本編23話の外伝となります。
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
『宇宙翔ける若鷲たちの戦場』
T
──宇宙暦796年、帝国暦486年標準暦10月8日、標準時18時26分──
同盟軍第14艦隊旗艦「戦艦ナデシコ」の格納庫に戦闘指揮官たるゴート・ホーリーの低く太い声がスピーカーを通して響き渡った。
『敵戦闘艇の出撃を確認。エステバリス隊は直ちに迎撃に出撃せよ。繰り返す。エステバリス隊は準備完了次第順次出撃せよ』
緊張とともに格納庫が一斉に慌しくなった。インカムを通して整備班班長たるウリバタケ・セイヤが部下たちに次々に指示を飛ばす。待機していた7機の人型機動兵器──流線的なフォルムも美しいエステバリスのコクピットハッチが呼応するようにほぼ同時に閉じられた。
パイロットの一人、テンカワ・アキトが愛機に異常がないか計器類を確認していると、彼の目の前にやや大きめの通信スクリーンが出現した。
『いよいよだなテンカワ、用意はいいか?』
同僚であり友人でもある青年に通信をしてきたのは同盟軍エステバリステストパイロットであるタカスギ・サブロウタ少尉だった。精悍な黒い瞳がちょっと頼りなさそうに見えるコック兼パイロットに向けられた。
「大丈夫、いつでもいけるよ」
アキトの明瞭過ぎる返答にタカスギは安心したのか、気取ったしぐさで友人に敬意を表し、通信スクリーンを閉じた。
直後、ゴート・ホーリーが敵戦闘艇のデターを送ってきた。前衛部隊から出撃したその数合計12000機。まっすぐに味方の中央を目指しているということだった。
(多い……)
とアキトは素直に思う。帝国軍艦艇は10000隻。同盟軍より2500隻も多く、なおかつ全体の航宙戦力もこちらの戦力を大幅に上回ることが容易に予想できた。
(一年前の自分だったらどうしただろうか?)
きっと慌てふためいたにちがいない。木星蜥蜴と戦っていたといっても、テンカワ・アキトは操縦技術も精神面全体も未熟すぎた。
それでもなんとか生き残ってこれたのは、その戦いを通じてみんなに支えられたからであって、自分の成長の結果ではない、と彼は後に分析した。
そして、今度は正真正銘、人が操る戦闘艇が相手なのだ。一年前なら、あれこれ理由を持ち出して目の前の現実から逃避したかもしれない。倫理、人道、正義の全てを動員し、回避する方法に全力を傾けただろう。
今はどうか?
(全ては変わってしまった……)
この世界で遭遇したアスターテ会戦がアキトの価値観を劇的に変えてしまった。同盟軍の
稚拙な判断によって大量の生命が一瞬で消滅。炎に包まれながら逝ったラップ少佐をただ見ているだけしかできなかった無力感と自分に対する憤り……
あんな不条理な犠牲があっていいわけはない! 俺は、どうすればいい……どうすべきんなんだ!?
木星蜥蜴との戦争で散った白鳥ツクモや山田次郎、火星で犠牲になった人たちの姿が次々に重なった。
アキトは、日々の葛藤の末に150年も続く戦争に終止符を打つため、みんなと元の世界に戻るため、自分の意志を明確に定めたのだった。
そう、「冷酷」になったのではない。かつてないほどの「覚悟」を決めただけなのだ。
アキトが隊長機、その他と通信を繋げて交信していると、
『お前ら! よく聞きやがれ!』
不意にテンション高めのウリバタケの通信スクリーンが現れて、アキトたちを激励した。
まくし立てるようなハイテンショントークで「証明しろ」などと言われると、気分が高揚してくるから不思議だった。
(ウリバタケさんが伝えたいように、目の前の戦いに集中しよう)
アキトは、両手で頬を叩いた。あらためて気合を入れるためだ。緊張感はあるが恐れも後悔も戸惑いもない。誰に強制されたのではない。自分の意志で困難な闘いに挑むのだ。
アキト自身が不思議に感じるほど心は落ち着いていた。
アキトの出番が来た。愛機を重力カタパルトの射出位置に立たせ、彼は吸い込んだ空気を思いっきり吐き出すように言った。
「テンカワ機、でます!」
全高18メートルあまりの「銀河フレーム」の機体が数秒間、重力カタパルトを滑って宇宙空間に飛翔した。暗いはずの出口の向こうが白熱色に輝いていたことが青年にとっては意外だっただろう。
しかし、アキトは焦らずIFSで機体を制御し、中性子ビーム砲が闇夜を切り裂く空間の中をまっすぐ集合宙域に到着した。
「うわぁ……」
アキトは思わず低く唸ってしまった。この数ヶ月間の猛特訓が無駄でなかったことを結果が示してくれたからだ。以前なら出撃するたびに平衡感覚を失い、無様な姿を晒してきたものだが、今回はナデシコから離れるときにやや加速しすぎた以外はしっかりとエステバリスを操ることができていたのだ。
努力と成長の証に触れ、アキトは手ごたえを掴んだ。
(よくやったテンカワ・アキト。大丈夫、お前は生き残れる)
後続のアカツキ機とタカスギ機が合流すると、隊長であるスバル・リョーコから全エステバリスにむけて通信があった。
『全機揃ったな、むずかしいことは何もいわねぇ、敵を
墜せよ』
そして──
『散開だ!』
「「「了解、隊長!」」」
全員がアキトと異口同音に応じた。それ以外返答のしようがなかったし、リョーコは「生き残れ」とか「みんなで帰還するぞ」などという感傷や悲壮感を煽りそうな台詞で送り出す性分でもない。
「敵を墜せ」
リョーコちゃんらしいな、とアキトは思う。その一言は「生存する」という全てに繋がるのだ。みんなを引っ張って来た彼女が言うからこそ効果のある激励だった。
そのリョーコ機は、「美しきエステバリスの切り込み隊長」らしく、正面に展開する戦場宙域に迷うことなく突進していった。その後方をイズミ、ヒカル、イツキ機が全く危なげない三角編隊を組んで虚空を駆っていく。
(すごいなぁ……)
アキトがその光景を羨望のまなざしで見送っていると、ロン毛の
好青年アカツキ・ナガレの通信スクリーンが出現した。
『テンカワくん、タカスギくん。僕らは2時方向の戦場に向かうよ。右翼部隊にワルキューレを近づかせないためにね』
というのは、右翼部隊の3割ほどは新兵で構成されているためだ。
「はい、アカツキさん」
アカツキは、アキトの素直で凛とした返事にそれまでとは明らかに違う性質を敏感に感じ取っていた。
『テンカワくん、君の成長と覚悟がどれほどのものか、みせてもらうよ』
「もちろんです」
アカツキは、アキトの引きしまった表情をみてかすかに笑った。もちろんからかったり挑発したわけではなく、大きな期待を込めたのだ。
『いい顔だ──おっと、おいでなすったようだよ』
アキトも接近してくる5機のワルキューレを確認していた。これから制宙権の防御と艦隊を護るために激しいドッグファイトが展開されるだろう。戦力の不利を承知で、テンカワ・アキトの新たな戦争が幕を切って落としたのだ。
『二人とも、遅れるなよ!』
アカツキの号令を受け、アキトはエステバリスを加速させた。小隊長であるアカツキ機の後方に展開するテンカワ機とタカスギ機は、戦闘艇との距離が縮まるつどに両翼に広がる。ロン毛隊長の戦術はいくつかあり、現時点ではアカツキ機は正面突破、テンカワとタカスギ機が敵編隊の両翼に回り込み、半包囲して撃墜する作戦だった。
ワルキューレはぐんぐん迫ってくる。アキトたちが操る「銀河フレーム」のエステバリスの倍以上の銀白色の機体がきれいな円編隊を組んで迫る様は、プレッシャーになるどころか逆に感嘆ものだった。
ついに交戦可能距離まで縮まった。
アキトの集中力が増したが、
「!!!」
先手を打ってきたのはワルキューレだった。陣形を崩して四方に散ると、急加速から美しい駆動炎の軌跡を描いてエステバリスを上下左右から挟み撃ちにしようとする。
『プランB!』
アカツキが瞬時に作戦変更を伝達すると、テンカワ機とタカスギ機は絶妙のタイミングで左右に散った。加速して包囲しようとするワルキューレに完全に捕捉される前に抜け出し、その後背に回っていた。
危険を察知したワルキューレはそれぞれ急旋回しつつ、艇体左右に装備された腕状の兵装ユニットを回転させて牽制弾を放ってきた。
思わぬ角度からの攻撃にアキトは驚くが、集中力が途切れていなかったため、機体を捻ってかわし、さらに頭上から急降下してきたワルキューレの攻撃を後方に下がりつつディストーションシールドで防御した。
間髪をいれず、今度は愛機を急加速させて上昇し、青白い噴射炎を上げて旋回しようとするワルキューレに狙いを定めた。
口径を増したラピッドライフルの銃口が縦に軌道を描きつつ、超高速で飛翔するワルキューレを完全に捕捉した。
アキトは、過去の自分と決別するよう、声を上げて射撃スイッチを迷わず押した。
「テンカワ・アキト、撃て!」
ライフルから放たれた複数の弾丸はワルキューレの機関部に命中し、直後に火球と化して消滅した。
「!!」
息もつかせず警報が鳴った。別のワルキューレが後方から距離を詰めて攻撃してきたのだ。
アキトは、IFSで制御スラスターを操ってレーザーをかわすと、メインスラスターを全開にして急加速し、追尾してくるワルキューレを引き離そうとした。
しかし、ワルキューレも最大出力で僚機を撃墜した見たこともない人型機動兵器に喰らいつき、四門のレーザーをテンカワ機に放った。
(かわす!)
アキトは、連続して機体を捻ることで見事に攻撃をかわし、宙を蹴って急降下──
──したかと思うと、全スラスターを制御して急減速した。その宙返りした状態でワルキューレが上方を通過。彼は艇腹がさらされた瞬間を見逃さなかった。
今度はライフルの銃弾が縦に艇体を貫き、虚空世界で一瞬炎を上げて爆散した。
『テンカワ、次が来るぞ!』
急の通信はタカスギだった。うすい緑色のバイザーの上からでも彼の緊張感が見て取れた。すでに最初に挑んできた5機はアキトが仕留めた1機で最後だったはず。新手が来たのだと彼は考えたが、その規模が違った。
「2万機か……」
アキトが視線を転じた索敵データーが全てを伝えていた。
そう、帝国軍本体からも戦闘艇が出撃してきたのだ。さらにやや遅れて右翼部隊から17000機、左翼から15000機の出撃が確認された。遠く離れた宙域からこれを眺望すれば、大挙して流星が押し寄せたように見えたことだろう。
帝国軍の司令官は、前衛部隊の攻撃を元にこちらの出方を分析した上で一気に攻勢を仕掛けてきたに違いなかった。
対する同盟軍の宙戦部隊は予備を含めても総数20000機あまり。艦載機の数から想像できるように、艦隊が7000隻強という陣容はあっても、戦艦と空母の数が通常編成より大幅に劣っていた。そして、その3割は新兵で構成されているのだ。
=全体的な戦力面で帝国軍に対して圧倒的に不利だった。
「それでも戦うしかない」
というのがアキトを含めたパイロットたちの心境であり、常に不利な戦力で戦ってきた彼らにとってはいつも通りの結論でしかなかった。
アカツキが通信を繋げてきた。
『さて、少々骨が折れるかもしれないけど、ユリカくんを助けるためにも、ここでワルキューレに制宙権を渡すわけにはいかないから、いろいろやるっきゃないね』
アカツキの口調は相変わらず軽いノリだ。「銀河フレーム」の性能に自信を持ったのかもしれない。実際に戦った結果、ワルキューレ単体では防御スクリーンを展開できないこと、機体運用における容易な操縦性というIFSの利点が重なり、相手に対して優位に立てると判断したのだろう。
事実、エステバリス隊の戦果は10数分あまりという短時間ですでに30機以上に達していた。さすがに四人娘はそれぞれ少なくとも5機づつ撃墜し、さらにスコアを伸ばしているようだった。
アキトがタカスギに促されて母艦から転送されてきた戦況データーを読んだ限りでは、現時点で被害を受けたエステバリスは1機も存在していなかった。
(みんなさすがだよなぁ……)
アキトは2機のスコアだ。しかもまだ撃墜数を大幅に伸ばす機会が巡っている。
しかし、青年に自分の戦果を吟味する気持ちは毛頭なかった。むろん、戦争をゲームのように楽しむために戦っているからではないからだ。
「アカツキさん、どうします?」
『ああ、もちろん……』
アキトはアカツキの指示に従い、2万機のワルキューレを迎撃するため、再び常闇の戦場を飛翔するのだった。
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『──繰り返す。スパルタニアン各飛行隊は準備完了次第、順次発艦せよ』
第14艦隊副司令官ラルフ・カールセン准将の座乗艦である<戦艦ディオメデス>の戦闘艇格納庫もにわかに慌しさを増していた。帝国軍前衛部隊に続き、右翼と左翼からも大挙してワルキューレが出撃したのである。艦載機による全面近接戦闘が始まったのだ。
格納庫要員やパイロットたちが行き交う中、白地に1番、5番、2番の順で的球がペイントされたヘルメットを小脇にかかえつつ、呑気に小型端末に見入っている僚友に声を掛けた人物がいた。
「おい、フィリング出撃だぞ。 こんな時まで古典映画の鑑賞なぞするな!」
あきれ顔で僚友をしかった青年は第一宙戦隊長ジョニー・タック大尉だった。年齢は26歳、中肉中背でブラウン色の短髪に同色の瞳を有し、どちらかというとパイロットらしからぬ穏やかな顔つきをしている。まじめな性格なのだが、ビリヤードをすると性格が豹変すると噂されていた。
「……ああ、そうか」
と他人事のように応じ、格納庫の一角からゆらりと立ち上がった長身のパイロットは第二宙戦隊長であるリチャード・フィリング大尉だった。淡い色の自然とウェーブのかかった長髪、前髪の一部は右目にかかり、切れ長の薄いグリーンの瞳はどこか気だるそう。あごには無精ひげをはやし、少々だらしないという印象を抱かせるかもしれない。
そのフィリングは、タック大尉にむかって駆け出したが、ヘルメットを忘れたことに気づいたのか、再び回れ右をした。
(なんでこんなヤツが今まで生きているんだ?)
とタックは本気で思う。コンビを組んで3年ほど経過するが、普段は体格に似合わずのろりとしていて、どこか抜けているのに、戦場に出ると的確にスパルタニアンを操って戦果を挙げてくるのだから、とても不思議で仕方がなかった。
フィリングは、軽く肩で息をしてから僚友に大声で言った。
「先に行ってるぞ! 遅れるなよ」
タックはタラップを駆け上り、コクピットに着座した。ハッチが閉まり始めるとすぐに計器類のチェックを済ませる。異状はない。
ほぼ同時にエアロックが閉鎖され、減圧が始まった。カウントダウンがゼロになったとき、タックのスパルタニアンはディオメデスの胴体後部側面から発艦した。
同盟軍が宇宙暦770年に正式採用した単座式戦闘艇スパルタニアンは、同盟軍艦艇をぐっと凝縮したようななめらかなフォルムをもつ。全長は40メートル、全高は下部センサーを含めると13メートルになる。武装は胴体背面に装備された連装レーザー機銃と艇首に四門の中性子ビーム砲だ。
主翼をもたない機体は「艇」と呼称するにふさわしく、また、飛行している姿を下方からみた場合、見る人物によっては羽を閉じた昆虫のように映るだろう。
タックは、艇首を来襲するワルキューレ群に向けた。帝国軍右翼から出撃した戦闘艇は17000機。対する味方はその半数以下だった。
(やれやれ……)
とぼやいた直後に見知った1機のスパルタニアンが右舷に並んだ。艇側をみて、タックは思わず右手で顔を覆った。
どういう経緯でそれが気に入ったのか問う気分もおきないが、僚友の艇体側面には同盟標準語で古典映画の台詞だという
「お前はもう死んでいる」とペイントされていたのだ。
(何を整備にさせていたかと思えば……アイツ、気に入った台詞がある都度に変えてねぇか?)
今さら手遅れなので、タックは建設的な通信を入れた。
「向こうは艦載機戦力が多い。気を引きしめていけよ!」
了解──と短い棒読みの返答があった。
(やる気が感じられねぇ……)
その直後にそれぞれの目標を定めた2艇のスパルタニアンは宙を蹴って左右に散開した。
艦隊の中性子ビームが間断なく応酬される戦場宙域にて、熾烈なドッグファイトが始まった。
タック大尉は、いきなり4機のワルキューレを相手取ることになった。ヘルメットのデザインと同じく的球のペイントが目立ちすぎるためだ。自身のこだわりが多くの敵を引き寄せてしまうのだが、それも隊長としての本分だと承知していた。
タックは、3機のワルキューレを引き連れたまま、艦隊の砲戦位置からやや外れた宙域に誘い出し、フットペダルを踏み込みつつ操縦桿を手前に引いて一気に天頂方向に急上昇。敵が痺れを切らせて両翼から半包囲しようとする瞬間を狙って減速し、見事にその後背をとることに成功する。連装機銃が回避行動をとりつつある中央のワルキューレを血祭りに上げると、動揺したのか連携を乱した残りのワルキューレを1機、また1機と確実に撃墜していった。
(3機か、まずまずだな。味方が1機につき3機相手にできれば計算上、全機墜せるはずだが……)
もちろん、彼のようなエース級ばかりではない。
ひと時の静寂が訪れると、タックは艇体に損傷箇所がないかデーターを確認し、ふと母艦から送られてきた戦況データーに目をとめた。
「中央は……やばいな……」
彼の脳裏に浮かんだのは、初の幕僚会議で顔を合せた新型機動兵器のパイロットだという髪の毛を緑色に染めたショートカットの美人パイロットだった。言葉を交わしたのはそれぞれの自己紹介程度だったが、彼女は男勝りとわかる元気な声で挨拶をしてくれたものだった。
(スバル・リョーコ大尉だっけか?)
他にも三名の女性パイロットがいるという。所属することになった艦隊の司令官も同盟初という女性でしかも美人だった。
いろいろ驚きの連続だったが、大尉とは知り合ったばかりなので、また会って話がしたいと思っている。それにはこの困難な戦いを生き残らねばならないが、新型の機動兵器は強力というから心配は杞憂に終わってくれればよい。
(それよりも……)
それよりもタック自身が、最強と謳われるあの帝国軍宙戦部隊にいつかの借りを返すまで、ここで死ぬわけにはいかなかった。
残念ながら戦況は決していいとは言えない。帝国軍のほうが戦力で勝り、同盟軍司令官の実力は未知数ときている。
とはいえ、出動前の演説といい、最初の攻勢に耐えて秩序を保ちながら後退できているので「やってくれるかな」という期待感は大きい。帝国領侵攻作戦が破錠した今、無駄死にはしたくないという思いは誰もが同じであり、最大の命題は「生還」だろう。
タックは無言で操縦桿を握り締め、新たな獲物を求めて艇首を戦場宙域に向けた。
無数の光矢が交差する戦場を生き抜いた先に、彼の明日は待っているのである。
リョーコを隊長とする第一エステバリス小隊は、帝国軍本体から出撃した2万機の戦闘艇に対し真っ向勝負を挑んでいた。
戦力差は3対1。広大な宙域をたった4機のエステバリスでカバーできないことは百も承知しつつ、横隊を組んでなるべく広くカバーしようとしていた。
リョーコたちは、第一波のワルキューレ部隊の迎撃戦によってリズムを掴み、「銀河フレーム」の扱いにかなり慣れてきた。彼女たちは気持ちに余裕も生まれ、その撃墜数は20分間で70機以上に達しようとしていた。
エステバリスは目立ちすぎなので、新型(と思われている)人型機動兵器をワルキューレが勝手に目指してくるのだ。このとき、僚機をエステバリスに撃墜されたワルキューレのパイロットたちによって前線ではその存在は広まりつつあり、同盟軍に突如出現した人型機動兵器に対する興味はもとより、早くも憎悪の対象となっていた。
それを通信の傍受から知ったリョーコたちは、エステバリスを最前線に立たせることで、より多くの敵戦闘艇を引き付ける役を自らに課していた。
エステバリスの性能がワルキューレに対して優位に立っているとしても、得策とはいえない対応だろう。
「だからどうした!」
と彼女たちはおかまいなし。それぞれの目標を見定め、IFSを操って虚空を飛翔する。
2万機のワルキューレを相手にした熾烈なドッグファイトが始まった。
イツキ・カザマ中尉は、迫り来るワルキューレ群の側面を突く形で一瞬のうちに4機を葬った。一斉に他のワルキューレが散開し、挟み撃ちをするように四門のレーザーを発射した。
並みのパイロットならば、からめとるように射出された8筋のレーザーのいずれかの餌食になっていただろう。
しかし、イツキは攻撃されたタイムラグを計算し、機体を最小限に操ってレーザーの間を縫うようにかわしてしまう。そのまま振り向きざまに旋回中のワルキューレを1機撃墜。すかさず周囲で攻撃態勢に入った3機のワルキューレをエステバリスを回転させるようにして射線に捉え、ことごとくを火球と化した。
「!!!」
長い黒髪を揺らし、イツキは無言のまま2時方向、次に12時方向を睨みつけた。上品な顔立ちが軍人色に染まる。
さらに、索敵センサーが8時方向からもワルキューレの接近を警告した。
(ずいぶん大仰ね……)
合計11機の戦闘艇が1機の人型機動兵器を標的にしたようだった。それだけエステバリスを脅威とみなしたのだろう。
「えー、かわいい女の子を多勢でボコボコにしようとか信じられなーい!」
などと同じような状況に直面したアマノ・ヒカルが冗談めかしてぼやいていたが、イツキは無言だった。ダークブルーの瞳だけが戦術スクリーンに表示された敵編隊の動きをつぶさに観察し、瞬時に戦術を決めたようだった。
ワルキューレのパイロットたちはその動きに意表を突かれた。
イツキは、正面から堂々と突っ込んだのである。冷静な彼女らしからぬ大胆さだった。やや距離があるにも関わらずライフルを乱射し、ワルキューレ数機が回避行動をとる。
(乱れた!)
フォーメーション崩しを狙っていたイツキは離脱したワルキューレに目標を定めて高機動スラスターを微妙に調整し、右上方に急旋回しつつ1機を射線に沈めた。
しかし、連続して2機、3機と仕留めることはできなかった。天底方向からワルキューレの攻撃が連続し、一つの操作ミスも許されない息もつかせない攻防となった。
(敵が手強くなっている?)
イツキは、帝国軍戦闘艇の対応能力が戦うたびに変化し、精度を増しているように感じていた。
当然かもしれない。相手は木星蜥蜴の無人兵器ではない。柔軟かつ独立した対応能力を行使することのできる「人間」が操る軍事兵器なのである。
イツキは、ナデシコメンバーの中で最も早く状況を割り切った人物だったかもしれない。木星蜥蜴が実は政治的な理由で100年も前に火星に追放された人々の子孫であることを知っても、彼らと戦うことを躊躇しなかった。彼女が憤ったことと言えば、上層部が真実を隠していたという一点である。
そして、はるか未来──
並行世界と
認められる未来世界にて、自由惑星同盟と銀河帝国という二大勢力による永きにわたる戦争に対しても現実を受け入れる姿勢は早かった。
否、イツキが銀河帝国と戦う理由があったかといえば、それはナデシコ全メンバーと同じく「無し」であろう。
違ったのは、イツキはユリカやアキトたちが悟る以前に「ナデシコ」という戦闘艦がもつがゆえの「宿命」という要点に気づいており、同盟軍として戦わざるを得ない選択を、すでに当時から予感していたことだ。
(油断できないわね……)
イツキは、攻防の末、さらに2機を撃墜したが、その間隙を突くかたちで完全包囲されてしまった。合計32門の発射口から鳥かごを形成するように一斉にレーザーが放出された。
今度こそ、ワルキューレのパイロットたちは仕留めたと確信しただろう。
しかし、レーザーは着弾する前にエステバリスを避けるように捻じ曲がってしまう。逸れたレーザーに貫かれたワルキューレは不幸にも3機に及んだ。
ワルキューレのパイロットたちは信じがたい光景に反応が遅れた。刹那、イツキは見逃さずさらに2機を狙い撃つ。が、体勢を制御しようとした直前に激しい警告音が鳴り響いた。
「なっ!」
1機のワルキューレが左側面から猛スピードで果敢に突っ込んできたのだ。ライフルが閃光を放ち、ウラン238弾が数発着弾したものの、スピードは緩みもしなかった。
「体当たりですって!?」
それは瞬時の判断。IFSの反応が早かった。イツキ機は宙返りしてギリギリ回避。すれ違いざまにレーザーと実体弾が交差した。
吸い込まれる光矢。ウラン238弾はワルキューレの機関部に命中し、レーザーはエステバリスの左脚をかすめていった。彼女の視線の先で光芒がきらめいた。
「あと4機!」
しかし、残存機は青白い駆動炎を激しく噴射し、イツキ機から遠ざかっていった。
『おいイツキ、大丈夫か?』
通信者はリョーコだった。少し前からデーターがリョーコ機の接近を伝えていたが、イツキは気づいていなかった。
(なるほど……)
おそらく、ワルキューレは増援が現れたと判断し、敵わないと悟って退却していったのだろう。
イツキは、リョーコの顔を見て、ようやく肩の力を抜き、右肩にハラリと落ちた長い黒髪の一部を優雅なしぐさでかき上げた。
「大丈夫です。レーザーが左足をかすめましたが戦闘には全く問題ありません」
そうか、とリョーコは一言応じ、僚友に付け加えた。
『オレが言うのもなんだけど、あまり気負うなよ。この戦いは生き残ることに意味がある。敵を墜すことが全てじゃないぜ』
「ええ、十分承知しています」
と笑顔交じりに答えたものの、内心では反省していた。たしかに無茶なことをしすぎたと思えたのだ。宙戦宙域もいつの間にかもとの宙域からやや脱線していた。
(私としたことがちょっと張り切りすぎたようですね)
イツキは、コツンと頭を叩く。リョーコは「図星か」と言いたげだったが言葉には出さず、ちょっと昔のことを思い出していた。
イツキ・カザマは、ナデシコに乗船する数少ない軍隊出身者である。15歳の時に地球連合軍のパイロット養成所に入隊し、優秀な成績を収め、途中、テンカワ・アキトの後任としてナデシコに配属された
「新人」だった。
初陣は地上に現れた木星蜥蜴の巨大ロボット兵器との一騎打ちだった。ギリギリ死地を脱した彼女はその後、ナデシコがユキナをめぐって叛乱を起こしたときにアオイ・ジュンとともに艦を降りたものの、プロスペクターやルリの呼びかけに応じて再びナデシコに戻り、火星における決戦で活躍した。
なぜナデシコに戻ってきたのかと、リョーコに問われたとき、彼女はやわらかい微笑とともに答えたものだった。
「私の忘れえぬ日々がここにあるからです」
リョーコは、意外な一面をときにさらけ出す後輩の普段通りの姿に安心して告げた。
『イツキ、一旦ナデシコに戻るぞ。弾薬の補給をしてまた出撃だ』
「了解です」
戦闘艇による宙戦が始まってすでに40分以上が経過していた。相変わらずドッグファイトは展開しているが、エステバリス隊の活躍もあってスパルタニアン部隊も善戦し、防宙はうまくいっている。最終的に戦力差による不利は免れないものの、艦隊がB宙域に後退するまで戦線を維持できそうだった。
──エステバリスはワルキューレに通用した!──
しかも圧倒しているといってもよい。特にリョーコといった歴戦のパイロットは、ウリバタケが助言したディストーションフィールド解除による出力UPを使いこなすことによって上手く戦術に生かしていた。
イツキにとっても手ごたえは大きい。実際に戦ってみないと不安な点があったものの、ふたを開けてみれば懸念は全く感じられなかった。ウリバタケと整備班、同盟軍技術陣の努力と情熱によって「銀河フレーム」のエステバリスは華やかなデビューを飾ったのだった。
イツキは、彼女なりにこの戦いの意義を見出せた気がした。
「リョーコさん、次もやりましょう!」
『お、おう』
イツキは、リョーコとともに機体をナデシコに向けた。途中、イズミ、ヒカル機と合流し、その撃墜数を聞き、あらためてエステバリスによる宙戦の優位を疑わなかったのである。
しかし、このとき「7機の人型機動兵器」について帝国軍艦隊司令官
ナイトハルト・ミュラー提督に集められた情報がようやく届いていた。
イツキたちは、帝国軍の対応の素早さと最強を誇る孤高とも称すべき鷲たちの存在に戦慄することになるのだった。
──宇宙暦796年10月8日、宇宙標準時19時15分──
ミスマル・ユリカ率いる同盟軍第14艦隊は、C宙域を放棄し、B宙域に後退しつつあった。帝国軍がドッグファイトを挑んできたもの、エステバリス隊の活躍に刺激された各飛行隊の善戦もあって、かろうじて制宙権を守り抜いていた。
……TO BE CONTINUED
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
今回の外伝は、第六章(前編)をドッグファイト中心に据えた物語です。いわゆるパイロットたちが主役。当時、本編にしないかわりに外伝として投稿しようとは考えていたのですが、本編の投稿を優先してるうちにすっかり書くことそのものを逸していました。名前だけしか出ていないキャラもようやく書いた感じですが、当時考えていた描写をずいぶん忘れているなーと。全部記録してなかったし……
ドッグファイトとか、どこまで書けているか自信なし。艇だけど機という……
後編はもうちょい先です。外伝執筆で調子を取り戻しつつ、本編に移行できればなーと思います。
2012年9月1日 ──涼──
誤字を修正。加筆あり
2012年9月30日 ──涼──
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