―――最も優しい友情と、最も強い憎しみとは、親しみの結果から生まれた
最も仲が良い親友だからこそ、それが壊れた時の憎悪はより深くなる。
最も憎悪する仇敵だからこそ、それが繋がった時の親しみはより深くなる。
ならば彼等は一体、どうなのだろうか。
「グロースターの調子は?」
「良好です。」
カムランのエリア11開発室でレナードと主任は、のんびりと話し合っていた。
いや、のんびりしているのはコーヒーを啜っているレナードだけであって、主任のほうは指をキーボードに走らせていたが。
「特派との技術提携により得られたデータを用い、全体的に1.2倍の機動力を得る事に成功しました。
また反応速度も20%増し、と予想されます。
言わばカスタムグロースターUといったところでしょうか。」
「上々だな。
しかし特派も凄いものだ。
ヴァリスに、フロートシステムの開発もしているんだろう。
シュナイゼル殿下の肝いりは伊達じゃないってところか。」
「………フロートシステムの開発には私も関わっています。
それにドルイドシステムを考案したのは私です。」
やや苛立ち気に主任が言う。
どうやら怒らせてしまったらしい。
無理はない。
彼女という研究者の前で別の研究者、ロイドを称賛するような事を言ったのだ。
例えるならデート中に他の女性の事を誉めるようなものだ。
――――ところで、ドルイドシステムとはなんだ?
「気を悪くしたらな、すまなかった。
別に深い意味はないんだ。
それにかれこれ、グロースターとは一年以上の付き合いだからな。
言ってしまえば大事な戦友と同じ。
こいつを任せられるのはお前以外にはいないよ、主任。」
「はっ、ありがとうございます。」
満更でもないようで、主任は柔らかく微笑みながら言った。
しかし、レナードにはもう少し気になることがある。
それはグロースターの横に並ぶサザーランド。
「なぁ、あの二機のサザーランドは何でグロースターと同じように、黒と赤でペイントされてるんだ?」
「ああ、それは――――――――」
「おおっ!我々の機体が出来上がったか!!」
主任が言い切る前に、開発室の自動ドアがぱっと開く。
熱血な声と共にキューエルとヴィレッタが入ってきた。
「我々の機体?
どういうことだ。」
「いえ、折角ナイトオブツー直属となったのだから、新しくペイントし直そうという要望があったので、准将と同じカラーにしました。
といっても、それだけで終わらせるのもなんなので、ついでにと多少出力も向上させておきましたが。」
「な、成る程…。」
黒と赤にペイントし直されたサザーランドは、なんとなく汎用機よりも力強く見えた。
しかし出力を向上といっても一朝一夕で出来るような作業ではないだろうに、簡単にやってのけてしまう主任は、実はとんでもなく優秀なのではないだろうか。
「これが私のサザーランド…………主任。
一度乗ってみても?」
「構わないわ。
パイロットの意見も聞きたいし、願ってもないことよ。」
「おおっ、ありがたい。
やはり機体というのは、自ら操縦してみないことには、分からない事もあるからな…。」
「主任、感謝します。
それで我等はどちらの方に乗れば?」
ヴィレッタが指差したのは、二つのシミュレーター。
これでは、どちらがどっちが分からない。
「ええ、ではキューエル卿は左、ヴィレッタ卿は右のシミュレーターに。」
「分かりました。」
やはり二人は手馴れたもので、素早くシミュレーターに乗り込むと直ぐに機体を立ち上げる。
「シミュレーター開始します。」
主任の合図でモニターに映った二機のサザーランドが動き出す。
やはり手が加えられているだけ合って、かなり良い動きだ。
「なんだかな……。」
「どうされました、准将?」
「いや、ちょっとな。」
目を細めモニターを見ながら、肩をすくめる。
「俺って考えるとまだ十七歳なんだよ。」
「はい、存じています。」
「それが帝国最強の騎士ナイトオブラウンズの一角、ナイトオブツー。
軍での階級は准将。
エリートコースを駆け上がってるのはいいんだけど、偉くなると一パイロットでいた頃がなつかしくて、ついな。」
別にラウンズになった事を後悔している訳じゃない。
ただ、ちょっとだけ生き急いでしまったかな、と思うのだ。
子供の頃は早く大人になりたいと思っていたけど、いざ大人の立場になってみると、今度は子供に戻りたいと思う。
わりと良くある傾向だ。
「その気持ち……私にも分かる気がします。」
「ん?」
「私も子供の頃から神童やら天才児と持て囃されて、私も両親や親類に誉められるのが嬉しくて、努力して………気付いたら、こうなってましたから。
お陰で友達も全然いません。
いるのは、言い寄ってくる馬鹿な男とロイド伯爵やクルーミー中尉のような科学者仲間だけです。」
「友達かぁ………そういや俺もアッシュフォードに通う前は、戦争と関係ない友達はユフィくらいしかいなかったからな。」
ルルーシュとナナリーはその時は死んだと思っていたし、他の者はルキアーノを始めとして戦場の友ばかり。
しかもユーフェミアも今では副総督。
この前のナリタでも名目上は副指令という立場で参加していたし、戦争と無関係ではない。
結局のところ、戦争と無関係の"日常"の友人は学園くらいにしか居ない。
いや、それはいいのだ。
日常の友人こそ少ないが、同じように戦場を駆け抜けてきた信頼できる戦友はそれなりに居る。
先日戦死したジェレミア卿を初めとして、今でこそ部下となっているが、現在シミュレーションをしているキューエルとヴィレッタもそうだ。
しかし、前から"普通"の生活に対する憧れみたいのはあった。
もしかしたら、学校というのは勉強だけじゃなくて"友達"を作るための場所なのかもしれない。
これは学校に通い始めて、それなりにクラスメイト達と打ち解けてきてから、なんとなく思っていた。
「ま、深く考えず生きていくさ。
どうせ明日の命も知れぬ軍人の身。
一日、一日を大事に使わないとな。」
「そうですね。
……ではレナード准将。一日を大事に使う為に、これのテストを行って貰いませんか?」
ニコッと主任が微笑む。
「……ちなみに、拒否権は?」
「勿論、お忙しいならば構いません。
ですがキューエル卿とヴィレッタ卿のシミュレーターは暫く掛かりますし、どうもお暇に見えたのもですから。」
「はぁ。分かったよ。
やればいいんだろ、やれば。」
こういう所が抜け目ない。
自分の有能な部下を見てしみじみそう思った。
ありがたいのは確かなのだが、もうちょっと甘くしてくれてはいいのではないだろうか。
工学畑の教えを頼んだ時も、やけにスパルタだったし。
「それで、何をやるんだ?」
「これです。」
主任に促されるまま、キューエルやヴィレッタの使っているものとは違う、シミュレーターに座る。
「これ、KMFのコックピットなのか?」
シミュレーターは全てKMFのコックピットと同じ形状をしている。
体に掛かるGなどを除き限りなく本物に近づけようという軍の意向だ。
しかしレナードの乗ったシミュレーターは、KMFにしては些か妙だった。
なにせ本来一人用の筈のコックピットには、もう一人の為のシートがある。
つまりこれがナイトメアのコックピットだとしたら、ブリタニア軍のKMFにしては珍しい複座式という事になるのだが。
「はい、コレはちょっと特殊なナイトメアなので。
ですがご安心を。
一人でも十分に操作可能です。」
「そうか、なら。」
取説を一通り見ながら機体を立ち上げる。
特殊な機体だそうだが、流石に立ち上げる為に必要なシークエンスは汎用機とほぼ同じだった。
次に各種装備を確認。
そこで気になる単語を見つけた。
『フロートシステム』
『ハドロン砲』
『ドルイドシステム』
これは間違いない。
カスタムグロースターとも、ましてやサザーランドなどとは全然違う。
この機体にはブリタニアの最新技術が詰め込まれている。
もしかしたら、あの第七世代KMFランスロット以上に。
大まかな操作方法を、頭に叩き込む。
セッティングされていた訓練用のマニュアルデータを全て手動に切り替える。
なるほど、最新鋭機でもランスロットのような激しい動きをする訳ではない。
これならば簡単に扱いきれる。
『ではシミュレーションを開始します。』
「ああ。」
ぱっと開ける視界。
どうやら場所は、埠頭のようだった。
そして真正面に見える大海原から近付いてくるのは、
「か、艦隊!?
主任……シミュレーターの設定を間違えてるんじゃないのか?」
幾らナイトオブラウンズとはいえ、あの艦隊を一人で倒せなんて正気の沙汰じゃない。
なにせKMFは陸戦兵器。
上空からの爆撃には…………まてよ。
「そうか、この機体はフロートシステムで、」
『はい、飛行が可能となっています。』
「だら、それにしても多くないか?」
『大丈夫です。
准将なら出来ますよ。』
「信用してくれるのは嬉しいんだが………ま、いいか。」
どうせシミュレーション。
撃墜されても死ぬ訳ではない。
それに主任は決して不可能な事を出来るなんていう女じゃない。
出来る可能性があるからこそ、自分に対して"出来る"と言ったのだ。
ならば期待に応えてやろうじゃないか。
『ではミッションを説明します。
IFX-V301ガウェインは、敵航空戦力の全てを撃破して下さい。
またドルイドシステムを使い敵通信を傍受し、要人の乗る戦艦を調べ、これを撃破。
以上をクリアするとミッションは成功となります。
撃墜出来る戦艦は一つのみです、では始めてください。』
「おいっ!幾らなんでも無茶すぎる注文じゃないか?」
しかし既にシミュレーションは開始していた。
敵艦隊より放たれる砲撃。
だがレナードの両手はそれより前に、操縦桿を手前に引いていた。
機体がふわりと、重力なんぞ知った事か、とでも言うように浮かび上がる。
「フロートシステム………本当に飛んだのか。
ニュートンに喧嘩売るようなシステムだな。
……いや、それよりも。」
空母から戦闘機が発進する。
どれ、もう一つの武装を試してみるとするか。
「くたばれ。」
ガウェインの肩部から発射される赤黒い閃光。
それは真っ直ぐに戦闘機へと進むと、その全てを焼き尽くしていった。
「こ、これは………。」
余りの破壊力に唖然とする。
だが直ぐに気を取り直して、もう最後の機能。
ドルイドシステムを作動させる。
「ちっ、操作方法が厄介だな……。だが、」
コツを掴めば難しくはない。
流石に完全には不可能だが、なんとか扱いきれる。
「成る程、この機体のウリはハドロン砲でもフロートシステムでもなく、電子戦ということか。」
驚くべきほど短時間で敵の通信の傍受に成功。
"要人"がいるという設定の戦艦をハドロン砲で沈めると、ミッションコンプリートの文字が画面に浮かんだ。
「ご苦労でした。」
主任の差し出してきたドリンクを飲む。
しかし凄い機体だった。
あれが実戦配備されれば、戦争は再び変わる。
「なぁ。」
「なんですか?」
「聞きたいんだが、もしかしてアレが俺の専用機なのか?
良い機体だとは思うけど、俺の出した要望の機体と方向性が違ってたぞ。」
レナードの要望は、狙撃戦の優秀な機体だ。
ガウェインは砲撃戦と電子戦においては無類の強さを誇るだろうが、狙撃向きという程ではない。
寧ろあれは大火力で敵を一掃するタイプだ。
「いえ、あれは特派と合同で開発した実験機でして、准将の専用機ではありません。」
「なら、どうして俺を?」
「実はガウェインのドルイドシステムなんですが扱いが非常に難しく、KMFのパイロットであれを扱える人材がいないものでして。」
「それで俺を?」
「はい。准将はこの手の知識にも見識がありますし、もしかしたら扱えるのでは、と。」
「それで結果はどうだった?」
「……機動やハドロン砲、フロートを使っての航空戦は完璧。
またドルイドシステムに関しては、全性能の70%を引き出す事に成功しています。」
「70……それって高いのか。」
「勿論です。
他のパイロットは高くて30止まりでしたから。」
「そうか。
でもドルイドシステム抜きにしても、あれは凄い機体だぞ。
あのハドロン砲だけでも局地的な戦局の一つや二つ簡単に引っくり返る。」
「ええ、それはそうなのですが一つ問題が…。」
「問題?」
「実はドルイドシステムとフロートは問題ないのですが、肝心のハドロン砲が未完成のままでして。」
「……………駄目じゃないか、それじゃ。」
「その通りです。
ハドロン砲が完成するまでは、実戦配備はまだまだでしょうね。」
「上手くいかないものだな……。」
どうやら、そう簡単に物事は進まなかったらしい。
そういえば、そろそろキューエルとヴィレッタのシミュレーターが終了する頃だな。
そう思って、歩を進めた。
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