『科学と魔法と――』
――― 彷徨う者達の道標(その2) ―――



「うーん、取り立てて有用な情報は無し……か――」
 ファインダーにまとめられた書類をめくり終えてから、零司はため息と共に肩を落とす。
そんな彼の前にある机の上に積み上げられた資料はイスに座っていた零司の頭の高さを超えていた。
零司達が今回の事態の協力を申し出て、神類が集まっている件について調べ始めてから既に2時間が経過している。
「コレで資料は全部よ」
 机の向かいに座っていたリヴェイアが頬杖をつきながら資料を見直し、そんなことを告げてきた。
その眉間には皺がよっていていて、こちらも調査の進展が芳しくない事を物語っていた。
「なんの、まだまだ!」
 零司は諦めんとばかりに一番上から資料を取り出し、見返し始める。
リディアブルームの緊急事態に相当する事件だけに資料は非常に多く、目的となるものを探すのに時間がかかっていた。
なにしろ、国益に関わる事態だ。リディアブルームの者達も必死に調べていただけに、資料もそれだけ膨大な量になったのである。
で、事態解決の手段としての神類の駆除が最優先考えられたが、零司達はその方法には消極的だった。
零司は『殺す』ということに抵抗感があったからだが、神類達が集まっている原因がわからない。
なので、例え駆除出来たとしてもまた集まってきてしまう可能性が高かったのである。
なので原因さえ抑えておけば事態は解決すると見込んだが、そもそもその原因が不明のままである事が判っただけ。
だんだん目が血走ってきた零司を見て、それまで本を読んでいたクリスがため息をつき近寄ってきた。
「零司。コレを見れば次にする事がわかると思うぞ」
 机の脇から身を乗り出してきたクリスが、タワー状になっていた資料の一つを抜き取り、零司の目の前に広げる。
それはどうやらリディアブルームの鉱山を中心とした地図のようなのだが――
「発生した『最下級眷属(クロス)』の分布図……」
 それを見てみるとリディアブルームの地図の上に青から赤に色合いが変化したフィルターがかけられている。
青い部分が低密度、赤い部分が高密度という形で神類が分布していることなのだろう。
良く見れば赤い部分はほぼリディア鉱山の坑道内を網羅しており、網目状になっている
「そう。『最下級眷属(クロス)』の集中している場所の更に中心点。十中八九ここが事態の中心だろう」
 クリスが指を置いた部分、それはリディア鉱山内のほぼ中央に位置する場所だった。
「ここが原因だとすれば、まずここには神類が集中する前には何があったのか……リヴェイアは何か知らない?」
「交流があるとはいえ、さすがにそこまではね……実際に働いてた鉱夫に聞いてみればいいんじゃない?」
 零司の問いにリヴェイアはやや渋い顔をしてしまう。
零司はソレが何を意味するのか汲み取れなかったが、とりあえず指針が出来たということで後は行動する事にした。
「そうだね。じゃあ、俺が聞いてくるかな」
 気にはなったものの、聞き込みに移る零司だったのだが――
鉱夫に聞いてみたものの、この場所には特に何もないという返事ばかりが返ってくる。
あえて言えば鉱山の中央なだけあり、坑道やトロッコなどのターミナル地点になっていたりするとの事だった。
なので、特に神類が集まったり発生したりするような要素は思い当たらないという。
「じゃあ最近気になった事とかは?」
「そうさなぁ……そういや、そのターミナルを拡張するっつう話が持ち上がってたんだ。
その基礎工事を行っている最中に神類のスタッフが決まって不調を訴えていたな」
「そ、それだ!!」
「え?」
「かなり有力な情報になりました!!ありがとう!!」
「なんじゃあ、あの人は?」
 それを聞いて思わず声を上げて喜んでしまう零司。話していた鉱夫は戸惑いを見せる。
が、零司は嬉しそうに鉱夫の手を握り上下に振った後、お礼を言うと、資料室へと走り始めていた。
突然の零司のテンションの上がり具合に呆気にとられた鉱夫は零司の後姿を見て思わず呟いてしまうのだった。


 零司は資料室に駆け戻りながら考え付いた事を簡単にまとめていた。
原因はわからないままだったが拡張工事をしようとしていたという情報が手に入る。
そしてその作業に関わった神類で不調を訴えた者がいるということは、『最下級眷属(クロス)』が集まっている事と切り離しては考えづらかった。
きっと、そこに何かある。
(引き金は多分これしかない)
 零司はそう確信はしたものの、同時に不穏な予感を覚えるのだった。
理由としてはやはり原因がわからないというのもあるが、考えが間違ってなければそこに何かがあるということになる。
その何かが零司としては不穏な物を感じる。しかし、なんであれ調べてみないことには始まらない。
「というわけで、そのターミナルに行ってみようと思うんだが!!」
 今までの結果をリヴェイアとクリスに報告した上で次の行動を起こそうとした零司であったが、その2人はというと微妙な表情を向けていた。
「え? 何、その"何を言っているんだこいつは"みたいな表情は?」
「何言ってるんだこいつ、と思っているんだ」
 戸惑う零司にクリスはハッキリと言い返していた。
つまり零司が言いたかったことは、その地点を調べれば原因がわかるいうことなのだが――
それを聞いたリヴェイアは呆れたように零司に視線を向ける。
「一応確認するけれど、零司は事態の中心地を調べるつもりなのね?」
「そう」
「狭い坑道内を突っ切って?」
「そう」
「こんな量の『最下級眷属(クロス)』中を」
「そう」
「危険じゃない?」
「危険じゃない訳ないだろうな」
 リヴェイアの危惧を零司はあっさりと認める。高密度にあたる赤い領域は半径3キロ。
つまり神類の巣窟となっている坑道を駆け抜ける事が必須になるのだが、ソレにはどれだけの労力を費やすのか想像したくもない。
中心地点を調査することで最大の問題となる部分を挙げてみたものの、零司の返事に眉頭を揉み始めるリヴェイアだった。
クリスの方はといえば、もう慣れていると言わんばかりに大きくため息を吐くにとどまっている。
「自分からこの件に首を突っ込む事にしたんだ。それくらいのことは覚悟の上だよ。調査の方は俺が頑張るさ」
 流石に自分の案によってクリスやリヴェイアを巻き込みたくないのか、自分1人で行くことを提案している。
そんなことを言っている零司の顔はどこか無邪気な少年を思わせるような表情をしていた。
というかぶっちゃけ探検にワクワクしているようにしか見えない。
「まぁ待て、私も行こう。お前1人では心配だからな」
「もう好きになさいな……」
 そしてクリスも同類だったのか、無表情ながらも声がいつもより浮ついていた。
リヴェイアと言えばもはや投げやりである。あるのだが、それでも言っておかないといけないことがあった。
「でも、一つ教えておくと、ここに集まっている神類の中に『ロードペッカー』が居るわ。」
「え?」
 ロードペッカーの名前を聞いたとたん零司の表情が凍りつく。
ロードペッカーとは大型の猛禽類を思わせる『最下級眷属(クロス)』の事で、普通の鳥類と比べ非常に大型かつ獰猛な性格をしている。
そして硬質なくちばしは鋼鉄並みの強度を持っていて、よく道路などが荒らされることが多い。
なおかつコロニーに入ってきた獲物を集団で襲う習性を持っていて、1匹に見つかろうものなら十数匹に取り囲まれる事などザラだ。
ただでさえ密度の高い場所にそんなのが生息し、なおかつ逃げ場もない坑道での活動をしているのだから、調査の難易度は一気に跳ね上がる。
「あははは、どうするかなコレ」
(あ、コレ完全に失念していたな)
 顔を引きつらせる零司を見て、リヴェイアはそんなことを考える。
事実、零司は見た資料の量が多すぎたこともあってか、ロードペッカーの事が頭からすっかり跳んでいたのだ。
「そんな訳で、真っ向から進むって言うのは現実的じゃないわよ。立ちふさがるロードペッカーを一瞬で再起不能にするんならともかく……」
「うーむ」
 リヴェイアの言葉に零司は両腕を組んで悩み始めてしまった。
クリスの実力はまだ見ていないのでなんとも言えないが、零司だけで行くのは明らかに無謀だ。
入り組んだ狭い坑道内でどれほど数がいるかも判らないロードペッカーに気付かれないで目的地に到達する事は不可能に近いだろう。
それに他の『最下級眷属(クロス)』との戦闘にも巻き込まれる可能性だってある。
なおかつ零司には敵を殺すという選択肢はないし本人も拒絶する事は想像に難くない。
零司も腕組みしながら難しそうに頭をかしげるが、特に何かを思いつけずにいる。
そもそも条件が厳しすぎて達成不可能なのだ。例え、殺してもいいとしても結果は変わらないだろう。
零司が頭を捻ったところで、これをどうにできるとは思えなかった。
 そんな様子を見てリヴェイアはため息を吐く。
実はリヴェイアの能力の一つを使えば複数人の姿を隠す事は不可能ではない。
ただ、まだ傷が癒えてないだけに、その能力を使えるのはわずかな時間だけだろう。
目的地の距離を考えると片道だけでも到達するのは無理と思ってもいい。使えない理由は他にもある。
それに全力を尽くそうとしている零司の姿を見ていると、どうにも自分のスタンスが後ろめたいものに感じられてしまっていたのだ。
 後、考えられる方法はユーティリアの攻撃で駆除することだが、これも零司の性格を考えると実行は難しい。
「はぁ……、どうしたものかしら」
 リヴェイアは一人ごちると陰鬱とした思考を振り払い、今後の案を模索し始めるのだった。


 場面は移り夕暮れ時。
リディア鉱山のふもとからもくもくと煙が上がっている。そのふもとにはくたびれた二階建ての山小屋があった。
その山小屋は鉱夫たちの宿舎だが、現在は付近が『最下級眷属(クロス)』のコロニーと化している為、数ヶ月間使用されていない――筈だった。
「さって、食事食事〜」
 青髪長髪丸めがねの女性。佐倉木(さくらぎ) 亜季(あき)がチキンソテーを自分の目の前に並べた。ちなみに材料はさっき倒したロードペッカーである。
「エレナさんも食べて食べて」
「あ、いえ、私はお腹はすいていないので大丈夫です」
 レグナードは目の前にはポテトサラダが並べられているが、それに手をつけようとしない。
嘘は言っていない。空腹では無いのは事実だったし。まぁ、ロードペッカーが捌かれるのを見て、食欲を無くしただけだが。
なお、亜季が言っていたエレナとはレグナードの咄嗟に出した偽名だったりする。
なにしろ、『サクラギ』と言うこの大陸に二つとない名前の者と出会ってしまったのだ。
まず間違いなく零司の関係者であるとレグナードは判断し、慎重に行動する事にしたのである。
もう一人のグレンと呼ばれた男は、始終喋らぬままドアの外でイスに座り暗闇を見据えていた。
どうやら見張り役に徹しているようで、時折周囲を見回し警戒している。
「でも、こんなに香ばしい匂いをさせておいて、『最下級眷属(クロス)』が集まってきませんか?」
「あぁ、それについては対策済みなの。ちょいと神類除けを焚いててね〜」
 問い掛けたレグナードはだったが、亜季の返事にこの山小屋に近付いた時に感じた圧迫感を思い出した。
それは結界を潜り抜けたような感覚だったので、亜季の言う神類除けとは結界に類するものだと推測したのだ。
「あなたも神類だからって多少は食べておかないと、いざという時に力入らないわよ〜?」
「……あら? 何故私が神類だと?」
 のんきに切り分けられた肉を口に運ぶ亜季の台詞にレグナードは目を鋭くした。
自分が神類だとは全く明かしていないし、一般人に紛れられるよう細工もしてある。
なのに目の前の女性は何気なくレグナードが神類である事を看破した。
――相手はこちらの事を把握するすべを持っている。
それはつまり自分の正体や本質、弱点までも見破られるかもしれない危険性を孕んでいた。
更に何によって看破されたのかが未知数の為、警戒せざるを得なかったのだ。
最悪、答えによってはここに居る2人を――
「まぁまぁ、そう警戒なさるな。『ECジャマー』を通ったときにエーテル反応が引っかかったのよ」
 と身構えたが、その謎は亜季によってあっさりばらされる。
亜季は剣呑な雰囲気を感じ取って居るはずだが、それでも軽い態度を崩さずにレグナードを宥めていたが。
EtherCirculationJammer(エーテル循環阻害結界)。アレは神類の身体を循環するエーテルを鈍らせる効果があるわ。
もっとも、いまは省エネモードだからエーテル圧の低い『最下級眷属(クロス)』のそのまた下級にしか効果がないんだけどね」
 エーテルは神類にとって血流のような物だ。それが阻害されるとあっては確かにロードペッカーが近寄ってくることはないだろう。
人も血の流れを止められれば、それだけで十分命に関わる。それと同じ事が起こるとなれば、流石に近寄ってくることは無いかもしれない。
ちなみにレグナードはエーテル圧(人間で言う血圧)が高いのでエーテル流を阻害されなかったとの事だった。
「やっぱり、結界を発生させているのは貴方の魔法なんですか〜?」
「……えぇ、まぁね」
 亜季の少しの間を置いた返事から、問い掛けたレグナードは嘘だろうと判断した。
そんな結界の術式は生まれてこの方聞いたことがないし、何より一帯を包む範囲の魔法にしてはエーテルの気配がなさ過ぎる。
よって零司の関係者という事も加味すると、これは科学による機構であることが容易に想像出来た。
とはいうものの、今のところ亜季に害意は感じられなかったので、レグナードはとりあえず一般市民を装い続けることにしたのだった。
(それにしても、思わぬところで零司と縁のある人物に出会えたわね)
 ふと、そんなことを考える。それにもしかしたら、これは僥倖なのではないか?
それを確かめる為に、レグナードはあえて手札を晒す事にした。
「そう言えばサクラギさんって言ってましたけど。もしかして零司さんとお知り合いじゃ――」
 首を傾げながらレグナードが零司の名前を出した瞬間、亜季のフォークの動きが止まる。
それを見たレグナードはビンゴかと考えていたが。
「零司……知ってんの?」
「えぇ、この間助けていただいたんですよ〜」
 妙な雰囲気を纏い肩がワナワナ震えている亜季にレグナードはしくじってしまったのではと不安を感じた。
もしかして、触れてはいけないことだったか? と思ったからなのだが――
「いやっほう!! ようやっと見っけたぞあの愚弟!! さぁエレナさん!! 零司のところへ案内よろしく!!」
 亜季の様子を見る限り杞憂だったようだ。それ以前に気になる一言を聞いたのだが。
「弟さん?」
 首を傾げながら、思わずそんな疑問を漏らしてしまう。
確かに両者は青い髪だし血縁だろうとは思ったが、亜季の幼い容姿を見ると逆にしか見えなかった。
それはそれで気になったが、この反応だと亜季は零司を探している最中だったようである。
これは上手くいけば零司と合流できるかもしれない状況にレグナードは内心でほくそ笑んだ。
「あの、偶然助けていただいただけで、その後どこに行ったかまでは……名前はその時に聞いただけですし」
 すまなそうな顔をしながら、レグナードは悟られぬように嘘を語る。
もし、知り合いであると明かした場合、根掘り葉掘り聞かれる可能性があった。
レグナードとしては隠しておきたいこともあったので、それを聞かれる事を避けたかったのだ。
もう1つがユーティリアの存在だ。レグナードとしては零司と合流したい。
しかし、ユーティリアが自分のことに気付いた場合、下手をすれば敵対することになりかねない。
ユーティリアと会っていた時は顔を隠してはいたが、声などで気付かれる可能性もある。
まぁ、ユーティリアと会ったとしても誤魔化す手段は考えているので、その手段を使う為に嘘を語ったのだが。
「そうなんだ……ようやく見つけたと思ったのにぃ〜」
「申し訳ありません……ですが、この先にある街に行けば、何か手掛かりが見つかるかもしれません。
私は仕事でその街に行くので、よろしかったらご一緒にいかがですか?」
「ん〜……グレンはどうする?」
「私は構わない。しかし、エレナとか言ったか? その身なりで仕事か?」
 レグナードの提案に悔しがっていた亜季が問い掛けると、グレンは鋭い視線を向けてきた。
確かにレグナードの身なりは軽装すぎる。仕事があるにしても、荷物1つ無いのはおかしいだろう。
「少々訳ありの手紙を届けなければならないので――」
「……そうか」
 そんな指摘にもレグナードは慌てた様子も無く、意味ありげな表情で答える。
それを見ていたグレンは少しの間を置いてから、納得したのか外へと顔を向けるのだった。
亜季の様子を見ても信じてくれたらしい。どうにか最初の関門を突破出来たことにレグナードは内心安堵のため息を吐いていたが――
(問題はあの子だけど、誤魔化されてくれるかしら?)
 気掛かりであるユーティリアのことをふと考えてしまうのだった。




 あとがき


というわけで零司達は問題解決に乗り出すが、困難が多すぎていきなり壁にぶち当たり。
零司君の不殺の想いが枷になってるようです。というか、普通に考えても無理じゃね?
一方、レグナードは亜季達と共に零司に合流しようとしてますが……ユーティリアは大丈夫か?
こんな状況で次回は大丈夫かと思う今日この頃。え? あらすじ考えてるのはお前だろって?
……というわけで、次回またお会いしましょう!

by DRT


前回自分のあとがきをいれるの忘れてました。ナンテコッタイ
なんと言うか、文章を書くって大変です。
とりあえず折れずにがんばっていきます。
亜季の方でもスピンオフができそうな――
次回は多分、来年になりそうな予感?
ではでは皆様良いお年を〜

by キ之助



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.