ヴェスターラント虐殺!
そもそもの火種は、ブラウンシュヴァイク公領攻防戦の只中、すぐ近くの星系でラインハルト率いる帝国軍が貴族連合軍と戦っていることを知ったヴェスター
ラントの領民たちが叛乱蜂起したことであった。この時は住民同士の連携がされずに鎮圧されたものの、同地を統治する公の甥であるシャイド男爵が過激な方法
をとったために領民の憤りの感情はずっとくすぶり続けていた。
それが二つの会戦と副盟主リッテンハイム候の戦死によって領民たちの間に再反攻の気運が高まり、会戦後、より搾取が強まったことでついに爆発したのだっ
た。
この大規模な暴動によってシャイド男爵は民衆によって殺される。自業自得の結果だが、彼らを卑下するブラウンシュヴァイク公はそうは考えず大激怒。同地
に核攻撃を加えるよう命じたのだった。
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第十七章(後編)
『一つの破壊、一つの亀裂、一つの破
錠』
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ガイエの間に居並んだ多くの貴族たちが騒然とするなか、ブラウンシュヴァイク公の参謀でもあるアンスバッハ准将は、
「閣下、核攻撃は人類が絶滅に瀕した13日戦争以来の禁忌のはず。首謀者を捕らえて処分すればよろしいではありませんか」
と主君を諌めたが、ブラウンシュヴァイク公はまったく聞く耳をもたなかった。アンスバッハはことの重大性と公爵の頑迷さを認識していただけに失望を隠せ
なかったが、そんな孤立
しかけた彼を支持した人物が存在した。荒々しくとも、重圧的ともとれる大胆な足取りで深紅の高級カーペットを踏みつけて准将の隣で言上を始めた人物に誰も
が驚き
を禁じ得なかった。
まさかのオフレッサーである。
「俺はアンスバッハ准将を支持する。公のお怒りはごもっともだが、平民どもの処分は戦いが終わった後でも十分のはず。今は金髪の孺子らを叩きのめすのが
先決。領民どもには一時の凱歌を上げさせればよし」
オフレッサーも門閥貴族の一員である。彼がアンスバッハを支持したのは、あくまでも戦力の低下を防ぐためであって、領民たちに同情したわけではない。
とはいえ、その意図は褒められたものではないが、装甲擲弾兵総監がアンスバッハと同じ側に立ったことはそれ相応の理由があった。レンテンベルグ以降の会
戦におけるエーベンシュタインの頭脳に一目置いただけではない。 オフレッサーは、ブラウンシュヴァイク公やフレーゲル男爵のように世襲によって現在の地
位を得たわけではなく、まさにおびただしい敵兵の出血の上に上級大将と装甲擲弾兵総監という地位を勝ち取り、同盟にも帝国にも恐れられる存在となったの
だ。
実戦経験皆無の上級貴族たちよりよほど死地で戦っているわけである。
──であるからこそ、戦場における己の存在がどう敵味方に影響するのか、ある程度熟知していることと同じく、公の命令が貴族連合軍内に多大なダメージを
もたらすことを直感として理解していたのである。
「公に重ねて申し上げる。今は領民どもなどほおっておいてよし。処分は戦いに勝利してからでもよろしいかと」
迫力のある体躯と猛獣のような声で忠告されたとあっては、さしものブラウンシュヴァイク公もヴェスターラントへの核攻撃を撤回するかに思えたが、ここで
甥であるフレーゲル男爵が余計な口出しをした。
「オフレッサー上級大将ともあろうお方が盟主に対して非礼なる物言い。領民どもは叔父上の治める地で暮らす恩を仇で返し、正統的なゴールデンバウム王朝
の明日を担う叔父上の顔に泥を塗ったのです。反抗した領民に自由を与えるなど考えるだけでもおぞましいこと。そのままにしておけば他の支配星系でも図に
乗った領民が叛乱を起こすとも限らない。ここは正義の鉄槌を下し、もって我ら気高き門閥貴族の誇りを愚かな領民どもに示すべきでしょう」
この「演説?」を聞いたブラウンシュヴァイク公は大いに乗り気になってしまう。
「おお、さすがは我が甥。そうであろう、そうであろう。我らの誇りを見せ付けてやるのだ」
さすがに、このときばかりはオフレッサーも失望したに違いない。禁忌である核攻撃を使ってしまえば人心が離れることくらいわからないのか! 勝利に不要
な誇りなど犬も食わぬわ!
「何という妄言! 分かっていないのは総監閣下のほうでは? 禁忌などと言って高貴なる王侯貴族の受けた屈辱を晴らすことなどできません。我らのプライ
ドの問題です。プライドを傷つけられて何もしないのは負けたも同じ。私は笑いものになるくらいなら、より困難な道を選ぶでしょう──さあ叔父上、ご決断
を!」
戦力の低下をプライドのせいにされてたまるか! さすがの浅はかさにオフレッサーも切れてしまった。
「この虎の威を借りる狐めが!」
恐怖で怯んだかに見えたフレーゲルはかろうじて反撃し、そしてトドメを刺してしまった。
「こ、この野蛮人が……」
声は弱々しかったが、普段から思っていた本音であろう。
「な、なんだと!」
オフレッサーの表情が憤怒に一変し、彼は拳を握りしめて実力行使に出ようとした。フレーゲルはあまりの恐怖で腰が抜けてしまうが、身体を張っ
てなだめたのは他でもなくアンスバッハ准将だった。
「そこまでです。ゴールデンバウム王朝の忠臣たるオフレッサー上級大将らしからぬ行動。落ち着かれなさいませ!」
准将の一喝で我に返ることができたオフレッサーは振り上げた拳を収めはしたが、フレーゲルの怒りは収まらず、ブラウンシュヴァイク公の命によって軟禁処
分となってしまう。
さらに公を説得できずに失意のうちに退室したアンスバッハ准将も「これでゴールデンバウム王朝は終わった」という発言をしたとして捕えられて監禁されて
しまった。
これは、オーベルシュタインが貴族連合軍内部に離間工作を仕掛けるためにもぐりこませた部下──工作員が告げ口したためだった。
工作員──ハウプトマン少佐にとってオフレッサーの件は予想外で好ましい展開だったことは言うまでもないだろう。
そして、なぜエーベンシュタインがあえてハウプトマン少佐を泳がせているのか?
それは……
ハウプトマン少佐は、ヴェスターラントの件を上官であるオーベルシュタインに伝えたが、彼がそれを政治宣伝に利用しようと意図したことで、それが思わぬ
悲劇へとつながっていった。
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「どうした、ノックもせずに入ってくるととは貴官らしくないな」
イェーガー大佐がだたならぬ様子で病室に入ったとき、エーベンシュタインは三次元端末を操作し戦術を練っている最中だった。
「も、申し訳ございません」
大佐は、深々と腰を曲げて謝罪し顔をあげたが、その表情は蒼白だったと言ってもよかった。
「貴官がそこまで取り乱すとは、どうやら緊急事態が起こったようだが中身を聞こう」
「は、はい。ガイエスブルグ要塞よりメルカッツ提督から緊急要請がありました」
「ほほう、メルカッツが?」
メルカッツは、ヴェスターラントの事態を知るに至るとすぐにブラウンシュヴァイク公に面会を求めたが、にべもなく拒絶されてしまったので、エーベンシュ
タインに助けを求めたのである。
「美しくないな……」
ことのあらましを聞いたエーベンシュタインは、半ばあきれ、半ば憤慨しているようだった。
「アンスバッハ准将の言うとおりだ。ゴールデンバウム王朝の最期は悪名を残して終わるだろうよ」
ただ、黙ってそうさせるつもりはエーベンシュタインには当然ない。
「ゴールデンバウム王朝貴族の華麗なる終焉」を
【演出】すると約束した謀将にとって、公の血迷った命令を阻止せねばならなかった。
「攻撃はいつ行われる?」
「はっ、7時間後です」
「通信のタイムラグを考慮すると実質的には6時間程度か?」
「はい。一刻の猶予もございません」
エーベンシュタインは重くうなずく。だが、行動を迅速に行えば、ブラウンシュヴァイク公領に接する星系にある、ここガルミッシュ要塞からならば阻止でき
る公算は高い。
エーベンシュタインが思案したのは、ほんの一瞬だった。
「確か、ヴェスターラント出身者が多く在籍している部隊があったな?」
「はい。マルミス提督の空母部隊を護衛する巡航艦部隊です」
「さすがだ。よし、彼らを緊急に召集し、出撃の準備をさせよ。理由は言わなくていい、私は予備通信室に行く」
そう言うと、エーベンシュタインは多少よろめきながらもすぐにベットから立ち上がり、傍らにある杖を取る。イェーガー大佐は上官を手助けすると、疾風の
ごとくきびすを返して退室していった。
◆◆◆
それからおよそ30分後、巡航艦5隻の乗員たちは命令されるがままに集まり、細かい点検もしないまま出撃準備を整えて待機していた。そこにエーベンシュ
タインから直接通信が入る。任務についてヒソヒソと話し合っていた彼らは一斉に起立して通信スクリーンを注視した。
「フォン・エーベンシュタインだ。急の出撃命令に迅速に対応してくれた貴官らに感謝する。この通信は貴官たち巡航艦5隻のみに対して回線を開いている
が、今からその理由を説明する。何も言わず聞いていてほしい」
エーベンシュタインはそう前置きし、彼らの故郷が危機に瀕していることを簡潔明快に伝えた。
「同じ人間として恥ずかしく、愚かなことではある。貴官らは協力して公の血迷った暴挙を絶対に阻止してほしい」
突然の出撃命令の真相を知った多くの兵士たちは公に対しての怒りと、故郷に対する不安を露にしているだろうと、エーベンシュタインは容易に想像できてい
た。
最後に、騒然とする通信スクリーンの向こうを見ながらエーベンシュタインは意外なことを口にした。
「残念だが大規模に艦隊を動かすことはできない。貴官たちが全力で向かえば阻止できるはずだ。そのあとはローエングラム候に投降せよ」
当然、その最後の言葉は多くの乗員たちの意表を突いたらしく、別の意味で通信画面の向こうがざわついた。エーベンシュタインは理由を言った。
「貴官たちは、いわば公の命に背いた叛逆者になる。帰ってきても処罰を受けるだけだが、私だけならなんとかかわせる。残念ながら貴官たちまで庇う事はで
きない。
成功したら──万が一失敗したとしてもローエングラム候に投降せよ。彼ならば貴官たちの勇気と行動に対してきっと敬意を表し、厚く遇してくれるだろう──
さあ行け! 貴官らの故郷を守れ!」
エーベンシュタインの【檄】は乗員全員の心を一つにしたようであった。彼らは上級貴族としては風変わりな上官に敬礼すると、故郷を守るべくガルミッシュ
要塞を最大戦速で出撃していった。
「さてと……」
五つの光点を見送ったエーベンシュタインは、やや重そうに腰を上げる。その傍らにはイェーガー大佐が控えていた。
「閣下、もう少しお休みになってください。ヴェスターラントの件は彼らに任せましょう」
「……そうだな、時間的にはなんとかなる」
しかし、エーベンシュタインには一抹の不安がよぎった。もし、いつか見た映像がことの顛末を語っているのだとしたら……
「いずれにせよ……」
エーベンシュタインのつぶやきはそこで止まり、通信室を退室する。どこか憔悴感の漂う背中をイェーガー大佐は黙って追っていった。
V
後に、ベルトマン提督は手記に記している。
「あのとき疑問に思ってしまったことは仕方がない。幾つかの偶然が重なった末の自分の選択の結果であるからだ。だが、正直にキルヒアイス提督に話してし
まったことは未だに後悔している。お二人の間に亀裂を生んだのは、他ならない俺の悪いめぐり合わせのせいだから」
ベルトマン大佐がのちに罪悪感にも苛まれるその「悪い巡りあわせ」は、彼が帝国軍の仮の拠点としたキール要塞に辺境平定の支援から戻ったあとに発生し
た。愛艦を軍港に係留し、同じように出撃していたジークフリード・キルヒアイスが6時間後に帰還するのにあわせ、依頼されていた戦況データーや報告書を作
成するため、休憩も兼ねて書類を抱えて要塞内にあるデータールームに向かおうとしたところ、誤って別のディスクを持ってきてしまうという失態。それを取り
に戻り、幕僚から艦隊の再編について意見を求められたことである。その時間超過は50分ほどだったが、書類の作成時間と上官の出迎えがギリギリではまずい
とメイン走路から係留ブロックを離れず、直接整備用通路を通ってデータールームのあるブロックに向かおうとしたのだが……
その道中、彼はラインハルトとオーベルシュタインが揃ってどこかに向かうのを目撃した。通路の交差点であり、ラインハルトたちのほうが先行していたため
か、死角の位置にいたベルトマンに気づくことはなかった。
(キルヒアイス提督をお迎えに行くのか?)
そう考えたが方向が違った。何よりもキルヒアイスが到着するまでになお4時間強ほどの時間があった。そして二人の進む方向は──
「あの方向は予備通信室のほうだな?」
何かあったのか?
そう思ったものの、その時は疑問を打ち消して再度データールームに戻ろうとしたとき部下から思わぬ通信が入った。驚くべきことにバルバロッサが入港して
きたというのだ。
(あれ? 予定よりずいぶん早いじゃないか!)
慌てたベルトマンは、かろうじて他の幕僚たちとともに赤毛の上官を出迎える。キルヒアイスが周囲を見渡したのは、無意識にラインハルトの姿を探していた
からだろう。幕僚たちの敬礼に応じつつ、キルヒアイスはベルトマンに歩み寄った。当然、書類を抱えた部下は上官がなぜこうも早く帰還してきたのか尋ねよう
としたのだが。
「──ラインハルトさま……いえ、ローエングラム候はどちらに?」
公私を言い間違える赤毛の提督は珍しい。しかも、その口調から何事かを急いでいるようにベルトマンには感じられた。
ベルトマンは一瞬迷ったものの、10分ほど前の目撃情報を素直に上官に伝えた。
「予備通信室……ですか?」
キルヒアイスの表情が一瞬だけ険しさを増したことにベルトマンは胸騒ぎを覚える。彼は尊敬もする若すぎる上官にどうにか理由を尋ねたかったが……
「少将、私はローエングラム候に会いに行きますが、目撃したことも、これまでの会話も決して誰にも口外しないでください」
キルヒアイスはそう耳打ちし、部下たちに指示をすると自分は足早に軍港を後にした。
◆◆◆
一方、怪訝に思いつつも予備通信室を訪れていたラインハルトは、メインスクリーンに映し出された凄惨な光景に愕然としていた。
「これはどういうことだ?」
ラインハルトに応じたオーベルシュタインの声は【乾いていた】と言ってもよい。
「敵の攻撃が早まったようです。派遣した艦隊は間に合いませんでした」
ラインハルトは、
凄惨な映像であ
ることを強い口調で参謀長に問いただす。なぜなら、潜入している工作員の情報をオーベルシュタインを通じて知り、核攻撃阻止のために艦隊を派遣するよう命
じたはずだったのだ。
それがどうだ。偵察艦は間に合っているのに艦隊は間に合わなかったと言うのだ。作為的な意図を感じずにはいられなかった。
「きさま……」
「先刻も申し上げように、支配者はときに少数を犠牲にして多数を守る選択を迫られます。これを帝国領全土に流すのです。これで宇宙を統治するに相応しい
のはいずれであるか、火を見るより明らかとなりましょう」
オーベルシュタインの血色の悪い横顔をみるラインハルトの目はいつになく鋭い。
「卿は最初からこれを政治宣伝に利用するつもりでいたな?」
「……閣下は阻止すべく艦隊を遣わせた。しかし敵の攻撃が早まって間に合わなかった。そういうことです」
「きさま、そこまで……」
その直後、一陣の風がラインハルトの傍らを通り過ぎたかと思うと、恐ろしく鋭い音とともに
参謀長が左方向へ吹っ飛んでいった。
「なっ!?」
と驚くより早く、ラインハルトは赤毛の親友が参謀長に向けて振り上げていた2撃目の拳をとっさと言うよりは本能的に制止していた。
「キルヒアイス、キルヒアイス……」
ラインハルトは混乱と動揺を隠し切れないでいた。めまぐるしく頭の中が思考で入り乱れた。なぜ親友がここにいるのか? すべて聞かれたのか? すべて見
られたのか……どうなっているんだ?
キルヒアイスの腕力は相当なもので、ラインハルトが必死に制止しなければ、あるいはその拳は確実に半白髪の参謀長をさらに殴りつけて取り替えしのつかな
い事態を引き起こしていただろう。が、半分はラインハルトも自分が何をしてるのかわかっていなかったが……
さらに数秒かかってようやくラインハルトは少しだけ冷静さを取り戻した。
「キルヒアイス……キルヒアイス! キルヒアイス! 止めるんだキルヒアイス、これは命令だ!!」
まだ呼吸が乱れた状態でラインハルトは精一杯声を張り上げて親友の行為を止めさせようとしたが、彼の心臓は張り裂けそうになっていた。
「…………ラインハルト……さま……」
キルヒアイスは、ようやくそう呟いてラインハルトに振りむいたが、その時の表情を金髪の元帥は一生忘れることがなかった。
「ラインハルトさまっ!」
キルヒアイスはラインハルトの手を振り払った。その激しい行動は金髪の元帥を怯ませるには十分であった。
「なぜですラインハルトさま! なぜこんなことを……」
ラインハルトの秀麗な顔は蒼白していた。やはり知られてしまっていたのだ。半ば呆然とする彼にキルヒアイスは容赦なく追及した。
「ラインハルトさまがヴェスターラントの件に目をつぶったというのは本当なのですか?」
沈黙が続いたが、再度問い詰められると若い元帥は事実であることをいやいや認めた。会話を聞かれてしまっていたならば認めざるを得なかった。
対してキルヒアイスの表情はかつてないほど厳しかった。
「ラインハルトさま。私が要塞に戻る途中、貴族連合軍に所属する巡航艦3隻が投降してきました。そこで私は乗員たちから初めてヴェスターラントの件を知
りました。彼らはエーベンシュタイン上級大将が核攻撃阻止のために派遣した艦隊の生き残りでした。ですが、偵察艦は間に合い、帝国軍からは派遣されていま
せん。それはどういうことです?」
キルヒアイスは、艦隊が間に合わなかったと思っていたのだが、巡航艦の乗員たちの証言は違っていたので、彼は真実を確かめるべく艦隊の行動を早め、予定
よりかなり早く要塞に到着したのだった。
そしてベルトマンの目撃情報から不安が増大し、自分の目と耳でラインハルトに問いただそうと通信室に入り、その真実のほとんどを聞くことになってしまっ
たのだ。
キルヒアイスは、怒気を鎮めるように大きく息を吸い込んだ。
「ラインハルトさま、大貴族は対等の敵であり、この内戦は対等の権力闘争です。彼らに対しては流血は止むを得ないでしょう。ですが、救うべき民衆を犠牲
にすればそれは大貴族とおなじこと。ご自身の足下を切り崩すことと何ら変わりません」
「……そんなことは分かっている」
ラインハルトの声には精彩が欠け、いい訳じみた成分が含まれていた。通信室でのやりとりを聞かれてしまった以上はうやむやにもできず、彼にとっては非常
に不利な情況であることを自覚していた。もしキルヒアイスでなかったならば、命令一つで黙らせることも可能だったろう。
そうはできない二人の関係にラインハルとは苛立ちを隠せなかった。
キルヒアイスの主張の正しさはさらに続く。
「ラインハルトさまと私は幼い頃に誓いを立てました。貴族たちと同じことはやるまい。民衆たちを貴族の搾取と暴力から解放するのだと」
ラインハルとは一言も発せず、だまって親友の言葉を聴いている。
「ラインハルトさまの覇権はゴールデンバウム王朝ではありえなかった公正の上にあるものだと考えていました。解放された民衆を基盤とした新たな体制で
す」
「……わかっている。二度も言わせるな」
「わかっていらっしゃるなら、なぜ成すべきことを成さずに自らご自身を貶められたのですか?」
キルヒアイスの、普段はやさしい青い瞳に小さいが激しい炎がゆれていた。ラインハルとは不利であり、何も言い返すことができない情況を理不尽だとすら感
じていた。それは、彼の子供っぽい一面を表していたかもしれない。
キルヒアイスが何か言葉を発しようとしたとき、彼らの耳に無機質な声が届いた。
「……キルヒアイス提督はお怒りをぶつける相手を間違っておられる。ローエングラム候の命令を反故にして政治宣伝のために艦隊の派遣を行わなかったのは
小官の考え。その怒りと拳の矛先は小官にこそ存分に向けられるべきでしょう」
この男の冷徹さをキルヒアイスは理解しているつもりでいたが、今回の一件はその予測すら超えていた。そして他人事のような口調……
キルヒアイスの怒りは参謀長の思惑どおり、ふたたび彼に向けられると思われた。だが、ラインハルトはそれを素早く察知して親友の肩を掴んで制止した。
「よすんだキルヒアイス! 悪いのは俺だ。命令を曖昧にした総司令官である俺に全責任がある、だから……」
「ラインハルトさまはそれでよいのですか!」
「いいわけはない。だが起こってしまった以上はどうにもできない。俺はヴェスターラントの件をオーベルシュタインの言うとおりに利用する」
「ラ、ラインハルトさま……」
「三度も言わせるな。こんな事はこれっきりだ。だから引いてくれ!」
半ば懇願するようなラインハルトの表情にキルヒアイスは拳を下ろしたが、その顔は悔しさと寂寥感で満ちていた。拳を握りしめたまま赤毛の提督はラインハ
ルトを一顧だにせず足早に予備通信室を後にする。
その姿を確認したオーベルシュタインが右の頬を赤く腫らせ、右目の義眼だけを異様に赤く点滅させながら言った。
「キルヒアイス提督はなぜか小官らの会話を立ち聞きしていたようですが、そのままにしておいてよろしいのですか?」
ラインハルトと親しいばかりに起こりえないことが起こり、本来ならば罰せられるべきではないか、とオーベルシュタインは暗に示していた。
ラインハルトの反応は、当然「怒り」であった。
「出すぎたことを言うな。キルヒアイス提督は俺の
忠実な部下だ。
公にするわけがない」
「親友」と言わなかったあたりがラインハルトのわだかまりをやや強いものにしていたかもしれなかった。
(オーベルシュタインの言うとおり、俺はキルヒアイスを他の提督と平等に扱わなければいけないのか……)
口にしたのは別のことだった。
「オーベルシュタイン、卿の策どおり、この映像を帝国中に流す。司令部へ転送せよ」
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ガルミッシュ要塞の総司令部は、あまりの惨状を目の当たりにして静まり返っていた。灰塵と化したオアシスに散らばるかつて「人」だった無数の何か……
灼熱と強烈な爆風によって何もかも「存在」を失った大地を、配信された映像を見た誰もが吐き気をもよおし、嘆き、深い悲しみに沈んでいた。
「間に合わなかったというのか……」
司令官席に身体を沈めるエーベンシュタインは、湧き上がる憤りと自己嫌悪に弱った身体ごと押しつぶされそうになっていた。艦隊は間に合うはずだった。だ
がこの現実はどう説明するのか? なにか不測の事態が起こったのか、攻撃の時間がはるかに早まったというのか?
もし後者ならば、エーベンシュタインはますます自己嫌悪を強めたであろう。彼はある意味、ブラウンシュヴァイク公の暴挙における予測を甘く見積もってし
まったことになる。傍らに控える副官イェーガー大佐の上官を見守る表情も沈痛である。
「これで、これまで中立だった人々もローエングラム候になびくだろう。貴族連合は離脱するものが多くなるな……」
エーベンシュタインは、珍しくため息混じりに呟く。貴族たちの最期を華々しいものに演出しようとあれこれと画策していた謀将にとっては至極当然の脱力
だった。
しかし、実はヴェスターラントの核攻撃阻止は全て失敗したわけではなかった。攻撃部隊は6隻で編成され、阻止に向かった巡航艦は奇襲攻撃で2隻を早々に
葬ったものの、攻撃目標の宙域に配置された攻撃部隊全てを補足していたわけではなかった。彼らは直後に別の宙域から発射された核弾頭を必死に迎撃し、打ち
落とし損ねた2発が二箇所のオアシスを直撃。交戦の末に攻撃部隊は全て撃破したものの、味方も二隻撃沈。ヴェスターラントの10万人近い人々は悲惨な最期
を遂げ、残りの領民は難を免れていた。
しかし、一発でも落ちればそれは巨大すぎる波濤となって人々の心を衝撃で多い尽くすのは必然だった。
エーベンシュタインが
「190万人は助かった」と知ったとしても、貴族連合軍──「彼」にとっては汚れたまま敗北したことも同然であろ
う。
ふと、エーベンシュタインが疑問に感じた点があった。いや、感じるべき箇所があった。
この凄惨極まりない映像はローエングラム候陣営から配信されたものだ。ガイエスブルグ要塞で泳がせている工作員がヴェスターラントの件を候に伝えたはず
だろう。彼の大義名分からすれば阻止命令が下っていたはずだ。
(だが間に合っていない。どちらも失敗したとでも?)
エーベンシュタインは手にしていた杖を「カツン」と床に打ち付けたのは、予測の及ばなかった憤りと、「もし自分がローエングラム候ならば」という仮定を
導き出して体の震えを止めるためだった。
(いや、まさか……彼がそこまで冷酷になるだろうか? しかし、政戦略的にこれほどまでに効果のある宣伝方法はない)
エーベンシュタインは、消去方で可能性を潰していく過程で当たるべくして当たる「人物」にぶち当たった。
(そうか、あのオーベルシュタインが何か謀ったな。頭の切れる人物ということだが、ここまでやるとは……恐れ入ったな)
もちろん褒めたわけではない。半ば戦慄したくらいである。
「いずれにせよ──」
エーベンシュタインの独語には多くが含まれていた。一つはオフレッサーの件だ。「手間が省けた」とは口に出さなかったものの、彼が考えていた過程の一つ
が現実味をおびてきたせいで【約束していた機会】を野獣上級大将に提供することになりそうなこと。
ただし、それは確実ではない。フィナーレを飾るのは「自分」かもしれいないからだ。
もう一つは、戦力の弱体化によって浮き足立つブラウンシュヴァイク公らをまとめ、最後の決戦を挑むことが早まるであろうことだ。
──いずれにせよ、エーベンシュタインは万全には遠い身体を押してガイエスブルグ要塞に戻らねばならなかった。
エーベンシュタインは再び杖で床を叩く。今度は軽快な響きだった。
(皇帝陛下、お約束の件は多少の変更やむなしとしてヴァルハラよりご照覧あれ)
エーベンシュタインはかすかに笑った。その微笑が何を暗示しているのか、イェーガー大佐には
どちらともとれるの
だった。
──宇宙歴797年、帝国歴488年5月25日──
長引くと思われた帝国の内乱は、ヴェスターラントへの核攻撃により、大きく舵を切ろうとしていた。
さらに、この出来事は凄絶なる結末への呼び水となったのである。
──そして同盟では。
青白い無数の光条がヨブ・トリューニヒトを襲っていた。
……第18章に続く
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
まずは、短い時間で投稿できてほっとしてます。脱稿はわりと早く終わったものの、その後が手付かずになってしまいまして……(反省)
今回はヴェスターラントの回でした。まあ二次小説ですから、どういった変化が生じるのか期待していたかたも多かったと思います。ですが、大きく背景が変
わったわけではないので、時間の前後はあっても起こっただろうと私は考えました。
その結果は、「キルヒアイスの行動」も含めて読者さんそれぞれに委ねたいと思います。
また、ヴェスターラントの件について、一つだけ記述していないことがあるのですが、それは次回に言及されます。
そして、帝国側はターンです。帝国側はENDに近づいてきました。ですが、ナデシコが関わった同盟側は、もう少し複雑になりそうです。18章は同盟編か
らスタートの予定です。いずれにせよ、20章で終わる先が見えてきました。
これからお盆休みに入る方への、一時の楽しみになればと思います。
2015年8月7日 ──涼──
読者様のアドバイスを参考に修正と一部加筆を行いました。
2016年3月2日 ──涼──
18章の投稿予定は来週末です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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