた恐怖も道理だぜ・・・これからはなるべく怒らせんようにしよう、うん・・・けど、やっぱ今まで出会った女の子達より美人だ〜!)
それでも、やはり鼻の下を伸ばすには入られないマックであった。
その様子に半ば呆れるヘラクレスにイリヤがオズオズと近付いて声をかけた。
「さっきはありがとう。ヘラクレスは強いね」
その言葉を聞いた瞬間、ヘラクレスは一瞬、衝撃が走ったように顔を強張らせるが、首を振って言う。
「礼を言う事はない。私は無条件で君の味方なのだから」
「どうして?」
イリヤが首を傾げながら尋ねるとヘラクレスは不意に翳が差した顔になって答える。
「この世界の君は知らぬ事だが、異なる世界で私は君を守り抜く事を誓った・・・・だが、その誓いを私は果たす事ができなかった」
ヘラクレスは拳を握り締めて沈痛な面持ちで俯く。一方、イリヤは良くは分からないと言う顔で首を傾げる。ヘラクレスはそれを当然だなと自嘲する。
この世界の彼女は自分が知る彼女とは別人に等しい。今、眼の前に居る彼女は歪みも淀みも抱えてはおらず純粋に真っ白な幼子だ。だが、それでも彼女である事に変わりはない。それに今回の聖杯戦争はどうも過去の・・前回の第四次聖杯戦争であるらしい・・・ならば、この娘に両親を生きて帰してやる事ができるかも知れない!
ヘラクレスは新たな決意を瞳に宿し改めてイリヤを見据え、その肩を優しく抱いて誓う。
「だからこそ・・・今度こそは君を守って見せる。そして、君の父上と母上もきっと君の下へ帰そう」
と言う事があった翌日、イリヤとヘラクレス、マックとメドゥーサは日本の冬木市へと入っていた。
「行こう、ヘラクレス!」
イリヤはヘラクレスを促して元気良く駆け回っていた。何しろ、イリヤにとっては初めて眼にするアインツベルン城と雪山以外の土地だ。幼子故の好奇心も手伝って、はしゃがずにはいられないのだろう。一方、マックは眠そうに眼を擦りながら呟いた。
「慌ただしいフライトだったてのに元気いっぱいだなあ・・・俺はもう眠くて・・・眠くて・・・ふぁぁぁ」
そう言って欠伸をするマックを横でメドゥーサが窘めの言葉をかける。
「だらしないですよ、マスター。子供の前なんですから、大人ならもっと模範になって下さい」
「そんな事言ったてなあ・・・昨日の襲撃から間も置かず空港に行った挙句、そのまま日本に直行だぜ?多少の時差ボケだってある。少しは大目に見てくれよ」
と、また大きな欠伸をし、メドゥーサを呆れさせる。
一方、イリヤは空港を出て眼の前に広がる町並みをキョロキョロと見渡し、眼を好奇心に輝かせて感歎の声を出す。
「わあー、ここが切嗣が言ってた日本なんだねー」
「イリヤはここへ来るのは初めてか?」
ヘラクレスが何気に問うとイリヤは頷いて答える。
「うん。生まれてから、ずっとお城の中。でも、切嗣から色々な話を聞いてるんだ。桜の花とか、夏の雲とか」
「そうか・・・」
ヘラクレスは暖かい眼差しでイリヤに受け答えする。その様を傍から見ていたマックは思わず呟く。
「まるで、親子のようだな・・・」
すると、メデゥーサもクスと笑って頷く。
「ええ、そうですね・・・・ツゥ!」
と、そこでメデゥーサの表情が緊迫した物に変わり、ヘラクレスに声をかけた。
「ヘラクレス」
「ああ、私も感じた」
ヘラクレスも一転、武人の顔になって頷く。
「え?どうしたの?」
イリヤが眼を丸くして問うとマックも何が何だか分からないと言わんばかりに問い質す。
「そうだ。二人してなんだってんだよ?」
すると、ヘラクレスは厳かな声音で答える。
「サーヴァントが二騎・・・戦闘をしている。それも―――近い!」
冬木市、中央の冬木大橋・・・そこでは凄まじくも異様な戦いが繰り広げられていた。
ハンニバルは奈緒と共に戦象に跨り、四つの軍旗を掲げた夥しいまでの騎馬軍団と戦っていた。
「クッ・・・流石は世界を蹂躪し尽くした覇王の軍勢・・・数も壮大だが、質も桁外れ・・・その上―――速いな」
珍しくもハンニバルは冷や汗をかいて毒づいていた。その傍で奈緒はその軍勢を恐れながらも怪訝な声で呟く。
「でも・・・あれは何なの?あの軍の後ろにある空間は―――」
そう、何よりも異様なのはこの騎馬の軍団の現界を保っている固有結界であった。本来、固有結界とは対象を巻き込んで一定の空間を術者の心象風景を投影した結界で塗り潰すと言う物だ。
だが、ハンニバル達がいる場所は普段通りの冬木大橋だ。そして、肝心の固有結界は騎馬軍団の後方に入り口だけを見せて投影し騎馬軍団と共に移動しているッ!
「魔術師でもない者が固有結界を使う事自体が既に異質だが、これはまた、面妖な固有結界を使うものだな」
ハンニバルも驚愕を隠し切れない声で畏怖する。
すると、軍団の先頭に立ち、自らも馬にトゥーランと共に跨る男―――チンギス・ハーンは怜悧な顔に絶対的な自信を溢れさせ言った。
「我らが後方に広がるは嘗て、同胞たちと共に駆け抜けた大草原・・・俺達が心に等しく刻み付けた心象の故郷にして戦場!この蒼天と大地を震わせる無双の騎兵達・・・これぞ俺が生前に誇り、今尚、誇る『我』!
対軍宝具『覇王の騎兵先駆ける四狗』!!
これぞ比類なき覇王の『我』よ。来い!そして、我が『我』の前に平伏すが良い!」
「誰がッ!」
ハンニバルはそう言って戦象を高く飛び上がらせる。
「その独り善がりな『我』と共に灰塵となって冥府に帰すがいい・・・『降り立つ嵐雷の慈悲』ッ!!」
瞬く間に戦象が嵐と雷を伴い騎兵軍の真上から凄まじい速度を以って落下して来る。しかし、それをチンギスは一笑に付すと同時に手を上げ、それと共に軍勢は戦象が落下する寸前で円状に動き避け、そのままハンニバルの戦象は軍団の真ん中に収まる形で落下する。それをすかさず、騎兵軍団は鎖を戦象に巻き付け動きを瞬く間に封じる。
「なにッ!?」
ハンニバルも予想外の用兵に眼を剥く。だが、その間もなく特大の矢が自身に迫り来る。それをハンニバルは腰の剣を抜いて叩き落とす。見るとチンギスが馬上で特長の弓を番えて自身に狙いを定めている。
「ほう・・・トゥーランから聞いたステータスにしては良い反応だな。やはり腐っても歴戦の将と言った所か・・・しかし、さぞ歯痒かろうな。そのような俄かの小娘と契約したばかりに宝具に頼らねば己一つの身で満足に戦う事も儘ならぬとは・・・せめて、真っ当なマスターと契約していれば、その霊格相応の実力を発揮できたであろうに」
その言葉に奈緒はズキッと胸が痛んだ。
私のせいだ・・・!私にマスターとしての実力がないから・・・ライダーが本当の力を出す事ができないんだ!
奈緒が自らの不甲斐なさに胸を痛める暇もなくチンギスは最後通告を叩き付ける。
「だが、天運も実力の内だ。これが貴様の天命が行きつく先であったと言うだけの事・・・貴様の戦象は我が騎兵達によって包囲され、拘束された。飛び上がる事ができなければ、然程の脅威でもない。後は―――」
戦象を取り囲む騎兵達が一斉に弓を番え矢を放つ体勢を取る。
「我が騎兵達による矢の葬送にて冥府へと旅立つが良い」
チンギスが手を上げて自らの軍団に合図を送り、騎兵達の弓から矢が―――一斉に放たれた。
その寸前の事・・・・
奈緒はハンニバルの背で力なく、うな垂れて消え入るように呟いた。
「ごめん・・・ライダー。私なんかが、あなたのマスターになっちゃったばっかりに・・・」
それに対しハンニバルは唯一言・・・
「奈緒・・・少し、無理をさせる」
「え?」
奈緒は顔を上げてその意味を量り兼ねていたが、その答えはすぐに分かった。何しろ自身の全身から魔力が凄い勢いで吸い上げられていくのを感じたから―――!
矢の暴風雨がハンニバル達や戦象に直撃する直前、彼らの周囲に凄まじい嵐と雷が巻き起こり、それが全体を覆う防御壁となり矢の全てを弾いた。それを見たチンギスは怜悧な顔を僅かに歪ませる。
「なんだと・・・ッ!?」
嵐と雷が吹き荒れる暴風の中でハンニバルの声が木霊する。
「ふん、包囲?拘束だと?笑わせる。このような児戯が包囲戦術などと呼べるものか」
「なにぃ・・」
チンギスは声こそ激昂させなかったが、その声音は静かでこそあるが、不穏な響きを多分に纏っていた。ハンニバルはそれも構わず続ける。
「教えてやろう・・・若造。本物の包囲殲滅戦術と言う物を!!」
その時、嵐と雷の暴風は更に大きくなりチンギスとトゥーラン、騎兵軍団全てを包み込んで行った。
そうして全てが収まった後、チンギスとトゥーランが眼を徐に開くと彼らの眼の前に広がったのは雪が吹き荒ぶ広大なアルプス山脈だった。そして、自分達や騎兵軍団がいる場所はその麓である事が分かった。
「まさか、ハンニバルも固有結界を!?」
トゥーランが呻くように言うとチンギスは相も変わらず怜悧な表情と眼で自分達を見下ろすアルプスの山頂を睨む。すると、そこには雄々しい漆黒の戦象が立っていた。
「貴様・・・」
チンギスは静かな怒気を湛えて唸る。
山頂からハンニバルが高らかな声で咆哮する。
「この景観も貴様らがそうであるように我ら全員の心象風景!・・・国は滅び去り、その身も朽ちて滅び、幾星霜の刻を経ようと私と共に戦わんとする不屈の勇士達!!」
すると、ハンニバルの後方から凄まじい怒号と山脈を揺るがすが如き騒音が近づき複数の象の鳴き声が響き渡る。
「野心ではなく・・・ただ、その身命を祖国への忠節に捧げた同胞達の賛歌!これぞ、このハンニバルの最強のEX対軍宝具にして生涯の絆、
『山脈を駆け降りし嵐雷の軍団』ッ!!!」
その高らかな咆哮と共に『覇王の騎兵』とは比べ物にならぬ数の軍団が姿を現した。その中で一際、勇壮と覇気を放つのは雄々しい戦象軍団。鼻息と鳴き声は軍団の士気を鼓舞するかのように荒々しくも圧倒的な畏怖を見る者に感じさせた。
そして、ハンニバルは一つしかない赤眼で麓にいるチンギスを見下ろすように射抜き言葉を続けた。
「若造・・・真っ当なマスターと契約していれば、それ相応の実力を発揮できただろう・・・貴様はそう言ったな」
それにチンギスは怪訝な声で問い返した。
「それがどうした?」
すると、ハンニバルは何時にない不敵な笑みを浮かべて宣言した。
「笑わせるな!貴様が如き、のぼせ上がった自己満足の塊など、元より我がマスターの足元にも及ばぬわッ!!」
その言葉に奈緒は瞳に涙を滲ませて口元を手で覆い、チンギスの方は怜悧な顔に初めての・・・本当の意味での青筋を今度こそ立てていた。
「さあ、来るがいい・・・若造。のぼせ上がった貴様に本当の戦と本物の包囲殲滅戦術が如何なる物かタップリと教授してやろう」
次回・・・ハンニバルの本領発揮!
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