──宇宙暦796年帝国暦487年初頭──
         
      
     自由惑星同盟首都星ハイネセンにある軍事宇宙港では、帝国軍迎撃のために出征する多くの将兵たちを恋人や家族たちが見送っていた。
    
     その一角で軍楽隊が奏でる同盟国歌を背に受けながら、一人の若い女性と一人の少年が出征する二人の青年と会話を交わしている。
    
     亜麻色の髪の少年が彼の保護者に向かって穏やかに釘を刺す。
    
     「ヤン准将、前線でも食事に気を付けてくださいよ。いくら忙しくてもきちんと摂らないとダメですからね」
    
     「大丈夫だよ、ユリアン。そんなに仕事しないから」
    
     黒髪の青年将官が当たり前のように答える。本来、彼の階級からすれば「仕事しないわけにはいかないはず」だが、当人は勤勉やら事務処理に付随する仕事などは8年前にエル・ファシルで使い果たしたと抗弁し、14歳の家事の達人をあきれさせてしまう。
    
     そのやり取りに微笑みつつ、少年の隣に立つ若く美しい金髪の女性が、少佐の階級を持つ士官に心配そうに話しかけた。
    
     「ジャン・ロベール……」
    
     リーダーシップに富んだ容姿の青年士官は婚約者の不安を打ち消すように笑顔を向けた。
    
     「ジェシカ、そんな顔をしないでくれよ。心配しなくても今回は倍の兵力だ。楽勝だよ、なあ、ヤン」
    
     「ああ…」
    
     そう応じた黒髪の青年だったが、若い女性の不安を打ち消すには至らないようだった。
    
     「とにかく二人とも無事で、無事に帰ってきてね」
    
     彼女の婚約者は笑って言った。
    
     「ああ、約束するよジェシカ。帰ったら一緒に家を探しに行こう。二人が住む新しい家をね」
    
     「ええ、約束よ、ジャン…」
    
     二人は唇を重ねた。生きて帰って来ると誓う口づけ。黒髪の親友は遠慮して目を閉じた。
    
     「あっ、口紅が…ちょっと待って」
    
     若い女性はハンカチをハンドバックから取り出し、婚約者の口元をやさしく拭った。
    
     「ジェシカ、これ、お守りにもらっていいかな?」
    
     金髪の婚約者の手を包み込むようにして青年士官は言った。
    
     「ええ、いいけれど」
    
     「うん、ありがとう」
    
     その直後、兵士たちを乗せたシャトルが飛び立ち始める。
    
     「ヤン、ジャン・ロベール、二人とも本当に無事に帰ってきてね、きっとよ」
    
     「もちろんさ」
    
     2人の青年は、それぞれの気持ちを込めて手を振ってその場を離れ、肩を並べてシャトルに向かって歩き出した。が、黒髪の青年の浮かない顔に彼の親友は気がついたようだった。
    
     「どうしたヤン、何か心配か?」
    
     「うん、2倍の兵力と言っても運用をまちがえると……」
    
     「楽勝とはいかないか? おいおい、エル・ファシルの英雄が戦う前から深刻になってどうするんだよ。大丈夫大丈夫、考えすぎだよ。アハハハハハハ」
    
     「そうだな、杞憂であってほしいね」
    
     二人は軍事宇宙港の奥に進み、第2艦隊用の士官用シャトルの前で立ち止まった。黒髪の青年が所属する艦隊のシャトルだった。
    
     「ヤン、とにかく生きて帰ろうな、お互いに」
    
     「ああ、もちろんだとも」
    
    
    
    
     ニ人は固く握手した。帰還の約束を誓う心の交差。出征の度に交わしたおまじないのようでもあった。出会ってから12年の月日が流れたが、変わらない友情を今日まで育んできた。ニ人が意中とする女性に一方が結婚を申し込んでも、それが複雑な思いをめぐって成立したとしても、三人の友情は決して壊れることはないだろう。
    
     彼らが生きている限りは……
    
     ヤン・ウェンリーは、第2艦隊のシャトルにのんびりと乗り込み、ジャン・ロベール・ラップは所属する第6艦隊のシャトルに向かって走り出した。
    
       
      歴史が加速するとき、一つの友情は終わりを迎える……
    
    
    
       
「アスターテ会戦」が始まる。
    
    
    
    
    
    
    
       
      
      闇が深くなる夜明けの前に
       
    
       
 機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
    
    
       
      
      
      
            
        
 第四章(前編)
        
        
                
『冷たすぎる戦場/衝撃のアスターテ会戦』
        
       
     
       
 
      
      
    
    
    
    
       
       
T
    
    
     ジークフリード・キルヒアイス大佐が再び旗艦ブリュンヒルトの艦橋に足を踏み入れたとき、彼の金髪の上官は一段高い指揮フロアで指揮シートを傾けて星の大海に見入っていた。半球形状を成す巨大なディスプレイスクリーンには数千億の星々がまるで幻想を抱かせるかのように荘厳に映っている。
    
  赤毛の若者は呼吸を整えて再び長い脚を動かし、大またで艦橋の中央へと向かった。
    
     キルヒアイスはまだ20歳である。「ルビーのような」と上官に評される赤毛と、軍服を脱いだときは妙齢の女性に噂される長身のハンサムだった。彼自身がふと感じることといえば20歳で大佐という不相応な階級だろう。ただ、彼の親友はより高い地位にありながらそれを平然と受け止めているのだった。
    
      「星を見ておいでですか、閣下」
    
     一瞬だけ赤毛の親友を見た金髪の若者は、指揮シートをゆっくり起こして長い脚を組んだ。
    
     「ああ、キルヒアイス、星はいい。漆黒の世界に広がる無数の光は美しく輝きながらもそれを誰にも誇示しようとしない。しかし、その公平さが時として人々に銀河への嫉妬と畏敬を生み出すのだろうな」
    
       
  銀河帝国軍上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵
    
    
     それが金髪の若者の地位と名前である。年齢はキルヒアイスと同じ20歳、やや癖のある黄金の頭髪とすらりと均整のとれた肢体を有する比類なき美しさを誇る若者だった。黒を基調とした各所に銀の配色がたくみになされた機能的な軍服は、この華麗すぎる若者のためにデザインされたのではないかと思われるほど光り輝いて見えた。
    
     しかし、その蒼氷色の瞳は容姿の華やかさとは裏腹に鋭く凍てつく星のような輝きを放っていた。若者の表面上のみにとらわれる者には「湖面に輝く光のように美しい瞳」と噂し、多少なりとも鋭い感性を持つ者には「全てを見透かす野心家の瞳」と表現されていた。
    
     そのラインハルトは、軍上層部の命令を受け、「自由惑星同盟」を僭称する叛乱軍を討つべく2万隻の艦隊を率いて遠征の途にあった。その功績によって自らの地位を確立するためでもある。
    
     ラインハルトは赤毛の親友を仰ぎ見た。彼よりも7センチ高い190センチの長身だ。
    
     「キルヒアイス、何か用があるのか?」
 
  赤毛の副官の用というのは、敵である叛乱軍(自由惑星同盟)の布陣に関することだった。敵は三個艦隊。その艦隊が三方からラインハルト率いる遠征軍を包囲しようと同一速度で接近しつつあるという。
    
  「閣下、指揮卓の二次元スクリーンを使用してもよろしいですか?」
    
     ラインハルトの許可を得て、キルヒアイスは滑らかにコンソールを操作して情報を表示し、敵軍の数と位置、現在の敵軍の動向を親友である上官に説明した。
    
     「敵の数はわが軍の2倍の4万隻か」
    
     「はい。敵も今回はしっかりと数だけは揃えてきたようです」
    
     「なるほどな、さぞ老将どもが青くなっているだろうな」
    
     ラインハルトは白皙の頬を緩め、意地の悪い笑みを浮かべる。彼自身は倍する敵軍と相対すると知っても全く狼狽する様子がない。
    
     「で、もしかしてそいつらが何か言ってきたのか?」
    
     「はい、ご明察の通りです。5人の提督が閣下に至急お会いしたいと申し込んでこられました」
    
     「やはりな」
    
     「お会いになりませんか?」
    
     「いや、会ってやるさ。やつらの狼狽ぶりを見てやるのも一興だが、俺たちの勝利のためにも老将どもの蒙を啓いてやろう」
    
     その3分後、正確には3分27秒後にラインハルトの前に5人の提督が姿を現した。メルカッツ大将、シュターデン中将、フォーゲル少将、エルラッハ少将、ファーレンハイト少将である。ラインハルトの言う「老将たち」だが、最年長のメルカッツは60代に達しておらず、最年少のファーレンハイトは31歳でしかなかった。酷すぎる評といえば評である。ラインハルトの声が聞こえていれば、ラインハルトとキルヒアイスこそが「若すぎる」と反論しただろう。
    
     「司令官閣下、意見具申をご許可いただき、ありがとうございます。」
    
     一同を代表し、メルカッツ大将が儀礼的に挨拶した。中肉で骨太の体格、灰色の頭髪を有し、眠そうな目以外はごく特徴のない男である。が、軍政と実戦経験において豊富であり、その実績と声価はラインハルトを軽く上回っていた。
    
     ラインハルトは先手を打った。
    
     「卿らの言いたいことはわかる。わが軍が不利な状況にある、そのことに注意を喚起しに来たのであろう」
    
     「さようです、閣下」
    
     と一歩進み出て応じたのはシュターデン中将だった。弁舌と戦術理論に長じた参謀型の軍人である。その容姿はシャープな印象を受ける。彼がラインハルトに話したことは、敵の戦力と、その数によって戦略的に遅れを取っているという内容だった。
    
      「ほう、つまりわが軍が負けると卿は言いたいのか」
    
     ラインハルトの冷然たる視線にさらされた中将は一瞬だけ怖れの小波を内面に生じさせたが、他の僚友もいるためか気を取り直して続けた。
    
     「……とは申しておりません。ただ、わが軍が不利な体勢にあることだけは間違いありません。スクリーンをご覧ください」
    
     14の視線が指揮卓前に拡大投影されたスクリーンに集中する。キルヒアイスがラインハルトに示した両軍の配置が図示されている。シュターデンは軽く咳払いをすると、150年前に帝国軍が初めて叛乱勢力と相対して甚大な損害を被った「ダゴンの殲滅戦」を引き合いに出し、二の舞にならないよう撤退を進言した。
    
     ラインハルトは蒼氷色の瞳で中将の愚考を罵り、提督たちにはこう言った。
    
     「残念だが撤退など思いもよらぬことだ。なぜなら吾らが敵より圧倒的有利な態勢にあるからだ」
    
     ファーレンハイト少将を除く4人の提督の表情が憮然と愕然とに変化した。当然というより、理解しがたいと言わんばかりの不愉快な声でシュターデンはラインハルトに説明を求める。若き上級大将の蒼氷色の瞳が一瞬だけ相手を軽蔑するように光を放った。
 
  (ふん、老害どもめ……)
    
     シュターデンの態度を改めさせるのは後日として、ラインハルトはキルヒアイスと目を合わせると提督たちに説明を始めた。
    
       
 ──3分後──
    
    
     「机上の空論ですぞ、閣下。このような作戦が上手くいくはずがありませんぞ」
    
     シュターデンの不信に満ちた叫び声が力場内に充満した。ラインハルトは猛然と中将の反論をはねつけた。
    
     「もうよい! これ以上の議論は不要だ。皇帝陛下は私に叛乱軍征討司令官たれとおおせられた。卿らは私の指揮に従うことを陛下への忠誠の証とせねばならぬはずだ。それが帝国軍人の責務ではないか。忘れるな、私が卿らの上位にあるということを」
    
     
  返答はなかった。ラインハルトは提督たちを退出させた。
   
    
    
       
   
    
       
 「あんな作戦が成功するものか!おのれ、生意気な金髪の孺子めが」
   
    
     それぞれのシャトルに戻る途中、シュターデン中将が露骨に反感を口にした。ファーレンハイト提督を除く他の3名の提督も高低の差こそあれシュターデンと同じ胸中のようだった。
    
     「ふん、理屈倒れのシュターデンに机上の空論呼ばわりされるとはローエングラム伯もさぞ心外だろう」
    
     シャトルに搭乗したファーレンハイトは独語した。水色の瞳と銀色の髪の貴公子然とした容姿の持ち主である。下級貴族出身であり、食うために軍人になったと公言する問題児だった。機動力を生かした速攻の用兵に定評があるが、守勢にまわるとやや粘りを欠くといわれる。
    
     「面白いじゃないか、発想の転換けっこう。マイナスのマイナスはプラスかもしれんな」
    
     「それではやはり……」
    
     少将の隣に座る副官のザンデルス大尉が楽しげに笑う上官のつぶやきに応じた。ファーレンハイトは窓の外を一瞥し、忠実な副官に言った。
    
     「シュターデンのヤツは実績を示せなどとぬかしたが、前例のない作戦に実績があるわけではない。実績とは常に作り出すものであっって過去形で引き合いに出すものではない。この戦いが始まればリアルタイムで示されるだろう、その実績とやらがな」
    
     ファーレンハイト少将を乗せたシャトルは旗艦ブリュンヒルトを離れる。2万隻の艦艇が前進し続ける宇宙の大海はこれから起こるであろう歴史的な会戦と流血を前にして、なお寛大で寛容な光を輝かせていた。
    
    
       
◆◆◆
   
    
     
  「よろしいのですか、閣下」
   
    
     キルヒアイス大佐が懸念を帯びた表情でラインハルトに話しかけた。
    
     「放っておけ、やつらに何ができるものか。せいぜい団体で押しかけていやみを言うことしかできない腰抜けどもだ。皇帝の権威に逆らう勇気などありはしないさ」
    
     「ですが、それだけに陰にこもるかもしれません」
    
     もともと、今回の出征はいわく付だ。本来、「第四次ティアマト会戦」が終わった時点で多大な勝利の貢献をしたラインハルトには当分、出陣の可能性はないはずだった。それがラインハルトの急激な出世を快く思わない門閥貴族や軍上層部がラインハルト個人の能力を測るためと称し、腹立だしくも彼の有能な幕僚たちを転属させ、他の5人の提督たちを配下につけてきたのだ。5人の提督たちそれぞれに問題はあるものの、特にフォーゲル少将やエルラッハ少将などは「順送り人事の人数あわせで提督になった男」などと言われている始末だった。
    
     もうその話はやめよう、と言ってラインハルトは指揮シートから立ち上がり、赤毛の親友に司令官室で410年もののワインを飲もうと誘った。
    
     「それはいいですね、閣下」
    
     「キルヒアイス、その閣下はよせ。ニ人でいるときくらいは普通に話せないのか」
    
     「わかってはいるのですが、どうも……」
    
     「軍隊の弊害というやつだな。わかっているなら実行しろ。この会戦が終わって帰還すればお前が閣下になるのだからな。准将に昇進だ、楽しみにしているんだな」
    
     (どうやら負けることなど全く考えていないらしい…)
    
     この人に会ってからもう10年になるのか。キルヒアイスは過去への扉を開く。彼が住む隣の廃屋同然の空家に父親とともに引っ越してきた金髪の姉弟。2人ともなんてきれいなんだろうと少年は思ったものだ。
    
     弟のほうとはすぐに知り合いになった。もっとキルヒアイスの鼓動を高鳴らせたのは姉のほうだった。澄み渡った空から注ぐ春の日差しに似た微笑を向けられ、ジークフリード・キルヒアイス少年の胸は激しく脈打った
    
     「ジーク、弟と仲良くしてあげてね」
    
     それから今日までキルヒアイスは彼女との約束を忠実に守ってきた。そう、あの日、銀河帝国の皇帝がアンネローゼを連れ去ってからもずっと、ずっと……
    
     姉弟と別れてから一ヵ月後、キルヒアイスは帝国軍の幼年学校に進んだラインハルトの誘いを受けて軍人になる道を選んだ。「早く出世して姉を権力の掌中から解放するんだ」、と決意する金髪の親友とともに、キルヒアイスは少年の日に決断を下したのだった。
    
    
 
    「さあ、行こうかキルヒアイス、前祝だ」
 
    
     艦長ロイシュナー中佐に後を任せ、ラインハルトとキルヒアイスは司令官室に向かって歩き出した。彼らのためだけにある夢に向かって……
    
     ラインハルトもキルヒアイスも、アスターテに存在するささやかな「異質」にまだ気付いてはいない。
    
    
    
    
       
U
  
 
 「とにかく、興味深いがこの作戦案は却下する」
 
 
  第2艦隊の幕僚の一人、ヤン・ウェンリー准将の作戦案は、司令官たるパエッタ中将によってあっさりと却下された。「どうにも慎重すぎて消極的ではないかね」というのが主な理由だが、決してそれだけではない。彼は軟弱そうで、どう見ても軍人には見えない幕僚の一人が自分より二階級しか下でないことに納得していなかった。周りの印象は「なかなか芽の出ない温和そうな助教授」ということだが、それさえも控え目に評価したのではないかと中将には思えるのである。
 
 
 ──数分前──
 
  
  
       
     ヤン・ウェンリーが提出した作戦案は負けないことに徹した内容だった。パエッタにすれば敵より2倍の兵力を有し、三方から包囲して必勝を喫しているのに負けない算段をとらねばならないの事が理解できなかったのだ。
    
     「ですが、まだ包囲網が完成されたわけではありません。敵軍の動向に十分注意を払う必要があると考えます。我々はまだ勝ってはいないのです」
    
     ヤン・ウェンリーは平然と言った。口調はごく温和なのだが、その裏に隠された一種棘のような響きがある。パエッタ中将はそれに気づき、彼は不快そうに眉を吊り上げた。
    
     9年前、ヤン・ウェンリーは士官学校を卒業したときはごくありふれた新人少尉でしかなかった。それから9年後、彼はごくありふれた士官である──というと違う。ヤンは同盟軍内でも16名しか存在しない20代の将官の一人なのである。過去9年間に100回以上の戦闘に参加し、5桁になる艦艇が集結する大規模な戦闘にも少なからず参加しているのだ。
    
     
  そして、なによりも、あのエル・ファシルの英雄!
   
    
     はっきり言って「歴戦の勇者」と評してもよいはずだが、目の前に立つ黒髪の幕僚はいっこうにそう見えないのである。
    
     「以上だ。もう用がないなら下がりたまえ」
    
  パエッタ中将は、書類をヤンに差し出した。ヤンは書類を受け取ると敬礼して艦橋を後にしたのだった。
    
    
       
◆◆◆
   
    
     休憩室に入ったヤンは、そこで2年後輩のダスティー・アッテンボロー中佐の出迎えを受けた。年齢は26歳。そばかすの残るその容姿は活力と行動力に富んでいると表現できるが、その先頭には「いたずら少年のような」という形容が必ず付随するであろう。
    
     「どうでした? ヤン先輩」
    
     だめだったよ、とヤンは応じて両手を広げ、手に持った書類を机の上に放り投げた。
    
  「どうにも、私は教師運に恵まれないようでね。私の答案はいい点数にはまだまだ遠いようだ」
    
     「まあ、仕方ないですよ。あいつら、長い間の持ちつ持たれつな戦争に慣れてしまって頭が固くなっているんですよ」
    
      まったくだね、とヤンはぼやき、後輩の淹れたコーヒーを受け取った。ヤンは本来紅茶党なのだが、軍隊では圧倒的にコーヒー党が多く派閥まであるほどだ。彼はごく少数派として寂しく棲息していたのである。当然、覚醒効果のあるコーヒーは休憩室の自動飲料供給機の中身を席巻している。そしてヤンがコーヒーを否定できないのは、自分が身を持ってその覚醒効果を体験しているからだった。
    
     「ところでヤン先輩、今回は石頭連中に任せて大丈夫なんですかね?」
    
     ヤンは、まずそうにコーヒーに口をつけてから優秀な後輩に言った。
    
     「数だけなら勝てるだろうね。だが……」
    
     ヤンは、納まりの悪い黒髪をかき上げ、ベレー帽を被りなおす。
    
     「むこうの司令官は例の白い船の指揮官だ。やっこさんは何を仕掛けてくるかわからない。うちらの司令官連中がうまく対処できればいいけどね」
    
     「無駄死にっていうのは勘弁ですねぇ……」
    
     「同感だね。だからと言ってこのまま手をこまねいていても仕方がない」
    
     ヤンは、コーヒーの入った紙コップを片手に持ちながら窓の外を見た。その窓には彼自身が頼りなさげに映っている。彼は再び頭をかいた。どうにも一つ間違えると全てが狂うようだった。さて、その間違えとはどの辺りから始まったのだろうか?
    
     (……軍隊に入ってからだな)
    
     ヤンは苦笑いする。
    
     ヤン・ウェンリーが軍人になったのは全くの方便からだった。幼い頃に母親と死別し、商人として辣腕家の父親によって育てられ、その少年時代の大半を宇宙で過ごすことになった。彼はその間に歴史に興味を持ち、父親にハイネセン記念大学の歴史学科を受験することに決めて承諾を得た。
    
     その数日後、父親が死んだ。船の核融合炉の事故が原因だった。ヤン少年が16歳になるほんの3日前である。
    
     驚きは父親の葬儀が一段落してからやってきた。ヤンは税金やら相続やらの処理に終われる中、とんでもないことを知ってしまった。父親が熱心に集めていた美術品や骨董のほとんど全てはまがい物だったのである。しかも、父親が生前、会社に有していた権利は借金の抵当に入っており、ヤン少年は丸裸で世間に放り出されてしまったのである。
    
     16歳のヤンは、それでも自分の境遇をうけ入れると、親戚の家に一時的に身を寄せつつ、己の進退を考えた。このようなときに父親の言葉が思い出された。
    
     「金を軽蔑するものじゃないぞ。金があれば嫌なやつに頭を下げなくても済むし、生活も自分のやりたいことがなんだって出来るんだからな」
    
     なるほど。周囲が言うほど父親の主張も間違っていなかったわけだ。自分はまさにその金銭の問題に直面している。歴史を学ぶために上級学校へ進みたいが、懐はスッカラカンだ。どうにかしてただで歴史を学べる場所はないものか……
    
     実はあった。国防軍士官学校戦史研究科だった。ヤンは何とか受験に合格し、晴れて好きな歴史を存分に勉強する。
    
     ……はずだった。
    
     2年目の終わり、落第点スレスレながらも日々を満喫していたヤン・ウェンリー少年は教官に呼ばれ、戦略研究科への転科を命じられる。直接戦争に寄与しない学科──つまり戦史研究科が廃止されるためだった。
    
     ヤンは、親友のジャン・ロベール・ラップらとともに抗議したが、もはや手遅れだった。ヤンが10年来の秀才といわれたワイドボーンを戦略戦術シミュレーションで撃破したことも戦略研究科への転科を促す結果になっていた。
    
     その2年後、20歳のときに戦略研究科を平凡な成績で卒業し少尉に任官した。その1年後に士官学校卒業生出身者よろしく中尉に昇進し、あのエル・ファシルに駐在部隊の幕僚として赴任したのだった。
    
    
     そして今、数々の任務と戦闘参加を得て、ヤン・ウェンリー准将は帝国軍を迎撃する同盟軍第2艦隊の幕僚としてアスターテ星域にある。
    
     「いこうか、アッテンボロー」
    
     ヤンは、飲みかけのコーヒーを処分すると、後輩を促して休憩室を出ようとする。
    
     「ヤン先輩、作戦案、読ませていただきます」
    
     アッテンボローは、机に放り投げられた書類を手に取り、先輩の後を追う。
    
     「読んでも意味ないぞ、その作戦はもう使えない。次はやっこさん次第だ」
    
     ヤンは、後輩とともに休憩室を出た。戦いはまだ始まってはいない。始まってはいないが、作戦案を却下された今、想像したくないが第4艦隊の命運は決まってしまった。そして何もしなければラップのいる第6艦隊も、この第2艦隊も……
    
     「手はあるさ」
    
     と偉そうな事を思っても、相手の思考が自分の予測の範囲内にあれば、が前提だった。やれやれ、給料分以上の仕事になりそうだな。だれか生の情報をくれれば司令官を説得し易くなるんだけどなぁ……
    
     ヤンは知らなかった。アスターテの戦場外宙域に「記録係」としてやってきていたH型の見慣れない戦艦が存在していることに。その存在が意味する理由と歴史の流れの変革に自分が少なからず関わるということに……
    
       
  最初の接触は、ごくささやかにヤンの知的好奇心を刺激するのである。
      
    
    
    
    
    
    
       
V
      
    
     「同盟軍、帝国軍とも速度、進路変わらず想定戦場宙域を目指しています。このまま進めば約6時間後に帝国軍と第4艦隊は接触します」
    
     戦術スクリーンに投影された両軍の布陣状況をホシノ・ルリが報告する。メインオペレーターの美少女の声はいつもと変わらず淡々としていたが、艦橋のメンバーのほとんどがそうであるように、はじめて見る事になるであろう圧倒的すぎる艦隊戦を前に完全には緊張感を隠せない様子だった。
    
     それは、指揮卓の前に優美に立つナデシコ艦長ミスマル・ユリカも同様だった。布陣状況を表示する戦術スクリーンに見入ったまま一言も発しようとはしない。彼女にしては珍しく「マジ×5モード」に突入しているらしく、これから始まる数万隻の艦隊戦の全てを見逃すまいと構えているようだった。
    
     ユリカの左後方にはテンカワ・アキトが副官のような姿勢で立っており、少し大人びた表情になった20歳の青年もスクリーンを凝視したままマジ顔で沈黙を守っている。
    
       
      ──宇宙暦796年帝国暦487年、標準暦2月──
    
    
     戦艦ナデシコは、いまだジャンプできる当てもなく、任務のためアスターテの戦場外宙域にいた。数日前に統合作戦本部より指令電文があり、情報処理能力に優れたナデシコはマクスウェル准将の要請を受け、「勝利の約束されたアスターテの戦い」を記録するために出撃したのだった。
    
     「ミスマル艦長に同盟の恥をさらすようで申し訳ないが、どうも今回の命令の中身は政治宣伝に使われるようだ。トリューニヒト国防委員長閣下が考えそうなことだよ」
    
     マクスウェルが苦々しく語ったことによると、近年、戦果に乏しい情勢を背景に同盟市民や軍需産業界の士気を鼓舞するために、「敵の2倍の兵力を動員して万全を喫した勝利確実のアスターテの戦いを大々的に宣伝する必要がある」と政治家どもは考えた、ということだった。
    
     「シトレ元帥は反対しなかったのでしょうか?」
    
     ユリカは、マクスウェルから命令書を受け取り、その点について尋ねてみた。
    
     「反対はしなかったようだ。表向き戦闘の記録をとるのが目的だからね。これが敵の真っ只中に突っ込んで情報を探って来い、などと言い出したら断固反対したかもしれないが、そうではないからね。記録をとる事は昔から行われていることで、それが悪いわけではない。だから反対はできないのだろう。たとえその裏に政治的な意図が含まれていたとしてもね」
    
     ユリカは、国防委員長に批判的な発言をしたが、任務を辞退しようとはしなかった。プロスペクターが指摘したようにハーミット・パープル基地にいつまでも安穏としていられないことを十分承知しており、ナデシコが艦隊に所属して戦うことも想定し、実際の艦隊戦を見ることで来るべき「その時」に備える必要があったのだ。もちろん、これにはデーター収集も含まれる。ナデシコがどこまで戦えるか一つのシミュレーションとして戦闘データーが不可欠だった。得られるデーターの内容如何によってはナデシコやエステバリスに新たな改装が必要になってくるだろう。
    
     何よりもユリカたちは、この世界で起こっている現実に目を向ける必要があった。彼らはそれらを理解した上でアスターテの戦場に「記録者」としてやってきたのだった。
    
     「4万対2万だから同盟軍の勝利は確実ね。記録が政治宣伝に利用されるのは気が進まないけど、やるしかないわね」
    
     艦橋の緊張感に堪えかねたのか、ハルカ・ミナトが声を上げた。ナデシコ女性クルーの仲でも最も派手な容姿ながら、最も家庭的で常識的な一面を有している美女である。ぶっとんだ事もするが冷静に物事を測れる視点を誰よりも効果的に発揮できる性分であり、智勇才色兼備といっても過言ではない。彼女はウランフ提督にナデシコが救われたとき、おそらく最初に現状と未来の展望を分析した人物であっただろう。
   
    ほとんど予測した内容は当たりつつあるのだが、現実を素直に直視できるためか、なんだかんだと懸念やらを表明しつつも、やることはやってのけていた。
    
     今回の任務についても特に不満や不快を口にしたわけでもなく凛然としていたものだが、周囲の緊張が度を越えていたため、そういう雰囲気が嫌いな彼女はついに沈黙をぶち破ったのだった。
    
     その先制口撃は、よい方向に作用したようだった。それまで緊張していたクルーたちの精神を和らげ、会話による現状の再確認へと繋がったのである。
    
     「では、もう一度両軍の布陣を見ましょう」
    
     ユリカが言うと、艦橋のクルーたちは戦術スクリーンに視線を向ける。ルリがデーターを表示した。
    
     「オレンジ色の凸印が帝国軍、緑の凸印が同盟軍です。第4艦隊12,000隻の正面に帝国軍艦隊20,000隻、距離はおよそ2100光秒。現状の速度で進んだ場合、5時間強で接触します。帝国軍の右側面には同盟軍第6艦隊があり、艦艇数は13,000隻、距離は1950光秒です。左側面には第2艦隊15,000隻があり、帝国軍との距離は2300光秒です」
    
     ルリがあらためてデーターを読み上げると、ユリカの右後方に姿勢正しく立つちょび髭の男が感想を口にした。
    
     「なんと言うのでしょうか、これほどの規模の艦隊戦が本当に行われようとは、いまさらながら驚愕に値しますなぁ……一体、どれだけの予算をつぎ込んでいるのやら」
    
     と宇宙算盤を弾くプロスペクターの顔も数分前に比べると和らいでいた。戦闘そのものは専門外でも戦闘に費やされる資金には興味があるらしい。
    
     「きっと帝国軍は退却するかもね」
    
     次に発言したのは副長席に座を占めるアオイ・ジュンだった。きれいな顔をした青年なのだが他の部分でインパクトに欠けるため、ほとんどおいしい所をアキトやアカツキにかっさわれて影が薄い。ハーミット・パープル基地でも彼のファンはいるものの、前者二人の人気と比べると圧倒的に差を広げられている。
    
     「僕は、ユリカのそばにいられればそれでいいんだ」
    
     それは一生の片思い。かなわぬ夢とわかっていながら意思を貫く男の姿…の生き様の一つかもしれない。
    
     そのジュンは、最近ある出来事をきっかけにシラトリ・ユキナとよく話すようになっていた。恋愛などとは程遠く、今のところどちらも意識などまったくしていない。
    
     「この陣形は150年前に帝国軍と初めて相対した同盟軍が完全勝利を果した『ダゴンの殲滅戦』の再現を狙ったものらしいけれど、このままなら再現は可能だろうね」
    
     それに同意する形でメグミ・レイナードが口を開く。肩にかけている黄色いスカーフがとてもおしゃれでかわいい。
    
     「どちらにしても同盟軍さんの勝ちは目に見えています。帝国軍の司令官さんはあくまでも戦うつもりなんでしょうか? 負けるのに」
    
       
  「そうでしょうか……」
    
    
     意表を突いた発言者に対し、一斉に視線が集中した。ナデシコ艦長は胸中でつぶやくことがおもわず口に出てしまったことに気がついた。
    
     「どういうことなのかな? ユリカ」
    
     すぐ隣に立つテンカワ・アキトも婚約者の発言に興味を抱いたようだった。
    
     「ユリカには何か別の見解があるみたいだけど、よかったら教えてくれないかな?」
    
     うん、と応じたナデシコ艦長は指揮卓に手を伸ばして操作し、ルリが表示した布陣図をみんなにわかりやすいように拡大表示した。
    
     「ごらんの通り同盟軍は2倍の戦力で帝国軍を包囲しようとしています。中央の第4艦隊12,000隻、左翼第6艦隊13,000隻、右翼第2艦隊15,000隻です。対する帝国軍は20,000隻です。確かに全体では負けています……」
    
     聞き入るクルーたちの表情が好奇に満ちている。
    
     「……ですが、包囲が完成されていない状況で同盟軍個々の艦隊に対してはどうでしょうか?」
    
     あっ、と次々に驚きの声が艦橋に響く。アキトをはじめとした艦橋人員全員がとんでもない発想をした美人艦長を感嘆の目で見返した。
    
     プロスペクターがまじまじとユリカの横顔をみて嘆息する。
    
     「しかし、まあ、なんという大胆な発想の転換でしょう。なるほど、艦長のおっしゃるとおりですな、個々に対すれば帝国軍の方が数が多い。いやはや驚きました」
    
     ユリカは照れくさそうに頭をかいたが、アキトが驚くくらい、すぐにマジモードに変わっていた。
    
     「帝国軍の司令官がこの状況を包囲されたとみなさず、各個に撃破可能な好機ととらえれば同盟軍の勝利は危うくなります」
    
     「でも、ユリカみたいな発想をする人間がそうそう存在するとは俺には思えないけどなぁ」
    
     アキトの見解はごくまともなもので、その場の全員が賛同してうなずいている。その中でいち早くミナトが発言した。
    
     「まったくアキトくんの言う通りだと思うわ。艦長みたいな発想する人はそういるもんじゃないわ。普通なら敵の数が多い、これでは包囲されそうだ、どうしよう。退却するか戦場にとどまって守りを固めるかのどちらかが常識的な発想でしょう? 帝国軍の司令官が艦長と同じ発想するかなんて低い確率の問題よね」
    
     ミナトに続くようにアキトが笑って言った。
    
     「ユリカが帝国軍の司令官だったら、きっと勝ったね」
    
     美貌の艦長は首を左右に振る。
    
     「どうかなぁ、わたし、あんなにたくさんの艦隊を指揮したことないし、頭でわかっていても艦隊が思うように動いてくれないと発想倒れだしね」
    
     ユリカは謙遜しつつも、一つだけ不安を抱いていることがあった。第10艦隊司令部作成の「第四次ティアマト会戦」の報告書にあった白い船の指揮官のこと。味方と敵の間で一斉旋回して右に横断し、同盟軍の左翼側面に回りこんでさんざんに苦しめた帝国軍左翼艦隊の司令官。その行動は不可解と記されていたが、ユリカは何度か戦闘経過をシミュレートするうちに決してその行動が偶然でも暴挙でもなく、ある戦術的な意思をもって実行されたきわめて大胆な行動であることを確信したのだ。
    
     
     そして今、その司令官が2万隻の艦隊を率いてアスターテの戦場にいるのだ。その名はラインハルト・フォン・ミューゼル……いや、
ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵!
    
        
     「おい、艦長! みんな!」
    
    
     驚愕に満ちたリョーコの声がユリカたちに異変を知らせた。一瞬遅れてルリが状況を報告する。その黄金の瞳は驚きで揺らめいていた。
    
     「帝国軍艦隊、予想の戦場宙域にとどまりません。急進して第4艦隊と接触する模様です」
    
     「まさか、帝国軍の司令官も発想の転換をしたというのか!?」
    
     ゴート・ホーリーが戦闘指揮席から身を乗り出すように驚きの声を上げる。
    
     一斉に視線の的になったユリカは、急展開を表示する戦術スクリーンを見つめたまま、何かをこらえるように拳を強く握り締めていた。
    
    
    
    
    
     ……TO BE CONTINUED
    
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
    
     あとがき
    
     涼です。ついに銀河英雄伝説の本編に突入しました。「アスターテ会戦」をお送りいたします。が、全体で100キロバイトを超えそうなので三話に分けてお送りいたします(謝)
    アスターテ本戦は次回になります。(まだまとまってないし)
    
     それにしても描写する対象が増え、文章量が2.5倍増量になるとは完全に見誤っていました。一回で終わると思っていた作者の測定器が甘すぎたようです(汗)
    
     今回も皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
    
     今回も、ご意見・ご感想がありましたらメッセージ、感想掲示板までお願いします。「声」をいただくというのは本当に励みになるものなので。
    
     作者の制作意欲を煽る戦略的コメント等をお待ちしていますw
    
    2008年12月6日 ──涼──
    
     
涼です。誤字や段落ミスなどを修正しました。「なにそれ?ナデシコF」を追加しました。
  2009年1月4日 ──涼──   
    
     新章に突入にあたり、新たなミスを発見してしまったので、修正を加えました(謝
     2009年4月28日──涼──
   
    微妙ですが文節間の修正や見落とした誤字修正をしています。
    2010年3月5日──涼──
 
  全体的に容量を軽減するために書き直ししつつ、一部挿絵など不要な部分を削除しました。
     2012年10月6日 ──涼── 
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
    
 
なにそれ?ナデシコのコーナー(そのF)
 
    
     はーい、イネスです。私はみんなと違って戦闘は専門外だから、自室で気楽に好きなことをしています。ウランフ提督からいただいた軍事資料とルリちゃんが基地から収集したデータを分析する楽しい日々を送っているわ。
    
     今回のなにそれは、同盟軍の艦艇についての続編です。以前、同盟軍艦艇の大きさについて説明しましたが、今回は同盟軍艦艇の発達史に関して簡単に触れるわね。
    
     とりあえず、国父アーレ・ハイネセンが長征一万光年を壮挙した後から話しましょう。
    
     ◆宇宙暦640年以前◆
    
     自由惑星同盟を樹立した同盟首脳部さんたちは、来るべき戦いに向けて宇宙戦艦の建造を始めました。これが「ハイネセン級戦艦」です。艦艇の全長は今の同盟軍の巡航艦クラスだったみたいね。当然、跳躍距離も短く、武装もその当時相応ということみたね。
    でも、最前部に集中された兵装モジュールや後ろに伸びた亜空間スタビライザーなど、現在の同盟軍艦艇の基本をなした艦型になったそうよ。同盟はこれを八隻建造し、宇宙艦隊の中核に据えました。
    
     その後、ハイネセン級の発展拡大型である「グエン・キム・ホア級」を建造し、首都星ハイネセンの衛星軌道上に軍事工廠を建設して様々な補助艦艇を建造するに至ったわけね。
 
  この軍事工廠によって同盟軍はバランスの取れた宇宙艦隊を配備することが可能になり、急速に陣容を整えていくことになります。
     
     ◆宇宙暦640年初頭◆
     
     キーワードは「ダゴン星域会戦」のあった宇宙歴640年ごろね。
     このころの同盟軍艦艇は規模も数万隻に膨れ上がり、戦力だけなら帝国軍に引けを取らないだろうといわれていたようね。ただ、まだ帝国軍と実際に戦闘は行っておらず、本当の実力は未知数だったといえるでしょうね。
     640年7月に初めて帝国軍との大規模な戦闘を経験した同盟軍は、リン・パオ、ユーフス・トパロウルという二人の名将の活躍で大勝利を収め、多くの帝国軍艦艇を拿捕するに至ります。そして、そのテクノロジーを徹底的に分析の結果、あまり技術的には差がないことが判明したそうよ。帝国軍が怠慢だったのか、同盟軍が勤勉だったのか、いずれにせよ、同盟軍と帝国軍の建造技術に大差はなかったわけね。
    
     ◆宇宙暦760年頃◆
    
     軍事技術の発展がその後、人類の発展に寄与したことは多いけど、長い戦いの中で艦隊の規模や活動時間などは拡大の一方をたどることになったようです。
    
     まあ、当然よね。数千光年を移動して長時間の戦闘に耐えるには艦艇もそれなりの発展をしないと意味がないしね。
    
     それまでの戦闘データを踏まえ、艦隊旗艦を務める大型艦艇の必要性に至った首脳部は、通信設備や管制コンピューターなどを強力にした艦隊旗艦専用の艦を建造することに決めました。
    
     その最初が「カンジェンチュンガ級」よ。ちょっと舌を噛みそうなネームね。従来の戦艦よりも一回り大きい800メートル級の船体に艦隊機動管制に必要な設備が満載され、より高度で迅速な艦隊運動を行うことが可能になった戦艦でした。
     この頃に活躍した提督にブルース・アッシュビー提督率いる「730年マフィア」の面々がいるわね。
    
     その後、「カンジェンチュンガ級」を上回る「アコンカグア級」を建造した同盟ですが、ちょっと野心的すぎて思うような性能が得られなかったみたいね。それは三隻で建造中止になったそうよ。
    
    ◆宇宙暦780年頃〜現在◆
    
     「アコンカグア級」の失敗をもとに新たに設計されたのが、ウランフ提督が座乗する「盤古」、いわゆる「アキレウス級」ね。
    
     781年ごろから順次就航し、796年の初頭において20隻以上が建造されているそうよ。建造途中のものも含めると25隻くらいかしらね。
    
     この旗艦級戦艦は装甲や搭載する艦砲はもちろんのこと、特に指揮管制能力が大幅にアップされていることかしら。その艦隊機動管制コンピューターの容量は、三万隻近い規模の艦艇を統制できるほどだそうよ。すごい艦内容量ね。単純に大型化すればいいというわけではないから、小型化と高性能化が並走しているのでしょうね。その容量だけなら流石に「オモイカネ」もかなわないわね。
    
     もう一つ、この艦式の特徴は、ユニット式艦構造を徹底追求していることね。つまり、地球連合の艦艇と同じく、艦の主要構造をそれぞれ大きなブロックとして設計し、それぞれに必要なブロックを組み合わせることによって戦艦を造るという技法ね。そのブロックを交換または適した形状のブロックを作り出すことによって、艦の有用性を高め、延命化にも大きな効果を果すというわけ。
     
     もちろん、接合部分を規格化してるから、メンテナンスや建造期間も短縮でき、経費を減らし、稼働率を大いに高める効果があるわ。すばらしく合理的な考えね。流石は資本国家と言うことかしらね。
    
     艦の大型化は、航続距離と搭載するコンピューター、活動期間の長期化にともなっていったわけです。
    
     そうそう、各艦によって差があるようだけど、一回の跳躍距離の最大は400光年にも上るそうよ。今後、さらに距離が伸びることは間違いないわね。早くナデシコにも跳躍エンジンをつけてもらえないかしらね。
    
     情報によると新しい艦の建造が始まっているらしいけど、いったいどんな発展を遂げているのか気になるところね。
    
     軍事の技術は果てしないデットヒートだから、このまま戦争が長引くと、いずれまた凄い技術が生まれるかもしれないわね。わくわくしちゃうわ……ごめんなさい、ちょっと不謹慎だったわね。
    
     今回は以上です。また会いましょうね。
     
     イネス・フレサンジュでした。 
    
    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
メッセージ返信コーナー☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
    
     今回もこの場を借り、いただいたメッセージの返信をしたいと思います。
     毎回書いてくれる方、何かを感じて書いてくれる方、本当にありがとういございます。
    
     以下、メッセージの返信です。
    
    
     ◆◆2008年10月26日◆◆
    
     ◇◇3時17分◇◇
    
     ◎◎「次回が楽しみだw」
    
     
>>>メッセージをありがとうございます。その「次回」になりましたが、楽しんでいただけたでしょうか? 全部掲載できず申し訳ありません。
    
     ◆◆10月27日◆◆
    
     ◇◇1時41分◇◇
    
     ◎◎「ゴートは名前から(スケープ)ゴートとされました。どっかで使えませんか?」
    
     
>>>メッセージをありがとうございます。wwジョークかはたまた皮肉かという台詞ですね。そーですねー、イズミかポプランあたりに言っていただきましょうか。誰に言ってもらいたいでしょうか? 
     
    
     ◇◇1時59分◇◇
    
     ◎◎「この原作の改編は大変でしょうが、日々の生活もがんばってください」
    
     >>>ありがとうございます。改編の困難さは、話数が進むつどそう思います。「おいおい、一人でやっちゃったよ」と、どう物語をすすめるか日々考えつつ、仕事にもまれていますw
      
     ◆◆11月13日◆◆ 
    
     ◇◇21時39分◇◇
    
     ◎◎「早く続きが読みたいです。」
    
     
>>>お待たせしました、続きです。そして一回で終わらずに申し訳ありません(汗)
    
    
     ◆◆11月19日◆◆
    
     ◇◇3時19分◇◇
    
     ◎◎「ナデシコクルーは同盟の制服を着ないんですかね? みんな似合いそうなんですがwユリカの同盟軍制服イラストも拝んでみたいですね〜」
    
    
 >>>なるほど、確かにみなさん似合うでしょうね。ホーリーなんかは特にそれっぽく見えると思います。着ないというわけではないのですが、その理由もSSの中に記述されると思います。ユリカの同盟軍服イラストは、お披露目があると思いますよ。
     
    
     ◆◆11月25日          ◆◆
    
     ◇◇21時41分          ◇◇
    
     ◎◎次回が今から楽しみです。処で今後同盟や帝国のエステバリスが出たりするのでしょうか?
    
    
 >>>第四章の前編をお送りしました。中途で申し訳ありません。エステの件については今のところ秘密です。
    
    
     ◇◇21時48分          ◇◇
    
     ◎◎なぜなにナデシコ同盟編みてぇぇぇ!
    
    
>>>俺も見てぇぇぇッス。構想は考えていますが、オチが・・・
    
     ◆◆11月27日          ◆◆
    
     ◇◇6時27分          ◇◇
    
     ◎◎          このままなぜなにナデシコもやってくれ!
    
    
 >>>・・・オチが決まれば外伝形式でお送りするかもしれません。あれとこれとあれとかまだまとまってなくて・・・
    
    ◆◆12月6日◆◆
    
    ◇◇14時55分◇◇
    
    ◎◎更新まだ〜?と、催促は置いといて、エステと比べて見た目スパルタニアンは地味だけど、機動力に攻撃力、どちらもエステに引けを取らないですよね。但し、防御力はエステに負けてますけどね。
    
    
>>>メッセージをありがとうございます。天への訴えが通じたようです。このメッセをいただいた一時間後に前編が仕上がりましたw
     エステにはディストーションフィールドがありますからね。しかし、決してエステは安心していられないと思いますよ。
    
    
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
    
     
ここからは、ヤン提督のイラストのメッセージ返信です。イラストのほうはなかなかコメントをいただけないことが多いのですが、いただけてしまったので、この場を借りて返信させていただきます。
    
     ◆◆11月20日◆◆
    
     ◇◇17時6分◇◇
    
     ヤン提督、いいですね〜 ほんと作中での死が惜しまれるキャラでした… ssの方ではどうなるんでしょうかね〜 次はナデシコクルーと縁深いウランフ提督とナデシコクルー達とのCGが見てみたいですね
    
    
 >>>コメントありがとうございます。おおっ、リクエストですか? 「ウランフ提督と」というところが心にくいですね。全員、普通に描いたら描ききれないだろーなー
     
      ◇◇17時7分◇◇
     
     ビュコック爺さんとルリのツーショットも意外と似合うかもw
    
    
 >>>おじいさんと孫って感じでいいですね。ビュコックの爺さんはユリアンやルリみたいな孫がほしかったでしょうね。ラインハルトは贅沢だろw
    
     ◆◆11月23日◆◆ 
    
     ◇◇0時30分◇◇
    
     三秒スピーチ最高
    
    
 >>>コメントありがとうございます。二秒じゃなかったでしたっけw
    
     ◆◆12月4日◆◆
    
     ◇◇15時9分◇◇
    
     うますぎです。本当の一シーンかと思いました。
    
    
 >>>ありがとうございます。アニメ版ヤン・ウェンリーにこだわりました。なんとか近づけたと思っています。今度はもう少し手抜きのない構図にしようと思ってます。
    
    
    以上です。コメントありがとうございました。
    
    2008年12月6日 ──涼──
     
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
    
    
    
	
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
  
  <<前話 目次 次話>>