軽音部のキセキ
プロローグ
『軽音部の先輩の皆様、お元気ですか。中野 梓です。ご無沙汰しております。
今、私は町に帰ってきて、CDショップで働いています。
店長さんはとてもいい感じの人で、自由にやっていいって言ってくれるので、
とても働き甲斐を感じています。
休み時間にムッタンで曲を弾いたりしています。
うまいね、なんていうお客さんがいて、とてもうれしくなります。
平沢 唯とバンド、組んでたんですよ、って答えても、
そんな人、いたなあ、なんて反応が、なんか不思議な感じで面白いです。
もうそんなに時間がたっていたなんて、思ってもいなかったので。
それでも、この前、CD出さないかって言う人がいました。
どうも、どこかの音楽会社関係の人みたい。
でも、即答できませんでした。
色気が全然なくなっちゃったわけじゃないけど、
あの遠い日々のことを思い出すと、躊躇しちゃったんです。
唯先輩、いなくなっちゃったんだなあって。
ごめんなさい。今日はそんなことじゃなくて、憂のことなんです。
唯先輩の妹の憂です。この間、憂から久しぶりに連絡がありました。
DVとか離婚調停のこととか、それとも仕事のことなのかよくわからないのですが、
なにか相談したい事があるそうです。
ちょっと気が重いけど、久しぶりに憂に会えるのかと思うと、なんだかうれしいです。
そう思うとなんだか先輩方にも会いたくなってきてしまいました。
先輩達とは卒業以来ご無沙汰なんだなあと改めて自分の至らなさを思い知ったところです。
また、何かの機会にお会いできますことを。
中野 梓 かしこ』
T.コンチェルト
1.
お昼休み、梓はいつものように、ムッタンとアンプをお店の前の歩道に持ち出した。
最近はそれ目当てにか、お昼休みのOLや会社員が集まるようになっていた。
ちょっと照れた笑顔を彼らに向けると、曲を歌い始める。
オリジナルの曲もあるけど、多いのはやっぱり高校時代の曲。
お客さんの反応を見ながら、2、3曲歌うのが、このところの梓の日課。
(やっぱり女性に反応があるのは澪先輩の曲だなあ。高校のころはそんなにいい曲だなんて
思ってなかったけど、意外に受けのいい曲なのかもね)
そう思いながら、梓はこれも習慣になったかのように、お客さんの背後に目を向ける。
(やっぱり来てる)
その感情を声に出さないようにしながら、梓はその男に注意を向けた。深くかぶった帽子のせいで顔はよくわからない。背が高くて、どこかで見たようなイメージを持った男。
(でも、アイツじゃない。あの男は金髪だったし、ピアスしてたし。
この男はそうじゃなさそうだけど、やっぱりどっか似てる)
梓は早々に曲を切り上げると、お客さん達に向かってお辞儀をした。
「お時間ありましたら、お店の中も見てってください」
そう言うと、そそくさと店の中へと逃げ込む。そこには店長が小難しい顔をして、立っていた。
「店長――?」
「うん。中野君の言ってたみたいだねえ」
「やっぱり、わかりましたか?」
梓は店のガラス越しに表を見た。何人かの客がこっちに向けておしゃべりをしているようだった。
がその中には、あの男の姿は見えない。
「うん。会社員ばかりだから、ラフな姿は目立ったよ」
「あの男だと思うんです。ほとんど毎日来てるみたいだし」
「最初にその話を聞いたときには、中野君の自意識過剰かなあって思ったんだけどね。中野君、可愛いから」
「また、店長はすぐそう言うんですから。怒りますよ」
「君のおっかけかとも思ったんだけどね。」
「お店に来るときも、帰るときもつけられているようなんです。店長、どうしたら、いいんでしょう?」
「うーん、ストーカーってことで警察に相談しても頼りになるかなあ。どうしたらいいんだろ?」
「あー、もう、店長も頼りになりませんね」
「あずにゃーーーん」
「にゃっ!?」
背後から抱きしめられた梓は、反射的に叫び声をあげた。その頬に、摺り寄せてくる顔。
「やっぱり、これやらないと、元気でないよねー」
「ゆ、唯先――? ちょ、ちょっと、憂! なにするのよー!?」
自分の勘違いに気がついて、梓は顔を真っ赤にした。
背後から抱きついているのは、唯の妹、憂だった。髪の毛の下から覗く顔は、姉そっくり。
高校時代と違ってポニーテールを解いているため、まるで見分けがつかない。
「もー、憂。唯先輩の真似しないでって言ったじゃない」
「えー、これは真似ではなくて、本人なのです。あずにゃん、いい子いい子」
「い、いい加減にして! いくら憂でも、怒るわよ!」
「あずにゃん、怖い。あずにゃんがいじめるよおー」
「あ、ちょ、ちょっと。憂!」
憂は止めようとした梓の手を振り切って、お店の入り口を飛び出していった。
「あー。もう。憂、いったい何しに来たんだろ。
あんな悪ふざけするようには見えなかったんだけどなあ。やっぱり離婚とかいろいろあったからかなあ」
梓は憂の過去を思い返していた。高校卒業から結婚、DV騒ぎと離婚騒動。
(一時は別人かと思うぐらいに塞ぎこんでいたよね。その反動なのかな。
でも、亡くなっちゃった唯先輩の真似するなんて、憂が悪いんだからね)
憂が飛び出していった扉を梓は見つめた。
「あー、思い出した! 憂に相談事もちかけられてたんだ!」
梓の声に店長は妙な顔をしただけで、お店の中のお客さんはそんなに気にしていないようだった。
「ま、いっか。憂にはすぐ会えるだろうし。
唯先輩と言えば、『放課後ティータイム』の先輩方はどうしてるのかなあ。
手紙出したけど、誰からも返事こないし。
律先輩はいーかげんだから読んでも返事出さないだろうけど、澪先輩はちゃんと返事くれそうなのに。
ムギ先輩は結婚してイギリスにいるって聞いたけど、それじゃあ届いてないのかなあ?」
梓は頬杖をついて、高校時代のバンドの仲間のことを思い出していた。
2.
「ほらほら、ムギちゃん。これ、見て、見てー」
唯の声に紬は振り返った。
「ギューン、ギューン」
ホームセンターの中、唯は擬音を口で唱えながら、手にしたドリルを振り回した。
「電動ねじ回しー」
「まったく、唯ちゃんは変わらないわねえ」
紬は苦笑を浮かべると、日用品を選び始めた。初めて来たホームセンター。
「面白そうなものばかりで選ぶのに困ってしまうわ。もう、あれもこれも、欲しいものばっかり」
ふと、我に返った紬が顔を上げる。そこにはどこか惚けたような顔の唯が立っていた。
「唯ちゃん、どうかしたの?」
「ムギちゃん。これ、見てて」
唯はそう呟くと、手にしたドリルを顔に当てた。その尖った尖端が唯の頬に食い込んでいく。
「ゆ、唯ちゃん! どうしたの。何をするつもり?」
「ほら、これ、痛くないんだよ。全然平気なんだよー」
唯はドリルを引き抜いては顔に突き刺した。不思議なことに残った傷からは血が出てこない。
「あ、ああ、ゆ、唯ちゃん?」
瞳を見開いて慄く紬にむかって、唯は呟く。
「ムギちゃんのところに行ったとき、ムギちゃん、もうくるなって言ったよね。
どうして? 薬のこともわかってたのに、どうしてムギちゃん、知らんぷりしたの?」
「ち、違うわ! くるななんて言ってない。あんなことになるなんて誰も想像できないわ。仕方なかったこと――」
「あたし達、友達じゃなかったの?」
ゆらりと唯が近づいた。ボロボロになった顔が紬に迫る。大きな瞳が紬を見つめた。
恐怖の声をあげて、紬は頭を抱え込んだ。唯の声が頭の上から聞こえる。
「止めて、止めて! 私は家族を護ろうと思っただけ――」
「ママ」
聞きなれた声に紬は顔を上げた。そこには夫のジョンと息子のエディが立っていた。
「あなた! エディ!」
「ママ。ママなの? ママ、どこにいるの?」
息子の虚ろな声に紬は凍りついた。よく見れば、その瞳は紬を素通りしている。
「ねえ、ママ。お顔を見せてよ。ママが見たいよ。ママ、どこ?」
「あなた! 助けて!」
「僕を信じてくれなかった君をかい?」
夫の瞳は冷たく紬を見下ろす。紬は首をふった。長い髪が揺れた。
「君はいつだって自分の父親が僕より優先だった。
二人で決めるって言いながら、最後は父親の意見に従った。
会社のお金を使い込んだ話が出たときだって、僕に相談する前に父親と話してたじゃないか。
僕の浮気がばれた時だって、真っ先に話したのは父親だろう? 違うかい?」
「だって、だって、他に話す人もいないのよ。この結婚だって、お父様がお決めになった――」
「そうさ、みんな父親が決めるのさ。僕はもっと新しい事業をやりたかったんだ。
そのための金づるとして、お前を選んだだけさ。もう少しでうまくいくところだったんだ。
優しくしてさえやれば、お前は僕の言うなりになってたんだ。
ちょうどいい具合で病気になってくれたし、もう少し寝込んでてくれれば、
金だって女だって思うがままになったのに」
「あなた! 私はあなたを愛してたのよ!」
紬は叫んだ。
「金だけ出してりゃ、奥様扱いしてやったんだよ。バレちまったから、しょうがないけどな」
「ママ。ママがいなくて、寂しいよ。ママはどこ? どこにいるの?」
夫と息子の声が交差する。
「お嬢さま。どうぞこの届にサインしてくださいませ。後のことは、この私が処理しておきます」
背後に立って、書類を突き出すのは、執事だった。
「こ、これは離婚の……?」
「後のことはお任せください。ジョン様にもサインいただきます」
「エディは? 息子はどうなるの?」
「エディ様のこともご心配無用でございます。旦那様がサインなさるようにおっしゃっております。
サインなさったら、日本へのお帰りの便が用意してございます」
「お父様が……?」
その言葉を聞いて、紬は震える手で届けに署名する。
「ママ。……バイバイ」
息子の声に紬は震え上がった。夫と息子の姿はもうどこにもない。
ただ、息子の声だけが耳元でうねる。紬は耳をふさいで叫んだ。
「違う、違うの! 私は一生懸命に頑張ったの。私が悪いの? 私はどうすればよかったの!?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
自分を揺り動かす手に、紬は重いまぶたを開けた。目の前には長い金髪の少女が不安そうに見つめている。
「お姉ちゃん、大丈夫ですか? ひどくうなされてましたよ」
「菫……」
紬は顔を左右に動かした。そこはとある別荘の一室。
窓という窓にはカーテンが閉められ、薄明かりしか無い部屋の中は、菫以外には誰もいない。
(ジョンもエディも……唯ちゃんも、全部夢)
安堵のため息を吐く。と、気持ちが悪いぐらいに汗をかいていることに紬は気がついた。
菫に手伝ってもらいながら、寝衣を着代える。その紬の脳裏に夢の記憶がよみがえった。
(唯ちゃんが死んだのは睡眠薬の飲みすぎのせい。憂ちゃんがいなかったら自己管理なんかできない子だもの。
きっと間違えてしまったのよ。唯ちゃんが死んだのは私が悪いんじゃない。
ロンドンへ来たのは、大麻騒ぎの日本のマスコミから逃れるため。私の所へ、助けなんか求めにきたんじゃない。
高校の時だって、律ちゃんや澪ちゃんに頼ってたけど、私はそんなに頼りにされてなかったから)
そう思ってみても、気持ちは晴れない。
(息子だけでも引き取ってくるべきではなかったんだろうか)
ベッドに横になった紬の胸の中で不安が渦巻き、悔悟の念が沸く。。
(でもエディを見れば、きっと夫を思い出すわ。やはり夫の浮気は私が原因なんだろうか?
それともお父様に見逃してとお願いすべきだったのかしら。いいえ、お認めになるはずはないわ)
何度でも繰り返す答えのない問い。
日本へ帰った紬を父親は大げさなぐらいに、優しく迎えた。
「あんな男のことは早く忘れなさい。もっと立派な男性を、お前のために見つけてやるからな」
それ以来、菫の世話になりながら紬はこの別荘にいた。何度も繰り返し見る悪夢と一緒に。
(私は、いったい、どうなるんだろう? どうしたらいいんだろう?)
3.
「あ、憂。こっち、こっち」
梓は憂の姿を見かけると、声をかけた。
高校時代によく使っていたハンバーガー屋の一階にある、喫茶店の窓際の席。
「梓ちゃん、ひさしぶり」
憂はそういうと、固い表情のまま椅子に腰掛けた。この表情は注文した紅茶が運ばれてきても変わらない。
(ひさしぶりって、この前のこと、まだ怒ってるのかな)
梓は目の前のコーヒーに手をつけることもできずに、固まっていた。
「梓ちゃん、実は相談したいことがあって……」
ようやく、憂が口を開いた。やっと会話が始まったことに梓は安堵した。
「なに? 憂から連絡があるなんて思ってなかったから驚いた」
「うん。実はこれなの……」
憂がバッグから取り出した、一枚の紙。何かの用紙かと梓は覗き込む。が、ただの白い紙。
「これ、どうかしたの?」
「この、いたずら書きみたいなものなの」
憂に指摘されて、ようやく梓は気がついた。紙の上に、薄く何かの跡があった。
ぐちゃぐちゃで文字とも思えない。
「文字? ……まるで幼稚園児のいたずら書きよね。字じゃないよ」
「あたしも最初、そう思ったの。でも、変な感じがして。
二階の自分の部屋にいて、お姉ちゃんの荷物の整理していた時に、
気がついたら、机の上にこれがあって。
でも、あたしの他に誰も部屋にいなかったのに、こんなものがあるなんておかしいでしょ?」
「うーん、誰か置いていったとか、書いていったとか?」
「窓は開いてたけど二階だし、お母さんも上がってないっていうし。
もちろんお客さんが来たのならお母さんも気がつくわ」
梓は腕組して考え込んだ。
「つまり、誰も入ってきてないのに、突然これが現れたってこと?」
「うん」
「……そんなの、あり得ない!」
梓は両手でバンザイのポーズ。
「手品か魔法でも使わない限り、無理。でも、いたずら書きでしょ? 気にすることないじゃん」
「梓ちゃん、読めないからそんなこと言ってられるんだよ」
「え? 憂、読めたの?」
梓の大きな瞳がさらに大きくなった。その目の前で憂がうなずく。
「お母さんにも見せたの。首ひねってたけど、そのうち、お姉ちゃんの小さな頃の字に似てるって。
だから、お姉ちゃんの昔の書き物、引っ張り出してきて比較してみたんだ」
「唯先輩の?」
憂はうなずくと、バッグの中から古びた練習帳を取り出した。
表紙にはぐちゃぐちゃの字で『ひらさわ ゆい』の文字。
中のページも枠にとらわれずに自由闊達な書き物の跡。
「ほら、これ。似てるでしょ。『あ』なんだけど」
憂の示す書き跡は似ているといえば、似ているようだ。
「ほら、次は『す』。こうやって一文字ずつ拾っていったの。そしたら――」
「そしたら?」
「『あすにやんにあい|』」
梓は憂を見つめた。
「何それ?」
憂の表情は能面のように変わらない。いや、変化に乏しいと言ったほうがいいのか。
「『明日に、やん、似合い』? ああー、意味が通らない。憂、意味わかったの?」
「最初は梓ちゃんと一緒。全然意味がわからなかったけど、不意にひらめいたの。最初の単語は――よく知ってる言葉じゃないかって」
「なに?」
「濁点と大小がわからなかったから。『あずにゃん』じゃないかって」
梓は口を閉じる事ができなかった。こんなところで、自分のあだ名が出てくるなんて、想像もしてなかったから。
「あ、あ、後は? 『にあい』は? 縦棒は?」
「ごめんなさい。そっちまではまだわからないの。
だけど、名前が出てるってことは何か梓ちゃんに関係あるのかもって」
「そ、そんなこと、え、で、でも――あー、わかんない! ごめん、憂。あたし、全然わかんない!」
焦りまくる梓を、憂は冷静な瞳で見つめた。
「うん。しょうがないと思う。これで合ってるかどうかもわかんないし。
とにかく、これ、わかんないことだらけなの。
でも何か、お姉ちゃんに関係あるかもしれないと思うと、捨てることもできなくて。
ごめんね、梓ちゃん。やっぱりこんなこと、言わないほうがよかったかな」
「う、ううん。相談してくれて、うれしかった。力になれなくて、こっちこそごめんね」
梓の言葉に、憂は無言で頭を振った。
「あ、あの、憂。憂もいろいろ大変だと思うけど、あたしでよかったら話に来て。
昔みたいにお茶とお菓子でおしゃべりしようよ。気分転換になればいいと思うし。ね」
憂は荷物をバッグにしまうと、静かに立ち上がった。
「また、来るね」
席に座ったまま見つめる梓に、それだけ言うと、そっと踵を返した。
(あれ、さっき、ひさしぶりとかって言わなかったっけ?)
憂の後姿を見送りながら、梓は考え込んでいた。
4.
「ちゃーす。ネコネコナガトでーす。ご依頼のお荷物、お届けに来ましたー」
運転席から降りた女性が、門柱につけられたインターホンを押して話しかけた。
茶髪の頭には宅配のマークのついた帽子。返事が来るまで所在なさげにぼーっと空を見上げる。
しばらくすると、門が開いてサングラスの男が現れると、身分証明書を見せるよう女性に求めた。
会社から配られたその証明書には『ネコネコナガト配送員 名前 田井中 律』の文字と顔写真。
律の顔までしっかりと確認した男は、ようやく進入を許可した。
「どうもー」
律はそういうと、車に乗り込み、ゆっくり中へと運転していく。
「でっけえ家だなあ」
つい運転席でそう呟く。低速ではあったものの門から五分以上も走って、ようやく家が姿を現した。
三階建ての白い豪華な建物。玄関に行きかけた車を別の男が止める。
「おい。通用口に廻れ。玄関に行くんじゃない」
「へいへい。わかりやしたよ」
そこから家を半周するのに、さらに時間がかかった。
ようやく車を止め、運転席のドアを開けた律の耳に遠く波の音が聞こえる。
(そっか。ここは海が近いのか)
配送車の後部ドアを開けて、配送表と荷物を確認する。
「うひゃああ。この荷物、全部ここのかよ」
呆れた声を上げて、車内にある山と詰まれた荷物を見上げた。
「はいはい。運ばせてもらいますよ。これが仕事でございますよっと」
律は汗だくになって、荷物を家に運び入れた。
長い金髪、そしてメイド衣装の女性がその様子を見守った。
「あー、お荷物、以上で全部運び終わりましたー」
「お疲れ様です」
「あ、こちらに受け取りのサイン下さい」
律が差し出した受取書に、女性は『齊藤』と書き込んだ。
「まいどー。またご贔屓にー」
書類をフォルダーに挟み込むと、律は車に乗り込んだ。エンジンをかけると、エアコンをガンガンに効かす。
「うひゃー、たまんねえ。次、ここに配送に来るときは澪にも手伝わそ」
そう言いながら、車を門へと回す。
「こんなでかい家を見ると、ムギの別荘、思い出すな。へへ」
律の脳裏に2年の夏合宿の記憶がよみがえった。
(ムギと唯と三人ですっぽんぽんで遊んだよなあ。ああ、あたしも元気よかったころだよ)
「若気の至りってことで、お目こぼし、よろしくお願いしまーす」
車の中で大きく独りごちた。
別荘の二重サッシは防音効果に優れていた。おかげで近くの海の波の音も響いてこない。
もちろん世間の喧騒も聞こえてこない。ただ、庭の木々の陰を車が去っていくのが見えただけ。
紬は窓のカーテンを開けてその景色を見下ろしながら、ふくよかな乳房をガラスに押し当てた。
冷たい感触に乳首が尖る。そっと右手を脚の付け根に這わせば、既にそこは洪水状態。
(こんなところに立ってたら、見えちゃうかもしれない。
誰かに、こんな恥ずかしいことしてるなんて、知られたら、死んじゃうかも。
でもこのままでも、私、生きていけないのかも……)
部屋の扉が開いた。
「お嬢さま。お食事です」
そう言いながら、ワゴンを押して入ってきたのは金色の髪にメイド姿の菫。
ベッドに紬の姿がないことに気がついて、目を左右に走らす。すぐに紬の姿を見つけて、安堵の笑みを浮かべた。
が、紬が一糸まとわぬ姿であることに気がつくと、驚きの声を上げた。
「お嬢さま。いけません。なにかお召しになってください。すぐに用意しますから」
衣装タンスから服を取り出している菫の様子を見て、紬はほんのり朱に染まった頬に微妙な微笑を浮かべた。
「菫。私ね、桜高校の軽音部にいたのよ」
紬の声に、菫は動きを止めた。
「ええ、もちろん存じ上げております。お嬢さまの言いつけで私も軽音部に入りましたから」
「そこでね。夏の合宿をしたとき、私、裸で泳いだの。私だけじゃなくて、律さんや唯ちゃんもだけど。
それがすごく気持ちよくて、それから何回も外で裸になっちゃった」
「お嬢さま……?」
菫は紬の話がよく理解できないでいる。そんな菫の様子を見て、紬は微笑んだ。
「菫に見て欲しいの。恥ずかしいことをしてる私を見て欲しいの」
紬はそう言うと、両足をそっと開いた。開かれた太腿を白いものが垂れていく。
「い、いけません。お嬢さま。そんなことをおっしゃっては」
うろたえる菫に微笑みかけながら、紬の行為はさらにエスカレートした。
椅子に腰掛けると、肘掛に両足を乗せる。秘所はかろうじて右手の指に隠れているだけ。
菫は両手で真っ赤になって顔を隠した。
「お願いよ。菫。私をしっかりと見てちょうだい」
菫は両手をおずおずと下ろした。所在投げに指を組むと、体の前におく。
その菫の視線を意識しながら、紬は右手の指を動かしはじめた。
指の間からはねっとりとした液体があふれだし、ぬめった音がする。
「お嬢さま……。お願いです。おやめください……」
「気持ちいいわ。菫に見られていけないことするのって、すごく気持ちいい。見てなさい、もっと見なさい!」
紬の視線は焦点を失っていた。左手は乳房を揉み、右手は二本の指が根元まで消えていた。
その指が激しく出入りする。そして内部を抉るたびに、紬は悲鳴に近い嬌声をあげていた。
「いいっ、いく! いくわ、い、いくうっ!」
激しく喘ぐ紬の両手がだらりと下がった。菫は近寄ると、両手の汚れをふき取る。
紬の顔の涎も、脚を滴り落ちる愛液も、いやな顔一つしないできれいにしていく。
「菫……。恥ずかしい。私、とんでもないことを……」
「お嬢様は病気で療養中なのです。菫でよろしければ、どれだけでもお使いください。
どんなご命令でもお嬢さまの言いつけどおりにいたします。菫はお嬢さまの味方ですから」
「有難う。菫」
「お嬢さま。お食事を取ってください。食べないと体に差しさわりが――」
「ううん。食べたくないの。飲み物だけ置いていって、後は下げて頂戴」
菫は素直に命令に従った。ワゴンを押し、部屋を出る。
(あー、お嬢さまのお肌、とっても綺麗だったなあ。それにあそこ、ツルツル――
あ、あたし、とんでもないこと、考えてる!)
真っ赤になった菫は自分の頭をコンと叩いた。
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