――――不運な時に幸福な時代を思い出すことほど辛いものはない。
聞くところによると、植民地エリア、特にエリア11ではリフレインなる麻薬が流行しているそうだ。
この麻薬の効果は単純に言ってしまうと、現在の苦しい生活から逃避し、過去の幸福だった時に戻った気になるという。ということは―――――――――。








エリア11、即ち旧日本。
四方を海に囲まれ、決して領土も特別広いというわけではないものの、世界有数のサクラダイト保有国であり、その高い技術力もあって、世界でも名立たる経済大国として名を馳せた国、だった。

総督は第三皇子クロヴィス殿下で、植民地エリアでも特に根強くレジスタンスの力が強いエリアでもある。
特に最も規模の大きいレジスタンスが、日本解放戦線という旧日本軍人を中心として構成された組織だ。
構成メンバーの多くが元軍人のため、規律もしっかりとしている。
首領は片瀬という、旧日本軍の少将で、脇を固める人員には藤堂、草壁、四聖剣など。
特に藤堂という男は、ブリタニアと日本との戦争において、ブリタニアに唯一"敗北"を味あわせた男であり、それ故に奇跡の藤堂と称されている。


そんな場所が俺の新しい職場、なのだが………。

「さぁ君も一緒に!
オール・ハイル・ブリタァァァニア!!」

なんで俺は、こんな暑苦しい人に捕まっているのだろう。

「よもや栄光あるナイトオブラウンズの一角!
ナイトオブナインの実弟を我が純血派に招き入れる事が出来ようとは、なんたる僥倖!」

確かにそのせいで過度な期待を持たれる事は非常に多かったけど、流石にここまで暑苦しい対応をしてくる人はいなかったぞ。

「今日は無礼講だ!
さぁ君も飲み給え!」

………まぁ飲めというなら飲もう。
一体全体どうしてこんな事になったのだろうかと思い返してみる。
そう、あれはエリア11に赴任して直ぐのことだった。


トウキョウ租界はエリア11における最大の都市だけあって、本国にそう見劣りしないほど立派だった。
しかし、そんなトウキョウ租界を散策する暇もなく、テロリストグループの鎮圧に派遣される事になってしまった。

幸い大した規模の組織ではなく、ナイトメアによる掃討戦で簡単に壊滅する事ができだ。
無頼と呼ばれるグラスゴーの改造機を何機か所有していたが、所詮はテロリスト。
厳しい訓練を受け、完璧なる統制のもとに動くブリタニア軍の敵ではない。

しかしその時、共に出撃していた純血派とやらのリーダーである"ジェレミア・ゴットバルト辺境伯"に目を付けられたのが、運の尽き。
どうやら初陣でそこそこの戦果を上げたのが偶々目に入ったらしい。
そして帰還して早々に、妙に暑苦しい高級軍人がやって来たと思ったら、こっちの話も聞かず執務室に連衡されて、今に至るという訳である。

「はははははははははっ!嬉しいぞ、レナード卿!」

なんだ、この熱さは!?
士官学校の糞教官以上の熱血っぷりだぞ!
まさか奴を越える男が極東の島国にいようとは。

「ところでジェレミア卿。
私はその"純血派"とは何かというのを知らないのですが?」

「ん?話してなかったか?」

はい、全く聞かされてません。

「よかろう、ではこのジェレミア・ゴットバルト!
全力で説明しよう!」

だから、そこまで熱くならなくても……。
しかしジェレミア卿は、そんな俺の心の叫びを聞いてくれる筈もなく。
気付けば、既に説明が始まっていた。

「近頃、このエリア11ではナンバーズ如きが、名誉ブリタニア人という詭弁を用い栄光あるブリタニア軍に所属するという嘆かわしい事態が起きている!」

「らしいですね……。
俺も最初に知った時は驚いたもんです。」

名誉ブリタニア人というのは、ブリタニアの占領下にある植民地の住民の中で、役所に行き特定の手続きと試験を受ける事により得られる称号である。
名誉ブリタニア人になれば、一般のナンバーズよりも権利は拡大し、ある程度の自由も得ることが出来る。
だが、そのためナンバーズからは裏切り者扱いされる事が多い。

しかし、幾ら名誉ブリタニア人であっても、国防を司る軍に所属するなんて事は普通ない。
なんといったって、軍に入るという事は武器を持つという事だ。
もし何かの拍子に軍に入った名誉ブリタニア人達が一斉蜂起すれば、大変な事態になりかねない。

このエリア11では、特にテロリストの抵抗が強い事から、人材不足を補う為にも名誉ブリタニア人を採用しているというのが表向きの発表だ。
まぁそんな政治的なあれこれは、俺のような軍人には関係ない。
そういう事は文官達や総督にでも任せておけばいい。

「だが、それではいかん!
ブリタニア軍とは純粋なるブリタニア人だけで構成されて然るべきなのだ!
だからこそ、私は純血派を結成したッ!
この遠く離れた地にあっても、皇帝陛下と皇族の方々を守護するに相応しい軍を築くために!」

ジェレミア卿の演説が終わった。
取り敢えず、ジェレミア卿の皇族に対する忠誠心が凄まじい事だけは、よ〜っく伝わってきた。
そりゃもう暑苦しいくらいに。

「レナード卿、すまんな。
ジェレミアはどうも人の話を聞かないところがあるのだ。
君も気付けば連れてこられた口だろう。」

「はぁ……。ところで貴方は?」

「失礼。紹介が遅れたな。
私はキューエル・ソレイシィだ。
これから宜しく頼むぞ、レナード卿。」

どうやら完全に純血派のメンバーとして認識されてしまったようだ。
………別に入る気なかったのに。

「ふふ、ジェレミアの意見に賛同する事になるが。
確かに貴公を、我が純血派に招き入れられた事は僥倖だろうな。」

「いえいえ、まだ戦場に出たばかりの未熟者ですよ。」

キューエル卿にそう返答すると、ジェレミア卿が話しに入ってくる。

「そう謙遜する事はないぞ。
先の戦いでの機動は初陣とは思えんほど見事なものだった。
流石は士官学校の次席だ。
私も同じ純血派として鼻が高いぞ。」

いや、だから別に入る気ないんですが。
と言っても聞いてはくれないんだろうなあ。
なんか、少しだけこの人の事が分かった気がする。

「ジェレミア卿、キューエル卿。
念の為、レナード卿の意見も聞いたほうが宜しいのでは?」

そんな周りの熱気の中で、一人冷静そうな女性がジェレミア卿に進言する。
しかし、俺が注目したのはそんな事じゃない。

銀色の長髪を一括りにした髪型。
色気のある褐色の肌。
見事なプロポーション。

士官学校時代に生息していた、
絶妙のプロポーション、ただし顔がオラウータン。
青髪オッドアイ、ただし体型がボディービルダー。
完璧な美人さん、ただしオカマ
色んな意味で終わっている、通称モアイ。
そんな猛者達とは一味違う、本物の美人というものが、ここに降臨していた!

…………入ってもいいかも、純血派。

か、勘違いしないでよね!
別に美人に釣られた訳じゃないんだからね!

「………全力で、純血派に入らせて頂きます。」

「そうか!君ならば必ずそう言ってくれると思っていたぞ!」

「HAHAHA、当然じゃないですか。
宜しくお願いします、ジェレミア卿!」

「よし!これからは同じ純血派の同志として、困った時は相談に乗ろう。
何時でも気軽に声を掛けてくれたまえ。
オール・ハイル・ブリターニア!」

「……………………」

いや、どういう反応をすればいいのだ?

「どうした?
さぁ、君も一緒に!
オール・ハイル・ブリタァーニア!!」

「……………オール・ハイル・ブリタニア」

これは、結構恥ずかしい。

「声が小さいぞ。
さぁ、全力で!
オール・ハイル・ブリターニア!!!」

こうなりゃヤケクソだ。

「オール・ハイル・ブリタァァァァァニアアアアアァァァァァァ!!!!」

「おおっ!やれば出来るではないか。
さあキューエル、ヴィレッタ。
今度はお前たちも一緒に!
オール・ハイル・ブリタアアニアアアアアアアア!!!」

その夜、ジェレミア卿の執務室で『オール・ハイル・ブリタニア』が一日中連呼されたのは言うまでもない。
純血派にヴィレッタ卿という癒しがいたというのが唯一の救いか。




 朝になった。
起き上がろうとすると、妙に頭が痛い。
恐らく二日酔いだろう。
昨日はかなり飲んだからな。

「そうだ、日用品とか買いにいかないと。」

よくよく考えれば、まだエリア11に赴任して一週間も経っていない。
ここは必需品を買うついでにトウキョウツアーと洒落込むとしよう。

服を着替えて、財布を持つ。
携帯も持った、忘れ物は………ない。

「さて、行くとするか。」

トウキョウ租界は、外観だけではなく中身も本国にそう劣らないほど充実していた。
サクラダイトの利権を求めてアッシュフォードなどの名家がこの地にやって来ている事も影響しているのだろう。

それに政治や軍事には、特に名声のないクロヴィス殿下だが、芸術に関しては名声がある。
特に殿下は、日本に代々受け継がれる伝統工芸などを積極的に保護されており、その職人達には優先的に名誉ブリタニア人の称号が与えられるようになっているそうだ。
そのお陰か、トウキョウ租界の中にある美術館には、本国ではお目にかかれない日本独特の美術品などがあり、観光客も多く訪れるとか。

そうやって辺りをキョロキョロとしていたのが悪かったのだろう。
うっかり、前から来た学生とぶつかってしまった。

「失礼。こちらの不注意で…………」

「!………いえ、こちらこそ。
では、先を急ぐんで。」

なんだ?
こっちを振り返りもせずに行ってしまった。
よほど、急ぎの用があったのか。

しかしブリタニア人で黒髪とは珍しい。
まるで"ルルーシュ"みたいだ。

「さてと、そんな事より次は何を買おうか……。」

何時までもぼけ〜、としている時間がもったいない。
俺は、なんとなく、ぶつかった少年が気になりながらも先を急ぐことにした。










後に、ぶつかった学生の顔を確認しなかった事を、俺は酷く後悔する事になる。
だがこの時はまだ、そんなことを知る由もなかった。



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