―――再会は人生においていつでも愉快なことである。
それは、この時ばかりは例外が適用されるだろう。なにせ少年。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが再会する相手は実の父であり、憎むべき相手である皇帝。
さて、ルルーシュはどのような気持ちで対面するのだろうか。
意識が戻ると、目の前にはこの八年間恨み続けた男がいた。
神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
「戻ったか、ルルーシュ。
久しいな、我が息子よ」
異常な事だが、謁見の間には自分自身と目の前の男以外誰もいなかった。
恐らく此処に自分を連れてきたであろうレナードの姿さえない。奴はこの男の騎士であるというのに。
だが、この場には自分とこの男以外の誰もいない。これは好機だ。
母の死の真相、妹の安否……それらが重なり合い、一つの言葉、いや命令となって紡がれる。
「俺の質問に答えろッ!」
ルルーシュの左目から羽ばたく不死鳥。それは皇帝シャルルの瞳へと…………飛び込まなかった。
ギアスという王の力は、シャルル・ジ・ブリタニアの脳髄を侵す事無く終わる。
「不発……馬鹿な……」
有り得ない。
そう思わず呟いた。
(ギアスが消えた? いや、今だに俺の左目からはギアスの気配を感じる。
どうなっている、ギアスの効かない奴が……いや、待て!
まさかこいつもC.C.と同じ)
「ギアスなど、このわしには効かん」」
(知られているッ!? 馬鹿な……!!)
「貴様……答えろッ!
ナナリーは何処に居る!? 母さんは如何して死ななければならなかった!」
「その愚かさ、八年前と変わらんな……ルルーシュ」
今直ぐ目の前の男を殺したい衝動に駆られる。しかし肝心のギアスは効かない。これでせめてスザク並みの身体能力があれば今直ぐにでも飛び掛るのだが、自分ではそれも不可能。
「皇帝に対する不敬なる発言。我が騎士レナードに免じ今は許そう」
「あいつが…………あいつが喋ったのか、俺達の事を!」
「相変わらずの未熟者よ。
弱者たるお前の問いに答える時間などない。
お前には我が決定のみを下す」
「ふざけるなっ! ナナリーを! ナナリーは何処にいる!?」
「弱者に用はない、それが皇族というものだ、が。
我が騎士レナードの進言を鑑み、お前にはチャンスを与えよう」
「チャンス、だと?」
「その通り。
貴様はこれよりEUへと向かい勝利を収めてみよ。
衆愚政治に塗り固まった惰弱なEU風情、これに敗れるような事があるならば……」
視線が語っていた。
負ければお前だけじゃない、ナナリーも殺すと。
「俺に戦えというのか……、お前の為に……」
「報告は後日、追って伝える。
その間、お主はインベル宮に。ナナリーはアリエス宮に置く」
皇帝がそう言い終えると、どこからか現れた侍従らきし男達がルルーシュを掴む。全員が、目を隠していた。これではギアスは使えない。
「くそっ、また俺から全てを奪うつもりかッ!
母さんを、ナナリーまでッ!」
「連れて行け」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ルルーシュの絶叫が謁見の間に木霊した。
強い力で引っ張られ連れて行かれる。通りに出ると車に乗せられ、そのままインベル宮へと引っ張ってこられた。そして到着すると乱暴に屋敷へ放り込まれた。
「くそっ! まさか、こんな事に……」
状況を急いで整理する。
皇帝シャルルは、自分の持つ王の力ギアスについて知っていた。という事は、ギアスを使い脱出を図ろうとしても、それの対策はうってあるだろう。それにナナリーが奴の手中にあるのも問題であった。例え脱出したとしても、あの男はナナリーを人質、もしくは最悪の場合見せしめとして殺す可能性すら有り得る。
ただ、不幸中の幸いか自分が"ゼロ"である事はばれていない。
もしもバレていたら、即刻死刑になっていただろう。そうならなくとも終身禁固か、もしくは実験台か。どちらにせよ、幾ら監禁に近いとはいえ、インベル宮のような場所に住まわせる筈がない。
(そうだ、黒の騎士団と連絡がとれれば……!
いや無理だ。仮に連絡をとったとして如何する?
本国に来いと命令する? ありえない。幾ら黒の騎士団が大きくなったとはいえ、本国の厳重な警備網を突破する事は不可能だ。第一どうやって説明する)
思考が停止しそうになる。
ドアから外を見ると、多くの警備兵、いや監視たち。
自分の身体能力では、これを突破する事はギアスなしには不可能。そして敵はギアスのことも何故か知っている。
(だが、なんとしても此処を脱出しナナリーを助けなければ……。
そう、どんな手段を使ったとしても……!)
彼の左目には、赤いギアスの紋様が、爛々と輝いていた。
ルルーシュが去った謁見の間。
入れ違いにルルーシュを本国に連れ帰った張本人であるレナードが呼び出されていた。
「ご苦労であった、ナイトオブツー」
「はっ」
恭しく頭を垂れる。
ただ、流石の彼も今日は気迫がなかった。
なにせ連れ帰ったのは自分自身にとっての悪友と幼馴染。いい気がする訳もない。
「報告は聞かせてもらった。
今回の功によりお前の階級を准将から少将へと上げる。
また、二人の確保に尽力したというアッシュフォードには子爵の位を与えよう」
自分が少将、それにアッシュフォードは子爵。随分と気前がいい。なにか裏があるのではと勘ぐってしまう程に。
「レナード。ルルーシュの後見を買って出た貴様には一つ教えておく事がある」
「なんでしょうか?」
「王の力ギアス」
「ギアス?」
聞いた事のない言葉だ。なにかの暗号だろうか。
レナードが悩んでいると、皇帝が更に言葉を紡ぐ。
「どのような人間であっても一度だけ下せる絶対遵守の力……それが、ルルーシュの持つ能力だ」
「……は?」
言われた事の余りの突拍子のなさに思わず口をぽかんと開いてしまった。
なにを言っているのだ、この人は。
この激しい激務で頭が可笑しくなってしまったのだろうか。
「そう呆けた顔をするな。
全てが事実……嘘偽りなき事よ」
「で、ですが陛下――――――」
「わしに意見するというのか、ナイトオブツー」
「いえ、そういう訳では……」
「まあよい、説明するのも面倒だ」
気のせいか、嫌な気配がした。
河口湖でゼロと対面した時と同じ、先日クラブハウスでルルーシュを"保護"した時と同じ。
違うのは、目の前に居る相手が目を逸らせない相手だということくらい。
皇帝が不意に両目を押さえる。再び開かれた両目。そこには先程までなかった不死鳥が大空へと葉叩くような紋様が浮かんでいた。
「シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。
――――新たなる記憶を!」
瞬間であった。
飛び込んでくる映像、記録。
そうだ……何を疑っているんだ。
ギアスという能力の詳細が簡単に思い浮かぶ。この力が地上に存在している事は間違いのない事ではないか。そしてルルーシュがギアスを持っているのも。
「理解したか、全てを」
「――――――はい」
「ではレナードよ。
お前は騎士のおらぬルルーシュの護衛としてつけ。
またナナリーにはナイトオブシックスをつける」
「ナイトオブシックス……アーニャをですか?」
「そうだ」
少なからず驚いた。
幾ら騎士がいないとはいえ一皇族の警護にラウンズを就けるのは異例のことだ。しかもルルーシュだけではなくナナリーにまで。
一体何がどうなっている。てっきり陛下は二人の事を侮蔑していると思ったのに。
「では下がれ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
恭しく一礼すると、謁見の間を後にする。
後には皇帝シャルルのみが残され…………いや、背後からすぅと一人の女性が現れた。
普通、皇帝の後ろから現れるなど不敬罪を適用されても文句の言えない事なのだが、シャルルはなにも気に留めた様子もなく、現れた女性に。
「久しいな、C.C.」
「ああ、久し振りだ。
だがな、どうなっている?
当初の取引と違うぞ」
そう、取引の上では、この時点でシャルルがあの男――ルルーシュに手を出す事はなかった筈なのだ。
それが何故か、皇帝シャルルは自らの意志で、あのレナードとかいう男を使いルルーシュを確保し、ブリタニア本国へと連れてきた。そして同じようにクラブハウスに住んでいたC.C.もまた同じ。
「………………」
「答えろ、シャルル。
私は気が短いんだ。返答によっては今後の付き合い方を考えるぞ」
流石にシャルルもこの魔女C.C.と対立する事は望んでいないのか、重たい唇を開いた。
「兄さんが…………殺された」
「面白くないぞ」
シャルルの言葉を一刀両断にする。
なにを言い出すと思えば、そんな嘘で自分が騙せるとでも思っているのだろうか。
「ジョークを言うなら、もっとましなジョークを言え。
そもそもコードを持っているV.V.が死ぬ筈が…………いや、待て。
シャルル、お前まさか――――――」
最悪の想像をしてしまう。
コードを持つ者を殺すには、そのコードを奪うしかない。
そしてコードを奪うだけのギアス能力者に、現状C.C.には心当たりが一つしかなかった。それは目の前にいる男、V.V.の弟であるシャルルである。
「無論、わしが殺した訳ではない。
わしが気付いた時には、嚮団は完全に壊滅していた。
生存者は誰もいない、文字通りの全滅…………兄さんもその中で事切れていた」
「下手人に心当たりは?」
「ない。だからこそ、お主の協力が必要なのだ、C.C.」
成る程、それで自分とルルーシュを呼び寄せたのか。C.C.はなんとなく事情を悟った。
C.C.のようなコード保持者は、ギアス能力者や同じコード保持者の存在を、ある程度だが察知する事が出来る。勿論、レーダーのような便利なものではなく、オートで突然に発動するものではあるが。
そしてV.V.が死んだという事は即ちコードが奪われたという事。これはシャルルにとっては一大事だ。なにせ彼が目指してきた願望の成就には二つのコードが必要不可欠なのだから。
「もう一つ付け加えるなら、お前達を目の届く範囲に置いておきたいというのもある。
兄さんに続き、お主までコードを奪われるような事があれば計画は破綻する」
「事情は分かった。
あー、それとルルーシュのギアスが効かなかったのは、どういう理屈だ?
コードも無しにギアスを無効化するなど聞いてないぞ」
「なに、ごくごく単純なトリックだ。このように――――――」
目からなにかを取り外した。そしてそれをC.C.にも見えるように手の平に載せた。
「嚮団の作ったコンタクトレンズを使えば、相手の目を見る必要のあるルルーシュやわしのギアスは簡単に無力化できる」
「皇帝の癖に、随分とセコイ手段を使うじゃないか。
まあいい、そのコンタクト、もう一人分あるか?」
「あるが、どうした?」
「ルルーシュの奴も最近、能力の暴走が近くなっているからな。
もしもの時の保険というやつだ」
シャルルからコンタクトを受け取るとC.C.は何処かへと去っていく。
そう、彼女にとっては如何でもいいのだ。
例えルルーシュが本国へと連れ戻されたとしても、あの男は決して前に進むのをブリタニアへの反逆を諦めたりはしいないだろう。いや、もしかしたら今頃は新たなる反逆を考えている頃かもしれない。
彼女にとって何よりも重用なのは、ルルーシュが自分の願いを叶えられるようになること。そうなってくれさえすれば、実際のところ黒の騎士団や日本解放などは如何でもよかった。
「さぁルルーシュ、どうする?
今度の敵は、随分と手強そうだぞ」
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