―――買えなければ盗んでも自分のものにしたくなるような絵なら、間違いなくいい絵である。
本当に欲しい物というのは、理屈や良心など関係なく反社会的な行動をしてでも手に入れたくなるものらしい。本人はそれは犯罪だと分かっているのに、止められない。何故なら犯罪を犯してもそれが欲しいから。欲望がある限り犯罪は止まらない。戦争も終わらない。








 作戦は完璧といって良いほど恙無く成功した。
 予め裏取引をしていたブリタニアの高官から得た情報で簡単に、基地内に潜り込むことが出来たし、基本的に同じ白人なので人種も区別が付きにくい。これが中華連邦などの黄色人種などそうはいかないので自分が西洋人で良かったと思う。
 ちなみに言うと情報を流した高官は所謂金の亡者というタイプではなく、主義者と呼ばれる男だった。ようするに、帝政の中にも民主主義を望む者はいるという訳である。

 ブリタニアの兵士になり済ました後は、予め潜り込ましていた協力者の案内で格納庫へと向かう。警備の兵もそれなりの数がいたが、こちらも極秘任務に選ばれる精鋭中の精鋭。それも中には研究所で"強化"された者もいる。早々にこれを沈黙させる事に成功した。

 警備の兵を沈黙させれば後は機体を動かすのみ。
 諜報部からの情報では、なんでもブリタニアが最新鋭の技術を兎に角詰め込んだ実験機らしい。
 格納庫で佇む白亜の巨人はゆっくりと侵入者を見下ろしているかのように見えた。確か正式名称はVCG-21Mガヘリス。

 コックピット内部は随分と広かった。機体の大きさも通常のKMFより一回りほど大きいのでコックピットも大きくなったのだろう。
 他の工作員が入手したキーを指してから認識番号を入力する。もしこれが違っていれば今までの努力が全てパアになる。祈るような気分で指を走らせ、結果を待つ。
 結果は成功。どうやら諜報部のもたらした情報は正しかったようだ。

 歓喜の心が俺の脳髄を満たす。
 漸く俺は手に入れたのだ。――――奴を殺す力を。
 そういえばガヘリスという名も自分には相応しい。
 父の仇の息子であるラモラック卿と母であるモルゴースが愛人関係にあったことに憤激して、母を殺し、更にはラモラック卿をガウェイン卿、アグラヴェイン卿、モルドレッド卿の四人でかかって惨殺した復讐の騎士。
 幼馴染であり初恋の人であった女性と、幼い頃より父親のいなかった俺にとっては親父代わりであった人の仇を討つ。その為だけに軍に身を差し出し強化人間となった俺にとって、これ以上に相応しい名があるだろうか、いやない。

 奴のせいで、俺の日常は崩壊した。
 女手一つで俺を育ててくれた母は、可愛がっていた少女の悲報を聞き元々悪かった体調を崩し他界。大好きだったおばさんも、愛娘と夫の死を知って入水自殺。

――――――もう、俺には何も残されていなかった。
 つい少し前までは当たり前だった日常は、もう俺一人だけ。
 もう何もかもがどうでもよかった。こんな孤独で灰色の世界で、たった一人で生きていく事に対してなんの魅力も感じない。
 だが、そんな俺にも一つだけ生きる為の力があった。
 それこそが"復讐心"。
 デューク・デバインを生かすたった一つの燃料。

 復讐が終われば――――――奴を殺せば自分も死ぬ。それはずっと前から思っていたことだ。
 復讐さえ果たしてしまえば、こんな世界なんてどうでもいいし興味もない。好き勝手に殺しあえばいいさ。
 ブリタニア人全てを憎む事が出来ればそうはならなかったかもしれないが、俺にとって不幸なのか幸運なのかは分からないが、十年前に死んでしまったブリタニア人の祖母が大好きだったお陰で、ブリタニアという国や人を恨む事は出来なかった。

 だがもう、そんな葛藤などはどうでもいい。
 見えた。俺に向かって飛んでくる黒い機体。何度も確認した、なんども見た。

なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、――――――いたッ!

 この時を待っていた。
 こいつを殺せば終わる。全てが終わる。
 永遠のように思えた人生から解放されるのだ。

「レナード・エニアグラムゥ!」



『レナード・エニアグラムゥ!』

 敵からの通信で自分の名前が叫ばれた事に、ほんの一瞬だけ面食らう。
 確かにラウンズの機体を見れば驚いたりするのは通常の反応ではあるが、通信を入れてまで叫ぶ理由はない。一体どのようなつもりだろうか。
 レナードが思考をはしらせていると、答えは直ぐに返ってきた。

『レナード・エニアグラムで間違いないな?』

「ああ、そうだ。じゃ、死んどけ」

 敵とのお喋りに付き合う気はない。
 隙をつき容赦なくライフルを撃つが弾かれた。
 どうやらブレイズルミナスで防御したようだ。

『待っていた……ああ、待っていた。フランカの仇を漸く()れる』

「!」

 思わぬ単語に思考が吹っ飛ぶ。
 だが体はそうではなかったようで、左に旋回しガヘリスの肩から発射されたハドロン砲を避ける。

「フランカだと!? 馬鹿な……。どうしてそれを」

 レナードが驚く。
 なにせ、レナードがフランカを殺したという事実を知るのは、生きている人間では自分だけなのだから。だが、またしても答えは直ぐに返ってきた。

『お前が殺したと叫ぶのを聞いていた兵士がいた。そいつはブリタニアの捕虜となっていたが、帰国を果たし、その事実を俺に伝えてくれた。
そのお陰で俺は、まだ醜く生きている』

「ちっ! あの基地に生き残りがいたのか。
全員ぶち殺したと思ったんだけどなぁ」

『死ね』

 拡散するハドロン砲を避けながら接近する。
 狙いも正確だし機体の動きもいい。どうやらかなりの力量とみえる。
 しかしやはり今日乗ったばかりの機体。どうしても、機体に対する信頼が欠ける。

 ハドロン砲を避けながら接近する。命令は奪還であり破壊ではない。
 フロートを破壊し地面に落とせば、後は数の暴力で料理すればいい。

 懐に入り込みMVSでフロートを狙う。防がれた。
 流石は最新鋭技術を詰め込んだ機体だけある。MVSも標準装備しているようだった。

「押されている……!?」

 技量ではなく純粋な機体性能の差が出た。
 所詮は第五世代のカスタム機でしかないカスタムグロースターと最新鋭機との差。
 ならば技量で押し返す。
 MVSを傾け敵の斬撃を受け流し、返す手でフロートを狙う。失敗。
 尚も狙おうと迫るが、寸前で吹っ飛ばされる。
 どうやら蹴り飛ばされたらしい。だが、まだまだ――――――

「って、あれ?」

 さぁ反撃だ、と思ったが当の敵はどこにもいない。いや……飛行速度を全開にして撤退するガヘリスが見えた。

「追いたいが……エナジーが不味いな」

 既にエナジー残量が危険域に入っている。一度調整する時に動かしてそのままだったから元々エナジーを消耗していたのだ。
 それに加えフロートユニットを搭載したことで燃費が悪くなったのもあるのだろう。ここから狙撃というのも一つの手段だが、実弾でブレイズルミナスを突破する事は出来ない上にスクランブルだったので狙撃砲を装備していない。これが八方塞というやつか。

「結局、機体を奪い返す事が出来なかった…………今回は俺の敗北か」




 悔しくて、思わず拳に力が篭った。
 本音を言えば、多少無理をしてでもあの場でレナード・エニアグラムを仕留めたかった。
 しかしガヘリスはその性能のせいで活動時間が短いという弱点がある。
 基地に帰る為に必要なエナジーを見積もると、そろそろ離脱しなければならない。
 勿論、仇を目の前にして撤退するのは悔しい。だが、ここで無理をして撃墜されれば永久に敵をとることは出来なくなる。
 確実にレナード・エニアグラムを殺す為にも此処は我慢の時だ。



――――今日は命を預けておく。だが、今度会ったらその時こそ。



 



【ガヘリス】
搭乗者:デューク・デバイン
形式番号:VCG-21M
分類:試作型KMF
製造:ブリタニア
生産形態:実験機
全高:7m
全備重量 9t
推進機関:ランドスピナー
関:フロートシステム
『特殊装備』
ブレイズルミナス
『武装』
内蔵式対人機銃×1
MVS×2
スラッシュハーケン×8
ハドロン砲×2

≪詳細≫
ブリタニアが最新鋭技術の殆どを詰め込んだ実験機。機体のカラーは純白。
ブレイズルミナスによる鉄壁の防御力、ガウェイン並みの火力とランスロット並みの機動力を誇る凶悪な機体。だが、その扱いは極めて難しくラウンズか優秀な強化人間くらいにしか乗りこなせるパイロットはいない。
またランスロット同様、そのハイスペック過ぎる性能が仇となり活動時間に問題がある。



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