―――死ぬ覚悟が出来ていれば、人は自由に生きられる。
人間、いや生物にとって最も恐ろしい恐怖"死"を怖がらない生命体がいるならば、それは自由だ。
例え万の人間を虐殺したとしても、法治国家において"死刑"を上回る罰は存在しない。
だがそれは無理な話だろう。
何故なら"死"を恐怖しない時点で、それはもはや人間ではないのだから。









 奇跡の藤堂と呼ばれ、ブリタニアを震え上がらせた自分が今ではこのザマか。
 チョウフ基地の檻の中で、藤堂は心の中でそう呟いた。
 その表情に嘗ての、刃のような鋭さはなく、ただ全てを諦めきった者が浮かべるような顔をしている。

 ナリタ連山包囲戦で日本解放戦線は分裂。
 首領であった片瀬少将は中華連邦への亡命の際に、ブリタニア軍に追い詰められ自決。
 主君であった片瀬少将が死に、自分も捕まった今、藤堂には気力というものがなくなっていた。

 しかし既に死んだものと思った身にも、珍客がいたようだ。

「久し振り、と言うべきなのか。
奇跡の藤堂――――――いや、藤堂鏡志郎」

「生憎と、ナイトオブラウンズに知り合いがいた覚えはないな。
私に何のようだ、レナード・エニアグラム」

「お前の死に様を見に来た。
それだけだよ」

 物好きな事だと思う。
 自分の名は確かに、日本人だけではなくブリタニア人、それも特に軍人にも広く知られている。
 なにせ常勝不敗だったブリタニアに唯一泥を塗ったのだから。
 しかし、それは過去の話。
 今は単に、死刑執行を待つだけの敗者に過ぎない。
 
「やはり、そちらは知らなかったか。
藤堂、実は俺とお前は前にも会った事がある」

「なに?」

 そう言われ、よく記憶を掘り返してみるが、やはり会った事はない。
 もしかしたら、この男が子供の頃に日本に来ていたりして、その時に会ったのだろうか。

「まぁお互い顔を付き合わせた訳じゃないから仕方ないか。
俺はな藤堂。
ラウンズになる前……士官学校を卒業したての時は、エリア11に配属されていたんだよ」

「初耳だな。
成る程、そういう事か。
どこの区域に配属されていたかは知らな――――――――」

 そこで、とある事に思い至る。
 レナード・エニアグラムは、ラウンズの中でも"狙撃手"として有名だ。
 藤堂には、嘗て恐ろしいほど腕の良い狙撃手と一度だけ邂逅したことがあった。
 ならば、この男は。

「お前は、まさかヒロシマにいた――――」

「漸く思い出したか。
あの時は世話になった。
お陰で俺の無茶に付き合った馬鹿を一人死なせた」

「そうか。
亡き部下の仇を獲りにきた、ということか」

 藤堂はそう予想を立てる。
 だがレナードは、呆れたように首を振る。
 どうやら、目的は違うようだ。

「死んだ部下の仇、仇って一々言ってられるかよ。
大体この前のナリタだけでも、死んだ部下なんて、指どころか髪の毛の数くらいいるんだぞ。
一人一人の仇なんて討ってたら一生掛かっても討ち切れない。
それに俺は薄情な人間でね。
仇討ちとかいう感情が芽生えるのは、精々がその場限り、持越しはしないんだ」

「では、何故来た。
旧交を温めに来たという訳ではないのだろう?」

「勿論だ。
ラウンズがテロリストと旧交を温めてどうする?
下手すれば反逆の疑いで逮捕だ。
俺の目的は、お前の心だよ」

「心?」

「正確には心構えだな。
どういう気分なのか聞いておきたくてな。
国家の期待を一身に背負うっていうのは」

「………………」

 もしかしたら、誘導尋問の一種の可能性もある。
 下手に喋る事は出来ない。

「だんまりか、まあいいさ。
たが、どうしても聞きたい。
"厳島の奇跡"……敗戦の報告しか流れてこない日本人にとっては、さぞや爽快だったろうな。
そして人々は……イレヴンは奇跡に縋っている。
誰もが期待している、お前という男が再び日本独立という奇跡を成し遂げるのを」

「お前は、私が日本独立を成し遂げると?」

「無理だろうな」

 持ち上げるわりには、いやにあっさりと、それを否定した。
 寧ろ当然だろうとでも言うような口振り。

「大体、厳島のあれは奇跡なんかじゃあない。
情報収集を踏まえた戦術的成功だ。
それを奇跡だと?
日本人という民族は随分と奇跡を大安売りするもんだな」

 日本人を馬鹿にするような発言には、多少眉が動くが、間違ったことではない。
 藤堂自身も厳島での戦いは、綿密に計画した作戦が上手くいったからこそのもの。
 同じ事をもう一度やれと言われても、出来る保障はないし、第一局地的な戦闘に一度勝っただけでは戦略には影響しない。

「もっというなら、お前は俺と同じように、どこまでいっても軍人でしかない。
軍人は将軍にはなれても、革命を成功させる"王"には成り得ないんだよ。
……っと、話が逸れたな。
兎にも角にも、イレヴンは奇跡の続きを夢見て、藤堂鏡志郎という個人に過度の期待を抱き、同じレジスタンスの面々も同様。
誰もがお前を頼り、お前に期待する。
その重圧、お前はどう思った?
俺はそれが聞きたい」

 別に構わない、か。
 どうせ死ぬ身だ。
 別に死ぬ間際に多少本音を漏らしたとしても罰は当たらないだろう。

「正直に言えば、苦痛だった。
部下や同僚だけではない。
主君である片瀬少将すら、私に過度の期待をかけた」

「そうか、やはり」

「だがっ!」

 そこで一旦言葉をきる。
 最後の最後だ。
 ならば万感の思いを込めて言ってやろう。

「私には、日本という取り戻すべき愛する祖国があった。
だからこそ、過度の期待にも重圧にも耐えられた。
それに、私は"日本"の軍人。
ならばこそ"日本"の為に死ぬならば後悔はない」

「…………そうか、武士道に殉じるか」

 レナードが振り返り去っていく。
 どうやら面会時間は終わりのようだ。

「そうだ、言い忘れていた事がある。
急遽死刑執行人が変更となった。
……執行人は、枢木スザク准尉」

「!」

「コーネリア殿下直々の命令でな。
最後に愛弟子と話でもすればいいさ。
そらくらいの時間は与えてやる」

 そこでレナードは一旦こちらを振り向く。
 そしてブリタニアにとっては紛れもないテロリストである自分に、敬礼してみせた。

「旧日本軍人、藤堂鏡志郎中佐。
仕える国は違えど、その姿勢に対しては同じ軍人として敬意を払う。
じゃあな、あの世では達者で暮らせ」

 あれが騎士道か。
 藤堂は去っていくレナードの後姿を見ながら、呆然とそんな事を思った。




「どうだった〜
藤堂鏡志郎との逢引は?」

「ろ、ロイドさん!」

 あんまりに不敬な発言をしたロイドに、セシルが注意する。
 見慣れた光景を微笑ましく見ながら、レナードは震えている友人、枢木スザクの隣に座った。

「逢引というよりは、別れの挨拶かな。
昔は散々お世話になりましたって」

 肩を竦めながら言う。
 ちなみに、チョウフ基地に来ているのは特派の面々を除けばレナードだけだ。
 キューエルとヴィレッタの二人には、ダールトンと共に専任騎士のいないユーフェミアの護衛及び補佐を担当して貰っているし、主任の方は機体の調整に忙しく、恐らく今でもナイトメアと睨めっこしてる頃だろう。

「それより、枢木准尉。
あんまり肩に力を入れると辛いぞ」

「…………大丈夫です、自分は」

「……辛いか?
子供の頃の恩師を殺すのは?」

「……はい。ですが自分は軍人です。
それが上層部の命令であるならば」

「お互い辛い職場だよな。
命令とあれば罪のない民間人だろうと、友人だろうと…………好きな女だろうと殺さないといけないのが軍人だからな。
似たような経験は、俺にもあるよ」

「似たような、経験?」

「これはコーネリア殿下にも内緒で頼むぞ。……と、他の二人は悪いけど耳塞いどいてくれ」

 ロイドとセシルにそう頼む。ロイドは若干聞きたそうな様子だったが、セシルが穏やかに笑うと引きつった顔で耳を塞いだ。

「実はな、俺がラウンズになる前。
まだコーネリア殿下の親衛隊の一人だった時だ。
EUの罠に掛かって、本隊と離れちまったんだよ」

「本隊と……。
大丈夫だったんですか?」

「んにゃ全然。
ナイトメアに僅かに食料もあったけど、後は最悪。
通信が妨害されているせいか、連絡もとれず仕舞いだったし、後から気付いた事だけど敵地のど真ん中に居た訳だし……。
まあでも偉大なる神は、どうやら完全に俺を見放した訳じゃなくてな。
捕虜を一人ゲットしたんだよ」

「捕虜?」

「そうだ。
ラッキーと思ったね。
なにせ情報を吐かせれば、本隊と合流出来るかもしれない。
だけど恥ずかしい事に――――――その捕虜っていうのが、これまた良い女でな。
俺とした事が一目惚れしたんだよ」

「それで、どうなったんだい。
その捕虜の人とは?」

 敬語を使うのすら忘れてスザクが言う。
 それに対しレナードは、やけにあっさりと、

「死んだ、いや殺したよ」

「へっ……
ど、どうして……?」

「俺も捕虜として本国に連れて帰ろうとか、こっそりブリタニア国籍を与えようとか色々考えたんだけどな。
その捕虜が、銃を奪ってそれで――――――まあ、よくあるパターンだ。
銃を奪った捕虜を、撃ち殺して終了。
ロミオはジュリエットと一緒になるどころか、自分の手で撃ち殺しましたとさ。
ついでにいえば、その数日後に捕虜の父親である司令官を殺したしな」

「僕は…………」

「だから、あんまり思いつめるなって。
前にも言ったような気がするけど、色々と背負い過ぎると――――――――」

 言いかけた、その瞬間。
 チョウフ基地全体に響き渡る爆発音。

「なんだ、これはっ!」

 レナードの叫びに答えるかのように、全身を黒で統一した機体が、基地に突入してくる。
 間違いない、黒の騎士団だ。

「やばいな、今日はグロースターを持って来てない……」

「ロイドさん、僕が行きます!」

「枢木准尉!
…………ロイド伯爵、ランスロットを持ってきているのか?」

「そうだよ〜
予算を全部ランスロットに回しちゃったから、ランスロットのトレーラーしか移動手段がなくて」

「不幸中の幸いか……。
では枢木准尉、黒の騎士団の狙いは間違いなく藤堂だ。
なんとしても阻止しろよ、あの男がゼロの仲間になれば最悪だ」

「イエス、マイ・ロード!」

 自分が行けない以上、スザクに任せるしかない。
 しかし相手にはナリタの時にいた赤い奴もいる。
 それに無頼とは形状の違う機体が四機。
 
 だが、そうやっている内にも事態は進む。
 黒の騎士団のナイトメアが一機増えた。
 一つ目の黒いナイトメア。
 搭乗者は藤堂。乗る瞬間を見たため間違いない。
 もう、ゼロによって救出されてしまっていたか。

(いや、こんな所で観客になっている場合じゃない)

 急ぎ司令室に向かう。
 どうやら藤堂の乗る黒い奴も、四機の灰色も機体性能はランスロットに迫る。
 だが、戦いは質だけじゃなく、最後は数がものをいう。
 チョウフ基地内のナイトメアや他の基地のナイトメアで包囲してしまえば、こちらの勝利は確定だ。
 司令室の扉を蹴破り中に入る。

「れ、レナード卿!」

 驚いて振り向く職員を無視して先に話を進める。

「基地内のナイトメアを全て出せ!
黒の騎士団を包囲する!」

「しかし……」

「なんだ?」

「黒の騎士団は既に撤退してしまって。
あのランスロットもランドスピナーを破壊されて、追撃は困難。
またチャフスモークの影響でレーダーも……」

 遅かった。
 流石はゼロ。引き際を心得ている。
 なにせ藤堂救出という目的は果たしているのだから、無理をしてブリタニア軍と戦う必要はない。




 しかし、この時の俺は知らなかった。
 本当に驚くべき事は、帰った後に待っているという事を。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.