今日は大事な作戦会議です
 少将も早くから起きて準備万端です

 ……と言いたかったんですが
 どうもそうはいかないようです
 昨日、遅くまで起きてましたから……はぁ……

 あっ、なんかアキトさんが猛ダッシュで走ってきます
 少将に同行するということで同盟の軍服です
 けっこう似合っています。うん、ステキです
 
 あれ?
 アキトさんがものすごい勢いで走り抜けていきましたが
 急ブレーキをかけて私のところに戻ってきます
 なんだろう? なんか面白いけどw

 「ぜぃ……ハァ、ハァ……ル、ルリちゃん、ルリちゃん、 ルリちゃん……
 相当慌ててます

 「ルリちゃん!」

 はいはい、落ち着いてくださいアキトさん
 なにか不測の事態でも?

 「すぐにオモイカネに頼んでユリカの部屋の扉を開けてくれ!」

 あらら、どうやらプライベートロックが強力でこじ開けられないようです
 通常の端末でもだめみたい。何をしたんだか

 昨日、ちょっとお酒とか入っちゃったしなぁ……
 
 「ええ! ユリカが飲めないお酒をっぉぉぉう!!

 はい、偶然まぎれていたアルコール入りの
 シャンペンをちょっと飲んでしまいまして……
 
 
「や、やばくなりないいっっあああぅ!!」

 
 なんかアキトさんの血の気が引きました
 ガク、ブル気味で言葉にもなってません

 そういえば、確かに弱いですよね
 以前、基地では大変な事がありました
 二挺拳銃でとんでもないことに……

 時間は朝の8時半です。会議前に統合作戦本部長室に行かないといけないはず
 最悪な場合、酔った勢いで統合作戦本部を破壊?

 あのう、いきなり第14艦隊は……解散しませんよね?


 ──ホシノ・ルリ──





闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説






第五章(中編・其の二)


『紛糾する作戦会議/対面、ヤン・ウェンリー』





T



 ──宇宙暦796年、標準暦8月11日、9時50分──

 統合作戦本部地下大会議室が騒然となった

 統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥が入室したとき、集った36名の将官は一斉にその後方を歩く一人の女性に釘付けになった。腰の辺りまで伸びたつややかな頭髪、完璧な輪郭の中に存在する宝石をちりばめたように輝くブルーグリーンの瞳と桜色のみずみずしい唇。同盟軍の地味な軍服は美女が着用すると『より華麗に魅える』とは本当だった。しなやかな肢体に密着する軍服は身体のラインをあらわにしており、特に胸のあたりが窮屈そうに映るのである。

 シトレが片手を軽く挙げると室内が沈黙した。

 「諸君、本日は帝国領遠征における我が軍の具体的な行動計画を決める会議だが、その前に諸君らに紹介する人物がいる」

 シトレは、傍らに立つ美女に促した。

 「さあ、先輩たちに自己紹介したまえ」

 美女はうなずき、一歩前に出て凛々しく敬礼した。

 「このたび第14艦隊司令官に就任しましたミスマル・ユリカと申します。若輩の身ではありますが、全身全霊をもって司令官としての責務を全うする覚悟でおります。どうかご教授のほどよろしくおねがいします」

 その事実を瞬時に受け止めた者はふたたび驚きの声を上げ、受け止めきれなかった者は呆然としていた。室内で平手打ちにされたような顔をしていないのはシトレ以外ではウランフ、グリーンヒル、キャゼルヌの3名くらいである。

 ヤン・ウェンリーは後者に属し、まさかずっと探し続けていた「存在」と作戦会議の席上で会うとは想像していなかったという顔だった。

 帝国領侵攻作戦を立案したアンドリュー・フォーク准将の驚愕はひときわ深刻であり、周囲の他の参謀が一斉に声を上げなければ「なんであんな馬鹿そうな女が艦隊司令官なんだ!」という露骨な怒りが会議室にこだましたであろう。その他にも呪詛をとなえるようにブツブツと呟いていたが、その矛先となったユリカはフォークの醜い視線に全く気がついていなかった。

 それもそのはずで、ユリカは「ついVサインをしそうになった」ことに内心冷や汗をかいて気持ちを落ち着かせることに集中していたのである。会議に間にあったように、とりあえず大多数の不安は回避された。

 シトレが頃合を見計らって室内を鎮めた。

 「諸君には今日までこの人事を秘密にしていたが、彼女の艦隊司令官就任は国防委員長の推薦と私の意見が一致した人事である」

 シトレは「国防委員長」を強調した。フォークを含むトリューニヒト派の不満や批判をかわすためであろう。効果はあり、トリューニヒト派の幾人かはすぐに黙った。

 「彼女の艦隊司令官就任は国防委員長のたっての要望もあり秘匿扱いとした。また、新編成される第14艦隊およびミスマル提督の人事も今のところ非公式となっている。諸君は充分に秘密を守ってほしい」

 どういうことだ? と言いたげな疑問符がほとんど全ての人物の頭上に現れていたが、彼らは命令に忠実な軍人である。全員が敬礼して了承する。フォークも渋々ながら「命令」は受け入れたらしい。

 シトレは確認し、緊張がほぐれたユリカに告げた。

 「ミスマル提督、貴官の席はヤン提督の隣だ。着席したまえ」

 「は、はい」

 凛として、どこか音色のような声が室内を通り抜ける。ユリカはやや緊張ぎみだが、颯爽とした足取りでずらりと着席している艦隊司令官一人一人に敬礼する。無関心な者は存在せず、同盟の歴史を塗り替えた存在に対して頷くなり、返礼するなり何らかの反応を示していた。

 ユリカは、ウランフの席まで来ると立ち止まった。アスターテで別れて以来、実に10ヵ月ぶりの再会だった。双方とも「まさかこんな日が来ようとは」と思いを共有したことだろう。

 特にウランフは、「今日のような日が来ないことを望んでいた」ものの、「今日のような日が訪れるかもしれない」という正反対の思いを抱いていただけに、彼の心境はユリカのそれよりやや複雑であった。

 それでも10ヵ月という期間は両者にとってさほど距離感を隔てたものとはならなかった。ユリカは敬意と感謝をこめて最高の敬礼を同盟軍の勇将に向け、ウランフはその思いを全て受け止めて返礼した。会話はなかったが、両者にとってはそれだけで充分だった。

 すかさずウランフの隣に座る第12艦隊司令官ボロディン中将が「知り合いか?」と声を潜めて友人に尋ねたが、ウランフは笑っただけだった。


 ボロディンと挨拶を交わし終えたユリカの鼓動が躍動感にあふれた。彼女の目の前にはあのヤン・ウェンリーがいる。脳裏にはあの時のヤンの激励が蘇った。

 「負けはしない。要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ」

 その言葉通り、ヤンは負けなかった。ユリカでさえ考え付かない発想で危機を脱し、多くの同盟軍兵士を生還させたのだ。その前にはティアマトで活躍し、イゼルローン要塞攻略では味方の血を流すことなく勝負を決めてしまった。ずっと前にはエル・ファシルの民間人を一人も見捨てることなく救出していた。

 ユリカは、ヤンの才能と命を軽んじない姿勢に心から尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 「ヤン提督、ようやくお会いできましたね」

 ユリカの今日までの思いを込めた一言、そしてけぶるような笑顔……

 ヤンは、戸惑った末にベレー帽の上から頭をかき回し、恥ずかしそうに呟いた。

 「やあ、どうぞこちらこそよろしく」

 平凡そのもの。

 しかし、「ヤン・ウェンリー」という為人を確かめるにはそれで充分だった。

 (これがヤン提督なのね。想像通りだなぁ……)

 満足気にユリカは微笑んだ。ヤンは伏し目がちに頭をしばらくかいていた。









U

 シトレは、ユリカが着席したのを確認すると、今回の遠征に動員される陣容を発表するようキャゼルヌに依頼した。遠征軍の陣容は公式発表こそまだされていないが、すでに内容は決定している。

 総司令官は、宇宙艦隊司令長官であるラザール・ロボス元帥。副司令官は置かれず、総参謀長にドワイト・グリーンヒル大将、作戦主任参謀コーネフ中将、情報主任参謀ビロライネン少将、後方主任参謀として同盟軍の補給を担うのがアレックス・キャゼルヌ少将だ。

 作戦主任参謀の下には作戦参謀が5名置かれる。その中の一人にあのアンドリュー・フォーク准将がいた。スーン・スールズカリッター大尉とは同期であり、首席と次席の間柄だった。

 もっとも、ライバル関係というわけでもない。親交もなかった。その他多数とともに大尉がフォークを嫌っていたためである。

 実戦部隊は9個宇宙艦隊が動員される。

 第3艦隊 司令官ルフェーブル中将

 第5艦隊 司令官ビュコック中将

 第7艦隊 司令官ホーウッド中将

 第8艦隊 司令官アップルトン中将

 第9艦隊 司令官アル・サレム中将

 第10艦隊 司令官ウランフ中将

 第12艦隊 司令官ボロディン中将

 第13艦隊 司令官ヤン中将

 第14艦隊 司令官ミスマル・ユリカ少将

 実戦部隊だけで15万隻を超える規模である。首都星に残るのは第1艦隊と第11艦隊となる。

 また、シトレ元帥の先の発言のとおり、第14艦隊は非公式扱いになっており、公式発表の際、陣容の一覧たる公式書類には第14艦隊の名前は表記されない。

 発表されないだけで内部書類には永遠に「同盟史上初の女性艦隊司令官」の名は記されるのである。「まさに出兵の規模に相応しい、歴史的瞬間」と書類に記述されている。

 その他、陸戦部隊、補給、医療、工兵といった非戦闘要員が加わり、総動員数は3108万3650名の数に上る。

 これは、国家が一度に動員できる兵力限界値である総人口に対する0.2パーセントを上回る数値だった。

 ユリカもあらためて数値を聞くと、そのスケールの巨大さに圧倒される。


 陣容の発表が終わると、シトレ元帥が会議室全体を見渡して協議スタートの火蓋を切った。

 「本題に入ろう。遠征における吾が軍の基本行動計画が定まっておらず、それを決定するための今日である。出席している諸君にはぜひ忌憚のない提案と意見を出し合ってもらいたい」

 内容に反してシトレの声は低いものだった。ヤンやユリカには本部長が遠征に積極的でないことが手に取るように伝わってきていた。もちろん、今回の遠征が何を目的として決定されたか知っているからに他ならない。いや、だいたい同盟の国内事情をある程度理解している者ならば思い至るに違いないのだ。

 「今回の遠征は同盟の政治家どもが三ヵ月後の統一選挙を視野に入れて決定したことなのだよ。統治者が失政をごまかす常套手段というやつだな」

 シトレから遠征決定の裏事情を聞いたユリカやプロスペクターはあきれたものだが、権力者の堕落というのは時代も次元も文明も関係なく繰り返されることだと痛感せざるをえない。

 いつかのウランフの言葉がユリカの脳裏で反芻された。

 「貴官たちにこんな事をいうのも恥ずかしいのだが、今後のこともある。ぜひ知っていてもらいたい。今の同盟の権力中枢は様々な腐敗を抱え、永い戦争の消耗で国力も疲弊している。政治家は権力保持に走り、軍人は無謀な軍事ロマンチズムに傾倒している。かろうじて良識派が中枢部にあり崩壊を食い止めているが、政治家、軍人ともに恣意的な行動がどんどんエスカレートしている状況だ」

 そのときほどウランフの表情が落胆したことはない。同盟軍の勇将といえど、苦手な戦場外での出来事となると、どう手をつけるべきか苦悩しているようだった。
 

 ユリカの視界に変化があった。発言を求めた一人が席から立ち上がったのだ。

 「先任参謀のアンドリュー・フォークであります。今回の遠征はまさに我が同盟開闢以来の壮挙であります。その作戦に参加できることは武人の名誉のきわみであります」

 やや高揚気味に発言した人物が例のフォーク准将だと知ったユリカの顔が険しくなった。パッと見の印象は悪いものではなかったが、スールズカリッター大尉の言うように他人をすくいあげるような上目づかいとあざけるような口元がユリカを不快にさせた。そしてこの人物が同盟に数少ない20代の将官の一人だという事実に危うさを感じずにはいられない。

 ふと、フォークと目が合ってしまったユリカは形のよい眉をいささか吊り上げざるえなかった。どこか異様とも思える嫉妬心の刃を突き立てられたように感じたのだ。ヤンに肩を叩かれなければずっと睨んでいたかもしれない。

 次に発言を求めたのはウランフだった。ユリカが思わず拍手をしてしまったのはご愛嬌? 

 唖然とされる中、シトレが咳き込んで事態を収拾するも、ウランフは苦笑いするしかない。ただそんな突発的な事態に心を乱す同盟軍の勇将ではない。

 「作戦そのものは議会で決定しており、赴けと命令されれば我々は軍人である以上、どこへでも赴く。それが専制国家として多くの人民を虐げる帝国の本拠を突くというならなおさらだ。
 しかし、壮挙と軽挙は別物であろう。今回の作戦を成功させるためには綿密な行動計画と補給線の確保が必要だ。まず遠征の目的を伺いたいとおもうが?」

 ウランフは着席した。迂遠ながらも巧みに遠征の問題点に切り込む勇将にユリカは「さすが」と言いたげだ。もちろん気の緩みを恥じたのか「拍手」はしない。

 ユリカは思う。議会で決定されてしまった遠征を中止させることはできないものの、回答を述べる人物の発言内容いかんによっては遠征の主旨が「いまいちよくわからないもの」になる可能性が高い。目的と目標を混同せずに明確な戦略が語られるのか……

 ユリカは、該当するであろう人物に視線を向けた。彼女の予想どおり、シトレとロボスに促されて立ち上がったのはアンドリュー・フォーク准将だった。

 「我が同盟の大艦隊が帝国の奥深く進攻する。それだけで大貴族たちの心胆を寒からしめることができるでしょう」

 期待するのがまちがっていた、とユリカの心境はアキトをラブラブ作戦にひきずり損ねたような嘆きに近い。チラリとヤンを見たが、あきれているのか口が開いたままだ。フォークの回答は最初から明確な目標そのものが定まっていないのだから当然である。

 無論、ウランフは聞き返した。

 「内容が抽象的過ぎていまいち理解できないが、もう少し具体的に説明してもらいたい。帝国に我々の偉容をみせつけて退くと小官には聞こえたが?」

 フォークは首を横に振る。

 「そうではありません。帝国領に進攻し、高度な柔軟性を維持しつつ、その状況に合った臨機応変の対応をとることになります」

 「なぬ?」

 さすがにウランフは眉をしかめる。意味がよけいにわからんと言いたげだ。

 「要するに、行き当たりばったりと言うわけですよね」

 皮肉を効かせた玲瓏な声はユリカだった。一斉に注目を浴びてしまう。彼女自身、つい口に出してしまったようだが、本人は発言そのものを訂正する気はないようだった。フォークの唇と眉が同時に歪むのがユリカの瞳に映っていた。

 フォークはユリカをこれでもかと睨みつけ、何か反論しようとしたが、

 「わしもミスマル提督と同感じゃな」

 という第5艦隊司令官ビュコック中将の支援発言に機先を制された形で反論するタイミングを失ってしまった。シトレやグリーンヒル、はてはトリューニヒトまでが敬意を払うたたき上げの老練な用兵家まで相手にするのは分が悪いと悟ったのか、二人の発言が正規でないこともあり、さり気なく無視することにしたようだ。










V


 「他にありませんか?」

「はい!」

 と講師に質問する学生の如く右手を挙げてユリカが発言を求めた。ユリカの「平然とした視線」とフォークの「小生意気な女め!」という「侮辱をはらんだ視線」が衝突した。

 シトレが発言を許可した。

 ユリカは立ち上がった。

 「先ほどの戦略目標ですがまだ不鮮明であり、そもそも確定していません。まず行動方針を明確にするべきです。帝国領に侵攻し民衆の解放を目的とするのか、帝国軍が迎撃に出てきたところを全戦力をもって叩き、その戦力を減少せしめることが目的なのか、まず定めていただきたいと思います」

 ユリカが着席すると、眉間をヒクヒクさせたフォーク准将が立ち上がった。

 「ミスマル提督は先ほどのご説明をよくお聞きになっていないようですね」

 「と言いますと?」

 いちいち癇に障る女だ! 蒸し返しやがって!

 声ではなく、フォークの表情がそう語っていた。だがここで激発しては彼の壮大で崇高な作戦に傷がついてしまう。気持ちを落ち着かせるために咳払いする。

 「目的は帝国中枢部の心胆を寒からしめ、その過程で臨機応変に対処します。もちろんその中身は圧政を受ける多くの帝国人民を解放する意味もあるわけです」

 「二兎を追う者、一兎も得ずということわざがありますが?」

 酔ってはいない。シラフである。

 ユリカの厳しい指摘にはらはらする諸将は多い。ウランフよりヤンの方がどきどきしているくらいだ。ビュコックなどは「よく言った」とばかりに大きく頷いていた。

 ヤンがユリカを支援した。

 「現時点を以って帝国侵攻の好機とみなした理由を訊ねたいが?」

 「選挙が近いからじゃろ」

 またまたビュコックの皮肉が飛んだが、フォークはもちろん無視した。

 「戦いには機というものがあります」

 まるで舞台俳優のように会議室全体を見渡してフォークは説明を始めた。

 「機というものはそれを実行する以前にすでに前触れのようなものが現れているものです」

 わざと間を空ける。何か効果を狙ったのだろう。

 「まさにそれが今なのです。あのとき決行していれば、ではなく、今すぐに決行すべきであるという情勢そのものが我々の機なのです」

 よく意味がわからずヤンが訊き返した。

 「情勢? 今こそが帝国に攻勢に出る好機だというのかい」

 「申し訳ありません、大攻勢です

 フォークは自信タップリに訂正した。

 「イゼルローンを奪取したことにより帝国中枢部は浮き足立っていると聞き及んでいます。まさにそのさなかに同盟による空前絶後の大部隊が帝国に奥深く進攻すれば敵は狼狽することを知らず、我らが大艦隊は自由と正義の旗を掲げて帝国領を席巻し、勝利以外の何者もありえないのです」

 明らかに自己陶酔している、とユリカは思わざる得ない。自分も昔はちょっとあんな感じだったのかと振り返ると赤面ものだ。

 ヤンは反論した。もともと戦略構想に問題があるから言うだけ齟齬をきたす可能性があるが、言わずにはいられない。

 「敵の領土深く侵攻するのは最善とはいえない。戦線が縦に伸びすぎて補給と連絡に支障をきたしてしまう。敵は我々の伸びきった隊列の側面から攻撃を仕掛け、容易に我々を分断することが可能だ」

 対するフォークは理論的に一蹴する。

 「ヤン提督は分断される危険性を強調したいようですが、そんな危険は訪れません。なぜなら我が艦隊の中央部を帝国軍が突こうとも、敵は前後から挟撃されて敗北必至だからです」

 なんでそんなに楽観的なんだ、と心の中でヤンは叫びつつ、さらに反論した。だいたい帝国軍が進行しているときに襲ってくるとは限らないのだ。隣のユリカはじっとヤンの横顔をみて話を聞いている。

 「おそらく……いや、確実に帝国側の指揮官はローエングラム伯だ。彼がこれまでに我が軍に対して執った戦術的行動の数々がローエングラム伯の軍事的才能を示している。
今回の作戦は彼の能力を考慮に入れ、いま少し慎重な作戦を立案すべきではないだろうか」

 ヤンの発言にすばやくユリカが賛同した。

 「ヤン提督のおっしゃるとおりです。2月のアスターテ会戦一つをとってもローエングラム伯の軍事的才能は驚愕に値します。三方から囲まれた状況を不利とみなさず各個に撃破できる好機ととらえるなど、とても凡将の思考ではありません。
 私も極秘任務でアスターテにいましたから戦術の凄さを実感しています。ローエングラム伯に対する軍事的才能を考慮し、作戦内容に変更を加えるべきです」

 屈強な「おじさん連中」にあって見目麗しい女性艦隊司令官はただでさえ目立つのだが、その彼女が拳を振るって熱弁する姿はさらに華麗であり、威光さえ放っている。

 だから「やはりあの電文は彼女だったのか」とヤンが納得しつつ、ユリカをまぶしい目で見るのも仕方がない。

 フォークより先に発言したのはグリーンヒル大将だった。

 「貴官たちがローエングラム伯を高く評価しているのはわかるが、彼も人間であり、そもそも若い。失敗や計算間違いを犯すこともあるだろう」

 ヤンにとっては(おそらくユリカにとっても)グリーンヒル大将の意見はさほど重要ではない。

 ヤンは、はっきり言った。

 「ローエングラム伯が失敗をしても、我々が彼以上の失敗を犯せば自然とこちらが敗北するだけです」

 「そもそもこの構想自体が間違っています」

 ヤンが驚くのも無理がない。自分が言いたかったことを隣の美女がズバリ言ったのだから。ビュコック中将などはおもしろそうにあごを撫で回し「さて、老人の出る幕はないようだな」と言っているようだ。

 フォークの顔が幾度目かの歪みに変化した。

 「構想自体が間違っているとはどういう意味でしょうか?」

 「言ったまんまです」

 ユリカの声は素っ気ないが迫力があった。

 「女性パワー炸裂だな」

 どうも自分の周りには元気な女性が多いようだ、などとヤンは呑気に胸中で感想を述べていたりした。やれやれ、自分も彼女くらい積極的になれたらなぁ……

 その後が続かなかったのはフォークの不快な声がしたからだ。

 「残念ですが、ミスマル提督のおっしゃりようは小官には理解できかねます。構想そのものは帝国の民衆を圧政より解放するものだと先刻も申し上げたはず。その正義の構想自体が間違っているとは認識能力に欠けるといわざる得ません。いずれにしろ、我々が上の失敗を犯すというのはただの予測でしかありません」

 ヤンは気が重くなったが、ユリカは違った。

 「予測? 予測と決め付けますか? 古来より敵を過小評価して大敗を喫した例は数え切れません。まして今回の遠征は最初から同盟にとって身の丈を越える行為です。いくら慎重になっても足りないと思われますが?」

 容赦のない新人艦隊司令官の攻勢にフォークの血管の一部が浮き出した。が、生意気な女一人にしてやられては己の崇高なる志が台無しになるとまた思い直したのか、有効な反論を見つけてユリカを睨み返した。

 「ミスマル提督のおっしゃりようをそのままそっくり逆にしてお返ししましょう。古来より敵を過大評価して勝機を逃した例は枚挙に暇がありません。敵を恐れ、戦うべきときに決断せず、本来は勝者であった側が敗者に転落してしまう道理です。

 それにミスマル提督は女性特有の感情に支配されております。戦いという行為から目を逸らし、慎重になりすぎて犠牲者を増やすマイナスの懸念です。また、武人の気持ちをお分かりになっていないようです。大軍を以って我ら同盟の来援を待つ数百億の民衆を救うという大義を掲げ、もって悪逆非道な専制君主を撃たんとする武人の誉れ高き意志を女性である提督はご理解できないようです。そのような消極的な姿勢は味方の士気を著しく下げ、全同盟市民の専制国家打倒という悲願を否定し、その行動と協力を削ぐとあっては、提督の意図するところはな辺にあるのか、そもそも利敵行為に類すべきものとい言わざる得ません」

 ダンッ、という大きな音とともに会議室の空気が揺れた。ビュコック中将がテーブルの表面を拳で叩いたのである。

 「フォーク准将、貴官の今の発言は二重の意味でミスマル提督に対して礼を失しているのではないかね」

 「とおっしゃいますと?」

 「まず、ミスマル提督が女性であるからと武人の気持ちがわからないなどと彼女を差別していること。ミスマル提督は多くの将兵の命を預かる艦隊司令官だ。疑問と不審に思うことを意見として述べるのは当然の権利である。
 また、貴官の意見に対して慎重論を唱えたからと言ってそれを利敵行為呼ばわりするとは節度の範疇を越えているのではないかね」

 「小官は女性特有の心配性に対する懸念と、作戦構想を否定する彼女に対して一般論を述べたにすぎません。少将一個人への誹謗と受け取られてははなはだ遺憾です」

 フォークは気を取り直して続けた。

 「何度も申し上げますが、今回の遠征は専制国家の暴政と圧政に苦しめられる銀河帝国250億の民衆を解放し、全人類の恒久的な平和と民主共和制の繁栄を実現するための崇高なる大義に基づく戦いであります。イゼルローンを失い、狼狽する帝国中枢部を叩き潰すのは今しかないのです。
 勝機を呼び込む行動と決断こそが吾々、自由の旗を掲げる自由惑星同盟軍のあるべき姿なのです。これに反対する者は結果として帝国に味方する者と言わざるをえません。小官の主張は誤まっておりましょうか?」

 ユリカは唖然としてしまった。フォークの行動そのものが利敵行為ではないのか。ヤン提督に対抗するために私的ルートを通じて評議会に作戦案を提出するなどもってのほかであるはずだ。そんな根拠にない事はほとんど知ってもいないだろうし、知っていても公式の場で指摘できないだろうとタカをくくっているのだろうか?

 もしそうならここでフォーク准将に引導を渡してやろう

 ユリカは決意し、実りのない個人演説を続けるフォークに向って勢いよく声を上げようとした。

 そのとき、ユリカの軍服の袖を引っ張る者がいた。はっとして振り向くと、ヤン・ウェンリーが首を横に振って、

 「これ以上はやめたほうがいい。君のためにも第14艦隊にもよくない」

 と目で訴えていた。

 その忠告がわからないユリかではなかった。フォークの威勢に唇をかみ締めつつも、その後方に控えるであろう多数の主戦派とトリューニヒトのさらなる介入の危うさを警戒して何も言わずに席に座った。

 フォークは、生意気な女が自分の弁舌の前に討論をあきらめたと勘違いし、ますます勢いに乗って熱弁を振るった。

 「吾々は解放軍としてひるむわけにはいかないのです。たとえ的に地の利があり、新兵器があろうとも今をおいて専制国家を叩きのめし、永い戦争に終止符を打つことはできません。吾々が解放軍、護民軍として絶対大儀に基づいて行動すれば、それは帝国の民衆の自由への意思を呼覚まし、歓呼して吾々を迎え、帝国打倒のために進んで協力するに違いないのです……」

 ユリカは今度こそ本気でうんざりした。フォークの主張する内容があまりにも「期待」で彩られていたからだ。古来より希望的観測のみで行動した結末は敗北か死かの憂き目を見ている。理想と想像だけで軍隊を動かしてよいわけではないのだ。

 ユリカ自身も「楽観論」で行動していた時期があり、とてもえらそうな態度は取れないが、だからこそフォークの言う内容が危険であることがわかるのだ。

 そもそも帝国の遠征計画が希望的観測によって立案されたようなものだ。それも一個人の出世欲によってである。

 ユリカはヤンの横顔をみた。その向うのウランフの表情も優れていない。まともな神経を持つ者ならフォークの妄想に嫌気が差して当たり前だろう。
 
 シトレ元帥が言うようにフォークのような幻想に支配された軍人をのさばらせていいわけがない。良識と責任ある行動力を有する軍人たちだけでも同盟の根幹を支え、それから同盟の政治体制の改革に繋げてもいいはずだ。

 それにはまず、ユリカ自身が功績を上げ、同盟軍内部に確固たる地位を築く必要がある。その舞台はすでに用意されている。あとは彼女の指揮一つにかかっているのだ。多くの問題を抱える遠征だが組織に属した以上、与えられた条件の中でベストを尽くすしかない。

 それがどんなに困難であろうとも、ユリカとナデシコクルーが決断した「選択」なのである。

 ……遠征軍の配置が決定されていった。

 先鋒はウランフ提督の第10艦隊、第二陣がヤン提督の第13艦隊だ。ユリカ率いる第14艦隊は後方支援が主な任務であり、帝国領が占領されないことには基本的に出番がなく、新設されたばかりで演習も行っていないことから最後衛となる。

 遠征軍総司令部はイゼルローン要塞に置かれ、作戦期間中は総司令官ロボス元帥が要塞司令官を兼任することになった。









W

 ヤン・ウェンリーにとって作戦会議そのものは徒労のうちに終了したが、成果という点ではゼロとはいえなかった。もちろん、同盟史上初の女性艦隊司令官ミスマル・ユリカ少将の存在だ。

 アスターテ以降、ずっと探し続けていた存在とまさか作戦会議の席上で対面することになるとは劇的すぎて演出でもされたのかと疑ってしまう。

 「よかったなアッテンボロー、期待以上の美人だったぞ」

 独語しながら、ヤンは作戦会議でのミスマル・ユリカを振り返った。「トリューニヒトの推薦」と言うわりには彼女の発言の数々は少数派であり、ヤンも思う遠征の中身の懸念やら問題点を的確に述べていた。彼女がもし誘おうというのであれば、もっと公式の席で発言するはずである。

 「さすがにアスターテで私と同じ対処法を考えていただけあるな」

 ヤンは感心しつつ、つい先刻の会話を思い出していた。会議終了後、ミスマル少将はウランフ提督と二、三のやり取りをするとヤンの元に再び歩み寄り、

 「ヤン提督、先ほどはお気を遣わせてしまい申し訳ありません。提督とはもっとお話がしたいのですが、ウランフ提督と大事な話がありますのでここで失礼させていただきます。次に機会があったときにはぜひお茶でも飲みながらお話ししましょうね」

 とニッコリと笑い、戸惑ってろくに気の利いた返事も出来なかったヤンに敬礼し、軽やかに身を翻して会議室を出て行った。

 「やれやれ、私も甲斐性がないなぁ……」

 ヤンはぼやきつつ、アッテンボローの情報が裏付けられたことを確認した。やはりウランフ提督は何らかの形で「特務戦艦ナデシコ」に関わっていたのだ。それもすでにミスマル提督とは親しい間柄ではないか? 

 いったい、アスターテ以前に何が起こり、アスターテ以降に何の進展があったというのだろうか?

 ヤンは、今ある彼の手元のパズルをもう一度整理した。「第一次殖民惑星独立戦争」 「歴史から消えたナデシコという戦艦」 「特務戦艦ナデシコ」 「ミスマル・ユリカ提督」 「非公式の第14艦隊」 「シトレ元帥とウランフ提督」 「ヨブ・トリューニヒトの影」

 「どうもいまいち想像できないんだよなぁ……」

 ヤンは、ベレー帽を脱いで収まりの悪い黒髪をかき回した。一つだけ疑問に思うのは、なぜ今まで秘匿扱いされていた存在が帝国領遠征の直前に現れることになったのか? 大舞台にトリューニヒトが合わせたとでもいうのだろうか? それとも、自分が知らない舞台裏でなにか重要な物語がずっと展開されていたというのだろうか?

 ヤンは顔を上げ、まだ会議室に残っていたシトレ元帥と目が合った。元士官学校の校長はかすかに笑う。

 「どうやらいろいろと聞きたそうだな、ヤン提督」

 「ええ、まあ……」

 否定しようとしたら肯定してしまっていた。どうやら好奇心の方が勝ってしまったようだ。残念だが興味と関心を持つなというのが無理というものだろう。もちろん、ミスマル提督の後方に控えていたシトレ元帥の思わせぶりにヤンは思い切って乗った。

 「ミスマル提督と特務戦艦ナデシコとはいったい何なのですか?」

 「やはり気になるかね?」

 もったいぶるのは勘弁してほしいと思う。

 「ええ、まあそれとなく」

 「アスターテ以降、随分と秘密裏に調査していたようだから当然といえば当然だな」

 「!!!!」

 ヤンは驚いたが、冷静に考えれば知られていて当然かもしれない。全ての行動に対して絶対的に悟られないという自信はない。相手がシトレ元帥やウランフ提督ならなおさらである。ただ、今まで高みの見物をされていたのかと思うといささか悔しくもある。

 もっとも、ヤンが不思議に思ったのが、秘匿された存在をかぎまわっていたにもかかわらず、シトレ元帥がヤンやアッテンボローの行動を掣肘しなかった事実である。

 意図するところが読めないのだ。それを含めてヤンは再びシトレに尋ねた。

 「本部長、私に尋ねたナデシコの歴史と、特務戦艦としての存在であるナデシコ。その指揮官であるミスマル・ユリカ少将……いったい本部長は何を隠しておられるのですか?」

 「ふむ、それは君自身で見極めたまえ」

 即答だった。ヤンは虚を突かれたように口を開けてしまったが、「それって随分酷い回答だ」と心の中で抗議した。

 「私が今ここで真実を話したとしても君にもすぐに理解できないことだろう。それに眼前に帝国への遠征が控えているのだ。そちらに集中することだ。君のとって不本意な戦いであってもな」

 いろいろな意味で「一杯食わされたな」とヤンは思う。シトレが「ナデシコ」に対して何らかの関心をヤンに持つように仕向けたことは理解したが、一連の謎についてもったいぶった挙句に「自分で見極めろ」とはずるいなと思う。

 「たまには士官学校時代のように宿題を課すのも悪くないだろう」

 ヤンの心中を見透かしたように元帥はズバリ言った。

 その直後に、ヤンはシトレ元帥からアンドリュー・フォークの野望を聞くことになった。




◆◆

 第10艦隊司令部では、ユリカがアキトを伴ってウランフと久々の会話を楽しんでいた。

 「正直、こういう日が来るとは想像していなかったよ」

 嘘である。ウランフはアスターテでユリカたちと別れる際に何か予感めいたものを感じていたのだ。

 「シトレ元帥からユリカくんの艦隊司令官就任を聞いたときは、本当に飛び上がって驚いてしまったよ。私の艦隊に所属するものだとばかり思っていたからね」

 ユリカは、そのとおりと頷いた。

 「私も驚きました。きっと自分は夢を見ているんだと思ったくらいです。みんなにも艦隊司令官になりますって言ったら、そのときの反応は今でも忘れられません。アキトなんか鳩が豆鉄砲食らったみたいなって感じでしたよ」

 「ちょ、ちょっとユリカ……」

 アキトは、恥ずかしそうに肩をすくめる。先刻、ウランフと再会を果し、「テンカワくん成長したな、雰囲気でわかるぞ。これからも精進しなさい」

 と褒められ、内心でガッツポーズしていたのに瞬時に気分がブルーである。ユリカにはさらにKY思考を改め、控えめに冗談を言ってもらいたいと心から要望したい。

 ウランフが用意されたコーヒーを一口すすった。ツクモ中佐ほどではないが美味しいコーヒーだ。どうやら第10艦隊では「イケるコーヒー」には困らないらしい。

 「どうだね、うちの中佐は元気でやっているかね」

 コーヒーで思い出したのだろう。

 「はい。ツクモ中佐には日々いろいろ教えていただいています。まだナデシコの艦内を把握できていないようですが、クルーのみんなとは仲良くなっていますよ」

 「そうか、ならばよし。彼自身にも妙な既視感というものがあったらしいからな。貴官らの民族的な宗教観で言うところの“輪廻転生”というところだろう。もしそうだとしたらツクモ中佐がすんなりナデシコに溶け込むことが出来たのも理解ができる」

 二人は頷き、コーヒーカップを手に取る。もしそうだとしたら、もしそうでなくても、ツクモ中佐はツクモ中佐である。彼らが接したヤマダ・ジロウとシラトリ・ツクモとは個人を共有するものではない。早い段階でツクモ中佐は彼らとは違うと認識したからこそ、あらたな思いで接することが出来ているのだろう。

 それはとても大事なこと。ガイ・ツクモ中佐個人を尊重することが大事なのだ。

 「さて……」

 ウランフがコーヒーカップをテーブルに戻し、急に真剣な顔を二人に向けた。

 「貴官たちの決断には今さら何も異議をさしはさむ余地はない。困難を承知で貴官らが選んだ道だ。私は貴官らとナデシコクルーの自由意志を尊重し、今後も協力を惜しまないだろう……」

 なぜか言葉を切ったウランフの眼光は鋭い。二人は思わず身構えてしまう。

 「帝国への遠征は議会で承認され、近日中に我々は遠征の途に上るだろう。ミスマル提督はよく理解したと思うが、遠征の中身である戦略構想自体がまともではない。運営そのものまで無責任なものにならないかと私は懸念している」

 アキトは、ウランフが一瞬見せた苦悩によって会議そのものの内容を大筋で理解した。

 「しかし、我々は軍人だ。問題があろうとも命令とあらば荒波を越えねばならない。二人ともわかっているな」

 「はい、承知しています」

 ユリカの返事は明瞭である。ウランフは頷き、アキトはあらためて幼馴染の変化に驚きつつ、彼女の横顔をそっと見た。強い意思がその秀麗な輪郭内にあふれている。まだあぶなっかしい部分がないわけではないが、人の成長というものは何と新鮮な驚きと可能性で彩られていることであろうか。

 「それは俺だって同じさ」

 ユリカだけではない。アキトも他のみんなも成長しているのだ。その実感も手ごたえもある。だからこそ、以前よりもっとユリカとみんなを守る自信があった。

 ウランフが告げた。先刻ほどの憂慮感はない。

 「さて、再会を祝して食事といこうか。それくらいの間はみんなにがんばってもらおう。もちろん私がご馳走しよう」

 ウランフのありがたい申し出に、二人は勢いよく席を立ったのだった。





──とある部屋──

 「くそっ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれ……おのれっ!」

 アンドリュー・フォークは何度も怒りを壁にたたきつけた。先刻の会議において信じられない人事が発表されたのだ。

 「第14艦隊司令官ミスマル・ユリカです」

 女! 女! 女! 女! 女! 女! 女! 女! 女! 

 女だと!!

 自分という天才がいながら、軍上層部の馬鹿どもはどこに目を付けているのか! 国防委員長の推薦とはどういうことだ! 本来ならその席にいるべきはこのアンドリュー・フォークが相応しいのだ。

 会議で「生意気な女司令官」を黙らせたフォークは悠々と自己の演説を述べて自尊心を取り戻したが、さんざん口出しをしてきた「ミスマル・ユリカなるぽっと出の色仕掛け女」の顔を思い出すたびに怒りがこみ上げてきていた。

 「私の偉大な作戦をあんな女に邪魔されてなるものか!」

 フォークの嫉妬心の炎は激しく燃え盛っていた。プライドを傷つけられたことも一度ではない。

 だが、あんな小娘一人に関わっているわけにもいかない。自分の立案した作戦は「完璧」であり、これで帝国の民衆の力を結集すれば勝利は確実なのだ。そのときこそ、稀有壮大なる偉大な作戦立案者アンドリュー・フォークは何者も越える名声と地位を手に入れるのだ。ヤン・ウェンリーの功績などかすんでしまうくらいに。

 「二兎を追うもの、一兎も得ずといいますが?」

 また不快な声が蘇った。フォークはミスマル・ユリカの姿を記憶から消去してしまうほど頭を激しく振り続けた。その瞳が狂気的に鈍く輝いた。

 (いいだろう、くそ生意気な女め! 絶対に恥をかかせてやる……)

 醜く、根深い嫉妬がミスマル・ユリカと第14艦隊の背後を脅かそうとしていた。





 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 涼です。第五章(中編・其の二)をお届けします。遅れて申し訳ありません。途中でアクシデントなども発生したため、挿絵は省きましたorz
 さて、期待していただいた会議の内容ですが、難しく考えるのはやめました。初期プロットルに沿って書きました。応えられたかどうかは微妙です。

 それから、どうも話が伸びそうです(汗

 今回もご意見とご感想をぜひともお寄せください。

 次回は、いよいよユリカ率いる第14艦隊が出撃します。

 艦隊章は次回を予定です。ご容赦くださいませ(汗

 余談ですが銀英伝の調べものをしていたときに2ちゃんネルの古いスレッドを見つけまして、そのタイトルが「銀英伝とガンダムどっちが強い?」みたいな内容でした。
 私も以前考えたことがあり、面白そうなので一通り読んだのですが、まあ、最低でしたw

 このスレは2000年のものなので、その年までに放映していたガンダム作品と銀英伝側を比較しての討論となっていたのですが……

 ガンダム側を押す方は、銀英伝を知らん人も多いようで、MSの能力と兵器面にのみ話が偏っているような印象を受けました。ミノフスキー粒子があるから銀英伝側は勝てないとか、ギレンが使ったソーラーレイの超兵器で一網打尽だとか、ニュータイプのいるガンダムMSには勝てないとか、そんな感じがほとんどでした。

 特に強調されていたのは「ターンAのガンダム側」なら勝てると言うことでした。
どうもターンAの中では艦船もワープ能力があり、艦艇の規模も何万隻単位なので、これに近接戦闘で強力なMSが加われば銀英伝側の負けは必至だという話でした。
でも小説の中だけっぽいが?

 まあ、設定が大幅に違う両者を比べるのに無理があります。SF作品は制作された年式が後になればなるほど技術面や設定が強化されてますからねー
 ガンダムはシリーズ化され、作品によってものすごく兵器設定が偏ってたりしますから、ワンシリーズしかない銀英伝で、しかも兵器そのものは二次的に描写している銀英伝側の兵器を「たいしたことがない」といっているガンダムファンにはどうかと思いました。
 一部MSの装備する大口径の粒子ビーム砲は確かに強力ですが、たぶん銀英伝側の標準巡航艦の主砲くらいがせいぜいだと思うんですが、どうでしょうか?
 あと、行動範囲と砲戦距離が違いすぎると思うがw

 私の見解としては、戦略や戦術、戦いにいたる過程や指揮官の能力を省いたとして導き出される勝負の判断はいくつかあります。ターンAを見ていないので、単に今まで見た「ガンダム」で比較すると、以下のようになります。

 1:艦隊の戦力が同等と仮定し、すでに戦場で対峙していたとした場合、銀英伝側が圧倒的に有利だが、ガンダム側が勝利出来る条件として、いかにして銀英伝の艦隊をMSの行動範囲に引きずり込めるかどうかと言うところ。
 ただし、防御シールドを突破して至近からとはいえ巡航艦を沈めることが出来るスパルタニアンやワルキューレの攻撃力、光秒単位の移動能力範囲を持つので、いくらMSが無茶装備のメカでも侮れないと思う。

 2:どのガンダム作品を「相手」にするかにもよるが、銀英伝側がガンダム世界に攻めると仮定した場合、*コロニーレーザーの射程範囲にいかにして銀英伝側の艦隊を引きずりこめるか。この場合、ガンダム側の艦艇の数と指揮官が問題。

 *ちなみに、2:に関しては少なくともコロニーレーザーが数十は必要。砲撃距離が不明だが、範囲は6キロだそうだ。 一基だけでは一個艦隊に打撃を与えるのがやっとだと思う。また、一撃で全艦隊を葬る必要がある。連続発射できるらしいが、どのくらいの時間を必要とするのか設定があいまいだ。
 ただし、「攻撃範囲6キロもあるから銀英伝の艦隊は一網打尽だ」と論じた時点で銀英伝を知らんことが丸わかり。トゥール・ハンマーのほうが砲撃距離も範囲も断然上ですがな。
 一回の攻撃で殲滅できないと次はない。
そもそも、全艦隊を投入するわけないです。

 3:機動兵器の対決は、ガンダム側が圧倒的に有利。ただし、機動力に関しては描写状では比較のしようがない。わりと変わらないような気がする。航続距離はガンダムの負け。
ガンダム側は防衛戦争に徹すれば、勝機を見出せる可能性がある。

 銀英伝側の戦闘艇が勝つためには、対MSに特化した装備タイプを編成しつつ、物量で各個に撃破するしかない。または艦艇との連係が必要。この場合、雷撃艇がポイント。

 ●●他にGガンダム側(デビルガンダム)を参戦させれば、銀英伝側に勝ち目はまずないという意見がありましたが、GガンのMSはむちゃくちゃすぎる。通常のガンダムシリーズとは別にするべきだと思いましたw あれは大半がスパロボだしw

 まあ、それまでのガンダムを連合させないと戦いにならないと言う辺り、すでに勝負がついているような気がしましたw

 他に話が逸れて対戦相手候補に挙がったのは以下の作品です。

 @ マクロス(ボドルザー艦隊の規模って400万隻じゃなかったけ? それでもマクロス落とせなかったというw ゼントラーディーの艦隊は巨人が乗るからでかすぎです。あと、普通に移動可能な巨大要塞の設定って多い)

 A トップを狙え (72キロの艦艇ってなんだw 数そろえんのは無理だし、ゼントラーディー艦隊も真っ青な設定です。これで機動力もめっさあります、というともうむちゃの何者でもない)

 B 無責任艦長タイラー (技術的には銀英伝を上回るということでw タイラー一人で勝たせるつもりなのかな? ラインハルトは甘くないぞ。話的には無理がありすぎる気がする)

 C それ行け! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ (あれは仮想戦争でしょ? 撃沈されてもパイロット死なないの当たり前じゃんw 戦争ゲームの作品なので、実戦はどうかと…おもう。論じる側は作品の設定を理解していないことがわかった)

 D 巨人伝説イデオン (うーん、たしかにイデオンソードは強力だ。艦隊も万単位ということで銀英伝艦隊に対抗できるのでは? ということでした)

 ナデシコも比較に挙がってましたが 「銀英伝VSナデシコ」ではなく、「ナデシコVSガンダム」になってました。ちなみに、内容はここではとても書けません。ナデシコファンが激怒する内容です(汗

 最終的掲示板の結論は、MSとソーラレイを使用しても銀英伝側の行動範囲には抗しきれずガンダム側の敗北となってましたが、ターンAの時代が相手なら逆転という事でした。あくまでも「ガンダム最強」と言いたかったようです。

 で、たくさんの「フォークレベル以下のスレ」があったんですが、その中でもいちガンダムファンでもある私も悲しくなったトンデモレベルのスレが以下です。

「「ガンダムは一年戦争で,50億以上の人が死んだぞ。
銀英伝なんて,ヴェスターラントの虐殺で,惑星ひとつ全滅したのに
たったの200万人しか死んでいない。
どう考えても,ガンダムの方がスケールがでかいぞ。
悔しかったら,全銀河の半数の人口を死に至らしめてみろ!」」

 まあ、9年も前の議論に今更なに言っても仕方がないですが……残念なスレです。
 今、この話題が挙がったら、SEEDが圧倒的に相手として選ばれるんでしょうかね?
 
 そもそも、ガンダムVS銀英伝になぜ話題が振られたんだろうかw
 スレ立てた人物は「ガンダムが最強」の議論を沸騰させたかっただけか?
 
 それにしては比較対照が間違っていると思う。

 いろいろな意味でちと熱くなり、ここにも掲載してしまいました。


 2009年6月30日──涼──


 (以下、修正履歴)
 
 新章突入にあたり、誤字の訂正や加筆を行いました。
 超短編連載Bを末尾に掲載

 2009年9月20日──涼──


 微妙に修正を加えました
 2009年11月15日


 最終修正。末尾のIF短編は削除しました。
 2011年6月21日 
──涼──


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ボツタイトルコーナー

幸か不幸か発生した「ボツタイトル」ですw

@ 『実りなき作戦会議/ヤンとミスマル・ユリカ』
A 『錯綜する作戦会議/再会と対面と』
B 『紛糾する作戦会議/出撃! 第14艦隊』


◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 今回も頂いたメッセージの返信にこの場をお借りします。

 ◆◆2009年5月12日◆◆

 ◆◆22時40分

 いや〜ナデシコと銀英伝のコラボ、いい感じですね^^毎回楽しく読ませていただいています。ぜひ時間をかけてもいいので完結まで読めたら幸せです♪楽しみにしています。



 >>>ありがとうございます。完結の描写は浮かんでいるのですが、はたして完結できるのかどうか……
 応援お願いします。作者を励ましてくださいw

 ◆◆2009年6月19日◆◆

 ◆◆0時20分

 長くなるとは思いますが、完結するまでこまめにみにきます

>>>あ、ありがとうございます。完結まで走り抜けられればいいのですが、投稿できる限りは投稿したいです。どうぞ応援よろしくお願いします。

 ◆◆2009年6月28日◆◆

 ◆◆22時49分

 次は帝国侵攻? 14艦隊はどう活躍(情報撹乱?)その後アムリッツアで13艦隊ヤン指令とどう出会うか楽しみです

>>>メッセージをありがとうございます。次は帝国領侵攻です。はたして、第14艦隊の活躍と戦いとはなんなのでしょうか? ご期待いただければ幸いです。

 以上です。感想掲示板に書いてくれる方も多くなり、こちらも貴重な意見や感想に対して毎度感謝感激しています。

 今話にもぜひお寄せくださいませ。


◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 

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