―――恋は肉体を欲し、友情は心を欲する。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザク。
嘗ては立場と思想の違いから対立した二人。そして異なる歴史においては憎みあった二人。
だが心で結ばれた絆は時として奇跡さえ呼び起こすのだ。
その機体の名をランスロット・コンクエスターという。
現在ではロイドとセシルの二人を残して壊滅した特派が開発した第七世代KMFランスロットを、発展改良した機体である。
一番目に見える特徴と言えば追加されたハドロン砲だろうか。
これによりランスロットは抜群の機動力だけではなく、トップクラスの砲撃性能を持った事になる。そしてその機体こそ枢木スザクの新たなる愛機であった。
「よし、いける!」
ランスロットのハドロン砲が一気に三体の月下を破壊する。
月下は第七世代相当の能力を持つ機体だが、残念ながらパイロットに差があった。
なにせスザクはラウンズと比べても遜色がないほどの力量の持ち主。
それにこのランスロット・コンクエスターが加わったのではもはや戦闘にすらならない。
『スザク! その機体…………。いや、そんな事よりユフィ、じゃなくてユーフェミア殿下は!?』
「レナード……卿。それは後で話します。今は……!」
『そうだな。こいつらをぶっ潰すぞ!』
「イエス、マイ・ロード!」
月下の動きが鈍っている。
突然、味方が三機も落とされた事に驚いているのか、予期せぬ敵の到来に困惑しているのか……。
士気を落とした月下は、逆に予想外の援軍で士気を上げたアースガルズのナイトメアに落とされていく。
これならば、自分が加わるまでもないだろう。
ならこの戦場で最も脅威なのは。
「はぁぁぁぁあああぁぁあぁッ!」
狙うのは純白のナイトメア、ガヘリス。
雄叫びと共にMVSを振るう、が防がれた。
「レナード少将。援護します」
『くそっ! 二人掛りで…………』
ガヘリスから敵兵のものと思われる声が聞こえる。
『悪いな。戦場にイレギュラーというものは付き物なんだよ。
知らなかったのか?』
『レナード・エニアグラム、貴様!!』
『スザク!』
「分かってる!」
どうやらレナードとあのガヘリスのパイロットとの間には面識があるようだが、それは気にしていなかった。
真正面からガヘリスに近接戦闘を仕掛けた。だが相手も中々の腕前で、素早くMVSを抜くと応戦する。
だがそれこそが狙いだった。
ランスロットと近接戦闘を行うという事は、即ち戦闘の要である腕を使うということ。その隙をレナードが見逃す筈がない。
ガヘリスの両足や頭部がヴァリスによって破壊される。
『くそっ……。分が悪いか』
ガヘリスの決断は早かった。
今は倒せないと悟るや否や早急に退却していく。
感情に囚われず冷静に"この場でレナードを倒せない"と判断して撤退したのは流石だが、生憎とそれを見逃すほど甘くはなかった。
『逃がさんっ!』
マーリンのスナイプハドロンがガヘリスへと照準される。
次々と放たれるハドロン砲。しかしガヘリスは後ろに目が見えているかのように避けていった。
『ちっ! あのレベルの相手には不意をつかないと当たらないか……
だが、そんな事より――――――』
「ああ」
撤退したガヘリスも含め、この場に生きているのは既にブリタニア側の人間だけだった。
「――――――つまり、ユフィはエリア11での責任を取らされて此処に?」
「半分は当たりです」
アースガルズの一室でルルーシュとユーフェミアは、何ヶ月かの再会を遂げていた。
最後にあったのは…………そう、神根島の時だろう。
思えばあの時とは随分とお互いの立場も変わったものだ。
「お父様からエリア11独立と特区日本の責任をとる為にEUとの戦場で功績をあげろって言われたの。
それでルルーシュがアイスランドで戦っているって聞いて」
「成る程。俺の加勢に来たという訳か」
「ええ。お父様に上申して、許可を貰って」
ちなみにブリッジではスザクが、ユーフェミアと同じ事をレナードや他の軍人達に説明している頃だろう。
「ところでゼロのことは……」
「ばれてない、だろうな。もしも、全て知られていたら俺がのうのうと指揮官なんてやれる筈がない」
「そうじゃなくて!……あのゼロのことが聞きたくて」
「ゼロ? ああ。あの偽者のことか。
悪いが期待には答えられそうにないな。俺と偽者は無関係だ」
「そう」
ユーフェミアの表情に影がさす。
「……コーネリアは?」
「………………」
「そうか。分かった」
答えずとも表情が告げていた。
コーネリアの行方は、ルルーシュの知っている情報と同じなのだろう。
つまり以前として行方知れず。
「そういえばナナリーと会ったわ」
「なにっ、それは本当か!」
「ええ。とても元気そうだったわ。友達も出来たみたいだし。
だけど、やっぱりルルーシュがいなくて寂しそうだったけど」
「そうか……。なら、良かった」
ルルーシュは出陣の前、何度もナナリーに会うために策を講じたが、その全てが失敗に終わった。
なのでユーフェミアから齎された妹の情報はとても貴重なものだった。
「……ナナリー」
「えっ!」
アイスランドから離れた本国。
そこのアリエス宮で少女ナナリー・ランペルージ……いやナナリー・ヴィ・ブリタニアは静かに振り返った。
特に理由はない。
だが、誰かに呼ばれたような、そんな気がしたのだ。
「ナナリー。どうしたの?」
「アリスちゃん! いえ、ちょっと…………」
慌てて取り繕って、体を元の姿勢に戻す。
「だけど、ナナリーも勉強家ね。
もう五時間は机に向かいっぱなしじゃない」
「いえ、そんなことは」
ナナリーがレナードの手によりブリタニアの皇女として本国へと戻ったのは数ヶ月前のことだった。
そして兄と会うことを何度も上申しては却下され、結局再会しないまま兄が戦場へと言ってしまったのはつい二ヶ月ほど前の事である。
ナナリーとて聖人君子ではない。
帰国した当初は自分達兄妹を本国へと連れてきたレナードを恨みもした。
だが時間が経つにつれて別の見方もするようになる。
レナードは少なくとも自分達兄妹を売って出世を図るような男ではない。第一そんな男だったら兄であるルルーシュと悪友であるはずがないし、ナナリーとて好意を抱きはしなかっただろう。
だからレナードは皇帝に命令されて仕方なく命令を実行したのだ……と思いたい。
そしてそれを裏付けるかのように、自分の警護役として側に就くことになったアーニャの存在がある。
アーニャは皇帝に禁じられたらしい情報以外は決して話そうとはしなかったが、逆に禁じられていない情報については実に詳しく教えてくれた。
それによると、やはりレナードは自分達を売り払った訳ではなく、寧ろ逆。
何の後ろ盾もない自分達兄妹のために最大限に動いてくれていた。
それに、本国に帰って何もかもが悪いことばかりという訳でもない。
その一つが身分を越えて友人となったアリスとダルクの二人。
仲良くなった切欠は、ダルクが誤ってナナリーを呼び捨てにしてしまい、それをナナリーが許した事からだ。それから徐々に口煩いメイドがいない所ではお互い普通に会話するようになり、これに更にアーニャも混じって、三人とも気付けば友達になっていた…………いや、アーニャだけはラウンズという立場上、友達という対等な立場からは一つ身を退いていたが。
「ダルク! それはナナリーのおやつでしょ! 返しなさい!」
「いいじゃん。お腹減ったんだよ」
「記録」
こうしていると、自分が皇女ではなく普通の女子学生に戻ったような気さえする。
だが違うのだ。
現実として自分はブリタニアの皇女であり、兄とその友人であるレナードは遠い戦場で戦っている。
正直、そう思うと自分の役立たずの体が恨めしく思ったこともある。いや、今でも心のどこかではそう思っている。
もし体が他の人と同じなら、なにか役立てる事があるかもしれない。何か力になれるかもしれない。
――――しかし、それが変わったのは大好きだった姉、ユーフェミアと会った時だった。
ユーフェミアが兄ルルーシュの援軍としてスザクと共にアイスランドへ行く、と聞いた時ナナリーの胸に溢れたのは、どうしようもない無力さである。
しかし、そうではないとユーフェミアは言った。
――――――確かに私にはナナリーより出来る事が沢山ある。だけど私に出来なくて、ナナリーに出来ることが絶対にあるはず。
その日からナナリーは勉強を始めた。
といっても学校で習うようなものじゃない。
政治や外交などの事についてだ。
確かに今の自分は無力、それは認めなければならない。
だから、このままではいけないのだ。
もっと沢山多くの事を学ばないといけない。
自分には戦場に行ってナイトメアを駆る事も、指揮をとる事も出来ない。
こんな自分が戦場に行っても迷惑なだけ……。だから、探す。
戦場以外で自分が兄の役に立てる場所を。
――――――少女は兄の下を離れ巣立とうとしていた。
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