―――葬式の壮麗さは、生きている人の虚栄のためで、死んだ人の名誉のためではない。
死者は何も答えてはくれない。
答えるのは生者のみである。
だからこそ、己の死した時の為に生者は『遺言』という形で答えを残す。
しかし遺言を書かずして逝く者には、その機会さえない。
「なに書いてるんだい?」
教室でレナードが、用紙に真剣に何かを書いているのを、見たスザクが訊ねた。
どうやら、話しかけられて漸くスザクのことを認識したらしく、レナードは驚くように口を空けると、直ぐに何時もの表情を取り戻し。
「ああ。これか。」
書いていた用紙をひらひらと振りながら、
「これは遺書だよ。」
「遺書!?」
さらりと、とんでもない事を言った。
大声をあげたスザクに、教室中の視線が集中するが、直ぐまた元のように其々の談笑に戻っていく。
「なんで、遺書なんて……」
「知らないのか?
EUとか中華連邦はどうだか知らないけど、ブリタニア軍では遺書の作成は義務付けられてるんだぞ。
軍人なんて何時死ぬか分からないからな。
それに、軍に所属する人間には俺のような貴族もいる。
頭首が後の事を何も残さず死んだら、それこそお家騒動が勃発するし。」
「そ、そうだったんですか?
だけど僕はそういうのは、何も聞かされなかったけど……。」
「あー、それはたぶん、あれだ。
特派に所属する前は普通の名誉ブリタニア人部隊にいたんだろ?
それで上層部が手を抜いたんじゃないか。」
基本的に名誉ブリタニア人部隊というのは、扱いが酷い。
なにせ総数の99%ほどが歩兵、という事実からも分かるように回される場所は、危険の多い最前線。
それこそシンジュク事変のような毒ガスが回収目標だったりするような。
といっても、新しく総督となったコーネリアなどは、そのような重大な作戦には名誉ブリタニア人部隊は使おうとしないので、最近は安全な仕事も多いのだが。
だから恐らく、思想教育やブリタニアへの忠誠心を刷り込む様なあれこれは兎も角として、遺書を書かせるなどという事は教えられなかったのかもしれない。
(クロヴィス殿下が総督の頃の上層部は賄賂やらコネでのし上がったのが異様に多いからな。
たっく、仮にも治安を維持する軍の教育を疎かにするなよ。)
「ま、いいや。
後でこの事はコーネリア総督に進言するとして……。
スザクも軍人なんだから、遺書の一つや二つくらい書いといたほうがいいぞ。
人間なんて脆いからな。
明日の朝には、テロリストの自爆テロに巻き込まれて死亡、なんて事だって有り得るんだし。」
笑いながら言うレナードだが、流石にスザクは苦笑いを返すのが精一杯だった。
「でも遺書なんて………僕には必要ないと思うよ。」
「なんでだ?」
やや訝しげにレナードが問う。
「僕には家族もいないし、遺書を残す相手も……。」
「おいおい、お前にはルルーシュやナナリー、それに生徒会の皆がいるじゃないか。」
「!」
目を見開くスザク。
まるで、初めてその事実に思い到ったように。
「これは士官学校の教官の受け売りなんだけど…。
遺書っていうのは、家族や仲間達と交わせる最後の会話だから大事にしろって。」
「最後の、会話…。」
「あの頃はよく分からなかったけどさ。
一緒に戦った戦友が死んで、ちょっとナーバスになったりするんだけど、その遺書に俺や他の奴等を気遣うような言葉が書かれてると嬉しいもんだよ。
ルルーシュの馬鹿なんて、お前が一人で勝手に逝ったら怒ると思うぞ。
捻くれたように見えて、意外に情が深いからな。あいつは。」
「それは言えてるね。
ルルーシュは嘘つきだから。」
「違う、違う。
それを言うなら天邪鬼だ。」
「ははっ、そうだね。
だけど、遺書を教室で書くのはどうかと思うよ。」
「そこは、あれだよ。
遺書なんて辛気臭いものを書くんだから、雰囲気だけは明るい教室で、と思って。」
しかし、和やかな会話はそう続かなかった。
昼休みの平和を咎めるかのように、生徒会メンバーの一人であるリヴァルが、血相をかえて飛び込んできた。
「スザク、レナード!」
「どうした、リヴァル。
そんなに慌てて…。」
荒い息を吐くリヴァル。
どうやら全速力で走ってきたらしい。
「そ、それが………シャーリーが……。」
「シャーリーがどうしたんだ、リヴァル!?」
只ならぬ様子に、スザクが険しい目となり言った。
空気を察してか、騒がしかった教室は冷たい静寂が支配している。
「リヴァル、話てくれ。」
――――シャーリーの父親が、あのナリタ連山での戦いで、黒の騎士団による土石流に巻き込まれ死亡したと聞かされたのは、それから間もなくであった。
「彼は敬謙なる神の信徒であり、我等の良き友人であり、また妻にとっては良き夫であり、また子にとっては良き父でありました。」
神父の祈りの言葉が朗々と、墓地に響き渡る。
誰も他の者は言葉を発さない。
別に人の死など珍しい事ではない。
特に参列者の中でも一際目立つ騎士服を纏った少年、レナードにとって死は常に隣り合わせ。
寧ろ生よりも身近なものだ。
しかし、それでも死者には、この世の摂理から開放された者にはどうか苦しまないで欲しい。
だからこそ、祈りはこう続く。
「それでは、彼の眠りの安らかならん事を。」
神父の祈りが終わると、周りの人たちがスコップを持つ。
そして土をシャーリーの父が眠る棺へとかけられていく。
その時だった。
シャーリーの横に居た母親が突然、飛び出した。
「いやっ、やめて!」
悲痛な叫び。
愛する者を失ったものにとって、理屈が正義など関係ない。
ただ純粋に、失った者の余りの大きさに悲鳴を上げる。
「もう埋めないであげて!
苦しかったはずなの!
痛かったはずなの!
だから、もう苦しませないであげて!
あなたっ、あなたぁ………!」
泣き崩れる母を、娘が抱いた。
「お母さん……」
レナード、いやこの場にいる誰もが、彼女達をそっと見守る事しか出来なかった。
葬儀が終わり、シャーリーの父がその躯を永久に土の中に身を任せた後、シャーリーは気丈に立って、この場に来た生徒会の皆に振り返った。
「その、ごめんなさい、シャーリー。」
先に声を発したのは、以外にもカレンだった。
いや、全ての真実を知る者、ルルーシュなら分かるだろう。
なにせ、あの土石流自体、命令したのはゼロだが実行したのは紛れもなくカレン・シュタットフェルトなのだ。
だが、そんな真実を一市民たる彼女がしる筈もない。
案の定、無理して笑いながら、
「やだな、何で謝るの。」
「えっ…」
言葉が出ない。
幾ら謝りたくても、彼女に真実を伝える訳にはいかないのだから。
しかし謝ったのはカレンだけじゃなかった。
生徒会でも一番お調子者のリヴァルが、沈痛な顔で、
「俺もごめん!
その、さ……俺もホテルジャックの時、TVとか見てて。
黒の騎士団ってちょっと格好いいかもって思って……。
ほらニュースでも扱い違ってたし…。
ナリタでも、なんかスゲーって掲示板に書き込みしたりして……。
だから、ごめん!」
「そんな事ないよ。
そんなの全然、関係ないって。
私だってナリタのことには――――――――」
「よしなって。」
痛々しい言葉を遮ったのはミレイだった。
彼女も普段の陽気さは消えうせ、変わりに責任感ある生徒会長としての顔となっている。
「それより私はあんたの方が気掛かり。
ちゃんと泣いた?
今変に耐えると、後でもっと辛くなるわよ。」
ミレイの言葉を聞き、レナードはEUでコーネリアに言われた事を思い出した。
――――泣ける時は、思いっきり泣かなければ後悔する。
その通りだ。
今この瞬間にこそ思いっきり泣かなければ、その痛みは後になってジワジワきいてくる。
「もう、いいの。もう十分……泣いたから。」
「卑怯だ!」
スザクが悔しそうな声色でそう言った。
「黒の騎士団は、ゼロのやり方は卑怯だ!
自分で仕掛けるのでもなく、ただ人の尻馬にのって事態を掻き回しては、審判者を気取って勝ち誇る。
あれじゃ何も変えられない。
間違ったやり方で得た結果に、意味なんてないのに……!」
「スザク、ここでは止めろ。」
「レナード………。」
確かに、このような場所で言うべきではなかった。
そう思ったスザクは口をつぐむ。
「じゃあ、私達はお暇しよう。
シャーリー、待ってるからね。
何時もの生徒会室で、だから。」
「……うん。」
まったく、こういう所は敵わない。
そうレナードは思う。
自分はわりと薄情な人間だから、そういう人を慰めたり元気付けるような言葉は、上手く言えない。
「ほーら、みんな行こう。」
ミレイの一言でルルーシュを除く全員が帰っていく。
そして、その帰り道。
「レナードは、どう思ってるんだい。
ゼロ……いや、黒の騎士団を。」
スザクが言った。
「どう、とは?」
「彼らのやり方だよ……。
黒の騎士団は、ゼロは力で何かを裁いて、力で何かを成している…。
そんな力で得た結果なんて、もっと大きな力に覆されるだけなのに。」
そう、ゼロによって流れたブリタニア人の血。
仮にゼロが武力によってブリタニアからの独立を成し遂げたとしても、更に大きな力。
ブリタニア本国からの再進攻により覆される。
スザクは暗にそう言っているのだろう。
「やり方、か。
だけど、ゼロのような卑怯な手段なんて、俺は幾らでも使ってるしなぁ。」
「えっ?」
「忘れたのか、スザク。
俺が何て呼ばれてるか。」
ナイトオブツー、レナード・エニアグラム。
彼には、結構な異名がある。
悪魔、帝国の尖兵、非情の人、冷酷な鬼、etc………。
その中でも最も有名なのが『狙撃手』そして『ブリタニアの魔人』
「狙撃手なんて人種はなぁ。
ずっと何メートルも離れたターゲットを観察し続けるんだ。
ターゲットが笑うところも、泣くところも、悲しむところも、友人と談笑するところも、妻や子と語らうところも。
そして、それを踏まえて脳天を吹っ飛ばすんだ。」
「…………………」
「ぶっちゃけ、正義とか悪だとか、正しいとか悪いとかはどうでもいいんだ。
与えられた命令を忠実に実行する、軍人の義務なんてそんなもんだ。
だから………。」
そこで間を空けて、ゆっくりと言う。
「だから、あんまり気に病むな。
責任感が強いのもいいけど、いちいち背負ってると潰れるぞ。」
「!」
そう、レナードは見抜いていたのだ。
スザクの中に無意識下で芽生えていた感情。
もし自分が、あそこでああしていれば。
そういうパイロットに成り立ての者がよく思う感情。
なまじKMFという力を得たばかりに、自分が誰よりも強くなったと過信する。
レナードにも、経験があった。
「まあ、あれだ!
今日は俺が驕るから好きなだけ食え!」
「はっ?」
「いいか、こういう嫌な事があった日は、食って騒いで飲んだ方がいいんだよ!」
そう言ってスザクを引っ張っていくレナード。
スザクは躊躇いながらも、強引に連れて行かれた。
――――余談だが、その日初めてスザクは、レナードの酒癖が悪い事を知った。
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