―――騎士的名誉は高慢と狂暴の子である。
高慢か狂暴走かどうかは知らないが、騎士にとっての名誉が負になるのは仕方ない。
幾ら誇りや騎士道で取り繕っても、騎士の本質は殺人者なのだから。
そして今日、新たにブリタニアの騎士が生まれた。
謁見の間には幕僚長ダールトンやナイトオブツーレナードを始め、ここエリア11に在住する多くの資本家や貴族、高級軍人が集まっていた。
その誰もが、思い思いに着飾った姿ではあったが、浮かぶ表情は困惑、侮蔑、呆れといった負のものが全て。
喜び、笑みを浮かべる者は皆無であった。
やがて係官の合図と共に、謁見の間の扉が開いた。
開いた扉の先に立つのは一人の少年。
ブリタニア人ではない、名誉ブリタニア人。
そしてつい先日、准尉から少佐への特進を果たした、特派所属のデヴァイサー枢木スザク。
何時も着る士官服でもパイロットスーツでもなく、身に纏った装束はブリタニア軍人においても、騎士と呼ばれるものにだけ許される純白の礼服。
人種のせいか、それとも童顔のせいなのか些か不釣合いにも見えるその格好だが、少年は引き締まった顔で赤い絨毯の上を進み、壇上のユーフェミアの前に立つと、跪き、頭を垂れた。
「枢木スザク。汝、ここに騎士の誓約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」
「イエス、ユア・ハイネス」
「汝、我欲を捨て。大いなる正義のため、剣となり盾となることを望むか」
「イエス、ユア・ハイネス」
スザクは答え、腰に挿していた儀礼用の剣を抜いた。
両手でユーフェミアに剣を差し出す。ユーフェミアはそれを片手で受け取り、両手で構えると、少年の肩を剣の平で軽く打った。
「わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは汝、枢木スザクを騎士として認めます」
宣言とともに返された剣をスザクは受け取り、再び腰に収める。
ユーフェミアの手招きに従って振り返る。
すると盛大な拍手が……。
――――――起こるはずもなかった。
決まりきっていたことだ。
この場に集まっている者達は、全員が爵位を持つ貴族か、高級軍人達。
そしてそんな彼らが、名誉ブリタニア人とはいえナンバーズが皇族の騎士となることを喜ぶ筈がない。
寧ろ断固として反対し、侮蔑するのが正しいだろう。
それでも、仮にも第三皇女であるユーフェミアを蔑ろにする態度は、非難されてしかるべきものではあったが。
例外として、拍手をしている貴族としてスザクの上司であり特派の主任であるロイドがいたが、それに続く者は誰もいない。
そしてそれは、枢木スザクの友人であるレナード・エニアグラムも同様であった。
ナンバーズを騎士に迎える、それはある意味において、ナンバーズと本国出身者を区別するというブリタニアの国是に、真っ向から逆らうようなものであった。
なにせ皇族の騎士ともなれば、最低でも騎士侯位は確実に与えられる。
そして騎士侯は一代限りとはいえ貴族は貴族。
つまり帝国貴族に属領出身のナンバーズが加わるのだ。
本国に居る差別主義者やブリタニア至上主義者からしてみれば、悪夢に等しい事であろう。
レナードは、そんな差別主義者達が最悪ユーフェミアの命を狙うかもしれない、というところまで考え手放しには喜べないでいるのだ。
だが何もデメリットだけではない。
メリットもある。
枢木スザクという名誉ブリタニア人が騎士となる。
それはブリタニアの支配を良しとしない反体制派は兎も角、支配体制を良しとする穏健派や、支配を良しとはしないがテロによる手段には抵抗を覚える中道派にとってみれば、降って沸いた吉報でもあった。
ユーフェミアは多少頼りないとはいえ、紛れもないブリタニア皇族。
その隣に日本人が立つならば、ブリタニアに従っていれば自分達も出世できるのでは、という思いも強くなるというものだ。
反体制派にとっては売国奴、裏切り者と呼ばれ非難されようが、大多数の人間にとって誇りや愛国心などよりも、明日の食料と命が一番大切なのである。
そして枢木スザクの騎士叙任は、それを期待させるには十分であった。
(だが…………)
それはあくまでもナイトオブツー、レナード・エニアグラムとしての考えだ。
なら今は、ただの学友のレナードとして拍手を送ろう。
レナードに続いてダールトンも拍手をする。
ナイトオブツーとエリア11の実質的2が拍手をすれば、参列者もそれに倣う。
彼等もエリア11の重鎮二人を蔑ろにするような真似は出来ない。
やがて謁見の間には、大勢の人間の拍手が響き渡った。
色々な者達が、名誉ブリタニア人の騎士叙任の報で右往左往している頃、当の枢木スザクにも考えていることがあった。
それは騎士とは何かという問題である。
当然ながらスザクは名誉ブリタニア人、つまり元日本人。
これでイギリスやフランスのような比較的ブリタニアに近い文化を持つ西洋の国の生まれなら、まだよいが残念ながら日本は東洋の国。
その文化も当然ながら東洋のもの。
似た物はあっても、騎士なんていう存在は日本の歴史上存在しない。
騎士は主君を守るもの、という概念は分かる。
しかし具体的にどうすればよいのか、どのような姿勢で過ごせば良いのか等、全く知らない。
一応、ユーフェミアの警護のため学園を辞めると申し出たのだが、それはユーフェミア自身が却下してしまった。
だからこそ、スザクは最も身近にいる"騎士"に会っていた。
「……主従揃って、俺に相談に来るとは。
俺は何時からカウンセラーになったんだ」
「はっ?」
「いや、こっちの話だ」
頭を抑えながら、レナードは言った。
なんとなく疲れているように見える。
しかしスザクにとって、身近な騎士といったらレナードしかいなかったのだ。
エリア11において専任騎士と言えばギルフォードがいるにはいるが、面識はないし、他に騎士で知っている人間といったらナリタで戦死したジェレミアか、現在はレナードの部下となっているヴィレッタくらいだ。
「まあいいや。それで、どうせ騎士の件だろう?」
「はい。是非ともレナード卿にご指導の程をと思い――――――」
「あー、今は公務じゃなくてプライベートだから敬語はいいよ。
正直、仕事やなんだって忙しくて、全然プライベートに入れなかったからな」
「ごめん、でも他に騎士と方の知り合いがいなくて……」
「分かってる、分かってる。
だけど専任騎士といっても、やる事が変わる訳じゃない。
毎日の体力作り、健康に気をつけた生活……不健康な奴に騎士は勤まらないからな」
「なるほど、健康を気をつけるっと」
レナードに言われた事を必死にメモ帳に写す。
当たり前のことの様だが、確かに健康は大事だ。
「別にメモする事でもないんだが……。
いや、いいか。
皇族の専任騎士といっても、基本的には普通の騎士と変わらないけど、やっぱり一番大事な使命は、主君の守護。
お前の場合はユフィを守る、という事になる訳だ。
つまり総督であるコーネリア殿下ですら、個々の皇族に対して直接命令を下すのは越権行為となる。
ラウンズ程じゃないけど、通常の指揮系統とは外れる事になるな」
スザクはせっせとメモする。
なにせ、分からない事ばかりだ。
少しでも学ばなければ。
「そうそう、皇族の騎士ともなれば、警護役として舞踏会や宴席に共に参加する事も多々ある。
その時、お前は名誉ブリタニア人だから、やっかみも強い。
嫌味やら何やらも言われると思うが、絶対に露骨に嫌な顔したり怒ったりしない事だ。
そういう時は、妄想内で嫌味を言った奴を殴り飛ばせ。
こう金○を思いっきり蹴り飛ばすように」
「あははっ……。
気をつけるよ」
妙に気迫を込めて言ったあたり、レナードにも嫌な思い出があるのかもしれない。
しかし重要な事だ。
もし、自分が貴族といざこざを起こせば、自分だけじゃなく主君であるユーフェミアにも迷惑が掛かってしまう。
それだけは絶対にやってはいけない。
「そうだな……政治もちょっとだけ勉強した方がいいかもしれない。
ギルフォード卿なんかは、コーネリア殿下の参謀役のような事もやってるから……。
という訳で、はいこれ」
ポンっと本を投げ渡してくる。それを受け取ると、なにやら赤い背表紙に『漫画で分かるドロテアお姉さんの騎士叙任、今日から貴方も専任騎士』と書かれている。
「これは……」
「ドロテアと……強引に巻き込まれたベアトリスが書いた本。
騎士の義務なんかが分かりやすく書いてある。
喜べ。無料だ」
「何故ラウンズの御一人がこんなものを……?」
「なんでも、ラウンズでも一際影の薄いことを気にして、漫画を勉強したらしい」
「何故……漫画?」
「さぁ、この前は気象予報士の資格をとってたぞ。
たぶん趣味の一環なんだろ。
何はともあれ、これを読んでおけば大丈夫だ。
大事な事は一通り書いてあるし」
「えっ、もしかして貸してくれるのかい?」
「ああ、ただし延滞料金は五万B£だぞ」
「五万!?」
「冗談だよ、俺はもう読み終えたから返すのは何時でもいいよ」
「ありがとう。
じゃあ、僕はこれで」
籍を立つ。
時刻は既に二十三時。
帰らなければ色々と問題のある時間だ。
「もう遅いし、なんなら泊まっていくか?
部屋なら空いてるけど」
「あー、でも実はセシルさんに用があって」
「なら仕方ないな。
じゃあ、ほれ」
レナードが投げ渡してきた。見ればワインだった。
それも安酒じゃない事をラベルが証明している。
「祝い酒だ、帰って一杯やれ」
「いや、けどまだ未成年だし……」
「いいんだ、いいんだ。んな細かいことは。
大体、専任騎士なら酒を薦められる事だって多いんだから、予行演習と思っておけばいいだろ」
「なら、貰っておくよ。
ありがとう、レナード」
「どう致しまして」
スザクは、来た時よりも機嫌よくレナードに家を後にした。
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