―――勇敢な男は自分自身のことは最後に考えるものである。
自分自身のこと……最後に考えているだろうか。
それほど自己中心的な人間ではないとは思うが、それでも最後に考える事はないと思う。
ならやはり俺は勇敢ではなく、臆病なのだろう。








 トウキョウ租界。
 嘗てはエリア11統治軍の総本山であるブリタニア政庁のあった地である。しかしブリタニアの権威と法律の象徴であるそこには、ブリタニアの国旗ではなく日本と黒の騎士団の旗が掲げられていた。
 それは、一体誰がこの日本という国を動かしているかを、明確に表していた。

「ゼロ。紅月カレンです」

『入れ』

 ゼロからの声が聞こえ、カレンは入室する。少し前まではコーネリアのものであった執務室へと。
 流石にエリア11で最も地位の高い者が使う部屋だけあって他の部屋と比べ随分と広い。造りもどこか上品な雰囲気がある。

『それで、何の用だ?』

「ラクシャーターさんが、ガウェインの調整はもう少し時間が掛かるから、下りてくるのはもう一時間遅らせるようにと」

『それはありがたい。
この所、全く休む暇がなくてね。ラクシャーターに感謝しなければな』

 冗談っぽくゼロが言う。
 そうだ。その仮面のせいで時々忘れそうになるがゼロも人間なのだ。
 当然、食事もするし睡眠もする。休む事だって必要だ。なにせ、日本独立からゼロが休んでいる所なんて一度も見た事がないのだから。

「あの、何を読んでいるんですか?」

 伝言だけして帰るのもなんなので、ゼロの読んでいた本について質問してみる。

『そう大したものじゃあない。君も知っているようなものだよ』

 どれどれ、とゼロの見せた表紙を眺めると『三国志』とあった。
 成る程、確かにこの物語は自分でも知っている。

「でも、どうして三国志なんか読んでるんです?」

『それも、そう大した理由ではないさ。
ただ私は今まで"三国志"という書物を拝見した事がなくてね。暇潰しがてら眺めてみたのだよ』

「そうですか……。それで、今どの辺りですか?」

『丁度、呂布が曹操に捕縛され処刑される場面だよ』

「それはまた……」

 天下無双の武を誇り、乱世を掻き乱した裏切りの将が死ぬ場面。
 裏切りを繰り返した男は、最後は結局部下からの裏切りによって幕を終えたのだ。

『……………………』

「……………………」

 ゼロは静かに本に目を落としたまま顔を上げようとはしない。
 カレンは微妙な雰囲気に耐え切れず、挨拶だけして退室しようとする、が直前で足を止めた。

「ゼロ!」

『どうした?』

「ありがとうございます。日本を、日本を取り戻してくれて」

『どういたしまして、と言っておこうか。
そうだ、ところでカレン。君はブリタニアを悪だと思うか?』

 カレンが眉を潜める。
 何を言っているのだ、と思っているのだろう。
 当然だ。日本人にとって自分達を征服し支配したブリタニアは悪以外の何者でもない。
 そう返答するとゼロはいやいやと首を振った。

『それは日本人の主観でのことだよ。確かに日本人にとってみれば自分達を苦しめたブリタニアは悪だろう。しかし逆にブリタニア人からしたら、私達こそ悪なのではないかね?』

「えっ、しかしそれは当然のことなんじゃ」

 カレンとて馬鹿ではない。寧ろ頭は良い部類に入る。
 この世界に絶対的な正義なんてものがない事くらいは分かっていたし、ブリタニアからしたら自分達は単なるテロリストだという事を理解している。
 しかしカレンは日本人だ。ならば支配者であるブリタニアを倒し、日本を取り戻したことは間違いではないはずだ。

『君の言っている事は実に正しい。確かに君は日本人。ブリタニアを倒し日本を独立させたことを間違いだと思いはしないだろう。
しかし、私は知ってのとおり日本人ではないからな。少し客観的に物事を判断できるのだよ』

「!」

 そう、忘れていた。
 ゼロが常に仮面を被り続けている理由を。
 今でこそ暫定的な国家元首であるゼロだが、その仮面の下が白日の下に晒された場合、黒の騎士団どころじゃない。合衆国日本そのものが崩壊するだろう。

『ブリタニアの植民地支配は悪だと日本人は言う。だがその日本人はどうなのかね。日本にも戦乱の時代があったし他国に戦争を仕掛けたこともないとは言えまい。そこでブリタニアが行ってきたのと似たような真似をしていないと本心からそう言えるかね?』

「……………………」

 正論なだけに何も言い返せない。
 確かにそれは紛れもない事実であり、認めなくてはならない事だ。日本は日本で差別もあった。
 だが、それを言ってゼロはどうするというのだ。前に桐原翁に何故ブリタニアに反逆するのかと問われた時、彼は"ブリタニアの破壊"と答えた。しかし何故か今の彼は"ブリタニアの破壊"を目指してないような気がする。

「ゼロ。一つだけ教えてください。
貴方は何のために戦っているんですか?」

『……なに、ごく在り来たりな理由だよ』

「それは」

『世界平和だ』





 EUの基地を早々に壊滅させたアースガルズは山を一つ超えると、敵の大型陸戦艇が待ち受けているという報告が届いた。
 だが特にルルーシュは焦ることはなかった。
 なにせ敵の航空戦力として脅威なのはガヘリスのみ。通常の戦闘機ならフロートを装備したナイトメアの敵ではないし、仮にガヘリス一機で特攻を掛けてきたとしても、マーリンを始めとするナイトメアで袋叩きにすればいいだけだ。

 しかし、その余裕はブリッジ要員の一言で脆く崩れ去る。

「殿下! 敵航空戦力が多数接近!
戦闘機以上の速さですっ」

「なにっ!」

「映像、出ます」

 ガヘリスを先頭にして接近するKMF小隊。
 ガヘリスを除いた全てのKMFが背中にブリタニアのフロートユニットとは少し違う、赤い光を放つフロートシステムを装備している。いや、問題はフロートではなく機体のほうだった。

「馬鹿な。あれは月下……!」

 ルルーシュはその機体を恐らくアースガルズにいる人間の誰よりも知っていた。なにせ嘗ては自分の部下が乗る機体だったのである。その機体データにも目を通した事があった。

(何故だ。月下が如何してアイスランドにいる……!
まさかラクシャーターの技術がEUに流れた? 有り得ない。そうだとしたら幾らなんでも早すぎる。
月下だけならまだしもフロートまで装備しているとなると…………自発的に技術をEUに流したと見たほうがいいか)

「ナイトメアを出せ! 空中戦だ!」





「大佐。信用できるのですか?
黒の騎士団は」

「仕方なかろう。忌々しいがアースガルズとかいう浮遊航空艦を墜とすには、ガヘリス一機では戦力が足らんのだ」

 黒の騎士団、いや合衆国日本とEUとの間で交わされた取引で月下と飛翔滑走翼の機体を受け取る代わりにEUは合衆国日本にかなりの金を渡した。
 黒の騎士団の本音としては、EUの戦力を増強させブリタニアの目を日本から逸らさせるという意図があるのだろう、とは簡単に予想できる。

「政治のことは私達軍人にはどうでもいい。優先すべきなのはアースガルズをなんとしても撃破することだ」

 実はアースガルズの名はEUにおいてかなり恐れられていた。
 なにせたった一隻の戦艦なのに、難攻不落の基地を次々と落としていくのである。
 既にアースガルズのせいで戦略的にもかなりのダメージを負った。もし、このままアースガルズが暴れ続ければアイスランドはブリタニアの植民エリアの一つに名を連ねることになるだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。

「しかし月下だけなら兎も角、貴重な実験機まで……。本当に宜しいのでしょうか?」

「貴様も恐れているのか、ラウンズを。
そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを」

「はっ?」

「ナイトオブツー、レナード・エニアグラム。
そして嘗てのナイトオブシックスであり、現在の帝国最強の騎士ナイトオブワンすら超える力量を持っていたという"閃光のマリアンヌ"の息子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
だが、それがどうした。他の物はラウンズのことを死神と恐れているが、奴等も我々と同じ人間のはずだ。なら太刀打ちできないはずがない」

「それは、そうですが……」

「ラウンズなんぞ糞喰らえだ! 糞ブリキ野郎どもに、EUの糞最新兵器の力を糞思い知らせてやるッ!」

「げ、下品ですよ大佐」

「知るか、馬鹿もんがッ!」






 既に戦闘は開始されていた。
 フロートを装備した月下は合計で九機。そしてガヘリスが一機。
 対してアースガルズの戦力は、マーリンにGX01シリーズが二機。そして性能が強化されたサザーランドが二機。数の上ではEUのほうが上だがパイロットの技量を含めれば、実質的な戦力は互角、いや僅かにEU優勢というところだろう。

『漸く会えたな! レナード・エニアグラム!!』

「くそ、いい加減しつこいんだよ!」

 マーリンに突っ込んできたガヘリスの相手をする。
 どうやら、こちらの得意の中〜遠距離戦ではなく近接戦闘を仕掛けてきているようだ。

『もう逃がさん! 貴様はここで仕留める!』

「悪いが、まだ俺は死にたくはないんでね。
俺にはまだまだ人生を楽しみたいんだよ」

『フランカを殺した貴様が言えたことか!』

「言ってやるさ! お前もいい加減に死んどけ!」

『お前を殺してからそうさせてもらう! 今日で全てを終わりにするッ!』

 互いのMVSがぶつかり合う。
 しかし純粋なパワーだけならガヘリスのほうが上だ。どうしても押されていく。
 
「……不味いな。こいつだけに掛かりきる訳には」

 レナードとデュークに違いがあるとすれば立場だ。
 デュークは強化人間ではあるが、所詮一兵卒に過ぎない。しかしレナードはアースガルズの実質的ナンバーツーであり指揮官でもある。本音を言えば早々にガヘリスを下し他の援護に向かいたいのであった。だがそんな事をガヘリスは許してはくれない。

 その時だった。
 ブリタニア軍の防御を突破した一機の月下が、アースガルズに迫る。

「しまった、今……!」

 援護に行こうとするマーリンを阻むようにガヘリスがMVSを振るった。

『お前の相手はこちらだ。レナード・エニアグラム』

「邪魔を……!」



「敵KMF接近! ブレイズルミナスを突破されました!」

 悲痛な叫びがブリッジ中に響き渡った。
 灰色の機体である月下の黄色い瞳がルルーシュを射抜く。

「防御を!」

「間に合いません!」

 月下がハンドガンをブリッジに向けた。
 その動きがどうしようもなくスローモーションのようにルルーシュは感じる。
 
(やられる……!)

 ルルーシュは目を瞑った。
 残される最愛の妹を思って。

 だが、何時まで経っても覚悟していた衝撃は訪れなかった。
 ゆっくりと目を開く。
 そこには腕とフロートを吹き飛ばされ落下していく月下と、赤い羽根を広げ悠然と浮かぶ白騎士の姿があった。



「良かった、どうにか間に合った……」

 少年、枢木スザクはランスロットのコックピットでホッと息をついた。
 本当にギリギリのタイミング。後少し到着が遅れていたら間違いなくアースガルズは墜ちていただろう。

『スザク、どうして……』

 嬉しいような困惑しているような声が通信に届いた。
 しかし今は事情を説明している時ではない。

『我が騎士、枢木スザク』

「はっ」

 飛行艇から主君であるユーフェミアの声が届く。
 そう此処に来たのは彼だけじゃない。ユーフェミアと元特派の長であるロイドやセシルもいる。

『我が名において命じます。
我が兄ルルーシュを救いなさい!』

「イエス、ユア・ハイネス!」



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