空の境界
〜変わりゆく日常〜
「両儀式と買い物」(前編)
─1998年12月22日─
私がトウコのビルに到着したのは、ちょうど13時だった。ガッコーは二時限で終わりだから多少の寄り道をしてきたわけだが、それでも計算よりは早く着いてしまった。
というのも、昨夜、1週間ほど前からトウコの事務所に新しく入った「御上真」がトウコの提案したパーティーの実行役になり、その準備のために今日、必要なものを買いに出かけるのだが、私はそいつのペースに乗せられて、つい同行するのを承諾してしまったのだった。
殺伐とした事務所に足を踏み入れると、そこにはくえない女魔術師がスポーツ新聞を広げ、その唯一の社員である黒目黒髪の詩人みたいな名前をもつ元クラスメイトがちょうどコーヒーを二つ持って台所から出てくるところだった。
「式、早かったね。御上さんはまだ来ていないよ」
「ふーん、アイツ、オレより遅いのか」
直後に、「くっくっく」と人を馬鹿にしたような耳障りな笑い声が所長席から聞こえてきた。私はその方向を睨む。そこには、機能的な服装に身を包んだ女が座っている。
蒼崎橙子。事務所の所長であり、魔術師だ。容姿云々は別として、性格には問題がある。
「なにがおかしい、トウコ」
「いやなに、式に時間厳守云々を言われるとは御上のヤツがかわいそうでね。いまごろクシャミをしているな、きっと」
スポーツ紙で顔を隠しているが、笑い声は露骨に聞こえてくる。私はその声を無視してソファーに座った。
「ねえ、式、コーヒー飲む?」
たずねてきたのは黒桐幹也という、私のもとクラスメイトだった。やさしそうな顔に飾り気のない服装。どう考えてもこんな辺ぴな空間にいるのが似つかわしくない男だった。本来なら大学生として日常を過ごしているはずだが、どこでどう道を外れたのかトウコが構える(一応)設計事務所で大学を辞めて働いていた。
「ああ、幹也、コーヒー頼むぜ」
「うん、じゃあいつものでいいかな?」
「まかせる」
幹也が再び台所に消えるとトウコの声がした。
「しかし、お前が約束の時間に30分も早く現れるとは、あの男の影響力は黒桐以上かな?」
「ふん、オレはいつだって時間は守るぜ」
「はあ?そうだっけ」
トウコの不愉快な返答に私は怒りがこみ上げてきたのだが、この不遜な魔術師相手に毒舌の応酬を続けても勝てる見込みがない。
だが、トウコは追い討ちをかけてきた。
「まあ、おまえの意識が健全な方向へ変わるというのはよいことだ。せいぜい不平等にならないように黒桐に対する待たせる時間を短くすることだな」
どういう意味だ、と問いただそうとしたら、ちょうど幹也がコーヒーを持って姿を現した。
「やあ、おまたせ」
あまりにも穏やかな笑顔を向けられてしまい、私はトウコを睨むだけで幹也からコーヒーを受け取り一口すする。相変わらず苦いけれど、その苦さも今は心地よい。
幹也がコーヒーを片手に私の前に座った。机の上に置いてあるコンビニの袋からサンドウイッチを取り出す。どうやら昼食らしい。
「御上さんは15分前行動の人だから、きっと13時15分くらいに事務所に来ると思うよ。ああ見えて時間には厳しいから」
「へえー、そうなのか」
「ここ1週間くらいでなんとなくね。」
「15分ていうのは中途半端じゃん?」
後ろのほうからまた耳障りな声がした。
「式、人のことをとやかく言う前に気まぐれな君の行動を改めたらどうだ。有益なことであって害にはならんと思うぞ。そうだろう黒桐?」
私にとっては有害極まりない発言に対し、同意を求められた幹也は例えようのない顔をした。
「えーと、僕に振る理由がわかりません」
「はっ?君のために言っているんだぞ、黒桐。君は今まで式に何度となく待ち合わせに待たされるかすっぽかされるかしているだろう。こういう時こそ一気に意識改革をだな・・・」
「アイツ、来たぞ」
別に話をそらせたかったわけじゃない。ビルの階段を駆け上がるアイツの存在を感じたからだ。その予感は当たっていた。
「ちわーす!」
場違いなほど陽気な声で御上真が事務所に姿を現した。そのまま中に入ろうとして入り口に頭をぶつける。この男にとって事務所の入り口は少々低いようだった。
「おい御上、君も妙なところで成長しないな。これで何度目だ頭をぶつけたのは?」
御上はトウコの問いにすぐに答えず、痛そうに頭を手で押さえつつ事務所内に入った。
「たぶん18回くらいですね・・・なんというか、入り口をぎりぎりでくぐろうとしてしまうらしくって、まあ、茶目っ気かな?」
言っている意味がわからない、と思いつつ、あきれた目でアイツを見たら目があった。
「あれ?・・・やあ、式さん、こんにちは。お待たせしました」
なんだ最初の疑問系は?なんだその間は!私がこの時間に来ているのがさも珍しいような態度だ。私だって自分から宣言しておいて遅刻するほどヤボじゃない。
御上真は幹也の隣に座った。私はこの二人が同じ席に座ると、つい見比べてしまう。まったく正反対の容姿、幹也は黒目黒髪でおまけに眼鏡も黒縁で地味だが、御上はまず肩までのややクセのある赤みを帯びた頭髪に、端整といってよい顔立ちだ。貴公子というわけではなく、一見は若い騎士のような印象を受ける。上着がいつもより派手だ。高そうなフライトジャケットによくわからないワッペンがたくさん付いている。もっとも目立つのが左耳を飾る碧玉のイヤリングだろう。いやみや不快に感じないのは、私がこの男の強さを知っているからだと思う。
「やあ黒桐、お疲れ様。お昼かい?」
「うんまあね。ちょうど一息ついたところ・・・コーヒー飲む?」
「いや、すぐに買い物に出るからいいよ。黒桐、ゆっくり休んでいろよ」
「ありがとう。ごめん、準備一人でやらせちゃって」
「いいってことさ、俺が進んで実行役を引き受けたんだからね。社員の黒桐はしっかり仕事をしてくださいな」
「うん、そうだね。時間が空いたら絶対手伝うから」
「じゃあ、今夜かな」
「・・・」
私は、コーヒーを片手に二人の会話を黙って聞いていた。まったく、こいつらまともに顔を合わせてから10日もたっていないって言うのに、もう何年も前からの親友のような状態だった。
という私もこの男と関わってから日常の変化を感じ取っていた。なんというか・・・いちいち言わせるな!
変化を実感しているのは私や幹也だけではない。トウコや鮮花も日常における変化に刺激を受け、以前よりもはた迷惑だがテンションが高い。特にトウコは私とは違った意味での強力な魔眼を有し、幹也とは異なる才能の持ち主である御上真のことがかなり気に入ったようだった。だからこそ「創る」という才能に恵まれた御上を半ば自分の後継者のように弟子にしたのだろう。弟子にされたほうもトウコの作る人形に感動したのか、すすんで弟子入りしたきらいがあった。
「さて、じゃあそろそろ行きましょう」
御上が立ち上がった。時計を見ると13時25分だった。なるほど、今まで気がつかなかったが、たしかに時間には気を使うようだ。一緒に犯人を追っているときも時計をよく見ていたことを思い出した。それほどこまかい性格には思えないのだが、この男の真面目な側面を象徴しているのかもしれない。
私も立ち上がり、空になったコーヒーカップは幹也に任せる。
「じゃあ幹也、わるいな、式さんと買い物に行ってくるよ」
去り際、御上が告げると幹也のヤツは笑顔で「気をつけてね」なーんて言って私たちを送り出す。なんだかその涼しい顔に腹が立ってしまった。
「おい御上、資金だ」
トウコが茶封筒を御上に渡す。その中身を確認した男は少し驚いたようだった。
「けっこう入ってますが?」
「勘違いするな。全部パーティー用の資金だと思うな。ついでだからいろいろ買ってきて欲しい日用品やら食料品やらを含めた分だ」
そら、と言ってトウコは一枚の紙を御上に手渡す。どうやら買い物のリストらしい。そのリストに目を通した御上の顔がやや幻滅していることに気がついた。
「なんというか、レトルト食品とインスタントばかりですね。よくこんな食生活でその美貌を保っていられるもんです」
微妙な飴とムチの発言に対し、トウコは喜ぶでも怒るでもなく、とにかく「中立」の顔をした。私も幹也も笑いをこらえるのに必死だった。
「ああ、さびしい独り身でね。御上くん、どこかにいい男いないかな?」
心にもないことを演技じみた調子で言うものだから余計に笑いを誘う。幹也がたまらず吹きだしてしまったが、トウコに睨まれてあわてて笑いを飲み込んだ。
「じゃあ橙子さん、今日、買い物から帰ってきたら夕食作りましょうか?」
この男、なんてことを言うんだ。トウコならず私も幹也も驚いてしまった。
「へえ。御上、君、料理できるんだ」
トウコの冷たい問いにもアイツの顔は穏やかだった。
「まあ、簡単な家庭料理くらいなら作れますよ。わりと自炊していますからね」
トウコが意地悪な目で幹也を見た。
「・・・だそうよ、コクトーくん」
「すみません。どうせ僕はパスタやラーメンとか、麺類しか作れませんよ」
自尊心を傷つけられたように幹也は少しふてくされたが、直後の御上の発言にまた私たちは驚かされた。
「どうです。今夜はここでみんなと夕食しませんか?」
その発想がどこから来るのか不思議だ。この男は誰も思いつかないことを、いや、実現する思考に至らないことをやすやすと口にする。トウコとは違う意味でどうかしている。
「どうせ買い物から戻ってくるのは夕方以降になることは確実です。橙子さんの夕食を作るなら、いっそみんなの分も作っちゃうからささやかに晩餐といきませんか?ねえ、橙子さん」
さすがだ。賛同を得る相手を間違えていない。トウコは即答した。
「うん、いいね。そいつはおも・・・楽しそうだ。黒桐、式、どうせおまえら家に帰ってもろくな食事をしていないんだろう。悪い話じゃないから、二人とも参加しろ。それにお互いのコミニケーション強化にもってこいだろ」
大きなお世話だが、幹也が喜んで賛同してしまい、御上が作った流れに呑みこまれるように承諾してしまった。こういう断れない状況にもっていくところアイツの手腕だ。
「よし、じゃあ決まりですね。橙子さん、預かった資金から必要な食材を購入してもいいですか?」
「ああ、いいぞ。どうせなら豪盛に頼みたいところだがね」
「まあ、そのあたりは買い物しながら考えますよ。式さんもいることですしね」
なんだか面倒なことになってきた。買い物は仕方がないとしても、まさか私まで手伝わされるんじゃないだろうか? この面子で夕食? 外食なら三人で夕食した記憶があるが、事務所で家庭料理だと?
「まあ、いいか」
とつぶやき、自分でもその思考に至った経緯が不思議でたまらなかった。少し以前なら、きっと私はその場をうざそうに立ち去っただろうから。
こういうちょっとした意識の変化は、間違いなく御上真を迎えたこの空間に影響されたものだろう。いや、変えたのだ・・・ちがう変えられたのだ?
私は、なんだかさらに朱に染まりそうな感覚に陥ったので、急いでドアに向かいノブに手をかけた。
「おい御上、さっさと行くぞ。そんなに買うものがあるんじゃあ、ゆっくりしていられないだろ」
私は御上を呼びつけた。トウコと何か話していた男は「はい」と従順な返事をして私の後に続いたのだった。
空は相変わらず曇天だった。朝のうちはそのおかげで気温が高めだったが、真冬の空の下、日中は気温も上がらず寒さは普段と変わらないでいた。天気予報の話だと夕方以降、冷たい雨か雪が降るということだった。
その影響もあるのだろうか、俺が予想していたよりも大通りは混んでいて、わき道に入ったところにある穴場のパーキングに駐車するまで少なからず時間を費やしてしまった。ああ、式さんとせっかくの買い物だというのに、まったく天気といい渋滞といい、ついていないというかなんというか・・・いや、式さんが嫌がらずに買い物に付き合ってくれることだけでもよしとしよう。
時計は14時を少し回っていた。
「式さん、着きました。さあ、行きましょうか」
助手席でぼんやりとしていた着物姿の女の子に告げると、それまでの眠そうな表情から一変、うそのように颯爽とした動作でドアを開け、外に出ると解放されたかのように大きく伸びをした。
「うーん、車の運転はおまえのほうが上手いな。幹也のやつは止まるときのブレーキのかけ方がいまいちだ」
その横顔がとてもステキだ。俺はこれほど凛々しい女性を周りで見たことがなかった。肩辺りで乱暴に切りそろえられた漆黒の髪、山吹色の一重の着物に赤いブルゾンの革ジャンを羽織った不思議でいて斬新なスタイル。今日は珍しく足元は足袋と高そうな女性物の下駄だった。
両儀式。名前も不思議だが、その存在自体がミステリアスで彩られたきれいな女性だ。
その式さんが、しなやかな動作でくるりと俺のほうを向いた。その立ち姿も惚れ惚れしてしまうほどカッコいい。とりあえず今日のこの瞬間を神様に感謝くらいしよう。幹也、わるいな。
式さんが俺に尋ねた。
「おい、ここからどうするんだ」
「ええ、一度大通りにでて、家電量販店の横道を入ったところに季節のイベント用品とパーティーグッズを扱っている専門店があります。まずそこで一通りクリスマス用のツリーとか飾りだとかを購入します」
「へえー、そんな店がこの辺りにあるんだ。オレ、ぜんぜん気がつかなかった」
「たぶん、式さんは深夜に出歩くことが多いでしょう?お店はその時間帯は閉まってますから気がついていないだけだと思いますよ」
「ふーん、行けばわかるな。なんか面白そうな店じゃん。さっさと行こうぜ」
「はい」
わりと乗り気な式さんの反応に戸惑いつつ、大通りに向かって歩き始める。通りに出ると、昨夜、俺たちが見た巨大なクリスマスツリーが目に飛び込んでくる。その周りに人だかりが出来ていたが、車内から確認したように年末とはいえ平日の日中と思えないくらい人の往来が激しい。行き交う人たちは日の当たらない曇天の下、寒そうにしていたが、クリスマスという年末最後のイベントを目前に控えているためか表情はどこか明るい。
「そういえば、来年は世紀末だよなぁ・・・」
ポツリとつぶやいただけだったが、どうも式さんに届いてしまっていたらしく、
「おまえ、そんなこと気にしているんだ」
と背後から低い声で言われてしまった。思わず「ギクリ」としてしまい、何か気の利いた台詞を考えていたらショップに着いてしまった。
「季節のイベント・パーティーショップありあ?」
式さんが看板を棒読みする。とくに興味なさ気な表情だ。
「ふーん、ここにあったのか」
なんだ、その興味あるのかないのか微妙な発言は? いや、もしかしたら俺はとても貴重な両儀式の反応を目撃したのではないだろうか。
カラン、という音がした。はっとして音のほうを追うと式さんがショップに入っていくのが見えた。俺もあわてて後を追う。
店内はとても明るい。ガラス張りになった窓からは外がよく見えて解放感にあふれており、クリスマスソングが到来する季節イベントを盛り上げてくれる。ふと陳列棚に目を向ければサンタクロースやトナカイのオリジナルなぬいぐるみが表情や色合いを変えて数十種類並び、友達や恋人がどれにしようかと悩む会話が耳に入ってくる。
「それにしても・・・」
けっこう混んでいる。時間帯からか高校生や大学生と思しき人が多い。外国の方の姿も見受けられる。俺がハロウインのときにショップを訪れたときはこれほど混雑していなかった。ハロウインがこの国ではあまり馴染みがないのが理由だろうが、思いっきり浸透したクリスマスだから納得できる混雑ぶりだろうか。
「ここ、品揃えも価格もいいしなぁ」
とりあえず、まずツリーを買わねばならない。俺は式さんを連れてツリーコーナーまでやってくる。棚には見本用にA〜Hまでの8種類のツリーが並べられており、それぞれ好みと懐具合によって選ぶのだ。Aは何の飾りもついていないスタンダードタイプ。Bはツリーのてっぺんに星がついた以外はAと変わらない。Cは数種類の飾りが付いたもっとも人気のある商品。Dはさらに飾りの増えたCの豪華タイプ。Eは・・・
「おい御上、これにしろ」
式さんが「H」を指して即決する。さすがはお嬢様というか、インスピレーションというか、なにも考えていないというか、ホワイトツリーで一番豪華で一番ツリーのでかい商品を選ぶとは!俺も旧家のボンボンだが、少なくとも式さんより庶民の感覚は持ち合わせているつもりだ。
「却下です。ツリーに25,000円も使ったら確実に橙子さんに殺されます」
俺はきっぱり言って、4,980円のCの箱をとる。式さんは俺の顔を五秒も見ていたが、あきらめたのか不満そうにして視線をそらせた。
いや、もしかしたら死の線を見ていたのかもしれない。
やや背後に寒気を感じつつ、次のコーナーに行こうとした直後、左横から声がした。
「わあ、やっぱり御上きゅんだ。ねえ、ツリーを買いに来たの?」
またギクリとして振り向いた先には、普段からよく見知った麗しい同級生の顔が二名分あった。
「は、半田さん、池内さん・・・」
なんてこった!まさか同じ学部の女の子二人に会うとは思っていなかったのだ。俺は心の中で舌打ちしてしまった。なぜなら、学部内でクリスマスパーティーが主催されていたのだが、俺はそれを急遽断っていたのだ。もちろん伽藍の堂のパーティーを優先させたためである。彼女たちは学部のパーティーの実行委員だった。
よく考えたら目的が同じだから、ここでばったり会う可能性もあるわけだ。肝心なときに未来視が働かないよなぁ・・・
「ねえねえ、もしかしてあのきれいな娘、御上君の彼女?」
両儀式を一瞥という、危険極まりないことをやってのけたショートヘアーの半田さんがヒソヒソと俺に尋ねてきた。式さんは品物を選ぶフリをしている。
「ち、違うよ。バイト先の女の子なんだけど、今日はバイト先で行うパーティー準備の買い物に協力してもらっているんだ」
疑わしき目が四つ俺に注がれた。
「ふーん、バイト先のパーティーに出たいって理由、わかった気がする。あんなキレイな娘がいるんじゃねぇ」
とげを含んだ台詞はオトナっぽい雰囲気の池内さんだ。
女って怖い。偏見を通り越して半分理由が当たっているからなおさらだ。というより俺の本音がバレバレなのか?「真眼」を有する男が「心眼」されてどうすんだ。
ふと、式さんがいた方向を見ると彼女がいない。案の定、この状況がうっとうしくなったのか、出口の方へ歩いていくのが見えていた。
「ごめん、半田さん、池内さん、この埋め合わせは今度するから」
俺は急いで式さんの後を追った。背後で「やっぱり怪しい」などという二人の会話が聞こえてきたが、もちろん気に留めない。
俺は人を掻き分けるようにして式さんを追い、その肩を捉えようとしたときだった。突然式さんが方向を転換し、危うく俺は他の女の子を押し倒しそうになってしまった。
「式さん?」
きょとんとしているであろう俺に向かい、両儀式はすまし顔で何かを投げた。
「おい、それ必要だろ」
受け取ったのはクリスマス用の装飾セットだった。Dのセット物に比べるとグレードが落ちるものの、点滅ライトも付属したけっこうお買い得な商品だった。もちろん後で買おうとしていたものだった。
「ええ、まあ・・・」
意表をつかれて整理しかねている俺の顔を覗き込み、両儀式はクスっと笑った。
「お前、オレが帰ろうとしたんじゃないかって思っただろう?」
ええ、まさにその通り。
「安心しろ。今日は機嫌がいい。あんな女ふたりの言うことなんか気にしていないぜ。オレはお前の女じゃないしな」
ある意味、悲しい発言だ。しかし、
「俺は自称両儀式のファンであり、あなたを助ける者ですよ」
と宣言した。その意味を彼女がどのくらい理解したのかはわからないが、彼女は愉快そうな顔で俺の肩を二度たたいて言った。
「ファンか・・・おい御上、お前ほんとうに面白いやつだな。やっぱサイコーだぜ」
地獄から天国・・・とてもありがたいお言葉だったのだが、何をもって「サイコー」と評価されたのかが問題だ。
ふと、店内の時計を見ると15時になろうというところだった。意外に時間が過ぎるのが早い。素早く次の買い物をしなければいけない。式さんとのせっかくの買い物なので本音はゆっくりしたいところだが、夕食も作らないといけないし、クリスマスの飾り付けを形くらいしなければならないし、明日は祭日だけど大学に用があったりと用事が立て込んでいるので「のほほん」としていられない。
俺は式さんに一万円を渡していった。
「式さん、これでツリーとかの会計を済ませてください。俺は二階でちょっとしたミニゲームとか買ってきます」
「はあ?支払いなんか全部まとめてやっちまえばいいだろう」
俺は、とあるPOPを指し示す。
「か、く、か、い・・・各階精算!?」
「というわけなんですよ。時間も押していますから、一階の会計は頼みますね」
と即ツリーと装飾セットを渡して二階に急ぐ。両儀式にタイムラグは厳禁だ。彼女はうじうじするよりも即決即断を好む。
「両儀式に隙を与えるな」
今日の一言だ。いや、通年の心構えだ。
思ったとおり、やや不機嫌そうにしつつもレジに向かう式さんを確認した。
よし、今のうちだ。二階の買い物は手早く済ませなくてはならない。当然、選んでいる時間などないが、手抜かりはない。事前に何を買うのか下見している。
まず、まっすぐビンゴゲームセット。そして、パーティー当日最初のお楽しみになるであろう○ぶり○の五種類を迷わずかごに入れてレジへ向かう。その間、わずか2分足らずだ。
一階に降りると、まさに式さんが二階に上がろうという一歩手前だった。
「式さん、こっちの買い物は終了です。次に行きましょう」
二階に上がられては困るので、俺は式さんを引っ張ってショップの外に出る。こういう強引なところ、意外に彼女は弱い。普段は自分のする行動だが、それを他人にされてしまうと調子が狂ってしまうようなのだ。
だから黒桐に、
「おい黒桐、少し式さんに強引というか強気に行動してみろよ。意外に効くぜ」
とアドバイスをしたことがあったのだが、あの甲斐性なし。まったく実行できていないようなのだ。やれやれ、俺は「黒桐を応援する者」でもあるんだぜ。俺が式さんをあきらめた意味がないだろう。なんかカッコ悪いぞ。次はもうすこし進展するように具体的な状況を作り出してやるべきだろう。
「ええと、次はビンゴゲーム用のプレゼントを買いに行きます」
「はっ?」
「ビンゴしたらプレゼントがあったほうが盛り上がるでしょ?」
式さんはあっけにとられているようだった。それ行けとばかりに式さんの手を引っ張って次の目的へと向かう。
時間は15時12分。空は相変わらず鉛色だった。冷たい空気が地上を包み、吐く息は少し前より白さを増している。
しかし、今にも降り出しそうな天上を恨めしそうに見ても、楽しさのほうが勝っていた。
両儀式との買い物はまだ始まったばかりだ。
・・・TO BE CONTINUED
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
涼です。久々に空の境界の二次を書くことが出来ました。ネタはあるんですがね、あれもこれもと考えているうちに、挫折するんですよね。複数の物語をいっぺんに書けない性分なものでして・・・
このSSを書いた時点で劇場版は第五章まで見ています。今回は浅上藤乃とは違うバトルが展開されてすごかったです。死人を倒す式の戦闘シーンが、もうナルト状態だw
でも、華麗に倒してるっていう演出でした。映像美は今回もレベル激高でした。
臙条巴が原作よりかっこいいと思います。彼の式に対する思いはなかなか胸を打ちました。
アルバは、見せ場なしじゃんw原作で炎の魔術を橙子の魔物に放っているのに、いきなり最初の魔物にやられているしw すこし可愛そうでした。
橙子さんが荒耶に殺されるシーンも生なましかった。あのシーンを忠実に再現するとは!
次回の「忘却録音」の予告編がまたよかったです。鮮花の章だなと実感できました。
しかし、きっと六章と七章の上映は冬でしょうね。
それでは、また次回作でお会いしましょう。
2008年9月13日 ──涼──
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