―――おまえの本当の腹底から出たものでなければ、人を心から動かすことは断じて出来ない。
白状すると、政治というのは、出来れば関わりたくない。
俺は軍人であり、本来軍人は政治に口を出さないものだ。
しかしながら俺はナイトオブラウンズであり次期公爵…………つまり、どうしても政治を学ぶ必要がある立場でもある。弱音を言えば"自信"はないが、ならばせめて心の奥底から言葉を吐き出してやろう。








――――――俺は先に本国へと戻り場を整える。主任、ルルーシュ殿下とナナリー殿下を頼む。
 自身の上官であり、敬意を払う相手に命じられたのは昨日のことであった。言うや否や上官であるナイトオブツー、レナード・エニアグラム准将は本国へと先に帰国してしまった。といっても一日早く到着するくらいだろうが。

「マリアンヌ様の御遺児。
皇帝陛下は御二人をどのように扱われるおつもりなのか、聞いてはいないか主任」

 キューエルがやや厳しめに主任に言った。
 視線はナナリー殿下の軟禁されている部屋とルルーシュ殿下が眠っておられる部屋に向いている。
 同じ部屋に居させようという意見もあったが、ルルーシュ殿下のほうは"特別"なので全権を預けられている自分がそう命じた。

「分からないわ。だけど、両殿下は八年前に皇位継承権すら剥奪され旧日本に人質として送られたという前例がある。
もしかしたら、陛下は――――――」

「くっ! マリアンヌ様の遺児の危機に、こうして何も出来ないとは……!!
皇室を守る為に結成された純血派だというのにっ」

「キューエル卿、落ち着いて下さい。
そうならないよう、レナード卿が水面下での調整のため一足先に本国に戻られたのでしょう」

「そうだがっ!」

「ヴィレッタの言う通りよ、キューエル。
それに貴方が真に両殿下の力になりたいというならば、その子爵家の名を存分に使うことね」

 さて、今頃敬愛する上官であるレナードはなにをしているだろうか。
 やはり、あちらこちらへ走り回っているのかもしれないな。そう、何の迷いもない瞳で。



 ミレイ・アッシュフォードの祖父にして、アッシュフォード家頭首であるルーベン・アッシュフォードが匿っていたルルーシュ、ナナリー両殿下が、ナイトオブツーによって"保護"されたと知ったのは事が起きてから数時間後であった。当然、最初は焦った。忠誠を誓っていた両殿下を皇帝に見付かってしまった不始末もそうだし、打算的に考えるならば、これを理由に自分自身が、皇室に無断で皇子と皇女の死を隠蔽したとして極刑に処される可能性は十二分にあるのだ。いや、自分だけならまだいい。最悪なのは、その罪が息子や孫娘まで断罪することだ。
 そうやって悩んでいたルーベンの下に、一人の男がやってきた。なんと両殿下を"保護"した張本人であるレナード・エニアグラムであった。

「ルーベン殿。貴公はルルーシュ殿下、ナナリー殿下の生存を皇室に報告せず、あまつさえ隠蔽した。
これをどう思われますかな?」

「さて、なんのことでしょうな。
私にはさっぱり」

「隠さなくても良いですよ、ルーベン殿。
私はなにも責めている訳じゃあない。寧ろ、尊敬しているのです。
皇位継承権を失い、後継者争いから脱落した両殿下を、危険を承知の上で保護する。
いやいや、自らの利益と保身にのみ興味のある貴族では、こうはいきますまい」

 どうやら完全に裏の事情まで知られているようだ。
 こうなっては、腹の探りあいは無意味か。

「…………それで、私に何をしろ、と。
まさか、それを言うだけにわざわざアッシュフォードの門を叩いた訳じゃありますまい」

「話が早くて助かる。
……聞くところによると、貴公は大変、広い人脈をお持ちで、それが学校経営にも役立っているとか」

「広く浅いものですがな。
生来のパーティー好きが、役に立ったようです」

「それは結構。
時間もない。単刀直入に言いましょう。その人脈、両殿下の為に役立ててはみませんか?」

「それは、どのような意味で?」

「なに、そのままの意味ですよ。
両殿下が帰国されたとして、果たして宮廷内にどれだけ味方がいるか……。
宮廷内にも知り合いのいる貴公ならば十分にお分かりでしょう?」

「…………つまり、私に両殿下の為に人脈を紹介しろと、貴方に」

「その通りです、ルーベン殿。
私は若輩ゆえ、個人的な交友のある貴族は限られている。
それも軍人が大多数。しかし両殿下の安全を磐石とするには、宮廷内にも交友のある貴方が必要なのですよ、ルーベン殿」

「……………………」

 どうする?
 信用出来るのか、この男は。
 両殿下とは幼馴染と聞いているが……

「ふふふ、そういえば。皇帝陛下は今のところアッシュフォードを罰しようとは考えてはおられない。
しかし、もし仮に信頼する臣下から"アッシュフォードを罰したほうがいい"などという進言を受けられたならば、どうなされるでしょうかね?」

「……私を脅すつもりですかな、レナード卿」

「いえいえ、私は例え話を言っただけです。
しかし、"もし"です。もしも私が皇帝陛下に、両殿下保護にあたってアッシュフォードの力が大いに役立ったと報告すれば、再び爵位を得る事も不可能ではありますまい」

「なるほど、それはそれは」

 ただの軍人と思っていたが、中々どうして政治も出来るようだ。
 "罰"という名の鞭で逆らう事にリスクが有り過ぎると思わせ、"復権"と言う名の飴で従ったほうが良いと思わせる。貴公子のような面構えに反するかのように強かな男だ。

「それで、返答はいかに。ルーベン・アッシュフォード殿?」

「いいでしょう。両殿下の為であるというならば、このルーベン。助力は惜しみません」

「感謝します。ルーベン殿」

 その答えを聞くと直ぐにレナードが立ち上がった。
 賭けるしかないだろう。この男の忠誠、いや友情に。
 去っていくレナードを見ながら、ルーベン・アッシュフォードは溜息をついた。
 さて、やる事が沢山出来てしまった。



 ルーベン・アッシュフォードに協力を取り付けたレナードは、先ずは一安心といった表情で息をついた。しかし我ながら思い切った事をしたものだと思う。政治とは出来るだけ距離をとっていたというのに、まさか自分から政治の世界に飛び込んでしまうとは。
 今更ぼやいても仕方ないか。もう覚悟は決めた。だからこそ、目の前に座るこの人物を説得しなければならない。そうジェームズ・エニアグラム、即ち父を。

「それで、用件と言うのはなんだ?」

「単刀直入に言います。
ルルーシュとナナリーについてです」

 父には既にルルーシュ達のことは話していた。ほんの僅かに驚いた顔を浮かべても、次の瞬間には元の鉄仮面に戻っていたのは流石というべきか。

「両殿下の後援になれと、そう言いたいのか?」

「はい」

「駄目だ」

「何故です?」

「理由は多々ある。だが――――――」

「ルルーシュの母が平民出のマリアンヌ様である為に、血統を重んじる貴族を敵に回しやすく、更に言えば皇位継承権の剥奪された皇族の後援となっても旨味がないから、ですか?」

「…………そうだ」

 やや間を空けてからジェームズが頷いた。

「無論、心情的には両殿下を援助したい。
しかし情によって行動すれば、最後に待っているのは破滅だ。
エニアグラム家の頭首として、また領民達を支配する者として、私は無責任な行動をする事はできん」

 その答えは半ば予想出来ていた。
 なにせ長年一緒に生活した父親である。どんな性格なのかくらい心得ている。
 だからこその返答も用意してきた。

「父上、もしや私が友人だからという理由でルルーシュ殿下を援助しようなどと言い出したのだと思ってはいませんか?」

「違うというのか?」

「はい。私が考えるに、ルルーシュ殿下を援助する事には三つの"利"があります」

「……続けろ」

「では。先ず一つ。
アッシュフォードが没落した今、ルルーシュ殿下には後援貴族がおりません。故に簡単にその座に着く事が出来る。今でこそ立場の低いルルーシュ殿下ですが、軍部には未だにマリアンヌ様に憧れる者は多々おります。これにエニアグラム家の援助が加われば、軍部の大半を味方につけられます。
更にルルーシュ殿下ならば、次代の皇帝の座すら夢物語ではありません。もしそうなれば、その後援貴族であるエニアグラム家は更なる発展をとげる事でしょう」

「しかし、逆にルルーシュ殿下が皇帝になられなかった場合、我々は目を付けられる事になるぞ」

「そうでしょうか?
順当にいけば、次に皇帝になられるのはオデゥッセウス殿下かシュナイゼル殿下。それにコーネリア殿下でしょう。
マリアンヌ様に憧れていらしたコーネリア殿下は言うまでもないとして、オデゥッセウス殿下も気性の穏やかな方ですので、ルルーシュ殿下を害そうとはしないでしょう。シュナイゼル殿下にしても、和を重んじる性格であらせられるので、不必要な粛清はなされないでしょう。
つまり低リスクで高いリターンが望めるのです」

 ジェームズは静かに頷く。四角い眼鏡をくいっと上げると、静かにレナードを見る。
 
「お前の言う事には、一つ問題がある」

「なんでしょうか?」

「レナード。お前が言っているのは全て"もし"ルルーシュ殿下が皇帝陛下に認められる程の実力があった場合の話だ。
もし逆にルルーシュ殿下が……あー、陛下が認めるほどの水準には届かなかったとしたら、どうなるか分かるだろう?」

「しかしルルーシュの才覚はっ」

「幾ら才覚があろうと実績がなければ証明はされないのだ」

 言葉に詰まってしまう。
 ルルーシュに才覚がある事はレナードにも分かる。しかしそれが他者に認められるのは、実績を出さなければならないのだ。そしてその実績が、ルルーシュには全くない。

「だが、お前の話は良く分かった。
もしもルルーシュ殿下が目に見える形での実績を出されたならば、後援貴族の件、考えよう」

「本当ですか!?」

「そうだ。確約はできんがな」

「ありがとうございます、父上!」

 今はそれだけでも十分だ。
 エニアグラム家の力が借りれなくても、ナイトオブツーが後援につくだけで、それなりの影響力はあるし、ルーベンや他の者の助力もある。
 それにエリア11にいるコーネリアやユーフェミアにも援助を頼めばいい。あの二人ならば間違いなく手を貸してくれる筈だ。
 礼儀に則り父に礼を言い、実家を後にする。
 ルルーシュ、ナナリー両殿下が到着する際に、テロリストなどの襲撃に合わないよう準備する。そういう名目で先に帰国した以上、二人が乗る飛行機が着陸するのに立ち会わない訳にはいかない。
 レナードは急ぎ、空港へ、八年前に二人と別れた空港へと向かった。



 レナードが行ったのを確認したジェームズは、滅多に見せない微笑を浮かべていた。

「どうしたのですか、あなた?」

「いや、ただな」

 妻の問いに、嬉しそうな、しかしどこか寂しそうな表情で応じる。
 それは先程までの頭首としての顔ではなく、ただの父親としてのものであった。

「子供が育つのは早いものだと思ってな。
つい数年前までは、ただ感情のまま行動するだけの洟垂れ小僧だったというのに」

「皆そうやって成長していくものですよ」

「ふんっ。まだまだ未熟だがな。
もう少し感情を操作出来るようにならなければ、私の後は任せられん!」

「ふふふふ。そうですね」

 二人は静かに、夜の空を見上げていた。



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