―――多くの戦いは、自ら「敗れたり!」と過早に信ずる者の敗北となっている。
今回の戦いはその甘さが、ブリタニアの敗因の一つだったのかもしれない。
もし、最後の最後までイレギュラーを警戒していなかったなら、あの事態は防げたのではないか。
もし、後少し慎重に調査を行っていたら。
だが過ぎた歴史にIFはない。
幾らIFを語ったところで実際に起きてしまった結末は変えようがないのだ。
ただ一つ分かるのは、戦いは勝ったとしても負けたとしても、それで終わるものではないという事だ。
久し振りにレナードは書類仕事に追われていた。
理由は当然ながら先日のナリタ連山包囲戦のことである。
客将という立場の彼ではあるが、第二師団の指揮をとった者としてやらなければならない事は山ほどある。
例えば戦死した遺族への手当て。
これが以外に多いのだから困る。
特に騎士公などならいいが、戦死した者の中にはジェレミア卿を始めとした、爵位を持つ本物の貴族籍を持つものだっているのだ。
そういう者に対しては、特に大変だ。
なにせ必要な書類の量が段違い。
他に手間取ったのは、キューエルとヴィレッタの兼だ。
あの戦いの後、二人は正式にレナードの直属となった。
なにせジェレミアを始め純血派部隊は全て壊滅。
生き残りはレナード、キューエル、ヴィレッタだけ。
そんな理由もあって、役場のなくなった二人は直属の部下が開発チームの者達だけであるレナードの下に着く事になったのである。
それに対してキューエルは、ジェレミアのいない今、新生純血派を率いるのはレナードしか居ないと言って納得。
ヴィレッタとしても、ナイトオブラウンズであり公爵家の嫡子であるレナードの部下になるのは、出世の近道にもなるので納得した。
無論、それに必要な書類も山ほどあったが。
幸いだったのは、キューエルとヴィレッタが応援に来てくれたお陰で仕事が捗った事だが。
それ等の書類を何とか昨日中に終わらせて、漸く今日はゆっくりと目覚める事が出来た。
天気は、残念ながら快晴ではなく曇り空。
しかし最近は暑い日が続いていたので丁度良いかもしれない。
買っておいた冷凍のピザをチンする。
やはり冷凍食品は楽だ。
五分程でして取り出すと香ばしい匂いが鼻をつく。
気分を良くしながらコーヒーを入れ、一口。
「うん。やっぱ朝はコーヒーだ。」
続いてピザを食べる。
こちらも中々だ。
良質のチーズなのだろうか。
冷凍食品とは思えないほど美味しい。
朝食を食べ終わると、とある一室へと向う。
そこは自分の部屋でも特別な場所であった。
並べられていたのは、全て写真だった。
それも映っているのは唯の人間じゃない。
全てが軍人。
マッチョな男もいれば、髭がモジャもじゃしている男もいる。
イケメンもいれば不細工もいるし、中には美女と呼ばれる者もいた。
彼等は全てレナードの戦友であり"戦死"した者達である。
つい先日、此処にジェレミア卿が加わった。
「では、皆。行ってくる。」
出勤する前に、彼等に敬礼する。
それが彼の日課であった。
ラウンズ専用の騎士服の襟を正して、
「よし。」
頬を軽く一回叩くと、ドアを開けて外へ出た。
「両腕に搭載されたブレイズルミナスの防御力は、現在KMFに使われているどのような材質よりも硬く、抜群の防御を誇っており、実態弾ならほぼ完全に無力化可能です。」
「なるほどねえ。
流石は第七世代KMF。凄いもんだ。」
白い巨人をしげしげと観察しながら、レナードが言う。
ちなみに彼がいるのは、政庁でもましてや学校でもなかった。
―――――特別派遣嚮導技術部。通称は特派。
第二皇子にして帝国宰相シュナイゼルの直属機関であり、現存する唯一のKMFランスロットを開発した部署である。
その技術力は実際かなり優れており、他のラウンズ専用開発チームからも技術提供の声が上がるほど。
ちなみに"主任"もこの特派との技術提携を望んでおり、許可を求めてきた。
EUでの一件で工学畑の勉強もそれなりにしたので、簡単な整備くらいは出来るようにはなったが、当然ながら付け焼刃の知識では、本職に叶うはずもない。
素直に主任の提案を受け、この特派と技術提携を結んだというわけだ。
だが、その特派にあのスザクが所属しているというのは偶然だろうか。
それとも何かの運命だろうか。
「ランスロットの主兵装、ヴァリスだったか?
あれ、グロースターで使えるか?」
主任に尋ねる。
「不可能でしょう。
搭載したとしても、グロースターのパワーではヴァリスを撃った時の反動が大き過ぎます。
規格も合いませんし。」
「そうか…」
残念だ。
あの大威力は、是非とも欲しかったのだが。
ライフルだと厚い装甲だと貫けない事もあるし。
「ならブレイズルミナスは?」
「それも不可能です。
そもそもカスタムグロースターはあくまでも汎用機を改良した機体。
ブレイズルミナスを搭載するとなると一から作り直す必要があります。」
「あいたた、そりゃ無理だ。」
ナイトメアあってのラウンズである。
その天下御免のラウンズに肝心のナイトメアがありませんじゃ話にならない。
特に最近は黒の騎士団の活動が活発になってきていることだし。
「ん、そういえば枢木准尉は?」
「スザク君ならいないよ〜。」
奥からひょろひょろとした眼鏡をかけた男が現れた。
前に見たことがある。
確か特派の主任のロイド伯爵だ。
「居ない、何故です?」
「うん。たぶん今頃ナリタで死体発掘してる頃だと思うよ〜。
彼、ああいうの熱心だしね〜。」
「ロイドさん!
そういう言い方は不謹慎です。」
「え、どうして?」
「教えて差し上げましょうか。」
「いえ、遠慮します。」
「……………」
どうやら、この部署で一番強いのは主任のロイド伯爵じゃなくて、クルーミー中尉らしい。
ちなみにこのクルーミー中尉。
中々の美人だ。
こちらの主任もそうだが、彼女が有能な秘書というイメージなのに対して、クルーミー中尉は少しお茶目な秘書というところか。
もし機会があったら口説きたい、そう思わせる魅力がある。
(いやそんな事より………。)
再びランスロットを見上げる。
ブリタニアの最新技術が惜しげもなく使われたこの機体の性能は、先程のデータでも理解できた。
しかし、レナードは研究者ではなくパイロット。
より性能を知りたいのならば、
「ところで、レナード君。
きみ、ランスロットに乗ってみるつもりはない〜。
演習場の予約はとってなかったからシュミレーションでだけど。」
「ええ、勿論。」
どうでもいいが、特派の主任であるロイド伯爵。
随分と可笑しな人だ。
貴族の人間は今までに幾らでも見てきたが、彼のような人にはお目にかかった事はない。
ロイド伯爵に促されるままシミュレーターに騎乗する。
先日ユーフェミアがこの特派を訪問してシミュレーターに騎乗した際には、刺激が強すぎるため設定が易しくなっていたが、今回は全てスザクと同様。
つまり全身に掛かるGなどを除けば、完全なランスロットという訳だ。
『レナード卿、聞こえますか。』
特派のメインオペレーターであるセシルの声が響く。
レナード専用開発チーム"カムラン"ではオペレーターは主任が兼務しているが、どうやら特派は違うらしい。
「ああ、聞こえる。」
『ではミッションを説明します。
これより出現する無頼十機を撃破し目標ポイントに向って下さい。
制限時間は三分です。』
「三分か………クルーミー中尉、カップラーメンの準備をしておいてくれ。」
『はっ?』
「合わせろよ。」
『は、はい。ですがレナード卿。
カップラーメンは健康に悪いですよ。
レナード卿はまだ育ち盛りなのですし。』
「うん?
そういえば、俺はまだ十七歳だった……。」
『はい。なのでカップラーメンよりもオスシのほうがいいですよ。』
「オスシ?」
『エリア11に伝わる料理だそうです。作り方は――――――――』
『セシルくん〜。』
通信に男の声が割り込んできた。
この飄々とした声はロイドのものだ。
『す、すみません!
ではレナード卿。
気を取り直して、シミュレーター開始します。』
「了解。
ランスロット、出撃する。」
シミュレーターが開始される。
軽く操縦桿を捻り、足を止めた。
(これは………)
反応速度が尋常ではない。
軽く動かしただけなのに、他の機体では有り得ない程の機動力をみせる。
(なるほど、第七世代は伊達じゃないということか。)
一度だけ乗せてもらった姉のKMFよりも機動力は上だ。
暫く機体の調子を確かめるように動かしていると、敵の無頼が発砲してきた。
慌てずブレイズルミナスを展開。着弾。
ダメージは………ゼロ。
「ひゅ〜♪
この程度の実体弾じゃ完全にストップ出来るのか。」
ついつい口笛まで吹いてしまう。
正直、無頼などと比べるのすら馬鹿らしい性能だ。
恐らく、あのナリタにいた赤いナイトメアと同程度の能力だろう。
MVSを使い手早く六機を倒す。
呆気なさ過ぎる………。
うん、しっくりくる。
グロースターでは不可能だった柔軟な動き、そして有り余るパワーを使った三次元の動きが出来る。
「さて、と。
後の四機は後ろか。」
一番試してみたかった武装、ヴァリスを構える。
この程度の距離なら狙いを定める必要もない。
軽く四発発射、全て命中。
「完全に貫通か。
専用機を作るとしたら是非とも搭載したい武装だな。」
敵はもういない。
フルスロットルで目標ポイントに向かい、
『ランスロットの目標地点到達を確認。
シミュレーションを終了します。』
「で、どうでした?」
そうロイドに尋ねると、満面の笑みで、
「流石はラウンズだね〜。
適合率は90%だよ〜。」
「九十か。ちなみに枢木准尉は?」
「94%だよ〜。
あらら、負けちゃったねぇ〜」
「ロイド博士!」
セシルが注意する前に口に出したのは、主任だった。
確かに仮にもナイトオブツーである相手に対しては不敬な発言だろう。
「いい、主任。
俺が適合率で枢木准尉に負けてるのは事実だ。」
「しかしっ!」
「それに、戦場で勝敗を分けるのはランスロットの適合率じゃないよ。
そうだろう、ロイド伯爵。」
「まあそうだよね〜。
実際、射撃のデータなら反応速度も命中率も上だし。」
「コックピットにダイレクトに命中しています。
パイロットは確実に死亡でしょう。」
ロイドの言葉をセシルが補完する。
そこらへんは、息が合っていた。
「レナード准将、そろそろ。」
「うん、ああそうだったな。」
時計を見ると、もう直ぐ帰らなければいけない時間だ。
今日は予定が詰まっている。
こういう細かい事は忘れがちなので、このような気配りの出来る主任は、レナードにとっては貴重な人材であった。
「名残惜しいけど今日はここで帰らせてもらうよ。
これから政庁に戻り会議に出ないとならないから。」
今日はナリタの後だ。
会議は恐らく荒れるだろう。
憂鬱になるが、客将とはいえエリア11における重鎮の一人だという自覚はある。
出ない訳にもいかない。
溜息をつきながら、レナードは特派をあとにした。
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