第35話『始まりの者達-意志の刃-』
数千年前―――大陸中央。赤髪の青年が、黄髪の青年と黒髪の和風な装いをした男、緑髪の少年と共に戦場を駆けていた。
彼等が戦う相手は同じ人間ではない。黒い光を発する異形の怪物―――黒きものと呼ばれる存在である。
数年前から世界中に出現した異形の怪物達は人類に牙を剥き、多くの人々が命を落としていた。
黒きもの達は生物ではない。意志エネルギーが実体化した存在なのだ。
通常の武器や兵器の類は効果が殆どなく、打つ手なしかと思われた。
しかし、そんな怪物に立ち向かう者達が居た。
自らの意志の力を、黒き者に対抗する術にしようと考えた研究者エリシャ・レインフィールとその教え子であるグラム・ディアスとアーサー・ラングレイ。
その3人に下に集う面々―――極東から来た武芸者ライカ・シンドウ、黒きものに家族を殺された子供ユーリア・イグナード、アシュレイ・ロンド、アスタル・ロンド。
7人が行動を共にするようになってから、1年半が経過しようとしていた。
黒きものに立ち向かう彼等の活躍は次第に人々の注目を集め、多くの若者達が黒きものに対抗する術を求めて教えを請いに来た。
7人だったメンバーは、今や100人近い大所帯となっていた。彼等の拠点である大学は、大学というよりも黒きもの討伐隊の前線基地として機能していた。
黒きものが跳梁跋扈する昨今、安全地帯などそうそうあるものではない。そんな中で、グラムの在籍する大学は安全地帯と認識をされていた。
何せ、ここには黒きものと戦う術を持った者達が居るのだから。
現在―――グラムは、アーサー、ライカ、アシュレイと共に黒きものの討伐に訪れていた。
自分達の後に続くアシュレイに目を配る。アシュレイは、双子の弟のアスタルと共に先日14歳になったばかり。
1年半前に比べて、背も高くなったものだ。それだけではない、彼は厳しい鍛練の末に意力を制御出来るようになった。
運動神経は悪くなかったが、最初の頃は基礎鍛練にすら満足についてこれなかったアシュレイ。それでも、彼は諦めようとせずに毎日ボロボロになるまでグラムやライカの指導を受け続けた。
心配になったユーリアとアスタルが止めに入ったこともある。しかし、彼はそれを突っ撥ねて鍛練に勤しんだ。
直向きな努力もあって、意力の制御に成功した時のアシュレイは声を上げて泣いていた。グラムは、彼の成長を嬉しく思った。
その後は武術の鍛練、障壁術、分身術の習得などを経て、2ヶ月前から黒きものの討伐に参加するようになった。
実戦で学ぶことはまだまだ多いが、これから先どれだけ伸びるか楽しみだ。
一方で、師であるエリシャの方にも大きな進展があった。彼女も漸く意力の制御に成功したのだ。
研究は得意だが、肉体労働は苦手な彼女は自分達とは異なる技術の習得を目指した。彼女は助手として、ユーリアとアスタルを傍に置いた。
このふたりもアシュレイと同じく、意力の制御に成功して意力を扱えるようになっている。但し、ふたりはあまり戦闘には向かないようだ。
そこで、エリシャが戦闘に参加するメンバーをサポートする為の技術を編み出す為にふたりに声を掛けたのだ。
彼女が考えた戦闘メンバーのサポート―――それは意力を用いた治癒術の開発。
戦闘に参加した人間が負傷した際、薬が尽きたり医者が居ない場合を考慮して治療手段の確立が必要不可欠とエリシャは判断した。
エリシャの助手となったユーリアとアスタルも同意したようで、3人は治癒術の開発に専念。
最初にその成果を見せたのはユーリアだった。彼女は黒きものに足を切断された子供の治療に成功。
後遺症もなく、リハビリを経て歩けるようになった子供の姿を見て、子供の母親はユーリアに何度も頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
意力の教えを請いに来た若者達も、少しずつ成長している。自分達の活動は、着実に実を結んでいる。
戦場を駆ける4人は黒きもの達を次々と仕留めていく。一掃し終え、周囲の索敵を行う。
意力による感知術―――黒きものが近辺に居ないか探る為に、ライカが考案した技術だ。
最初にライカ、次にグラムが習得した。アーサーは少し遅れて習得に成功。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
アシュレイは、まだ習得に至っていないようだ。彼は集中して意識を研ぎ澄ませている様子だったが、何も感じ取ることが出来なかったようだ。
がっくりと肩を落とす彼の肩にグラムが手を置く。
「そう気を落とすな、アシュレイ。実戦に出てからまだ2ヶ月だ、焦ることもないだろ?」
「すみません……」
1年半前は活発なやんちゃ坊主だったというのに、グラムとライカの厳しい鍛練を受けた影響もあってか、そういった面は大分鳴りを潜めた。
今、彼等が居る場所は大陸中央の無人地帯。時折、黒きものがこの周辺に出没するという話を受けて討伐に赴いたのだ。
人が近付くことが少ない場所だが、何処で誰が襲われるか分からない。誰かが襲われる前に、討伐するに越したことはない。
ふと、グラムの瞳に奇妙な物が映る。
「―――ん?」
「どうした、グラム?」
「いや、あの小高い山の上に見えるものは何かと思って……」
グラムの指差す方向に視線を向ける3人。
少し離れた場所に小高い山が見える。その頂上に何やら奇妙な物が―――あれは、一体何だろうか?
自らの直感が告げている―――あそこに行かなければならない、と。あそこには、何かがあるような気がする。
「少し、あの場所の様子を見てくる。みんなは―――」
「先に帰る気は無いぞ。友情に薄い奴とか思われたくないからな」
「そうそう」
「何が起きるか分からん。某達も向かおうぞ」
「やれやれ……」
苦笑しながらも、全員で向かうことにする。
徒歩で山の頂を目指す。距離はさほど離れておらず、それほど標高も高くない―――山頂にはすぐ到着した。
彼等の目の前には大きな石があった。大きさは5メートルほど、明らかに自然に出来たものとは思えない不思議な石だ。
「何だ、これ……?」
「大きな石だけど……人工物か何かか……?」
「ふむ……」
「―――」
不思議な石を眺める彼等。グラムは手を伸ばして石に触れてみる。
奇妙な感覚が彼を襲う。温かさのようなものを感じ取り―――彼の頭の中に声が聞こえた。
『力を求めるか』
「!?」
『力を求めるならば、己が意志の力を発して触れてみよ』
何だ、今の声は?頭の中に直接聞こえて―――己が意志の力を発して触れてみよ?
己が意志の力とは意力のことか?意力を発して、この石に触れろというのか?
声の主が誰かは分からない。しかし、グラムは何故かその言葉を信じてみようと思った。
肉体から意力を発する。グラムの突然の行動に目を丸くする3人。一体、何をするつもりだと困惑する。
意力を発したまま、石に触れてみる―――すると、グラムの指先が石の中に入っていく。
唖然とした表情になる3人。すぐに正気を取り戻したのはアーサーだった。
「お、おい、グラム!?そ、それ……」
「……意力を発していると、この石の中に入れるみたいだな」
「は!?は、入れるって!!?」
「……その石の中に何かがあるというのか、グラムよ?」
「調べてくる」
「あ、おい!」
アーサーの制止も聞かず、グラムは石の中に入っていた。
目の前からグラムが消えて、沈黙する3人だったが―――。
「ええい!こうなればやってやる!僕も行くぞ!」
「だ、大丈夫かな……?」
「グラムのことが気掛かりだ、赴こうぞ」
3人も意力を発して、同時に石の中へと入って行った。
入った先に広がっていたのは見慣れぬ光景。空中に幾つもの島が浮かんでいる奇怪な場所だった。
「……え?」
「ここ、何処……?」
「白昼夢か……?」
流石の3人も、予想外過ぎる展開に我が目を疑っていた。
先に入ったグラムは、周囲を見回していた。そして、自分の両手を見つめる。
「グラム―――」
「みんな、気付いたか?」
「え?気付いたって何に?」
「この場所、意力が物凄く濃密なんだ。俺達の身体の中の意力が活性化するほどに」
言われてみれば―――アーサー達も自身の意力が活性化していることに気付いた。
この奇妙な空間、自分達が何時も居る世界とは比較にならないほど意力に満ちている。
「ここ、修行に適している場所かもしれないな。ここで修行すれば、もっと意力を上手く扱えるようになるかもしれない」
「どうする?エリシャ先生に連絡するか?」
「ああ、頼む」
アーサーは通信機を取り出し、エリシャに連絡するが……通じない。
きょろきょろと周囲を見回して、自分達の背後にあの不思議な石があることに気付く。
「もしかして、ここ本当に現実じゃないんじゃ……」
「と、とりあえず同じ石がある。意力を発して触れてみよう」
4人は再び意力を発して石の中に入っていく。出口はあの山の山頂―――石の前だった。
「も、戻れた……よ、よかった」
「ん、通信機が正常に動く。先生と連絡が取れそうだ」
アーサーは通信機でエリシャと連絡を取った。
暫くして、エリシャがユーリア、アスタルを伴って山頂に駆けつけた。
グラム達に促され、彼女達も意力を発して石の中に入っていく。
到着した不可思議空間。唖然とするユーリアとアスタル、正反対に好奇心に瞳を輝かせるエリシャ。
「す、凄い……ここ、本当に別世界かもしれないよ!」
「べ、別世界って……た、確かに空中に島が浮いてる時点で普通じゃないとは思ってましたけど」
昂奮して、不可思議空間を見回すエリシャ。グラムは彼女に質問する。
「先生、この世界って意力の濃度が非常に濃密なんです。修行とかに適してるんじゃないですか?」
「うん、確かに私達の世界とは意力の濃度が段違いだね。ここで修行すれば、現実で修行するよりも効果が高いかも……あれ?」
「先生、どうしたんですか?」
「い、いやさ……何かあの島がこっちに向かって来てない?」
「え?」
全員がエリシャの指差す方向に視線を向ける。彼女の言う通りだった。
浮遊している島のひとつが、こちらに向かって飛んで来る。島は彼等の頭上で止まる。
そして、トンデモないスピードで地上に降下し始める。突然の緊急事態に驚く一同。
「は!?いやいやいや、どういうこと!!?」
「いかん、逃げろ!」
全員がその場から急いで離れる。島の降下は止まらない。
と、何やら島に変化が起き始めた。島の面積が地面に近付くにつれてどんどん小さくなっていくではないか。
それだけではない、何やら形状も変化している。目の前の異変に驚きを隠せない一同だが、今はとにかく安全圏まで退避する。
ズシンという轟音と共に、降下した浮遊島―――否、既にその形状は島ではない。巨大な扉が降下地点に出現していた。
「し、島が扉に変化した……?」
奇怪な状況に、誰もが困惑する。そんな中、ひとりだけ怖いもの知らずが居た。
グラムは扉の前まで歩き、扉に触れる。扉は大きな音を立てて開いた。
「ふむ、中はどうなっているんだろうな」
「お、おい、グラム!迂闊に―――」
アーサーが止める間もなく、彼は中に足を踏み入れてしまう。
グラムが扉の先に足を進めると、扉がひとりでに閉じた。他の面々が慌てて扉を開こうとするが―――。
「あ、開かない!?」
扉を開けようとするも、ビクともしない。
焦る仲間達とは対照的に、扉の中に入ったグラムは興味深そうに内部を探索する。
内部は闘技場のような場所だった。大昔、戦士達が技を競い合った場所だろうか?
「―――!」
前方に意力を感知し、愛用の長剣を鞘から抜いた。何かがやって来る、黒きものではないようだが―――。
足音が聞こえてくる。緊張感が増し、頬から汗が伝う。
―――強い、この先からやって来る何者かは相当の手練れのようだ。姿はまだ見えないが、ビリビリとした空気が肌に伝わってくる。
剣を構え、迎撃態勢に入る。やって来たのはひとりの老人だった、その手にはグラムが握る物と似通った長剣が握られている。
思わず、老人の顔を凝視した。見覚えがあるどころではない、何故ならその老人は―――。
「爺……さん?」
震える声で呟く。眼前に現れた老人は、グラムの亡くなった祖父であった。
そんな筈はない―――祖父は確かに死んだ。葬儀も行い、火葬もしたのだ。
生きているワケが……と、呆然とする彼に向って祖父は斬撃を繰り出した。グラムの身体は即座に反応し、自らの剣で受け止めていた。
「爺さん……ッ。やめろ、俺が分からないのか!?」
必死の形相で訴えるも、祖父の表情に一切の変化はなかった。
祖父は再び斬撃を繰り出す。今度は剣で受け止めずに後方に跳んで回避した。
向こうが本気だと悟り、グラムも反撃に転じる。両者は激しく斬り合い、激しい攻防を繰り広げる。
互角の戦いを繰り広げていたが、次第にグラムが劣勢に追いやられていく。
グラムの祖父は剣術の達人だった。今のグラムよりも腕前は上かもしれない。
幼少期から何度も挑んでは負け続けてきた。祖父から1本取ることは出来なかった。
けたたましい金属音が響き、グラムの剣が弾き飛ばされる。不味い―――やられる、祖父の剣が迫る。
剣が眼前に迫る直前―――グラムの脳裏に過る光景があった。アーサーやエリシャ達、共に戦う仲間達の姿。
死ねない、こんなところで死んで堪るか―――ッ!みんなと共に黒きものと戦うことを誓ったのだ、死ぬワケにはいかない。
グラムは何も握っていない手に意力を込めていた。込められた意力が剣のような形状を象る。
無意識にそれを眼前に繰り出し、祖父の剣を止めた。剣の形状に象られた意力は次第に、本物の剣の姿へと変化する。
グラムはそんなことに気付かず、斬撃を繰り出して祖父を逆に圧倒していく。
「爺さん―――今、俺はアンタを超える」
グラムの放った渾身の一撃が、彼の祖父を真っ二つに斬り裂いた。
祖父は満足げな表情を浮かべて消えていった。やはり、あれは本物の祖父では無かったのか……?
だが、最期に見せた表情には温かさのようなものを感じた。
呼吸を整え、自分の手に握られている剣を見つめる。愛用している長剣は後方の地面に突き刺さっていた。
では、今の自分が握っているこの剣は?一体、何処から出現したのだろう?
いや、そもそもこの剣から感じる力―――これは、意力?まさか、この剣は金属ではなく、自らの意力で作り出したものなのか?
偶然かもしれないが、意力の新しい使い方を見つけることが出来た。エリシャに報告すれば、昂奮しそうだなと苦笑する。
「ん?」
視線を前方に向けると、扉が見えた。入って来たものと同じだ。
扉に触れると、音を立てて開く。その先には仲間達の姿があった。
「グラム、無事か!?」
「ああ、何とかな。えらい目に遭った、死んだ爺さんと戦う羽目になるとはな」
「え―――お爺さんと!?」
アーサーは驚きの声を上げる。彼もグラムの祖父から教えを受けた身だ。
当然、グラムの祖父の葬儀には参列していた。死んだ筈の人間が現れたことに、困惑の表情を浮かべる。
「もしかしたら、あの扉は何らかの試練を与える為のものなのかもしれないな」
そう言って、グラムは右手に意力を込める。込められた意力が形状変化し―――長剣が出現した。
突然、剣が出現したことに目を剥く一同。ひとりだけ、異なる反応を示した人間が。
言うまでもなく、エリシャだった。彼女は教え子が出現させた剣をまじまじと見つめる。
「ぐ、グラムくん!こ、この剣って―――」
「ええ、俺の意力で作り出した剣です。爺さんとの戦いの最中に出現したんです」
「う、意力で作り出した武器……す、凄いよ!」
意力の新たなる可能性を発見した教え子に、エリシャは瞳を輝かせながら感激していた。
これが、己が意志の力で作り出す刃―――後に意刃と呼ばれる武器が初めて確認された瞬間であった。
―――同日、政府の研究施設。
地下8階にある巨大なカプセルの中に、白髪の少年が眠っていた。
カプセル内は液体で満たされ、ゴポゴポという水音が聞こえている。
少年は15歳くらいに見える。しかし、この少年が誕生したのはおよそ1年半前。
この世に生まれて、まだ2年にも満たない幼子なのだ。政府の研究者レクス・ブライは、カプセルを見つめる。
「誕生から1年半―――そろそろ頃合いだな」
レクスは機器を操作して、カプセルの液体を排出する準備を始めた。
数分後、カプセル内の液体が全て抜かれた。同時に、カプセルの蓋が開き、中に入っていた少年の身体が露わになる。
目覚めたばかりの少年は眩しそうに瞼を開く。レクスは、少年の手を取る。
「おはよう、我が息子よ」
「息子……」
「そうだ、私はお前の父―――私の息子だ」
「父……」
「お前に名を与えよう―――カムル、お前の名はカムルだ」
「カム、ル……」
鬼才と名高い研究者レクス・ブライ。眼前に居る少年は、彼の研究成果の結晶といえる存在。
これが、造られた命―――カムルと名付けられた少年の始まりであった。
・2023年05月18日/脱字を修正しました。
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