──駐留艦隊総旗艦<ヒューベリオン>の格納庫にて、撃墜王二人の会話──


 「ようポプラン。マニュアル片手とはどういう風の吹きまわしだ? 最近まじめだな」

 「悪かったな。俺だって基本に立ち返ることだってあるんだよ。だいたい、クロスワードパズルを毎度片手のお前に言われたくないね」

 「で、マニュアルをまじまじと見るお前さんの思惑とやらは?」

 「人の話を聞いてたのか?」

 「どうせ、なんかたくらんでるんだろ?」

 「たくらむとか……ああ、そうだよ、そうですよ! 企んでますよ!」

 「開き直るか……九無主義が聞いてあきれるが」

 「うるさい! 俺だって追い込まれればなんだってやるんだよ。たとえベッドに女なしで寝ることになってもな」

 「ああ、ポプラン……」

 「それ以上言うなコーネフ。お前の言いたいことはわかる。ナデシコに戻るために涙ぐましい努力だな、って言いたいんだろ? そうだよそうだよ! 俺はあの花園……もとい俺を待つ愛機に再び乗るために本気出してるんだよ!」

 「うん、でな、ポプラン……」

 「こうでもしないと、あの小うるさいムライとかいうおっさんが、またヤン提督に余計な諫言をしかねないからな。なあに、ちょっとの間の辛抱だ。あのおっさんは秩序には従順だから反省している姿をさんざん見せ付ければ、ころっと騙されるしな。ポプラン少佐は反省しているようなので、ナデシコ行きを許可してもよいのでは? なんてうちの司令官にきっと言うぜ。ちょろいもんだ」

 「そうだな、ポプラン。それでだ……」

 「みなまで言うな。お前の言いたいことならわかる!」

 「そうか。ならちょっと前からお前さんの後ろに参謀長殿がいたことは、わかってたよな?」

 「………………!?」









闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説



第十五章(後編)

『諸刃の剣/驚異のヴェーニヒ・アルテミス』





T  

 ──宇宙暦797年、帝国暦488年標準暦5月13日──

 ジークフリード・キルヒアイス上級大将率いる帝国軍36000の大艦隊は、圧倒的な火力を貴族連合軍の後方から叩きつけて大勝利を確実とする――――はずであった。

 主砲射程距離まであと1分の距離に迫ったとき、帝国軍の先頭集団に所属する戦艦<フラール>のオペレーターがシートから思わず立ち上がって絶叫した。

 「高重力のエネルギー反応! ちょ、直撃が……」

 言い終えないうちに彼の視界はねじれ、ひしゃげて白光に染まり、多くの僚艦とともに闇の中で原子に還元される。

 さらに数十秒後、想定外の攻撃を受けた帝国軍を第二の高重力エネルギーが強襲した。無言の恐怖とともに黒い稲光を纏った瀑布(ばくふ)は一撃で先頭集団のおよそ3分の1を葬り去ってしまった。

 「なんだあれは!? 要塞主砲クラスだと?」

 帝国軍では動揺と混乱が広がる。貴族連合軍を必勝のパターンで葬り去るはずだったのに、意表を突く強力な攻撃を受けたのだ。

 それが重力波ならばなお更だった。

 「全艦進軍停止。密集隊形を解き、各艦の距離を開けつつ一旦後退せよ!」

 一般の士官や下士官と違って呆然としていられないのが司令官たるキルヒアイスだ。彼は適切な指示を下して部隊の混乱と動揺を鎮めると同時に直属のオペレーターに詳しいデーターを求めた。

 「損害は?」

 「はっ。2度の攻撃によって1000隻あまりが撃沈、もしくは大破しています。そのほか、空間歪曲とみられる影響で損傷した艦も多数に上っています」

 それは予想を超える被害だった。

 「重力波というのは間違いありませんか?」

 重力波と耳にして最も記憶に新しいのが、ミュラー艦隊がファンベルグ会戦で第14艦隊との交戦時に観測したものと、アムリッツァにおいてその旗艦である戦艦ナデシコが放った個艦としては桁違いの破壊力をもった重力波系の巨砲だろう。

 「はい」とオペレーターが肯定した直後、別のオペレーターが血相を変えて報告した。

 「閣下、攻撃してきたと思われる対象を映像に捉えました!」

 キルヒアイスの指示で表示された映像に艦橋人員のほとんどは怪訝な顔をした。

 「なんだこれは?」

 と目を丸くしたのはキルヒアイスの補佐を務めているハンス・エドアルド・ベルゲングリューン少将だった。山男のような髭に覆われた顔が微妙に歪む。大なり小なり、彼と意見を等しくする者が大半だ。

 彼らが映像で目にしたものとは、帝国軍の針路に立ちはだかるよう垂直方向に円を描いて並ぶ12個の白銀に輝く天体であったのだから。

 「アルテミス?」

 一人のオペレーターの独語が艦橋全体を戦慄させる。「アルテミス」と言えば、ほぼ全員が思い浮かべるのが複合鏡面装甲を持ち、あらゆる兵器を搭載する12個の軍事天体である「アルテミスの首飾り」であろう。同盟軍の首都星を防衛しているのも同型とされている。

 キルヒアイスのブルーの瞳が不可解な対象に向けられた。彼にとって、およそ一年半ほど前にカストロプ公領で起こった叛乱を鎮圧する際、ラバート星を防衛していた「アルテミスの首飾り」を完成間もない指向性ゼッフル粒子の使用によって攻略したことが記憶に新しい。

 しかし、ゼッフル粒子発生装置は手元にない。もしあれが「アルテミスの首飾り」ならば大きな損害が出ることは確実であり、事実その脅威にすでに晒されていた。

 「あれが? いくらなんでも小さすぎるぞ」

 と疑問視したのはベルゲングリューンだった。彼も当時、キルヒアイスの幕僚として軍事天体の攻略に尽力したので、実際に目にした「アルテミス」に比べればその大きさは100分の1程度に思われのだ。いや、そもそもあれが本当に攻撃してきたのか?

 「状況的にみて間違いないでしょう」

 赤毛の司令官は断言した。普段は温和な顔がやや強張っているのは、その全貌が明らかになっていない「対象」に対し、少なからず警戒感を強めていたからだ。

 ──とは言うものの、

 「このままでは(らち)が明きません。敵の狙いが警告や恫喝の類であっても、その手に乗るわけにはいきません」

 帝国軍の「目的」はエーベンシュタインを討ち果たすことだ。その絶好の機会が訪れている今、ただ恐れて後退するわけにはいかなかった。

 毅然とした軍人の表情に変わった赤毛の司令官は、全艦に向けて一斉砲撃を命じた。

 「目標、正面に展開する12個の小型軍事天体」

 命令直後、20万本を優に超える中性子ビームが帝国軍の目の前で回転し続ける不気味な「白銀の天体」に叩きつけられた。

 しかし、その結果はキルヒアイスが予想していた通りになってしまう。

 「やはりダメですか……」

 中性子ビームはことごとく弾かれるか逸れるかしていた。残念ながら目の前の小型軍事天体が「アルテミスの首飾り」と同じ装甲であることが確認されてしまったということだ。

 キルヒアイスは、結果が判明すると、すぐに次の対応を命じた。

 「左翼と右翼は前進しつつ、軍事天体の両側面に回りこんでレールキャノンで仕留めろ」

 帝国軍は迅速に行動する。鏡面装甲はビームやレーザー兵器に対してはほぼ無敵だが、実体弾はそうではない。ルッツ提督率いる左翼とワーレン提督率いる右翼がきれいな放物線を描いて12個の小型軍事天体の側面に回りこむ。正面からはキルヒアイス率いる本隊が支援攻撃を実施した。

 そして、ルッツとワーレンの艦隊は軍事天体からの反撃を受けずに回りこむことに成功する。

 「よし、撃て!」

 今度は、磁力によって光速に近い速度で撃ち出された直径120センチあまりのタングステン結晶弾が12個の小型軍事天体を直撃する――はずだった。

 「「なんだと!?」」

 ルッツとワーレン提督はもとより、まさかの光景にキルヒアイスでさえ目を疑った。

 ()けた!?」

 そう、12個の軍事天体全てが弾道の軌道を見切ったように回避したのだ。

 ──と、今度は円陣が崩れて左右に分散した。帝国軍全体が呆然としてしまう中、6基づつ軍事天体が再び円陣を組み、その中心に高エネルギー反応が生じたかとおもうと、次の瞬間には帝国軍めがけて二つの破壊柱がルッツとワーレン艦隊に突き刺さっていた。

 (なんてことだ……動ける上に重力波以外にも強力なビーム砲を撃てるなんて!)

 キルヒアイスにとっては誤算だった──というよりも己が認識で誤ったことを痛感した。目の前の小型軍事天体が「アルテミスの首飾り」の縮小版ならば、惑星の衛星軌道にあるように動くことはないと思ってしまったことだ。

 それはとんでもない「誤認」だった。大きさこそオリジナルには遠く及ばないが、その性能は明らかに凌駕している。

 (しかし、一体どうやって動かしているんだ?)

 深く考えている余裕はありそうにない。キルヒアイスは敵兵器の威力を再認識しつつ、その弱点にも冷静に気づいていた。赤毛の提督の指示が通信回線を駆け巡った。

 「左翼と本隊で軍事天体を攻撃しつつ、ワーレン提督率いる右翼は3時方向に転進し、貴族連合軍の退路を遮断せよ。敵の軍事天体は広範囲をカバーすることはできない」

 キルヒアイスの指示は的を得ていた。オリジナルの「アルテミスの首飾り」ならまだしも、直径がその100分の1ほどの大きさでは防御線の絶対範囲はおのずと限界がある。

 つまり、艦隊を広範囲に展開し、その動きに軍事天体が対応しても、天体の間隔は大きく開き、艦艇の突破を掣肘することは不可能に近いということだ。

 (さすがローエングラム候の腹心だけあるな)

  エーベンシュタインは、帝国軍の動きから相手の意図を読み取っていた。キルヒアイスの分析通りなのだ。惑星を守護する軍事天体であれば防衛する範囲が決まっているので、各天体がカバーすることが可能になるが、広大な宙域ではその連携がほぼ不可能となる。

 (いい判断だが……)

 データーフィールドの中で膨大なデーターを処理する戦闘艇総監は薄く笑った。確かにその大きさそのもが弱点ではあるが、私の数十年に及ぶ研究と開発の成果を舐めてもらってはこまるのだよ!

 エーベンシュタインは、擬似IFSを通じて指令を発する。

 その直後に起こった光景に帝国軍は度肝を抜かれた。

 「なんだと!?」

 と幾人が叫んだのか算定すら不可能だった。12個の軍事天体が突然、今度は弾けるように拡散。そのうち4基が駆逐艦も真っ青の機動力で貴族連合軍の後方を突こうとするワーレン艦隊の左翼に侵入。艦隊の中を疾駆しつつ四方から中性子ビームを乱れ撃った。残りの8基も超高速で帝国軍本体付近に移動。そのうち4基は艦隊に突撃し、やや距離をとった別の4基は円陣を組んで三度(みたび)高出力の重力波砲を先頭集団に放った。

 帝国軍の各所から悲鳴が上り、ワーレン艦隊の進軍は止まってしまう。

 この事態にキルヒアイスの対応は珍しく完全に後手に回った。レールキャノンを回避した経緯から、さらなる機動性の可能性を予想はしていたものの、これはその最悪を極められていた。

 (こんなものを貴族――いや、エーベンシュタイン上級大将が? これはもうただの軍事天体というよりも衛星型高機動攻撃兵器(・・・・・・・・・・)だ)

 並の思考の持ち主ならば、ここまで圧倒的な「力」を見せつけられれば怯むか退却を判断するのだが、ラインハルトは言うに及ばず、多くの有能な提督たちから一目も二目も置かれる赤毛の司令官の決意は全く違った。

 (こんな恐ろしい兵器を今後も使わせるわけにはいかない。ラインハルト様のためにもここで決着をつける!)

 豪奢な髪の親友がこれを聞けば、きっと赤毛の親友の気概を褒め称えたことだろう。キルヒアイスは己の危機よりも、その矛先がラインハルトに向けられることを最も恐れたのだった。

 「軍事天体兵器に対応する艦隊は後退しつつ防御を固め、短距離砲で迎撃しながらワルキューレを出撃させよ」

 ジークフリード・キルヒアイスの「決断」は、帝国軍の犠牲を増大させる代わりにフォン・エーベンシュタインを窮地に追い詰めることになる。
 





 U

 ラインハルトにとっての「切り札」であるキルヒアイス艦隊がエーベンシュタインの「切り札」と対峙している頃、ミッターマイヤー率いる帝国軍も貴族連合軍と激しい攻防を繰り広げていた。

 「黒色槍騎兵艦隊(シュワルツ・ランツェンレイター)が左翼に合流します」

 オペレーターの報告にミッターマイヤーは戦術スクリーンを注視したまま軽く頷いただけだった。一段高い指揮フロアに小柄だが引き締まった身体で微動だにしない直立の姿は将兵たちに無条件の安心感を与える。が、冷静に努めているグレーの瞳と違い、腕組みしている左手の人差指だけが常に苛ただし気に上下している事実に気づいた者は皆無であった。

 (いったい、向こうでは何が起こっている?)

 凛々しい蜂蜜色の眉がわずかに歪む。

 ミッターマイヤーは、彼でさえ予想していなかったキルヒアイス艦隊の増援によって勝利を確信し、全面攻勢に移ったまではよかったが、貴族連合軍の尻尾にいつまでたっても火が付かない。不審に思いつつも敵艦隊に分断された味方艦隊への通信は妨害が激しく、交戦状態に入ったことは間違いなかったが、その戦況をほぼ掴めていなかった。

 しかし、ミッターマイヤーは敏感に感じ取っていた。もう一つの戦場で何か不可解なことが生じ、あのジークフリード・キルヒアイスでさえ容易に跳ね除けられない何かが起こっていると。

 ミッターマイヤーは頭を振った。彼にはそれが何であるのか想像することができなかったのだ。マークしていたエーベンシュタインの乗艦<ダーインスレイヴ>に変化があったことが、唯一「視覚」に訴えた異変であっただろう。

 ミッターマイヤーは戦況を注視しつつも、ある不安が付きまとった。

 (もし貴族どもがレンテンベルグの再現を狙っているのだとしたら、我々はここで戦っていていいのか?)

 レンテンベルグの「敗北」は、小さくない意味でミッターマイヤーの心理に暗い影を落としていた。多くの将兵を失ったばかりか、将来有望な幕僚の一人が戦死する事態にまでなったのだ。

 (レンテンベルグはある程度先を予想できた。だが……)

 マールバッハは想像も予測も困難な戦況が続いている。ジークフリード・キルヒアイスが何らかの理由によって足止め、もしくは苦戦を強いられていること。全面攻勢をかけたにも関わらず貴族連合軍の抵抗も強く、いまだ決定的な打撃を与えられずにいること。

 いや、むしろ帝国軍の損害が増大しているくらいだ。帝国軍は貴族連合軍に対して一挙に攻勢をかけられないでいた。

 なぜなら、増援に連動してこちらは二度の全面攻勢を仕掛けるも、黒色槍騎兵艦隊の突進を阻んだ謎の攻撃によって多くの艦艇を失っていた。何の前触れもなく突如として攻勢と防御の要となるピンポイントを狙われてしまうのだ。

 ミッターマイヤーは、その都度に浮き足立つ味方を叱咤激励して陣形を立て直さねばならなかった。

 それでも、ただ一つだけ判明したことがある。エーベンシュタイン艦隊が放つ謎めいた強力な攻撃は「航宙魚雷」の類ではないかと推測された。センサーやレーダー、さらに視覚でも捉えられない何かならば「音」ではどうか?

 三度目の攻撃を受ける直前、(ひらめ)いたオペレーターの一人が試しにパッシブソナーで探ったところ、訓練時に聴いた航宙魚雷の推進音に似た音響を探知したのだ。

 ミッターマイヤーは少々首をかしげた。

 (もしそうなら、なぜあえて魚雷なのだ?)

 ずいぶん過去になるものの、宇宙戦闘において[魚雷]が活躍した時代は確かにあったが、ミサイル技術の発達と進化によって運用に差がない魚雷は製造されなくなっていった。

 帝国軍では20年ほど前に「航宙魚雷」の研究がなされ、試作段階のものが実戦で使用されたことが何度かありはしたが、結局は過去に断念された同じ理由によって研究開発は15年前に打ち切られていた。

 その打ち切られたはずの「航宙魚雷」――とはまだ断定されていないが――を貴族連合軍が使用しているのだとすれば、意表を突くとともに実戦において威力を発揮可能な改良または画期的な技術が搭載されたと見るべきだった。

 ミッターマイヤーは、過去の技術を復活させたらしいエーベンシュタインの意図をいろいろと推察した。

 (実績がないということは、それだけ情報も少ないからか?)

 しかし、ラインハルトをして「本物」と言わしめた異才の謀将の思惑を読み解くなど、自分には到底無理だな、とミッターマイヤー。

 彼はスクリーンを覆う光芒をグレーの瞳に映しながら、現在進行形でやるべき事に気持ちを切り替えることにした。

 「ミュラーとビッテンフェルトに連絡。敵右翼部隊を半包囲し、攻撃を強化せよと」





 
 V

 一方、エーベンシュタインから臨時に指揮権を移譲されたマルミス提督も乗艦する航宙戦艦<ヴィンダールヴ>の艦橋上で帝国軍への対応に苦しんでいた。彼は最悪の状況を想定され、戦闘前に指揮権を引き継ぐ事態を承諾していたが、戦況はその想定を大きく越えた頂にあった。

 いや、正確にはその一歩手前だろう。最悪の最悪はカイザル髭の提督の上官が戦闘半ばで戦死してしまうことだ。

 その状況から考えればまだマシ──とは言えない戦況に(さら)され続けている。

 とはいえ、マルミス提督も「オペレーションナデシコ」が発動された時点で厳しい戦いになることは覚悟の上だった。帝国軍が想定以上の増援をよこしてくるなど、エーベンシュタインの予想からも外れていたのだから。

 (大艦隊を率いるは武人の誉れではあるが……)

 少将という階級から想像できるように、6万隻という艦隊は彼自身が率いたそれまでの艦隊数をはるかに凌駕していた。苦しみながらもなんとか持ち(こた)えているのは、エーべンシュタインが後方を支えていることと、生きる目標があるからだった。

 (ユーリア……)

 光芒がきらめくメインスクリーンの向こうを凝視しつつ、マルミス提督はごつい右手を胸の辺りに当てた。その軍服の下には彼の大切なものを保存しているペンダントがあった。四葉のクローバーを銜えた白い小鳥の彫刻が施された、亡き愛娘の写真が収められた二つ折のペンダントである。

 その病弱だった娘は、一年半ほど前の10月に静かに息を引き取った。発作から数時間後のはかない21年の人生であった。

 しばらく失意のどん底あったマルミス提督を甦らせたのは、他ならぬエーベンシュタインの言葉だった。その言葉を信じ、彼は生き残るために戦っているのだ。


 ――戦っているが、直面する戦況は徐々に厳しさが増している。エーベンシュタインが捨て身の擬似IFSを解放し、最終手段だった「切り札」を投入しても、帝国軍が冷静にその弱点に気づいていれば、そこを突くだけである。ただし、帝国軍もそれなりのリスクを負うことにはなるが…………

 (閣下も苦闘されていることだろう。なんとかこちらの戦況を好転させて後方に支援艦隊を送らねば……)

 思いとは裏腹に最も危機的な状況がやってきた。帝国軍左翼を形成する二個艦隊が連合軍右翼めがけて同時攻撃を仕掛けてきたのだ。さらに間の悪いことに、

 「後方から敵の艦艇が次々と防衛線をすり抜けて来ます!」  

 オペレーターの切迫した声が艦橋に響く。

 やはり帝国軍は「ヴェーニヒ・アルテミス」の弱点に気づいてしまったのだ。そもそも、帝国軍の司令官がジークフリード・キルヒアイスでなかったならば、大口径の重力波砲を数発受けた時点で心理的な抑止力が働いて守勢に回り、貴族連合軍が撤退に必要な多くの時間をもっと稼げていたはずだ。彼は叩き潰す相手を見誤ってはいないのだろう。

 (この危機的状況をどう切り抜けるか……)

 マルミス提督の額に汗がにじむ。それが急激に拡大して彼の頬を伝って流れ落ちていった。

 (ここが正念場だな)

 呼吸を整えたマルミス提督は、決断したように低いが明確な声で命じた。

 「ステルス対艦航宙魚雷を再換装した魚雷艇を全機発進させよ。右翼に迫る帝国軍左翼に全弾叩き込め」

 傍らに立つ20代とおぼしき副官が驚いて声を上げた。

 「閣下、それを全て撃ってしまっては我が軍は今後敵に対して決定力を失うことになります。エーベンシュタイン閣下のお怒りを買うやもしれません。どうかご再考を」

 マルミス提督は、男らしい漆黒の太い眉をへの字にまげ、副官の忠告を一蹴した。

 「出し惜しみをしている状況ではない。総監閣下がなぜアルテミスを動かしたのか分からぬか? 出し惜しみは我々の完全敗北を意味する。いつ使うのだ? 今だ!」

 命令は実行され、宙戦母艦部隊からワルキューレを改造した3万機近い魚雷艇が出撃し、迫る黒色槍騎兵艦隊とミュラー艦隊を5時と3時方向から雷撃した。

  レーダーはもちろん、センサーと視覚でさえ捕捉できない対艦航宙魚雷群が攻勢を仕掛ける帝国軍2個艦隊を荒れ狂ったエネルギーの奔流に叩き落した。

 航宙魚雷による波状攻撃の威力は凄まじく、またも不意を突かれた形となった帝国軍は炸裂する衝撃に陣形を乱し、進軍も止まってしまう。

 すかさずマルミス提督の命令が通信回線を席巻した。

 「今だ! 敵左翼に集中砲火」

 反撃は絶妙を極め、ミュラーもビッテンフェルトも麾下(きか)の混乱と陣形を立て直すことに忙殺され、反撃もままならなくなってしまう。この攻撃は「黒十字架戦隊」の母艦<ナグルファル>も葬り去ってしまった。幸い、戦隊は出撃して全員無事だったのだが……

 マルミス提督の命令が続けて飛んだ。

 「ハインリツィ准将に連絡。麾下の艦隊を率い、我が軍の後方を脅かす帝国軍を撃てと」

 マルミス提督の奮戦する上官へのささやかな支援だった。右翼後方から防衛線を突破して侵入する帝国軍を一掃しない限り貴族連合軍の退路は確保できない。

 そして、敵が混乱している今がその絶好の機会だった。

 「ようし! 全艦密集隊形をとりつつ16時方向に後退を開始せよ」

 右翼側の防衛線さえ確保できれば艦隊を退却させることができる。エーベンシュタインがある一定の距離を確保し「ヴェーニヒ・アルテミス」で迎撃したのは、その戦線の弱点を頭に入れ、敵艦に突破された場合はすばやく後退してなるべく迎撃するためだった。4基は個別に迎撃を続け、ミスマル提督が捻り出した支援艦隊と連携することにより、貴族連合軍は退路を確保するかにみえた。

 マルミス提督は手元の端末に目をやった。20センチ四方の小さなパネルには擬似IFSを通じてエーベンシュタインのメッセージが表示される。「命令」というよりは攻撃地点や衛星型機動兵器を通して見た帝国軍艦隊の動向などの伝達用だった。弱点としては上官と質疑応答ができないことだろう。

 貴族連合軍は、ようやく退路を確保する機会を得たが、精鋭揃いの帝国軍の攻勢をかわすのは容易なことではない。左翼側はミッターマイヤー率いる帝国軍とキルヒアイス率いる帝国軍の砲火になおも集中的砲火を受けたままだ。

 帝国軍は貴族連合軍の後退に合わせるように徐々に陣形を半包囲隊形にシフトしていった。めまぐるしく戦況が変化する中で「人材」という重要な要素の「差」がここにきて現れ始めてしまう。
 



 
W

  キルヒアイス率いる帝国軍は、無理に艦隊を3時方向にシフトするような愚かなことはせず、貴族連合軍の後退を逆に利用した。ミッターマイヤー率いる帝国軍と合流し、命令系統と通信系等の統一を図り、まとまって総攻撃を仕掛けるためだった。

 (マルミスはよくやったが……)

 擬似IFSを操りながら、エーベンシュタインは音を出さずに舌打ちした。彼としては帝国軍を分断しておきたかったのだ。それだけ連携が乱れることに繋がる。理想としては後退しつつ、「ヴェーニヒ・アルテミス」の攻撃によって敵攻勢の弱まった宙域に達する味方左翼の支援があればなお上々だった。

 しかし、リッテンハイム艦隊の残存1万隻あまりを臨時に指揮しているのは経験豊富な将官ではない。本隊の後退速度と足並みが揃っていないというのが実情だ。

 これがローエングラム候陣営の指揮官ならば前方から迫る敵艦隊を集中砲火によって牽制しつつ、黙っていてもこちらを支援してくれただろう。余裕がさらにあれば戦闘艇を出撃させる手もある。

 (完璧には一歩足りなかったか……備えとしてファーレンハイト提督を組み込んでおくべきだったかな?)

 エーベンシュタインは、後退速度の遅れた味方艦隊を8基の衛星型機動攻撃兵器の砲撃によって支援しようとする。帝国軍同士が合流し、艦隊への砲火が後方から前方へとシフトしたことで防御と火力に余裕が出た分、敵の攻撃はより苛烈さを増した。

 (ジークフリード・キルヒアイスめ。虫も殺せそうにない顔をしながら、ずいぶんと私を殺すことには熱心なようだな)

 そうし向けたの自分であることをエーベンシュタインは知っていた。「いい判断だ」と彼は苦笑混じり思う。自分がキルヒアイス提督と同じ立場だったら、こんな危険でおかしな嗜好の男は早々に叩きのめすだろう──と。

 「ぐっ……」

 エーベンシュタインは軽く(むせ)び、続けて意識が一瞬だけ朦朧(もうろう)とした。瞳を開けると、データーフィールドの向こうには心配そうにこちらを見る副官の姿があった。

 「閣下! もう40分以上経ちました。そろそろ限界が近づいています。これ以上は……」

 エーベンシュタインは、フィールド内を巡る彼自身の生体データーに目をとめて納得した。

 (そうか、そう言う事か……)

 心拍数と血圧が上昇し、α波の波形が乱れ始めていたのだ。逆にナノマシンの活動は活発化している。

 (ずいぶん短く感じたものだが、よほど集中していたらしい……)

 薄く笑った直後、耳をつんざく警報が鳴った。オペレーターの一人が声を荒げる。

 「敵艦隊、時間差で全艦突出してきます! 味方の前面に砲火が集中します」

 ついに来たというべきだった。合流した帝国軍は短時間で総攻撃への体勢を整えたのだ。

 特に左翼の艦隊は、まだ本隊と一緒に後退できておらず、突出してくる帝国軍艦隊の餌食になっていた。味方右翼も立ち直った黒色槍騎兵艦隊とミュラー艦隊の猛攻を再び受け、貴族連合軍本隊も帝国軍中央から激しい砲火に晒される。

 光芒が各宙域で次々に炸裂する。帝国軍よりも貴族連合軍の断末魔のほうが今度は圧倒的に多くなった。このままでは追撃を振り切る前に壊滅するだろう。しかもエーベンシュタイン自身の体調も限界が近づいている。もはやあれを発動し、敵を圧倒した上で怯んだところを一気に退却する術しか残っていない。

 (やるしかない)

 エーベンシュタインは決断し、主な指揮官に専用端末を通して伝達した。

 「殲滅モードを発動する」

 上官の羅刹のような決断に青ざめた部下は多かった。

 左翼の防衛に回っていた12基は、距離を詰めて激しい砲撃を加えてくる帝国軍右翼の正面〜中央にかけて展開すると、鏡面装甲をきらめかせて一斉に敵陣めがけて突進した。

 「怯むな! 迎撃に雷撃艇を投入せよ」

 迫る「ヴェーニヒ・アルテミス」と真っ向対決となったルッツとケスラーは、キルヒアイスから有効であると教授された戦術をもって対抗した。24門レールガンを搭載し、高機動スラスタを多数装備した雷撃艇の機動力によって相手を誘導し、もって駆逐艦のミサイルで仕留めようというのだ。

 「なに!?」

 その目論見はことごとく外れた。放たれたレールガンを「ヴェーニヒ・アルテミス」は避けもせずに何か防壁のようなもので全て受けきり、雷撃艇は次々とビーム兵器と誘導ミサイルによって正確に撃墜されてしまったのだ。

 ルッツとケスラー提督は信じがたい顔をしつつ、次の一手を忘れない。

 「駆逐艦部隊を前に。ワルキューレを出せ!」

 艦隊の目の前に迫った衛星型高機動兵器に無数のミサイルが突進するも、拡散重力波砲と謎の防壁によってほとんど全てが撃ち落とされてしまった。

 「ちぃ! この化け物め。続けて撃て!」

 怒号に近いルッツとケスラーの命令一閃、中性子の束が12基に集中するも、やはり傷一つつけることはできない。逆に帝国軍は過去に経験したことのない壮絶な光景を目に焼き付けることとなった。その行動を伝えるオペレーターの声も震えたものとなる。

 「天体、突撃してきま……な、なにをするつもりだ?」

 小型艦艇の迎撃を軽々と突破した「ヴェーニヒ・アルテミス」が横隊を組んで艦隊に突入。次々に艦艇が、

 「斬っただと!?」

 ルッツとケスラーの驚愕はもっともだった。ビームに貫かれるのではなく、左右上下から伸びた8本のビームに戦艦が斬撃(・・)されるなど、本来ならありえざる光景が爆発光とともに量産されていくのだ。

 しかも、そのビームの長さが数百〜数キロまで伸縮自在なうえに、2基が一体となって艦隊の中を縦横無尽に蹂躙されては全く回避などままならない。 悲鳴と怒号が通信回線を大混乱に陥れた。


 「戦艦部隊は後退。駆逐艦部隊第二陣突入せよ」

 ルッツとケスラーは粘る。二人とも有能であるので混乱を収拾しつつ、一つの対応が破られても次の対応が素早い。帝国軍の一線級の指揮官たちはいずれも優秀ではあるが、ゆえに皮肉にも被害が拡大することになる。


 ほぼ二個艦隊の前衛を殲滅した8基は中央付近めがけてそれぞれ突進し、宙域を分断するように急停止すると、今度はコマのように回転しつつ、全方位から針鼠のごとくビームを乱れ撃った。

 一つの光芒が瞬時に拡大され、大きな光芒となって二個艦隊の中枢を破壊した。

 混乱を立て直す余裕のないまま、ケスラー提督が乗艦する戦艦<フォルセティ>が中性子ビーム数発の直撃を受けたのは標準時14日、2時32分だった。撃沈こそ免れたが艦は深く損傷し、その衝撃時に指揮席から激しく投げ出されたケスラー提督は、同盟軍からみれば危険としか言いようのない「支柱」に胸部を強くぶつけて意識を失ってしまう。

 続けてルッツ提督も負傷した。エンジンの一基を損傷した直後、撃沈された護衛艦の残骸の一部が戦艦<スキールニル>の艦橋近くに衝突し、衝撃で落下してきた天井パネルの破片で額と右脚大腿部付近を切ったのだ。幸い傷は深くなく、ルッツ提督は軍医に応急処置を頼むと、すぐに艦隊の指揮に戻った。

 しかし、二人の艦隊司令官が負傷したことによる指揮の空白は後退の遅れた貴族連合軍左翼を立ち直らせる結果となった。

 これを好機と捉えたマルミス提督の命令はまたも絶妙だった。

 「主砲斉射三連!」

 陣形を立て直す途中だった2個艦隊は、正面からの一斉斉射の餌食になった。特に司令官を負傷で欠いたケスラー艦隊は目に余るほどの損害を被ってしまう。

 味方の大きな損害に普段のキルヒアイスならば現状を冷静に見極めて後退を伝えるところだが、エーベンシュタインと「ヴェーニヒ・アルテミス」の(やいば)が金髪の親友に「直接」向けられることを恐れた彼はいつもより好戦的だった。

 キルヒアイスは全軍に砲撃続行と追撃を命じた。

 (ちぃ! しつこい)

 辟易したのはエーベンシュタインだった。

 すでにシステム解放から一時間を過ぎたが、帝国軍の戦意が失われない限り「ヴェーニヒ・アルテミス」を停止することはできなかった。

 エーベンシュタインは身体の著しい異常を自覚していた。直属のオペレーターやイェーガー大佐も上官がいくら強がっていても、生体データーを見れば限界は一目瞭然だった。

 見かねたイェーガーは、

 「閣下、もう十分です! これ以上は閣下の生命に関わります。もうシステムを解除しましょう」

 エーベンシュタインは、端末ではなく声を出して拒絶した。

 「だめだ! 敵が後退しない状況では解除できない。今のままでは確実に我々は全滅する」

 そう意志を表明した直後、エーベンシュタインは帝国軍本隊にむけて<殲滅モード>を再び実行した。その黄玉の瞳には戦艦バルバロッサが映る。

 (気づけ、ジークフリード・キルヒアイス……)
 



 
X 

 主に帝国軍左翼を指揮していたミッターマイヤーは、4基の軍事天体と対決することで、なぜに赤毛の司令官が頑として貴族連合軍を殲滅しようとしているのか感性で理解した。

 (彼らしくない感情的ミスだが……)

 その理由がわからなくもないが、キルヒアイスが固執すればするほど敵を強力に(・・・)追い込んでしまうのだ。このままではどうなるか? レンテンベルグを経験した「疾風ウォルフ」だからこそ、その危険性を予見することができた。二の舞になりかねないのだ。

 ミッターマイヤーは焦りを感じ、オペレーターに問うた。

 「キルヒアイス提督と連絡はつかないか?」

 オペレーターの返答は「否」だった。間に入った軍事天体に妨害されているという。ミッターマイヤーは無言で珍しく床を蹴り上げ、次に至急連絡艇を出すよう指示を伝えた。

 (とはいえ、間に合うかどうか……)

 危機感を強くしたミッターマイヤーは、やや危険性を伴うが左翼だけでも後退してキルヒアイスの意識を促そうと考えた。だが、幸いにも赤毛の提督が陥っている心理状態に気づいた彼の側近が存在した。

 「閣下、敵の強力な抵抗は撤退するためです。我々は勝利しました。これ以上、相手を追い詰めますと味方に多大な犠牲が出てしまいますぞ」

 ベルゲングリューン少将だった。やや口調が強く目が真剣だったのは上官に警告を発するとともに、確実に届くようにしたためだろう。キルヒアイスは反応し、肩越しに振り向いて部下を一瞥すると、メインスクリーンに再び青い瞳を投じたときは我に返ったような表情をしていた。

 「ベルゲングリューン少将、全艦に後退しつつ隊列を整えるよう伝達してください」

 「はっ!」
 
 
  ◆◆◆
 
 「帝国軍、急速に後退します!」

 <ダーインスレイヴ>のオペレーターが安堵交じりに報告した。だが、艦橋はなおも緊張感が支配した。エーベンシュタインは12基の軍事天体を離脱させ始めたものの、すでにリンク率が著しく低下しはじめ、彼はかろうじて意識を保っていた。

 そして最大の切り札が帝国軍陣営の宙域を抜けたとき、戦闘艇総監は気を失いかけ、指揮席に前のめりになった。データーフィールドも解除されてしまう。

 「閣下!」

 イェーガー大佐は駆け寄って上官の身体を支え、軍医を呼んでからオペレーターたちに指示した。

 「擬似IFSシステムモード解除。通常遠隔モードに直ちに移行せよ」

 特殊な通信端末を身につけた6名のオペレーターたちが忙しく端末を操作し始める中で、エーベンシュタインは辛そうに声を絞り出して部下に伝えた。

 「……油断……するな。12基を……牽制の位置におき、敵が追撃してくる……か、距離が最も開いたら……じ、自爆させよ…………」

 エーベンシュタインは吐血し、そして意識を失った。


 自走型タンカで搬送される上官を見送った後、イェーガー大佐はオペレーターたちに指示を伝え、艦隊が安全宙域に到達すると言われた通りのことを実行した。

 恒久の闇の世界を12個の光が照らし、そして急速にしぼんだ。帝国軍を恐怖させた「最凶」の軍事天体の意外すぎる最期でもあった。

 イェーガーは光芒のきらめいた宙域に向かって敬礼した。おそらく、イゼルローン要塞に匹敵するか、それ以上の軍事兵器だっただろう。また特殊性が強かったがために最初で最後の出撃となってしまったのかもしれない。

 そして「回収しなかった」のではなく、「回収できなかった」のだ。輸送艦が失われただけではない。彼の上官の身体上、次は不可能なのだ。自分の身体を実験体にして「IFS」の研究を長い間行ってきた因果応報でもあった。

 当然、貴族たちに晒すわけにはいかず、帝国軍に回収させるわけにもいかない。通常の遠隔操作ではあそこまで複雑に動かすことはできない。「自爆」という選択を取らざるを得なかった。

 (どうやら、終わりの戦いは予定より早まりそうだな……)

 イェーガーは敬礼を解き、すばやくきびすを返した。意識を取り戻した上官を医療室に見舞う為である。
 
   一方、キルヒアイスから会戦の結果を知ったラインハルトは、損害の大きさからブラウンシュヴァイクに展開する艦隊を撤退させる。メルカッツ提督も追撃することなく、ガイエスブルグ要塞に全軍を撤収させた。


──宇宙暦797年、帝国暦488年5月14日、標準時8時20分──

 こうしてローエングラム候ラインハルトが仕掛けた大規模な戦略の一環は、マールバッハ星域会戦における両軍の撤退とともに双方の当事者にとって意外な結果を残して幕を閉じた。

 帝国軍は、ケスラー提督の戦線離脱と大きな損害を被り会戦における目的を達成できなかったが、戦略的には副盟主であるリッテンハイム候を戦死させ、貴族連合軍の中枢に楔を打ち込んだ。

 また、貴族連合軍は二つの星系防衛に成功するも、それは「彼」にとっては予定違いであった。本当なら2星系とも帝国軍にくれてやるつもりだったのだ。そして二つの切り札も失い、異才の謀将にとっては戦略・戦術の意外な「敗北」ばかりか、覚悟の上とはいえ自分の健康を著しく害することとなってしまったのだった。

 マールバッハ星域会戦における貴族連合軍の参加艦艇は63000隻。撃沈もしくは大破した艦艇は24800隻あまり。戦死者は171万8千名あまり。

 帝国軍の参加艦艇は10万6千隻。撃沈もしくは大破した艦艇は28000隻あまり。戦死者は200万近くに上った。
 
 

 イェーガーの予言は現実になる。だが、その過程は決して平坦ではなかった。


 ……TO BE CONTINUED

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 あとがき

 第十五章(後編)でした。いろいろとまとめ切れなかった部分があるようなないような。Fさんからの添削が恐いなw

 メカ関係は疎いので、捕捉等がございましたらご教授をお願いしたいです。

 十六章は同盟編です。第二部は二十章までを予定しています。

 「ヤマト2199」の7話を見ました。イスカンダルへ大復33万6千光年ということですが、7話で太陽系から出るためのワープが12光年だけっていうのが意外でした。たぶん、太陽系から出るためだけの距離なんでしょうけど、そんな短距離じゃ半年で到着なんかできないしなぁ。最大ワープ距離が気になりました。

 また、索敵範囲と主砲の射程距離は短いですね。この点ははっきり銀英艦艇のほうがはるかに上ですが艦艇の機動力はヤマトの方が上かもしれません。波動砲の破壊力だけはどうにも太刀打ちできませんけどw

 旧作を見ていなかったためか、非常に楽しく観れます。

  2013年5月31日 ──涼──

 読者さまの指摘等を参考に、誤字、脱字や文章の一部を修正しました。
 今回は重要な数字的な記載ミスがあったため、早めに修正を加えました。

 2013年7月5日 ──涼──

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