―――政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である。
なら今のブリタニアは、血を流す政治ばかり行っているのかもしれない。
覇権主義を掲げ、他国を侵略し支配する。
しかし、そんな事は関係がない。
戦場の兵士にとって、そんな国の大義よりも、目の前の敵を殺す事の方が優先事項だ。







グロースターにあのシード将軍が乗っているとは思わなかった。
親衛隊用の紫に塗装されたグロースターという事は、恐らく前の戦いで鹵獲したのだろう。
しかし、司令官自らが搭乗するとはな。

『どうした、来たまえ。』

「…………………………」

構えに隙がない。
なるほど。ヤケクソになって出て来た訳じゃない。
自分の腕にそれなりの自信があるのだろう。

しかし、少し不味いかもしれないな。
相手のグロースターは鹵獲機とはいえ万全。
対してこちらのグロースター。
戦いの連続でエナジーが残り少ない。
弾薬はゼロ。
武装はランスだけ。

しかも、それだけじゃない。
ナイトメアというのは兵器であると同時に精密機械だ。
適度に整備をしなければ、機体に不備が当然出る。
幸い俺のグロースターは未だそんな様子はないが、それでも今この瞬間にでも唐突に機能停止する可能性もありえるのだ。

……生きて、帰ったら少しは工学畑の知識でも学ぼうか。
せめて最低限くらいは、自分で整備できるように。

いや、全ては生きて帰ってからだ。今は、

「お前を討つのが先決だッ!」

敵グロースターがアサルトライフルを連射。
正確な射撃だ。
被弾する寸前、左に動き避ける。
そして、スラッシュハーケンを発射。
狙いは敵の胴体。

『ふんっ、その程度がッ!』

グロースターがランスを一閃。
スラッシュハーケンを巻き取り、そして、

『捕らえたぞ!』

スラッシュハーケンを掴んだまま、グロースターがランスを構え突進してくる。
素早い動きだ。
早い、判断も正確。
まったく、どうして司令官がこんな力量を……。
ナイトメアが一般的なブリタニアじゃあるまいし。

「だが、負けられない。」

接近戦を挑んできたというならば、こちらにとっても好機だ。
ハーケンをパージ。
そのまま、こちらもランスを構え、そして迎え撃つ。

「はああああああああああッ!」

『せええええええええええええッ!』

激突。
二つのランスで鍔迫り合いが始まる。
これで相手がグラスゴーだったなら、これで終わっていただろうが、相手が同じグロースターのため何時まで経っても、勝負は定まらない。

ここからは技量の勝負だ。

戦術や戦略ならまだしも、ナイトメアの操縦ならこちらの方に一日の長がある。
ランスを僅かに傾け、敵のランスを滑らせる。
そのままフルスロットルで突進。
七tの重量での突進だ。
幾ら相手が同じグロースターでも吹っ飛ぶ。

そして、狙い通り。
敵のグロースターは吹っ飛び転倒。
絶好のチャンスだ。
ランスをグロースターの胴体へ狙いを定め突進。

これで、終わりだ。

しかし、こんな時に限って最悪の事態というのは起きる。

「なっ!ランスが!」

ランスを持っていたグロースターの右腕が停止。
手から離れたランスは重力に従い、地面に落ちた。

「整備不良………!
このタイミングで!」

動く左腕でランスを拾おうとすると、ランスが爆発した。
……敵の、テオ・シードの放った弾丸のせいだ。

『運がなかったな、ナイトメアのパイロット。
しかし、これも一つの結果だ。』

勝利を確信した声。
そりゃそうだ。
ランスを失った今、こちらの武装はゼロ。
いや敢えていうならば対人用の機関銃があるが、当然ながらそんな武器はナイトメアには、大した効果はない。
つまりこちらは、金棒を失った鬼。
相手は金棒と銃を持った鬼、という事だ。

『では、死ね。』

ランスが迫る。
普通なら、成す術などはない。
士官学校でも、こちらが全武装を失えば基本的には負けだ。
ついでに右腕は動かない。
パイロットである俺の体力も限界に近い。
教科書通りなら、自分で自分の頭をぶち抜くか、降伏でもするべきなのかもしれないな。

だが、こうみえて俺は捻くれ者だ。
絶対不利の状態だと、どうにかしてでも、それをどうにかしようと考えてしまう。
ようするに負けず嫌いなのだ。
特に、自分の得意分野に関しては。

「そう簡単に、死んでたまるか!」

武装がゼロ?
右腕が動かない?
上等だ。
それがどうしたというのだ。
武器がなければ、肉弾戦をすればいい。
右腕がなければ、他を使えばいいだけの話だ。
こちらのグロースターは"たかが"右腕が動かないだけ。
勝ち目はある。

ランスが後僅かまで迫る。
しかし、まだだ。
まだ早い。

あくまでも冷静に、
そして大胆に、
この身を貫かんとする槍を目前にして、機体を僅かに動かした。

それでいい。
これを決めるには、大それた動きは必要ない。

『なっ!まさか………』

そう、そのまさかだ。
テオ・シード。
確かにお前は強い。
戦略眼においても、戦術眼においても、俺はお前以下だ。
しかし、ナイトメアに関しては、俺の方がベテランのようだな。
お前は最後までナイトメアを、単なる兵器として考えた。
それが敗因だ。
グラスゴーやサザーランドならそれで構わない。
しかし、このグロースターは違うのだ。
サザーランドを改良した事により得た柔軟性。
そして耐久力、器用さ。
これは他のナイトメアにはない性能だ。

つまりグロースターは、本当の意味でのパイロットの分身といって相違ないのだ。
だからこそ、こんな離れ業もできる。


―――――ランスを避けて、そのまま敵の腕を掴む。
そして体を逸らせ、

『ば、馬鹿な!
こんな事がぁ。』

そのまま、ブン投げた。
地面に叩き付けられるグロースター。
しかしシードの方は、グロースターが大破して直ぐに脱出機構が作動し、逃れる。

「よし、このまま―――――。」

そこで、ピーという警告音が響き、グロースターの動きが止まった。
よく見るとエナジー切れ。
どうやら今の今まで気付かなかったようだ。

「ははっ。そうか最後にアテになるのはナイトメアじゃない。
自分自身ということか。」

グロースターから下りる。
シードの気配はない。
だがまだ生きている筈だ。

こちらの武装は、軍用の銃とライフル一丁。
念の為両方を持つ。

静かに、だが素早く瓦礫の影に隠れ進む。
―――どこだ、どこにいる!
息を潜めて待つが、依然として人の気配はない。
俺のグロースターが機能停止した場所は、辺りに遮蔽物もなく目立つ。
シードの方も、俺のグロースターのことには気付いている筈だ。

「たっく、天下のKMFのパイロットが白兵戦か。
流石にこっちだと、相手の方が強いかもな。」

少しの物音も立てられない。
先に見付かったほうが、相手より圧倒的不利な立場になる。
シードが俺を先に見つければ、俺の負け。
こっちが先に見つければ、あっちの負けだ。
出来れば、ゆっくりと時間を掛けて探したいが……。

「だが、そう時間もない………。」

忘れてはならない。
基地は全壊している。
つまり、あちこちに火の手が上がっているのだ。
このままだと、煙を吸い込んで共倒れになり兼ねない。

どうすればいい。
なんとかして、あいつを誘き出せないか?
しかしシードは、ベテランの軍人だぞ。
そんな都合の良い方法がどこに―――――――――
いや、方法なら、一つある。……………最低の手段だが。

他に方法もない。
ならどんな手段だろうと……使ってやる。

「………聞こえるか、テオ・シード!」

「…………………」

分かるぞ。
今頃お前は首をかしげている事だろう。
なにせ自分から大声を上げて自分の場所を教えているのだからな。
だが、これで―――――


待て。それでいいのか?



自分の中にある良心が警告する。
それは人として最低の行為だと。
だが構わない。
感情を殺す、いやOFFにしていく。
そうだ、戦場では個人の感傷なんて邪魔だ。
そんなものがあると正確な判断ができない。
戦場では―――――――そう、機械になるべきだ。

「お前には娘がいるだろう。
そう、フランカという名の娘が。」

「!」

息を呑む声が聞こえる。
これで大まかな位置は。
しかし、もう少し正確な場所を知りたい。

「あの女と会ったのは偶然だった!
しかし良い拾い者をしたな、あれは良い女だった。
そう、色々とな。
遊び尽くした後は、心臓をぶち抜いて殺してやった!
最後の言葉は「ごめんなさい、お父さん」だ。
健気な娘じゃあないか、なぁテオ・シード。」

「きさまああああああああああああああああああああああッ!」

絶叫。
それは、奴の娘に対する愛情の深さを表すものでもあった。
だが、そんな父親の魂の叫びを聞いても、何も感じない。
そんな事を考えるなら、相手の戦力を確認する方が先だ。

相手の持つ武器は?
相手は負傷しているのか?
こちらは問題ないか?
この基地以外の敵はどうなっているのか?

全てが合理的に廻る。
これでいい。
幸いターゲットの殺気と叫びで、位置は掴んでいる。
後は……敵に気付かれないよう接近し、殺すだけだ。

息を潜め、動く。
素早く、そして―――――瞬間、溢れる殺気。
飛び退き、発砲。
命中。
シードの持っていたマシンガンが地に落ちる。
すかさず再びの発砲。
しかし弾切れ。

こんな時にどうして、と悪態をつく暇すらない。
ライフルはこんな至近距離では使えない。
なら残った武器はナイフ。
頭部に向けてナイフを投擲。

防がれた。
寸前で左腕で頭を庇った。

これで残った武器は、体だけとなった。
ならば閃光仕込みの体術を味あわせてやる!

踏み込み、間合いをつめる。
そのまま膝蹴り。
シードの体勢が崩れた。
どうやら、幾らベテランといっても年には勝てないようだな。
動きがやや鈍い。
容赦せず、腹と顎に一撃ずつ食らわせ、そして止めの踵落とし。

「貴様!」

「ごめん。」

思わず謝る。
無意識での行動だったが、だからこそ本心だった。
俺はやっぱり軍人でしかなかった。
だから、君と一緒には歩けない。
お前の父だろうと、見逃す事は出来ない。

そして、最後のスイッチをOFFにした。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

渾身の一撃を顔面に叩き込む。
地面に倒れる肉体。
どうにかして、体を動かそうとしていたが、やがてそれも止まった。

「――――――――殺せ。」

短い一言。
そこに、どれほどの悔しさと憎悪が込められていたのかは知らない。
勿論、殺しはする。
しかし、どうしても聞きたい事があった。

「最後に答えろ。
お前の娘。フランカ・シードが軍人になる事に、お前はどう思った。
賛成したか、否定したか。
或いは強要したか?」

「なに。
何故、貴様がそれを知りたがる。」

尤もな意見だ。
確かにシードにとって、俺は自分の娘を嬲り殺しにした男。
もし逆の立場でも、そんな男が今になって、そんな事を訊ねる理由なんて想像がつかない。

「教えてくれ。
答えたら捕虜の安全については、出来る限り保障しよう。」

我ながら卑怯なやり方だと思う。
こう言えば、多くの将兵の命を預かるシードの選択肢は一つしかない。
でも、これだけは、どうしても。

「反対だった。
私は、フランカが軍人になるのには、断固として反対だった。」

「そっか。」

全身を脱力感が襲う。
………俺も、何時まで経っても成長できてないな。
そうだ。
俺はただ八つ当たりの相手が欲しかっただけだ。
フランカを殺した事実を、誰か都合の良い人間で発散しようとした。
そう、父親という存在で………。

仮にテオ・シードという男が、フランカを進んで軍人として、前線に送り込んだとしたら、俺はどのような行為に走っただろう。
たぶん。無茶苦茶に当り散らしただろう。
「お前がフランカを戦場に送らなければ」と。

なんて愚かな行為だ。
そんな事をしても、何の意味も価値もないというのに。

ああ、なんだろうなあ…………もう、何がなんだか分からねえや…………。
頭がごっちゃんだ。
自分でも理解不能なものが渦巻いている。
いい加減、疲れた。
少しだけ…………眠るとしよう。


意識を手放す寸前、紫色の巨人が見えたような気がした。









SIDE:コーネリア



私達が基地に到着した時には既に、基地は火の海だった。
敵KMFもない。人気もない。
既に壊滅されたあと……。

「これは…どうなっている。」

『分かりません。
ただ、何者かの襲撃にあったのは事実のようです。
でなければ、こんな………。』

「しかし、どこの勢力が!
EUが同士討ちをしたという事もあるまい。
ブリタニア軍が、私以外にこの基地に狙いを定めたという報告もない。
まさか中華連邦が介入したとでもいうのか、この戦いに?」

『いえ、ですがこれは………。』

名将であるダールトンが返答に窮する。
無理はない。
この私も、何が何だかさっぱり理解出来ないのだ。
それは、今この場にいる誰もが同じ意見だろう。

『姫様、大変です!』

「どうした、ギルフォード!
敵がいたのか!」

『い、いえ。
兎に角、ご覧下さい!』

冷静なギルフォードがここまで取り乱すとはただ事ではないな。
私はグロースターを動かし、ギルフォードの後に続いた。

『姫様、これを…。』

「まさか、グロースター!?」

やけにボロボロだが、そのシルエットを見違える筈がなかった。
間違いなく、我が親衛隊のグロースターだ。

『はっ!また、少し離れた場所には、大破した物もあります。』

「なに、一体誰のものだ。」

『大破したグロースターは先の戦いにて戦死したと思われるブレックスのもの。
そしてもう一機のほうは…………レナード・エニアグラムのものです。』

「なんだと!」

レナードのものだと!?
いや、恐らくグロースターは敵に鹵獲されたのだろう。
なにせ我が軍の最新鋭機だ。
鹵獲する価値は十分すぎるほどある。
だがそれだけでは、この光景の理由にはならない。
いや、荒唐無稽な考えだが、もしやこれは、この光景は――――――――。

『コーネリア様っ。
近くに生命反応があります。一つです!』

「生命反応っ。」

ファクトスフィアを使い、反応のあった場所を見る。
そこには一人の男――――いや、まだ少年といって差し支えない年齢の者がいた。
ズタボロのパイロットスーツ。
ぼうぼうに伸びた髭。
腕にこびり付いた生々しい血のあと。
そして手に持った銃と背後の炎のせいもあって、まるで少年の姿は、神話の魔人のようにも思えた。

少年は、ゆっくりとこちらに歩いてきたかと思うと、
そのまま、唐突に倒れた。

…………………
………………
いかん、呆然としている場合では!

「ギルフォード、レナードを回収しろ。
そこのグロースターもだ!
大破している方は破壊せよ。
EUに我が軍の最新鋭機を与えてやる必要はないっ!」

『イエス、マイ・ロード!』

理由は分からない。
ただ一つ分かっているのは、レナードが生きていたという事だけだ。
なら先ずはそれを喜ぼう。
……この基地に迫っている、EUの軍を掃討した後で。



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