Fate/BattleRoyal
24部分:第二十幕
第二十幕
「俺に・・・本当の戦を教えるだと?」
チンギスの声音は静かだが、それには大気をも圧迫させるほどの憤激が迸っていた。にも拘らず、ハンニバルは全く動じずに言ってのけた。
「そうだ、若造。お前は己の『我』に自惚れ眼先の力しか見えてはおらん。そんな物は戦争ではない。単なる匹夫の勇でしかない!」
その言葉を皮切りにチンギスは今度こそ、瞳孔を開いた。そして、胸元にかけた赤い宝石のペンダントを握り締め後ろのトゥーランに告げる。
「トゥーラン・・・『覇王の騎兵』を完全開放する。敵がEX宝具を持ち出した以上はこちらもEX宝具で以って対峙せねば、とても対抗できん。一気に決着を着けるぞ」
「・・・分かった」
マスターの了承を得たチンギスは自身の弓を番え天空に狙いを定める。そして、山頂にて自らを見下ろすハンニバルに告げる。
「よくも言った・・・この俺を見下ろすのみならず、言うに事かいて・・・俺に戦を教えるときたか・・・・ッ!その不遜、その鈍い戦象共々に頂から退き吊り降ろしてくれる!!」
チンギスは矢を天目掛けて放ち、その瞬間、『覇王の騎兵』を現界させている固有結界の入り口がさらに大きくなり、そこから更なる軍勢が次々と加わり、チンギスの傍には九白紋章の軍旗が出現する。そして、上空にも空を翔ける白亜の軍馬に跨る将兵達が弓を番えて出現し、瞬く間に『覇王の騎兵』はハンニバルの軍勢と遜色ない大軍勢へと膨れ上がった。
チンギスはこれらの軍勢を腕を広げて誇り咆哮する。
「これぞ、世界を圧倒し得る『我』の本道!我が最強宝具『覇王の騎兵』の真の姿・・・・
その名もEX対軍宝具『覇王の騎兵蹂躪せる四駿』!!!」
その咆哮に呼応するように軍勢の雄叫びが山頂にまで轟き文字通り震わせる。それに対しハンニバルは冷静な面持ちを崩しもせず言い放つ。
「ふん、やっと重い腰を上げたか若造・・・詰まらん出し惜しみなどをしおって・・」
「ほざけ・・・愚かなのは貴様の方だぞ、知将よ。俺を本気にさせた事で貴様は死ぬ程に後悔せねば、ならなくなったのだからなあッ!!」
チンギスは憤激を迸らせると同時に手を上げ、大軍団に迎撃の陣を布くように命じた。すると、ハンニバルも指揮棒を取り出し麓から押し寄せる大軍勢に向けて、自らの軍団の采を振った。
「突撃せよ」
その一声で戦象達が雄叫びを上げて嵐と雷を纏い、山頂から一気に駆け降りていく。それを麓にて迎え撃つチンギス・ハーンの大軍勢・・・・この戦いは客観的に見れば、ハンニバルの軍が有利と言えるだろう。確かに数量は拮抗している。だが、馬と象・・この体躯の差は大きい。如何に馬がその機動力を生かして翻弄しても象に正面から体当たりされたり鼻で薙ぎ払われば、それまでであるし、何より象の皮膚は分厚く弓矢を数本、射た所でビクともしない。
さらに地の利もハンニバルが占めている。固有結界によりチンギスら『覇王の騎兵』を切り立った崖が多くおまけに雪が積もっている堅牢なアルプス山脈の麓に引きずり出す事で彼らの持ち味である機動力を封じられ、ハンニバルはその麓を見下ろせる山頂へ陣取りいつでも駆け降り彼らを粉砕できる上にこれを迎撃しようにも下から突き上げる攻撃と上から降り掛かる攻撃・・・どちらに分があるかと問われれば、それは紛れもなく後者と言わねばなるまい。
つまり、ハンニバルの軍勢が敗れる要因は一つもない―――が、忘れるなかれ、これは常に別の要素が働く可能性が顕在する条理の外にある人外の戦いであると言う事を。
ハンニバルの軍勢が山頂から一気に駆け降りたと同時に突如、入り口だけを見せていたチンギスの軍勢を現界させている固有結界が拡大し、ハンニバルの固有結界を塗り潰さん限りに勢いを増し、騎兵軍団の動きを鈍くしていた切り立った崖と足元が滑り易い雪原は失せて、一気に広々とした大草原が広がった。すると、騎兵軍団はこれ幸いに縦横無尽な機動力で嵐と雷を纏った戦象軍団の突撃を難無く避けてしまった。
「避けられたッ!?」
奈緒は青褪めなて呻くが、ハンニバルは涼しい顔で言う。
「想定の範囲内だ」
「相も変わらず余裕だな・・・だが、これで形勢は逆転した。こうして山頂から駆け降りた今、貴様らの地の利は失せた。ここからは―――俺達の『我』による領分だッ!!」
その言葉を皮切りに『覇王の騎兵』は更に機動力を増し、ハンニバルの『嵐雷の軍団』を翻弄し包囲して足場を奪って行った上、弓の一斉射撃や投石機による火薬弾の放射によってハンニバルの軍勢は浮足立ち始めた。
「ふん、本当の戦を教えてやると大口を叩いた結果がこれか?存外にあっけなかったな」
チンギスは冷笑を浮かべて言うと今度はハンニバルが失笑を返した。
「そちらこそ、この程度でもう慢心か?本番はここからだ―――」
そう言ってハンニバルは手に持った指揮棒を振り上げる。その途端に浮足立ち始めていた軍勢はその動きを再び鋭敏にさせ戦象はその鼻で周囲を囲んでいた騎兵を数騎、薙ぎ払う。
「チッ!」
チンギスは思わず舌打ちする。
「若造・・遊びは終わりだ」
ハンニバルはそう言って指揮棒をさらに振り上げる。すると、戦象軍団は一列に前進し、その後ろを歩兵が進み横を騎兵がチンギスの軍勢を囲み始めた。
チンギスの騎兵は機動力に物を言わせて逃れようとするが、その前に戦象がその突貫力で粉砕し退路を狭めて行く。
(クッ・・奴が指揮棒を振った途端、愚鈍だった戦象の動きが極端に鋭くなった!これは一体!?)
チンギスはハンニバルの指揮棒を見て怪訝に思うが、数秒もしない内にその理由を悟った。
「宝具・・だと!?」
その言葉にハンニバルは頷いて答えた。
「然様。これは我が宝具『嵐雷の慈悲が振るう戦術』・・私の指示を口頭は愚か合図も無しで自軍に伝える事ができる」
「成程・・・愚鈍な象が突然、まとまった動きをするようになったのはそう言うわけか・・・だが!」
その時、戦象が三頭倒れ込んだ。それを見たハンニバルも流石に眼を剥く。
「なに!?」
「我が騎兵は毒弓を得意としている。それも僅かな傷口から瞬時に全身へと回る即効性だ。存分に味わうがいい」
「ふん!甘いわ、若造!!」
そう言ってハンニバルは指揮棒を振る。すると、ハンニバルの軍勢は嵐と雷を巻き起こし周囲のチンギスの軍勢を吹き飛ばして蹴散らして行く。
「我が対軍宝具はその身に雷と嵐を纏う事で絶対の防御壁を作れる上、対界宝具にも匹敵する広範囲の攻撃力を誇っている。貴様の毒矢など如何程の物でもない」
だが、チンギスは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ、それはどうかな?確かに貴様の軍勢は強大だ。だが、その強大に過ぎる宝具をいつまで維持できるかな?」
その言葉通り、ハンニバルの軍勢を現界させているアルプス山脈を象る固有結界が徐々にチンギスの蒼天と大草原を象る固有結界に侵され始めた。更にハンニバルの後ろでは奈緒が少し息咳を切って冷や汗をかいていた。ハンニバルはそれを一目で宝具が維持できる限界が近づいている事を察した。
「基本ステータスの宝具能力にしても最強宝具の使用に見合う値に達していないにも拘らず、ここまで我が軍と競り合うとは・・・流石は名将の名に恥じぬ奮戦であったが、事ここに至って、マスターの差に足元を掬われたな」
だが、ハンニバルはチンギスの冷徹な宣告も意に介さず一笑に付した。
「それがどうした?その前に決着を着ければいいだけの事」
「大言壮語だな。知将とも在ろう者がその前に魔力が枯渇するとは考えが及ばぬのか?」
チンギスは冷徹に事実を通告するが、ハンニバルの眼は光を失ってはいなかった。
「私は・・いや、私達はまだ、生きている・・・生きている限り活路は必ずある。冥土の土産に覚えておけ、若造。戦場とは常に如何なる時も流動し変化を生じる場なのだと言う事をな。その僅かな変化にこそ活路と言う名の光明はある。行くぞ!」
ハンニバルは指揮棒をチンギス目掛けて指し、全軍に攻撃命令を出す。そして、チンギスも自らの長弓を番えハンニバルに狙いを定める。彼の軍勢もそれに倣う。
「良かろう・・・ならば、その光明・・・俺自ら摘み取ってくれる・・・ッ!」
再び両軍が激突しようとした時、それは起きた―――
突如、両者の固有結界が成していた歪な天空が一筋の巨大な斬撃によって裂かれた。その裂け目が捌け口となり、両者の固有結界は雲散霧消し、当然、それによって現界を保っていたハンニバルとチンギスの大軍団も消え、彼らは元の冬木大橋に立ち尽していた。
「誰だ・・ッ?」
チンギスは腹立たしそうに唸る。ハンニバルも突然の事に訝し気に隻眼を細める。すると、そこにはもう一組の魔術師と英霊がいた。
一人はクリーム色のロングヘアーに翡翠色の瞳を持った穏やかな顔立ちの女性で首にロザリオをかけている。そして、もう一人が―――恐らく彼女のサーヴァントなのだろう。輝くゴールデンブロンドの上に鉄の王冠を被り淡褐色の瞳をした壮年の美丈夫で騎士然とした甲冑を纏い、青の外套を羽織っており、両手はプリズム上の透明な刀身を持った大剣を地に刺し、その柄を抑える形で握り仁王立ちし厳かに口を開いた。
「その方ら、今がどのような事態と心得ている?無辜の民草が無法と外道を是とする獣どもに脅かされておると言うのに・・・このような私闘に興じるとは何事か!?」
一喝するその声は奈緒やトゥーランは元よりハンニバルやチンギスすら圧倒する程の覇気があり、一瞬、四人はその覇気に当てられるが、最初にチンギスが獰猛な殺気を発して口を開いた。
「貴様こそ何だ?この征服王たる俺の戦に水を差した挙句、上から目線で物申すとは・・・ッ!その不遜・・・すぐさま討ち滅ぼされる覚悟があっての事であろうな?」
すると、マスターであろう女性がチンギスを睨み付けて言った。
「そちらこそ口を慎みなさい。この方を何方と御心得ですか?」
「なに?」
チンギスが更に凄む中、ハンニバルは対象的に冷静な声音で問う。
「では何処の誰だと言うのだ?」
すると、壮年の騎士が厳かに答えた。
「余は聖堂王シャルルマーニュ。此度の聖杯戦争ではセイバーのクラスに招かれた」
「また・・・真名を」
ハンニバルは呆れながらも内心では戦慄を禁じ得なかった。
聖堂王シャルルマーニュ・・・日本ではカール大帝と言う名の方が通りがいいだろう。現在のドイツ・イタリア・フランスに跨る広大な領域を統一しヨーロッパが文明へと進む土台を形成させたフランク王国国王にして西ローマ帝国皇帝・・・チンギス・ハーンと比較しても遜色はない大英雄だ。
シャルルマーニュは厳かな声で諭すように言葉を続ける。
「今は我々が一丸となって民草を護らねばならぬ時・・・不届き者を討伐するまでは教会からも無用な戦いを控えるよう通達があったはずだ」
すると、チンギスはフンと鼻を鳴らして言った。
「そのような立て前を馬鹿正直に守る者など一人としておらぬぞ、聖堂王。どいつもこいつも姑息にライバルを間引く事しか考えてはおらん・・・そのような茶番にこの俺が何故、付き合う必要がある?」
「馬鹿者!我ら英霊は霊長の守護者。如何に今は魔術師の使い魔として繋ぎ止められているとは言え、我らには力ある者としての義務がある!それを怠って何の英雄かッ!!」
シャルルマーニュはまたも厳かな大音声で一喝する。
そんな中、ハンニバルはその視線をシャルルマーニュが地に刺している大剣に注ぐ。
恐らく、その剣が奴の宝具・・・我々の固有結界を裂いた事からも種別は対城宝具。ランクもA以上と見た。何よりも身体の芯まで響く覇気。流石は彼のシャルルマーニュ帝・・・尋常な敵ではない・・・!
ハンニバルがそう冷静に分析すると今度はシャルルマーニュのマスターである女性が口を開いた。
「それに加え休戦以前にこんな早朝・・・このような場所での戦闘など今回の戦いが一般の人々に露見されかねません。となれば、あなた方も教会から粛清の対象に認定されかねませんよ」
その言葉にチンギスは怜悧な顔を僅かに歪ませ、隣のトゥーランに言った。
「興が削がれた・・・行くぞトゥーラン」
「分かった」
トゥーランも頷き二人して踵を返した際、チンギスは振り返らずに背後にいる奈緒に言った。
「ハンニバルのマスター、次に相見える時は魔術師として少しはマシになっておけ。でなければ、今回のようにハンニバルの足枷となるだけだ」
その言葉に奈緒はシュンとなって俯いた。
本当にそうだ・・・さっきの戦い、私は何も出来なかった所か完全にライダーの足手まといだった・・・宝具の使用だって仮に横槍が入らなくてもあれ以上、使う事はきっと出来なかったと思う・・・
一層、落ち込む奈緒にハンニバルは言った。
「気にする事はない。あれだけ保てば十分だ。寧ろ・・・あそこまで持ち堪えてくれるとは思わなかった」
そう言われても奈緒は自分の不甲斐無さに嘆息を付かずにはいられなかった。
すると、シャルルマーニュのマスターである女性が近づいて来た。ハンニバルは警戒して奈緒の前に出るが、女性は手でそれを制して言った。
「戦意はありません。ただ話がしたいだけです」
「話?」
ハンニバルがオウム返しに問うと女性は頷いて答える。
「はい。まずは自己紹介をしますね。私はフィアン・カロリア。シャルルマーニュ帝のマスターです。どうかよろしくハンニバル将軍。それから貴女が彼のマスターですね?」
突然、話を振られた奈緒は口ごもりながらも頷いた。
「はは・・はい!」
「見た所、貴女は正規の魔術師ではないようですね。先程の戦いぶりからも容易に窺えます」
その言葉に奈緒は一層、俯きフィアンも更に続ける。
「正直に言いまして、その体たらくでは死にに行くような物です。早々に令呪で以ってサーヴァントを自害させ、この戦いから降りる事をお勧めします」
すると、ハンニバルは一つしかない眼でフィアンを鋭く射貫いた。
「小娘・・私の前で大した度胸だな」
すると、フィアンも睨み返して言った。
「事実を述べただけです。ハンニバル将軍、貴方こそ御自分のマスターを甘やかし過ぎなのでは?」
これにはハンニバルも若干、苦い眼になる。奈緒が戦いには決して向かない人間であると言う事はハンニバルとて出会った当初から気づいていた。故に言われるまでもなく令呪で以って自らを自害させ、この戦いから降りる事も以前に提案した。だが、奈緒はそれすらも拒絶した・・・だからこそ自分が守り抜こうと決めたのだが、それではマスターが自分に依存する要因になる事も承知していた。だが、本来、敵に相当する者達に口出しをされる謂れなどはない!
ハンニバルがそう口を開こうとする前に奈緒が先に口を開いた。
「降りません・・・ッ!」
その言葉にフィアンは愚かハンニバルも面食らった。
「確かに・・私は魔術も戦い方も知りません。事実今日もライダーの足手まといになってしまった事も認めます」
「それならば、尚の事・・・」
「でも!」
フィアンが言うより先に奈緒は言った。
「このまま終わりにはできないです。ライダー・・・いえ、ハンニバルは私を全身全霊で護ると言ってくれました・・・たった今もその言葉通りに私を護り抜いてくれました。だから・・・私もそれに応えられていない内は降りるなんて事できません!」
ハンニバルは何時になく呆然としたような顔で奈緒を見ていた。
(よもや、この娘がここまで思ってくれていたとは・・・・)
一方、フィアンは嘆息をついて容赦なく言った。
「戦いに赴く者の動機としては脆弱且つ半端ですね」
それに奈緒は半ばガーンと言う顔になりながらも(そりゃ・・そうだよね・・・・)とも納得していた。だが、フィアンは次には微笑を浮かべて言った。
「ですが、パートナーがどうあるべきかは心得ているようですね。ハンニバル将軍、どうやら貴方は良いパートナーに手繰り寄せられたようですね」
すると、奈緒もハンニバルも面食らったようにフィアンを見る。だが、次に彼女から出た言葉は更に二人を驚愕させた。
「そこでお二人に提案します。私達と同盟を結びませんか?それと共に井上奈緒さん。私に師事して魔術を本格的に修行して見ませんか?」
「はい?」「なに?」
二人は何故、彼女が奈緒の名前を知っているのかと訝る前にその思いもかけない提案に呆気に取られていた。
同時刻・・アインツベルン城・・・
アルトリアはその庭で一人剣を振るっていた。まるで、迷いを振り払うかのように・・・だが、その脳裏には数々の言葉が頭を過ぎっていた。
『王よ・・我らの役目は終わったのです』
馬鹿な!何も終わってなどいないッ!我らが身命を捧げた故国が滅んだと言うのに何故、そんな言い草ができるのだ!?『聖杯』さえ手に入れればきっと、国を・・民草を救う事ができる!貴方の汚名とて無かった事にできる!なのに何故、貴方は・・・ッ!
つい先日に告げられたランスロットの言葉に反発し振り払おうと一層、剣を振り上げるが、不意に彼と共にいたキャスターの言葉までもが甦って来る。
『それが分からないと言うのなら、お前は王として、それまでであったと言う事だろう』
クッ・・・黙れ!見ず知らずの輩如きが何を知った風なッ!!
だが、次には嘗て、自らの下を去った騎士の言葉までが耳元で囁いた。
『王は人の心が分からない』
アルトリアは剣を勢いよく地面に突き刺し、膝を突いた。丁度、あのカムランの丘で膝を屈したように―――その時、アイリスフィールが声をかけて来た。
「セイバー・・・」
アルトリアはハッとなったようにそちらを振り返り身形を正した。
「アイリスフィール・・・どうしたのですか?」
「切嗣が呼んでいるわ・・・何でもこれから共に戦ってくれる仲間を紹介したいって」
「仲間?切嗣のような傭兵と言う事ですか?」
アルトリアは半ば偏見が入り混じったような眼で問うとアイリスフィールも頷いて答える。
「ええ・・・なんでも昔、切嗣と連携を組んでいたフリーランスの魔術傭兵だとか・・・」
それを聞いてアルトリアはますます、難色が浮かんだ表情になる。それを見てアイリスフィールも嘆息をついた。アルトリアの騎士道と切嗣の実利主義が決して相容れないと言う事は始めの時点で既に分かっていた事だが、それがここまで尾を引く事になるとは・・・・
先が思いやられながらもアルトリアとアイリスフィールは切嗣が待つ居間へと赴いたのだが・・・
「初めまして、奥さん。それからお会いできて光栄ですアーサー王。俺は天利藤二。」
そう言って灰色のショートカットに緋色の眼の男性・・・天利藤二は穏やかな物腰でアイリスフィールとアルトリアに握手を求め彼女達もどこか面食らったような顔で応じた。すると、今度は藤二の隣にいるイエローブロンドの短髪と緑色の瞳、左顔面に大きな三つの傷痕を持った男性が右眼をウインクして陽気に挨拶した。
「俺はガルフィス・ボード。切嗣の頼みで君達をバックアップする事になった。よろしく、マダムに可愛い騎士王さん!」
「ええ・・・こちらこそ・・・」
「よろしくお願いします・・・」
アイリスフィールとアルトリアは当初、抱いていた主に切嗣や舞弥を規範とした傭兵のイメージとは余りにかけ離れた二人に呆けたような声で頷くと藤二やガルフィスも戸惑ったような声で尋ねた。
「おや、どうしたんだい?」
「鶏が豆鉄砲喰らったような顔してるぜ、お二人さん?」
すると、二人ともハッとしたような顔になり、アイリスフィールが答える。
「だって切嗣の戦友って言うから・・・てっきり・・・」
その問いを先回りするようにガルフィスが言った。
「切嗣みたいな根暗だと思ったと?」
すると、切嗣は珍しくも苦笑してガルフィスを窘める。
「ガルフィス・・・アイリをからかって話を脱線させないでくれ・・・」
「悪い、悪い、こっちも二人が余りに面食らった顔してるもんで遂な」
ガルフィスは陽気な笑い声で詫びる。切嗣はもう一度、溜息を付いた後、いつも通りの無表情でアルトリアに視点を合わさず、あくまでアイリに眼を合わせて言った。
「さっきガルフィスが言ったように二人は今後、君達の後方支援を務める」
すると、アルトリアが口を挟んだ。
「つまり、私達を囮に二人にはマスターを狩らせると?」
切嗣はそれをいつも通り無視しアイリスフィールに対してのみ言葉を続ける。
「二人の任務は主に君達の護衛と連携だ。君とセイバー、二人と彼らのサーヴァントにはこれまで通り戦場の華として敵を引き付けてくれればいい。その裏でマスターを狩るのはあくまで僕と舞弥の役目だ」
その言葉にアイリスフィールとアルトリアは同時に問い返す。
「「彼らのサーヴァント!?」」
それに対し藤二とガルフィスは頷いて自らの右手に刻まれた令呪を見せる。アイリスフィールは戸惑ったような顔で切嗣に問う。
「でも、二人はともかく・・・彼らのサーヴァントはこの共闘に同意してくれているの?彼らにだって彼らの願いが・・・」
「その心配は無用だ。幸いな事にその二騎は聖杯自体に興味はないそうだよ。二騎とも基本的にマスターの意向に従ってくれるそうだ」
切嗣はそう答えるが、アイリスフィールはまだ、心配そうにアルトリアの方を見て言い淀む。
「でも・・・」
切嗣は妻の心配事を察したように言った。
「ああ、騎士王サマとの相性も問題ない。何せ二人のサーヴァントも彼女に勝るとも劣らない如何にもな、おめでたい騎士サマ達だからね。多分に僕よりも相性は抜群なはずだよ」
その言葉にアルトリアは翠緑の瞳を憤激に染め上げ、口からもそれを迸らせようとした時、それよりも早く、藤二の前に一騎のサーヴァントが実体化した。
上に刈り上げたような黒髪に刃の如く研ぎ澄まされたような鋭い紫眼、頭部以外を全身から爪先まで甲冑を纏い緋のマントを羽織り、腰に長剣と短剣を帯刀した騎士がこれまた研ぎ澄まされたような鋭い声音で口を開いた。
「随分な言い草だな、暗殺者風情が・・・ッ!そもそも、先程から黙って聞いていれば、俺達をダシに使うばかりか貴様は一人優々と闇討ちとは・・・これは俺達英霊に対するこの上もない侮辱と受け取った」
静かだが、凄まじい怒気を含んだ声を発する己のサーヴァントを藤二が宥めるように呼び掛ける。
「エル・シド・・・」
その名にアルトリアは半ば食い入るように甲冑の騎士――エル・シドを見る。
エル・シド・・・本名ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール。十一世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族にして叙事詩『わがシドの歌』の主人公としても知られる騎士。
得物からして彼もセイバーか?何れにしても佇まいや物腰から伝わるこの気魄・・ッ!彼も決して尋常な英霊ではない。
思わずゴクリと生唾を飲み込むアルトリアを尻目に切嗣はアイリスフィールにエル・シドを指し示して言った。
「ほら、ご覧の通りさ。如何にも騎士王サマと気が合いそうだろ?」
その言葉にアルトリアとエル・シドが同時に切嗣を剣呑な眼で射貫く。が、勿論、切嗣はそんな物はどこ吹く風と言わんばかりに話を続けた。
「とにかく、これで戦闘に置ける効率は格段に上がるはずだ。特にセイバーの左腕が槍の呪いで蝕まれている現在に置いてはね」
その言葉には流石のアルトリアも押し黙るより他なかった。確かに左腕が思うように動かせない現在に置いては他のサーヴァントからの支援はかなり有り難い。その点に置いてはアルトリアも切嗣の采配を良しとせねば、ならなかった。
切嗣は更に言葉を続ける。
「特にガルフィスのサーヴァントはセイバーを支援するに当たって十全の能力を発揮するだろう。何しろ、嘗ての部下だからね」
その言葉にアルトリアは瞠目してガルフィスの方を見る。すると、ガルフィスもニカッと笑い自らのサーヴァントに呼び掛けた。
「出て来いよ、ランサー」
すると、ガルフィスの隣に長いプラチナブロンドを後ろで三つ編みにして二つに分け結った端麗な容姿をした長身の青年騎士が実体化し瞑目していた灰色の瞳を開け、眼前のアルトリアに声をかけた。
「お久しゅうございます・・・王よ」
アルトリアも青年を見て驚きを隠せない顔で口を開き青年の名を呟く。
「ベディヴィエール・・・・」
カムランの落日にて自身の最後を看取った騎士との幾星霜振りの邂逅であった・・・・
丁度、その頃・・・冬木市、郊外の邸。
「出てきなさい、ランサー」
居間のソファーに身を横たえ、白銀のロングヘアーを手でまくしながら、少しきつめの美貌を持った女性が色素の薄い青色の瞳に苛立ちを混ぜて霊体化している自らのサーヴァントを促す。すると、女性の傍に控える形でかなり大柄の黒髪に顎から頬に至る髭を蓄えた老騎士が実体化し静かながら厳かな声で問うた。
「なにかな、マスター?」
すると、女性はフンと鼻を鳴らして言った。
「どうやら、この戦争思っていた以上にキナ臭い事になっているみたいよ。通例の七騎所か今や百騎を超える英霊が現界した上、それを従えた死徒の集団まで出現・・・もう、訳が分かんないわ」
女性がウンザリそうに呟くとランサーは一考するように顎髭を撫でると口を開く。
「確かに何かが裏で轟いている気配は私も感じる・・・懸念すべき問題はそれが何かと言う事よりもそれが何を為そうとしているかだ」
それに対し女性も溜息をついて言った。
「そうねえ・・・まずは全容よりも眼の前で起こりつつある事態をどう対処するかよね。それで同じように参加している親友と妹分とも相談したんだけど、同盟を組まないかって話が来てる」
「同盟か・・・うむ。確かに今回の聖杯戦争に置ける異常に加え、サーヴァントを従えた死徒の集団を討伐せねばならぬ事も鑑みれば、それに一組で立ち向かうなど愚策だ。それは必要不可欠な申し出だろう」
ランサーも頷いて同意する。すると、女性は拳を握ってガッツポーズをとる。
「よし!じゃあ決定ね。あ、そうそうランサー」
「まだ、何か?」
ランサーが怪訝な声で問うが、次にマスターの口から何でもないような声で告げられた言葉に頭が真っ白になった。
「さっき、言ってた妹分なんだけどさ・・・彼女が従えているサーヴァントもランサーなんですって。それで真名の方が面白い事にディルムッド・オディナだそうよ。これ、どんな運命の巡り合わせかしら?でも、良かったわねフィン・マックール、仲直りの機会ができて」
一方、ランサーことフィン・マックールはガタガタと蒼白な顔色になり絶望的と言わんばかりの声音で自らのマスターに言った。
「マスター・・・いや、ルナ!やっぱり、その同盟は無かった事に―――」
「お黙りッ!」
「ひぃッ!」
フィンはいつもの威厳は何処へやらまるで、委縮した鼠のように怯える。それに対しマスター・・・ルナ・バートゥンは嘆息を付いて彼を召喚した日にまで思考を遡らせた。
(まったく・・・こいつと来たら・・・)
ルナ・バートゥンは実を言うとこの戦争に参加する気は毛頭なかった。故郷で祖父母の介護をしながら、家に伝わる魔術書を読んだ所、令呪を授かりその時、所持していたルーンの指輪が聖遺物となり半ば強制的にフィン・マックールをランサーのクラスで召喚したのだが、それが相当な卑屈漢であった為、ルナを終始に至るまで苛立たせた。
「―――ったく、シャッキとしなさい!それでも光の皇子と双壁をなすアイルランドの老獪王なのッ!」
しかし、ルナの叱咤にもフィンはただ項垂れて呟くばかりだった。
「・・・私はそんな大層なものじゃない。私は・・・」
そこでフィンはガクッと膝を突き滂沱の涙を流し思いを吐露した。
「私は・・・ッ!とんだ愚か者だッ!私怨に眼が眩み・・・ディルムッドを・・・挙句に騎士団の同志達を・・・ッ!」
ルナはその様を大きな溜息をついて見ながら、彼の逸話を思い返した。
フィン・マックール・・・フィオナ騎士団の首領にして知恵と癒しの力を持つケルト神話の大英雄。
上王マックアートの娘グラニアを巡り配下のディルムッド・オディナと争い一端は彼を許すものの、恨みは忘れておらず策謀と無慈悲を以って彼を見殺しにした事で騎士団の輪に大きな亀裂を生じさせてしまう。
その上、新しい上王ケアブリはフィンと騎士団を恐れ嫌い宣戦を布告し結果、騎士団は上王に従う者とフィンに従う者の二つの派閥に分かれ血みどろの戦いに至り、その中でフィンは孫のオスカを始めとした忠臣達を次々と失い、自らも孤軍奮闘しながらも戦い、討ち取られると言う最後を迎え、フィオナ騎士団はその幕を閉じた。
「最初から・・・ディルムッドとグラニアを夫婦と認めていれば、二人は・・・きっと幸福で在れた・・ッ!そうすれば・・・オスカや同志達とて・・・あのような事には・・・・ッ!」
最早、フィンはおいおいと男泣きに泣いて自身を責め立てていたが、そこでルナはスゥーと息を大きく吸いこんで怒鳴った。
「うっとおしいわあああああああああああああッ!!」
その大音声にフィンはギョッと泣き止んだ。一方、ルナは腹立たしいと言わんばかりのオーラを漂わせ更に言い募る。
「終わった事を気にしたって、しょうがないでしょうがッ!!それとも何?あんたはやり直しがしたくって聖杯を欲しているわけ?」
瞳に微妙に軽蔑の色を浮かべて彼女が問うとフィンは首を横に振った。
「馬鹿な・・・そのような罪の上塗りなど・・どうして、できようか・・・確かに私の騎士団は私の不徳によって滅んだ。だからこそ、それは私が永劫に背負わねばならぬ罪科だ・・・そのような愚挙を犯せば、それこそ私はディルムッドや彼らに顔向けができん・・・ッ!」
すると、ルナはフンと鼻を鳴らして言った。
「なあんだ。あんた、ちゃんと分かっているんじゃない。だったら、どうすべきかも本当は分かっているんでしょ」
「え?」
フィンが呆けたように呟くとルナは彼の襟首を掴んで言った。
「折角、こう言う機会が与えられたんだもの。今回の戦争で、その仲間達に恥じない戦いってやつをして見なさいよ!『フィオナ騎士団の首領フィン・マックール此処に在り!』ってね!そんな戦いをしてこそ彼らへの何よりの償いなるんじゃないかしら?」
すると、フィンの瞳に少しだけ力が灯り、ルナの言葉を反芻する。
「彼らに・・・恥じない戦い・・・ッ!」
回想終了・・・・
「―――ってな事をつい最近、誓っておいて・・・この期に及んでもう尻ごみッ!?今回の同盟こそ正しく、その絶好の機会じゃないの!」
ルナはそう力説するもフィンは体育座りになって深く項垂れるばかりで・・・
「いや・・・しかし、マスター・・・そうは言っても・・・やはり、私には彼に会わせる顔と言うものが・・・・」
「だ―――!!!むしゃくしゃする!相も変わらず、終わった事をグダグダと引き摺って、うっとおしいったらありゃしないわッ!!」
マスターにそう叱責され、ますますにシュンとなるフィンにルナは頭を抱えてフィンと出会って何度目か分からない溜息を吐くのだった。
(本当に・・・・先が思い遣られるったら、ないわよ・・・・・)
同時刻・・・冬木ハイアットホテル最上階ではケイネスがまたも怒髪天を衝いていた。
「どう言う意味だッ!ライダー!?突然、早朝に叩き起こしたかと思えば、言うに事かいて手軽な荷物だけを纏めて、ここから逃げろ・・だと!?
サーヴァントの分際でどう言う了見を以って私に意見している?逃げる必要などない。ここは私の最高傑作とも言うべき魔術工房だぞ!それでいて何故に逃げる必要があると言うのだ!?」
堅牢な魔術工房に籠り、それを良い事に熟睡していたケイネスはそれを無遠慮に自らのサーヴァントによって叩き起こされた挙句、自らの采配に意を唱えるような言動に相当、頭に来ていたが、ピョートルはそんな事はお構い無しに有無を言わさず告げた。
「いいから、荷物を纏めろ。ここはもう、安全地帯じゃねえ」
「なにぃ・・!」
歯軋りするケイネスを余所にソラウは冷静な面持ちで問い質す。
「私にも何が何だか分からないわ・・・ねえ、ライダー。何を根拠に此処がもう、安全じゃないって言い切れるのかしら?」
すると、ピョートルは不敵な笑みを浮かべて答える。
「根拠?そんなモンねえよ。だが、理由は簡単だ・・・今日は朝っぱらから匂いがすんだよ」
「匂いだと・・ッ!?また、それか・・・」
ケイネスが苦々しそうに言うとピョートルは頷く。
「そうだ・・・戦のな・・・」
ピョートルはワインをボトル口で頬張りながら、鷲のような黄の瞳を爛々と輝かせて答えた。
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