私たち第14艦隊が第11艦隊を制圧してから、はや2週間あまりが経過しようとしています。
相変わらずルグランジュ中将は降伏勧告の回答を先延ばしにし、反撃の機会を模索しているようです。その執念だけは認めてあげますが、いいかげん飽きてきた──いえ、逆にこちらが疲れてきました。
提督は、「ルグランジュ中将、早くあきらめてほしいかも……」
と、言ってることが10日前と真逆になってます。
ミナトさんは、「ゲキガンガーのノリで言うと、あきらめない側が最後に逆転するって言う流よね?」
そうかもしれませんが、「熱血」と「現実」には大きな落差があるんじゃないかと……
メグミさんは、「いっそ気晴らしに臨時でいぜるろーんラジオやりましょうか?」
それはナイスアイディアです! この暇な……じゃなかった停滞した時間から解放されます。
そこへなぜかシェーンコップ准将から通信が入ってきて、
『どうです? 時間はタップリあることですし、小官と夜のディナーなどいかがで
プッツン……』
――提督が切りました。みなさん、最後に小さくあくびしました。ちょっとダレてきてます。
いいえ、けっこうダレてきたかも?
日中は、昔日のナデシコを彷彿とさせるような光景が目に付きやりたい放題?
提督は、明日くらいに別動隊と合流するので特にソワソワ。アキトさんと久しぶりに会えるので仕方がないかもしれません。
実は、私も人の事をとやかく言えません。第11艦隊の監視はオモイカネに任せっきりで、過去の戦闘記録を参考に戦術シュミレーションばかりやってますから……
そんな緩んだ状態なのでツクモ大佐やアクア中尉に度々「喝」を入れられるのも当然といえば当然です。
でもでも、何も
「成果」がなかったわけではありません。いまだに降伏に応じない第11艦隊の艦艇数は10200隻です。
そう、7000隻近くが離脱していたのでした。提督がタイミングを見計らって二度目の投降を呼びかけると、混成艦隊の弱点が露になったのか、追加編入された部隊を中心に投降が相次ぎました。どさくさに紛れて正規部隊からも!
その「惨状」にルグランジュ中将の心が折れるかも? と期待を寄せたのですが雪崩式とはならず、投降は止んでしまったのでした。
しぶとい……
「ルグランジュ中将が無能ならよかったのに……」
提督はボソッと酷いことを口走ってました。敵が有能だとそれだけ戦いが長引いて、こちらの犠牲も増えてしまうので分からなくもないですけどね。
なるべく楽な相手と戦いたい、と思うのはヤン提督に毒された結果かな? それよりも手強い相手が多すぎて「うんざり」っていう事が本音かも。よく有能な軍人さんは困難な相手ほど燃えるって言いますけど、それって確かに救いようがない性です。
とりあえず明日はアキトさんたちと合流できるので、私の退屈な――いえ、日記にも日常にも大きな変化が訪れるはず。
そういえばアカツキさん、生きてるのかな?
──ホシノ・ルリ──
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第十六章(前編)
『地上の行方を握る者たち』
T
窓から垣間見える首都の様子は、それほど緊張感を漂わせているようには映っていない。それはきっと、この部屋がビル群のやや奥まった建物の場所に存在するからだろう。
また、窓が大きいわりに人々の往来を明確に観察可能な空間が確保されているわけではなかった。ただ意外なほど日当たりはよく、高層ビル群の間を縫って暖かい陽光が部屋いっぱいに差し込んでくるのだ。
「なれ親しんだアジトっていうのは心地がいいもんだ。おかげでゆっくり落ち着いて思考をめぐらせることができるからねぇ」
ロン毛の青年は、ソファーから長い脚を投げ出し、自分で淹れたコーヒーをリラックスした様子で一口すすった。
エリオル社の若き敏腕社長たるアカツキ・ナガレが首都ハイネセンポリスの潜入に成功してから5日が経とうとしていた。当初、潜入予定日は24日〜26日だったのだが、地下を進む途中、思いがけずクーデター側の兵士たちとあわや遭遇という事態が発生し、しばらく身を隠した後に首都潜入となっていた。
それよりもアカツキが疑問を抱いているのが、どうして秘密の地下通路の存在がこんなに早くばれたのか、ということだった。
(でもまあ、議長室を調べればバレちゃうかな?)
ちがうな、とアカツキはその可能性を否定した。脱出後、トリューニヒトに聞いた話だと、議長室の裏に設置された緊急用脱出エレベーターを「正確に停止させるため」には、地味だがボタンの操作が必要なのだという。ただ赤いボタンを押しただけだとエレベーターは地下通路には降りず、その一つ上の階の地下駐車場で停止してしまうのだとか。
どうやら、追跡者を振り切るためのちょっとした凝った仕掛けらしい。
とはいえ、その偽装が救国軍事会議の徹底した調査によってばれ、あの地下通路に至ったのだとしたら、それはそれで敵を褒めるしかないだろう。
しかし、トリューニヒトは潜伏先でこう言っていた。
「今回は思わぬ災難が発生したがね、元々、あの脱出の構造は設計図に載せていないのだよ。地下駐車場で停止したとしても、そのさらに下に降りられるなんて分からないよう、ちゃんと底が偽装されているんだからね」
詳しく聞くと、かなり凝った造りの偽装のようだった。つまり、ボタン操作を知らない救国軍事側が気づくとしたら、かなりの日数が必要だろうという事だ。だが、事態発生から調査に乗り出すであろう時間を考慮した場合でも、実際はかなり早い段階で地下通路を発見したことになる。
「となれば、あれか?」
アカツキは、救国軍事会議の兵士と地下通路で遭遇する事態を想定していなかったので、事前に議長をあれこれ詮索することはなかったが、一つの可能性くらいは容易に想像できた。
「裏切り者……かな?」
十分ありえる。トリューニヒトとその取り巻きの関係など、権力と利権以外に信頼関係などというものはない。誰かがエレベーターに細工をして非常事態に陥らせたと関連付けることができるではないか?
それに、少なくとも秘書は知っている。容疑者としては最も有力だろう。もちろん対象は技術者や閣僚の誰かという可能性は否定できない。
──そう考えると、アカツキは意地悪な笑いをこらえきれない。もし閣僚の誰かだったとしたら、ずいぶん面白い展開になるのはもちろん、ヨブ・トリューニヒトをアーレ・ハイネセン以来の偉業を成し遂げた同盟指導者として誘導しやすくなるだろう。
もちろん、これは壮大な皮肉だ。
いや、この場合、保身まっしぐらな同盟最高評議会議長を有効利用し、自分やみんなのためにせいぜい粉骨砕身してもらうと言ったほうが正しい。同盟150億の頂点に立つ人間として相応しい働きをしてもらおうではないか。
アカツキがほくそ笑んで二杯目のコーヒーを淹れようとした直前、背後でドアの開く音がした。
「社長、ただいま戻りました」
足音を立てずに部屋に入ってきたのは、茶色のコートを羽織った背の高い30代そこそこの男性だった。彼は小脇に抱えた紙袋を人工クリスタルのテーブルにそっと置いた。
「社長のご希望には一通り沿えたかと思います」
「やあ、ありがとう副主任」
副主任と言われた男の名を
ノア・エリクソンと言う。彼は茶色のくせ毛をひと
掻きし、同色の瞳をアカツキに向け、申し訳なさそうに言った。
「ヴィットリア星産の黒ブタサンドは手に入りませんでした」
ノア副主任は、アカツキの首都脱出時に地上車を運転していたSPの一人である。サングラスを掛けた普段の印象は近寄りがたいが、そのサングラスを外すと意外なほどやさしい顔付きをしていることに驚くだろう。
アカツキは、自分より年長の部下の労をねぎらいつつ、紙袋に手を伸ばして言った。
「まあ仕方ないね。他のサンドを食べながらゆっくり外の話を聞こう……コーヒー飲むかい?」
若き青年社長は、部下が調達した夕食をほおばりながら報告に耳を傾けた。
U
救国軍事会議が拠点とする統合作戦本部ビルの一角では、トリューニヒトの行方を求めて関係者の尋問が行われていた。主に閣僚たちがその中心となったものの、6人ほど尋問した時点では議長がビル内からどうやって脱出できたのか、それさえも不明であった。
しかし、その謎がようやく明らかになったのは、トリューニヒトの後釜として国防委員長の座に着いていたネグロポンティを尋問した時だった。肉のつき方ならば議長をはるかに上回る小太りの中年男は肩書きを利用して尋問の担当であるエベンス大佐をさんざん罵ったものの、その威勢もいざ尋問が始まって大佐が机を激しく叩くと即座に縮み上がってしまった。
救国軍事会議の「使命の一つ」は、ネグロポンティのような特になんの政治的実績を伴わない議長の腰ぎんちゃくを排除することにあるのだから、そもそも政治的な脅しなど決死の覚悟の彼らに通用するわけがない。
であるから、ネグロポンティが自らの生命と議長の安全を天秤に掛けられれば、脅しに屈するなど容易いことだった。
ネグロポンティの供述から得られた情報は全てではなかった。それでも救国軍事会議はトリューニヒトの書斎の背後に隠された脱出用のエレベーターだけは調べ、その繋がる先は地下駐車場だとばかり思い込んでいた。実際、トリューニヒトらは地下駐車場から逃亡したのでなお更だった。
彼らが偽装された地面の下にさらに空間が伸びていることを発見したのは、ネグロポンティを2度目に尋問した4月22日のことだった。明確な供述が得られたわけではなく、国防委員長が議長の失言ととれる内容を記憶の片隅から掘り起こした曖昧なものでしかなかった。
その曖昧な供述を忍耐強く調査し、現実レベルで地下通路を発見したのは指揮を執ったエベンス大佐の執念であろう。
そして本格的に通路の調査が開始されたのが翌23日。調査部隊が24日の早朝にアカツキたちと接触寸前までいった。
これはアカツキに
ツキがあった。ちょうどバイクを止めて休憩中に車輪の音を聞き、すばやく通気口に身を潜め、難を逃れたのだ。残念ながらバイクは回収されてしまったものの、時折存在する小さい格納庫にあったものと同型だったためか、またエンジンが冷え切っていたので必要以上の探索を受けなかった。通路の明かりが常夜灯だったことも幸いしただろう。
ランデヴーな事態になりかけていたことまでは知らない救国軍事会議上層部は、必要と認識しつつも地下通路の調査を途中で断念した。
なぜなら単純に通路が長すぎたからである。もし本格的にトリューニヒトの行方を追うためには部隊の規模を拡大しなくてはならず、
「実際の逃亡方法は地下駐車場から地上車であったわけですし、地下通路そのものが偽装である可能性もありますぞ」
と言う幹部たちの意見も一理あったため、グリーンヒル大将は再考を余儀なくされた。
もちろん、メンバーの中には大規模な捜索を行うべしという意見もありはしたが、グリーンヒル大将は先の意見と総合的に考え、トリューニヒトたちの動向不明と戦力不足を理由に首を縦に振らなかった。
後の歴史家の多くは、グリーンヒル大将の対応を引き合いに出して共和体勢が危機に陥った瞬間を論じることが多い。それはアカツキとトリューニヒトを追跡した時と地下通路を大規模に捜索しなかった二つである。
グリーンヒル大将の判断が消極的であったことが国家元首の拘束という最悪のシナリオを回避し、首都奪還への貴重な岐路となったというのだ。
グリーンヒル大将にすれば
「余計なお世話」となるだろう。駆け引きの最前線に立った責任と使命を後の第三者に論じられ、勝手に評価などされてはたまったものではない。
ヤン・ウェンリーは、回想録の中で尊敬してたグリーンヒル大将を擁護している。
「全てが出揃った状態で俯瞰のみする連中に当事者を一方的に貶める資格はない」
また他の誰でもなく、その当事者≠フ一人であるアカツキ・ナガレが最もグリーンヒル大将の弁護人であったことだ。
いずれにせよ、アカツキが関係したことによる地上の攻防は複雑さをブレンドして静かに幕を明けたのだった。
そして、ネグロポンティとエレベーターの故障の件は、、戦後にトリューニヒトの政策に少なからず影響を及ぼすことになる。
V
グリーンヒル大将が逃亡した2名の重鎮の対応に追われているころ、閉鎖中の統合作戦本部長室には複数の人影が存在した。
「これでセキュリティーと暗号ロックは全て解除されたはずだ」
様々な配線のされた小型端末を操作しながら語りかけたのは情報部長ブロンズ中将だった。彼の周囲には数名の部下と強烈な酒気を漂わせる一人の男がいた。
「ずいぶんかかったな……」
アーサー・リンチ元同盟軍少将としては、ことさら嫌みを口に出したつもりはなかったようだが、強制収容所暮らしでやさぐれてしまった分毒々しく聞こえてしまったらしい。
しかし、中将の顔は一瞬だけ引きつったものの、意外に忍耐強いのか怒気を発することはなかった。
「これだけ強力なセキュリーだ。ある程度の労力はかかってしまうものだ」
ブロンズ中将としては、複雑なトラップをかいくぐりつつ三重のシステムセキュリーを突破し、ロックコードを解除したことを賞賛してもらいたいというのが本音だろう。リンチも時間がかかったとはいえ、仕事をやり遂げたブロンズ中将の機嫌を悪化させる必要はないと悟ったか、感謝のつもりか握っていたウイスキーボトルを中将に放り投げた。
「一応、軍務中だ」
「固い事を言うな。それよりも……」
リンチは、中将に言って部下を退出させると、さっそくメイン端末の前に座った。ほどなくして本部長用の端末ディスプレイに「戦艦ナデシコ乗員名簿」が表示される。次に端末を操作すると、今度は写真付きで乗員の一覧が表示された。
ここまでは通常の状態で表示される中身と何ら変わらない。問題は……
協力したブロンズ中将もリンチの後背からディスプレイを見つめる。さて、なにが出てくるのやら……
ブロンズ中将は、リンチからナデシコの隠されている(らしい)情報を引き出してほしいとしつこく要請を受けていた。最初、彼は難色を示していたのだが、リンチの話をしつこく聞いているうちに少なからず興味が湧いて手を貸すに至ったのだった。
もちろん、グリーンヒル大将や他の幹部連中には内緒だ。
一度目の作業では最初のセキュリティーコードを突破することすらできなかった。機材をさらに揃えた2度目──今日になって二重のセキュリティーを突破したときにトラップコードが現れると、「なぜそこまで隠したがるのか?」 と俄然、好奇心を刺激されて本気を出した。
そして作業すること2時間。ブロンズ中将と2名の技術者は全てのセキュリティーを解除することに成功したのだった。
「よし、見てみよう」
リンチは指先を伸ばし、「ミスマル・ユリカ」を選択する。ブロンズ中将もその経歴と地位に疑問符の付く若き女性提督の真実に苦労した分だけの成果を期待した。
ユリカのプロフィールが写真つきで全て表示された。出身地や家族構成、学歴と軍歴など、かなり細かくびっしりと書き込まれていた。ほほう、とブロンズ中将は唸り声を上げたが、
「これじゃないぞ」
とリンチは逆に不満の声を上げ、美女のプロフィールを食い入るように見る中年男を睨んだ。
「ブロンズ中将、本当に全てのセキュリティーを解除できたのか?」
吐き掛けられた息が酒臭い。ブロンズ中将は眉をそびやかして今度は反論した。
「全部解除した。それは間違いない。貴官も見たはずだ」
(確かにこの目でじかに見た。だが、それでは今、この表示されたデーターは俺が以前見たヤツとほとんど変わりがないのはどういうことだ?)
リンチは、ラインハルトの命令を遵守するなど毛頭なかった。その考えが変わったのは、彼が同盟に帰還し、ミスマル・ユリカと第14艦隊の帝国遠征における活躍に触れたこと、軍部の変化に気づき大いなる興味に至ったからに他ならない。
しかし、最初にそのデーターを目にしたときにますます疑問が高鳴り、彼らの「謎」とやらに自分でも信じられないほどの関心をもって追求していた。
先日、その疑問を胸にグリーンヒル大将にそれとなく尋ねてみたものの不発に終わった。
「私が知っている。貴官に話すことはない」
グリーンヒル大将の返答は非常に素っ気なく、かつ恫喝をともなったものだった。リンチは面食らったが、怒気を発散するような真似はしなかった。
つまり、紳士的なはずであるグリーンヒル大将の意外な反応は、戦艦ナデシコとその乗員たちの謎≠ェ極めて価値の高いものであると逆に暴露したようなものだったからだ。
だからこそ、リンチは奮闘しただけの「真実」に胸躍らせたのだが……
「これじゃあ、話しにならんぞ!」
リンチは、自分を「クズ」と呼んだローエングラム候を見返してやるつもりだった。残念ながら「クズ」という評価は今は甘受するしかないだろう。彼がクーデターの実行以外にナデシコの情報収集まで引き受けた理由は自分を見下し
蔑んだ連中を出し抜き、恥をかかせてやりたい一心からでもある。
その瞬間は訪れたはずだった。
「チックショオオォ!」
リンチは、ディスプレイに八つ当たりするように鷲掴みにし、持ち上げて叩き壊そうとした。
「待て! これは何だ?」
ブロンズ中将の静止する声と腕を掴まれたのは同時だった。当然、リンチは不愉快そうに抗議の声を上げて肩越しに振り向く。
「右下だ。貴官が掴んだディスプレイの右端に何か文字が表示されたぞ」
慌ててディスプレイに振り返ったリンチは鷲掴みにしていた手を離し、中将が指摘した場所を確かめる。
「何が表示されていた?」
リンチが手を話した瞬間にその表示は消えていたが、ブロンズ中将は名誉挽回とばかりに当該の箇所を指す。
「ここだ。この部分に通常は表示されない文字が浮かんでいたんだ」
ブロンズ中将は、直接その部分に触れるが何も起こらない。何度か試した結果、特定の部分を並行になぞると「rolling」という文字が数秒間だけ表示されることがわかった。
「意味わかるか?」
とリンチ。
「その意味を探そう」
とはブロンズ中将。
相手の肩透かしの返答にあきれかけたリンチだが、さすがに口論している余裕もないのか視線をすぐにディスプレイに戻す。そして文字が浮かんだ部分をなぞった。
「でたぞ。どうする?」
「まずはセオリーどおり押してみよう」
ブロンズ中将の助言に沿ってリンチは文字部分を指で押してみたが何も起こらなかった。数度ためしたが結果は同じ。特に意味はないというのだろうか?
「いや、これには何か意味がある。おそらくセキュリティーを解除したからこそ現れたシークレット部分だろう。貴官の言うことが本当ならば、真実に繋がるヒントのはずだ」
ブロンズ中将は、情報の専門家として断言するも、リンチは
訝るような視線を向けてきた。
「じゃあ、意味があるとしたら何だ? こんな抽象的なヒントじゃどう解釈していいのかわからんぞ?」
「こういのは経験からだが、意味そのものの視点ややり方を変えると正解が見えてくるものだ」
それが難しいんだろ! 、とリンチが言いかけたとき、本部長室のドアが前触れもなく開いた。驚いた二人だが、入室してきたのは直前まで部屋にいた中将の部下の一人だった。「ばれたのか?」と思ったら、どうやらトリューニヒトの件でグリーンヒル大将が中将に話があるらしい。
「なんてことだ!」
ブロンズ中将は、今度は声を上げて珍しく嘆いた。興味を持った「謎」があと一歩、いやあと半歩で届く範囲にあるというのに去らなければならないだと!
彼は、未練たらたらで部下に念のために
訊いた。
「呼ばれたのは私だけか?」
返答は無情だった。グリーンヒル大将からの呼び出しを無視するわけにもいかず「何かわかったら連絡をくれ」とリンチに言い残し、渋々部屋を後にした。
「さあて……」
リンチは、独占状態となった空間でブロンズ中将の助言を基に頭に浮かんだ幾つかの方法を試してみた。やり方を変え、文字や画面そのものをめくるようにしてみたのだが、残念ながら不正解のようだった。
(他にどうしろと?)
アルコールの摂り過ぎで思考回路が鈍っているのでなお更だ。目も霞んできた。ブロンズ中将が戻るまで待つか、それとも今日は切り上げるという選択肢もあるが、どちらも時間的余裕と秘匿を保つには欠ける。作業が長引けば、この行為が露見する確率も高くなるのだ。
「反転、反転、反転か……」
リンチは、独り言を言いながらディスプレイに手を触れてみる。特に意味はない。何かしらひらめくのでは? と思っただけだ。
しかし、やはり集中力が続かない。長い間の不摂生で脳神経がイカれているからだろう。
「うっ……」
不意にめまいがしてリンチの腕はディスプレイ上で不規則な軌道を描いてずり落ちた。
「……やれやれ、少しは自重するか?」
リンチは目頭を押さえ、頭を振って意識を正常近く戻し、そして見たものは驚くべき光景だった。
「おいおい、データーが変わっているじゃないか……しかし、これは……」
ディスプレイには、「戦艦ナデシコには重大な秘密が隠されている」と睨んだリンチの期待以上の真実が表示され直されていた。彼の額を冷や汗が流れ、同時に身体が震えた。
「……たしかに、こんな不可解な真実は謎のままにしておくほうが賢明かもな……」
リンチは、念のためミスマル・ユリカ以外の乗員データーを表示した。するとどういうわけか以前と変わりがない。彼は目眩を起こした時の腕の動きを必死に思い起こし、数回の試行の後、そのトリックを暴いた。
「ふん、めんどくさいことをしやがって」
トリックの中身はブロンズ中将の助言に沿うものだった。「反転」というやり方は幾つか思い浮かぶものがある。ただ、そのやり方が少し捻くれていたのだ。例えるなら、本のページをめくるというより、その本そのものをひっくり返すような指の動作がディスプレイ上で必要だった。
トリックの答えがわかれば何ともたわいないが、統合作戦本部長はかなり手の込んだ精神攻撃を施したようだった。
「最後に狙ったか?」
リンチの憶測になるが、まるっきり考えすぎと言うわけではないだろう。苦労してセキュリティーを解除し、データーが「本物」に切り替わっていると信じたら、それがまったく同じだったならば、その精神的ダメージは計り知れない。まず右下の「ヒント」に気づかなければ、それ以上の追求はあきらめてしまうだろう。
「まあいい。結果オーライだ」
リンチはほくそ笑むと、コートのポケットから一枚の光ディスクを取り出した。このディスクにナデシコの全てを記録し、ハイネセンを経由してくるという工作員の手に渡すのだ。
「フッ、どうだローエングラム候、そしてざまあねえなミスマル・ユリカ」
帝国がどう利用しようとするのか、そんなことはどうでもいい。これで金髪の孺子には溜飲を上げさせ、ミスマル・ユリカと戦艦ナデシコは帝国にその正体が露になり、恥をかかせてやることができるだろう。
リンチの気分は急によくなった。
「さあて、次はどいつの順番かな?」
リンチは、コピーした光ディスクをコートのポケットに押し込むと端末のスイッチを愉快そうに切って、ややよろめきながらも本部長室を後にした。
――宇宙暦797年、標準暦4月28日──
この時期、駐留艦隊はカッファとミドラルの攻略を終え、艦隊の合流を図っていた。
ヤン・ウェンリーもミスマル・ユリカもハイネセンの情報をほとんど掴んでいない。地上で何が起こり、そして進行しようとしているのか、はるか宇宙の深淵で戦う彼らには、その行方にまだ直接的に手の届かない範囲であった。
……TO BE CONTINUED
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
第十六章(前編)でした。遅れて申し訳ありません。連載が滞らない全ての作家さんを尊敬します。愛想を尽かさないで遅延な作者の作品を待っていただいた読者のみな様、ほんとうにありがとうございます。
今話は、ちょうどきりがよかったので、ちょっと短めです。すでに宇宙での戦闘は終わってしまっているのでユリカたちがメインにならないのですが、冒頭のような感じとか、ちょっと時間軸が戻るような形でご登場願おうかと考えています。
だいぶ慌てて投稿に至ったので、もしかしたら誤字が多いかもです。
第十六章はオール同盟です。第二部の完結に向けて、どちらの陣営も舵を切っていこうかと思います。
台風一過の後、涼しくなりました。暑さで頭が沸騰することはなくなりそうですが、仕事ではガガガガガ……
2013年月9月21日 ──涼──
文章の誤字や脱字を修正。一部、文を追加しました。
2013年10月20日 ──涼──
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押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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