―――”運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ。”
では、こう訊ねよう。
俺が現在いる場所、そこは最も相応しい場所なのだろうか。
そう、帝国最強の十二騎士、ナイトオブラウンズの集う円卓は。
SIDE:レナード
俺は本国へ帰国しラウンズに任命されるに当たって、ある場所へと向かっていた。
といっても皇帝陛下のおられるペンドラゴン宮廷ではない。
インバル宮。
特務局の本部にいるベアトリス・ファランクスに会いに行くのだ。
ベアトリスは俺の姉であるノネットと、コーネリア殿下と士官学校で先輩後輩の間柄で、子供の頃はよく遊んでもらった記憶がある。
インバル宮につき、案内の者の言うとおりに進む。
そして扉の前に到着し、緊張する。
"彼女"とはもう八年ぶりか……。
意を決して扉を開いた。
最初に目に付いたのは窓際に飾られているシネラリアの花だった。
花の色合いをちょっとばかし楽しんだあと、視線をこの執務室の主――――ブリタニア皇帝付き首席秘書官にて特務総監であるベアトリスへ向けた。
「久し振り、ベアトリス。」
シャープな縁なし眼鏡の向こうに見える細い瞳。
髪は長く、腰まで届く。
また銃や剣などの武器の類は一切所持していない。
それが俺には、少しばかり不思議だった。
いや、もっといえば彼女が特務総監なんて地位になっている事こそ、俺にとっては摩訶不思議な事この上ないのだが。
ベアトリスは俺に視線を向けると―――――悲しい事に―――――――冷淡な声で言った。
「ええ、久し振りねレナード。」
淡々とした挨拶。
昔を覚えている俺からしたら、少し寂しい。
「それで、陛下から正式に任命される前に、此処に寄れって姉上に言われたんだけど………間違いないか?」
「ええ、間違いないわよレナード。
先ずはこれを………。」
一枚の書類を渡される。
そこには、任命式典での注意事項などが記されていた。
また、細かい作法などについても。
「皇帝陛下は、ご多忙であらせられる。
くれぐれも粗相をしでかして、陛下に余計なお時間をとらせないことね。
貴方の死刑執行所にサインする時間すら、陛下は惜しいのだから。」
「おいおい。流石にそんな無礼はしないって。」
「何時だったか皇帝陛下の写真に落書きしたのは、貴方だったと思うのだけれど。
もしかして私の気のせいなのかしら?」
「いや、それは子供の時の事だし。」
「子供とはいえ許されない事もある。
貴方の仕出かした事はその典型。」
「はいはい、分かってますよファランクス公爵閣下。」
「それは皮肉?
レナード・エニアグラム公爵子息。」
「いや、尊敬の意を表しただけだよ。
ベアトリスにはナイトメアでの模擬戦で一度も勝ったことないしな。
………ところで、どうしてラウンズ止めたんだ?
ベアトリスの実力で引退も何もないだろうに。」
そうなのだ。
この女性、ベアトリス・ファランクスは元ナイトオブラウンズ、ナイトオブツー。
つまり帝国最強の騎士における第二席に座る女性だったのだ。
それが何でだかラウンズの地位を返上し、今では特務総監として書類とにらめっこしてる。
「それを……貴方に話す必要性があって?」
「いや、ない。
だけど教えて欲しい。」
真剣にベアトリスの目を見る。
「そう。だけど今は教える気はない。
もし教える時が来たならば、話すわ。」
「そっか。」
少し残念だけど仕方ない。
それに信じて待つのも大事な事だと思う。
「最後に渡すものがあるわ、レナード。」
「なんだ?」
ベアトリスが何かを取り出す。
それは服だった。
白を基調とした騎士服。
帝国において十二人しか着用の許されないラウンズ専用のもの。
「任命式にはこれを着ていきなさい。
それともう一つ。」
今度は自身の机から大きな布のような物を取り出す。
マントだ。
白とは対照的な黒を基調としたもの。
「私のお古よ。大事に使いなさい"ナイトオブツー"。」
そこに、どのような感情が込められていたのか、俺は知らない。
ただ最後の一言は、どこかさっきまでと違うような気がした。
だからこそ、尊敬する騎士の後釜に選ばれた事を誇り、
「イエス、マイ・ロード!」
コーネリア殿下へ向けたのと同じ。
最大級の敬意を込めそう言った。
SIDE:Interlude
神聖ブリタニア帝国皇宮、ペンドラゴン宮殿。
天を衝くような本宮の周辺には、近代的な高層建築と、ブリタニア特有の貴族文化を融合させた建物が数多く並ぶ。
その宮殿の偉大さ、複雑さ、巨大さは、各植民地におかれた総督府の比ではない。
内部も凄まじい。
そこいらの平民ならば、見ただけで気絶してしまうほど装飾華美な宮廷内。
飾られている皿一つでも、平民なら一年は暮らせる額になるだろう。
そこは正にブリタニアの、否、世界の中心といって過言ではなかった。
そして宮殿の更に中心。
玉座には、この世界の誰よりも権力を持つ男が、この国の皇帝が、威風堂々と座っていた。
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。
帝国、いや世界で最低限の学力のある者ならば、この男の名を知らぬ者は恐らくはいるまい。
権力争いで腐敗しきった帝国を建て直し、世界の三分の一を支配する大帝国にまで成長させた英雄皇帝。
いや皇帝だけじゃない。
宮殿内にはブリタニアにおける数多くの重鎮達が揃っている。
第一皇子オデゥッセウス、
帝国宰相シュナイゼル、
第一皇女ギネヴィア、
早々たる面々だ。
その者達が全員、これより来る一人の男を待ちわびている。
やがて、宮殿内に一人の男が歩いてきた。
ラウンズ専用の騎士服、そして夜よりも暗い漆黒のマント。
ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムの弟、レナード・エニアグラム。
それが男の名である。
普段の飄々とした雰囲気は完全になりを潜め、正に貴公子然とした態度で、王の下に進んでいく。
そして皇帝の前に立つと、恭しく跪き、頭を垂れる。
皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが作法に則り声をかけた。
「レナード・エニアグラム。汝、ここに騎士の制約を立て、我がブリタニアの騎士として戦うことを願うか。」
「イエス、ユア・マジェスティ。」
レナードは、頭を下げたまま静かに言葉を返した。
「汝、我欲を捨て、この皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの正義のため、剣となり盾となることを望むか。」
「イエス、ユア・マジェスティ。」
レナードは答え、腰に差していた儀礼用の剣を抜き、皇帝に差し出す。
皇帝はそれを受け取り、レナードの肩を剣の平で軽く打った。
「よかろう。汝を帝国最強の十二騎士、ナイトオブラウンズへの加入を認める。」
厳かでありながら、豪快なる宣誓と共に剣が返される。
レナードはそれを受け取り、再び腰に収めた。
皇帝の手の動きに従い、背後を振り返る。
瞬間、一斉に拍手の音が鳴り響く。
皇族から大貴族まで、全ての人間が拍手をする。
その中には見知った顔もあれば、見知らぬ顔もあった。
(そうか、俺はラウンズになったのか……)
実感が唐突に襲ってくる。
しかし、だからといって恐縮したりはしない。
あくまでも静かに、現実を受け止め、理解した。
皇暦2017年2月17日。
レナード・エニアグラムは、新たなるラウンズ、ナイトオブツーに任命された。
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