本編23話の外伝(後編)になります





 ──宇宙暦796年、帝国暦487年標準暦10月8日、19時40分──
 
 帝国軍による同盟軍第14艦隊への攻撃が強化されるさなか、右翼の一部を形成する標準型戦艦を空母に改装した<空母ナグルファル>のブリーフィングルームには、26名の宙戦のエリートたちが集結していた。

 同盟軍に地上戦において最強と謳われる「薔薇の騎士連隊(ローゼン・リッター)」が存在するとすれば、帝国軍には宙戦最強を誇る「黒十字架戦隊(シュヴァルツ・クロイツァー)」が存在する。

 「──叛乱軍の新型と思われる人型機動兵器は7機確認されている。現在のところそれ以上の報告はない」

 メルハリのある声で部下たちに説明した男は、戦隊の第8代隊長であるヴァルター・フォン・リヒトフォーフェン少佐だった。短く刈り込んだ黒髪と鷹の目のような鋭く、それでいて知性を感じさせる薄い青緑色の瞳。体格はパイロットというよりはファイターに近く、二重に割れたあごには戦闘時に受けたキズが縦に残っている。

 リヒトフォーフェンは、部下たちを見渡し、さらに説明を続けた。

 「艦隊司令部では、この7機を実戦投入された試験機とみなす意見が大半のようだ」

 大きな戦争において新兵器を試してやろうという上層部の考えというのは、どの時代、どの陣営でも変わらないようだ。

 本格的なブリーフィングに入る前、隊長以外のパイロットたちは復古調のような人型機動兵器そのものを嘲笑したものの、味方の被害が100機以上であることを知ると、とたんに襟を正したものだった。

 「隊長、聞くところによると、そいつらは一機も墜せていないということですが、それは本当でしょうか?」

 怪訝な表情で細身の男が質問した。戦隊パイロットの一人ダン・ディートリヒ・グレニール中尉である。彼は固そうな金褐色のあご髭をなでまわす。癖だ。

 「中尉、よい疑問だ。その理由を今から諸君らに知ってもらう。こちらのほうが最も厄介かもしれないが……」

 隊長が手元の端末を操作し、味方が記録した二つの映像資料を三次元投影機器に流す。たちまち室内が波を打ったように騒然とした。

 「こ、これは……」

 低く唸ったのは戦隊の一人、スフォイン・シュナウヴァー少尉だった。彼に呼応するよう、次々に同様の声が各所から上がった。

 部下たちの驚きに満足したらしいリヒトフォーフェンは効果的に言った。

 「そうだ、こいつらは単機で防御スクリーンを展開できる。しかも空間歪曲タイプだ」







 闇が深くなる夜明けの前に
<外伝>

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説


宇宙(そら)を制する荒鷲たちの逆襲』








 
T

 隊長の口からあらためて事実が伝えられると、パイロットたちの間に見えざる緊張感が走った。

 「……空間歪曲とは、叛乱軍のヤツら、いつの間に開発に成功したんだか……」

 いまいましさをこめて戦隊最年少のアルフレート・ノヴォトニー少尉が独語する。近年、重力制御技術は飛躍的に向上し、人工的な重力発生ついては完璧な制御が可能だが、重力そのものを「弾体」として収束させることは極めて難しく、帝国軍でも日夜開発の努力が続けてられているのが現状だ。それは、叛乱軍(同盟軍)も同様であると推測されていた。

 しかし、重力波どころか、重力を纏う防御シールド能力をもった人型機動兵器を叛乱軍は送り出してきた。

 いっぺんに二つの革新的技術が登場したのだ。司令部が驚愕するのも仕方がない。そばかすは残るが、まず端正といってもよいノヴォトニーの顔が一瞬だけ天井に向けられた。

 「隊長、だからこそ俺たちが対決するわけですね」

 そうだ、とリヒトフォーフェンは満足げに頷いた。

 「空間歪曲に通用する兵装を常備しているのは我々しかいない」

 通常ワルキューレの標準兵装は格闘戦を意識し、発射効率が高く射程の長い四門のレーザービーム兵器である。

 しかし、宙戦のエリートたちの愛機の兵装は2センチレールガンだ。理論上は歪曲シールドを破ることが可能。弾数と出力の関係から射程はレーザー兵器に劣るが、そこにこそ彼らのこだわりと矜持があった。

 部下を見渡す隊長の青緑色の瞳に鋭光が走りぬけた。実のところ、人型機動兵器が厄介なのはシールドを展開できるだけではなかったのだ。

 「貴様らも資料映像をみてわかるはずだ。叛乱軍の新型を操るパイロットも相当な手練だ」

 つまり、どこぞの部隊のワルキューレの兵装をレールガンに換装しただけでは対抗できないということだ。レールガンは強力だが、使う者はベテランに限られる。

 さらに、新型機の加速や旋回性能はワルキューレを上回っていると推測されている。そうなると兵装はもちろん、機動性とパイロットの操縦技術も大きな鍵となる。

 戦隊のワルキューレの加速能力は通常の倍。エネルギー消費率は高まるものの、対人型機動兵器に対抗可能な三つの条件を揃えているのは黒十字架戦隊しか存在しない。

 リヒトフォーフェンはもう一つ付け加えた。

 「資料映像にはないが、敵新型の空間歪曲は2形態確認されている」

 それは全周囲型(フェールドタイプ)盾型(シールドタイプ)の二つだった。幾人かのパイロットたちがあきれたとも恐れ入ったともいえない複雑な顔をした。

 「トラウムな敵とはよく言ったものですね。そこまでの夢一杯の新型が、よくフェザーンの守銭奴どもの情報にひっかかりませんでしたね」

 皮肉交じりにシュナウヴァー少尉が疑問を投げかけると、彼の右隣に鎮座する副隊長ギュンター・ライル大尉が太い腕を組んで頷いていた。他の隊員たちの反応も似たり寄ったりである。

 しかし、隊長の受け止め方はしごく単純明快だった。

 「それだけのものだからこそ、叛乱軍も容易に情報を漏らさなかったのだろう」

 もっともな見解だった。数百年前、人類は等身大を越える「パワードスーツ」の開発に成功したものの、コスト面、動力の不調や既存兵器の強化などによって発展することはなく、開発は打ち切られてしまった──

 ──はずであったのに、四肢をもつ兵器をほぼ完璧とも言える状態で叛乱軍(同盟軍)は投入してきたのだ。この日のために並々ならぬ努力を重ねてきたのだろう。

 (敵も必死じゃないか……)

 とはノヴォトニー。思わず顔をしかめたのは、生意気な金髪の孺子に追いつこうとして「必死?」になっていた3年前を思い出してしまったからだろう。



 リヒトフォーフェンは、作戦概要を説明し始めた。

 「我々がすることは単純明快だ」

 すなわち、敵新型の撃墜、もしくは制圧することである。敵艦隊との距離が縮まらないのは、単(ひとえ)にE-1宙域を中心として叛乱軍宙戦部隊が粘り強く抵抗しているためだった。その原動力となっているのが新型の機動兵器だ。

 リヒトフォーフェンは部下たち一人一人に視線を投じた。みな不敵に笑っていた。恐れる者は誰一人として存在しない。彼を含め、戦隊全員がかつてない強力な敵と戦えることに興奮を隠せないようだった。

 リヒトフォーフェンは部下の士気の高さに満足しつつ、思わぬことを口にした。

 「あと数分で母艦が作戦宙域に到着する。貴様らには基本三機ずつチームを組んで人型に対抗してもらう」

 一対一の格闘戦に美学を見出すエースパイロットたちからすれば、それはプライドを傷つけられることに等しい命令であろう。

 そう、通常ならば……

 一瞬の寂寥感が過ぎ去ると、普段は寡黙な副隊長ライル大尉がポツリと言った。

 「確実に作戦目標を達成するためですね?」

 黒十字架戦隊は、敵味方双方から畏怖される宙戦隊最強の存在である。彼らが世代を交代しつつも最強であり続ける理由の一つは各個人の技量もさることながら、お互いに腕を競いつつも、強い信頼関係で結ばれている点であろう。

 彼らは宙戦のプロ集団であること、職業軍人であることも忘れず、決して単独のみの格闘戦に固執しているわけではない。むしろ、チーム戦こそ彼らの真骨頂であるかもしれないのだ。

 だから、抗議や不満を口にする者は一人として存在しなかった。

 「ライル大尉の言うとおりだ。我々は司令部よりの命令を確実に達成せねばならない」

 当然、その眼前に立ちはだかる敵は全て撃墜の対象となる。

 青緑色の瞳に映る部下たちの表情は活き活きとさえしていた。

 
 




U

 ほとんど同時にエステバリスは強襲を受けた。特にD-1宙域(帝国分割ではE-1)の中心で迎撃の先頭に立っていたリョーコたち四名の艶やか組は、その強烈な攻勢をまともに喰らうことになった。

 「くそっ、あたらねぇぞ!」

 「乙女のお尻を追い掛け回すとか勘弁だよぉー」

 「マジ……ヤバ……」

 「ワルキューレが変わった?」

 最初、それぞれに接近してきた数機のワルキューレに対し、四人とも「また撃墜してやる」という認識だった。

 しかし、当たるはずの攻撃がかわされ、逆にレーザー兵器ではない攻撃を受け「今までとは違う」と瞬時に認識を改めることになっていた。

 それは当たっていた。兵装がレールガンであることよりもリョーコたちが舌を巻いたのは、3〜4機が攻防一体となった息もつかせない、アクロバットのような見事な連係攻撃だった。

 「黒い十字架だと!? ふざけやがって!」

 再三にわたる攻撃をかわされ、リョーコは苛ただし気に相手を罵った。「銀河フレーム」のエステバリスより倍以上ある──はずの機体が信じられない加速と軽快な運動性能で優位に立っていた自分たちを圧倒しているのだ。

 (いったい、こいつらは何者なんだ?)

 艇体側面に描かれた隊章がその答えだったがリョーコが知るはずもなく、彼女はいきなりレベルのアップしたワルキューレの連続攻撃をかわすことに全力を傾けた。
 
 


 「ヒカル、後ろよ!」

 近い宙域では、マジ・イズミ状態のマキ・イズミが親友に警告した直後、通信を通して悲鳴とともにオレンジ色に塗装されたヒカル機が勢いよく吹っ飛ばされる光景が目に入った。

 「ヒカル!」

 ディストーションフィールドのおかげで被弾は免れたようだったが、背後からレールガンをまともに受けた機体が天底方向に落ちていく。

  イズミは、迷わずヒカル機に向けてフットペダルを踏み込んだ。が、その進行方向を妨害するよう四つの青い曳光が斜めに横切った。

 「!!」

 イズミは、とっさにスラスターを制御して機体を後方にバックさせるが、今度はたたみかけるように斜め前方──11時と2時方向からワルキューレが再びレールガンを撃ってきた。

 「調子に乗らないで」

 イズミは、11時方向から撃たれたレールガンの発射炎にいち早く気づいていた。黙っていればモデル体型の美人という普段は陰鬱な雰囲気の彼女だが、パイロットしての腕はリョーコを上回るほどのセンスの持ち主である。

 彼女は、扇状に放たれたレールガンの射線を瞬時に読み取って11時方向に機体をスライドさせた。

 それでもレールガンの方が速い。直撃は免れないはずだが、戦隊のパイロットたちが感心する方法でイズミは危機を脱した。直上からの攻撃をライフルで牽制しつつ、左腕に装備されたディストーションシールドを展開してレールガンを受け止め、衝撃が及ぶ前に機体を捻って脱出したのだ。

 「どんなヤツか知らんが、なるほどたいした腕だ」

 イズミ機と対峙する戦隊の一人エーリッヒ・ルドルファー中尉が瞬間を目撃して賞賛した。エリートパイロットの表情は酸素マスクと暗い色のバイザーによって読み取ることはできない。彼は小隊長として僚機に指示を伝えた。

 「グラーフ、ヴィルケ、敵新型のシールドは予想以上に強力らしい。かなり接近しないと貫通は難しいだろう。敵を分断しつつ連続攻撃で仕留めるぞ」

 了解(ヤ・ヴォルー)、と短い返答。イズミ機を撃墜すべく、3機は隊形の組み直しを図った。

 一方、

 「これでいいかしらね」

 イズミは、数秒の攻撃空白時間を利用し、ふだんは顔の右半分を覆っている前髪をかき上げ、念のためにコクピットに置いてあるピンで髪が下がらないように留めた。これまで戦闘中に一度もしたことがなかったことを、彼女はせざるを得なかったのだ。

 「死角があれば負ける」

 広大な宇宙で視野そのものがどこまで重要であるかは状況にもよるが、少なくとも計器類や表示されるデーターを見誤るという愚かなミスは避けることができる、とイズミは考えた。それだけ彼女も余裕がなかったのだ。

 一つ幸いなことといえば、ヒカルが無事であることが、カメラ映像で確認できたことだろう。

 (これで集中できるわ)

 イズミは、フットペダルを踏み込んで斜め上方に加速し、三方から迫り来るワルキューレに照準を合わせた。

 ((おと)す……)

 しかし、信じられないくらい当たらない。射撃の腕に長じた彼女も珍しく自己嫌悪に陥ってしまうほどだ。

 (これまで通りの攻め方じゃだめってことかしらね?)

 短時間のうちに上昇、旋回、攻撃、回避、防御が超高速で応酬される。イズミの戦術はエステバリスの加速性能とIFSによる機動性、防御性能をフルに生かした殲滅戦法といってもよい。敵の懐に飛び込むことによって正確に狙い撃つのだ。

 ──撃つのだが、それが通じない。否、何かがおかしかった。その違和感にイズミが気づいたのは、ヒカル機を完全に映像でも捉えられなくなってしまった時だった。

 (やられた?)

 いつの間にかヒカル機と連携可能宙域から遠ざけられていたのだ。相手の攻撃に翻弄されるあまり気づくのが遅れてしまったようだった。

 (ニャロメ……)

 赤みを帯びたイズミの瞳が怒りによってさらに濃度を増した。

 (私だって怒るときくらいあるのよ)

 イズミは静かに闘志を燃やしたかと思うと、戦闘中に突然、照明弾を放ったのだった。
 
 
 




V

 黒十字架戦隊(シュヴァルツ・クロイツァー)だと!?」

 タカスギ・サブロウタは、艇体側面に描かれた畏怖の隊章をはっきりと拡大された映像で確認した。同盟軍パイロットならば知らぬ者など存在しない死神たち!

 そして、彼は迫り来る10機近い編隊に背筋も凍るような感覚を抱き、僚機に警告した。

 「アカツキ隊長、テンカワ、よく聞いてください。接近してくる10機のワルキューレは今までの敵とはずいぶん違うはず。すぐに合流したほうがいいです」

 反応が鈍かったのでタカスギは思わず語気を強めた。

 「いいからはやく合流してください! こっちもまとまって対抗すべきです」

 ものすごい剣幕だったので、さすがのアカツキもただ事ではないようだと悟り、合流の指示を下した。

 直後、10機の編隊が三つのグループに瞬時に別れ、すさまじい加速とともに急接近してきた。これを見たアカツキとアキトは慌てて反転し、タカスギ機と最短距離で合流しようと宙を蹴った。

 途中、

 「さらに後ろに下がったほうがいいです」

 とタカスギから追加の進言が入ったが、アカツキは形のよい眉をひそめて疑問を口にした。

 『せっかく押しているのに、ここで下がったら一気に制宙権を奪われてしまうよ?』

 第14艦隊が劣勢の中でも大きな損害を受けずに後退できているのは艦隊の秩序はもちろん、帝国軍が仕掛けてきた近接戦闘に対し、エステバリスが中心となって要所で防御線を維持しているからだ。

 しかし、まだ艦隊がB宙域に下がりきっていない段階でエステバリスが突然後方に下がってしまうと、味方の士気に影響し、帝国軍のさらなる攻勢と圧倒的多数のワルキューレに蹂躙を許してしまう可能性が高い。

 たしかにその通りではあるのだが、タカスギは声を荒げてアカツキの正論を一蹴した。

 「状況が変わったんです! 二人ともこんなところで死ぬわけにはいかないでしょ!?」

 直後、不愉快すぎる警報が3人の聴覚を侵食した。戦隊のワルキューレがいつの間にかすぐ後方に迫っていたのだ。

 「なんという速度(はやさ)だ」

 合流はまだ果たされていないが、このままだと追いつかれることは明白だった。アカツキはやむを得ず迎撃体勢を指示した。

 『全機反転、ディストーションフィールド展開。 敵機の攻撃に対応するんだ!』

 「だめです! あいつらの兵装はレールガンのはずです。避けてください!」

 『えっ?』

 タカスギの警告と同時に先陣を切って疾走するワルキューレの砲門から光がほとばしった。受けようとしていたアカツキは慌てて機体を操り、かろうじて直撃を回避する。

 『タカスギくん、できれば最初に言ってくれたまえ』

 「す、すみません!」

 その間に残機がそれぞれの行動に沿ったように分かれた。アカツキは、その隊形から敵の意図をすばやく読み取っていた。

 『テンカワくん、タカスギくん、前言撤回だ。敵機を牽制しつつなるべくお互いの距離を詰めるぞ。敵の狙いは我々を分断することにあるに違いない。タカスギくんの言うとおりにまとまって対抗する。急げ!』

 『アカツキさん、リョーコちゃんたちにも警告したほうがいいんじゃ?』

 『テンカワくん、残念だがそれはさっきやってみた。だが通信が妨害されているようで向こうまで届かない』

 敵の狙いが分断なら当然の措置だ。一般のワルキューレがこちらに攻撃を加えてこないことから推察するに、彼らはエステバリに対抗するために派遣された可能性が高い。そうなるとリョーコたちも攻撃を受けているとみるべきだろう。

 アカツキたちは、最初に迎撃にでたD-1宙域(帝国側の分割ではE-1宙域)から、弾薬補給後は左翼方面のD-2宙域に戦場を移していた。リョーコらが広く迎撃範囲をとっていたため、彼らは左翼方面を支援することにしたのだ。その範囲は左翼と中央のつなぎ目となるF-3宙域とD-2宙域のちょうど中心あたりである。

 アカツキたちにとって不幸中の幸いだったのは、二人のエースが守る左翼の宙戦部隊が強力且つ、中央〜右翼に比べて迎撃の範囲が狭いため、それぞれのエステバリスとの距離が比較的近距離にあったことだろう。

 そのため、リョーコたちと違って連携できる宙域までの距離が短く、最終的には合流に成功したことだった。

 一方、戦隊のパイロットたちは合流させてしまったことに舌打ちした。ブリーフィングの通り、敵のパイロットたちはかなりのベテランに違いない。すぐに合流を実行に移したのが、その判断力が冷静であることを示していた。

 (ここは一気に責めるのが上策だろう)

 中隊長ヴォルフ・オブレヒルト中尉は、自分を中心として攻撃隊形を変更し、エステバリスを強襲した。すなわち、連係プレーによる一撃離脱戦法だった。

 だが、アカツキたちは戦隊の戦術に真っ向から挑むようなことはせず、その側面にまとまって回りこむことで常に最低数と対峙するという策に冷静に打って出た。

 しかし、一機も撃墜することはできなかった。

 「やれやれ、こんな人たちがいたとはねぇ……」

 アカツキは嘆いたが、戦隊のパイロットたちの反応も実は似通っていた。特にエステバリスの想像以上に強力な空間歪曲シールドと旋回性能に誰もが舌を巻いていた。

 (通常の戦術ではだめだということか……)

 オブレヒルト中尉は戦況を確認した。各人型機動兵器に対応した結果、叛乱軍の戦線がやや後退し、味方機が敵艦隊に近接戦闘を仕掛ける規模が大きくなりつつある。

 が、人型の完全な制圧、または撃墜することは達成できず、攻撃ラインをクリアーできないでいる。

 (強力なシールドを貫通するには、かなりの近距離で攻撃する必要があるということか)

 オブレヒルト中尉は攻撃方法を変更し、僚機に伝達した。

 「(ベー)群全機に通達。隊形を変更する。(ツェット)-3−2へ終結せよ」

 「了解」と各所から明確な返答があり、同時に中尉は愛機を旋回させ、新たな攻撃隊形に移行した。

 「何をする気だ?」

 ワルキューレのフォーメーションがアクロバットに完成された瞬間、アカツキは戦慄した。

 「しまった! 全機散開だ!」

 しかし、戦隊のほうが早かった。2機づつ斜線陣を組んだ計8機のワルキューレによる時間差集中攻撃隊形だった。標的になったのはテンカワ機だった。オブレヒルト中尉はエステバリス一機一機をつぶさに観察し、最も動きの鈍いピンク色の機体に狙いを定めたのだった。

 「テンカワくん!」

 アカツキ機は正面から来る敵機の対応に追われ、テンカワ機を支援することはできない。2時〜3時方向から4機が照準を定め、テンカワ機に向けて一斉にレールガンを放った。

 アキトは──

 なんと正面に突進した。12時〜9時方向から攻撃態勢に入っていた2機のワルキューレは接近しすぎて攻撃を断念し、そのまますれ違うかに思われたが、アキトはエステバリスだからこそ可能なとんでもないファインプレーをかました。

 IFSの利点を生かし、高速の態勢からワルキューレを右足で蹴り込んだのだ!

 「な、なにぃ!?」

 何が起こったのか目を疑ったのは戦隊のパイロットたちだけではなかった。特に蹴られた1機と巻き添えを食らった僚機のパイロットは平衡感覚を失った視界そのものを理解できなかったことだろう。

 さらに、見事なスラスター制御で機体を立て直した1機が、まさか戦艦の主砲の餌食になることも……

 「テオドール……」

 オブレヒルト中尉は僚友の戦死に呆然として呟いた。本来ならばエリート中のエリートにありえざる最期だった。

 そう、戦闘艇同士のド突き合いなど極めて稀である現在の宙戦において「蹴り込まれる」などという戦闘行動は完全に意表を突かれたも同然だった。

 であるからこそ、平衡感覚を失った状態で敵艦隊の主砲の斜線上に落ちてしまったことなど不幸としか言いようがなかった。

 「やってくれるね、テンカワくん!」

 意外性120パーセントの青年をアカツキは褒め讃えた。テンカワ・アキトは彼自身の成長の証をこの上ないくらい目の前で明示してみせたのだ。あの戦術を破るには正面突破しかなかった。素早い判断と強固な覚悟のいる高度な判断を僚友はやってのけてくれたのだ。

 『アカツキさん、俺が敵を後ろから追い立てます』

 「OK! たのむよ」

 ワルキューレ6機の背後に回り込む形になったテンカワ機と、牽制隊とそれぞれ交戦していたアカツキ、タカスギ機はこの機を逃すまいと一気に攻勢に出た。フォーメーションを崩され、味方を1機失って動揺しているはずの戦隊を叩くためだ。

 しかし、戦隊の復活はアカツキたちの予想をはるかに上回った。タカスギもなぜ彼らが宙戦最強の地位に君臨し続けるのか、今さらながら思い知ったほどである。

 黒十字架戦隊は、1機の消滅と1機の離脱にも浮き足立つことなく、オブレヒルト中尉を軸に一糸乱れのない行動でエステバリスの反撃をかいくぐり、近距離(レッドゾーン)からの新たな包囲網を形成しようとしていた。

 (しまった、もっと後方に下がるべきだった)

 アカツキは後悔するようにコンソールを叩いてしまったが、今さら敵が待ってくれるはずもない。近距離から包囲された状態で集中砲火を浴びれば今度こそひとたまりもないだろう。攻勢が裏目に出て被弾してしまっているからなおさらだ。

 そう、アカツキ機の左腕は肘部分から先はレールガンの直撃を受けて吹っ飛んでいた。タカスギ、テンカワ機も激しい攻防のためにジェネレーターが悲鳴を上げ始めている。何よりも彼らの体力と集中力が弱まってきていた。

 (ちっ、さてどうしたもんだか……)

 ふと戦況データを見れば、制宙権はかなり後退していた。D-1宙域全体の戦況もかなり悪化しているに違いないだろう。エステバリスが戦隊にてこずっている間に敵の戦闘艇が攻撃ラインを上げ、善戦していたはずのスパルタニアン部隊を血祭りに上げ始めている。

 アカツキは、アキトとタカスギに指示をしながら包囲を崩すために手段を尽くしたが、戦隊はあきれるほどことごとくを跳ね返してきた。

 「こいつは……ヤバイかもね……」

 ついに近距離包囲が完成してしまった。ワルキューレの兵装ユニットが一斉にエステバリスに照準を合わせる。

 否、闇を切り裂いた複数のレーザービームがアカツキたちを窮地から救った。
 
 




 
W

 黒十字架戦隊の近接包囲を崩したのは、第14艦隊第一宙戦隊長ジョニー・タック大尉率いる12機のスパルタニアン部隊だった。

 ──23分前──

 D-2宙域に隣接するF-3宙域において迎撃の指揮を執り続けていた26歳の宙戦隊長は、部下から因縁の情報を得ていた。

 「黒十字架戦隊がとなりの宙域にいるだと!?」

 確認したタックに部下は間違いありませんと答え、「ですが」と付け加えて表情を険しくした。

 「どうした?」

 部下の説明によると、10機の戦隊が3機のエステバリスと交戦中で、戦況は味方がかなり不利に見えたという。

 「なるほど。どうりでD宙域からワルキューレの侵入が増えてきたわけだな……」

 タックは瞬時に戦況を理解した。戦隊を相手に今まで撃墜されていないことは大したものだが、防衛ラインが崩されているところをみると、上手く抑えられているか、かなりの後退を余儀なくされているに違いない。艦隊が下がりきっていない状態で中央から制宙権を失うことになれば、大きな被害は免れないだろう。

 (リベンジのチャンスかな?)

 操縦桿を握るタックの手に力がこもる。3年前、第6次イゼルローン要塞攻略戦において彼の所蔵する飛行隊は「黒十字架戦隊」と交戦。当時、曹長だった青年は味方艦隊の対宙砲火に助けられて難を逃れたものの、タック以下数艇を残して壊滅した悪夢があった。

 その屈辱から3年。雪辱を晴らす機会が巡って来たのだ。操縦技術も射撃技術も当時とは比較にならにほど向上もしている。

 タックは頭を振った。

 「いや、どうかな……」

 自信はある。だが相手はさらに上回っているかもしれないのだ。

 いずれにせよ、中央の制宙権が崩壊してしまうことは好ましくない。それこそ各宙域が分断され、戦況全体が雪崩式に悪くなってしまう。

 こうしてタックはエステバリスを援護することに決め、副隊長にF-3宙域の指揮を任せ、自らは11機を率いて艇首をD-2宙域に向けたのだった。
 
 

◆◆◆

 戦隊の強靭さを知っているタックは、部下のスパルタニアン部隊とともに相手を畳み掛けるような連続攻撃を実行する。戦隊を後退させ、エステバリスの脱出口を作るためだ。

 これを見たアカツキの反応は早かった。スパルタニアンの奇襲を受けて包囲の崩れた11時方向に3機は突進し、脱出に成功した。

 直後、アカツキたちのもとに緊急通信が入った。通信スクリーンに映ったのは一人の同盟軍パイロットである。ヘルメットに描かれたビリヤードに使用される的球が目を引いた。

 『第一宙戦隊長のジョニー・タックだ。貴官たちを援護する。まずは第一防御ラインまで下がれ。以上』

 早口だが、聞き取りやすい通信はすぐに切れた。三人とも面食らったものの、状況が状況だけに気持ちを切り替えて指示通りに後退を始めた。

 ──始めたが、そう簡単に後退させてくれない敵と交戦しているのだ。タックが果敢に奇襲をかけたにも関わらず戦隊を一機も撃墜できなかった。半ばアカツキたちの突破成功も戦隊がわざと許したようなものだった。逆に援護に駆けつけたタック以下11機のスパルタニアンのうち早々に3機を失っていた。

 アカツキたちは味方の被害に心を痛める余裕もなく、連携を強化することで戦隊の動きを牽制しながら第一防御ラインまで困難な後退を続けた。

 その過程において、彼らはリョーコ機が苦戦している戦場に遭遇する。アカツキの予想通り、交戦相手は黒い十字架の隊章のある3機のワルキューレだった。単機で今まで持ちこたえていたのはさすがとしか形容のしようがない。

 すかさず加勢に出たのはテンカワ機だった。

 「気をつけろよテンカワくん」

 テンカワ機を映像で追ったアカツキの表情が直後に愕然とした。急加速した機体が青いリョーコ機に体当たりし、ほとばしった一筋のエネルギーの支柱に呑み込まれてしまったのである。

 「テンカワくん!!」

 アカツキの叫ぶ声の先に、無残な姿を晒したテンカワ機が果てしない闇の底へ沈んでいった。
 
 





 
X

 マキ・イズミは、アマノ・ヒカルと戦場宙域において合流に成功し、その際、戦隊のワルキューレを1機撃墜し、2機を退却に追い込んでいた。

 イズミは、相手の作戦を予測することで完全に分断される前に照明弾でヒカルに「合図」したのだ。この意味を理解したのは当然、天然? な親友だけだった。

 彼女たちは、戦隊の苛烈な攻撃をかわしつつ、IFSの操縦性能をフルに生かし、慌てて対応しているように見せかけ、離されているようで実はお互いの距離を巧妙な移動によって縮めていたのだ。

 戦隊は、お互いが接近していることに最初気づかなかった。エステバリスが強力であったこと、主戦場を離れ、小惑星が浮遊する宙域に引きずりこまれたことも察知するのが遅れた原因の一つかもしれない。

 ただ、彼らが2機の強力なハードウェアと熟練したソフトウェアについて慎重を喫しつつも、圧倒的優位な状況から油断があったことも否めないだろう。

 追い込むつもりで逆に追い込まれていた戦隊は、互いの接近を察知したときに初めて乗せられていたことに気付いた。イズミ曰く「お互い様」ということらしい。彼らは、一旦小惑星帯から離脱を図ろうとしたが、イズミとヒカルの対応のほうが早く、お互いを入れ替えたような奇襲戦法によって1機が撃墜され、2機は艇体に損傷を負って退却する羽目になったのである。

 『あちゃー、1機しか墜せないってどういうことかなー』

 不満たらたらのヒカルの顔には、トレードマークとも言える丸い大きな眼鏡が装着されていなかった。アムリッツァ後、同盟の医療機関において高度なレーシック手術を受けた彼女の視力は1.2まで回復し、眼鏡を必要としなくなっていた。

 ──はずだったが、周囲(主に整備班)の異常ともいえる落胆ぶりと、自分のキャラを思い出したのか、その後再び眼鏡を掛ける事にした。もちろん度の入ったレンズは外し、度のない特殊なプラスティックレンズを入れて目を防護する形で使用している。

 ただし、戦闘時は外している。思わぬことで眼鏡が外れたり、ずれたりして生じる不要な事態を避けるためだった。

 何はともあれ、「最後の眼鏡萌えの砦」は守られたわけだが、アマノ・ヒカルを取り巻いた「めがねっ娘騒動」は、いずれ語られることもあるだろう。

 緊張感を欠いたヒカルに対し、「マジ」状態のイズミが親友を珍しくたしなめた。

 「ヒカル、敵が3機減ったぐらいで油断しちゃだめよ」

 『う、うん……』

 なんからしくないからギャグ・イズミでいこうよ!

 という天然娘の心の突っ込みは音声化されることはなかった。

 体勢を立て直した5機の只者じゃないワルキューレが執拗に攻撃を加えてきたのである。イズミとヒカルが眉を細めたのは、敵が冷静に反撃してことだろう。味方が3機も戦場から離脱を余儀なくされれば、その動きに動揺めいた変化くらいあってもいいはずなのに、悪い意味で全くブレというものが感じられなかった。

 二人にとっては、戦隊のパイロットたちの反応が極めて機械的に映ったことだろう。

 否、ルドルファー中尉らは僚友の死に心を痛めていたのだ。むろん二人に届くはずもない。戦隊の本当の強さは「薔薇の騎士連隊」と同じく、その戦闘能力や操縦技術にあるのではなく、味方の屍を乗り越えていく強靭とも言える精神面にこそあっただろう。

 地の利を生かした反撃が可能だと考えていたイズミとヒカルは、またもや守勢に回らざるを得なくなった。その間隙を突く形で反撃の機会を見出そうとするが、母艦から転送されてきた戦況データーを解析して気が変わった。

 「ねぇ、イズミちゃんどうする?」

 『もちろん後退するわ。戦況が不利みたいだから、とっとと退くわよん』

 「だよねー」

 二人の決断は早い。戦況の変化というのは、もともと優勢とは言い難い制宙権の確保がエステバリス隊が抑えこまれたことによって悪化していたことだった。3倍にもなる敵の宙戦戦力を崩れ始めた防御ラインで維持するのは困難を極める。スパルタニアンの被害が拡大していればなおさらだった。

 イズミとヒカルは、数発装備されている投擲(とうてき)型の爆弾で戦隊の追撃を牽制しつつ、小惑星帯を利用して母艦に向けて後退を続け、途中、孤軍奮闘していたイツキ機と合流したが、第一防御ライン(D-1)宙域まで退いたところで、あの絶句する光景に出くわしてしまった。

 そう、テンカワ機の撃墜である。

 
 
 



Y

 「テンカワーっ!!」

 「テンカワくん!」

 絶叫するアカツキとリョーコ。頭部と左腕、右脚を失ってところどころが破損したテンカワ機が火花を散らして深淵に埋没していく。

 リョーコとアカツキはすぐに救出に向かおうとしたが、宙域にはワルキューレが殺到し、かつ戦隊の攻撃が激しく、とても反転すらできそうになかった。

 『アカツキさん、俺が行きます。援護してください』

 緊急通信はタカスギだった。声と表情が酷く強張っていた。

 「たしかに行ってもらいたいのは山々だけど、タカスギ君が抜けたらまともにここを維持できない。それに1機で救出に向かうのはムリが……」

 『ここは任せてください!』

 『あ、リョーコちゃん生きてたー』

 『みんなしぶといわねぇ』

 アカツキの通信に割り込んだのは、イツキ、ヒカル、イズミの三人だった。残念ながらお互いの無事を喜び合う暇はない。

 「よし! タカスギくん、任せたぞ」

 『はい!』

 あと1機は必要だが、

 『俺が行く。俺のせいでテンカワが……』

 リョーコだった。反対するものは誰もいない。メインスラスターから激しい駆動炎を上げ、2機のエステバリスは落ち続けているはずのテンカワ機の救出に全力で向かった。
 
 

◆◆◆

 リョーコとタカスギは、挑んでくる通常のワルキューレを蹴散らしつつ、残骸に引っかかって浮遊するテンカワ機を発見した。機体は大きく損傷していたが形は留めており、呼びかけには応じなかったが生命反応があった。通信を繋げると突っ伏した状態で血まみれのアキトが映った。

 「テンカワ、死ぬんじゃねーぞ」

 リョーコもタカスギもぎょっとしたが、中性子ビームの直撃を喰らってこれだけで済んだのは、おそらくディストーションフィールドの出力を瞬間的に上げ、さらに右腕でコクピット部分をかばったからだろう。

 タカスギ機がテンカワ機の肩を担ぐようにして運び、リョーコ機が前方で警戒する形でナデシコへと急ぐが、立ちはだかったのは多数のワルキューレと戦隊のワルキューレだった。

 「てめーら、どきやがれ!」

 憤怒状態のリョーコは照準を合わせ、次々と襲撃してきたワルキューレを葬ったが、相手が戦隊になると、とたんに当たらなくなった。

 タカスギはリョーコに注意した。

 『リョーコちゃん、そいつらとまともに戦《や》りあったらだめだ』

 「わかってる、でも!」

 リョーコは、本能的に戦隊のワルキューレを振り切ることが困難であることを理解していた。

 「タカスギ、ここは俺が何とかする。お前は早くテンカワをナデシコへ頼む!」

 『わかった──と言いたいところだけどダメだ。母艦までの距離があるし、テンカワ機を担いだ状態じゃきっと辿りつけないよ』

 何よりもタカスギはリョーコを一人にするつもりは毛頭なかった。

 「じゃあ、どうするんだよ!」

 『俺が常に後方で援護する。リョーコちゃんは前方でヤツらを牽制してくれ。ムリに撃墜する必要はないよ』

 リョーコに拒否する時間はないようだった。戦隊のワルキューレ3機が再び襲い掛かってきた。タカスギが1機を牽制弾で旋回させたが、残り2機のうち1機がリョーコ機めがけて9時方向からレールガンを放った。

 「その距離じゃ貫通はできねえぞ!」

 リョーコはこれまでの戦闘を通し、エステバリスのディストーションフィールドに対する戦隊のレールガン有効射程距離を完全に把握していた。フィールドが4発のレールガンのうち3発を受けとめた──

 ──はずだった。なんと直撃した箇所にまたレールガンが着弾し、乱れた空間歪曲を突き破り、その弾道の一つはリョーコ機の右腕を易々と粉砕した。

 「な、んだと!?」

 縦隊を組んでいた2機の戦隊機による神業連係プレーだった。有効射程外で貫通できないならば、同じ箇所に連続して二度撃ち込めばいいだけ、というギュンター・ライル大尉の作戦だった。

 驚きは連続した。

 「ちっ、右腕だけか」

 カール・ミューラー准尉は舌打ちしつつ、リョーコ機の背面近くを通過しようと操縦桿を引きかけたが、信じられないことにリョーコ機は執念でワルキューレの背面に左腕一本でしがみついてきた。

 「ばかな!」

 さすがに想定を超えられてしまったミューラー准尉は、急降下してエステバリスを振り落とそうとする。だが、素早く艇背に馬乗りになったリョーコ機の左手に重力波エネルギーがみるみるうちに集束され、鋼鉄の拳が力いっぱい振り下ろされた。

 「くらいやがれ!」

 リョーコ機のDFナックルは深々とワルキューレに突き刺さった。その状態でさらに内部をえぐると、さっと艇背から飛びすさって離脱した。

 ミューラー機は4秒ほど持ちこたえ、損傷部分から爆発して真っ二つに折れ、火球となって原子に還元された。

 「なんてことだ……」

 「ミューラー……」

 暗色のバイザーを照らした爆発光が、一瞬だけライル大尉とノヴォトニー少尉の呆然とした表情を露にした。

 しかし、まさに数瞬だけである。怒りを抱きつつも、それを瞬時にコントロールし、彼らは猛反撃に出た。

  その反撃に楔が打ち込まれた。タック大尉と加勢に駆けつけたフィリング大尉率いる21機のスパルタニアン部隊が乱入してきたのだ。

 このために2機は後退を余儀なくされ、いざ体勢を整えて再度反撃に移ろうとしたとき、司令部から戦隊に対し「作戦完了」の命令もあって残存する僚機をまとめて撤退していった。

 「終わった……のか?」

 リョーコは、コクピット内でしばし呆然となった。もうがむしゃらだったのだ。周囲ではなおもドッグファイトが繰り広げられ、命の終焉を象徴する小さな光球をいくつも作り出していた。

 『リョーコちゃん、今のうちに母艦に戻ろう』

 タカスギの通信で我に返ったリョーコは機体をナデシコに向けて反転させた。彼女の黒い瞳には、テンカワ機を抱えたタカスギ機と、その周囲を守るようタック率いるスパルタニアン部隊の青い駆動炎がいくつもの軌道線を描いて映っていた。


 ──宇宙暦796年、帝国暦487年標準暦10月8日、19時58分──

 同盟軍第14艦隊司令官ミスマル・ユリカ少将は、B宙域における制宙権確保に失敗し、全宙戦部隊に撤退を命じた。

 当初、エステバリスの活躍もあって飛行隊の士気も上がり善戦したものの、後半は「黒十字架戦隊」によってその活躍を著しく制限され、帝国軍宙戦戦力との圧倒的な差もあり、実に4割近い宙戦戦力を失ったのであった。

 第14艦隊が帝国軍ミュラー艦隊の追撃を振り切ったのは、ドックファイト終了から実に5時間近く後のことである。

 そして、同盟軍の新型機動兵器エステバリス隊と帝国の「黒十字架戦隊」という強力な宙戦戦力による初の激突となった戦いでもあった。
 





──後編了── 

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 あとがき

 パイロットたちに焦点をあてた後編です。

 今回、難しいイズミ視点などを入れてみました。マジで難しかったです(汗

 全体的に、ちょっとまとまりを欠いたかな?

 そして、課題だった戦隊の掘り下げは……できたかわからんとです(エ

 戦隊との戦いによって、リョーコたちは課題が見えてきたと思います。おそらく、それはエステバリスの強化にも繋がるでしょう。そして、戦隊側も教訓として対抗策を考えるとは思いますが、それがエステバリスと同じくワルキューレの強化になる可能性も高い。

 いや、なるかな……

 作者的に武装面では考えていることがあるのですが、戦闘艇そのものの強化って必要かなーと悩む次第です。

 そして今さらながら、ワルキューレのデザインって個性的で機能美もかねているよなー、名前に負けていないなー、とつくづく思いました。

 それから「黒十字架戦隊」にいいかげんドイツ語発音のルビを振ったのですが、一応調べ、二時間の格闘とえらい悩んだ末に(仮)として読み方をふってあります。正しい読み方というか、相応しいルビはどうしたらよいか、どなたかご教授願いたいです。「戦隊」のルビを入れるとおかしくなるような気がしたので、(仮)として薔薇の騎士っぽくルビってあります。

 これでよくね? と思ったり思わなかったり……


 外伝は一応終了です。次回は13章です。13章は前編、後編の二話を予定。同盟と帝国の話を一話ずつ更新する予定です。どっちが先かはわかりません。


 2012年10月4日 ──涼──

 誤字脱字、一部、読者さんからのアドバイスを受け、加筆あり。
 2012年11月29日 ──涼──

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