第29話『世界の在り方』


―――セイバー。それは、ブレイカーから牙無き人々を救う者。

おれ―――シオン・ディアスは、セイバーの名家であるディアス家に生まれたことを誇りに思うし、セイバーとして生きていくことに迷いはない。

だけど、ふと思う。おれが戦おうとしているブレイカー。

あの黒い意力を発する存在は、一体何処からやって来るんだろう?

10歳になって間もなく抱いた疑問。それが頭を占めて、鍛錬に身が入らない。

「あたっ!?」

「鍛錬中に考え事か?」

「親父、何時の間に!?」

頭をバシッと叩かれて、我に返る。

背後には何時の間にか当主である父―――シェイド・ディアスが立っていた。

気配を微塵も感じさせないなんて、我が父ながら恐ろしい人だ。

「ごめんごめん。実は気になることがあってさ」

「何だ?」

「いや、その―――ブレイカーって、何なのかなって。おれ達が戦う敵ってことは分かるんだけど、そもそも何処から出現しているんだろうって」

「ふむ……」

親父は腕を組んで瞳を閉じた。あれ、これって聞いちゃいけない質問だったのかな?

「シオン、お前も10歳になった。そろそろ教えてもいい頃だと思っていた」

「教えるって、何を?」

「我々の住む世界が、どのように成り立っているかをな」

「……?親父、それどういう意味?」

「と言っても、私も全てを知っているワケではない。父上から聞いた話や古い文献に記された内容を話すだけだ」

親父は語り始めた。この世界についての話を。

アースというこの世界のはひとつの世界ではなく、“現界”と“狭間”、“負界”という3つの世界で成り立っているという。

“現界”とは、白き意力を発する生命が生きる世界―――つまり、おれ達が生きるこの世界。

“狭間”とは、命を終えたものが辿り着く世界。早い話があの世のことらしい。その世界に留まる生命もあれば、その世界で長い年月を経て新しい生命に生まれ変わって、再び現界に生まれ落ちることもあるという。

強い意力を持った人間が死後に狭間から新たな生命として現界に戻ると、稀に前世の記憶を持って生まれることもあるらしい。そういう存在を“転生体”というそうだ。

「尤も、狭間に関しては本当かどうか判断しかねる。死後の世界というものは、実際に死んでみなければ確かめようがない」

「ま、そりゃそうだよな……。んじゃ、最後の負界っていうのは?」

「負界とは、現界に生きる生命が発する負の意力が流れ着く世界だ」

「負の意力……?」

「お前もよく知っている筈だ。“奴等”が発しているあの黒き意力だ」

「!?」

“奴等”が発する黒き意力という言葉に、おれはハッとさせられる。

黒き意力を発する存在なんて、思い浮かぶものはブレイカーしか居ない。

ちょっと待った―――今、親父は何て言った?現界に生きる生命が発する負の意力と言わなかったか?

「親父、負の意力は現界に生きる生命が発するって……まさか、ブレイカーはこの世界に生きるおれ達が生み出しているってこと!?」

「信じられないのも無理はない。私も、子供の頃に父上から聞かされた時に耳を疑った。しかし、事実だ。我々も負の意力―――あの黒い意力を発している」

ブレイカーは、この世界に生きる生命を脅かす忌むべき存在。命を懸けて、おれ達セイバーが斃さなくてはいけない。

そんな奴等を生み出しているのが、この世界で生きるおれ達自身だなんて……。

「負の意力というものは、生命の暗い感情を宿した意力のことだ」

「暗い感情って……?」

「憎悪、嫉妬、絶望と言えば分かりやすいか。誰かに憎しみや怒りを抱く、自身より優れた者を嫉む、全てを失い生きる希望を見失う……そういった感情を持つ者は、世界中の何処かに必ず存在する。そうした感情が負の意力として肉体から発せられ、負界に流れ着く。集積された負の意力は負界で様々な姿を形成し、現界に実体化する」

「じゃあ、集まった負の意力が実体化したものが……」

「そう、我々の宿敵といえるあのブレイカーだ」

ブレイカーが黒い意力で形成された存在であることは、子供の頃から親父や里のセイバーの人達によく聞かされていたし、家の書庫にある本に書かれていたのを読んだこともある。

だけど、その発生原因までは知らなかった。この世界に生きるおれ達の暗い感情が、奴等が出現する原因だったなんて考えたこともなかった。

―――待てよ?じゃあ、その負界という世界が無くなればブレイカーは出現しないんじゃないのか?

それを問う前に、親父が口を開いた。

「シオン、今こう考えていないか―――負界が無ければブレイカーは出現しない、と。残念だが、それは無い」

「え?何でだよ?」

「負界には負の意力が集積されると説明したな?では、負界が存在しなければ負の意力は何処に行く?まさか、勝手に消えるなどと思っているのか?」

言われてみれば……負界と呼ばれる世界があるからこそ、負の意力はそこに行き着く。

では、仮に負界が存在しない場合は負の意力は何処に行くのか?

暫し、思案した後におれは気付いた。

「負界が存在しない場合、負の意力はそのまま現界を漂う。負界じゃなくて、この現界で直接ブレイカーが形成されるってこと?」

「うむ……例えるなら、ブレイカーが大量発生する“活動期”が四六時中発生する状態に陥るだろうな」

活動期が四六時中発生するかもしれないという、その言葉に背筋がゾッとした。

ブレイカーが大量に出現する活動期というものが存在する。通常のブレイカーから災害クラス、変異型まで多種多様なブレイカーが一斉に人類に牙を剥く災厄のことだ。

しかし、それは数百年の間隔でしか起きない事態だ。

それが常時発生するなど、溜まったものじゃない。命がいくつあっても足りない。

つまるところ、負界という世界があるからこそ、ブレイカーの出現にはある程度のタイムラグが存在するということなのか。

「また、これは古い文献によるものだが、命を終えたものは狭間に辿り着く前に負の意力を濯がれるという」

「ということは、死んだ生命の負の意力も負界に流れていくってこと?」

「うむ、狭間が死後の世界ならば、そこにいらぬ諍いを持ち込ませない為に負界は存在するのかもしれんな。」

確かに、死んだ後でも諍いやら面倒事は勘弁してほしいものだ。

ふと、おれはあることが頭に浮かんだ。自分でも何故、そんなことを思い浮かべたのかが理解出来なかった。

だけど気になって、おれは思い切って親父に尋ねてみた。

「親父、もしもだけど―――濯ぎ落とせないくらい強い負の意力を宿した生命が狭間に行ったらどうなるの?」

「……あくまで仮説に過ぎんが、こんな話がある。あまりにも強すぎる負の意力を宿した生命が狭間に来た場合、即座に負界に流されるという。狭間は負の意力そのものを受け入れない世界である、と言われている」

負界に流される―――例えるなら、地獄に堕ちるってことなんだろう。負界というのがどういう世界かは分からないけど、生命の暗い感情が込められた意力が集まる場所だ。地獄と言っても差し支えないだろう。

ブレイカーが何処から来るのか、という疑問からとんでもない話を聞かされてしまったもんだ。

「シオン、如何なる世界であれ、我々はこの世界で生きていかなくてはならん」

「分かってるよ。おれだって、セイバーとして生きるって決めてるんだ」

「ふっ―――ならば、鍛錬の再開だ。セイバーとして前線に出るには強くならなくてはな」

「望むところだ!」

どんな世界であれ、ここがおれの生きる世界なんだ。

ブレイカーが人を襲うなら、命を懸けて戦うのがセイバーの宿命。

強くなって見せる、いつか親父や先祖達よりも強いセイバーになるんだ。










―――暗い、何処まで行っても闇しかない世界。

そこは、生命のあらゆる暗い感情が行き着く世界。即ち、負界と呼ばれる世界である。

負界を漂う負の意力が蠢き、次第に様々な姿を形成していく。

黒きもの、ブレイカーと呼ばれる現界に生きる生命を脅かす破壊者に。

『……い』

この世界に辿り着くのは、負の意力とあまりにも負の意力が強いゆえに狭間から弾き出された生命のみ。

狭間から弾き出された生命も、やがては完全な負の意力となってブレイカーへと変じる。

『憎い……』

だが、そんな世界にひとつだけ―――負の意力になることなく、狂ったように怨嗟の言葉を呟き続ける生命があった。

『ここに来て幾千年……まだ現れぬのか』

“それ”は渇望していた。自身をここから解放する為の何かを。

『……!』

何かを感じ取り、“それ”は双眸を開いた。赤い眼球と白銀の瞳という、あまりにも異様な眼をしていた。

手を前にかざすと、闇が裂けて光が差し込んできた。

見つめる先に広がる光景。そこは、この世のものとは思えない美しい世界であった。

豊かな自然、淀みなど全くない清らかな川が流れ、多くの生命が争うことなく、平和に暮らしている。

そこは死んだ生命が辿り着く“狭間”と呼ばれる世界。しかし、“それ”は平和に過ごしている者達には微塵も興味はない。

『おお……!』

“それ”は歓喜に満ちた。自身が求めるものを見つけた。

狭間からひとつの小さな光が天高く飛び立とうとしている。狭間に来た生命が長い年月を経て、新たな生命となって再び現界へ生まれ落ちようとしているのだ。

『漸く、漸く現れたか……待ち侘びたぞ、我が新たな“依り代”よ!』

新たな生命が狭間から現界へ出ようとした瞬間、空間が裂けた。

莫大という言葉すら生温い量の黒い意力を纏った光が、現界へと生まれ落ちる新たな生命の中に侵入していく。

『ククク……ハハハハハハハハハハハハッ!!』

狂気ともいえる哄笑が響く。狭間で平和を謳歌している者達は身震いした。

現界に何か恐るべきものが向かったと、本能で察した。

だが、彼等に“それ”を止める術は無い。ただ、見ていることしか出来なかった。



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