―――目には目を、歯には歯を。
誰もが一度はこの言葉を聞いた事があるのではないだろうか。
俺がこの言葉を知ったのは五歳の頃だ。
いやもっと前に聞いた事があるのかもしれないが、記憶にあるのは五歳だ。
俺は個人的に戦争で仲間が殺されたとしても、出来る限り敵を憎悪しないよう心掛けている。
自分も正義の名の下に相手を殺しているし、相手も正義の名の下に俺達を殺そうとする。
単純な理屈だ。
だが俺も人の子、人の感情というのは理屈通りには動かない。
なら今は、戦いに感情を乗せよう。憤怒という名の激情を。
ジェレミアの必死な行動により九死に一生を得たレナードは、静かに黙り込んでいた。
「くっ……いや今は後悔などしている場合じゃないっ!
状況を報告しろ!
ジェレミア卿は、アレックス将軍は。」
半ば願うようにして言う。
それは近くにいたヴィレッタのサザーランドに向けられた言葉であった。
『ジェレミア卿、アレックス将軍を始めとして、第二師団の殆どは土石流に飲み込まれました。
生存は………絶望的です。
現在動けるのは、私とキューエル卿だけです。』
「まさか、全滅だとでもいうのかっ!
第二師団がッ!」
『……………はい。』
「くそっ!」
怒りに任せてコックピットの壁を殴るが、無論そんな事では事態は解決しない。
ただ彼の精神を冷静にさせる効果はあったようだ。
しかしそれも次に入った通信で吹き飛ぶ。
『カリウス隊より緊急入電!
敵は日本解放戦線ではありません。
黒の騎士団と思われます!』
「黒の騎士団だとっ!?
まさかこの土石流を読んでいた?
いや、人為的に引き起こしたとでもいうのか!
そんな馬鹿な!」
人為的に地震を引き起こし土石流を発生させる。
そんな兵器はブリタニア軍も開発していない。
ましてや、それをたかだが植民地エリアのレジスタンスが持つなどと……。
だがレナードは直ぐに、その考えを思考の外に追いやった。
事実として黒の騎士団は奇襲を掛けてきた。
(ゼロは頭が良い。
勝算のない戦をする男じゃないとすると、やはり勝機があるからこそ来た。
ではその勝算とはなんだ。
黒の騎士団は知名度こそあれ新興勢力。
大した兵力がある筈もない。
となれば、少ない兵力で大軍から勝利をもぎ取る方法といえば……)
脳裏に恐ろしい答えが浮かぶ。
否定したい衝動にかられるが、恐らく間違いない筈だ。
予想が確かならゼロの目的は、この戦いの指揮をとっているコーネリア。
彼女を討たれたら、ブリタニア軍の敗北は確定する。
「ギルフォード卿か総督に連絡をとれ!」
『それが、戦闘の影響からか通信が………』
「なんだとっ!」
戦闘の影響でという事は、コーネリアやギルフォードは既に敵と交戦しているという事になる。
もはや一刻の猶予もない可能性があると考えた。
「キューエル、ヴィレッタ!
殿下の現在地は分かるな!?」
『はっ。ですが解放戦線の生き残り部隊がいて………。』
「そんな事はどうでもいい。
血路を開いて突破する!
このような危機であるからこそ、皇族を守護せずしてなんの純血派かッ!」
『!』
そうだ、ジェレミア卿に頼まれた。
純血派と殿下のことを。
失った命を無駄にしない為にも、
最後にジェレミア卿を始めとするブリタニア軍人達の埋まった土石流を見る。
そして静かに敬礼する。
そう、俺達に長ったらしい言葉は要らない。
同じ軍人ならば、別れの挨拶はこれで十分だ。
「そうだろう、ジェレミア卿。」
(そして、ありがとう。
俺を朋友と呼んでくれて。)
レナードの目が細くなっていく。
そうこれは一つの儀式。
レナード・エニアグラムとしての人格を封殺し、完全なる殺戮兵器へと変わる為のプロセス。
思考が段々とクリアになっていく。
いや思考だけじゃない。
全身がただ任務を忠実に実行するだけの機械となっていく。
しかしそれでも、今日に限っては少々違っていた。
普段は何も映さない筈の瞳には紛れもない憤怒、そして微かな雫が浮かんでいた。
「コーネリア殿下と合流する!
全力で殿下と合流するんだ!全力で!!」
『イエス、マイ・ロード!!』
どうか無事であって欲しい。
コーネリアの面影が一瞬だけ浮かんでは、それを振り払うようにグロースターを進めた。
しかし残念ながらレナードの予測は的中していた。
ゼロ=ルルーシュの狙いは最初からコーネリア唯一人。
これには戦略的な理由もあるが、彼自身の目的の為というのもある。
クロヴィスより得た情報によると"母"の真相を知る者の一人が、コーネリア。
だからこそ彼には何としてもコーネリアを生きたまま捕らえる必要があった。
死人にくちなしとは言ったもので、コーネリアが死んでしまっては情報を吐き出させる事は出来ない。
その為の下準備として、手始めにコーネリアのいる親衛隊に攻撃を仕掛けた。
ここで予想外だったのは、日本解放戦線の来訪だろう。
無頼改に騎乗する藤堂と四聖剣はコーネリアの親衛隊に攻撃を仕掛けた。
そのお陰で予定よりも早くコーネリアを、ある場所に誘き寄せる事が可能となった。
そして今、
『お久し振りですね、コーネリア総督。
再会の挨拶といきたいところですが、今日は大人しく捕まって貰いましょうか。
君には聞きたい事もあるしな。』
「ちっ…。」
通信より聞こえるゼロの声。
本来ならこの渓谷に自身を囮にして包囲網をしく筈だった。
それが藤堂率いる無頼改の参戦により、ギルフォード達親衛隊は足止めされてしまい、逆にゼロ率いる黒の騎士団に囲まれる形となってしまう。
しかも正面には只ならぬ気配を発している赤いKMF。
「だが、」
先ずは目の前の赤いKMFを倒す。
位置から推測するに、最も強いのはこれだろう。
ならばこれを倒せば…。
『コーネリアァ!』
「下種の分際でっ!」
ただ、その赤いKMFはコーネリアの予想を大きく超えていた。
今までの解放戦線や黒の騎士団のKMFは、グラスゴーを改造した無頼が主。
先の藤堂の乗っていた無頼改にしても、精々がグロースターと同程度の能力。
ならばこの赤いKMFも無頼のカスタム機だろうと高を括っていたのだ。
しかし違う。
この機動力、俊敏性。
「なんだ、唯のカスタム機じゃなさそうだが。」
赤いKMF――――紅蓮弐式を凝視するコーネリア。
ただ彼女の敵は正面の紅蓮だけじゃなかった。
崖に立つコーネリアを襲う無数の銃弾。
渓谷の上に陣取ったゼロを始めとする無頼の攻撃だ。
そして、それを見たゼロの忌々しい声が届いた。
『聞こえているか、コーネリアよ。』
「ゼロかっ!」
『ああ。
ところで、我々に投降して頂きたい。
貴女には聞きたい事もあるしな。
ちなみに援軍は間に合わ――――――いや、一人だけいたか。
んっ、違うな。三人か。』
「なに!?」
『流石はナイトオブラウンズというべきかな。
あの土石流を生き延びるとは、見事なものだ。
さて、生き残ったラウンズが第一と考えるのは何かな、コーネリア。』
「……………」
『ふふふ。察しはつくだろう。
そう、お前の救援だよ。
だがナイトオブツーは卓越した狙撃手。
ならば真っ正直に救援に来るよりも、』
「貴様、まさかッ!」
『その通り。
此処を狙う為の絶好な狙撃位置には、流体サクラダイトによる爆弾を設置させて貰った。
運良く生き延びたとしても、もはや此処に到達する事は不可能だ。』
ゼロ=ルルーシュにとって最も懸念すべき存在。
それは自分という存在を殺される事だ。
別に黒の騎士団が壊滅しようが、極端な話、自分さえ生き延びれば幾らでも再起は図れる。
だが逆に自分が殺されては、例え日本が解放されようが関係ない。
彼の目的は別に日本解放じゃないのだから。
だからこそ、自分という存在を的確に狙ってくる"狙撃手"に対する警戒は怠らない。
この場所にコーネリアを誘き寄せると決めた時から、狙撃に適したポイントには爆弾を仕掛けていた。
ただ、それでもナイトメアを完全に破壊出来るような威力ではなく、精々が大破に追い込みパイロットを脱出させる為のものである事が、ルルーシュの甘さを物語っているともいえるが、それは関係ない。
今この瞬間において、ナイトオブツーが救援に来るという可能性は文字通り"ゼロ"となったのだから。
「愚かなり、ゼロ!
こいつさえ、こいつさえ倒せば活路は開くッ!」
ライフルを発射する。
だがそれ等の全ては紅蓮の異常な程の機動力の前に、成す術もなく空をきる。
細かな跳躍を繰り返し、迫る紅蓮。
しかしその細かな跳躍によって生まれた、僅かな隙をコーネリアは見逃さない。
着地の瞬間を見計らいハーケンを発射。ナイフで受け止められる。
「器用な奴だな!」
だが、これで間合いは詰まった。
もとよりグロースターの一番の武器はライフルでもハーケンでもない。
手に持った、相当の破壊力を持つランスで突く。
しかしそれを受け止める紅蓮。
ならば次の攻撃を、と考えたところでそれは起きた。
ランスが内部から沸騰するように膨らみ爆発した。
余りの事態に驚くコーネリアだが動きを止める事はしない。
咄嗟に右腕をパージする。
懸命な判断だと言えよう。
何故ならそのパージした右腕は次の瞬間には爆発していたのだから。
もしあのままだったら、機体まで同じ運命を辿っていたというのは想像に難しくない。
更に追い討ちを掛けるように、渓谷の上より発射される弾丸。
それは残った左腕とライフルをも失わせる結果となった。
「卑怯者!後ろから撃つとは!」
意味のないと分かっていても言わずにはいられなかった。
それだけ追い詰められているという証拠だろう。
『ほう。ではお前達の作戦は卑怯ではないと。
もうお前には私達と戦う力は残っていない。
援軍もない。完全なるチェックなんだ―――――――――』
『ゼロ、危ないッ!』
『!』
紅蓮からの通信を受けたルルーシュは、咄嗟に無頼を横に移動させる。
それは常に狙撃を警戒していたからこその行動だろう。
いや、彼自身が常に狙撃を含めた暗殺には敏感だったから、とれたとっもいえる。
ルルーシュの乗る無頼を貫く弾丸。
破損は中破。正確な射撃だ。
もしあのまま突っ立っていたらコックピットを貫かれて死んでいただろう。
いや、カレンがあと少しコンマ4秒でも反応が遅れていれば、その通りとなっていた。
カレンの反応力と紅蓮のファクトスフィアが優秀でなければ、今頃は。
『まさか、これは!』
ゼロがファクトスフィアの感度を最大にするが、当然グロースターの姿など何処にもない。
だからこそ確信する。
本来なら有り得ない筈の距離からの狙撃。
間違いない、これは!
『ジェレミア卿の仇、獲らせて貰うぞ、ゼロ!』
『逃れたのか、レナード!
仕掛けた爆弾からッ!』
ゼロにとってのイレギュラー。
それはレナードの勘だろう。
最初は予め罠の仕掛けられていた狙撃ポイントに陣取ろうとしたレナードだが、妙な悪寒を感じ調べてみたら………。
爆弾が仕掛けられているのを知り、敢えて余り狙撃には適していない場所へと向かった。
条件は悪くなったが、悪条件で実力を発揮してこそのプロフェッショナル。
見事にゼロの無頼に命中させたという訳だ。
『だが、まだコーネリアを討ち取れば!』
だが厄介な物と言うのは一度訪れると続けて起きるものだ。
突如として襲ってくるサザーランドが二機。
『純血派の汚名、ここで注がせてもらうぞ、ゼロ!』
『ジェレミア卿の仇だッ!』
それはレナードの命を受けてきた純血派の二機、キューエルとヴィレッタであった。
同時に間の障害を吹き飛ばし、やって来たのは、
『総督、ご無事ですか?
救援に参りました!』
『サザーランドだけではなく、白兜までッ!』
不味い。
唯でさえ狙撃手に狙われているというのに、白兜、それにサザーランドが二機。
紅蓮と白兜を互角と見積もってもこちらが不利過ぎる。
おまけにコーネリアのグロースターも、両腕を失ったとはいえ生きているのだ。
そうこうしている内にも、遠距離からの一方的な狙撃はこちらの被害を増やしていく。
おまけに二機のサザーランドとコーネリアのグロースターも被害に拍車を掛けている上に、紅蓮は白兜を相手するのが精一杯でこちらの援軍としては期待出来ない。
ゼロは感情に囚われ、冷静な判断を下せなくなる事の愚かさをよく知っていた。
だから苦虫を噛み殺したような顔をして、
『退くぞッ!これ以上、戦うのはリスクが高過ぎる!
全軍、脱出地点に移動させろッ!』
「退却していく………黒の騎士団が。」
ゼロ達が退却していく様は、遠く離れたレナードにも分かった。
だが、逃がしはしない。
またゼロは射程圏内にいる。
木々に隠れて走行しているが、僅かな情報を頼りに追い詰める。
焦らずじわじわと、そして視界の開けた場所にまで追い込む。
どこまでも冷静に。
一つの機械のように。
ひたすら追い詰めていく。
『させるかッ!』
「!」
さて次弾を、と思ったところに赤いKMF――――紅蓮が奇襲を仕掛けてきた。
敵のハーケンにより狙撃砲が破壊された。
レナードは舌打ちをする。
どうやら、ゼロを追い詰めるのに集中するあまり、他に対する警戒が疎かになっていたようだ。
同時に驚嘆する。
幾ら疎かになっていたとはいえ、数々のトラップを掻い潜り自分の下まで辿りつくとは、機体の能力を鑑みても相当の実力には違いない。
「だが、ここでこれを落とせば!」
まだ武装にはMVSもライフルもある。
勝機は十分だ。
あの……右腕。
先程得た情報によると、どういった理屈か触れた物を爆発させるらしい。
なら接近するのは愚の骨頂。
後方へと下がり、ライフルの雨を降らす。
決して間合いには入らぬように。
しかしそれを許してはくれないのが、紅蓮の機動力。
下がろうとするカスタムグロースターを追い詰めるように、迫る。
「なら、目を晦ましてやる!」
ミサイルポットからミサイルを発射。
地面に撃ち込んで目を封じた。
アサルトライフルやハーケンを使うという手も在るが、より完全な成果を得るならば。
収納していたケイオス爆雷を投げる。
これならば或いはと思ったが、どうやら敵のナイトメアの性能は思ったよりも高かったらしい。
右腕の妙な兵器でケイオス爆雷を止めると、逆にこちらに攻撃を仕掛けてきた。
「ちぃ!なんて度胸と性能だ!
このナイトメアのパイロットには鋼鉄の金玉でも付いてるのか!?」
もし紅蓮のパイロットである、紅月カレンが聞いたら間違いなく怒るだろうが、幸いにして通信回線は開いていない。
しかしこれ以上の戦いは不利だ。
残弾も少ないし、何より性能が違いすぎる。
「コーネリア殿下の守護という目的も果たした!
なら、ここは……」
命を賭ける場所じゃない。
最後の一つのケイオス爆雷で足止めをしている間に退く。
見事な引き際であった。
紅蓮は追おうかと考えてみたが、ゼロからの指示は退却する障害であるナイトオブツーの狙撃の妨害。
その目的は狙撃砲を破壊する事で果たしているし、こちらもエナジーが心ともない。
退くしかなさそうだ。
「この借りは何時か必ず!」
最後にそれだけ言うと、他の皆と合流するべく退却した。
結局、この戦いはゼロの、黒の騎士団の実力を世間に知らしめる事となった。
同時にただのテロリストレベルでしかなかった、新入りの団員を一個の戦士とする事も出来た。
一番の目的であるコーネリアを捕縛出来なかったのは痛いが、それでも傍から見たら勝利と考えても可笑しくないだろう。
コーネリア率いるブリタニア軍に一方的な痛手を与え、被害は最小限にする事に成功したのだから。
だがこの戦いが、
ゼロ=ルルーシュにとって、日常の象徴である一人の女生徒を不幸に陥れる事になろうとは、この時は誰も知らなかった。
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