第27話『未知との遭遇』
―――あれは、俺ことシオン・ディアスがこの世に生を受けて23度目の誕生日を迎えて間もない頃だっただろうか。
まぁ、誕生日を迎えたことで何か劇的な変化が訪れるワケもなく、何時も通りの日常を俺は過ごしていた。
何時ものように書類仕事を手早く済ませ、里の周辺を巡回する。ブレイカーが出現する兆候を掴み、徹底的に潰すことで事前に奴等の出現を防ぐ。
勿論、毎回上手くいくとは限らない。潰し損ねた場所から、奴等が現れることなど日常茶飯事だ。
どうやら、以前の巡回で潰し損ねた場所があったようだ。黒い意力を感知して現場へ急行する。
現場には人狼のブレイカーが6体、獅子と山羊と蛇が組み合わった複合体のブレイカーであるキマイラの姿があった。
キマイラは大型ブレイカーの一種で、ドラゴンに迫る戦闘能力を備えている。アドバンスドクラスのセイバーでも苦戦を免れない強敵だ。
当主になる前の俺なら、ひとりで相手にするのは無理だっただろう―――あくまで、その頃の俺であれば、だ。
ブレイカーが俺の姿を捉え、迎撃に入ろうとする。遅い、一気に決めさせて貰う。
三刃烈風で駆け抜ける一閃、人狼達の首が宙に舞い、その肉体を構成していた黒い意力が霧散する。
やや反応が遅れたキマイラが、こちらに向かって来る。鈍重な動きだ、対処するのは容易い。
「(ん……この意力は、何者かがここにやって来ているようだな)」
キマイラとは別に、この場所にやって来る意力を感知した。白い意力を発していることから、ブレイカーではない。
ブレイカーの意力を感知してやって来たセイバーかガーディアンか?生憎だが、援軍は必要ない。
周囲を震わせるような咆哮を上げ、キマイラが襲い掛かってくる。獅子、山羊、蛇の口が一斉に開く。
「遅い」
俺はキマイラの背後に立っていた。大きな音を立て、キマイラの三つ首は地面に落ちる。
キマイラは自身の首を斬り落とされたことを認識することもなく、その巨体を地に沈めた。
三つ首と巨体は黒い意力に変じると宙に昇り、やがて霧散していく。剣を鞘に納め、俺は周辺を感知する。
ブレイカーの意力はひとつも無い。だが、意力を感知する。
これは、先ほど感知したここに向かって来ている白い意力か。何者かは知らんが、セイバーかガーディアンならブレイカーの意力が消えたことは感知できる筈。
だというのに、ここに来るのはどういうワケだ。念の為にブレイカーが消えたことを確認するつもりか?
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!」
「!?」
思わず身構えた。何だ、今の奇声は?
反応はブレイカーの黒い意力ではなく、間違いなく人間や普通の動物が発する白い意力だ。ブレイカーの討伐に来たセイバーかガーディアンではなく、未確認生物でもやって来たのか?
罪もない野生動物を攻撃するのは気が引けるが、危険性がある生物だった場合は里に近づけるワケにはいかない。俺は鞘から剣を抜き、奇声を発する存在への迎撃態勢に入る。
黒い影のようなものが跳躍するのが目に入る。一体、何が来たというのだ?
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!!」
「……」
一瞬、思考が停止した。我が目を疑うとは、こういうことだろうか。
俺の瞳に映ったもの―――それを、一目で人間と認識するのにやや時間を要した。
髪の毛はボサボサで髭がこれでもかというくらい伸びている。身に纏っているのは、おそらくは何らかの動物の皮で作ったと思われる簡素な服。
右手には金属ではなく、相当大きな石を削り出して作られたであろう石の剣が握られていた。
……原始人?俺の前に現れたのは、人類の文明初期段階の、進化の過程にありそうな風貌を持った男だった。
あまりにも予想外な来訪者の出現に、流石の俺も困惑せずにはいられない。
原始人(?)は着地すると、石剣を振り上げて俺の方に向かって来る。
「ふんっ!」
「ボフェッ!?」
俺は一気に距離を詰め、原始人の顔面に鉄拳を叩き込む。轟音と砂煙を上げながら、原始人は地面を転がる。
「(何だ、こいつは?)」
とりあえず、俺が取るべき行動はひとつ―――この謎の来訪者を拘束することだ。
意識を失った原始人らしき男。俺は奴が持っていた石剣を引き剥がす。
念には念を入れておくか。指先に意力を集約させ、原始人の男に放つ。
放たれた意力は光の縄となって、原始人の肉体を雁字搦めにする。
意力による束縛術である封縛だ。封縛には相手の意力のみを使用不能にするものや、肉体そのものを動けなくするものがある。
ブレイカーよりも、意力を犯罪目的で使う人間に使用されることが多い。セイバーよりもガーディアンの方が使い手が多い技術だ。
俺が使用したのは肉体を束縛するものだ。自分より格下の相手には破られない自信がある。
「ボエッ!?」
原始人が意識を取り戻した。なかなか丈夫な男のようだ。
手加減していたとはいえ、俺の拳を受けて直ぐに目を覚ますとは。
暴れるが、当然の如く自由になれるワケが無い。封縛で拘束された身体を、単純な膂力で引き千切ることは不可能だ。
とりあえず、この男の素性を聞いておくか。
「お前、何者だ?何故、俺を攻撃した?」
「ボエボエ!」
……困ったものだ。素性を聞こうにも、言葉が通じない。
「ぼ、ボフェ〜〜〜〜〜……」
思案していると、原始人が何やら脱力している。封縛による縛りが強過ぎたか?
が、それが違うことに気付く。脱力した彼の腹から聞こえてくる音。
ああ、なるほど―――腹の虫が鳴っている。つまり、空腹というワケか。
俺は腰の袋を開いて中身を確認する。里からあまり離れていないとはいえ、何が起きるか分からない。
そういった場合の時に備え、腰に小型の荷物袋を着けているのだ。この袋には最小限だが、食料と水、薬を入れている。
ぬう……今、手持ちである食料は干し肉だけか。とりあえず、これを与えてみるか。
「これでも食うか?」
「ボエッ!?」
原始人は、瞳を輝かせる。言葉は分からないが『いいの!?』と言ってるような気がする。
念の為、封縛による拘束は解かずに俺は干し肉を原始人の口に近付ける。原始人はパクッと干し肉に食らいつくと、一気に飲み込んでいく。
空腹とはいえ、よく噛んで食べて欲しいものだ。喉に詰まるぞ。
干し肉を食べ終えた原始人。と、彼の身体に変化が生じるのを見逃さなかった。
白い光―――肉体から意力を発している。この男、意力を扱えるのか?
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!」
砕けるような音と共に、原始人が封縛を破る。光の縄状の意力が霧散していく。
驚いた、俺の封縛を破れる相手などそうそう居ないと思っていたのだが……。
原始的な風貌に先入観を持ち、相手の力量を見誤ってしまうとは、俺らしくないミスだ。
自由を得た原始人に警戒し、剣に手を掛ける。しかし、原始人は予想外の行動に出た。
「ボエー!ボエー!」
「……?」
彼は、いきなり俺に向かって土下座してきた。何だ、一体何のつもりだ?
「ボエ!」
立ち上がり、すっと手を挙げる。『じゃ、失敬』と言っているのか?
背を向け、夕日に向かって爆走していく原始人。呆気に取られた俺は、暫くそこから動けなかった。
未知との遭遇とは、こういうことを指すのだろうか。
それから数日後、ディアス邸の執務室で書類仕事をしていると―――。
「シオン兄、事件だよ!」
弟のアヴェルが、何やら血相を変えて部屋に駆け込んで来た。
「どうした、アヴェル?ブレイカーが出現する兆候は無いぞ?」
「違うよ、これ見てこれ!」
「何だ、その手に持ってる紙は―――」
弟が手に握っている紙を見て、暫し思考が停止する。その紙に描かれたものに憶えがあったからだ。
紙に描かれている絵―――あの原始人の姿だった。上の方には『原始人現る!?』という文字が。
「おい、これは何だ?」
「ここ数日、里の近辺に出没してる謎の人物だよ!凄いや、大昔の暮らしをしていた人の末裔か何かがこの時代まで生き残ってたのかな!?」
「……」
いや、弟よ。そんなに瞳をキラキラさせるような、ロマンを感じさせるような出来事じゃあるまい。
こいつの欠点のひとつは、よく分からないことにワクワクするところだ。もうじき13歳になるのだから、こんなワケの分からん出来事よりももっと別のことに思いを馳せて欲しい。
そう、例えば年頃の男子らしく、女の子とデートのひとつでもすれば―――。
「シオン兄、もしかしてこんなのにワクワクするくらいなら女の子とデートとかすればいいとか思ってない?恋愛経験ゼロの兄に心配されるなんてぼく泣いちゃうよ?」
「ぬう……」
生暖かい眼差しを向けてくる弟。いや、確かに言ってることは的を得ているが。
生まれてこの方、俺は恋というものをした経験は皆無だ。こいつと同じくらいの年頃に親父が戦死したことで当主になった為、そんなことにうつつを抜かしている暇など無かった。
「まぁ、それは置いといて……だ。こんな不審者が里の近辺を徘徊していると皆が不安になる。まず、俺が接触してみるとしよう。お前や他の者は、決して近寄るんじゃないぞ」
「えー?ぼくも、凄い興味あるんだけど」
「当主としての命令だ、いいな?」
……まぁ、既に一度接触しているんだがな。無論、誰にも口外していない。
弟に言おうものなら、騒動のひとつでも起きそうだ。事は穏便に運ばなくては。
更に数日が過ぎ、俺は里の近くを巡回していた。ブレイカーへの警戒は勿論だが、あの原始人の捜索もしていた。
どうやら、俺と接触して以来、人を襲ってはいないらしい。というか、人に襲い掛かったのは俺が最初だったのかもしれない。
おそらく、あの時の彼は空腹を満たす為に食料を強奪しようとしたのだろう。
襲われた相手が俺で本当に良かった。もし、襲われたのが一般人だったら、考えるだけで背筋がひやりとする。
尤も、一般人がそう易々と街の外を出歩くことはない。ブレイカーは、何時何処から襲って来るか分からないのだから。
……しかし、それならあの原始人は何者だ?出没するのが里の近辺とはいえ、ブレイカーが徘徊する外の世界で活動しているとは、明らかに只者ではない。
俺の封縛を破ったことから意力が使えるのは明らか。言語が通じないのに、意力の扱いを心得ているとはどういうワケだ?
誰かから、意力の指導でも受けたのか、それとも―――。
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!」
「……噂をすれば、何とやらか」
この奇声は、間違いなくあの原始人だ。索敵を行い、彼の意力感知―――俺は現場へ直行する。
間違いない、彼だ。到着した現場には原始人の姿があった。
しかも、その場に居たのは彼だけではない。熊だ、大きな熊も一緒に居た。
黒い意力を発していないところを見ると、ブレイカーではない。野生の熊のようだ。
何故、野生の熊が居るのだ?困惑する俺をよそに、原始人は……。
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!」
熊に突進していく。そして、熊と組み合い状態に。
いや、待て。お前は、一体何をしているんだ?とりあえず、止めるべきか?
だが、次の瞬間―――。
「ベァアアアアアアーーーーーーーーッ!」
「!?」
突如、熊が雄叫びを上げた……雄叫び?熊はこんな風に鳴く生き物だっただろうか?
「ボエェェェェェェーーーーーーーーッ!」
「ベァアアアアアアーーーーーーーーッ!」
「ボエェェェェェェアーーーーーーーーッ!!」
「ベェェアアアアアアーーーーーーーーッ!!」
「……」
一歩も譲らず、雄叫びを上げながら組み合い続ける両者……否、ひとりと一匹の方が正しいか。
俺は何を見せられているのだろう。この原始人の意力を感知して、接触する為に来た筈が、何故か原始人と熊の真剣勝負という奇天烈な展開に遭遇するとは―――人生とは何が起こるか予測出来ないものだ。
膠着状態に陥っていたひとりと一匹。しかし、均衡が遂に破られる。
熊の瞳がギラリと輝いた……いや、おかしいことを言っていると思われるかもしれないが、確かに俺には熊の瞳が輝いて見えた。
「ベァアアアアアアッ!」
「ボフェェッ!?」
原始人が持ち上げられ、地面に叩きつけられる。ズシン、という轟音と共に地面が大きく揺れる。
カンカンカンという、金属音が何処からか聞こえてくる……本当に何処からだ?今の金属音、もしかしてゴングの音か?
周囲には俺達以外は誰も居ない。誰が鳴らしたというのだ?
「ボフェ〜〜〜〜〜……」
「ベアッ!」
地面に倒れる原始人と、両腕を組む熊。心なしか、俺には熊が『未熟者めが』と言っているような気がした。
悠々と去っていく熊。途轍もなく気になるが、まずは原始人の方だ。
そもそも、俺は彼と接触する為に来たのだ。倒れる彼を助け起こす。
「おい、無事か―――」
「く、悔しい……また、負けた」
「!?」
「あ、この間は干し肉どうも」
「お、お前、普通に喋れたのか!?」
「うん。修行中だったから、喋らなかったんだ」
普通に言葉を発する原始人。というよりも、修行中というのはどういうワケだ?
まさか、その原始人スタイルは何らかの修行の一環だとでもいうのか?
「全ては3ヶ月前のあの日、あの熊くんに遭遇した時から始まったんだ」
特に聞きたいワケではないが、彼はこうなった経緯を話し始めた。
「3ヶ月前のあの日、僕はブレイカー討伐に赴いてた」
「ちょっと待て。お前、セイバーだったのか……?」
ブレイカーの討伐に赴くのはセイバーかガーディアンだけだ。単独行動しているようだから、こいつはセイバーである可能性が高い。
まさか、この原始人らしき男が同業とは思いもよらなかった。
いや、この前の封縛を破ったことを察すれば、セイバーであってもおかしくはないか。
「ブレイカー討伐を終えた直後、あの熊くんに襲撃されたんだ。野生動物を斬るのは気が引けたから、体術で撃退しようとしたら、あっという間に叩きのめされてしまったんだよ。熊くんは腕を組んで吠えたんだ―――多分、『この未熟者めが!』と言いたかったんじゃないかな?」
一体全体、あの熊は何者だ。腕を組んだりする時点で、単なる野生の熊とは思えんのだが。
「だから、あの日のリベンジに燃えて、ずっと修行していたんだ。あの熊くんに勝つ為に」
「おい、待て。ということは、3ヶ月前まではその恰好じゃなかったのか?そもそも、何故にそんな姿をする必要性がある?」
「相手が野生の熊だから、こっちも野生に還った恰好がいいかと思って」
「極端に走り過ぎだろ」
「野生に勝つには野生だよ!」
「どんな理屈だ」
なら、あのボエーとかいう雄叫びは何だ。あれが野生に還った証とでも言うのか。
「しかし、また負けてしまった―――まだ、野生の力が足りない証拠だ。じゃ、修行を再開するからこれで」
「ああ、待て。とりあえず、お前の素性を聞かせてくれ。この近辺に住んでいる人間が原始人が出没すると困惑している。素性が明らかになれば、皆も落ち着くだろうからな」
「野生に生きる男―――ラズ・シャルフィドさ」
「ということがあってなぁ」
「ちょっと待ってェェェェェェェェェェェ!」
魂のツッコミがセイバー総本部の食堂に響く。ツッコミを入れたのは、自称総本部一の伊達男―――ザッシュ・シャルフィドである。
街の巡回を終え、他のセイバーと交代した彼等はここで昼食を摂っていた。
何か面白い話題は無いかとザッシュがシオンに尋ねたところ、彼は自身の昔話を語り始めたのだ。
シオンは首を傾げ、視線を隣の席に座るアヴェルに向ける。
「おい、アヴェル。どういうことだ?何故、ツッコミを入れるのがお前じゃないんだ?こういう時こそお前の出番だろ」
「……いやいや、何時もぼくがツッコミ入れる人間だと思わないでくれますか?」
「違うのか!?」
「何を驚いてんですか!?」
シオンの脳内では、アヴェル=ツッコミ担当というのが定着している模様(笑)。
「ちょいちょい、そこのおふたりさん!僕を無視しないで!つーか、シオンくん!さっきの話は何なの!?」
「ぬ?何かおかしいところでもあったか?」
「どこもかしこもおかしいでしょうが!?何、今の話に出て来た原始人みたいな人は!?つーか、ラズ・シャルフィド!?まさか、それが僕の御先祖様とか言うんじゃないよね!!?」
「以前にお前の先祖とは戦友と言っただろう?」
「そうじゃなくて、今の話はどーいうこと!!?」
「野生の熊に勝つ為、お前の先祖が野生に生きていた話をしただけだが?」
「嘘をつけェェェェェェェェェェェ!君は僕の家系を貶めようとしてる!名誉棄損で訴えるよ!!」
うがーと叫びながら、必死の抗議をするザッシュだが―――。
「何言ってんのよ、ザッシュ。アンタそっくりの御先祖様じゃないのw」←プークスクスと笑うリュー
「オメーと何ひとつ変わんねーよw」←ゲーラゲラゲラと笑うソラス
「リューちゃんんんんんっ!?ソラスくぅうううううううんっ!?」
同じく、食堂で食事を摂っていたリューとソラスは爆笑していた。
違う違う、認めないぞーと頭を抱える自称伊達男をよそに、アヴェルはシオンに尋ねる。
「で、その後はどうなったんですか?そのラズさんと熊さんの対決は?」
「ああ、半年後にラズが勝利した」
「へ〜勝てたんですね。熊さんはその後どうなったんですか?」
「ラズと親友になった」
「……肉体言語で相互理解って深めることが出来るんですね」
「世の中は広い、常人では知りえない世界というものが存在するのだ」
……数日後、アヴェルは炎の里の実家に赴いた際、実家の書庫で『原始人と熊』という珍妙な題名の古書を発見。
―――ホラ話じゃなかったのか。呆れた眼差しでその本を棚に戻すアヴェルであった(笑)。
・2023年4月29日:文章の内容を一部変更しました。
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