第13話
目を開ける。
オレの中で声がする。
――喰らえ――
沈むような重い声。
オレは声に従い、歩き出す。
ふと、いい匂いがした。
見ると、ルーナ達がいる。
オレに駆け寄る。
ああ、なんて……美味しそうなんだ。
オレはそのまま――
「光さん! まだ起きてはダメ!」
その声で、オレは頭を叩かれたように正気に戻る。
オレは……ナニをしようとした?
いったい……オレはナンナンダ?
「す、すまない。それより、お腹が減っている。ナニカ食べ物を食べたい。すごく、すごく……沢山」
「では、旅館の人に作ってもらうネ」
「さあ、肩を貸してください。あなたは、歩けるほど、回復してないはずです」
そう言われ、オレは刹那の肩を借りた。
なんだ……女の子は、いい匂いがするな。
まるで、高級の肉をこんがりと焼いたような香りだ。
「刹那。おまえ、こんなにいい匂いだったか?」
「ふぇ? ええ!? ナニを言ってるんですか! 光さんの変態!」
「す、すまない。しかし、変なんだ。おまえ達がたまらなくいい匂いでな……」
すると、ルーナ達は、顔を真っ赤にしている。
当然か……異性からこんなことを言われたらな。
オレは、ナニを考えている。
コレでは口説いているようではないか。
そんなこと、してはいけないのに……
その後、食堂で……
あり得ないほど、飯を食う。
可笑しい、身体に力が漲るが……どこか、物足りない。
やはり……この女達を――
オレは……彼女たちを……食べたい。
ふと、嗚咽が走る。
オレはどうしたのだ?
なぜこんなにも……人が食べたいのだ。
これでは完全に化け物だ!
「う……うう……ああ……」
「光さん……どうしたの?」
ルーナが近くに来る。いい香りがオレの鼻腔に……
「やめろ! 近づくな!」
「ひゃあ!? ご、ごめんなさい」
おびえるルーナと困惑する、鈴音達。
ソレを見てオレはやはりと確信する。
オレは彼女たちと一緒には入れない。
なぜか分からないが、オレの本能が人を喰らいたいと叫んでいる。
恐らく、アマゾン細胞が覚醒したのだ。
現に飯を食っただけで、オレの身体の傷は高速で修復されている。
「すまない。少しやることがある。そういえば……飛輪は?」
「峠は越えたヨ。でも、まだ、安静ネ」
「鈴音……開発中のドライバーをくれ。オレには必要だ」
鈴音が開発しているドライバー。
オレの力を完全に制御する為のモノ。
ソレの他にオレの細胞から、エナジーを取り出したモノも開発中だ。
こちらは、まだまだ、完成にはほど遠いが……
オレの方は完成間際だと聞いている。
「ダメヨ。まだまだ、使えるようになってないネ」
「構わん。危険が迫れば解除すればいい。恐らくだが、敵、捕まってないだろ?」
「それは……しかし!」
「頼む! 力が……いる」
オレは頭を下げることしか出来ない。
恐らく、ドライバーがないとこの食人衝動を抑えられない。
嫌だ。
オレは、そこまで落ちたくない!
「茶々丸に持ってこさせるヨ。でも、無理はしないこと。未完成だからネ」
「ありがとう……それで、今はいつだ?」
「2目の夜です。あの……もう女性に匂いがどうとか言ってはダメですよ」
「ああ、どうにかしていたよ。すまない。オレは部屋に戻る」
オレは素早く部屋に戻る。
そして、瞑想をする。
オレの中の泉に飛び込むイメージ。
あたり一面に本棚が現れる。
オレは急いで、アマゾンズの本棚に。
80パーセント。
なぜ、こんなにも上がっている?
他の本棚の数値も高い。
なぜだ?
瞬間――
オレの前に誰かが現れる。
アレは……オレ?
『ツクヨミ。覚醒が近いようだな……ルナでもこうは行かなかったぞ。どうやら、別世界の魂はこのアマダムと相性がいいらしい』
アマダム……仮面ライダークウガのベルトに付いていた、石の名だ。
それにしても……こいつは?
『興味深いな。仮面ライダーと言うのか……しかし、我が作ったコレでそのような行動をしたヤツなど……ルナぐらいだな』
思考を読んだのか?
何者だ?
『そこは気にしなくていい。おまえは、黙って覚醒すればいいのだ。さあ、我に未知を見せてくれ……』
ヤツはそう言うと、オレの腹に手を押し当てた。
激痛が全身を走る。
「あがっ! ああ、ああーーーーーーーーー!」
『今は、コレだけだな。もう少し、外と中を鍛えろ』
オレが壊れる……オレの中が変わる。
細胞が震える。
ダメだ……オレは……これ以上……
人から離れたくない。
人がいい。
皆と一緒がいい。
誰か……オレを助けてくれ。
「光……お休み」
誰かの声がする。
その声は、昔から知っている心地のいいモノ。
あ……
「千雨……ありがとう……」
オレはそのまま、眠りに落ちたのだった。
ふと、朝日が降り注ぐ。
部屋にはオレだけだ。
オレは、幻影でも見たのだろうか?
確かに、千雨が側にいて……オレの手を握ってくれた……ような気がする。
オレは、瀬流彦さんのところに……
「瀬流彦さん。月野です」
「どうぞ」
中に入ると、飛輪が元気な顔を出した。
「よう、光! オレは頑丈だからな! ほれ、もう元気だぞ!」
嘘だ。
そんな簡単に癒える傷じゃなかった。
なのにおまえは、オレの前で無理をして笑顔を……
なんで、おまえはそんなに……いいやつなんだ。
オレには男の友達などおまえしかいない。
おまえを失ったら……オレは壊れてしまう。
オレは……周りから嫌われている。
女性に人気のあるオレが目障りのようだ。
それでも飛輪だけは……オレを見てくれる。
どれだけ、救われたか……どれだけ……オレが……おまえに……
「飛輪。今後の修学旅行期間は、無理をせず休んでいろ」
「あ? それは……オレが足手まといだとでも言うつもりか?」
そうじゃない。
だが……オレは……
「そうだ。装備がないおまえは……弱い」
「テメェーーーー!」
「大和くん! 動いてはダメだ!」
「ゲホッ……くそ……なんでだ……光……オレは!」
「オレに仲間などいらなかったのだ。それだけだ」
「おい……待てよ……待て!」
オレはそのまま去る。
くそ……ちくしょう。
弱いのは……オレだ。
オレが……彼らのように……仮面ライダーだったら……
守れるのに……大切な人を……
でも……オレは……ただのデッドコピーで……まがい物で……
醜い……化け物だ!
壁を叩く。
その拳は弱々しい。
変身しなければ、壁すら粉砕できないのか。
すまない飛輪。
許してくれ。
オレは……おまえを守れない。
その後、ルーナ達は関西呪術協会に親書を届けに向かった。
オレは木乃香の護衛だ。
刹那と木乃香を見ている。
木乃香はこちらをチラチラ見ているようで……
「刹那。木乃香……おまえと一緒にいたいんじゃないか?」
「光さん。あなたならわかるでしょ? 私は異形だ」
「しかし……それでは、木乃香の気持ちは……」
「それ……光さんが言いますか?」
「え?」
意味が分からない。
刹那は人間だろ?
オレとは違う。
刹那……おまえは人を食いたいと思うか?
おまえに……ナニが……
「ナニが……分かる! おまえに!」
「光さん……やはり……なにかありましたね」
今、オレは自分を制御できない。
「そうだよ……オレはな! 化け物だ! 人が……食べたいんだよ! そんなオレが……人でいい訳がない!」
「人を……食う?」
「ああ! 分かったら……知ったようなことを言うな!」
オレは刹那を壁に強引に押しつける。
どうだ。
恐いか!
オレが恐いだろ!
「あなたは、絶対に人を食べませんよ。それを私は知っている。あの日、あなたと走ったあの時から……」
「う、ぐ……」
刹那がオレを真っ直ぐな眼で見ている。
やめて……くれ。
オレは、タダの擬きだ。
かっこいい仮面ライダーの真似をしているだけの……
偽物だ!
「すまない。今のは……忘れてくれ。どうかしていたようだ」
「はい。では……このちゃんを……」
瞬間――
オレの頭に警報がなる。
オレは走り出した。
眼の前には、昨日の3人。
確か、刀子さんの話によると、天ヶ崎千草と言う人物らしい。
後の2人は不明だが……様子が可笑しいのは明らかだ。
「やあ、ボクは、早く世界を平和に戻さないといけないんだ。でないと、あのコーヒーが飲めない」
「ウチは、斬りたい。人を斬りたい……ああ、お兄さん……いい身体や」
「おとんとおかんの恨み。今こそ……」
意味が分からないが……彼女たちにも戦わないといけないナニカがあるのだろう。
オレは、木乃香を後ろにさがらせる。
それにしても、なりふり構っていないな。
ここは、一般人もいるんだぞ。
いきなり、白髪の拳がオレの腹を捉えた。
「ぐう……なんだこいつ?」
強く……うまい!
動きが洗練されている。
連続で流れるように、攻撃を受ける。
今は耐えろ。
瞬間――
白髪が、一呼吸入れる。
今だ。
オレは高速で、白髪の腕を掴んで引き寄せる。
そのまま地面に強引に押しつけ、蹴りを腹にたたき込む。
その隙に木乃香を抱き上げ、刹那に指示を出す。
「刹那! シネマ村だ! あそこなら多少無理が利く!」
「は、はい!」
「もう、なんなん? 光くんったら、ウチのこと好きなん? アスナに悪いし……でも……」
「口を閉じてろ!」
オレはそのまま全力で走り抜ける。
シネマ村に入り……一息。
「木乃香……悪かったな」
「光くん……ウチ……」
顔を赤らめる木乃香。
「な、なんだ?」
オレと木乃香には深い接点はないはず。
ただ、一緒に本を買いにいったり、図書館島で話しただけ。
なのに……
「光くん……せっちゃんと仲いいけど、どういう関係?」
「あ、そういうことか……刹那とは……」
そういえば、オレ達の関係ってなんだ?
どう言えばいい?
「分からない。オレも刹那も……なんで……」
その時――
「無駄だ。今のウチらの性能は、以前と比べると格段に上や……逃げられへんで」
ちィ! 囲まれた。
シネマ村の中なのが幸いか。
それにしても……腹が減ったな……
敵なら……食ってもいいんじゃないか?
「ア・マ・ゾ・ン!」
オレの中の檻が壊れる。
細胞が変化する。
今のオレの姿はどうなっている?
まあ、関係ないな。
「ああーーーーーーーー!」
今……オレは……
「食わせろーーーーーー!」
「ダメ! 光さん!」
オレの前に刹那が……
刹那……おまえから……食ってやろうか?
オレは、刹那の腕を強引に掴み込んで、引き寄せる。
そのまま、刹那の肩に口をつける……間際。
オレの眼に刹那の瞳の滴が落ちる。
オレは……ナニを……している?
「あ、すまない。オレは――」
「ほら、あなたは食べない。あなたは人間です。だって、あなたは私を認めてくれる優しい人だから……」
瞬間――
「隙だらけだ」
白髪の曼荼羅のような魔方陣が展開する。
ソレは、オレの魔法技術を遙かに超えたモノ。
しかし、恐くはない。
そでどころか、心臓が大きな音を奏でている。
オレは刹那と木乃香を後ろに置き去り、魔方陣に向かい、突撃した。
魔方陣は堅かったが、なぜか簡単に切り裂ける。
そのまま、魔方陣を切り裂いた腕で、白髪を追撃する。
腕から伸びる刃が白髪に迫る。
だが、ヤツは、腕を変化させてオレの攻撃を止める。
「へん・しん」
白髪は、そう言うとダークキバに変身した。
オレにダークキバの強烈な拳が炸裂する。
大きく吹っ飛ぶも、距離があき、状況が良く見える。
眼の前には、他の2体のダークキバに怒濤の攻撃を受けている刹那の姿が……
すでに、羽を出しており、その美しい羽が赤に染まっている。
木乃香の悲鳴が響く。
オレは、大きく跳躍して、刹那の前に……
ダークキバの足蹴りがオレの頭を挟むように炸裂する……間際。
「梅花」
ソレは防御に徹して相手の気を外へと誘う守りの拳。
仮面ライダースーパー1の技だ。
ソレを土壇場で成功させる。
ナニがこの技の成功のきっかけかは分からない。
しかし、オレは、刹那の傷つく姿をこれ以上見たくなかったのは確かだった。
オレの中の魂が言っている。
これ以上は……
「オレは……負けられない」
前に……ただ、前に……
オレはダークキバの攻撃を、梅花で防ぎながら、ヤツらを押し返す。
うん?
よく観察すれば……こいつら……隙が多いぞ。
オレはその隙間に、蹴りを入れる。
「ごはア!?」
やはり……こいつら、この力に慣れていないな。
なれば……各個撃破が可能だ。
オレは、蹴りを入れた個体に、そのまま疾走した。
そのダークキバは攻撃が散漫になっている。
オレは、流水のように攻撃を躱し、その隙に拳を叩き込んだ。
一撃を脇腹、二撃めを顔……ヤツは、苦しんでいる。
オレは、前蹴りで距離をあけ、その後、疾走して、腕の刃を炸裂させた。
「ぎゃーーーーー!」
今しかない。
オレは、そのまま、ダークキバに、かかと落としを行う。
間際――
「オトン……オカン……」
オレの足が止まる。
刀子さんに聞いた話。
天ヶ崎千草……ただの女の子だった。
父親と母親が好きなだけの……
オレは……この子を……倒していいのか?
彼女の想いは……復讐だが、それは……
間違ったモノか?
好きな人が死んで、ナニもしないことは……正しいことなのか?
オレには殺せない。
出来ない!
オレに他のダークキバの攻撃が刺さる。
身体が切り刻まれる。
「あ、がぁーーーーーー!」
イタイイタイイタイイタイ。
オレは――
ふと、見れば、オレはダークキバの首を絞めていた。
「あ……」
オレは……
自分が助かるために敵を……
なんて自分勝手……
なんて……化け物。
ダークキバの首に更に力が入る。
「や、やめろ!」
オレは自分の腕に命ずる。
しかし……
ゴキッ!
そんな音が響いた。
ダークキバが、天ヶ崎千草に戻る。
その顔は……酷くおびえていたようで……
まるで……
化け物を見たみたいに……
「オレは……ナニを……ナニをやっているんだ!」
オレは……今日、始めて人を殺した。
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