第26話『記憶石』
どうも、こんにちは。アヴェル・ディアスです。
ハイブリッド殲滅戦から、5日が過ぎました。普通なら、数ヶ月とか過ぎててもいい感じなんですが、まだ5日しか経っていません。
さて、ぼくは今―――絶賛修行中です。場所は始源の地、ぼくがシオンさんと修行に行ったあの不思議空間です。
ぼくの修行は、意刃の長時間維持とあの戦いで偶発的に入ることが出来た“識”の自力発動。シオンさんの話では、偶発的でもあの領域に入れたのなら、自力発動出来る可能性は高いとのこと。
何年も修行して漸く扱える能力なので、そうそう上手くいくのかな……。
ああ、そうそう。ぼくだけじゃなくて―――。
「あ、アヴェルく〜ん……ナレーションしてないで助けて」
「し、死ぬ……」
「あれ、綺麗な川とお花畑が……」
ボロボロになったザッシュさんとソラスさん、レオさんが地面にブッ倒れてます。レオさんに至っては、あっちの世界に引っ張られているみたいです。
レオさんは、修行を申し込んだことをちょっと後悔してるみたいです。ここまで厳しいとは、想像もしていなかったのでしょう。
彼等は、さっきまでシオンさんと試合をしていました。ちなみに1対3の試合形式でしたが、結果はシオンさんの圧勝。
……というか、息ひとつ乱すどころか、服に汚れすらつかずに勝っちゃいました。この人に勝てるセイバーなんて居るんでしょうか……。
半死半生の彼等とは対照的に、当の本人は何時も通り茶を啜っております。
勿論、アンリとカノン、アリス先輩もシオンさんに修行をつけて貰っています。
意刃を発現していないアンリには、意力を高めて意刃を発現させる域に到達させる為に徹底的な意力の制御法の伝授を。
アリス先輩もシオンさんからの指導を受けた―――のですが、大きな問題が発生しました。
「あ、あの……大丈夫ですか、シオンさん?」
「な、何故だ……、俺は全身全霊全精力を懸けて指導したんだぞ……?何故、ラングレイの血筋にこんな突然変異種が生まれたんだ……?」
地面に座り込んで頭を抱えるシオンさん。この人のこんな姿、初めて見るなぁ。
アリス先輩はすること全てがドジに繋がり、指導がまるで上手くいかない。
優秀なセイバーを多数輩出しているラングレイ一族の中で、アリス先輩はかなり異色な存在らしい。ゆえに意力を高める制御法しか伝授出来なかった。
あのシオンさんが頭を抱えるなんて―――アリス先輩、恐るべし(汗)。
カノンには意力の制御で意力の絶対量を増やしつつ、あるアドバイスを行っていた。アドバイスというのは、シオンさんや他の人達の試合を観戦すること。
シオンさん曰く―――。
「カノンの意刃は様々な武器に変化する能力がある上、彼女には高い武術のセンスがある。他のセイバーの武器の扱いや戦いを見聞させることで技術の吸収に繋がるだろう。無論、試合形式の修行も行うがな」
様々な達人の戦いを見聞させ、試合を通じて肌でその技術を実感させる。なるほど、確かにそれはいい考えかもしれない。
カノンは、先刻まで行われていたシオンさん達の試合を熱心に観戦していた。試合の観戦を終えると、彼女は少し離れた場所で意刃を発現。
発現した意刃は籠手から二挺拳銃に変化する。二挺拳銃といえば、ソラスさん―――彼の戦闘スタイルを練習するようだ。
彼女の視線の先には、丁度人間くらいの大きさの岩がいくつか見える。あれを射撃の的にするのか。
深呼吸して、目標となる岩に集中するカノン。構えた二挺拳銃の銃口から意力の光弾が6発発射される。
砕ける様な音が響き、岩が破壊される。破壊された数はおよそ3つ。
「6発中3発命中か。銃の訓練を受けたことはあるのか?」
「いえ、今回が初めてです」
「やれやれ……初めてで3つも命中させられりゃ上出来過ぎるぜ」
漸く身体が動くようになったソラスさんが、頭を掻きながらやって来る。
「ソラスさんだったら、全部命中出来るでしょう?私なんて、まだまだ……」
「オレなんざ、初めて射撃した日は的に掠りもしなかったもんだぜ。末恐ろしい嬢ちゃんだよ」
ソラスさんが意刃も意刃を発現させ、二挺拳銃を構え―――撃つ。
撃った光弾の数はカノンと同じく6発。対して、破壊された岩の数はというと―――。
「ふえ?ひとつも壊れてないよ?」
「ソラスさん、ノーコン?」
岩はひとつも破壊されていない。アンリとアリス先輩はキョトンとした顔を見合わせている。
溜息交じりに、ソラスさんはシオンさんの方に視線を向ける。
「……外しちゃいねぇよ。シオン、このノーテンキ嬢ちゃんズに説明してくれや」
「ふたりとも、あの岩の中心を見てくれ」
シオンさんが指差す先には岩がひとつ。その中心には小さな穴が空いている。
……言うのは悪いけど、このふたりの場合は1発だけ命中したんだねとか言いそう。その言葉が出る前に、シオンさんが答えを出す。
「ソラスはあの岩に1発目で空けた穴に残る5発全弾を通したんだ」
「「ええっ!?」」
そう、あれが意味するのは1発目と同じ穴に残る全弾を命中させるという妙技に他ならない。細い針穴に糸を一発で通すよりも困難に違いない。
銃の扱いに長けたソラスさんでなければ出来ない芸当だろう。多分、意刃を発現させる前のぼくだったら、アンリ達同様に1発しか命中していないとか言っていたんだろう。
思い出すのも恐ろしい、ここでの地獄の1週間の修行はどうやら大きな成果を齎してくれたみたいだ。今のぼくには、ソラスさんの銃撃があの岩に全弾命中するところがハッキリと“見えた”。
それに気づいたのか、ソラスさんがほくそ笑む。
「ほう、アヴェル。今のが全部見えたとは、随分と目が利くようになったじゃねぇか」
「シオンさんとの修行の成果でしょうかね」
「だな。……しかし、こんな不思議空間が存在するとはなァ。ここに来た時、目が点になっちまったぜ」
それはそうだろう。奇妙な石に意力を発した状態で触れると石の中に入れる上、石の中にこんな広大な空間が広がっているとあれば、驚かない方がどうかしているだろう。
おまけに、空中に幾つもの島が浮かんでいるのだ。ぼくとシオンさん以外のメンバーが唖然としたのは言うまでもない。
いや、ひとりだけ例外が居たっけ。アンリが凄く目を輝かせていた。
「すごーい!ファンタジーっぽい!!」
……もうちょっと、別のところに驚こうよ。こういう時も自分のペースを維持出来るのはある意味凄いけど。
そんなアンリとは対照的にカノンは流石と言うべきか、この空間の大気に満ちた意力の濃度に気付いた。自分の中の意力まで活性化させるほどの濃度に。
レオさんも、この地が意力の修行に適した場所だと直ぐ気付いた。ここに到着早々、シオンさんに色々とこの地の詳細を尋ねていた。
そんなこんなで5日が過ぎ、みんなも少しずつここに慣れた模様。
ふと、思い出したことがある。
「ああ、そういえばあと2日でしたっけ」
「修行は1週間だったな。流石にそれ以上留守にすると、リュー姐さんに睨まれちまうからなァ」
今回の修行期間は、ぼくがシオンさんと行った時と同じく1週間。
いくら強くなる為とはいえ、ぼく達はセイバーであることを忘れてはならない。こうして、ぼく達が修行で抜けている間に穴埋めで頑張ってくれているセイバーの人達が居るのだから。
修行の合間、勿論休憩時間はある。この時、誰かが外の世界に出て食べ物や飲み物をディアス邸から持ってくることになっている。
外に出たのはアンリとカノン。彼女達は10分ほどで戻ってきた。
食事は母さんが用意してくれているので、作ってくる必要は無いのだ。
休憩中、修行プランを話し合ったり、談笑したりする。その中で、アンリがシオンさんにこんなことを聞いた。
「ねぇ、シオンさん。シオンさんの若い頃の話聞きたいんだけど」
「いやいや、アンリ。シオンさんは、まだ十分若いから……」
まぁ、確かに20代とは思えないくらい老成した雰囲気のある人だけど。でも、この人の昔話には興味がある。
この人が500年前のディアス家当主ということは、御先祖様の話が聞けるかもしれない。
「俺の昔話か?ふむ―――そうだな」
シオンさんは周囲を見回す。まるで、何かを探しているみたいだけど……?
「あった」
そう言って、彼は地面に転がる石を拾い上げる。ぼくは、それが普通の石でないことに気付く。
彼が拾った石は単なる石ころではない。
「まさか、それって記憶石ですか!?」
「ああ、そうだ。伝えたい記憶を封じ込めたり、自身の記憶を他の相手に伝えたり出来る代物だ。外の世界では滅多に見つからない希少品だが、始源の地では簡単に見つかる」
「おいおい、マジかよ……。売れば、とんでもない価値になるシロモノがそこら中に転がってんのかよここは」
記憶石―――太古から、アース世界で見つかる希少な鉱石として書物に記載されている。スクールに通っていた頃、授業で習ったことがある。
機械の情報記録媒体と違って、石が無事なら半永久的に封じ込めた記憶が消えることはない。唯一の欠点は、石を通じて自身の記憶を見せることは何度でも出来るが、封じ込めた方の記憶は一度解放すると見れなくなってしまうことだ。
その希少性から、ソラスさんの言った通り市場に出回れば相当の価値がつく。一般人が容易に手を出せる品じゃない。
「俺の口から語るよりも、俺の記憶を直接見た方が分かりやすい」
記憶石にシオンさんは意力を込める。記憶石が輝き出し、空中に映像を映し出した。
空中に浮かんだ映像は炎の里グラムを映し出していた。だけど、ぼくがよく知る里とはかなり違う。
見慣れない建物が多く、何よりも障壁を発生させる障壁柱やブレイカーを感知する感知塔が一切存在しない。
これは、シオンさんの意力から彼の記憶を記憶石が再生している。つまり、500年前の炎の里。
場面が切り替わる、ぼくも子供の頃から修行していたディアス邸の裏山が映る。裏山には剣を構えるシオンさんの姿が見える。
彼以外に、剣を構える若者がふたり―――赤髪の少年と緑髪の青年。年若いが、ふたりともかなりの使い手のようだ……というか、この赤髪の少年の方はもしかして。
「緑髪の青年はアレス・ロンド―――ラウル老師とアヴェル達の後輩のアストの先祖だ。赤髪の方は言わずとも理解出来るな?」
「この人が、御先祖様なんですね」
「ふわぁ……アルそっくり」
「瞳の色は違いますけど、それ以外は何年か前のアヴェルと瓜二つですね……」
この赤髪の少年が、ぼくの御先祖様―――ぼくの名前の由来となったアヴェル・ディアス。
外見は13〜14歳くらいの頃のぼくとよく似ている。アンリとカノンが、見入ってしまうほどそっくりだ。
なるほど、初めてぼくと会った時にシオンさんがぼくと御先祖様を見間違えるワケだ。
もうひとりの緑髪の青年は20歳前後といったところ。この人が、老師とアストの御先祖にあたるアレス・ロンド。
そういえば、ロンド家の先祖が500年前にディアス家の当主から剣の指導を受けたという話を聞いたことがあったけど本当だったんだなぁ。
「アレスはこの映像の数年前にロンド家当主だった父親が戦死してしまってな。祖父殿も体調を崩して剣の直接指導が出来る状態ではなかった。そこで、俺に剣術の指導を依頼し、アレスをディアス邸に居候させて剣を学ばせたんだ」
ということは、この記憶映像の時点で何年かはシオンさんから剣の指導を受けているってことか。
剣を構えるふたりの表情は見ているだけで緊張していることが理解出来る。圧倒的強者に挑む挑戦者達の構図といったところだ。
遂さっきまで、シオンさん達と修行していたザッシュさん達も映像を食い入るように見つめている。
最初に動き出したのは御先祖様だった。踏み込むような構え―――三刃烈風だ。
一気に最高速まで加速、その場から霞のように消える。速い、始源の地で修行を受ける前のぼくじゃとても捉えきれない速度だ。
アンリはえっえっと言いながら、あわあわした表情をしていた。彼女には御先祖様の動きは見えなかったのだろう。
金属音が映像から響く。映像の中のシオンさんの剣が御先祖様を軽く弾き飛ばした。
弾き飛ばされた御先祖様が地面に転がる―――と、いきなり姿が消える。
再び金属音が響いた。シオンさんの死角から御先祖様が剣を振るったが、これも受け止められる。
「実体分身か!何て速度で入れ替わってるんだ」
レオさんが感嘆の声を漏らす。
さっき弾き飛ばされた御先祖様は意力による実体分身だ。本物は気配を断って死角に回り込んで攻撃を仕掛けた。
防がれたとはいえ、何て早業なんだ。御先祖様と同じ年頃だった時のぼくは、実体分身を囮にする戦法なんか出来なかったろう。
間髪入れず、今度はアレス・ロンド―――アレスさんと呼ぼう。彼がシオンさんに仕掛けてきた。
御先祖様の攻撃を剣で受け止めている隙をつく。だが、彼の剣がシオンさんに届くことは無かった。
シオンさんは左手を繰り出し、左手の人差し指だけでアレスさんの剣を受け止めていた。
ソラスさんとザッシュさんが冷や汗を流しながら映像を見つめる。
「オイオイ、シャレになんねぇぞ」
「シオンくん、どんだけ化け物染みてんの」
「え、どういうこと?何で、シオンさんの指切れてないの?」
普通だったら、指先だけで剣を受け止めるなんて出来やしない……指先に意力を集約させたんだ。
例えるなら、極小の障壁を指先に展開している状態。簡単に見えるけど、瞬時にあれをやるには物凄く緻密な意力の制御が必要になる。
訓練ならまだしも試合とはいえ、戦闘中にアレをやってのける勇気はぼくにはない。やれるのは達人か頭が―――。
「アヴェル。お前、俺の頭がイカレてるとか思ってないか?」
「そんなワケないじゃないですか」
ああ、心臓に悪い(汗)。この人、勘がいいにも限度があるだろ。
記憶映像に視線を戻すと、御先祖様とアレスさんは同時攻撃を仕掛けていた。まぁ、シオンさんは難なく凌いでいたけど。
御先祖様とアレスさんは決して弱いワケじゃない。というか、ふたりとも現代のセイバーの基準ならマスター級の実力を有していると言っても差し支えないだろう。
それだけの実力を持つふたりを同時に相手にして、軽く凌ぐシオンさんが異常過ぎるのだ。
15分後、完膚なきまで叩きのめされた御先祖様達を尻目に茶を啜るシオンさんの映像に思わず溜息が出る。この人、全然本気出してないな。
「あ、誰か来るよ」
アリス先輩が映像を指差す。試合を終えた彼等のところにやってくる人影がひとつ。
裏山にやって来たのは長い白金の髪の女性だった。髪の先の方を髪紐で結んでいる。
薬箱を持っている、修行を終えた彼等の手当てに来てくれたのかな?
記憶映像に映し出される女性の素顔に、誰もが息を呑む。
「―――」
「あ……」
「こいつぁ……」
「ふわぁ……」
「綺麗な人……」
「はぁ……」
映像に映し出された女性は、絶世の美女と言っても過言ではない。異性同性問わず見惚れてしまうほどだ。
ぼくだって、同じだ。映像越しとはいえ、目が離せなくなってしまう。
「し、シオンくん!こ、この絶世の美女は何方!?」
「ザッシュさん、食いつき過ぎですって」
「―――エリア・イグナード。治癒術士の名家として名高いイグナード家の次女で、俺の治癒術の師でもある。尤も、年齢は俺より4歳年下だがな」
ああ、この人がシオンさんに治癒術を教えたっていう。フォルナ先生と同じイグナード家の人間か。
シオンさんより4歳年下ってことは、この映像の時点では20歳くらいか。
「あれ?ってことは、この人って治癒術使えるんだよね?何で薬箱持ってるの?」
「治癒術が使えるんなら、薬とかあんまり要らないんじゃねぇか?」
「重傷ならともかく、軽傷ぐらいじゃ彼女は治癒してくれないぞ。治癒術ばかりに頼って、自然治癒を軽視するのは駄目だそうだ」
なるほど、そう言われると耳が痛い。どんな怪我をしても、治癒術で治せばいいなんて考え方を持ったら、死なないと高を括るかもしれない。
痛みの恐怖や苦しみと戦ってこそ、人は生きていることを実感出来るというワケだ。
映像の中のエリアさんは、御先祖様とアレスさんをテキパキと手当てしていく。どうやら、彼等の怪我の手当ては日常茶飯事らしい。
「あ、場面が変わったよ!」
場面が裏山から、建物の中に変わる。応接間らしき場所で、シオンさんがソファに腰掛けている。
彼の向かいにもソファがあり、長い黄髪の青年が腰掛けていた。彼等の間にはテーブルが挟まれ、その上にはチェス盤が置かれており、ふたりは対局している。
黄髪の青年の顔が映し出されると、レオさんとアリス先輩があっと驚きの声を漏らす。
「「ユリウス兄さん!?」」
「まぁ、見間違えるのも無理はないな。彼が当時のラングレイ家の当主、俺の古くからの盟友メルトディスだ」
この人が―――セイバーの中のセイバーと謳われたメルトディス・ラングレイ。
レオさんとアリス先輩が驚くのも無理はない。映像のメルトディスさんは、ふたりの従兄であるユリウスさんとは髪の長さ以外は瓜二つだ。
対局するシオンさんとメルトディスさんは、無言のまま駒を動かす。ブレイカーと戦っているワケでもないのに、妙な緊張感を漂わせている。
見てるこっちまで緊張してきた。ぼくだけじゃない、レオさんもハラハラした様子で見ている。
途中までは互角の勝負だったけど、徐々にメルトディスさんが優勢となっていき―――チェックメイトとなった。
「まぁ、チェスの勝負では何時もこの有様だったな。メルトディスに勝ったことは一度も無い」
「何かえらい緊張感漂う勝負だったんですけど……これ、チェスしてるんですよね?」
「負け通しだからな。一度くらいは勝たないと気が済まん」
「へぇ、シオンくんも意外と負けず嫌いな面があったんだ」
「まぁ、結局は勝てなかったがな」
「あ、また映像が切り替わりましたよ」
カノンの言葉で、みんなが記憶映像に視線を向ける。場所は炎の里の噴水広場みたいだ。
現代にも噴水広場はあるけど、500年前の広場は今とは造りが違うみたいだ。
広場の一角に子供達が集まっている。子供達の中心には女性が腰掛けていた。
後ろ姿で顔が見えないけど、色素の薄い水色の髪が目を引く。
「―――」
「アンリ?」
「この、人……」
「どうしたの?」
「まさか、そんな……」
アンリは驚いた表情で水色の髪の女性をじっと見つめる。
どうしたんだろう?まさか、この女性と知り合い―――の筈はないよな。
だって、これはシオンさんの記憶。500年前の炎の里で起きた出来事なんだから。
「シオンさん、この人は?」
「彼女はルティ。俺の幼馴染で、前に話したアンリと同じ浄歌の歌姫だ」
記憶映像の風景からして、時刻は夕方のようだ。もう遅いから帰るように伝えたのか、ルティさんから子供達が離れていく。
シオンさんが、ルティさんに話し掛けた。彼女が振り返る。
映像に映る彼女の顔に、アンリがあっと声を上げた。
「お姉さん―――」
「え?」
「わたしに、浄歌を教えてくれたお姉さんとそっくり……」
「……そんなに似ているのか?ルティと君に浄歌を教えた女性は?」
「うん、そっくり―――この映像のルティさんと瓜二つ」
「そんなに似てるんなら、本人じゃないかい?」
「ザッシュさん、これ500年前の出来事ですよ?そんな昔の人が生きてるワケないじゃないですか」
「じゃ、この人の子孫とかじゃないかな?アンリちゃんに浄歌を教えた人って」
「いや、それは無い」
「シオンさん?」
シオンさんが辛そうな表情で、視線を下に向ける。
「前に炎の里に行った時に調べて分かったんだが……ルティは子供を遺さず死亡している」
「ええ!?」
「彼女の死亡時の年齢は23歳―――ルティは俺よりひとつ年下だった。つまり、俺が居なくなった辺りの頃に死んだことになる」
「そ、それじゃ、この映像の出来事から短期間の内に死んだってことですか!?」
「ああ、その可能性が高いな。記載されていなかったから、死因は不明だ」
病死だろうか。いや、この映像のルティさんは何らかの病気に罹っているとは思えないくらい健康そうに見える。
あまり想像はしたくないけど、ブレイカーに殺され―――。
「ん?誰か、シオン達のところに来るぜ?」
ソラスさんの言葉で、みんなの視線が映像に向けられる。
本当だ、ふたりのところに誰かやって来る。灰色のコートを着ている、背丈はシオンさんと変わらないくらいか?
後ろ姿で顔は見えないけど、おそらくは男性。頭髪はまるで雪のように真っ白だ。
「シオンさん、この人は―――シオンさん?」
シオンさんは目を見開いて、映像に映る白髪の男性の後ろ姿を見つめている。
一体、どうしたって言うんだ?この人、知り合いじゃないのか?
『大将、ルティ』
映像から聞こえてくる声。シオンさんの声じゃない、白髪の男性の声か?
声色からして、若い男性の声だ。年齢もシオンさんと同じくらいか?
ルティさんを呼び捨てにしてるのはともかく―――大将っていうのは、シオンさんのことかな?
『遅かったな』
『変異型ブレイカーを30体も相手にしたんじゃ、討伐に時間が掛かるよ』
「は!?」
「お、おい……こいつ、今何て言った?変異型ブレイカーを30体相手にしたとか言わなかったか?」
誰もが信じられない表情で顔を見合わせる。
当たり前だ。変異型ブレイカーは、名前の如くブレイカーの突然変異体。
その危険度は、下手をすればドラゴンを上回る。それを30体相手にするなんて正気の沙汰じゃない。
困惑するぼく達の気持ちなどお構いなしに、記憶映像の中のシオンさんと彼は会話を続けている。
『変異型の30体ぐらい余裕だろう。俺と唯一、互角に戦えるセイバーはお前だけなんだからな』
『互角じゃないよ。10回戦って6回は大将が勝つじゃないか。僕が大将に勝てるのは4回だけだよ』
え、何言ってんのこの人?聞き間違いじゃないよね?10回戦って4回はシオンさんに勝てるとか言わなかった?
この人外魔境な人に4回も勝てるって何?シオンさんに勝るとも劣らない化け物がもうひとり居たの?
『お前の帰りが遅いと、ルティが心配する。お前達の結婚式は式は来月なんだ、ルティの傍に居る時間を増やして安心させてやれ』
―――結婚式?結婚って、この白髪の人がルティさんの結婚相手ってこと?
益々頭が混乱する。話を聞く限りじゃ、この人はシオンさんと互角に戦えるほどの達人だ。
こんな強い人が傍に居て、ルティさんがそう易々と死ぬとは思えない。
一体、何があったと―――。
『分かってるよ、大将』
『それならいい、ロ―――』
記憶映像のシオンさんの言葉が完全に紡がれる前に、映像に砂嵐―――ノイズが発生した。
「お、おい……故障しちまったのか?」
「ソラスくん、これテレビじゃないよ」
「名前……」
「シオンさん?」
「あの白髪の男の名前は何だ?俺は、奴を何と呼ぼうとした?」
「シオンさん、どうしたんですか?あの白髪の人、知り合いなんじゃ……」
「思い出せん。あの男の名前も顔も全く」
思い出せない?シオンさんは、確か完全記憶能力の持ち主だった筈だ。
一度記憶したことを忘れないこの人が思い出せないってどういうことだ?
そうこう考えてる内に、記憶映像のノイズが消え、新しい映像に切り替わった。
「―――え」
映し出されたのは瓦礫の山。何処かの町と思われる場所。
周囲は炎に包まれ、地面には数え切れない死体と血の海が広がっていた。あまりの惨状に、アンリとカノン、アリス先輩は口元を押さえている。
映像とはいえ、あまりにも惨過ぎる光景だ。ぼくも、何とか吐き気を我慢して映像を見つめる。
死屍累々の惨状の中、炎の意刃を握るシオンさんの姿が映し出される。
彼の眼前には奇妙な現象が発生していた。空間に亀裂が生じているのだ。
「アル、これって……」
「うん、間違いないよ。シオンさんがぼく達の前に現れた時も空間に亀裂が生じていた」
「―――ってコトは、シオンくんはあの亀裂に入って現代に来たってワケだね」
「シオンさんのところに誰か来ます―――あれは、アヴェルの御先祖様でしょうか?」
カノンの言葉通り、空間の亀裂の前に立つシオンさんのところに御先祖様が駆け寄ってくる。
『シオン兄―――行くの?』
『ああ、行かなくてはならない。約束だからな……“あいつ”との』
『この先は何処に繋がっている分からない。下手したら戻って来れないかもしれないんだよ!?』
『その時は……お前が俺の跡を継いでくれ。この地にディアスの血を受け継ぐ者は俺とお前しか居ない』
『無理だよ、ぼくはシオン兄みたいに強くない……』
不安げな御先祖様の肩に、シオンさんが手を置く。
『自分を信じろ、お前は俺の自慢の弟だ』
『シオン兄……』
『達者でな』
シオンさんは、亀裂の中へと入っていく。記憶映像はそこで途切れた。
記憶石を地面に置くシオンさん。手を頭に当てて、考え込む。
「“あいつ”との約束……。誰だ、俺は誰かとの約束を果たす為にあの亀裂に入ったのか?」
「というか、途切れている部分があって全貌が掴めないですね」
確かに……白髪の人が登場した辺りの映像から、途切れている部分がある。いきなり、惨状の場面に切り替わったのだから。
それに、白髪の人の顔や名前が分からないのも気になる。
「……ロ」
「え?何ですか、シオンさん?」
「記憶映像の俺は、あの白髪の男の名前を呼ぼうとしていた。ノイズが入る直前に微かに聞こえたが、あの男の名前はロから始まる名前のようだ」
「ロ……ですか。ということは、500年前のセイバーでロから始まる名前の男性ってワケですね」
「うむ。加えて、白髪という特徴も含めてな」
ロから始まる名前、白髪の男性、年齢はシオンさんと同じくらいと考えると……23歳か24歳ってところかな?
なるほど、かなり限定されるな。そんな特徴を持った達人なら、アークシティの図書館や総本部に記録が残っているかもしれない。
視線をシオンさんに向けると、彼は無言のまま記憶石を見つめていた。
―――数日後、修行を終えたぼく達はアークシティに戻って来ました。
1週間抜けていたので、みんなキリキリ働いてセイバーの仕事に従事しています。
リューさんは、物凄い攻撃的笑顔で仕事を山のように押し付けてきました。特にザッシュさんに対して。
ああ、やっぱりこうなるんだなぁと思いながらブレイカーの討伐や町の巡回に繰り出す日々が再開する。
そんな中、空いた時間を利用して図書館や総本部で500年前のセイバーに関する資料を調べたのですが……。
総本部の資料室―――ぼくとカノン、レオさんで集めた資料に目を通す。
「ありませんね……」
「見当たらないなぁ……白髪でロから始まるセイバーの名前なんて」
シオンさんの記憶映像の中に映った、あの白髪の謎のセイバーに関する資料は全く見つかりません。
というよりも、もうひとつ気になっている点が―――。
「シオンさんに関する資料も殆ど無いんですよね」
「確かに……名前が記載されているだけだなぁ」
あまりにもおかしい。ぼくの御先祖様やメルトディス・ラングレイに関する資料はそれなりに見つかるのに、シオンさんに関する資料が全くと言っていいほど見つからないのはどういうことだろう?
見つかっても、シオンさんに関する活躍や功績は書いてない。名前だけしか記載されていない書物ばかりだ。
資料室の扉が開き、シオンさんが入って来た。町の巡回をしていたけど―――ああ、そうか。交代の時間になったのか。
「どうだ?何か見つかったか?」
「いえ、全然。ああ、実は気になってることが―――」
「俺に関する資料が見つからない……か?」
「そうです。何で、シオンさんに関する資料が無いんでしょうか?」
シオンさんは腕を組んで瞳を閉じる。何か思案しているのだろうか。
「……この町の図書館や総本部の資料室にも無いとすると、どうやら俺の予想は間違っていないらしいな」
「予想って、何ですか?」
「俺に関する記録や資料が“意図的”に抹消されているということだ」
「えぇ!?」
まさか、そんなワケ……いや、それしか考えられないかもしれない。シオンさんに関する記録や資料が見つからないのは“何者”かによって消されているから。
だから、何処を探しても見つかりっこないのか。一体、誰が彼の記録や資料を消したんだろう?
「ま、俺に関する記録や資料は機会があればでいい。俺が知りたいのは、あの白髪のセイバーに関してだ」
「ああ、そうでしたね」
「でも、見つからないんですよね。ロから始まる名前のセイバーは何人か見つかったんですけど、その中に白髪の人は居ませんね」
「ぬう……」
シオンさんはレオさんから資料を受け取り、目を通す。資料には500年前のセイバーで、ロから始まる名前の人達の名前が書かれている。
「……ここに記載されている面々の中に白髪の男は居ないな」
「確か、シオンさんは抜け落ちてる記憶があるんですよね?それと白髪のセイバーが何か関係あるんでしょうか?」
「可能性が高いな。抜け落ちている記憶は、あの白髪のセイバーに関することと500年前の戦いに関することだろうな」
500年前の戦い……それに関する資料も殆ど存在しない。スクールで習った授業でも、聞いたことが無い―――資料が残っていないと先生が言っているのを記憶している。
まさか、その戦いに関する資料も抹消されてるっていうのか……?一体、500年前に何が起きたんだ?
結局、何も分からず仕舞い―――ぼく達が、白髪のセイバーや500年前の戦いを知るのは暫く先になる。
―――500年前、炎の里グラム。町の各地では、新しい建物の建設が進められていた。
再建に慌ただしい最中、ディアス邸の執務室で書類を整理する少年の姿があった。
少年の名はアヴェル・ディアス。兄シオンの跡を継ぎ、後にディアス家当主として名を残すことになる。
兄に後事を託された彼は、慣れない書類仕事に四苦八苦しながらもペンを進めていく。
彼の頬には殴られた箇所が見られた。しかし、そんなことも気にせず作業を続ける。
仕事に集中する彼の耳に、執務室の扉を叩く音が聞こえて来た。
「―――アヴェルくん、入ってもいいかしら?」
「どうぞ」
素っ気ない声で返事をする。執務室に白金の髪の美女が入室した。
彼女はエリア・イグナード、アヴェルとは馴染み深い間柄の女性である。右手に薬箱を持っている。
「……アヴェルくん。アレスくんは里を出ていったわ。さっき、見送りをしてきたわ」
「ああ、そう」
興味など微塵も無い顔で、アヴェルは書類にサインしている。
よく知る少年の、今まで見たこともない冷たい態度に彼女は胸を締めつけられる思いだった。
ほんの少し前の彼とは別人ではないかと疑いそうになった。
「それで、エリアさんはどうするの?」
「え?」
「ここから去るの?去らないの?」
「……暫くは、里の人達の治療に従事するつもりよ。それはそうとして、頬の手当て」
「いいよ、別に。大したことないし」
「……アレスくんが怒って、あなたを殴るのも無理ないわよ。あの方に関する記録をひとつ残さず抹消するなんて言い出すんだから」
「……」
つい数時間前、アヴェルは共に剣を学んだ兄弟弟子だったアレス・ロンドに殴り飛ばされた。
その時の彼の言葉が脳裏を過る。
『お前を弟弟子と思うのも今日限りだ……ッ!二度とその面を見せるな!!』
自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……誰が何時、弟弟子になったんだよ。弟子の順番で言えば、ぼくが兄弟子だろ」
「アヴェルくん、何か理由があってのことだと思うけど―――教えてくれないの?」
「言えない」
「即答しなくていいでしょ。仮にも姉弟子に対して」
「妹弟子の間違いでしょ。一番弟子は―――」
「だったら、どうして実の兄の記録や資料を消すのよ!そんなことをする子に、あの方の一番弟子を名乗る資格なんてないわ!!」
声を荒げるエリア。我慢の限界だったのだろう、目の前の少年の態度に。
アヴェルは椅子から立ち上がった。そして、彼はある場所まで歩いて足を止める。
執務室に飾られている一枚の絵の前に彼は立つ。それにはアヴェルを含め、彼と親しかった人々が描かれている。
この絵は1年前に里に立ち寄った画家に頼んで、みんなが揃っている時に描いて貰った物だ。そして、完成したこの絵をシオンは執務室に飾った。
「ああ、それもそうだね。一番弟子なんて肩書も、もう必要ないな」
「……アヴェルくん?」
「もう必要ないんだ―――こんな物も必要ない」
アヴェルの右手に意力が集約され、炎の意刃が発現する。
一閃―――彼は意刃で絵を切り裂いた。壁に掛けられていた絵が真っ二つになって床に落ちる。
唖然としていたのは、ほんの数秒だっただろうか。エリアは我に返る―――アヴェルは床に落ちた絵を踏みつけていた。
何度も、何度も絵を踏みつける。まるで、過去を全て否定するかのように。
エリアは足元が崩れていくことを実感した。親しかった者達との絆を、アヴェルが躊躇いなく目の前で破壊した事実に。
彼女は無言のまま、執務室から出て行った。これ以上、その場に居たくなかったのだろう。
エリアの気配が微塵も感じられなくなって、アヴェルはバラバラにした絵の一部を拾い上げる。
「……こうするしかないんだ。どれだけ非難されてもいい、誰にも理解されなくていいんだ―――」
絵の一部を握り締める彼の瞳から流れ落ちる涙が床を濡らす。
この日を境に、先代当主シオン・ディアスに関するあらゆる記録や資料は抹消された。シオンの記録や資料を作ろうとする者、残そうとする者には厳罰が下された。
炎の里のみならず、大陸中央の各地でもシオンの記録抹消は徹底的に行われた。それを指示したのは―――シオンの盟友であったメルトディス・ラングレイだった。
何故、盟友の記録や痕跡を消す必要性があったのか?その理由をメルトディスは頑として語ることは無かった。
―――やがて、人々の記憶からシオンのことは忘れ去られていった。
・2022年02月10日/文章を加筆しました。
・2022年07月04日/文章を修正しました。
・2023年02月20日/文章を修正しました。
・2023年04月27日/文章を一部修正しました。
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