『科学と魔法と――』
――― 記憶の落し物(その4) ―――
あれからしばらくして零司は呼ばれたこともあり、ユーティリアと共にリヴェイアの執務室にいた。
今後のことを話し合う為だが、零司としては凄く居心地が悪い。
理由は2つ。1つ目はレグナードのことだ。紆余曲折はあったとはいえレグナードと手を組むことになった。
正確には違うのだが、零司としてはそれがとても言い出しづらい。
手を組んだ経緯もそうだが、組織に居残る為とはいえレグナードはユーティリア誘拐に関与している。
そんな者と仲良くしてくれとはまず言えない。もう1つがユーティリアの様子だ。
リヴェイアこそ飄々としていたが、ユーティリアは先程よりも落ち込んでいるように見えた。
何があったのかわからないが、今の様子では確かめるのは更に無理だろうと判断する。
その2つが理由で、零司としては居心地が悪かったのだ。
それに暴食者のこともどうやって切り出すべきかで悩んだ。
半ば押しつけられた形になったが、それでもレグナードの話を聞く限りではシーアークに現れる可能性が高い。
そうなれば対処しなければならないのだが――
先程の理由もあるが、そんなことを今ここで言い出せばあらぬ疑いを掛けられる可能性もある。
なにしろ、ユーティリアを追っている組織の人間からもたらされた情報だ。暴食者のことを言えば、当然そのことも話さなければならない。
それをユーティリアとリヴェイアが聞いたらどう思うか? それが先程の疑いの話になるのである。
「そういうことなんだけど――って、話聞いてる?」
「え? あ、ああ。大丈夫、聞いてはいるよ」
その様子に気付いたリヴェイアに訝しげな顔をされるが、零司はなんとか返事をした。
といっても、苦笑混じりではあったが。
とりあえず、リヴェイアが言っていたことは昨日とあまり変わらない。
ただ、封印の調査方法をどうするかで議論することになりそうだったが。
なにしろ、封印がなんなのかほとんど情報が無く、そのせいで探すのが困難――というか、ほぼ不可能という状態。
それに封印と呼ばれる物がシーアークから魔導馬車で3日以内の所に最低でも百以上あるのだ。
追跡調査で直接調べる数は減らせるが、それもどこまで減らせるか現段階ではわからないという状況でもある。
それに調べるにしても、その為の人員をどうするかも問題があった。
何か問題になるかもしれないので調べますだけでは人員を動かすことは出来ない。
なまじ、組織となると明確な理由でも無い限りは無理だった。
「他に何か覚えてないのか? 例えばだけど、自分達の故郷の近くにあるとかさ」
「そんなのだったら、とっくの昔に調べてるわ――」
とりあえず何か言った方がいいかと思って発言する零司だが、リヴェイアはそれに答えようとしてなぜか固まる。
その様子に零司は首を傾げるが、リヴェイアはなぜか訝しげな顔をしているだけだった。
「どうか……したのか?」
「いえ、封印に関する記憶を消したせいか、自分の故郷のこととかも思い出せなくなってるみたい。
まぁ、いいわ。どうせ、ろくな記憶じゃないだろうし」
そのことに思わず不安になる零司だが、リヴェイアはいつもの調子に戻って答えていた。
なにしろ、『神類』は『魔法側が創り出した兵器』なのだ。当然、自分もそうなのだろうとリヴェイアは考えたのである。
それに兵器というのもおかしなことだとは思いつつもどうせ碌でもないことだと思い、それ以上のことは考えなかったが。
そのリヴェイアの返事を聞いて顔を引きつらせる零司の横でユーティリアは悩んでいた。
今の話で自分も故郷のことが思い出せないことに気付いたのだが、ユーティリアの場合はちょっと違っていた。
というのも――
(なにかが、おかしいのですの……私は……どこで生まれたんですの?)
何か重要な意味があるような気がしてしまったのである。
ユーティリアも『神類』は『魔法側が創り出した兵器』という常識はわかっている。
わかっているのだが、どうにも首を傾げてしまうのだ。何かがおかしいと感じて。
しかし、その何かがなんなのかがわからない。でも、重要な気がして、どうしても考えてしまう。
「まぁ、今は封印の場所をどう調べるかだけど、ちょっとした考えがあって――」
「大変ですぅ!?」
とりあえず本題を始めようとしたリヴェイアだったが、それを遮る形でフィオネが扉を勢い良く開けて飛び込んできた。
「どうしたのよ、そんなに慌てて?」
「そ、それがぁ〜、シーアークの郊外で見たことも無い生物が暴れ回ってるんですぅ!?」
「なんですって?」
慌て続けるフィオナの言葉に、怪訝な顔をしていたリヴェイアは途端に鋭い目つきになる。
そのせいか、来たのかと顔を引きつらせた零司には気付いてなかったが。
「生物なのね? 神類じゃなくて?」
「はいぃ!? エーテル反応もちゃんと調べました。でも、なんか変なんです!?」
「変? 変って、何が?」
ほぼ涙目になってるフィオナの返事に、問い掛けたリヴェイアは怪訝な顔をした。
ちなみにリヴェイアが最初にした確認はアルンカンシェラは当然のことであった。
前にも話したと思うが野良神類は異種交配が進んでいて、数年単位で新種が見つかる状況にある。
逆に生物は新種が見つかることは滅多になく、アルンカンシェラにいる生物は調べられる限り調べ尽くされたと言っていい。
なので、見たことも無いと聞いて新種の神類を疑ったのだが――
「はいぃ……エーテル反応から見て生物には間違い無いんですけどぉ、エーテル値がありえない位に高いんですぅ……
少なくともシュヴァリエクラスはあるかと――」
「え?」「はぁ!?」
フィオナの言葉を聞いてユーティリアが顔を向け、リヴェイアも驚いた顔を向ける。
シュヴァリエといえば数自体は少ないとはいえ『降神戦争』から生きている神類が存在するクラスだ。
そして、それだけのエーテルを持つ生物は基本的にありえない。
これは生物と神類の成り立ちが違うせいでもあるのだが――その辺りの説明は機会があったらしておこう。
このことにリヴェイアは思案する仕草を見せるが、一方で零司は焦りをにじませていた。
(時間はないとは思っていたけど……早すぎる……)
話でその生物が暴食者であるのはほぼ間違い無いと思った。問題なのは聞いた時よりもやばそうな気がしてならないことだ。
漠然とした不安だが、明らかに悪い流れであるのは間違いはなさそうであったが。
「現場に行った方が良さそうね。悪いけど付いてきてもらえる? もしかしたら、手伝ってもらうことになりそうだから」
「あ、ああ、了解した」
リヴェイアの提案に零司はどもりながら答えてしまうが、状況が状況だったせいかリヴェイアやユーティリアは気付いた様子を見せない。
というより、一刻も早く確認をと思ったのだ。その為、フィオナの案内の元3人は現場に向かう事にした。
「なんで……あいつがいるのよ……」
そして、現場に着いた途端にリヴェイアは顔をしかめてしまう。
正確には生物が暴れてる所見れる高い建物の屋上なのだが、その生物を見てリヴェイアは今の反応を見せたのだ。
ちなみに生物の姿はハッキリ言ってしまうと無機質だった。
大人2人分くらいありそうな高さに石でも詰まっているのではないかと思えるくらいの筋肉の塊。
肌は青白くいびつな部分があり、体毛の類は一切見当たらなかった。
瞳に瞳孔は無く、深緑のエメラルドがはめ込まれているようにも見える眼球が3つ、両目と額と思われる部分にそれぞれ輝いていた
そして、その巨大な口は魚のひれのような形をした耳まで避けており、歯は牙だらけ……ちょうど鮫のような形をしていた。
「知ってる……のか?」
「まぁ、ある程度はって所だけど……科学側が創り出した最悪の生体兵器だってのは知ってるわ」
「最悪……か」
顔をしかめたままのリヴェイアの返事に零司はまともに顔を引きつらせるが、その暴れっぷりを見れば否定する気も起きない。
暴食者が通った後は木々はなぎ倒され、おびただしい量の野生動物の『血痕』が散らばっている。
死体すらないのは……全て喰らい尽くされているからだろう。
その光景に零司は強い怒りが湧き上がり、握りこぶしを作る。
明らかにマズイ。色んな意味でマズイ。そう思える雰囲気が見える光景とリヴェイアからも感じ取れた。
「フィオナ、守衛とかを務めてる神類は全員下がらせて。神類があれに捕まったらマズイから。
それと誰でもいいから局地魔法を使えるのを集めて。直接攻撃してもあまり意味が無いはずだから」
「は、はいぃ!?」
それでも真剣な顔付きになって指示を出すリヴェイアにフィオナは慌てながらも従い、実行する為に走り去っていく。
そこで零司はあることに気付いた。リヴェイアの指示はある意味当然だとは思う。思うのだが――
「……こんなこと聞くのも変だけど、リヴェイアは戦わないのか? それにユーティも含めれば戦力は十二分だと思うんだけど」
それで気になったことを聞いてみる。
ユーティリアが以前あれだけの強さを見せたのだから、友であるリヴェイアも強いのでは?という勝手な思い込みだったが。
それにユーティリアの強さも以前の騒ぎで見ている。
あの暴食者がどれ程の強さかはわからないが、倒せるかは別にしてもかなりの戦いが出来るのではと思ったのだ。
「こんな時に言うのもなんだけど、私は昔の怪我が原因で今はろくに力が使えないのよ。ユーティリアは――」
「そういえばって、え!?」
どこかつらそうな顔をして答えるリヴェイアだったが、そのことで零司はユーティリアが静かなことに気付いた。
それでどうしたのかと振り向いてみて、驚くはめとなった。
「あ、ああ……」
というのもユーティリアは両手で自らの体をかかえながらしゃがみ込み、何かに耐えるように歯を食いしばっていた。
あまりにも意外すぎる状態に零司としても驚くしかなかったのだ。
「ど、どういうこと?」
「彼女、暴食者が苦手なの。昔、ちょっとあってね」
戸惑う零司にリヴェイアは額に人差し指を当てつつ、しかめた顔で答えていた。
気付いた方もいるかもしれないが、昔リヴェイアに重傷を負わせてしまった時に戦っていたのが暴食者だったのだ。
それ以来、ユーティリアは暴食者に出会うたびリヴェイアにしてしまったこと……
そしてあの生物がもたらした『災害』を思い出し、恐怖で何も出来なくなってしまう。
これがユーティリア達が隠れて行動するようになった一端なのだが……一方、この事実に零司としても厳しかった。
ユーティリアが戦えないとは思っていなかったのもあるが、戦力がここまで不安になるとは思わなかったのが大きい。
別に他の魔法使いや神類に文句があるわけではない。ただ、コレまでに聞いた暴食者の能力と今の状況を見る限りでは暴食者相手には厳しいように見える。
「やばい相手なのか?」
「ええ、暴食者のほとんどはエーテルを喰うから神類にとっては天敵よ。
しかも、あいつはかなり頑丈な上に再生能力持ち……シーアークは研究機関みたいな物だから、強い魔法使える人が少ないのよね」
深いため息と共に答えるリヴェイアの言葉に零司は罪悪感が募る。別に零司が悪いわけではない。
しかし、レグナードから話を聞いていただけに、すぐに話していれば何かしらの対策が出来たのではと思ってしまうのだ。
「なぁ、とか火薬とかあるか?」
「え?」
それ故に零司はそんなことを言い出す。それに対してリヴェイアは訝しげな顔をしていたが。
零司は元々遺跡発掘の現場から飛ばされたのだ。信管などの機材は手持ちの荷物の中に含まれ、発破用の技術もある程度は持っていた。
どう考えても直接戦闘が出来るような相手ではないが、火薬があれば倒せるかは別にしても傷くらいは付けられると思ったのだ。
「俺も何とか戦う……その為に火薬がいる」
罪滅ぼしというわけではないが、何かせずにはいられなかった。何より、かの生物が通った後の惨状を見て何もしないでいることなど出来はしなかった。
あれが都市部に入れば血の海になるのは想像に難く、零司はそれがどうにも我慢できなかったのだ。
しかし、その問い掛けにリヴェイアは沈痛な面持ちで首を横に振っていた。
「大砲用の火薬はあるにはあるけど質はそれほど高くはないわ。錬成で質を上げることは出来るけどすぐには……
それに出来たとしてもあいつに通じるかは別問題だしね」
「そうか……」
リヴェイアの返事に零司は考え込んでしまう。リヴェイアの話もわからなくはない。
大砲に使えるなら威力はそれなりにあるだろうが、それなりにではあの暴食者に通じるかは不安だ。
ならば他に方法は無いかと考えて――零司はあることを思いつく。しかし、問題はどう実行していくかだった。
「なぁ、頼みがあるんだけど――」
その思い付きを話す零司だが、リヴェイアは渋い顔をしていた。
方法としては悪くは無いし、実行も可能だ。だが、問題は――
「でも、用意に時間が掛かるわ。それまで守衛が保てばいいんだけど……」
渋い顔で話すリヴェイアだったが、その話に零司も渋い顔をする。零司が考えた方法は実行は可能なのだが、準備に時間が掛かる。
それほど長い時間掛かるわけではないが、それまでに守衛らが保つかどうかが問題であった。
「わかった。俺もあいつの足止めに参加する。代わりと言っちゃなんだが、頑丈な剣か棒はないか?」
「武器の方はすぐに用意出来るけど……危険よ? 下手すれば怪我じゃ済まなくなるわ」
零司の言葉にリヴェイアは渋い顔をしながら問い掛ける。なにしろ、暴食者の強さは半端では無い。
今も守衛の何人かが腕の一振りで突き飛ばされていた。だから、ただ向かってもダメだと思ったのだ。
もっとも、それは零司だってわかっている。わかっているからこその言葉だった。
それに武器もエーテルが使えない以上、自分が持っている物は頑丈な棒でしかなくなる。
だったら、別に武器を持った方がいいと考えた故の言葉だった。
「わかってる。だけど、ただ見てるわけにもいかないよ。こんなんが居るんじゃ」
遠くの暴食者を睨み付け答える零司だが、本音を言えば罪悪感も多分に含んでいた。
なにしろ、事態を知っていたのだ。なのに、何も出来ないままでこんなことになってしまった。
少なくとも零司としてはそう考えている。もっとも、彼に罪があるか無いかで言えば、ほとんど無いのだが。
というのも、零司もある意味巻き込まれた側。それに事態を知ったのも起きる少し前だ。
だから、例え話したとしても対策が取れたかは疑問が残る。まぁ、零司としてはそうは思わないのだろうが。
「はぁ……守衛達との連携はちゃんと取って。
それと、あと少しで迎撃態勢が整うわ。迎撃と言っても足止めが出来れば御の字でしょうけどね。
だから、こちらの指示は聞き逃さないように。局地魔法と言っても、威力範囲は結構あるから」
「ああ……了解した」
リヴェイアの指示にうなずく零司。理由は罪悪感からだが、だからといって無茶をする気は無い。
彼自身に暴食者を打倒する手は無く、彼が考えた手段も通じるが微妙な所だ。
その辺りは本当に頭が痛い所だが、ただ見守るだけでいる気は毛頭なかった。
そして、罪悪感とは別に、何かが零司の中で引っかかっていた。暴食者は自分が何とかしなければいけないと言う囁きが、心の中で反復していた。
ともかく、今は手段が使えるようになるまで――その為に零司は武器が届くのを待つのであった。
「まったく、別にあなたが出る必要も無いんだけど……まぁ、助かると言えば助かるけどね。
だから、あなたも怖がってばかりいないで、ちゃんと前を見なさい」
「あ、う、うう……」
ため息混じりにぼやくリヴェイアであったが、未だに怯えるユーティリアに思わず苦言を呈した。
そのユーティリアは怯えながらも顔を上げ、零司の姿を見る。
彼女には、戦場を見据える零司の背中が何故か大きく見えて……だからだろうか? 恐怖が少しだけ和らいだのだった。
あとがき
■
ども、匿名希望改めDRTです。意外と気付かれないもんだなと思いました。
それはそれとして、今回のお話はどうでしたでしょうか?
一応、シリアスを目指してみたつもりです。うん、なってるか不安だ。
次回はいよいよ暴食者との戦闘です。援護はあるものの零司はどう戦っていくのか?
そして、零司が思いついた方法とは? 今回の章の終盤も近付いております。
そんなわけで次回、またお会いしましょう。
■
どうもこんばんは、今回の章はほとんど仕事できてないキ之助です。
何度も無理言って話の方向を少し変更していただきました。
うん、もっと仕事しなきゃダメッスね。ガンバル。
ではでは今日はこの辺で
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