闇が深くなる夜明けの前に
<外伝>
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
〈挿絵 ふじ丸さん〉
T
まだ一日は終わりませんでした。
食事が終わると、私は艦長たちと揃って「ナデシコ健康ランド」へ向いました。戦艦の内部とは思えない入浴施設があるのがナデシコのいいところです。
さすが民間企業が建造しただけはあります。本物の軍隊ならここまで豪華で無駄な施設は作りませんからね。
と言っても時間が時間なのでゆっくりはできません。シャワールームでさらっと身体を流して再び艦橋に向います。
途中、メグミさんから艦長宛に通信がありました。
「どうしました、メグミさん?」
『ええ、今ちょうどウランフ提督から再度通信が入ってきたんですが、艦長はどのあたりですか?』
「えーと、健康ランドを出たばかりですね。いま艦橋に向うところです」
『どうします? 返信扱いにしましょうか? それとも転送しましょうか?』
「いえいえ、とんでもありません。こんなところで受けられませんし、緊急だと思うので走って艦橋で受けます。ほんのちょっとだけ提督に待っていただけるよう伝えていただけませんか?」
艦長はそういって通信を閉じると、「みんなはゆっくり来ていいからね」と私たちに告げて大またに走って行きました。
「なんか艦長、しっかり対応しているよね」
ヒカルさんです。感心したような意外そうな、そんな顔してます。
隣でイツキさんが苦笑いしてました。
「いつものことだと思いますけど? ここぞというときは艦長、大まじめですって。ねえ皆さん」
「まあ、そうだな」
「そうね」
「そうかなぁ……」
ヒカルさんだけ再度疑問系です。艦長はなんとなーく普段はどこか抜けている楽天家かもしれませんが、非常時の決断力・判断力や発想力とも一流の指揮官です。
「きっといろいろわからない事が多いから、艦長はみんなを守ることに必死なんだと思います」
私が艦長を擁護する発言をすると、みなさん頷いてくれましたが、「じゃあ、ここは何処?」という話に変わりました。
詳細は今もって不明ですが、みなさん、ナデシコがジャンプアウトした宙域は太陽系外だということくらいは想像がついているようです。
リョーコさんが考えるように腕組みしながら言いました。
「となると別の銀河ってことになるけどさぁ、相当跳んだことになるよな? たしかユニットって時間による跳躍を可能にしてんだろ? てことは状況から想像して俺たちは少なくともちょと未来の時間軸にあるどこかの銀河系にジャンプしたってことだよな?」
「ええ、たしかにそういう考えになります。でも、もっと凄い事を私たちは体験しているんですよ」
私は、イツキさんが何を言いたいのかすぐにわかりました。リョーコさんたちはぴんとこなかったようです。
「つまり、地球人類以外の【人類】と邂逅したんですよ。宇宙時代が始まってずっと地球人類が求め続けてきた別の銀河の知的生命体と遭遇したんですよ! しかも同じ姿の人間ですよ」
イツキさん、ちょっと興奮気味です。いかに今回の遭遇がすごいことなのかリョーコさんたちにとくとくと説明を始めてます。
本当のところはわかりませんが、私たちが木星からの侵略者だと思い込まされていたエイリアン──木星蜥蜴の正体は100年も前に地球圏から追放された独立派の子孫さんたちでした。ですから、今回の遭遇は人類の悲願達成ってことになるはずです。
「わからないよー、もしかしたら実は地球を狙う人類の皮を被ったトカゲ型エイリアンかもしれないよぉ」
ヒカルさんが怖い顔をしながら脅します。
「地球を征服するためのきっかけとして私たちを助けたのかもしれませんぜ。ウフフフフ……」
ヒカルさん、薄気味悪く笑いますが、まわりの皆さんは気に留めていません。だっていろいろ矛盾があるし、何よりもそれってヒカルさんたちが映写室で観ていた200年位前のSF映画の内容と同じだし。
ですが正直な話、ヒカルさんの言うこともイツキさんの言うことも、どちらも当てはまるかもしれません。
だって数人を除き、まだ何もわかっていない状態です。私たちは艦長から話を聞くまで不毛な想像を繰り返すのかも?
『ピー! えーと、えーと……ただいまマイクのテスト中。感度良好?』
突然、何かと思ったら艦内放送でした。間抜けなリハは艦長です。
『えーと、乗員のみなさんにこれから重要なお知らせをします。そのまま聞いてください』
なんだろう? と思いつつ、私たちは足を止めて艦内放送に耳を傾けました。
「敵でも攻めてきたんじゃない?」
とヒカルさんが言いますが、もしそうなら真っ先に警報が鳴るはずです。
『──こほん、えーと、今から30分後になりますがウランフ提督がナデシコをご訪問されます。これから休憩に入る第二班の方たちはそのまま休憩に入ってください。
休憩の終わった第一班の方たちは速やかに部署に戻り、提督をお迎えするための準備と整理整頓をおねがいします』
ポロロローン、とチャイムが流れて放送が終わりました。私たちは一斉に顔を見合わせます。
「いきなり訪問かよ」
「なんでしょうねぇ……」
「きっとわたしたちを調べに来るんだよ。地球征服のために必要な情報を私たちから引き出すつもりなんだよ」
「地球制服って……なんかエロくね? うふふふ……」
そんなやりとりのあと、途中でリョーコさんたちと別れ艦橋に着きました。
艦長は指揮卓の前に陣取って各部署に指示を出してました。
「あっ、ルリちゃん、放送聞こえたかな?」
「はい、ウランフ提督がナデシコを訪問するんですよね」
「うん、そうなんだぁ、ルリちゃんも訪問準備に協力してね」
「はい、すぐに各システムの再チェックします」
「よろしく、ルリちゃん」
私はすぐにオペレーター席に座り、「オモイカネ」と交信を始めます。
その最中にリョーコさんから通信がありました。
『わりいけど艦長、向こうは何の用件でナデシコに来るんだ?』
あっ、それって一番知りたい疑問です。
「ああ、リョーコさんたちに言い忘れてましたね。えーと、実はですね」
艦長の説明によると、会見の最中、ウランフ提督は同盟軍の一番偉い人にナデシコと私たちの話をつけてくれることを約束してくれたそうです。そのためにナデシコを訪問し、艦内を撮影したり、みんなと会っておきたいんだとか。
つまり、説得の材料としての訪問ということです。
どうしてそんな事が必要なんだろう? ヒカルさんの言ったこともまんざら妄想というわけでもないのかな?
いえいえ、ここが他の銀河系のどこかなら私たちの存在を早期に理解してもらうためには必要なのかもしれません。言葉より映像のほうが説得力ありますしね。
『でも艦長、その偉いヤツに俺たちのことを簡単に話して理解してもらえるのかよ?』
それって大きな問題です。ウランフ提督一人じゃ解決できない事態だから上の人に話すのってわかりますが、統合作戦本部長さんていう人が理解してくれなかったら面倒なことになるんじゃないでしょうか?
「それは大丈夫です。ウランフ提督が言うにはその本部長さんはとても話のわかる人だそうです。心配いりません」
『はぁ……』
『うおーい、こっちの準備はOKだぜ』
リョーコさんの通信ウインドウが閉じると同時にウリバタケさんから通信が艦長に届きました。どうやら整備班の人たちはシャトル用の格納庫を整理していたみたいです。
出番のなかったシャトルですが、ナデシコにも「ひなぎく」以外、小型シャトルってありましたね(笑)
あっ! でも同盟軍さんが使っているシャトルって大きさとか発着所とか大丈夫なんでしょうか?
「うん。ちゃんとナデシコに着艦できるタイプを選んだからね。ただ、誘導ビームとかうまく作動するかどうか微妙だから、そこはこっそりルリちゃんにお願いしようと思うんだ」
つまり、私にシャトルを誘導してもらいたいってことです。
「でも同盟軍さんのシャトルをハッキングするのは初めてですし、短い時間で制圧可能かはわかりませんよ」
弱きとかじゃなくて正直な感想です。たしかに私は同盟軍艦艇の一部をハッキングはしましたけど、それは艦長が会見中で時間もあり、艦隊自体が動いていなかったからです。
各艦艇のスピードはナデシコを遥かに上回っていましたから、小型のシャトルなんかもっと速いに違いありません。
「大丈夫大丈夫、ルリちゃんなら出来るって。だって同盟軍さんの駆逐艦とかわりと簡単だったんでしょう? シャトルの制圧なんか駆逐艦より全然楽だって。ウランフ提督にもゆっくり来てくださいって言ってあるし、出発前に連絡もらえるようになってるから旗艦をマークしておけば大丈夫だよ」
あっけらかんとして艦長は言いました。ちょっと他人事って感じですが、私の方が心配しすぎだったのかもしれません。
なんとなく意識するまで艦隊にハッキングしてましたし、「オモイカネ」が劣っているとは思えません。まあ、艦長の言うように小型艦艇を試験的にハッキングしただけなんですが……
「はい、艦長任せてください」
私は小さくVサインをしました。お返しに満面の笑みで艦長もVサインをかましてくれました。
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ウランフ提督の乗るシャトルが無事にナデシコに着艦したのは21時05分でした。
私は格納庫の様子が艦橋からでもわかるよう、艦内カメラを操作します。
シャトルの昇降口からウランフ提督ともう一人が姿を現しました。出迎えたのは艦長以下ゴートさん、プロスペクターさん、アカツキさん、エリナさん、フクベ提督、ジュンさんの6名です。
艦長が一歩だけ歩み寄りました。
『ウランフ提督、チェン参謀長、ナデシコにようこそお越しくださいました。全クルーを代表し歓迎の意を述べさせていただきます』
『ありがとうミスマル艦長、こちらこそ急な申し出を許可してくれてお礼を言おう』
『いえいえ、私たちのことを気遣っていただいて恐縮です』
ウランフ提督は頷き、少し笑みを浮かべて艦長に敬礼しました。もうひとりの将官さんは参謀長さんだったみたい。髭をたくわえていかにもって感じです。
「なんかいかにも戦う男って感じで素敵よねぇ、たくましい浅黒い肌の司令官ってなんかツボだわ」
ミナトさん、ちょっと鼻息荒いです。ツクモ少佐のこと忘れちゃったとか?
と思ったけど、ネタ的な発言でした。
ウランフ提督と参謀長さんは出迎えてくれたメンバー一人一人と握手を交わすと、艦長に何かを渡して一緒に格納庫をあとにしました。
たしか次は艦橋に来る予定です。
「ねえねえ、ルリルリ。髪とかお化粧とか乱れてないかな?」
「ねえ、ルリちゃん。私もどこか変なところない?」
ミナトさんとメグミさんが身だしなみを私にチェックさせます。艦橋に戻ってきたリョーコさんたちもパイロット席でそわそわ……
もしかして
クールなおじさんに弱いとか?
そんなわけないか……
「艦長たちが艦橋に到着しました」
数分後、私はそう告げて追跡していたウインドウを閉じます。ほとんど同時に艦橋の扉が開きました。
「こちらがナデシコのブリッジです」
艦長と一緒にウランフさんたちが艦橋に足を踏み入れました。私たち艦橋組は一斉に立ち上がって敬礼します。
一瞬、ウランフ提督と参謀長さんは呆然としたようですが、ミナトさんの言う──「できる男の人たち」はすぐに表情を正して礼儀正しく敬礼を返してくれました。
「えーと、一人一人紹介しますね」
艦長はそう言って私から順々にブリッジ組みを紹介していきました。
「ナデシコのメインオペレーターを務めているホシノ・ルリちゃんです」
艦長から紹介が終わると、私はぺこりと頭を下げました。
「はじめましてホシノ・ルリです。ナデシコのメインオペレーターです」
ウランフ提督と参謀長さんは、みなさんの期待通り戸惑った表情こそしましたが、「ウランフです」、「チェンです」と自己紹介してすぐに冷静になりました。
ちょっと意外な反応。
「何で子供が?」
とばかり言われると思っていたのに、これにはミナトさんやメグミさんも意表を突かれたらしく、実につまらなそうな顔をしていました。
「あれかな、もしかしたらルリちゃんくらいの年齢の子がけっこう戦ってたりするのかな?」
「まさか、いくらなんでも漫画やアニメじゃあるまいし……」
「そうなら戦況悪いんじゃないですか?」
「戦艦に乗る美少年とか美少女って萌えるよねぇ」
「千巻に萌える美少女に美少年か……それっても悶えるの間違えか、そんな数読めないし……くふううふふふ……」
「単純に大人の対応しただけじゃね?」
艦長たちがエステバリスの格納庫に向った直後、みなさん一斉に言いたい放題です。私を見たときのリアクションに相当期待していたのか、期待はずれの反応に納得できないみたいです。
そんなに私を珍獣みたく扱われても……
まあ、たしかに戦艦に乗ってる11歳の子供なんて普通はいませんからね。たいていの人は奇異な目で見るか驚きの声を上げるはずです。
でも私は逆に嬉しかったです。うんざりするような反応をされなかったんですから。ウランフさんと参謀長さんの態度はさすがあれだけの艦隊を率いている軍人さんって感じです。
きっと滅多なことでは動揺しないように訓練しているに違いありません。
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再び艦内カメラを操作して艦長たちを追います。
「しかし、艦橋には女性が多いようだが?」
ウインドウに映るなり、ウランフさんが疑問を口にしていました。
「ええ、まあナデシコはもともと民間企業が建造した戦艦ですので、本当の軍隊のように必ずしも男性中心ではありません」
そう説明したのは同行するプロスペクターさんでした。ウランフ提督は頷きはしましたが、なんか表情が優れていません。
「なるほど。同盟にも女性の兵士は大勢いる。だがルリちゃんだっけ? 彼女のような年端もいかぬ少女が戦艦の中枢を担っているとはどうもよくわからんが?」
私の話題が出ました。やっぱり気になっていたみたいです。振り向いたミナトさんがにやにやしながら私の席の後ろに立ちました。
「ふふーん、やっぱりルリルリに驚かない人はいないわよね」
なんか嬉しそうです。なぜか肩をもみもみされました。
私とミナトさんは再びウインドウに視線を戻します。
「ええ、実はルリさんはちょっと特別なんですよ。なんというか、オペレーターとして特別な教育を受けた少女でして」
「特別?」
「はい。説明すると長くなりますが、私たちネルガルの研究の一環と申しましょうか、計画とでも申しましょうか……」
プロスさん、困ってます。はっきり言っていいものかどうか迷っているみたいです。あまりストレートに言ってしまうと批判を受けるかもしれませんし……
そんな躊躇気味なプロスさんの代わりに口を開いたのは艦長でした。
「ウランフ提督、ルリちゃんは本来なら戦艦に乗るような少女ではありません。ですが私たちにとってかけがえのない仲間であり、ずっと苦楽を共にしてきた戦友なんです。彼女がいなければきっと私たちはここにこうして無事でいることはなかったでしょう」
艦長、とても嬉しいこと言ってくれます。なんか普段より神々しく映りました。
「ふむ……」
ウランフ提督と艦長の視線がまっすぐに交差しました。
なんか緊張感いっぱい?
ですが雰囲気が悪くなるようなことにはなりませんでした。
「なるほど。貴官たちがこれまで戦ってこれた理由が今一度わかった気がする。一人一人がクルーを思う気持が強い絆となってどんな困難な状況にも打ち勝ってきたんだろうな」
ウランフ提督は穏かな表情になってそんなことを言いました。印象と為人が重なるってそうありませんが、艦長が自信を持って私たちに伝えたように、ウランフ提督は話のわかる立派な大人みたいです。
艦長の顔も自然と笑顔になりました。
「ええ、みんながみんなを尊重しています。誰か一人が欠けても戦艦ナデシコは成立しませんから」
艦長かっこいいです。リョーコさんやミナトさんも笑ってます。普段からそれだけしっかりしているともっとまとまると思うんですが……
でもやっぱりちょっと抜けた艦長のほうが親しみやすいかな。
「誰一人欠けても成立しないか……ユリカくんはよき艦長だな」
ウランフ提督の褒め言葉に艦長は鼻の頭をかいて肩をすくめました。
「うーん、そうだといいんですが、私もみんなに迷惑かけちゃってるし、まだまだって感じです」
「そうか。時代が移り、部下の規模が違っても上に立つ人間の悩みというのはそうそう緩和するものではないようだな」
「ええ、本当に」
艦長とウランフさんが笑うと、同行するみなさんも自然と笑顔になりました。ゴートさんとエリナさんは相変わらずって感じでしたが。
それにしてもウランフ提督のフレーズの中に気になる部分がありました。
「時代が移り」
──って言ってましたよね?
それってストレートに捉えると、やっぱり今は未来って事だと思うんですが?
艦長たちがエステバリの格納庫に到着しました。一行を出迎えたのはウリバタケさんをはじめとする整備班の方たちです。普段はラフなツナギ姿ですが、さすがに今回は整備員用の青い制服に全員身を固めています。
「ナデシコにようこそ。整備班班長のウリバタケ・セイヤです」
普段とは比べ物にならないくらいまじめな口調と一杯に背筋伸ばしてます。心なしかそわそわしているように映るのは、きっとやりにくいんだろうなぁ……
ウリバタケさんの案内で格納庫の見学が始まりました。
ウランフ提督と参謀長さんはエステバリスを見上げてポカーンと口を開けてます。
「こいつは驚きだな、参謀長」
「ええ、今度はこちらがテクノロジーに驚かされましたね」
しばらくエステバリスを見上げていたお二人ですが、参謀長さんが手に持った記録端末で格納庫の様子を撮影し始めました。ウランフ提督はウリバタケさんにいろいろ質問してます。
「──ということはコックピット部分を切り離すことによって様々なバリエーションに変更できるのかね?」
「そうです。今は真空状態の戦闘に適した0Gフレームってヤツですが、その他には陸戦フレーム、砲戦フレーム、空戦フレーム、月面フレームといった戦場の環境に合わせた各種フレームが存在します」
「母艦からのエネルギー供給だそうだが?」
「母艦から照射される重力波を専用のアンテナで受けてます。そうなったのは機体の軽量化、ジェネレーターの大型化を実現するためですかね。ようは効率化です」
「母艦からのエネルギー供給だが、どのくらいの行動範囲なのかね?」
「理論的には重力波ですから無限なんですが、現実は遮蔽物があったり、高機動で母艦から離れると追跡できなくなるんで制約を受けちま──受けてしまいます」
ウリバタケさん、ホントにしゃべりにくそう。
ウリバタケさんとウランフ提督のやり取りはしばらく続きました。その様子を参謀長さんが絶えず撮影していました。
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「では、ここでちょっとデモンストレーションいたします」
話が一段落したところでプロスさんがウランフ提督に告げました。なんかエステバリスの商談会っぽいです。
デモンストレーションって言ってたけど、誰が動かすんだろう? リョーコさんたちカルテット組みは艦長のお願いで艦橋にいるし……
とかなんとか疑問に思っているとウインドウにアカツキ機の歩く姿が映ってます。
そういえばアカツキさん、エリナさんと一緒に同行してました。会長自らアピールしたいがためにリョーコさんたちの出番なしって事だったみたいです。
一通りデモンストレーションが終わるとハッチが開き、アカツキさんが手を振りながら顔を覗かせました。エステバリスはアカツキさんの操縦によってその場にしゃがみこむようにして止まります。
ウランフ提督と参謀長さんは好奇心満々でエステバリスに駆け寄りました。そしてアカツキさんの誘導に従って右と左のマニュピュレーターを踏み台代わりにコックピットを覗きこみました。
「エステバリスはIFS──イメージ・フィードバックシステムと言ってパイロットのイメージで操縦が可能になってます。通常用いられる操縦桿よりもダイレクトに動きを伝えられますから結構複雑な動きもすばやく伝達可能ですよ」
アカツキさんは実際にIFSを起動させました。右手の甲に浮かび上がるデバイス模様に2人とも目が釘付けです。
「この模様はたしかユリカくんやテンカワくんの手にもあったが、一体どういうことかね?」
「ああ、それはですね……」
ここでようやく
「IFS」の説明です。ナノマシンを体内に注入するってアカツキさんが言ったら二人ともずい分目を丸くしてました。
「ナノマシンを注入することによって補助脳を形成し、イメージ伝達を早めるんです。で、ナノマシンを注入した証としてこんなふうに右手の甲に模様が浮かび上がります」
「ということは、君たち全員ナノマシンを注入しているのかね?」
「いえいえ、あくまでもIFSを採用しているエステバリのパイロットとナデシコを統制運用するオペレーターだけです」
「ということはルリちゃんにもナノマシンが?」
「ええ、彼女の場合はより強化された体質になってます。戦艦動かしますからね」
「ふむ。だが手の甲には君のような模様はなかったと記憶しているが」
なんとなく言われると思った質問です。
「ルリちゃんの場合は特殊でして普段はわかりません。ナデシコのCPと交信するときだけ丸いデバイス模様が両手の甲に浮かびあがります」
「特殊か……」
ウランフさん、考え込んじゃいました。私の身体にもナノマシンが注入されていることを知ってショックだったのかもしれません。
それを裏付けるようにウランフさんは呟きました。
「なるほど、説明を躊躇するわけだな……」
ウランフさん、難しい顔してます。なんとなく私がどんな人間かわかったみたいです。
その後、一行は食堂や相転移エンジンの機関室をまわり、ウランフさんと参謀長さんは22時ちょっと過ぎにシャトルで旗艦に戻っていきました。
私もウランフさんを見送りましたが、そのとき、提督とのやり取りがとても印象に残っています。
提督は、私の目線に合わせるようにたくましい身体をかがめました。
「ルリちゃん、君はナデシコが好きかな?」
「はい、大好きです」
即答でした。ウランフさんの質問が事前にわかっていたように自然と答えていました。
「そうか、ルリちゃんは幸せなんだね」
ウランフ提督はそうやさしく言って私の頭を軽く撫でました。
アキトさんともミナトさんとも艦長とも違う、なにかこう力強さの中に温かさというんでしょうか、人生経験からくる絶対的な安心感みたいなものを強烈に感じ取ることができました。
きっと私がイメージする「お父さん」がいたとしたらそんな感じです。
──幸せなんだね──
でも、どうしてウランフさんは全部見てきたような発言をしたんだろう? 艦橋の様子から? みんなの話?
もしかして会見中に艦長やアキトさんが私のことを話したから?
いずれも、あんな顔でウランフ提督の発言を引き出すには情報が不足しているように思えます。ですが、私の生い立ちに対して同情するようなありふれた言葉が投げかけらなかったことだけは確かです。
疑問に答えてくれたのはミナトさんでした。
「あの人って数百万人の部下を統率して戦争しているんだよね……」
そう、私たちが想像も出来ないような責任を背負っています。きっと一瞬の判断ミスが多くの人命を損なってしまうに違いありません。そして多くの部下たちに気配りをするのは並大抵の努力では叶わないはずです。
ウランフさんは有能な軍人らしく、鋭い観察眼を持っているのかもしれません。
小さな情報の中から有益な情報を導き出す能力を戦いの中で養っているのだとすれば、私やナデシコのみんなの気持を正しく読み取ってくれたことも理解できます。
◆◆◆
ウランフ提督が去ると、ナデシコの艦橋は慌しくなりました。訪問終了間際に旗艦から提督宛に通信があり、ティアマト星系方面の安全が確認され、提督が戻り次第出発することになったからです。
数分もしないうちに各部署から準備OKの報告が次々に環境にもたらされました。事前に出発するつもりで準備していましたから、特に再確認することくらいしかないけど。
「艦長、右舷第2相転移エンジンの出力は40パーセントが限界です。あとはパルスエンジンで出力を補う必要があります」
「うん、ありがとうルリちゃん。なんとか一基だけでも復帰してくれて助かったわ。全部だめだったらずい分時間がかかっちゃうし……」
右舷相転移エンジンが全て健在なら1日半くらいの距離みたいですが、先の帝国軍との戦闘で右舷は損傷し、一基は使えず、もう一基もダメージを受けた関係で出力はだいぶ落ちています。
それを踏まえて計算した航程は3日でした。右舷が全部だめだったら大幅な予定オーバーでした。ちなみに同盟軍さんなら通常航行で半日もかからないとか……
──22時16分──
「ナデシコ、発進します」
艦長の号令とともにナデシコは本当にささやかですが、大艦隊の一角を形成しつつ動き出しました。
とりあえずエンジンはなんとかなってます。休憩返上で一基を復帰させたウリバタケさんたちのおかげです。
私たちが目指すのはお隣のアスターテ星系です。そこに前線監視基地があるんだとか。
「なんか未知の宇宙を翔るってロマンがあるよね」
艦長のお気楽な一言ですが、なぜか私たちは笑う気になれませんでした。
だって、だって、艦長の言葉がとてもひっかかったから……
艦長も失言だと気づいたのか無理に笑ってごまかしました。
こうして慌しい一日が終わりました。
私は、しばらくするとナデシコを自動操舵に切り替えて自分の部屋に戻りました。
でも、途中、艦長やイネスさんたちがとっても重大なことを密かに話している場面に遭遇しちゃうし……
もしそれが事実なら、私たちはナデシコの修理が終わったとして、その後どうするんだろう?
全ては明日です。艦長はその事実をみんなに伝えると思いますが……
私はちょっぴり不安を抱えつつ、小さな欠伸をしてベッドにもぐりこみました。
……TO BE CONTINUED
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
空乃涼です。外伝二話目をお届けいたします。1日目を2話に渡ってお届けしましたが、いかがだったでしょうか?
誰かの視点で書くのって、さらにキャラの特徴を掴まないとダメなんですが、「ルリの航海日誌」がなかったらずいぶん悩んでいたかもしれません。
今回の挿絵も
ふじ丸さんに依頼したものです。パジャマ姿のルリも新鮮ですが、髪を解いた姿が可愛いですね。
次回はもっとすっとばした場面が出てくるかと思います。
幾人かに期待されていた伝説の館内放送の描写もあるのか?
次回以降をお待ちいただければ幸いです。
2010年4月8日──涼──
誤字脱字、変換失敗していた文字とか修正しました。
2011年5月30日 ──涼──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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