―――一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れに敗れる。
俺が狼なのかは……残念ながら分からない。
しかも、俺は百頭の羊どころか、三匹の子豚の群れすら率いていない。
一人、そう俺は一人で敵軍のど真ん中に突っ込もうとしている。
それが本当に正しい決断なのかは分からない。
だが、どうしても退きたくはなかった。
フランカを殺してから、既に五日。
グロースターのコックピットに保管されていた非常食は、とっくに無くなった。
しかし人間という生物は、どんなに屈強な兵士であっても、何か食わなければ死ぬ。
止むを得ず最後の手段。
ようするに食料と言う名の恵みを自然に求める事にした。
飛んでいる鳥を撃ち殺し血を啜る。
野犬や猫をぶち殺し、火を焚いて食べる。
どれもこれも、凄まじく不味かったし、余りにも気持ちが悪くて下呂も吐いた。
自分がどんどんと野生的になっていくのを感じる。
無精髭はぼうぼうと生えた。
生きているのが辛かった。
それでも、生に執着した。
ただ、死にたくなかったから。
フランカの死に感傷に浸っている暇なんてなかった。
何も考える事もなく、生に執着し、ただひたすら目に見えない何かに突き動かされるように、進んだ。
そして、来たのだ。
フランカの父、テオ・シードが司令を務める基地に。
自分をこれまで幾度となく助けてくれたグロースターの最後の点検をする。
弾薬――確保済み
ランス――万全
エナジー――少々危ない
機動――問題なし
仮に、もしこのグロースターが故障していたら、どうなっていただろう。
たぶん。死んでいた。
もし生きていたとしても、自由は奪われ捕虜となっていた。
つまりグロースターのお陰で、俺はこれまで生きながらえていたという事になる。
「悪い。これからまた、無理をさせる。」
俺の眼前に広がるのは、敵の基地。
援軍を要請する書簡を持った部隊は、俺が壊滅してしまったせいか見た限り、基地にある戦力はお寒い限り。
コーネリア殿下の親衛隊十人がグロースターに乗って攻めれば、それだけで陥落し兼ねない程の。
そう十機で、だ。
少なくとも、一機だけであそこを落とそうとするなど正気の沙汰じゃないだろう。
もしかしたら、既に俺は正常な判断力を失っているのかもしれない。
それでも、この戦いは後には退けない。
ただ心の底から、そう思う。
だから!
「レナード・エニアグラム。グロースター、出撃する!」
ランドスピナーが雄叫びを上げる。
グロースターがその巨体を疾走させる。
敵の基地の戦力は少ない。
されど、本来ならグロースター一機で落とせる程の戦力ではない。
それでも、止まらない。
俺は、この戦いでテオ・シードを殺す。
それだけを考えていた。
――――――理屈じゃあない
―――――――これは、
―――――――――――本能だッ!!
砲火を掻い潜り、基地に突入する。
手始めに、動きの鈍い戦車を徹底的に破壊していく。
前に小隊を壊滅させた時に、弾薬や武器も奪っていた為、残弾は問題ない。
徹底的に、全てを蹂躙し破壊していく。
そして暫くすると、KMF部隊が出て来た。
数は20。
こちらは一機。
普通なら撤退をする所だが、今日の俺は退けないのだ。
それに、どうしてだか今なら―――エナジーの問題が関係ないなら―――例え千人の敵でも倒せるような気さえする。
「来い、蹂躙してやる。」
グロースターを建物の影に走らせる。
あの数の敵と真っ向からやり合うのはキツい。
敵のKMFの動きが鈍った。
流石に自分達の基地を攻撃する事に抵抗があるのだろう。
その隙は好機だ。
手始めにアサルトライフルを発射。
命中。
先ずは、一機。
何時もなら、もう少しアサルトライフルで攻撃を加えるのだが、今日の俺は何故だが、攻める事を選んだ。
ランスを構えた突進。
敵のグラスゴーの撃つ弾丸を小刻みに動かし避ける。
間合いに踏み込む。
ここまでくれば、此処は既にグロースターの距離。
ランスをグロースターの持てる全力のパワーで振るう。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺の雄叫びが攻撃にのったのか、振るったランスは一度に三機のグラスゴーを破壊した。
これで残りは16!
スタントンファで攻撃してきたグラスゴーを軽い動きで避ける。
そのまま振り向き際にコックピットをぶん殴る。
ナイトメア自体は大した事は無いだろうが、パイロットには強い衝撃が襲った筈だ。
腕だけを後ろに回しアサルトライフルを発射。
同時に右腕でランスを使い、突く。
撃破。
これで残りは14!
「まだだ!」
四方から陣形を組んだグラスゴーが襲う。
後方にはライフルを構えたグラスゴー。
なるほど。漸く落ち着いてきたな。
それとも、誰か指示をする奴でもいたのか。
だとしたら、指揮官は優秀だな。
だが、ナイトメアに関しては、素人だったようだ。
にっ、と笑みを浮かべてやる。
どうせ敵の指揮官はこれで勝ったとでも思っているのだろう。
だが度肝を抜かせてやる。
スラッシュハーケンを基地の、一際高い塔に放つ。
そのままグロースターを飛ばせた。
先程まで俺を囲っていたグラスゴーのパイロット達は驚いただろう。
しかしこれがナイトメアだ。
抜群の機動力だけじゃない。
ハーケンを活かした三次元の動き。
こればかりは鈍重な戦車では成しえない。
塔へと上りライフルを発射。
呆然と立ち尽くしたグラスゴー達は面白いように撃破されていく。
残りは………二機!
塔から飛び降り、そして再びランスを構える。
最初の一機を、軽く撃破。
そして最後の一機。
「ほう」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
最後に残っただけあり、グラスゴーは中々に良い動きをする。
しかし、所詮はグラスゴー。
接近戦においてグロースターの敵ではない。
距離をとろうとするグラスゴーを容易く追い詰め、そして、
――――瞬間、襲ってきた砲火から逃れた。
「あれは、前の戦いでの巨大戦車……。」
崩れ落ちるEUのグラスゴー。
その後ろには黒い色の巨体。
ナイトメアを圧倒する強力な攻撃力を持つそれは、圧倒的な攻撃力を惜しげもなく使った。
「ふんっ。基地が壊れようと関係なしか。
だが、残念だったな。」
幾ら火力においてナイトメアを圧倒していようと、所詮は戦車。
前時代の遺物。
援護するナイトメアが一機もいないなら、唯のデカイ的だ。
フルスロットルで接近。
前とは違い今はナイトメアが一機もいない。
掻い潜るのは、容易い。
戦車に取り付く。
そのままアサルトライフルを発射。
…破壊、できない。
「たっく、なんて装甲だ。
EUの大艦巨砲主義者めっ!」
負けられるかっ!
撃ち尽くしても構わん。
兎に角、撃つ。
そして、その祈りが通じたのか分からないが、全弾撃ち尽くして漸く敵戦車は沈黙した。
これで目に見える範囲にいる敵は――――――――零。
改めて基地を見渡す。
巨大戦車が出鱈目に、大威力の攻撃を連発したせいで基地は全壊。
生存者は、果たしているのだろうか。
テオ・シード。
この基地の司令官は………。
果たして、神はそれに応えた。
燃え盛る炎の中から一機のナイトメアが現れる。
グラスゴーではない。
あれはグロースター。
それも紫色に塗装された、コーネリア殿下のもの。
一瞬、味方かとも思ったが、直ぐにその可能性を破棄した。
識別信号を出していない。
それに、機体越しからも感じられる明確な殺意が、俺の体を焼いていた。
『見事、というべきなのだろうな。
ナイトメアのパイロットとしては。』
オープンチャンネルではない。
ナイトメアのスピーカーから、声が響く。
男の声だ。
どこか重みを感じさせる声色だ。
もしかしたら、既に四十、五十はいってるのかもしれない。
『まさか戦略が戦術に負かされるとは。
いや、これが戦場か、新しい。
しかし、ブランクの大馬鹿めっ!
あんな阿呆にサリアスを任したのは間違いだったか。
お陰で私以外の者は全滅だ、私の知る限りは、な。
だが、これで将兵の為の降伏、という選択肢は露と消えた。』
とくとくと語るEUのパイロットにこちらもスピーカーで話かける。
「そういうお前は誰だ。
口振りからして、地位が上の者なのは分かるが………いや、まさか――――」
『察したようだな、ブリタニアの兵士。
だが、このテオ・シードの首級、安くはないぞ。
とれるものならば、とってみるがいい!』
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