―――遭難の経験者は静かな波を見ても震える。
静かな波、か……。
それで済んだらどんなにいいか。
俺の場合、遭難したら最後、四六時中敵の警戒してて眠れやしないは、夜中に攻撃を仕掛けられるはで碌な想い出がない。
そして今回も、また遭難してしまった"そうなん"です………………うーん、古過ぎたか。






 ゼロ=ルルーシュがまぶたを開くと、生い茂る潅木からこちらを見る小動物の顔が視界に入った。
 ふさふさの毛の中にある黒い目。鋭くも、愛らしく尖った前歯。リスだ。
 野生動物らしく警戒して、こちらに近付いてくることはなかった。

「う……」

 起き上がるとリスはさっと茂みに隠れてしまう。
 その瞬間、漸く頭にスイッチが入った。

「スザクっ!」

 しかし、枢木スザクの姿はどこにもない。
 他に人気もないので、恐らくこの近くに人間は自分だけだと認識する。
 一度、呆然と周囲の木々を眺めて、ルルーシュは立ち上がった。
 温度といい、咲いてる花や木の種類から推測して、式根島とそう離れてはいないだろう。

「なんだ、ここは……」

 頭脳明晰な彼でも、これは流石に理解不能だった。
 つい先程までは式根島で枢木スザクと対峙していたというのに、気付いたら別の場所にいた。なんだこれは。まるで性質の悪いSF小説だ。
 
(いや、だがまだいいか)

 そうだ。もし式根島で気絶していたならば最悪今頃ブリタニア軍の牢屋の中という事も有り得たのだ。それに比べたら今の状況はまだましといえる。
 少なくとも、周辺に自分を害そうとする人物は……

「!」

 その時だった。ルルーシュは気付いてしまう。
 今自分の立つ岩場。その下に海水で塗れた己の半妹。エリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアがいたのだから。

「ルルーシュ……」

「ッ!!」

 ユーフェミアの一言が、ルルーシュの思考を一気に吹っ飛ばした。
 なにせ彼女がその名で自分を呼ぶ事は、全くの想定外だったのだから。

「ルルーシュ、なのでしょう……?」

 何故だ。そんな言葉がルルーシュの脳内を飛び回る。

「心配しないで。誰にも言ってません。本当です。
だから、せめて今だけは、その仮面の下の顔を私に……」

 そこで漸く、ルルーシュは諦めた。
 ユーフェミアはゼロをルルーシュだと思っているのではない。確信しているのだ。そして確信を持った相手に対しては、どんな仮面も効果はない。
 銃を下ろすと後頭部にあるスイッチを押す。そこに現れたのは紛れもなく、

「ルルーシュ……本当に生きて――」



 ルルーシュとユーフェミアが驚きの邂逅を果たしている時。
 この神根島に飛ばされたもう二人、枢木スザクと紅月カレンもまた邂逅を果たしていた。とはいってもこちらは、ルルーシュとユーフェミアのように穏やかなものではなく、襲い掛かってきたカレンをスザクが押し倒した、というような形ではあったが。

「君は……カレン。カレン・シュタットフェルト?」

「そんな名で呼ぶな!
私は紅月カレン、日本人だっ!」


 だが忘れてはならない。実を言えばあの式根島で"神隠し"にあったのは、この四人だけではない。もう一人。ルルーシュとスザクの友人でありユーフェミアの幼馴染である男。レナード・エニアグラム。
 しかし現在この神根島にいる人間は四人だけである。ここで矛盾が発生する。同じように行方を眩ましたレナードだけがこの神根島にいないのか。
 単純な話だ。彼が現在いる場所、そこは――――――

「なんじゃこりゃあああああああああああああああっ!」

 見渡す限り海、海、海。
 後ろを見ても海、海、海。
 左を見ても海、海、海。
 右を見ても海、海、海。
 そうレナードがいたのは島ではなかった。単なる岩場である。

「落ち着け……状況を整理しよう。
時刻は……時計がないから分からない。
武器は……銃が一丁にナイフ。ライフルはコックピットに置きっぱなし。
そして一番の問題、何故グロースターのコックピット内からこんな場所にいるかは……」

 考えてみるが、どうしても思いつかない。ブリタニア軍にしても自分をこんな場所に放り出す必要性が皆無であるし、黒の騎士団に捕まったとしても、牢屋にいれるなり殺すなりで、こんな所に置き去りにする理由が思いつかない。
 後は……ハドロン砲の爆風に飛ばされてきた?
 そんな馬鹿な! もしそうだとしたらコックピットから放り出されている理由が分からないし、爆風で飛ばされてきたとしたら、今頃体がバラバラになっているはず。

「くそっ……遭難は初体験じゃなくても、こんな意味不明な遭難は初めてだ」

 レナードは原因について考えるのを止めた。今なによりも重用なのは、なんとか軍と連絡をとり生きて此処から脱出することだ。
 だが、どうするか。発炎筒や非常食は経験上、ナイトメアのコックピット内に大量に保管してあるが、身一つで投げ出されるとは想像もしていなかった。おまけに木材がなければ、火を起こす事すら満足に出来ない。これは嘗てないほど最悪な状況だった。

「こんな場所で寂しく飢え死になんて洒落にならないぞ」

 不幸中の幸いだったのは、レナード本人のサバイバル経験の豊富さであろう。運の巡り会わせかよく友軍と離れ離れになる事の多かった彼は、このような状況にも慣れている。
 先ず手始めに空を飛んでいた鳥を銃で撃ち落す。落下してくる鳥をキャッチしその血を啜る。味覚が下に限界突破している彼でも吐きたくなるような不味さ。それでも生きる為には糧が必要だ。出来れば妬きたいが、そんな事すら岩しかないこの場所では不可能。
 ちなみに同時刻、スザクとカレンが串焼きの魚を、ルルーシュとユーフェミアがフルーツを食べている事を彼は知らない。
 そして夜。黒い夜空に光り輝く星たち。星は変わらない。昔、アリエスの離宮で眺めたのと同じ。そうやってユーフェミアとルルーシュが感傷に浸っている頃、レナードはレナードで大変な事態に陥っていた。
 迫り来る鮫を銃で撃ち、威嚇する。それでも鮫は必要にレナードを狙っている。
 ちなみに岩場はとっくに、海面に沈んでいた。 

「うおおおおおっ!?
ええぃ、魚類の分際で人間に逆らうなっ!」

 普通なら成す術もなく食い殺される所ではあったが、そこは彼もラウンズ。ナイフを鮫の眉間に突き刺し見事に仕留める。危なかった。本当にこのまま鮫の餌となるところだった。

「くそっ、なんで、こんな目に…………」
 
 その呟きに答える者は、当然ながら何処にもいない。
 時は流れ昼。この時刻になると岩場も海上に顔を覗かせるので楽だ。
 取り敢えず鮫でも捌こうかとナイフを構えたその時、上空を飛行する人影が目に入った。いや、人影じゃあない。大体全長6mを超える人間などいる筈がない。
 黒を基調としたフォルムに間接部分は金。あれが金じゃなくて赤だったらと思いながら呆然と考えて、我に返る。
 あの機体、データで一度見た事がある。特派とカムランで共同開発した試作機ガウェイン。なにせ一度はシミュレーターで騎乗した事もある機体だ。よく覚えていた。

「おーい! おーい!!」

 思いっきり手を振って助けを求める。気付いてくれ、そう願いながら手を振る、がそんな願いを無視するかの如くガウェインは、そのまま飛行を続け、やがて見えなくなってしまった。

「………………ふっ。運にも見放されたか」

 思わず自嘲してしまう。あと一歩で助かると思ってしまっただけに、それに裏切られた時の絶望感とはより強くなるものだ。
 だが地獄に仏とはよく言ったもので、運はレナードを見放しては居なかったようだ。近付いてくる浮遊戦艦アヴァロン。飛行していたアヴァロンはレナードの近くにまで来ると、ゆっくりと降り立つ。そして中からボートに乗った兵士達が出てきて、

「レナード卿、お迎えに上がりました!
ご無事ですか!」

「あー。どうやら助かったようだな」



「いや、無事で良かったよ。
私が父上に申し訳がたたなくなる所だった」

「へっくしょいっ!! あ、すみません。殿下」

「いいよ。それよりも今は君の生還を祝おう。
神根島で君だけが見付かっていなかったからね。ユフィも心配していたよ」

 レナードの前で朗らかに笑う人こそ、実質上ブリタニアという大帝国を動かしていると噂される第二皇子シュナイゼル。

「それで本当なんですか?
枢木少佐が命令違反を侵したというのは?」

「残念だけど、そうだよ」

 侍従の一人に目配せして、通信を手に取った。受け取るとスイッチを押す。流れてくる音声。

『何をしておる、枢木少佐! 命令を……!』

『うるさいっ! 知ったことかっ、そんなもの!
俺は……生きなきゃいけないんだっ!!』

『貴様っ……』

 そこで記録は終わる。
 驚いたように立ちすくむレナードに対してシュナイゼルが言った。

「とはいえ非常時のことだからね。
ユフィの騎士でもあるから、命令違反の罪や責任は問わないよ。
だから安心していい。君は個人的にも枢木と交友があるのだろう」

「……正直、驚きです。
枢木少佐の性格はよく存じていますが、私見ながらあれは命令違反を侵して生に執着するより、生真面目に命令を遵守して死を選ぶタイプだと思っていましたから」

「面白い意見だね。
だけど、実際はこうして枢木は命を惜しみ、あの場から逃れている」

「はい」

 そういえば前に似た事があったのを思い出す。
 あれはエリア11に来てジェレミアの取調べをした時。あの時もジェレミアは普段からしたら考えられないような行動をとった。そして関わっているのは、またしてもゼロ。もしかしたらゼロが……。
 そこまで考えたところで、その考えを破棄する。馬鹿馬鹿しい。そんな事が出来る筈がない。もし薬物なり兵器の一種だとしても、それならブリタニア軍が気付かない筈がない。なにせブリタニアは、国力だけではなく技術力も他国よりも進んでいるのだ。

「だけど、全員無事だったのはなによりだよ。
残念なことにガウェインは盗まれてしまったけど、兵器はまた作ればいい。
人間は失ってしまえば二度と作れはしないからね」

「ガウェインがゼロに……。
また厄介なものが盗まれてしまったものです。
ハドロン砲が未完成なのが救いですが」

「その話は後にしよう。
今は休んでくれ。あんな場所にいたんだから疲れただろう」

「ではお言葉に甘えさせてもらいます」

 シュナイゼルに会釈して、与えられた士官室に向かう。
 途中、シュナイゼルに呼び止められた。

「ナイトオブツー、一つ訪ねてもいいかな?」

「なんですか」

「もし君が、枢木の立場だったとしたら、どうする?
命令を遵守して死ぬか、それとも――――」

「軍人は命令に従うものです。
内容がどんなものであれ」

 間を空けず、そう答えた。
 その答えを聞き、シュナイゼルが普段から浮かべている笑みとは別種の、形容しがたい微笑みを浮かべた。

「完璧な答えだ、すまなかったね。引き止めてしまったようだ」

「いえ……。それでは、これで」



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