『科学と魔法と――』
――― 彷徨う者達の道標(その1) ―――
「あいつとの出会いは――そうだな。かれこれ12年前になるな」
手にしたコーヒーカップを揺らしながら、クリスは昔を振り返り始める。
だが、その表情は懐かしさよりも複雑さを感じさせるような表情であったことに気付いたリヴェイアは訝しげな顔をしていたが。
「まず最初に私の職業は考古学者だということは頭に入れておいて欲しい。
目的は歴史の探求とロストテクノロジーのサルベージによる社会及び生活基盤の向上だ。遺跡に潜って発掘作業や様々な調査をしている」
「零司の上司でもあるんですのね」
クリスの話がこれまでの零司に聞いた話と合致することをユーティリアは改めて確認する。
零司によれば遺跡の調査にはそこそこに大規模な集団が結成する必要があり、隊員個々の戦闘能力も求められるという。
というのも発掘隊の調査対象は便宜上『遺跡』とは呼ばれているが、人類最盛期の科学技術の粋を集めて建造された施設ばかりである。
その為、発掘の価値のある技術とは得てして高レベルのセキュリティーによって護られているそうなのだ。
そして、そのセキュリティーを破るにはそれ相応な技術や行動力が必要となる。
また、遺跡周辺や内部を巣にしている野生の神類が存在する場所も存在しており、時にはそれらを突破する戦闘力も必要となる。
そういった理由を踏まえると零司の戦闘能力は頷けるものがあった。
それと同時に零司が師と仰ぐ目の前の女性は、その何倍も強いのだろうと察する事が出来た。
「私はとある遺跡の発掘調査のメインダイバーとして遺跡に潜り込んだ。
普通の遺跡であれば、『最下級眷属』の巣窟になっているんだが、その施設は最近発見されたばかりだった。
保存状態は極めて良好で、自治体との手続きが済んでいよいよ調査に踏み切って中に入った時――」
そこまで話してから、クリスは一息吐くとカップのコーヒーを口に含んだ。
その様子にユーティリアとリヴェイアは息を呑んだ。いったい、何があったのかと思って・
「エントランスに当たるであろう広場に子供が倒れていた。それが零司だった」
「遺跡の中に……倒れていた?」
意外なその邂逅にユーティリアが思わず問い返してしまう。
そこに子供が倒れていた。それだけでもおかしなことだ。更におかしなのは遺跡という場所にいたこと。
それを考えるとおかしいといえばおかしかった。
「あぁ、最初は現地人の子供が紛れ込んでいたのだと思ったが誰もその子のことを知らない。
そして、その子はそもそも私達と意思の疎通が出来なかった」
「どういうことですの?」
「喋れなかったんだ。言葉を知らないのか、全くと言っていいほど。ちゃんと意思の疎通が出来るようになったのは、それから数ヶ月を要したな」
クリスは懐かしむような遠い目を窓の外の零司へと視線を投げかける。
その様子を見て、問い掛けたユーティリアは何かを感じ取った。そう、それは――
「彼を引き取って育ましたの?」
一言、ユーティリアは問い掛ける。クリスのその表情からうかがい知れるのは憂いだと感じたから。
きっと色々あったのだろう――と……
「そうだ……私は元々色々な子を引き取っていたし、勉強を教えるのも嫌いじゃなかったからな」
「ふ〜ん」
懐かしむように答えるクリスだが、リヴェイアは今までの話に腑に落ちないものを感じで訝しげな顔をしてしまう。
しかし、それがなんなのかまではわからず、問い掛けることは出来なかったのだが。
「零司が人並みに生活が出来るようになる前も後にも色々あったが……まぁ、割愛する」
「その色々のところが一番気になりますのに……」
クリスの若干面倒くさそうな雰囲気を感じ取ったユーティリアは不満そうな視線を向ける。
もっとも、クリスはその視線に気付いていたが、苦笑ながらも話題を次ぎへと進めた。
「まぁ、私にとっては過去の話そのものに意味はない。
過去に起こった事をどう明日に生かすか。コレが歴史を知るということの本質だと思う。
零司の出自は私にもはっきりした事がわからないが。まぁ、零司が何であれ私にとってはどうでもいいことなんだが」
「どうでもいい……ですの」
クリスのどうでもいいの言葉にユーティリアはネガティヴな意味を感じなかった。
零司の全てを受け入れる。クリスの言いたいこととはつまりはそういうことになるのだろう。
そして、ユーティリアは己とクリスの器量の違いを感じ取り、言いようも無い不安を覚え始めた。
これまでの説明でクリスは波乱万丈の生を送ってきたことを伺わせている。
自分より若いであろう彼女は長きに渡り歴史を探求し、多くの人を育て、見識を広め、そして心身共に鍛えている。
対して自分はと言えば、狭い集落の中で怠惰をむさぼっていただけの気がしてならなかった。
実際には村を守護したり広大な範囲にわたり豊穣の加護を与えたり、狭い地域とはいえ土着神として長きにわたり多くの人々を育んでいたのだが。
それはあくまで自分の『生態』の副産物であり、決して能動的なものとは言えなかったものだけに実際に行った事が頭の中から追いやられていた。
そして、ユーティリアにとってさらわれかけた後の日々が非常に密度の高いものだっただけに、それ以前の生活に実感が持てなくなっていったのだ。
そんな漠然とした不安を抱えたユーティリアの表情を見たリヴェイアは、ため息を吐きつつ話題を変える事にした。
「そういえば、彼には姉がいるって言ってたけど、その子は?」
「同じ時期に引き取り育ててた子だな。もし上手く会えれば紹介させてもらおうと思う。本人がいないところで詳しく説明するのもあれだからな」
クリスの返事にそれもそうかと頷くリヴェイア。
話はそれ以上に広がる事はなかったが、話題をそらすと言う目的は達したので良しとしたのだ。
「ま、それはそれとして零司の話はここからが本題なのだが」
ふと、クリスは念を押すような様子で言葉を続ける。
「アイツと付き合っていくのであれば、いくつか覚えていて欲しい事がある」
「へっくしっ」
魔道馬車の御車席にて、くしゃみが響き渡った
零司は毛布を身にまとっているものの外気は容赦なく体温を奪ってゆく。
さらに操縦のためのクリスタルが、置いてある手の温度を奪い悴みはじめていた。
「軍手でも調達しておけばよかったかなぁ、って、ん?」
「零司……」
思わず1人ごちた零司の後ろで馬車の扉が小さく開き、漏れる光が道を照らすのにきづいて振り返ってみた。
振り向くとローブで身体をすっぽりと包んだユーティリアがそこにおり、扉を閉めると零司の隣に座る。
そして、何やらモジモジしながら零司に顔を向け――
「寒くありませんの?」
思わず問い掛けてしまう。なにしろ、零司は明らかに震えていたのだから。
まぁ、零司は毛布の下はジャケットとシャツのみで、寒さをしのぐにはあまりにも心もとなかったりするのだが。
「まぁ、寒いけど、もう少しの辛抱だよ。ほら」
そんな零司は寒さを肯定しながら前方を指差した。
今の馬車が進んでいる位置は小高い丘にあり、前方には山脈の影が見て取れる。
その山脈の中腹にはいくつもの小さな輝きが点在し、町のエーテル灯が道路に沿い網目状に輝いているのだった。
「イルミネーション……とはまた違うけど、綺麗なもんだな」
零司は愛おしそうにその明かりを眺め、ユーティリアはその顔を見つめていた。
零司が思い浮かべるのは故郷の街灯り。それはまばゆい輝きを放つ宝石のようであった。
その一方で今見えている小さな輝きは星空のよう見えて、綺麗に思えるのだ。
「そうですの」
それを聞いたユーティリアは頷くと、自身の身体を流れるエーテルを少しだけ活性化させた。
纏っているローブとユーティリアの身体の隙間から淡い赤い光が漏れ出し、同時に周囲の空気が暖かくなっていく。
「ユーティ?」
「やっぱり少し寒いですの……ほら、身体が冷えてますの」
そう言いながら、ユーティリアは零司に寄りそった。
それによって冷気に冷やされた零司の身体にユーティリアの体温が伝わり、熱を取り戻してゆく。
「あ、ありがとう」
「我慢は身体の毒ですの」
礼を言う零司は頬を掻き、しばらくの間ユーティリアに暖め続けられることとなった。
最初は添い寝などで肌を密着させる事に戸惑いを感じ、夜も寝れない日々をすごしていたものだが、今ではすっかり慣れている。
おかげで今こうしても普通にしていられるのだ。その事に若干ユーティリアは不満に思っているのだが、それはまた別の話である。
ともかく零司は慣れとはつくづく恐ろしいと実感する。が、少しの時間が経った頃、零司がその沈黙を破った。
「聞かないのか?」
ユーティリアに投げかけられたであろうその問いは、誰も受け取ることなく夜空の中へと吸い込まれる。
「俺の事あの人から聞いたんだろ? プライバシーも何もあったもんじゃないな」
「はい……聞きましたの」
再び確かめるよう冗談めかした言い方をして苦笑する零司だったが、少し間を起きユーティリアは返答する。
ユーティリアは笑う気にはなれなかった。零司のあの過去を聞いてしまうと……
「そっか……発作の件については。今更だけど、いつもありがとう」
ふと、零司は頬をかきつつ、顔を赤くしながらお礼を述べた。それはユーティリアからのエーテルの経口摂取のこと。
クリスの話では零司の身体にはエーテルが留まらず、慢性的にエーテル消費し続けているそうなのだ。
そして、それによってでエーテル欠乏症などに陥った場合、身体の痙攣などが発生するという。
ちなみにこれは普通の人間や神類にも起こることがあるらしい。もっとも、そうなるほどエーテルの消耗をするのは希なそうだが。
ともかく、それが原因でユーティリアなどの強力なエーテルを持つ存在から無意識に吸引を始める、というのがクリスの説明だった。
普段はクリスが自らのエーテルを込めたアンプルを持たせ、緊急時にはソレを使わせているとのこと。
しかし、ユーティリアの懸念はそのような事ではなかった。
「私は構いませんの、それよりも……」
ユーティリアがためらうように言葉を詰まらせる。そのことを聞いて良いのかと思ったのだ。
それを察したのか、零司はその先の言葉を続ける。
「記憶の欠損……どうも昔からずっとそうらしい」
その言葉にユーティリアは零司になんと声をかけていいのかわからず、押し黙ってしまう。
零司が過去の記憶がないというのは度々話を聞いていた。
しかし、クリスの話ではそれは過去の事に留まらず、現在も度々に記憶の欠損が発生するということだった。
そして、それは酷く不安定なものであるとも。
「いつどこでどうやって、どの記憶が残ってどの記憶が消えるのか……俺にもわからない」
表情を変えず、それでもどこか辛そうにそのことを告げる零司。
それはもしかしたらユーティリアとの日々も完全に記憶から消えてしまう日が来るかもしれないという事を物語っている。
普通の病気のメカニズムとは全く異なる事例で、どのような医者にかかっても匙を投げられてしまう。そんな現状だった。
「忘れたくないなぁ、この光景も……この暖かさも」
蚊の鳴くようなか細さで呟かれた零司の言葉をユーティリアが聴いた時、彼女の中で何かが振り切れた。
自身が零司に忘れられることを想像した瞬間、目の前が真っ暗になりそうな感覚に襲われる。
実際にその時になったら耐えられるだろうか。と考えてみるがこの時点でこの有様では、恐らく無理だろう。
だから、ユーティリアはひそかな決意をした。
それを成す為にはなんの根拠も展望も当てもない。しかも、この誓いは自らを忘れて欲しくないというだけの傲慢なものでもあった
故に零司に告げることはできないが、ユーティリアは零司に誓った。
零司の記憶が留める方法を探す――と……
「きっと何とかなりますの」
今言えるのはこの程度の事だが、いつかは――
その言葉に零司はキョトンとした表情を浮かべた後に、柔らかく微笑むとユーティリアの頭を撫でるのだった。
「ありがとう……ってあっつ!?」
「あ――」
ユーティリアに触れていた零司の手が、肉が焼ける音が聞こえたかと思った瞬間に跳ね上がる。
いつの間にか熱の制御を忘れていたユーティリアの頭は結構な熱を持っていたのだった。
それから2日ほど経ち――
「いや〜、ようこそおいでくださいましたリヴェイア様。
前もって言っていただければおもてなしのご用意をさせていただきましたのに」
ルディアブルームの政治の中枢である市役所。
そのいくつかある応接室の中の一つで、リヴェイアが初老の男性と握手を交わしていた。
その男性は装飾が施されたローブに身を纏っていることから地位が高い魔術師である事が伺える。
ついでにあごひげも立派だ。彼の名前はヘンリクセン。ルディアブルーム執政官であり、いわゆる『知事』である。
「まぁ、私達の方は半ば私用ですし、こちらこそお時間を作っていただいて恐縮ですわ」
「リヴェイア様ならいつでも歓迎です。」
ヘンリクセンはシーアークの顔役でもあるリヴェイアと面識があり、国としての友好関係も悪くはなかった。
なので、しばらくはこの街厄介になる以上、それなりの人に話を通しておくのが今後有利に働くだろう。
というリヴェイアの判断からヘンリクセンとの会談の場を設けてもらったのだ。
ヘンリクセンは深々とお辞儀をしたあと、リヴェイアへソファーへ座る事を促した。
促されるままにリヴェイアががソファーに座ると、後ろに控えていた零司とクリスがその両側に立つ。
「護衛の方々を変えられたのですな。変わった格好をしていらっしゃる。もしかして、新たな装備でも発明されましたかな?」
「えぇ、そのようなものですわ」
ヘンリクセンの問い掛けにリヴェイアは笑顔混じりに答える。
零司とクリスはこの町で活動する限りはリヴェイアの護衛として付き添っている"てい"で活動することになっている。
ルディアブルームとシーアークは同盟を結んでいて、リヴェイアの知名度も低くはない。
そんな事もあって、リヴェイアの護衛としていた方が何かとこの地で動きやすいと考えたのだ。
なお、ユーティリアは何処から狙われているかわからない今、外に出歩くと何かとまずいので魔道馬車で留守番をしている。
「興味深いですな。詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」
「申し訳ありません。これはまだお教えすることは出来ませんので」
「残念ですな〜」
興味深げに問い掛けるヘンリクセンであったが、リヴェイアの返事に残念そうな顔をする。
シーアークはルディアブルームへと技術提供をしていることも加え、このヘンリクセン氏は珍しいもの好きで有名だった。
普段見慣れない素材をした装備を纏う二人に興味を引かれるのは必然だったかもしれない。
零司はそんな2人の様子から、ルディアブルームとシーアークの友好関係は良好なのだと判断した。
もちろん首脳同士の会談なので腹芸の一つや二つはあるだろうが……特にこれからの『交渉』には問題はなさそうと感じたのだ。
「して、どのようなご用件ですかな?」
「話が早くて助かりますわ。私達は今、極秘に調査を行っている事がありますの。実は最近、科学側の兵器を扱う者がシーアークに出現しました」
リヴェイアが座ったのを確認したヘンリクセンが、向かいのソファーに腰掛け話題を切り出す。
そして、その言葉を皮切りに妙に神妙な面持ちになったリヴェイアにヘンリクセンの目つきが鋭くなる。
「ほう、確か暴食者も現れたと聞いております」
その言葉に、ヘンリクセンは更に緊張感を高める。
現在はどうあれリヴェイアは最上位のインペリアルクラスであり、降神戦争を生き抜いた『闘神』と呼ばれ畏怖される存在なのだ
神類の格としては最高位であり、一国をも動かせる力の源なのである。そんな彼女が動くと言うことは基本的には非常事態も同然だった。
それが突然訪問してくるのだから、ヘンリクセンからすれば真剣にならざるを得なかった。
そして、リヴェイアはそんな立場を私的に利用する事を厭わない性格でもあったりするのだが。
「えぇ、何とか暴食者そのものは撃退はしたのですが、その使役者は逃亡してしまいました」
何度目かの嘘をリヴェイアがついた。真顔で。
騒動のもとである暴食者はあくまでレグナードが事故で蘇らせてしまったものであり、誰かが制御していたということはない。
リヴェイアは最近起こったこの事件をダシにして、ここにやってくる口実と人探しの為の口実をでっち上げたのだ。
「そしてその使役者を追って、ここまでやってきたのです」
「なるほど、それならあなたがここへ来たのも納得ですな」
ヘンリクセンのその相槌を聞いたリヴェイアは直感した。ビンゴだと――
というのもヘンリクセンの表情からして、その話に心当たりがありそうだと考えたのだ。
「我々の領地に少し前から科学技術で作られた武器を操る2人組が確認されているのです。恐らくは――」
零司とクリスがリヴェイアのその話を聞いた時、思わず顔を引きつらせそうになった。
リヴェイアの今の話は流石に嘘ではあるが、あの2人のことを考えるとあながち大きく外れた事をしていないように思えないのだ。
ただまぁ、リヴェイアが2人に話してないだけで、それらしい武器を使った痕跡がシーアークの付近で見つかったのは事実なのだが。
(なんか、もう賊扱いじゃないか、コレ?)
そう言われても否定出来ない姉ともう1人の行動に表情には出さないものの、零司は思いっきりため息を吐きたい気分になる。
「やはり……そちらでの捜索はどの程度進んでいるのですか? もう『彼ら』が動いているとか?」
リヴェイアの問い掛けにヘンリクセンは真剣な顔付きを見せた。
リヴェイアの言う彼らとは、先の話に出た『中央魔道院』の事である。
科学を厳しく管理する彼らは科学を使用した犯罪が起こった際にはあらゆる手段を用いて取り締まり、そしてその痕跡を一切消滅させる。
その理念は魔法原理主義であり苛烈である為、場合によっては周辺に甚大な被害をもたらすケースもあった。
「いえ、それは本当に最後の手段にしようかと」
「それはよかった。もしよろしければ、私達も捜査に加わりたいのですが」
「リヴェイア様が自らですか!? それはまたどうして」
リヴェイアはソファーから身を乗り出し、いかにも密談と言った感じでささやいたことにヘンリクセンは驚きを隠せない。
一方のリヴェイアはわざとらしく辺りを見回すと更に声を抑え、ヘンリクセンにのみ聞こえるように告げた。
「彼らの持つ『科学技術』が欲しいのです。『彼ら』がこの件を嗅ぎ付ける前にソレを回収したいのです」
そう告げるが、もちろんこれも口実である。
もし、中央魔道院がこの件に介入した場合、科学技術を巡ってのバトルが展開される事が想像に難くなかった。
科学技術が欲しいというのはリヴェイアの本音も混じっていたりするのだが……
「なるほど。確かにあなたなら管理できるかもしれませんな」
「そのような事が起こっているのであれば、私どもにもご連絡いただければご助力させていただいておりましたのに」
そんなことを言い合う2人はソファーに座り直し、表情はやわらかいものに戻っている。
要点は全て話し終えた今、残るのは雑談でしかないのだ。
「ははは、色々ありましてな。しかし、あなた方の不利益を望んではないということはご理解いただきたい」
「判っていますとも。何処からそば耳立てられるかわかりませんし、私としましてもヤブヘビは望みませんからね」
少々焦るヘンリクセンをなだめる様にリヴェイアはやんわりと理解を示した。
そのやりとりで零司とクリスが理解したことは、この2人は中央魔道院の介入を歓迎していないということであった。
その理由はこの場では話されることではないのであろうが……
「しかし、申し訳ない。今はまだ手伝ってもらうわけには行かないのです」
「何かあったのですか?」
「『最下級眷属』ですよ。リディア鉱山を中心に大量発生しましてな」
リヴェイアの疑問に答えたヘンリクセンの言葉に零司は前もってリヴェイアから聞いた話を思い出した。
リディア鉱山。リディアブルームの特産品である『エーテリウム』が採掘される鉱山のことをそう呼んでいるらしい。
『エーテリウム』はエーテルの浸透率が高く魔道具の素材であり、それを使った魔道具製造がリディアブルームの主要産業となっていた。
もちろんエーテリウムに限らず豊富な鉱物資源に恵まれ、それは各国にも輸出されている。
そんな場所が『最下級眷属』の神類であふれているというのだから、国の一大事に他ならない。
確かに人手を犯罪者の捜索のみにかまけている余裕はないだろう。
「なお悪い事に、出現しいている『最下級眷属』の中にはタッツェルブルムがおりましてね。
お恥ずかしい話ですが自警団では手に負えない状況なのです。捜査の再開は当分難しいかと」
「それはそれは――」
言いづらそうなヘンリクセンの言葉に落胆するリヴェイアだったが、それも致し方ない。
ヘンリクセンが呟いたタッツェルブルムと言えば最下級とはいえ龍の眷属である。通常の『最下級眷属』とは一線を画す存在だ。
他の『最下級眷属』だけなら事態の収束も早そうだが、そんなモノに関わってるとなれば解決は難しいだろう。
そうなると零司の仲間達の探索も難しくなると考え、この場は一旦切り上げる事にしようとした。
しかしそこでリヴェイアの目の端に微かに映ってしまう。護衛役の男の妙に落ち着きのない手の動きが……
リヴェイアはそのソワソワしている男の表情をそっと伺ってみる。
そこには案の定というか眉間に皺を寄せ、妙に深刻そうな顔をしている零司がとっても何かを言いたそうにしていたのだった。
そして、リヴェイアはコレまでの彼の行動から何を言いたいのかを既に把握していた。
(わっかりやすいな〜この人は……面倒な事は捨ておけばいいのに)
思わずそう考えてしまうのだが、乗りかかった船である事には違いない。
それにここでリディアブルームに恩を売っておくのも悪くはないだろうと考え、次の交渉の算段を付け始める。
「その話。私達もお手伝いしましょうか?」
「へ?」
そんなことを言い出すリヴェイアの言葉にヘンリクセンは呆然としてしまい――
後のリヴェイアの説明に納得し、協力してもらうことを承諾するのだった。
ヘンリクセンとの会談より時をさかのぼること数時間前、少し離れた場所でとある騒動が発生していた。
「しつこいわね〜、」
ルディアブルーム近隣の森の中。紫色の髪の毛を靡かせ、木々の隙間を縫いながら道なき道を疾走する女性が居た。
その女性を追うように巨大な猛禽類を思わせる魔獣の群がある。
その女性ことレグナードはユーティリア監視のために零司達を追いルディアブルームにやってきていた。
なお、格好は潜入のためにシャツにタイトスカートといつもより一般的なスタイルである。
しかし、現在ルディアブルーム周辺には『最下級眷属』がコロニーを張っている状態であり、レグナードはその領域へと足を突っ込んでしまったのだ。
しかも彼女自身、非常に強力な神類であるせいで『最下級眷属』の警戒心を煽る事に拍車をかけていた。
「追うのも追われるのも趣味じゃないのに何やってるのかしら、私」
思わずそんなことを漏らすレグナード。本来の彼女であればこの程度の敵など造作もなく蹴散らせる。
だが、今回の任務は監視。この場で彼らを一掃しようものなら確実に零司やユーティリアの警戒網に引っかかる
今はセンチネルの指令を遵守する姿勢を見せておかねばならないので相手にも感知されるのは避けたかったのだ。
前述のことがあり、ひとまず後ろの敵を撒く方向で進んでいた――のだが。
「増えていく一方ね。これは失敗したかしら」
コロニーは予想以上に広大だった。逃げれば逃げるほど追う気配が増えていっている。
撃退は出来ない。かといって大通りに出れば衛兵などにみつかり大騒ぎになるだろう。
さてどうしたものかと悩んでいた時、突如として轟音が響き渡った。
次に風切り音と鈍い音が断続的に、たまに鳥の首を絞めたような叫び声なども混じって響いてくる。
何事かと振り返るとレグナードを追っていた群は2つの人影と戦い始めていた。
レグナードは突然の事に立ち止まり、その光景を見ていた。
2つの人影の片方は2mにもなりそうな黒いロングコートを纏った長身の男だった。
うっとおしく伸びた頭の大半を隠す茶髪の隙間から見えるのはへの字に結んだ口元と四角いメガネのレンズ。
そんな彼はその場からあまり動かず、その身長相応に長い両腕を襲い来る『最下級眷属』に向けていた。
その両手には何かが握られており、断続的に発光し火薬の爆発音が大気を振るわせる。
レグナードが最初に聞いた爆発音はコレと同じもので、それが響く度に神類がバタバタと墜落してゆくのだった。
「ハンドガン?」
レグナードは思わず口元を押さえた。拳銃なら実物を見たことはあるし、普及している国も存在する。
が、従来のそれでは神類への有効打にはならない筈である。なのに目の前の光景はそういった常識に反する結果が繰り広げられていた。
そしてもう一人の人影。こちらは目で捉えるのも苦労するほどに素早い動きで木々の合間を移動していた。
縦横無尽という言葉がふさわしく、時には木の幹に足をつき跳ね返るように『敵』に突撃する。
判ったのはフードのついた衣服を着ていること。そのフードをかぶっていて顔が把握できない事だった。
その人物が纏っている服か何かの赤い色が軌跡を描き、それが敵と交差した瞬間にエーテル光が薄暗い森を照らす。
それは『最下級眷属』が切り裂かれた際に噴出したエーテル光だった。
神類が何に引き裂かれたのか、把握するのは苦労しなかった。なぜなら、影が持っている物がそうとしか見えなかったからだ。
影が持つ武器は黒く鈍い光を纏った機械仕掛けの大きな『デスサイズ』だった。
纏っているエーテルであろう黒い光とデスサイズそのものの巨大な質量が繰り出す斬撃は容易く神類の表皮を切り裂いていく。
レグナードにはその武器が持つ独特の雰囲気にどこか覚えがあった。はっきりしたことは思い出せなかったが――
そう思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せていたところに、よろめく1匹の『最下級眷属』が力なくはいずるようにレグナードに近寄ってきた。
だが、それも背後から振り下ろされた『デスサイズ』の刃の反対部分を脳天に叩き込まれ、わずかなけいれんの後に動かなくなった。 こうしてその戦闘は程なく終了した。
「ふぅ」
小柄の人物がひとしきり敵が居ないかを確認するかのように見回すとレグナードの方に歩いてきた。
もう1人の方はあたりの警戒を続けているように微動だにしない。デスサイズを振るったその人物の背丈はおおよそ160cm程だろうか。
非常に小柄で華奢に見えたが、所持しているデスサイズがそのイメージを否定する。
神類ではない。もしそうなのでであればレグナードには判る。
しかしそれらしいものを感じないということは両名とも人間でしかないことは明らかだった。
そして、レグナードはその事実とその光景を見て唖然とした。
気配を探った時に判明したが、自分を追っていた神類がどれ一つとして死んでいないのだ。
どれも容赦ない攻撃だと思っていたが、生きている以上は手加減していることに他ならない。
自分でも殺すだけなら一瞬で済むが、生かしたまま片付けようとすれば今の倍以上に時間は掛かる。
それ故に目の前の人物達が決して油断出来る相手ではないと感じたのだった。
そのことにレグナードは思わず身構える。が――
「やぁ、お姉ちゃん怪我はなかった〜?」
「へ?」
その場には不釣合いの、明るい響きでなおかつ軽い少女の声が響き渡った。
「怪我もなさそうだね〜。よかったよかった」
その声を発した目の前の小柄な人物がフードを取ると幼い顔と続いて青く長い髪が現れた。
その顔には不釣合いな程の大きさのメガネをかけており、かけると言うより乗っかると言った様相である。
「あなたは、一体?」
「私は佐倉木 亜季。今は故あってさすらいメカニックをやってるの。よろしくっ!!」
レグナードの問い掛けにその少女は自己紹介もそこそこに、振り返って倒れている神類を見渡し――
「ところで――焼き鳥は苦手?」
なんてことを聞いてくる。いや、確かに倒れている神類は鳥みたいな姿をしているが……
いくらレグナードでもそんなのを食べる気にはなれず、どう答えて良いのか悩んでしまうのだった。
あとがき
というわけで新たな街へとやってきた零司達一行。
そこで新たな問題に直面。その一方でレグナードはおかしな2人組に出会います。
これがどんな風に繋がるかは次回のお楽しみということで。
さて、次回はどんな話にしようか――
by DRT
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