―――若い女は美しい。しかし、老いた女はもっと美しい。
未だにこの言葉の意味がよく分からない。
年をとっても美しい女性はいると思う。
人生経験を積んだ事で女性としての魅力が上がる者もいるだろう。
しかし、やはり若い時の美しさに及ばないはずだ、と思うが、それは俺自身の人生経験が乏しいからそう思うのかもしれない。
願わくば、長生きしたいものだ。
心の底から、そう願う。
『我が名は――――――――ゼロ。』
その男が表舞台に姿を現したのは、エリア11。
つまりは旧日本だった。
『クロヴィスを殺したのは―――――――この私だ!』
ゼロは高らかに宣言する。
その男ではない。
真犯人は己である、と。
『公表するぞ、オレンジを。』
通称オレンジ事件。
少々まぬけなネーミングだが、それも仕方ない。
結局この時、軍の指揮をしていたジェレミア卿は、オレンジ疑惑によりその名声は地に落ちる。
『私達を全力で見逃せ!――――そっちの男もだ!』
そしてジェレミア卿は終わった。
彼はゼロの命じるままに"全力"でゼロと、クロヴィス殿下殺害の容疑者である枢木スザクを見逃した。
有り得ない。
俺の思った事はそれだった。
ジェレミア卿は確かに、少しアホな部分もある。
熱血過ぎる所もある。
だが、これだけは言える。
断じて、テロリストに弱みを握られ、ましてや保身の為に皇族殺しを見逃す男ではない、と。
しかし世間というのは、そう見てはくれない。
映像を見る限りジェレミア卿がゼロに何らかの弱み『オレンジ』を握られているのは明らかだし、何よりも皇族殺しの犯罪者をみすみす取り逃がしたのも事実なのだ。
SIDE:書記長
「書記長、幸い相手は戦車部隊だけです。
これならば我が軍のバミデスでどうにか………。」
副官の言葉に頷いてやる。
まことに悔しいことだが、我が軍のバミデスは従来の戦車を圧倒する火力を有しているが、所詮ナイトメアもどきであり、ブリタニア軍が採用しているKMFには到底及ばないのが実情だ。
しかし副官の言った通り、今回は相手にもKMFがいない。
これなら、今日は勝利の美酒が飲めそうだ。
しかし絶望とは、希望の後にやってくると知ったのは、数秒後の事だった。
「書記長!敵KMF2!これは………グロースターです!」
「グロースターだと!?」
グロースターという機体名を聞いて、一瞬嫌な名前を思い出す。
確かその機体は『ブリタニアの魔女』コーネリアの親衛隊が使うと聞いた事がある。
しかし馬鹿な。
コーネリアが来たなど………。
「書記長!我が軍のバミデスが次々と破壊されていきます!
どうか指示を!このままでは我が軍がッ!」
「ええぃ、落ち着かんか!」
部下を叱咤するが、俺の方がよっぽど落ち着いていなかった。
ここは我が国でも現在最高の軍事力のある場所。
そこがやられれば、確実に我が国はブリタニアの植民地に仲間入りするだろう。
なんとかして、次の打開策を考えなくては……。
そうだ。
一旦退く、というのはどうだ。
幸い我が宮殿の周りには大量の罠もある。
三日くらい持ち堪えれば、各地からの援軍も来る筈だ。
そう思い、全軍に指示を与えようとして、
「書記長!後方の宮殿が落とされました!」
「なにぃぃ!」
「映像出ます!」
ディスプレイに映し出された機体、それもまたグロースターであった。
しかし汎用機とは形状が違う。
頭部の両側に巨大な角が生えてたあれは………まさか、
「コーネリアが……直々に出てきたのか………それも、我が城をああも容易く………」
戦意が自分の体から抜け落ちてくるのを感じる。
余りにも綺麗に負けると悔しさを通り越して清清しくなると聞いた事があるが、これもそういう事なのかもしれない。
だが俺は指揮官だ!
この国の国家元首だ!
なんとしても、此処を突破しなければ………。
俺を失えば、この国は完全に瓦解する。
それだけは防がなければならない。
―――――その時だ。俺の微かな希望を切り取るべき最後の死神が笑ったのは。
「た、大変です!
バミデスが………我が軍のバミデスが次々と破壊されて………」
「なんだと!」
思わず指揮官席から身を乗り出す。
そこで見たのは信じがたい光景であった。
バミデスのブリッジを的確に敵の弾丸が襲う。
パイロットがいなければ機体は動かない。
バミデスもその例に漏れずブリッジ、即ち今俺がいる場所をやられたら一溜まりもないのだ。
「何が起きてる…………。」
「映像、来ます!
………………………!
しょ、書記長……。」
「今度は、どうした?」
「ラウンズです。
あの黒くて赤い機体……間違いありません。
ナイトオブツーが……ブリタニアの魔人ですッ!」
「ふ、ふざけるなっ!
この国には魔女と魔人が来ているとでもいうのかっ!」
それが俺の最後の言葉となった。
覚えているのは、このブリッジへと迫る巨大な、弾丸の光景だけだった。
SIDE:レナード
「敵KMFもどき、全機沈黙を確認しました。」
『よくやったレナード。
これでエリア18の成立か。』
今俺の視界の奥――――といってもグロースターに映し出された映像だが――――では、最後のバミデスが崩れ爆発する光景があった。
この国の象徴であり国家元首であった書記長を討った今、もはや此処にブリタニアに対抗できるような人材はいない。
『姫様。次の作戦地ですが。』
『すまんな。愚弟の後始末に付き合わせる。』
『いえ、我等姫様のおられる場所が、国でございますれば。』
『エリア11は一筋縄ではいかんぞ。』
『承知しております。
それに今回は、帝国最強たるラウンズもおります。』
悪戯っぽくダールトン将軍が言う。
勿論、ここでいるラウンズとは俺の事だ。
「からかわないで下さい、将軍。」
『からかってなどいない。
俺の耳にも、お前の活躍は耳に届いているぞ。
ロシア戦線でも中々の活躍だったそうじゃないか。』
「恐縮です、将軍。」
『ふん、しかし皇帝陛下が私だけじゃなく、ラウンズの投入を決めたのだ。
陛下は余程エリア11の早期の平定を求めておられる。』
そうなのだ。
あれはロシア戦線から帰って直ぐの事だった。
「ナイトオブツー、レナード・エニアグラム、唯今ロシアより帰還しました。」
「ご苦労。活躍は聞いているぞ、レナード。」
陛下は俺の事をレナードと呼ぶ。
たぶん、姉との区別の為だろう。
実際、姉上は"エニアグラム"と呼ばれるし。
「早速だが、我が騎士レナードよ。
次なる任務を与える。」
「!」
表情には出さぬよう驚く。
というか怒る。
こちらとて、ロシアでは輸送機が墜落したせいで、サバイバル生活が長かったんだぞ!
白熊と戦ったり、寒い中過ごしたり……グロースターに暖房がついてなかったら絶対に死んでた!
折角、本国に戻って温かい部屋でTVでも見ながらご馳走を食べるという夢の計画が。
ストライキでも起こそうかな…。
でも起こしたら起こしたらで「弱者に用はない」とか言って切り捨てられそうだし。
悲しい事に、反逆する度胸なんてない俺は、静かに心の中で愚痴るしか方法がなかった。
「陛下。して任務とは?」
「お前は現在中東にいるコーネリアと合流し、エリア11へと向かえ。
指揮権も一時コーネリアに預けよう。
お主はコーネリアの親衛隊に配属となる前は、エリア11にいたであろう。
それ故の抜擢だ。」
まあ、確かにラウンズでエリア11へ行った事のあるのは俺だけだな。
尤も俺が知らないだけで、行ったことだけはある人はいるかもしれないが。
そして…………今に至るのだ。
G1に帰還し、少し寛いだ所で俺はコーネリア殿下に言う。
「ところで殿下。
一つ頼みがあるのですが。」
少し怪訝な顔をされる。
帰還して早々に頼みごとをされては仕方ないかもしれないが、
「なんだ。
言ってみろ。」
「はっ。エリア11代理執政官ジェレミア・ゴットバルトの調査なのですが、この私に一任しては貰えないでしょうか?」
「…………理由を聞こうか。」
殿下の表情が厳しいものになった。
やっぱり、こういう事に関しては滅法厳しい人だ。
「実はジェレミア・ゴットバルト代理執政官なのですが、私がエリア11で任に着いていた時の元上官なのです。」
「それで、その時の縁で見逃す、というのか?」
「いえ違います。
私からはジェレミア卿が、あのような行動をするとは、どうも思えないのです。
ジェレミア卿は良くも悪くも一本気な性格でしたから……。
なので、彼の調査は私に。
私情は決して交えぬと誓います。」
「お前がそこまで言うならば、いいだろう。
しかし、もし調書に不備があったならば、分かっておるな?」
「勿論です。」
俺もジェレミア卿を信じたいが………もし、本当にゼロを含めたテロリストとの癒着があるならば見過ごせない。
オレンジ疑惑は兎も角として、クロヴィス殿下殺害の容疑者であるゼロを取り逃がしたのは事実なのだし。
そういえば、枢木スザクだったっけな。
ゼロが救出したという、容疑者だった人物は。
しかも、ゼロに助け出された後、自らの意志で出頭してきたという報告もある。
もしかしたら、ゼロに言い含められて"スパイ"として出頭したのかもしれない。
それにゼロの仮面の下やジェレミア卿豹変の理由も知っているかも……。
ジェレミア卿だけじゃなく、その枢木スザクにも事情を聞いたほうがよさそうだな。
「ああ、そうだ。レナード。
私からも、お前に一つ頼みがあった。」
「なんでしょう、殿下。」
「ユフィがエリア11副総督となる事は聞いているな。」
「はい。」
「ユフィは本国から直接エリア11へ行くため、私より先に到着する事になる。
出来る事なら私も同じタイミングで到着したい所なのだが、私はまだ少し、このエリア18でやる事が残っている。
だからお前は、直ぐに此処を発ちエリア11へ向かって欲しい。」
「イエス、ユア・ハイネス!」
そういえば、ユフィとは全然会ってなかったな。
最後に会ってから随分たつが、大きくなっているだろうか。
そして遂に物語の幕が開く。
――――――嘘と裏切りに満ちた、世界の幕が。
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