―――死の恐怖は死そのものよりも怖ろしい。
死刑囚で言えば死ぬ瞬間よりも、死刑を宣告された時のほうが恐ろしいものだ。
例えば三ヵ月後に死刑と宣告された囚人は、その三ヶ月間日に日に近付く死の恐怖で、精神を貪り尽くされる。案外、死刑宣告と同時に脳天を吹き飛ばしてしまうほうが人道的なのかもしれない。
「まさか俺の初陣がジョセフの尻拭いとはな。堕ちたものだ」
苦笑しながらルルーシュが言った。
そうルルーシュの言う通りアースガルズは、ブリタニアの試作機ガヘリスを強奪した者を追って飛行中なのだ。
当初は捕まえた捕虜が幾ら拷問をしても何も吐こうとはせず捜査は難航していたのだが、ルルーシュが尋問に立ち会うと早々に情報を吐き出した。
なんでも、この先にEU軍の隠し基地があるらしい。そこで補給を済ませ改めて本当の基地へと持ち帰るだとか。
追撃部隊としてルルーシュが抜擢されたのはアースガルズが最高峰の機動力を持つということと、ジョセフの責任の押し付けだろう。あれはあれで、そういう手回しにだけは非凡な才覚を発揮するジョセフのことだ。今頃、全責任をルルーシュ一人に押し付けるために駆け回っているに違いない。
「言うなよ。それに、基地内で奪還できなかった俺にも多少の責任はある。
なにせラウンズの戦場に敗北はないっていうのが謳い文句だっていうのに、あれは完膚なきまでな敗北だったからな」
自分にも帝国最強の騎士に名を連ねているというプライドがある。
あんな見っとも無い終わりで納得出来る筈がない。
「だが仕方ないだろう。
お前の機体は第五世代。そして試作機は第八世代KMFだ。
それに強奪したパイロットは、最近噂になっている"強化人間"なんだろ」
「機体性能を言い訳にするほど子供でもないさ。
どんな理由があれ負けは負け。そして戦場での負けは死に直結する」
「…………そうだったな。だが」
「もし、正攻法で不利ならば」
「奇策を使えばいい」
「俺の性には合わないけどな。
戦争は王道が一番だ」
「同感だ、がそうも言ってられないだろう?」
「だな。だから?」
「ガヘリスが補給を受けている格納庫の場所だ。
その地図で○で囲んであるだろう?」
「随分と手回しがいいな。
予め工作員でも作っていたのか?」
「いや、つい少し前に仲良く会話しただけだよ。
EUの兵士は快く俺に協力してくれた。
……さて、この格納庫をパイロットが搭乗する前に、迅速に破壊したい訳だが。
通常の方法ではどうやっても接近に気付かれる。
そうならない為には、気付かれない場所からの攻撃が必要なのだが」
「つまり、狙撃手の出番だな」
「違うな。こんな仕事は単なる狙撃屋の仕事だ。
サンチアとルクレティアだったか? あの二人を付ける」
「パーフェクトだ。これで成功率は95%だ」
「ほう。100%じゃあないのか?」
「5%は予測不可能な事態の分だよ。
イレギュラーっていうのは馬鹿に出来ないからな」
薄く笑い、席を立つ。
向かう先はKMFの格納庫だ。
「お前が狙撃に成功し次第、こちらからも一斉攻撃を仕掛ける。失敗するなよ」
「イエス、ユア・ハイネス」
命令は確かに受領した。
そう、狙撃手の戦場は真っ向勝負じゃない。
狡猾な罠と、奇襲と暗殺こそが本領だ。
では行くとしよう。自分の戦場へ。
『この位置で本当に宜しいのですか?』
念のためサンチアがレナードに尋ねた。ルクレティアも口には出さないもののサンチアと同じ意見のようだった。
三人のいる場所は、EUの基地から6K離れた所にある山中。確かに基地の全体図が良く見えるし狙撃ポイントとしては理想的だろう。
ターゲットへの距離が余りにも遠くなければ。
サンチアもそのギアス能力故に狙撃は得意な分野だ。
だがそれも常識的な範囲内である。
はっきりいってレナードの陣取った場所は、狙撃手じゃないものの目から見ても『馬鹿にしているのか』と憤るような所なのだ。
「はいはい、言いたい事は分かってるよ。
こんな距離、無謀に決まってる、だろ?」
『…………はい』
「安心しろ。散々言われ慣れてる。
それに、そもそもだな。
俺も含め人間じゃない奴等が集まるのがラウンズだ。
この位の狙撃にヒーヒー泣き言いってたら俺は皇帝陛下の辞表を提出しなければならない」
『辞表。皇帝陛下にですか?』
「そこは軽く流せよ、まあいいや。
ほれ。二人ともギアスで正確な位置情報を割り出せ」
『イエス、マイ・ロード』
サンチアとルクレティアがギアスを発動する。
完璧だ。
サンチアが正確に敵の位置を察知して、ルクレティアが地形構造を解析する。
そして得られた情報を下に狙撃でドボンっ。
正に最高の組み合わせと言っていい。陛下も粋な計らいをする。
『………………?』
「どうした、早く位置情報を――――――」
『少将! 上ですっ!』
「!」
飛び退く。
その直ぐ後に大地が焼けた。上空から放たれたハドロン砲によって。
『お前の戦闘データを俺がなんど見返したと思ってるんだ』
その声と共に、攻撃を仕掛けた主が現れる。
純白の機体に乗ったその男は、歓喜と安堵の入り混じった声色でそう言った。
同時に周囲から突如現れる無数のEU製のKMF、パンツァー・フンメル。
「読まれていたという訳か……。
俺が此処に陣取る事を。……こんな誰も狙撃ポイントとして見向きもしない場所を」
『そういう事だ。じゃあ、死ね』
「くそっ!」
思わずコックピットの壁を殴る。だが直ぐに意味のない事だと思いなおし次の手を考える。
先ずはルルーシュに連絡しなければ。
通信をアースガルズへと繋ぐ。
浮かび上がるルルーシュの顔。しかし、どうにも緊迫していた。
「ルルーシュ。作戦は失敗だ。
強奪された試作機に捕まった。援軍を頼む。
確かキューエルとヴィレッタのサザーランドにフロートを装備していただろう。
だから、それで――――――」
『ちっ! やはりか!』
「やはり?」
『こちらも敵の襲撃を受けている。
それも重火力の巨大戦車の大部隊だ。ブレイズルミナスも無限ではない。防ぐにはサザーランドが必要だ』
「ならっ――――――」
『安心しろ。援軍は送る。五分でいい、持ち応えろ』
「簡単に言ってくれる!」
フロートを装備しているのは残念ながらグロースターのみだ。
サンチア機とルクレティア機はまだ。
つまり地上のパンツァー・フンメルは二人に任せ、一番厄介なガヘリスをグロースターで抑えるしかない。だが性能差は圧倒的、やれるか?
「いや、やる!」
機体性能など知った事か。
そんなものは技量でカバーすればいいだけのこと。
目晦ましにミサイルポットを発射する。
だがそれはガヘリスに何のダメージも与える事はない。全て全身を覆うルミナスで防がれてしまう。
しかし爆煙により目隠しにはなった。
ライフルを構え、発射。フルオートで兎に角撃てるだけ撃ちまくる。しかし無駄。
幾ら数を撃とうと所詮は実弾。ルミナスを突破するにはガヘリスのエナジーが切れるまで撃ち続けなければならない。そして、グロースター一機にそんな大量の弾がある訳がない。
「くそっ……」
ガヘリスが迫る。ランスロットやグロースターのそれより一回り大きいMVS。
グロースターを真っ二つに両断するように振るわれたMVSを、こちらもMVSで防ぐ。いや、防いだと思った。
しかし現実とは残酷なもので、圧倒的なパワーの差にグロースターの左腕が握っていたMVSごと吹っ飛ばされた。
『終わりだ』
その宣告を聞いた瞬間、頭の中で何かが切れた。
「侮るな! たかだが最近ナイトメアに乗ったばかりのひよっこがっ!
こっちは餓鬼の頃からKMFを乗ってきたんだ。そうそう負けてやれるかっ!」
『いいや負ける。そして終わるんだよ。全てが……』
「俺の運命をお前が勝手に決めるな!」
残った武装は右腕のMVSだけ。
それで十分だ。これで敵を潰してやろう。
拡散モードで発射されたハドロン砲を掻い潜って進む。
先ず頭部が吹っ飛ばされた。ファクトスフィアが完全にやられた。致し方ない。目視操縦でやるしかない。
右足が破壊された。問題ない。空中戦で右足なんて飾りも同然だ。この右腕が残っていればいい。
後少しの所まで迫る。振るわれる巨大なMVS。なんとか機体の装甲を持っていかれるだけで済んだ。
もう邪魔はない。ガヘリスの胴体に最後の武器であるMVSを突き刺した。
最期の足掻きでガヘリスはグロースターを蹴り飛ばす。余りの衝撃に地面に弾き飛ばされた。しかし勝敗は見えた。
『馬鹿、な……』
信じられないような呟きがスピーカーから漏れる。
だがこれがナイトメアでの戦いだ。機体の性能だけではない。パイロットの技量が最も物を言う兵器、それこそがKMFなのだ。
『だが、駄目だ』
「…………!!」
どうやら、つきに見放されたらしい。
ガヘリスは無事だった。
どうやらMVSを突き刺した場所は、残念ながら急所ではなかったらしい。
ダメージは受けたようだが、倒れるほどではなかった。
『長かったな。しかし、終わった。今度こそ……』
そこにどんな思いが詰め込まれていたのかは知らない。
しかし、奴の言葉は正しかった。
最期の蹴りのダメージが痛い。地面に叩き付けられた衝撃でフロートがやられた。それだけじゃない。右足がないので動く事すらままならない。完全なる積みだ。
「ここが俺の死に場所か……」
もう手はない。
諦めて目を瞑ろうとしたその時。
『レナード! 今直ぐポイントζ4へと行け!』
「ルルーシュ?」
『早くしろっ! 今そこにミサイルが飛んでいく。
ルミナスのあるガヘリスを破壊する事は出来ないが目晦ましにはなる!』
ポイントζ4といったら、此処からそう離れていない。
しかしガヘリスのハドロン砲がこちらを狙っている。
「頼む。動いてくれグロースター!!」
どうやら、つきには見放されても、愛機には見放されていなかったらしい。
グロースターは見事に俺の頼みに応えてくれた。
残った左足のランドスピナーが五月蝿い音を奏でながら機体を動かす。結果的にそれが救いとなった。
ガヘリスのハドロン砲はグロースターの機体を焼き尽くしたが、肝心のコックピットだけは焼き尽くせなかった。そしてナイトメアにはしっかりと脱出機能がついている。
予め設定しておいたポイントζ4に飛ぶコックピット。ガヘリスは追おうとするが、同時に迫っていたミサイルを防御する為にルミナスを展開した為に遅れる。幾ら最新鋭機でもミサイルの直撃を受ければ木っ端微塵になってしまう。
その隙を見逃せはしない。コックピットを開き外へ出る。やや肌寒い外の空気。一月なので当然だ。
「それで……何があるっていうんだ……」
咄嗟にルルーシュに指示されたポイントに来たが、そこには何もない。
まさか、なにか間違いの命令でも下したんじゃないかと疑問に思うと、疑問の答えが空からやってきた。
それはKMFだった。カスタムグロースターと同じ黒と赤を基調とした機体。あれは、間違いない。
「ルルーシュも味な真似をするっ!」
どうやらオートで飛んできたらしい。
大地に降り立ったナイトメアは静かにコックピットを開き、主の搭乗を待つ。
考えている暇もない。
急いで大地に降り立ったKMFに乗り込む。
専用機というだけあって、コックピットの広さも専用に調整されているらしい。かなり快適な座り心地だ。
そして最期に。
今まで最も長い間、共に戦場で戦ってきた"戦友"へと敬礼を捧げる。
思えば随分と同じ時間をその機体と過ごしてきた。コーネリア殿下の親衛隊に入隊した日に受領して、ラウンズとなってもカスタム機へと生まれ変わり支えてくれた。
「ありがとう、グロースター。貴官の今までの奮闘に感謝する。
安らかに眠ってくれ」
そして告げる。
新たなる戦友に。
「はじめまして、こんばんは。お前の搭乗者のレナード・エニアグラムだ。
覚悟しておけよ。俺の愛機になるのはキツイぞ。なにせ悠々自適の輸送機から突然ロシアの極寒地獄に突き落とされるからな。偉大なるお前の先輩は、笑いながらそれを乗り切ったぞ。
覚悟は出来たか? なら起きろ"マーリン"! 地獄拝ませてやる!!」
黒き魔人は、漸く戦場へと降臨した。
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