とある問題児たちの会話
「あーあ、なんかやる気が出ねえ……」
「格納庫にきて何をするのかと思ったら、いきなり意気消沈するのかお前さんは」
「300秒前まではやる気があったんだけどなぁ……」
「ずいぶん前だな」
「そもそも、第13艦隊に戻ってから出番あったか? 少なくとも旗艦直属の俺たち宙戦隊の出番はなかったろ」
「それを嘆いていたのか? 出番はあったろう、周辺宙域の警戒とか」
「そんなものはモブのパイロットにもできる! そもそもそれはムライのおっさんが俺たちの落ち着きがなくなるのを防ぐために提案したって話だ」
「……たち、じゃない。お前さんだよ、ポプラン」
「友達甲斐のないやつだ……」
「それよりも、ハイネセンでは大変なことが起こったと言うのに相変わらず平常運転だな」
「そうでもない。だからこそ残り二ヶ所の鎮圧は迅速に行う必要がある。だがな、俺たちは少なくとも肝心の地上戦には手を出しようがない。活躍ができないとは何とも歯痒いものだと思っている」
「現実はその通りだな。残り二ヶ所の鎮圧はローゼンリッターの仕事だろうが、首都星に近い分だけ地上部隊も多いと予想できる。俺たちの出番はせいぜい制宙圏の確保がいいところだろう」
「そこだ! 楽園――もといナデシコに乗っているときは良かった。最新鋭の人型機動兵器エステバリスを駆使する天才的絶対宙戦隊エースのオリビエ・ポプラン様の目を見張るほどの鮮やかな活躍であっという間に敵なんか蹴散らしてやったんだからな」
「一気に言い切ったな……美女に囲まれてうれしかった、とも聞こえたのは気のせいか?」
「否定はしない。当然の報酬だったね。解放した都市の先々での歓迎ぶりは今思いだしただけでも身体がうずく」
「お前さんの狂ったような活躍は聞いている。たしかにそれがあれば残りの鎮圧もかなり早く終われるだろうな。だが、エステバリスをヒューベリオンの格納庫には収容できない……だろ?」
「と、思うじゃん? いやいや、そうじゃないんだコーネフさんよぉ、実は間に合わなかっただけなんだよ」
「そうなのか?」
「ウリバタケ中佐が作ってくれてたんだけど設置には間に合わなかったんだよ」
「あー、あのすっごく熱いメカニックの人か?」
「……戦艦ヒューベリオンから出撃する唯一絶対にして蒼き彗星に歓喜する美女たち。モブどもを引き連れたスーパーエース機エステバリスパイロットのオリビエ・ポプラン機が縦横無尽に宙空を疾駆し、やられ役のワルキューレをばったばったと撃ち墜としていく――いやはや、爽快だねぇ」
「……お前さんの呆れた妄想はこのあたりに置いておくとして、ポプランにしては思い切った決断をしたな」
「そう、俺の活躍が増える!」
「いやいや、エステバリスをヒューベリンオンに格納可能になるってことは、もうお前さんはナデシコに赴く口実がなくなるってわけだ? 仕事熱心でけっこうけっこう」
「……あっー!!」
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
『決意の先に/そして地上では[』
T
首都ハイネセンで起こった市民と救国軍事会議の治安部隊による未曽有の衝突は情報統制をかいくぐって断片的ながらも拡散し、未だ途上にあるヤン艦隊に大きな衝撃をもたらした。
「デモを行った市民の犠牲者は少なくとも一万人以上に上るそうです」
悲痛な表情で副官フレデリカ・グリーンヒル大尉が彼女の上官に報告する。黒髪の司令官は眉をしかめるが、さらに険しい表情になった副官の次の言葉に半ば言葉を失った。
「最高評議会議事堂に押し寄せたデモ隊を止めようとしたジェシカ・エドワーズ議員の消息が掴めていないようです……死亡したとの情報もあります」
「……その後の情報は?」
「申し訳ございません。直後に救国軍事会議の通信妨害が激しくなったためか、ほとんど新たな情報は得られていません。議員の生死についても真相は不明のままです」
「……大尉が謝ることじゃないさ……うん、わかった。引き続き収集を頼む」
ヤン・ウェンリーの横顔をみて、グリーンヒル大尉は黙って一礼だけしてその場を離れた。
このときのヤン艦隊の様子をユリアン・ミンツは日記に次のように記述している。
「一時期、ヤン提督のやるせない気持ちがそのまま司令部に乗り移ったかのようだった。特にエドワーズ議員とヤン提督の間柄を知っている人たちにとってはとてもつらい一日だった」
その日、ヤンは犠牲となった市民に対して全艦に黙とうを捧げるように伝達した他は特に指示や命令はなく、艦隊はアクタイオンにむけて予定通り進軍した。
このようにヤン艦隊では任務に集中することで怒りや悲しみを静かに耐える様子ではあったが、これと対照的だったのが第11艦隊の全面降伏をひたすら待つミスマル・ユリカ率いる第14艦隊であった。
■■■
「ハイネセンの危機だ! すぐにでも首都星に向かうべき」
「死に体の第11艦隊は放っておいて我々は一日も早くヤン艦隊と合流してハイネセンを解放しよう」
「我々の艦隊でアクタイオンを攻略し、ヤン艦隊にはハイネセンに向かってもらおう」
「救国軍事会議の横暴を許すな! 結局、彼らに同盟を正すことはできない」
このようにミスマル艦隊内では、「今すぐにでも艦隊を動かし、ヤン艦隊と合流してハイネセンを解放すべし」、という将兵の主張が大多数に上った。
それは、ナデシコ内部でも例外ではなかった。
「お二人のご意見はよくわかりました。慎重に判断した上で方針を決定します。ただ、30分ほど時間をいただきます」
ユリカがそう言うと、副艦隊司令官ラルフ・カールセン少将と分艦隊司令官ライオネル・モートン少将の通信スクリーンが敬礼を残して同時に消えた。彼女は司令官席に優美とは言い難い動作で腰かけると、エル・ファシル解放時とは違った複雑な表情で思慮にふけった。
(まさか……いえ、ヤン提督の最悪の予想の範囲内にあったけど、起きてほしくないことが現実に起こってしまった。これ以上のハイネセンでの事態が拡大するとしたら、確かに艦隊を動かすことも選択肢には入るけど……)
危機的な首都星の状況と同情や負の感情論で考えればすぐにでもハイネセンにむけて出発するのが良心的には筋にちがいない。最善であり、そのほうが楽だろう。そもそも多くの市民が犠牲になっているのだ。しかもユリカとしても憤るのが「友人」と言っても差し支えのないジェシカ・エドワーズが暴動に巻き込まれ行方知れずになっていることだった。
「二年前のミスマル・ユリカ」ならば仲間の危機に有無を言わずに行動したであろう。「人」としては決して間違ってはいない。が、それは良い意味で「仲間思い」であり、悪い意味で「短慮」だった。
しかし、第11艦隊やエル・ファシルの件でも同じだが、ユリカたちを取り巻く戦略的な環境は規模としては「銀河レベル」であり、状況としては「難度複雑」と言っても過言ではない。
そして、第14艦隊の幕僚たちの意見も当初はほぼ二等分されていた。もちろん「慎重派」と「積極派」である。おおよそそれらの支持層は人物の性格を反映したものになったが、意表を突いたのは「直情系特攻娘」として筆頭であるスバル・リョーコが慎重派側だったことだ。
「今すぐにでもハイネセンに向かうべきなのは山々だけど、なんだろうなこの感じ。俺たちがヤン提督と合流すればもっと早く事態を収拾できるはずなのに、なんかこのあたりが引っかかるというかモヤッっとするんだよなぁ……」
側頭部を掻く当たり直感的な不安らしい。理詰めではないところが彼女らしいと言えば彼女らしいが、不思議なことにユリカの共感を得ている。
結局のところ、ヤン・ウェンリーの影響とユリカ自身の精神的な成長もあって、彼女は一歩踏みとどまるという術を身に付けたのだった。
ユリカは、小さなため息とともに操作卓に突っ伏した。思考を止めたわけではない。その逆だ。彼女は状況を整理する。
@ 現在は宇宙歴797年、標準歴6月30日であり、イゼルローン駐留艦隊を形成する第14艦隊は同盟領で発生したクーデターを鎮圧すべくおよそ二ヶ月
前に第13艦隊とともに出撃した。
A いくつかのクーデターの拠点を制圧後、駐留艦隊はユリカの作戦をもとに艦隊を三分。第14艦隊の主力は救国軍事会議の唯一の機動戦力である第11艦隊と対峙し、後に無力化に成功。人道的な問題もあり、ルグランジュ中将の意図に乗る形で艦隊の全面降伏を戦場宙域で待っている。
B 艦隊の所在はバーラト星系とイゼルローン要塞を結ぶほぼ中間点にあり、他星系にて新たな叛乱とイゼルローン要塞に有事が起こった際に即時対応可能な極めて重要な位置にある。
C 叛乱を鎮圧すべき残りの星系は首都星ハイネセンを含めて合計三つ。ハイネセン、アクタイオン、パルメレンドであり、現在進行形でヤン艦隊が鎮圧に向かっている。
D ハイネセンを除いた二つの惑星を解放するには、なお少なくとも二週間〜三週間が必要である。
E ハイネセンにてウランフ提督率いる解放軍が蜂起。宇宙からのみと思われたクーデター鎮圧に変化をもたらしつつある。
F その首都ハイネセンにて救国軍事会議の治安部隊と市民との間で大規模な衝突が発生。少なくとも一万人にのぼる死者が出ている。
G このままの推移で行けば、来月のルリちゃんの誕生日までには決着が付きそうにないと言う事実……
H ルグランジュ中将はしぶとい。なんか血なまぐさい策に走っちゃいそうなんだけど
――以上である。
ユリカは、今度は両手を組んで形の良いあごをのせる。
(結局、ハイネセンで起こった衝突が現状を切迫したものに変えちゃったんだよねぇ……)
ヤンの予想通り、クーデターの鎮圧が長くなればなるほど救国軍事会議の支配下にある惑星の緊張はどんどん高まっていくというわけだ。そもそも「クーデター」と言うと成功しようが失敗しようが市民生活は強制的に制限を余儀なくされるのだから、事態が長引けば市民の不安と不満が高まるのは当然だ。
ユリカが次に考えたのが、ヤン艦隊との合流だった。これはメリットのほうが大きいはずなのだが、どうしても彼女は決断ができないでいた。リョーコと同じく頭のモヤモヤが消えないためだった。
(うーん、なんだろう。なんか単純な理由だった気がするけど思いだせないだよねぇ……)
ユリカは、考えをリセットするために思い切って艦橋を離れ、とある部屋へと向かった。
「失礼しまーす。お二人にちょっとご相談があるの……ですが……」
ブルーグリーンの瞳に映ったのは、シトレとフクベがコタツを挟んでお茶を啜っているというシュールな光景だった。
「「相談とはなんだね?」」
返事が同時だ。見事なシンクロ率である。
「あ……いえ、その……お二人とも親友みたいですね」
そんな冗談では誤魔化せないところがシトレとフクベの老練たる所以だった。
「ことは重大だ。だが結論を出すのは艦隊司令官たるユリカくんだぞ」
「は、はいフクベ提督!」
結局、二人には相談内容が見透かされていた。一礼してその場を離れたユリカは格納庫に姿を現す。ちょうど休憩中でもあるのか、アキトがリョーコと組み手のような事を行っていた。
「っくしょう! もう一回、もう一回だテンカワ!」
「そろそろ休憩が終わっちゃうよ」
「うっさい、もう一回と言ったらもう一回だ!」
様子からしてアキトが勝っているようだった。リョーコの得意分野は「居合」だが、腕っぷしも誰もが認めるところだ。少し前のアキトならどう挑んでも勝てなかっただろう。
その「もう一回」はさらに増えて「合計三回連続」になったが、結局、リョーコはアキトから一勝もできなかった。
ユリカが思わず拍手喝采で婚約者の成長ぶりを褒め称えると、テンカワ・アキトは少し照れながらも大きく手を振って応じてくれた。直後に首を傾げたのは、彼女が何を目的に格納庫に現れたのか不思議に感じたからだろう。
ユリカと言えば、満足したのか一階に下りずにきびすを軽やかに返す。鼻歌交じりの彼女は第11艦隊と戦う前の作戦会議でシェーンコップに現在の婚約者の「腕前」について尋ねたことがふと脳裏をよぎっていた。
「准将、アキトって、どのくらい強くなりましたか?」
「そうですな、小官にはまだ遠く及びませんなぁ」
「それじゃあ、すっごく解かりにくいですぅ! 意地悪しないでください、プンプン」
「まあ、一人の戦士としてなら一人前です。一緒に訓練しているユリアンとは良いコンビニなるでしょう。テンカワ中尉は追い込まれると伸びるタイプのようですし」
それだ!!
我が意を得たようにユリカは手を叩いて立ち止まった。彼女やリョーコがいまいち不安を払拭できなかった理由が判明したのだ。何のことはない、理由は単純明快だった。ルグランジュ中将の迷惑な粘りに対して強硬策が浮上したあの時と理由は同じだったのだ。そう、あの時、強硬策に出て「薔薇の騎士連隊」を動かしていたら、追い込まれたルグランジュ中将はきっと自殺なり自爆をしたかもしれなかったのだ。
(そうそう今回も状況が似ている……)
叛乱の鎮圧とユリカたちの勝利は、救国軍事会議側の唯一の機動戦力である第11艦隊を最小限の損害で封じ込めた時点で時間の問題なのだ。駐留艦隊の二個艦隊という最大のアドバンテージを存分に生かしたヤンとユリカの作戦構想によってじわじわと勝利を引き寄せていると言ってもよい。だが内戦を早期に終わらせることは優先ではあっても命題ではない。第11艦隊の全面降伏を待たずにヤン艦隊と合流して艦隊を再び二分すれば、おそらく現在の予想しうる叛乱鎮圧期間の半分で決着できるだろう。
しかし、急激に兵力が倍増した駐留艦隊の圧力と圧倒的な武力を目の前にして、救国軍事会議が断崖の絶壁まで追い込まれたと感じたら……
(それを間違っても選択させてはいけないわ)
ユリカは強く思う。彼らがどこまで認識しているかは不明だが、「悪手」を打たせてはいけない。グリーンヒル大将がそこまでを望まなくても、駐留艦隊のアプローチの仕方によっては強引に実行しようと思い立つ人物が現れないとも限らない。
(グリーンヒル大将はクーデターの落としどころを考えているのかしら? 考えているとしたらウランフ提督の反撃はかなりのプレッシャーになっているはずだし)
つまりは「前門の駐留艦隊」、「後門のウランフ提督」というわけだ。そこに市民の犠牲が重なっている。救国軍事会議の「余力」があるうちに追い詰めたならば、最悪の結果を招きかねないということになりはしないか?
――15分後――
ユリカは、全艦に現状の維持を通達したのだった。
U
ハイネセンにおける評議会議事堂通りの虐殺事件に最も神経をすり減らしたのは、他ならぬ救国軍事会議であった。グリーンヒル大将が外部からの攻撃に懸念を示しつつも使用しうる全てを総動員して収拾を図らなければ、事態はさらに深刻な状況に発展したであろう。
しかし、凄惨な事態に発展した経緯について、救国軍事会議側にも正当性を主張する声はある。戒厳令を理由に禁じていた市民集会が開かれたばかりか、それが暴徒へと一変してしまったのである。「治安維持に必要な措置をとった結果にすぎない」と語る兵士も少なくはない。
(ただ、それが第三者からはどう見えただろうな?)
ウィスキーボトルをあおってからアーサー・リンチ元同盟軍少将は片方の口元を大きく吊り上げた。統合作戦本部の大会議場の片隅に陣取る彼の見る光景は、昨日に比べるとかなり落ち着いた状況と言ってもよかった。だが、事件が起こった直後の幹部たちの怒りや焦りと言った怒涛のような慌ただしさは彼にとっては酒の肴にするには極上の活劇であった。
(フフフフ……期待以上の醜悪だ。貴様たちの信念や理想が崩れゆく様のなんとも愉快なことか)
リンチは内心歓喜しかない。何もかも失った男がラインハルト・フォン・ローエングラムの策謀に乗ったのは、まさにこれらのいびつな光景を眺めるためだった。
(……かなり心地がよかったぜ。続きが気になるところだが、さて、次の醜悪な舞台で俺はどのくらい楽しめるかな?)
ただ一つだけリンチに不満があるとすれば、エル・ファシルの英雄と呼ばれたかつての部下……(当時、リンチは知るよしもなかったが)ヤン・ウェンリーの負の感情をこの目で拝むことができそうにない、という点だった。
なぜならリンチは、現時点で救国軍事会議に勝ち目はないと考えていたからだ。
(まあ、いいさ。今のところ元は取れている。もしエル・ファシルの英雄の負の感情を見ることができるとしたら、アルテミスの首飾りで大きな損害を被った時か、グリーンヒルのヤツが決断した時だろう。さてこの先、俺がさらに楽しめるよう、うまく事が運ぶかな?)
救国軍事会議にとっての最大の痛手は第11艦隊の敗北だ。唯一強力な駐留艦隊に対抗しうる機動戦力であっただけに、その敗北の後はただ拠点で待ち構えるしか手段がなく、駐留艦隊が蜂起した惑星を一つ一つ鎮圧していく様を眺めているしかない。つまり、阻止または邪魔をする手段を救国軍事会議は持ちえないのだ。
リンチの計算によれば、駐留艦隊はもう間もなく近くの星系に現れてもおかしくはない。
(ただ、最も面白くなりそうなのはウランフの解放軍とグリーンヒルのやつらで地上戦が始まりそうなことかな?)
一体、同盟軍の勇将はいかにして首都を奪還するのか? リンチとしてはその方法に大いに興味があった。正面からぶつかれば大きな被害は避けられず、ウランフほどの軍人が市街戦を挑むとは考えにくい。
(トリューニヒトがあの中にいたという事は、おそらくアカツキ・ナガレというナデシコの乗員がいるはず。データーの通りなら大企業の会長だったという若造がハイネセン奪還のキーマンになるかもしれねぇ……)
リンチは、おぼろげな視線で周囲を見渡した。慌ただしさが収拾されつつあり、幹部たちが徐々に会議室に集まり始めている。幾人かの表情は疲労感でいっぱいのようだが、誰も降伏をしようとは考えてもいないだろう。
(こうなると本当にグリーンヒルのやつはどう落としどころを考えているのやら……おいおいお、俺があいつらの心配とは……)
リンチには一つだけ、はっきりと言えることがあった。
(この先はもっと盛り上がりそうだ)
V
チュン・ウー・チェンが、たっぷりと野菜とハムを挟んだハム野菜サンドを口に頬張ろうとしたその時、彼は恨めしそうに一時的に手を止めた。
「アカツキさん、何か?」
端末を睨んでいた若き社長アカツキ・ナガレに無情にも呼びかけられてしまったのだ。
「これを見ていただけませんか?」
ええ、と応じてチュン・ウー・チェンはわずかな隙間を突いてハム野菜サンドを腹ペコの胃の中に押し込み、青年社長の下に到達するわずか数秒のうちにアイスコーヒーを流し込む。それで満足したのか、と思いきや、二つ目のハム野菜サンドをぬかりなく手に持ったままだった。
「これを」
アカツキが指す端末に目を向けると、そこには副主任が録画していたデモの様子が流れていた。
「ここ数日、彼が録画してくれた映像をずっと見ていましたが、やはりと言うかエドワーズ議員を襲った男と同じ組織に属している輩が数人映っていることがわかりました。ここです」
と言って、ある場面を静止させる。
「と言いますと?」
「憂国騎士団ですよ」
そもそもアカツキが検証に至ったのは、ジェシカ・エドワーズを殺害しようとした男の顔に見覚えがあり、まさにその通りだったからである。できれば男を捕縛して尋問にもかけたかったのだが、あの人災の激流の中ではエドワーズ議員を抱えて脱出するのが精いっぱいだったのだ。今思えば「縄を首根っこにくくり付けてでも」という後悔がある。
「なぜ彼らの事を?」
「トリューニヒトの自宅にデーターベースがあって……あっ!?」
アカツキはとっさに口を噤んだが、チュン・ウー・チェンという有能な男の前で二つの関係を暴露してしまったからには容易く誤魔化せるものではなかった。
「いえ、よいのですよ。元首殿と憂国騎士団の関係はもともと多くの人々が疑っていましたからね」
「そうですね、非公式的には……」
非公式、とは誤謬のある表現だが、世間では「疑惑」の範囲内であったことは確かである。
「しかし、アカツキさんだからこそ決定的な証拠を得ることができたようですね」
と言いつつ、気ままに食事を再開したチュン・ウー・チェンの表情はまったく迫力がこもっていないのだが、その自然さにこそ真の恐ろしさが備わっているものだ――
――とユリカやヤンを観察してきた青年には理解できた。
「このことはまだ内密に願います」
「ええ、今は」
チュン・ウー・チェンはコーヒーカップ片手に含みを持たせつつ、同意の微笑みを返す。アカツキにとっては新たなる「強敵」に思えた。
一通りの「駆け引き」を終えたところで、二人は本題に入った。意見を述べたのは「パン屋の二代目」である。
「私は、この一件はおそらく最近のトリューニヒトと憂国騎士団の関係に要因があると思います」
「よくない、という噂ですね」
「ええ、トリューニヒトの身辺に切り込んだアカツキさんはすでに明確な答を得ていると思われますが?」
「ぜひ僕の意見と一致するか、閣下の意見を伺いたいです」
「なるほど、そうきましたか。それでは僭越ながら……」
チュン・ウー・チェンの意見はこうだ。トリューニヒトの「私兵」と呼ばれていた憂国騎士団は国防委員長となる前からトリューニヒトの背後で常に暗躍していた。しかし当時、反戦運動の代表であったソーン・ダイクン氏を勝手に爆殺して目立ったことでトリューニヒトの不興を被り、ここ最近は目立った活動は成を潜めていた。
そこにクーデターが発生し、トリューニヒトの演説を聴いて不幸にもその気になってしまった彼らは行動を起こすことで何とか関係を修復しようと考えた。
結果的には大失敗だったが……
「いかがでしょうか?」
「さすが教授殿、僕も同じ意見です」
アカツキがあらためて内心感心せざるを得ないのは、士官学校戦略研究科の教授という地位でありながらも、世間一般レベルでは「疑惑」か「噂」レベルにとどまっている憂国騎士団とトリューニヒトの関係と活動の裏側をグレーおよびブラック手前まで認識していることだった。
軍内部にも、当然ながらトリューニヒトのの動向に注意を払っている者も存在はするが、今なお主戦派が主流である同盟軍内部では少数派であり、公的な行動は即排除の標的となりえてしまうし、軍人が政治に口出ししてはいけないというシビリアンコントロールの基本から介入は躊躇われるだろう。
幸いにも軍上層部の「良識」は守られているとはいえ主戦派層は厚い。士官学校での立場上、チュン・ウー・チェンの葛藤は察して余りある。
「いえ、わりと言及してますけどね」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ、意外と生徒たちは冷静なんですよ」
そう和やかな表情で言ったチュン・ウー・チェンはもう一つアカツキに質問をした。
「内乱終結後、議長は発言内容の責任を問われるでしょうか?」
つまり、ハイネセンで起こった暴動のきっかけはトリューニヒトの会見が引き金になったと言えなくもなく、議長はその責任を問われるのではないか、という事だ。
「どうでしょう? 一部のマスコミに突かれる可能性はありますが、まだトリューニヒト側の勢力は大きい。それに彼は直接決起せよ、とは言及していなんですよねぇ……」
さらに別の重要な議題がある。もちろんジェシカ・エドワーズ議員の身に起こったことだ。彼女への殺害未遂についても二人の意見は一致した。
「憂国騎士団の目的はあくまでも行動によるトリューニヒトへのアピールであり、エドワーズ議員を殺害しようとしたのは偶発的出来事だった」
と言うことである。過激な主戦派集団である憂国騎士団が最初から非戦派の代表であるエドワーズ議員をおびき出すためだけに大規模なデモを扇動したとは考え難い。彼女を殺害するならもっと穏便に目立たず事務所なり自宅なりを襲撃すれば済むことだ。
「エドワーズ議員が現場に現れたことで憂国騎士団はこれ幸いと考えたのかもしれませんね」
「ええ、十中八九そうでしょう。ただ、もう一つ僕の推察を言わせていただくと、彼女を殺害しようとした団員の個人プレイの可能性もありかと」
なるほど、とチュン・ウー・チェンも相槌を打った。あの混沌とした最中で主たるトリューニヒトの邪魔となるジェシカ・エドワーズを消し去る絶好の機会と思い込んでも仕方がない。
「権力に忖度した結果が大惨事を起こしてしまったわけですね……」
「まったく浅はかです。まあ、僕としては彼らには貸しがあるのできっちりと今回の落とし前はつけてもらおうかと」
「……貸しですか? いえ、なにか妙案でも?」
「ええ、ハイネセン解放でこちらから仕掛けるのは無理かなと考えていたんですが、個人的には悪手ですね」
「差し支えなければ教えていただけますか?」
本当に「悪手」なので、アカツキは多少迷ったのだが、「今さらですよ」というチュン・ウー・チェンの言葉にうなずいて説明を始めようとした。
その直前だった。アジトの扉が開いたのだ。事前に警戒アラームが作動していないので、入ってきたのが副主任であることは明白だった。彼は開口一番にこう言った。
「社長、ウランフ提督からの作戦計画を受信しました」
「ついに来たか」
アカツキは色めき立ったが、評議会議事堂前の虐殺事件の背後に蠢いていた「もう一つの存在」に気付いてはいなかったのである。
W
始めはおぼろげに、次にぼんやりと、そして徐々に霧に覆われた視界が開けていくように、ついに彼女は意識を取り戻したのだった。
「ここは?」
「エドワーズ議員!」
声の方向には見知った女性事務員の破顔した姿があった。ジェシカ・エドワーズはしばらく停滞した意識とともに視界の先を見つめていたが、脳裏に突如として凄惨な光景がよみがえったのか、急に傷ついた身体を無理やり起こそうとした。
「ご無理はいけません、頭を強打されたのです。脳に異常はなかったようですが左の腕は骨折していて右足は打撲と捻挫をしています。そのほかにも痣がたくさんです」
ジェシカ・エドワーズの反応は、自分の体の具合や病室であることを確認するものではなかった。
「あのあと……あの大勢の人たちは一体どうなったの?」
ジェシカは悲痛な表情で女性の腕に右手だけで掴んで訴えたが、彼女が視線を逸らしたことで大よその結末を理解した。
「……犠牲者は?」
「……正確な人数は私も存じ上げませんが、数千から一万人近いとか……」
ジェシカは、その被害の大きさに驚いて言葉を失ってしまう。唇をかみしめ、負傷を免れた右手がわなわなと震えながらベットのシーツを強く鷲掴みにしてい
た。
そうして沈黙の時間が過ぎ去ってから、ジェシカは重苦しくつぶやいた。
「私は生きているのね……」
そのあまりにも悲しい皮肉に、思わず女性事務員も胸を締め付けられる思いがした。
「……議員は、間一髪のところで救い出されました。そして安全度の高い市民病院に担ぎ込まれ四日間も意識がないままでした」
ジェシカは、自分が数日間も眠っていたことに再び驚きはしたものの、助けてくれた相手が「この間、事務所を訪れた二人組」だと知ると、とても申し訳ない気持ちになった。
(結局、アカツキさんがおっしゃっていた結果になってしまったと言うこと。集会が平和的であろうとなかろうと最初からそれを拒絶する側からは個人の主義主張や民主的な意志などいっさい関係がないと……)
急にジェシカを悪寒が襲った。もしボタンをかけ間違えていたら、多くの市民をスタジアムに招いて「平和的な抗議集会」を主宰していたのは彼女だったのだ。そして救国軍事会議側の容赦のない追及によって最終的に同じ結果を招いたかと想像すると恐怖と自分への憤りがこみあがってきた。
「あ、あの……議員」
自己嫌悪と失意のさなかにあるジェシカ・エドワーズの姿を見て、いたたまれなくなったのか女性事務員がたまらず声を掛けた。
「私は……私たちはエドワーズ議員が生きていらしてくれて本当に嬉しかったです。ソーンダイクン氏があんなことになって、そしてあなたまで亡くしたら、私たちは誰とともに反戦運動を続けていけばよいのか迷ってしまいます。私たちにはエドワーズ議員が必要です。どうかご自身だけを責めるようなことはなさらないでください」
女性事務員の精いっぱいの激励にジェシカはうなずいたものの、まだ彼女は自分を許せていない様子だった。それを察したのか、ポニーテールの事務員が言った。
「あ、あの、助けてくれた男性からもう一つ伝言があります」
その依頼者がアカツキ・ナガレであることはジェシカにもわかった。
「彼はこう言っていました。本当の戦いはクーデターを鎮圧した後です。どうかあなたの意志を同盟と銀河帝国の平和実現のために役立ててほしい――以上です」
ジェシカは我に返ったと思う。「思う」と言うのはアカツキの伝言が彼女の挫けかけた心を強く揺さぶったからだ。彼は同盟だけではなく、敵対する銀河帝国にも平和をと言っているのだ。長く対立し続けてきた体制の異なる二つの勢力同士のいずれか一方を消し去るのではなく、どちらも平和にしようと言ったことだ。
(彼にはその方法があるというのかしら?)
アカツキの呼びかけは、ジェシカにとっても最善の道筋であった。いや、彼女の目標と言ってもよい。
そして、その実現を左右する内乱が帝国で発生しているのだ。専制政治を敷く門閥貴族と貴族を打倒するローエングラム候陣営との戦いだ。アカツキ・ナガレは彼女に依然言っていた。戦いに勝利するのはローエングラム候だと。ローエングラム候は勝利の後に貴族社会とは違った新たな体制を敷き、そしてその先に必ず機会が訪れるはずだと。
ふと、ジェシカの頬に一筋の光が差し込んだ。病室の上部側の窓から陽がこぼれたのだ。彼女がデモ隊の前に立ちふさがった当日は雨が降り出していた。その雨は犠牲者を悼むように昨日まで降り続き、今日は朝から曇りがちだったという。
その「光」は希望の現れなのか、それとも単なる感傷の類なのか……
一度は強く後悔の唇を噛んだジェシカ・エドワーズの表情は何かを取り戻していた。
(わかりましたアカツキさん。二つの銀河のために私は歩み続けましょう)
X
解放軍を指揮統率するウランフにとって、この数日間あまりは憤りと焦りの連続であった。
まず独断で会見を開いたトリューニヒトにはその軽率な行動を強くたしなめ、続々と集まる義勇兵の対応と編成に多忙を極め、ついにはハイネセンで多くの一般市民が虐殺されるという悲劇を知ることとなったのだ。
ウランフにとっては時間だけを浪費してしまったという自身への徒労感と不満だけが残ってしまっていた。
もともとウランフは、テルヌーゼン解放後はあまり時間を置かずにハイネセン解放に動く予定だった。救国軍事会議が動揺している今こそ短期間のうちにハイネセンへ進軍を開始しようと計画していたからだ。
しかし、その計画はトリューニヒトの「抜け駆け」によって停滞を余儀なくされてしまった。内外には支持を取り付けるために宣伝は必要であったことは事実だが、トリューニヒトのやり方は派手過ぎた。
「もう少し肩の力を抜いてポジティブにお考えでもよいのでは?」
と気を張っているウランフに声を掛けたのは迷彩服姿も板についてきたエリナ・キンジョウ・ウォンだった。合流以降、彼女はアカツキの指示もあってウランフをサポートする側に徹している。勇将としても信頼できる味方は一人でも多い方がよい。優秀ならばなお更だ。チェン参謀長だけではとても乗り切れる状況ではない。
「ハイネセンでの出来事はウランフ提督のせいではありません。遠からず発生することでした。時間は浪費したのではなく兵士たちの休養になり、より準備万端でハイネセンへの解放に臨めるようになったのです。今はただ前を向いてください。ウランフ提督がそのように険しいお顔をしていては私まで倒れてしまいます」
エリナの表情はいつになく困惑していたので、ウランフも思わず笑みがこぼれてしまう。
「いや本当にすまない、普通は逆だな。君もチェン参謀長も多忙だろうに、その愚痴をたしなめるのが私の役目のはずだが本末転倒もよいところだ」
ウランフの表情がようやく緩んだ。つられてエリナの表情が和む。
「では緊張がとけたところでよい知らせがございます」
「うむ」
「輸送機の手配が全て済みました。明日から地上部隊の移動を開始します」
「そうか、ならばアカツキくんに連絡する必要があるな」
「はい。すでに迷彩機能を搭載したバッタを用意しています。作戦計画データーを搭載後、提督のご指示があれば所定の位置まで飛ばし、自動的に内容を送信するようになっています」
「さすがに早い! エリナくんには本当に私の副官になってもらいたいくらいだ」
「それと多少時間はかかりましたが、これをご覧ください」
秒でスルーされたことには言及せず、ウランフはエリナが差し出した小型端末を見た。
「これで最短でハイネセンを解放することができるな」
「はい。エステバリスの支援で作戦はスムーズに運ぶでしょう」
「なるほど、これまでの時間は決して無駄ではなかった。もっと早く作戦を実行していたらこうはできなかった」
「災い転じて福となす、とはこのことでしょう」
「よいことわざだ。これで決着することを願おう」
「願ってはだめです。完遂してください」
「手厳しいな……」
――宇宙歴797年、標準歴7月上旬――
ついにウランフ提督率いる解放軍は救国軍事会議の本拠地となっている首都ハイネセンへの解放作戦を実行に移す。
しかし、それぞれの決意が交差するさなか、その先にある意外な決着の行方を、まだ誰も想像できてはいなかった。
……TO BE CONTINUED
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みなさん、ご無沙汰しております。 ぜんぜん時短できませんでした(汗
これを投稿した時点で三度目の長期出張は終わっているはずですが、意外と出張先で書こうとは思わないという……
二〇章はこれであと同盟、帝国個別の話はそれぞれ一話ずつとなりました。二十一章に総合パートを入れ、第二部最終章となります。あと三話予定です。うん、今何年目?と怒られそう……
ノイエの劇場版第一章、第二章を鑑賞しました。アムリッツア星域会戦はもっとなにか演出があってもよかった気がします。第9艦隊と第8艦隊が参戦していましたが、司令官は言及すらされてませんでしたねぇ(泣 石黒版がいかにうまい演出をしたのかがわかります。
第二章ではレンテンベルグでの白兵戦がやばいw 装甲擲弾兵のスーツヤバイw 同盟軍の装甲服が非常に気になります。ランズベルク伯はただのデブwww
えー。ノイエのバグダッシュが石黒版の「ムライさん」に見えた方はいるかな?
印象に残ったのは、大型スクリーンに映し出されたブリュンヒルトのCGがよく見えて戦艦の細かいつくりがわかったことでしょうか。ジェシカの最期も生々しいものがありました。物語の演出の違いが石黒版とどこがどう違っているかなど、楽しむ要素は多いと思います。
次回は帝国編の予定です。そう、あの話です。
2019年11月1日 ――空乃涼――
文書の追加と読者様のアドバイスによる修正を行いました。
2020年9月18日 ――空乃涼――
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