『ウランフ提督!』
救国軍事会議の支配からハイネセン解放を目指すための作戦要網をアカツキ・ナガレに送信してから18時間後の事だった。調達した輸送機で移動中、ウランフのサポートを務めるエリナ・キンジョウ・ウォンが格納庫から通信を送ってきた。その口調から何か特別な事態が発生したであろうことを勇将はすぐに悟った。
「敵の襲撃か? コクピットからは確認できないが」
明確な否定が帰って来た。
『違います。手短に言います。回収したバッタに社長からのメッセージデータが受信されていました』
「本当か?]
『はい。これからデーターを転送しますのでコミニュケで確認してください』
ウランフが言われたとおりにすると、アカツキのものだというメッセージデータが送られてきた。
「これは……アカツキくんは本気か? いや、失言だったな。彼はやってくれるという事かな?」
『私にもどうやって動かすのかはわかりませんが、あの人がやると言ったからにはやるので間違いないでしょう』
「そうだな、彼の作戦に乗ろう。しかし多少の修正は必要だ。エリナくんも協議に参加してほしい」
『わかりました、すぐにそちらに戻ります』
うなづいてウランフは通信を切ると、暗闇に塗り替えられつつある雲上の世界に視線を移した。
(これなら想定よりも短時間で決着を付けられるかもしれないぞ)
その意外な幕引きの光景を、ウランフはまだ想像できてはいなかった。
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第20章(中編)
『7月7日の決着/そして地上では\』
T
ここフェザーンには、アドリアン・ルビンスキーとは違った立場で帝国・同盟の情勢を注視する一人の美しい令嬢が存在した。そして意外にも同盟に対しての情報収集能力は、この時はルビンスキーをも上回っていたと言ってもよかった。
お気に入りのバルコニーでお茶を楽しむ文字通りの金髪と深碧の瞳を有する元帝国貴族の令嬢をマルガレータ・フォン・ヘルクスマイヤーと言った。少女は情報が表示された端末をまじまじと見つめながら執事兼相談役と後見人でもある元帝国軍人ランツ・フォン・ベンドリングの説明に耳を傾けていた。
「……第11艦隊を破った駐留艦隊は艦隊を二分したまま、それぞれの任務を継続しているようです。ヤン艦隊はロフォーテン星系からエリューセラ星系を目指し、惑星アクタイオンの叛乱鎮圧に向かっているものと推測されます。変わってミスマル艦隊については明確な情報ではありませんが、グレーシェル少佐が調べた限りでは第11艦隊と衝突したと予想されるミドラル星系に留まっている模様です」
それを聞いた麗しい少女の表情が、みるみる内に好奇心に満ちたものに変化していったのがベンドリングには微笑ましかった。
「ふむふむ、なぜ駐留艦隊が統合せずにヤン艦隊だけ叛乱の鎮圧に向かったのか興味深いのう」
そう答える少女に対してベンドリングが示したのはミスマル艦隊が駐留していると推測される星系図とその位置だった。
「お嬢様なら、これを見てなぜミスマル艦隊がここに留まっているかお分かりになるのでは?」
教師と生徒のようなやり取りだが、才能にあふれるマルガレータに対してベンドリングはあえて彼女に考えさせることが多い。彼女も知的好奇心を試されることを楽しんでいるきらいがある。
「ふむ。ミスマル艦隊の役目は簡単に言うと見張りじゃろ?」
ご名答。ベンドリングは少女の慧眼を褒めはしたのだが、深碧の瞳が宿る秀麗な表情はとても喜んでいるようには見えなかった。
「不機嫌ですね?」
ベンドリングが言うと、マルガレータは年齢にそぐわないため息をついた。
「不機嫌にもなろう。あの男の集めた情報が正しければ、同盟では多くの市民が犠牲になったのだからな」
およそ5年前、腐敗の進む門閥貴族たちの醜い権力闘争に巻き込まれる形で当時10歳の少女は両親とともに帝国を脱出し同盟への亡命を図るも、途中の事故で自分以外の全てを失った。
当時、ヘルクスマイヤー伯爵を秘密裏に追跡していたランハルト・フォン・ミューゼル中佐との交渉で同盟への亡命は「可能」となったが、後見人となったベンドリングがいなければ、わずか10歳のマルガレータには想像以上の過酷な運命が待ち構えていたに違いなかった。
――否、過酷な別れを経験したマルガレータにとって同盟の理念や理想は専制国家に勝るものだと信じていた時があった。
しかし、現実の同盟も貴族社会と同じく腐敗が進行していた。権力者は利権に群がり、ジャーナリズムは戦争に人々を駆り立てた。それでも建前であっても個人の基本的人権と権利と生命が保証される共和体制は、貴族社会の不条理さに比べればまだましだと言い聞かせていた少女にとって、帝国のどこかで日常的に発生していた理不尽にも人々を虐げる――しかも大量殺戮が民主国家の中心で行われたことにひどく衝撃を受けてしまった。
(ああ、ここでも繰り返される)
それは到達できない永遠のメヴウス……
マルガレータは、ラインハルトの覇権獲得に強力を惜しまないでいる。それは両親の命を奪った貴族社会に失望しているためである。
しかし、権力争いに片足を突っ込んでしまった父親に罪がなかったのかと言えば、少女は否定しなかったであろうが、当時10歳の彼女にとっては特別重大だという認識はなかったのだ。マルガレータにとっては両親が権力闘争のスケープゴートにされたこと、肌でも感じていた門閥貴族社会の深い歪みだけである。
だから、マルガレータには貴族社会を打倒する理由があった。
では同盟は? 私は今の同盟も貴族社会と何ら変わらないとみなすのであろうか?
「……リング、ベンドリング!」
マルガレータは、自らを意識の深淵から強制的に引き戻した。葛藤などなかったかのようなすまし顔でかつての帝国軍少佐に問う。
「グレーシェル少佐は今はどうしておると?」
ベンドリングも気付かなかったかのようにふるまった。
「引き続きライガール星系に留まるようです。タッシリ星系からイゼルローンの間は通信も回復し行き来も可能になったそうですが、ロフォーテンからバーラト星系に至るいわゆる首都星系圏内への立ち入りは不可能との報告が入っていました。その関係で同じく同盟にある本社企業との連絡も途絶えたままです」
「まあ、そうじゃろうなぁ……」
そうつぶやいたきりマルガレータは頬杖をついて黙ってしまった。ベンドリングも少女の様子を見て一礼して退出したが、それはそっとしておこうと言うわけでははなく、愛らしい主のために紅茶とお菓子を追加するためでもあった。
(やれやれ、もしかしてお嬢様は迷っているのかな?)
U
――宇宙歴797年標準歴7月7日――
ホシノ・ルリの14回目の誕生日にウランフ率いる解放軍と救国軍事会議の地上部隊は激突した。
その4日前に解放軍は首都ハイネセン郊外のおよそ60キロ地点と統合作戦本部の外苑よりおよそ80キロの地点に輸送機を着陸させて地上部隊を下ろしたのち進軍を開始。
それぞれ10キロ地点に差し掛かった時についに戦端が開かれるに至った。当初、救国軍事会議の幹部数名が偵察機による情報収集から輸送機が地上部隊を下ろしている瞬間を狙って攻撃すべしと提案したが、数を1機増やしていたエステバリスの総合的な能力と、誘引しているとしか思えない地上部隊の動きに対してグリーンヒル大将は許可を出さなかった経緯があった。
また、降伏勧告をはねつけた救国軍事会議側も時間が大してあるわけでもなく、解放軍をぎりぎりまで引き込むという作戦を選択できるわけでもなかった。
一方のウランフ率いる解放軍は、当初の予定通りの作戦行動に移っている。降伏勧告は一応は形だけのものではあったが、勇将の本音はグリーンヒル大将が情勢を理解して意地を張らずに最善の判断をしてほしいと願っていたことだろう。
さらにウランフは戦力を二分している。トリューニヒトの要請による「最高評議会議事堂奪還部隊」と本命の「統合作戦本部攻略部隊」である。前者に対してはまったく気乗りはしていないが、「抜け駆け」をやらかした以外は恐ろしく協力的なトリューニヒトに配慮という形で部隊を割きはしたものの、議事堂に至るルートはハイネセンの中心部を形成していることもあり、本気で戦ってしまうと市街戦になってしまう。ジェシカ・エドワーズの協力を得て周辺住民をスタジアムに避難させているとはいえ、作戦的には郊外でのらりくらりと時間稼ぎを演じるのが基本戦術になっている。
当然、後者が重要なのは言うまでもない。戦力の三分の二を投入して統合作戦本部に攻撃を仕掛ける。救国軍事会議は当然ながら主力を集中し、早期の撃破を目論んでくるだろう。ウランフたちはあえて時間稼ぎに作戦を絞ってもよいが、グリーンヒル大将はそうはいかない。無論、戦闘したまま駐留艦隊がバーラト星系に到達すればアルテミスの首飾りが健在であろうと即敗北となるからだ。
「敵軍を早く撃破して駐留艦隊に備えたい」
グリーンヒル大将はそうせざるを得ない。ウランフにとっては、そこに付け入る隙が生まれてくるのである。
そして予想通り、解放軍に対する救国軍事会議の攻勢は熾烈を極めたと言っても過言ではなかった。統合作戦本部の敷地からの支援攻撃も含めた地上部隊と数十機の攻撃ヘリによる集中攻撃によって解放軍はいきなり三十輌あまりの損害を出してしまう。
「閣下、前線より連絡です。敵の連携に乱れが生じているようです。さらに攻勢をかけますか?」
エベンス大佐の報告にグリーンヒル大将は即断する。
「攻撃を強化。隊列を整えつつ地上部隊は前進。攻撃ヘリを左翼に集中させて敵の一角を崩すよう指示せよ」
「はっ」
「ところで人型は?」
「はい、現在確認されたのは4機です。2機はハイネセン郊外の戦闘で確認、残りの2機はこちら側にあって同じく敵地上部隊の支援を行っている模様です」
前者後者共に陸戦タイプだという。
「あまり積極的ではありませんね?」
そう疑問を呈したのはエベンス大佐だった。なぜなら他の星系で蜂起した同志たちは人型だけで戦闘に圧倒され、驚くほど短期間で制圧されてしまっていたからだ。
グリーンヒル大将は応える。
「懸念はあるが、そうとも言い切れない。他の軍事施設に比べると統合作戦本部そのものが要塞に近い。他とはわけが違うという事だろう」
グリーンヒル大将の言う通りだ。エステバリスという人型兵器の性能はずば抜けてはいるが、ただの破壊が目的ではない以上、統合作戦本部の敷地の各所に点在する迎撃用のミサイル発射設備や各種レーザー兵器を前に地上部隊と連動されると自由には動けないことだろう。仮にエステバリスだけが統合作戦本部に到達しても制圧するには戦力不足だ。
しかもウランフらは今後のためにもなるべく統合作戦本部を無傷で奪還したいはずだ。ハイネセン郊外から侵攻しようとしている敵の一部隊も理由は同じだろう。こちらが市街への戦闘に引き込もうとすれば一般市民の被害を恐れて派手に立ち回ることはできない。
「あの人型……エステバリスは優れた兵器だが、それを操るのは人間だ。彼らが解放軍たらんとするのであれば、我々はその意識を利用した戦術をとればよい」
それは今のところ上手く運んでいるように思われたが、なにせ相手はウランフ提督だ。優れた指揮官は専門外の戦闘であろうと油断はできない。すでにテルヌーゼンの戦いで証明されているではないか。
――はずだが……
「だが、問題は姿の見えない2機だな」
テルヌーゼンの戦いでは5機。その後にもう1機増えていた。ブロンズ中将率いる情報部の分析でも人型は6機以上は確認されておらず、他に多数が潜んでいる可能性は低いとのことだった。つまり6機だけ警戒すればよいのだが、そのうちの2機の姿が見えないというのは十分罠の可能性も考えられた。
その罠とは何か?
(一番考えられるのは……)
おそらくこちらの地上部隊もしくはヘリ部隊をより郊外に引き付けておいての奇襲または統合作戦本部ビル中枢部への強襲だろう。この場合、意表をつけるのは空中からの攻撃だ。地上からだと広大な敷地をぬけて統合作戦本部ビルに到達するまでには時間がかかりすぎる。重火力の迎撃防衛システムを無傷でくぐり抜けられるとは想像できない。だが、空中からだとそのリスクは薄まる。姿の見えないエステバリス2機が予想通り「空戦タイプ」ならば十分隙を突いての襲撃もありえる。
であるからこそグリーンヒル大将としては、それこそ全戦力を投入したいが、エステバリスの存在もあってヘリ部隊や地上部隊の一部を温存しているのが現実だった。
グリーンヒル大将が思案を重ねていると戦場に変化があった。前線指揮官が送信してきた情報が会議室にあるデータースクリーンに表示される。どうやら、ヘリ部隊の集中攻撃によって解放軍左翼が陣形を崩し、後退を開始したようだった。
「閣下、スコール大佐が再攻勢を求めています。いかがいたしますか?」
通常ならば現場指揮官に一任するのが当然ではあるものの、クリスチアン大佐の二の舞は避ける必要があった。局面が大きく動いた場合のみグリーンヒル大将が判断することになっていた。指示はすぐにでた。
「再攻勢を命じる。ただし、統合作戦本部の支援圏内からは絶対に離れてはいけない。それ以外は大佐に一任する」
「は!、直ちに伝達します」
命令はすぐに実行され、数で勝る救国軍事会議の地上軍は隊列を整えて一斉に攻勢に打って出る。解放軍はこれには耐えられず一輌、また一輌と撃破され、ど
んどん数を減らしていった。陸戦のエステバリスは主力攻撃ではなくあくまでも支援中心なのか味方の後退の援護に回っている以外は、逆に攻撃を仕掛けてくる
ようには見えなかった。
「やりました! 今の攻勢で相当数の敵の戦力を削りました」
しかし、やはり深追いは禁物だった。命令の伝達が徹底されなかったのか、味方の一部隊が本体を離れて突出したときにエステバリスから手痛い反撃を食らって相応の損害を被ってしまったのである。
だが、敵の戦力はもっと激減している。解放軍の戦力はテルヌーゼン戦時より大幅に増加しているはずだが、こうも連係に問題が生じるというのは、それは混成部隊の証明でもあった。
グリーンヒル大将の予想よりも開戦日程がややずれ込んだとは言え、勇将ウランフの指揮であっても短い期間での完全な命令系統の統合はやはり問題が生じてしまうようだった。
(ここが一気に相手をたたみ込む機会ではあるが……)
グリーンヒル大将は罠を警戒して全面攻勢を決断できないでいた。だが、エベンス大佐の「我々の警戒心理を突いているのでは?」と言う意見についに意志を固めた。
「スコール大佐に連絡、全面攻勢を開始せよと。基地からの支援攻撃で人型を牽制している間にヘリ部隊も広く前線に投入し一気に勝負を決せよと」
「はっ!」
起死回生ともいうべき反撃が始まった。装甲車輌300あまりが横隊になって数を減らした解放軍に襲い掛かった。攻撃ヘリ部隊も一斉に前線に出た。と同時に統合作戦本部の敷地内から放たれた数十基の誘導ミサイルが2機のエステバリスを猛烈に攻撃し始めた。
「よし、そこで両翼から敵を囲い込め!」
スクリーン越しの光景に幹部たちは歓喜したが、リンチはおろかグリーンヒル大将でさえ時を並行した別の場所で思わぬ作戦が進行していることをこの時は知る由もなかったのである。
V
最初の異変は、突如として会議室に出現した緊急の通信スクリーンだった。
「一体何事だ?」
と冷静に問うたブロンズ中将の声で戦勝気分が一変した。通信スクリーンに映っていたのは宇宙防衛管制本部を守備している現場指揮官だった。
『襲撃を受けました!』
指揮官も慌てているのか主語が抜けていた。叱咤したのはグリーンヒル大将だった。
「落ち着け! 落ち着いて何があったのか状況を報告せよ」
そう言ったグリーンヒル大将も、通信スクリーンから聞こえてきた爆発音に表情が強張った。
(まさか、管制本部が襲撃されるとは……一体どこから?)
現場指揮官の報告は幹部全員の意表を突いた。
『解放軍ではありません、憂国騎士団です!憂国騎士団が攻撃してきました』
「何だと?!」
と呆然とする反応が半々だった。「トリューニヒトの私兵」と半ば非公式ながら認識されていた過激な戦争推進派集団がこのタイミングで襲撃をしてくるとはかなり意表を突かれたと言ってもよい。そもそも、救国軍事会議は蜂起の際、憂国騎士団のアジトと思われる古びたビルをほぼ特定しており、危険分子である彼らを拘束または逮捕するために部隊を送ったが、すでにもぬけの殻だった経緯があった。
今まで何処に潜伏していたのかは謎が深まるが、あのクリスチアン大佐でさえ憂国騎士団を軽蔑していたくらいである。
その憂国騎士団が襲撃した宇宙防衛管制本部は軍事宇宙港と違って統合作戦本部に直接隣接しておらず、やや離れた位置にある。地上戦に限って言えば管制本部の価値は決して高いものではないが、惑星ハイネセン防衛という観点からすればアルテミスの首飾りをはじめとする防衛システムと直結しており、ここを乗っ取られた場合は防衛機能を無力化されるか、アルテミスの主砲が統合作戦本部に向けて標準を合わせる事態になってしまうのだ。グリーンヒル大将ですら背筋が凍った。
「数はどうだ?」
とエベンス大佐が問う。指揮官の推定では1000名〜2000名の間だという。彼らの総数の構成員は不明となってはいるが、推定される実働部隊の大半が襲撃に参加していることにはなる。これは規模だけなら守備隊の3倍近い。
「これはまずい」
とグリーンヒル大将でなくとも憂慮しただろう。管制本部は郊外に広がる統合作戦本部を南側から見るとその北西部に位置しており、現在戦場となっている北東部とは逆の位置にある。
つまり、ここを占拠もしくは突破されると管制本部の敷地を抜けて守備が手薄な位置から侵入を許し、アルテミスの管制だけではなく、最悪、駐留艦隊との通信まで解放されてしまう。
(これは本体の動きと連動したものなのか、それとも偶然なのか?)
グリーンヒル大将に思案を巡らす余裕はなかった。
「エベンス大佐、予備兵力の全てを管制本部の支援に回すのだ」
「はっ。ですがよろしいのですか?」
「やむを得ない。守備隊だけでも持ちこたえることはできるかもしれないが、長引けば逆にこちらが足元をすくわれかねない。一気に部隊を投入し、ここは収拾を図るべきだ」
命令は即座に実行された。15分後には管制本部に増援が駆けつけ、憂国騎士団は前後から挟撃される。グリーンヒル大将たちが心底呆れたのは、非合法な愛国集団である憂国騎士団がその噂に違わない軍隊顔負けの重火器を使用していたことだった。
とはいえ、正規軍人を主体とする救国軍事側と、私兵・民兵扱いの憂国騎士団とは明らかに統制や戦術面での差があり、一時的に圧倒されていた管制本部守備隊が増援によって態勢を立て直すと一気に形勢は逆転し、無慈悲ともいえる殲滅戦へと移行した。
「腐敗した政治家の後ろに隠れて愛国遊戯に興じている腰巾着どもとは我々の志は違うのだ」
そう相手を罵ってトリガーを引く兵士たちも少なくない。およそ一時間近くに及んだ戦闘は降伏勧告もなされずに一方的な幕引きとなった。
「よし、これで解放軍本体を叩けば我々の勝利だ!」
会議室は沸き返ったが、グリーンヒル大将だけは厳しい表情のままだった。彼はようやく違和感に気づき始めた。組んだ両手の指が忙しなく動く。
(開戦から2時間近い……解放軍の動きに積極性がないのは感じられたが、その答えが憂国騎士団襲撃のための時間稼ぎだったのか……いや、我々は何かを見落としてはいないか?)
しばらく考え込んでいたグリーンヒル大将が血相を変えて突然立ち上がった。その様子を目にしたリンチもただならぬ気配を感じたのかボトルをあおる手が止まる。
その時だった。会議室の扉が突然勢いよく開いたのだ。
「全員武器を捨てろ!」
W
ウランフ提督率いる「制圧部隊」とアカツキ・ナガレ一行が合流したのは統合作戦本部基地の地下6階から地上のハイウェイに続く軍事用道路の一つ、その中間地点であった。
「アカツキくん、よく来てくれた」
「いえいえ、ようやく合流できましたね。お元気そうでよかった。エリナくんもご苦労様」
「社長はいつもの通りですね」
握手もそこそこに三名は現状を再確認した。
「すでに地上では30分前から二手に分かれて戦闘に突入しています。どちらも半数は無人部隊ですが、戦いが長引けば人的損害は避けられません。長くても2時間以内に決着を付ける必要があります」
エリナの説明にアカツキに同行している副主任は短くうなずく。この中間地点までは戦闘開始のどさくさに紛れて到達できてはいるが、統合作戦本部中央エレベーターまでのおよそ40キロを1時間余りで走破し、なお途中に立ちはだかる分厚い隔壁を三つ突破しなければならない。
ウランフの直接の戦力は軍用トラック3台に分乗した精鋭50名と支援任務の陸戦型エステバリスが1機、エリナのもつ端末だった。
さらにもう一つ、アカツキはウランフに確認した。
「空のほうはどうでしょうか?」
「すでに任務に就いている。つい3分前に情報を送って来た。統合作戦本部の内部では大きな動きはないという事だ」
「いけますね」
「ああ、グリーンヒル大将が疑問を膨らませる前に何としても終わらせよう」
「ボルト大佐とチェン参謀長には粘っていただくしかありませんね」
「どちらにもエステバリスを2機づつ支援に付けている。一方的なことにはならないはずだ」
「ええ、ではどんどん進みましょう」
ウランフ達にとっての最初の難関は地下通路への侵入だったはずだが、ハイウェイからトンネル内部にある分岐の先の一つ目のゲートには見張りもなく、意外にも簡単に突破した。
さらに拍子抜けしたのは、2番ゲート、3番ゲートも破壊行動なしで難なく通過することに成功してしまった事だろう。
なぜなら……
アカツキは、美人秘書の働きぶりにとても満足したようだった。
「エリナくん、予想以上の完成度じゃない?」
褒められた方はすまし顔だった。
「ホシノ・ルリのハッキングプログラムに私がちょっと追加のプログラムを合わせただけです」
実際はもっと複合的なものだったと言ってもよい。
アカツキは、イゼルローンを離れる前に情報を集める手段の一つとしてルリにハッキングプログラムの作成を依頼していた。その中身は少女がオモイカネを通して行うハッキングに比べれば劣りはするが、かなり高度なハッキングプログラムだった。
そのハッキングプログラムにルリが帝国領侵攻作戦以後に収集した統合作戦本部の機密情報を統合し、なお且つ2機のエステバリスとリンクするプログラムを作ったのがエリナだったわけである。
エリナ・キンジョウ・ウォン命名「隠密潜入プログラム」の利点はその名の通りだとして、実際に統合作戦本部内部に侵入にあたってリアルタイム情報を収得するには彼女の持つ端末と収集方法には限界があった。
そこで――
ウランフたちは無事にゲートを突破し、ついに統合作戦本部の地下6階の車輌基地に到着数する。さすがにここには衛兵が存在したが、この時には救国軍事会議が予備兵力も投入した後だったこともあって予想以上に手薄だった。エステバリスが眼前に迫ると衛兵は戦意を喪失してしまった。
拘束される敵兵を一瞥し、ウランフの鋭い声が飛んだ。
「エリナくん、4号機は何と言ってきている?」
「はい。ここの通信網の遮断に成功しているためか、グリーンヒル大将たちに目立った動きはないとのことです」
つまりバレてはいない。
「よし、4号機は監視任務を引き続き続行。我々はこれより救国軍事会議の中枢を抑える。リアルタイム情報を頼むと伝えてくれ」
「承知いたしました」
エリナが端末から熱感知センサーによる監視任務にあたっている4号機のパイロットに命令を伝え終わると、ウランフたちはついに本格的な制圧作戦を実行に移し、精鋭とともに重力エレベーターを使って一気にグリーンヒル大将ら幹部のいる会議室になだれ込んだのだった。
X
違和感を抱いたグリーンヒル大将がその核心に至ってデスクから立ち上がった時、それは現実となった。
「全員武器を捨てろ!」
副主任の怒声に反射的に反応した幹部は多数存在したが、武器をとっさに構えたものと手を挙げてしまった者の比率は3:7だった。
30名の完全武装した制圧部隊は手際よく会議室を半円状に取り囲む。と同時に入口から姿を現したのは、その勇名は帝国軍にも広く知られている浅黒い肌をした同盟軍大将だった。
「ウランフ提督!」
威風堂々とした姿に幹部たちの背筋は凍り付いた。一同を冷静に見渡した勇将は、少し離れた隅の別のデスクの前に立つ違和感のある一人の男に注目した。
「覚えているぞ。貴官はアーサー・リンチ少将だな」
薄気味悪く笑って応じたリンチはブラスターを構えたままだ。
「その御勇名は銀河中に轟いているウランフ提督に、俺のような卑怯卑劣な男の名を覚えていただいているとは光栄の至りだな」
応じたのはウランフではなかった。
「アーサー・リンチ少将の名は帰還名簿にはなかったはずです」
傍らから現れたエリナが端末片手に言うと、ウランフの表情が厳しさを増した。
「そうか、貴官がヤン提督の言う帝国からの刺客というわけだな」
グリーンヒル大将たちは血相を変えてリンチを見た。「何をばかな」と言う批判も幹部たちの間からは漏れる。
リンチはブラスターを構えたままウランフを見た。いや、不可解な存在の一人であるエリナ・キンジョウ・ウォンの姿を見て大よその経緯を理解したようだっ
た。
「ほほう。で、ヤン・ウェンリーは何と言ったんだ?」
「ローエングラム候ラインハルトが帝国の内戦に介入させないために策謀によって同盟を分裂させるだろうと。そしてその通りになっている」
声を荒げたのはグリーンヒル大将だった。
「見損なったぞウランフ提督! 我々が帝国の手先などと、正義がないなどと、ヤン・ウェンリーと同じくそう思うのか!」
突然、高笑いしたのはリンチだった。
「ククク、あはははは……グリーンヒル大将、残念だが見損なっていたのはあんたの方さ」
「なにぃ!?」
「つまり、ヤンが予測したことは全て本当の事なのさ」
そう言ってリンチはコートの内ポケットから何かをテーブルに投げ込んだ。「カチッ」という音がして丸い小さな機器から立体映像が映し出された。
「それはローエングラム候が俺によこしたクーデターの計画書だ」
内容を確認したグリーンヒル大将の顔がみるみるうちに青ざめていった。理由を問うと、リンチは不遜な笑みと共に言った。
「なーに単純なことさ。自分の正義を信じて疑わない連中に弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ。ごたいそうな大義を並べて決起はしたが、それが帝国の野心家に利用されただけだったとは、いったいどういう気分かな?」
「もういい、それ以上グリーンヒル大将たちを侮辱するのはよせ」
ウランフが怒りの銃口を向けてなお、リンチは臆することなくブラスターを構えたままだった。
「フフフ、俺は金髪の孺子に感謝している。俺の人生以上に至高の茶番を拝めることができたんだからな。もう何も……」
気づいたウランフが声を上げたが遅かった。リンチは構えていたブラスターの銃口を自分の側頭部に充てて引き金を引いたのである。
血しぶきと共に床に崩れ落ちる瞬間、リンチは何かを口にしたようだったが、それは誰の耳にも届かなかった。あるいは最後の言葉を想像したとしたら、「悔いはない」とでも言ったのだろうか?
血だまりに沈むリンチを一瞥し、ウランフはなおもブラスターを構えたままのグリーンヒル大将に言った。
「グリーンヒル大将、残念だが貴官に大義はなかったのだ。もう終わりにしよう」
ウランフの勧告にうなだれたグリーンヒル大将はブラスターを下ろしたかに思えたが、突如、銃口を勇将に向けた。
光の光弾が刹那に交差した。
一つはウランフの右肩をかすめ、一つはグリーンヒル大将の左胸部に命中した。
騒然とする室内。他の幹部たちは立ち尽くしてしまったが、ウランフはすぐに倒れ伏したグリーンヒル大将に駆け寄った。
「グリーンヒル大将……貴官はわざと……」
ウランフが抱き起したとき、まだ息があった。
「これで……いい……」
戦いは終わった。救国軍事会議は降伏し、戦闘は全て停止した。
宇宙暦797年、標準暦7月7日、14時20分であった。
……TO BE CONTINUED
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涼です。 今回は早めに投稿できました?
ただ、前話に「次は帝国編です」みたいなことを言っていましたが、ちょっと再考する部分が出てきたので、同盟編を投稿することにしました。これで同盟の内乱は終結です。
この状態が次に続けばよいのですが……
>
次回は、帝国編の最終話です。こちらも再考部分が固まり次第、執筆していきます。ユリカたちの第11艦隊に対する決着は21章(第二部最終話)の総合パートに書く予定です。
2020年1月26日 ―― 涼 ――
作中の誤字脱字、文の修正と加筆を行いました。
2020年9月18日 ―― 涼 ――
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