―――政治こそ、人間の仕事のうちで、最高な理想を行いうる大事業だ。
理想を行えるかどうかは別として、軍人であってもナイトオブラウンズであるならば政治と無関係ではいられない。
ラウンズはその立場上、皇帝の代理としてパーティーなどに赴く事も少なくないのだ。
そしてなにより、ナイトオブワンになれば小国の王となる事だって出来るのだし。







「到着時刻は予定通りです。
司令部に控えの間を用意させていますが、如何いたしますか?」

 蒼い空、蒼い海。
 帝国宰相を迎えるには、素晴らしい気候といえる。
 港に降り立った、ユーフェミアとレナード、そして先日騎士に任命されたスザクと特派の面々は式根島に来ていた。
 レナードは、どうして本土ではなく、こんな島にシュナイゼルが来るのかと思い不審に思い、シュナイゼルと交友のあるロイドに聞いてみたが、彼も知らないようであった。

「船はここに寄港すると聞きましたが」

「はい。変更はありません」

「じゃあ、待ちましょう」

「では警護担当は――――――――」

 がその時であった。
 基地全体を震わせるような轟音の後、島の中央部にある司令部の灰色の建物から、黒煙が上がった。

「どうした!」

 レナードの怒声が響く。

「どうやら司令部が何者かの襲撃を受けているようです」

「馬鹿な……島の警護は完全ではないのかっ!」

「いえレーダーを張り巡らせていたのですが……」

「…………ステルス」

「!」

 主任がぼそっと呟く。
 レナードを含めた視線が主任に集中した。
 
「もし仮に、レーダーから逃れるステルス機能を持った船や潜水艦があるならば、警備網を潜り抜けてこの島に上陸することは可能かと」

「ちっ……急いで租界に引き返そう。
シュナイゼル殿下のアヴァロンならば、テロリストにどうこうという事もないだろうし……」

「しかしかえって危険かもしません。
広範囲にジャミングが掛けられているようですし」

 二度目の舌打ちを堪える。
 広範囲のジャミングでは、租界に帰る途中で最悪、そのまま海の藻屑になるかもしれないのだ。
 大体、レナードは陸戦での活躍はあれど水上で戦った事はない。
 なにせグロースターは、水中に落ちればただの鉄屑……役に立たないのだ。

「ご安心下さい、ユーフェミア様のことは自分が守ります」

 スザクが神妙に言った。
 その様子は多少無骨なれど、騎士としては相応しいものに見える。

「いえ貴方は司令部の救援に向かってください」

「副総督、彼は名誉ブリタニア人ですぞ。
敵は黒の騎士団である可能性が高い。ランスロットごと裏切ったら……」

「口を慎め!」

 レナードが口を挟んだ軍人の一人に言った。

「枢木スザクは名誉ブリタニア人であるが、同時にユーフェミア殿下の騎士……。
それを侮辱する事は即ち、副総督への侮辱となる」

「いえ、そんなつもりは毛頭……」

「枢木スザク、ここで貴方の力を示すのです。
そうすれば、いずれ雑音も消えるでしょう」

「はい。
…………レナード准将、ユーフェミア副総督を頼みます」

「分かった、気張って来い」

「イエス、マイ・ロード」

 スザクはそう言うと、ランスロットのトレーラーへ走っていく。
 レナードはその後姿を、奇妙な胸騒ぎと共に見つめていた。


 しかし、ブリタニア軍の予想は完全に外れていた。
 テロリストは皇族を狙うという先入観が彼らの目を晦ましてしまったのかもしれない。
 結論から言って黒の騎士団の、ゼロ=ルルーシュの目的はユーフェミアではなかった。

『ゼロ! 白兜が現れました』

「分かっている」

(さぁ追って来いスザク!)

『対象を確認、各機第三陣形を取りつつ後退せよ。
対象には手を出すな、繰り返す、対象には手を出すな!』

 内心でこの間、仲間に加わった藤堂の指揮能力に満足気に頷きながら無頼を走らせる。
 目的地は、少し離れた場所にある砂場。
 そこに白兜、つまり枢木スザクを誘き寄せる事こそ、この作戦の根幹……。
 ちなみに言うと白兜と一騎討ちしようなどという考えではない。
 無頼で相手するのには重過ぎる相手である上に、ルルーシュにはそんな騎士道精神など欠片もない。
 だからこそ、これは巧妙な罠であった。
 
 目標ポイントが見える。
 フルパワーで跳躍し砂地の中心部へと走る。
 それに背後から追ってくるランスロットも続いた。

『砂地に装備なしで……。
ランスロットを囲むつもりか、自らを囮にして』

 無頼の進む方向にハーケンを発射し動きを止める。そしてそのまま無頼の正面へと飛び、MVSを抜いた。

『ゼロ、これで……!』

「お前を!」

『捕まえた♪』

 瞬間であった。
 断末魔の呟きのように、小さくパルスを奔らせるとランスロットはそのまま、最初から単なる銅像だったように動きを止めた。
 焦って機体を動かそうとするが無駄。
 
 スザクは知る由もないだろうが、この兵器こそがゲフィオンディスターバー 。
 黒の騎士団の技術者ラクシャータが開発した、サクラダイトに磁場による干渉を与えることでその活動を停止させるフィールドを発生させる装置。
 効果範囲内に存在する様々な電力機関、KMFは第一駆動系=ユグドラシルドライブが停止し、活動不能の状態に陥ってしまう。
 つまりはナイトメアという理想を真っ向から否定する魔の兵器。
 その中心にスザクとランスロットがいた。

 無頼のコックピット内でルルーシュは満足そうに笑みを浮かべた。
 効果範囲内にいるゼロの無頼も当然のことながら動かなくなっているが、それはさほど問題ではない。
 何故なら、効果範囲外からルルーシュの軍隊である黒の騎士団が、照準をランスロットへと向けているのだから。

「枢木スザク、出てきてくれないか。
第一駆動経以外は動かせるはずだ。
捕虜の扱いには国際法に則る。
話し合いに乗らない場合、君は四方から銃撃を受ける事になるが?」

 スザクにそれを拒否する事は出来なかった。



 事態というのは急変する。
 散々それを経験したレナードですら、それは慣れないことだ。
 ゼロによる枢木スザクの勧誘。
 正直、レナードにはもしもの可能性が浮かんだ。
 
――――――スザクがランスロットと共に黒の騎士団に寝返る。
 軍事的には、たかが一名誉ブリタニア人の裏切りと最新鋭KMFが強奪されたで済む話だが、政治的においてはそう簡単にはいかない。
 今の枢木スザクはエリア11のイレヴンにとっては希望の星である。
 その希望の星が主君であるユーフェミアを裏切り黒の騎士団につく。そうなってしまえば、やはりブリタニアは信用出来ないとイレヴンは認識を一変させるだろう。
 
 想定される最悪の事態に備えてレナードは、自身のグロースターで待機していた。
 もしスザクが裏切ってしまえば、自分の手でスザクを殺す。
 友人だとか、そういった感情は封殺する。
 例えスザクが裏切ったとしても、この場で早々に始末してしまえば問題はない。
 世間には『枢木スザクは、ユーフェミア副総督を守るため命を賭けてゼロ率いるテロリストと交戦。撃退したが、枢木少佐は不運にも戦死してしまった』と発表すればいい。
 それで、イレヴンにとっての希望の星を、大した理由もなしに殺したゼロの人気は失墜するし、枢木スザクを恭順派における殉教者に仕立て上げる事も出来る。
 一番問題なのは、枢木スザクが黒の騎士団に寝返った事実が、世間に知られることだ。

 ただ事態とは何時も思わぬ方向に急変するものである。
 レナードのグロースターに届いた通信は、枢木スザクの裏切りではなかった。

「ミサイルによる攻撃?
……これは、シュナイゼル殿下の命令か」

 ゼロのいる砂地に向けてミサイルを発射する。
 こんな事をユーフェミアが指示する筈がない。
 なら消去法で犯人はシュナイゼルしかいなかった。
 コーネリアはこの場にはいないし、他の者が皇族の騎士に命令出来る筈もない。
 そしてなにより、この命令は準一級命令。
 総督以上のものか、三名以上の将官の合意でなければ撤回は不可能。
 将官の一人として自分がいるが、それでも後二人足りない。
 さて、どうするかと悩んだ所へ主任から通信が入った。

『レナード卿』

「どうした?」

『守備部隊からの依頼です。
急ぎポートマンに騎乗しているユーフェミア殿下を保護して下さい』

「はぁ?」

 意味不明だった。
 何故ユーフェミアがポートマンに騎乗しているのだ。
 いや、ユーフェミアも皇族だからKMFを乗れるのは確かなのだが、コーネリアでもあるまいし自分が前線に出ようとなんて思うはずもない。
 だが、まてよ……。

「成る程、これじゃあ主従があべこべだな。
大方、ユーフェミア殿下が枢木少佐の為に突撃したんだろう」

『よくお分かりになられましたね』

「長い付き合いだからな。
ついでにゼロの頭を吹っ飛ばして、枢木少佐も引き摺ってくるさ。
……レナード・エニアグラム、出撃するっ!」

 ミサイルポットなどの追加武装を全てパージする。
 これでグロースターは、通常の1.2倍のスピードを出せるようになった。

 急がなければ。
 もしユーフェミアにもしもの時があれば…………、想像したくもない。
 そうなったら、ゼロじゃなくてコーネリアに殺されるだろう。

「…………見えたっ!」

 だが同時に見たくもないものまで見てしまった。
 上空に浮かぶ戦艦。
 まるで白亜の城の如く君臨する、王の眠る理想郷の名を冠した船。
 第二皇子シュナイゼルの旗艦アヴァロン。

 アヴァロンから発射される赤黒い砲撃。
 それがガウェインのハドロン砲だと思い至ると同時に、レナード・エニアグラムの意識は薄れていった。



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