―――戦士達よ。
―――終幕の鐘は鳴った。
―――世界は永きに渡る戦乱の歴史に終止符を打ち、
―――安らかに眠るだろう。
―――そう、戦士達よ。
―――君達の居場所はもうなくなる。
―――平和の完成だ。
―――誰もが他者を害せず、誰もが虐げられない理想郷。
―――だから、戦士達よ。
―――これは、君達へ捧げられる鎮魂歌。
―――嗚呼、戦士達よ。
夢を見ていた。
あれは何時の日の事だろうか。
既に忘れてしまった、遠い記憶。
懐かしい。今では有り得ない記憶。
作り得ない記憶。
何故なら、自分の兄は永久に失われてしまったのだから。
酷い。酷い世界だった。
華やかな宮廷生活は書物の中にしか存在せず、血で血を洗おう権力闘争が延々と続いていた。
信じられたのは兄だけ。
周りの人間は、大人は、父でさえも信じられない。
隣に住む異母兄が死んだ。
死因は急性心不全らしいが、本当は違う。
毒で殺されたのだ。
仲良くしていた異母姉の母親にクッキーを貰った。
兄と一緒に喜び、笑いながら家に帰った。
そして母に内緒で飼っていた犬にそれをあげると…………間もなく、死んだ。
数年後、母が死んだ。
銃殺。下手人は捕まらない。
表向きの発表はテロリスト。でも真実はそうじゃない。
誰か、異母兄妹の差し金に違いない。
いや、もしかしたら後援貴族の仕業か。
この世は醜い。
誰もが嘘ばかり。
信じられない。誰も、肉親でさえも。
唯一信じられるのは実の兄だけ。
それは兄も同じ。
信じられるのはお互いだけ。兄弟だけ。
だから誓ったのだ。
お互いにだけは嘘は吐かない、と。
そして願った。嘘のない世界を。
手に入れたのは王の力。
嘘のない世界、それだけを願い皇帝を目指した。
願望を成しえるには力が必要。
自身に発現したのは『記憶を書き換える』能力。
これを使い、父である皇帝や貴族に"自分を誰よりも信頼する"記憶を植えつけた。
結果は、大成功。
自分は父直々の指名により皇帝として選ばれた。
だが元々、皇位継承権の低い自分が皇帝になったとはいえ、はいそうですか、と頷く者が居る筈もない。自然に反乱が起きた。
――――――――血の紋章事件。
ブリタニア人でこの事件を知らない者はいないだろう。
保守的な皇族や大貴族、当時のナイトオブラウンズまでも巻き込んだ皇室内闘争。
その事件の渦中にあって、自らの心に浮かんだのは嘲りであった。
実に愚かなものだった。
自分に不満を持つのは分かる。
傍から見ても、自分より皇帝に相応しい皇子は他にいた。
自分が皇帝となったのは先帝の強い要望があったからという一点に過ぎない。
だが、これはない。
不満があるならば剣ではなく言葉をとれば良い。
その顔についた口は何の為にあるのだ。その脳髄は何の為にあるのだ。
不満があれば剣を取り、主に弓を引くなど獣と同じ。
彼等は理解していないのだろうか。
この広大な大地で虐げられる民衆を。
虎視眈々とこの領土を食い散らさんと狙う隣国を。
この国は、今、そんな愚かなことをしている場合ではないのだ。
一刻も早く国を建て直さなければいけない。
なのに、この国は下らない欲望に踊らされ一向に争いを止めようとはしなかった。
そして終焉の時が来る。
元衛兵達が、主君である筈の自身に銃口を向けていた。
愚かだ。彼等は何の為に自分を殺そうとしているのだろう。
金の為?
それならまだ理知的だ。
しかし正義の為と彼等が言うのならば、これほど愚かな事はない。
今、自分と言う人間が死ねば、ブリタニアは更に荒れるだろう。より多くの血が流れる。
滑稽だ。これのどこが正義だ。
それでも、世界というのは実に皮肉なことをする。
諦め絶望しかけた世界。
そんな世界で彼女を視たのは。
「ご身辺をお騒がせして誠に申し訳ありません」
元衛兵達を一瞬の内に切り捨て、自らを守ったのは一人の少女だった。
握った剣は血で濡れ、少女自身もかなりの傷を負っている。しかし、血に塗れて尚、彼女の美しさに微塵の衰えもなかった。寧ろより妖しい輝きを放っている。
この日、シャルル・ジ・ブリタニアはナイトオブラウンズから一人、皇妃を召し上げた。
絶望しきった世界。
それでも僅かな希望を見つけたのだ。
兄以外で初めて信じられる人物を。
「――――陛――――――皇帝陛下――――」
ハッと、皇帝シャルルが目を覚ます。
どうやら自分とした事が転寝をしてしまったらしい。
「良い。わしは些か体が優れぬ。
暫し黄昏の間にて休養してくる」
「はっ。ところでブリテンより帰還したナイトオブツーが陛下に御面会を求めていますが如何致しましょう?」
「急用なのか?」
「いえ、そういう訳ではないようです」
「ならば後で来るように伝えよ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
アースガルズの本格的な整備の為、一時的にルルーシュを伴って帰国したのはブリテン奇襲作戦より一週間後の事であった。現在ブリタニアとブリテンとの間では一時的に停戦条約が結ばれているが、それが本当に一時的なものであるのは、誰が見ても明らかだった。
もしかしたら、次にブリテンを攻める際にも出撃を命じられるかもしれないので、アースガルズは万全の状態にしておきたい。
まあそのような表向きの理屈とは別に、久し振りの帰国に思わず頬が緩む。
そういえば、最後に本国へ戻ったのは何時の日だったか……。
帝都での用事が終わったら何をしようか。
久し振りに里帰りするのも悪くないし、変装して街へ行くのも良い。
「まぁその前に皇帝陛下との謁見に行かないとな」
皇帝との謁見。
目的は一つ、ルルーシュとナナリーの面会だ。
陛下はルルーシュの反骨精神とギアスを危惧して、ルルーシュにとって最大のウィークポイントであるナナリーと会わせる事を許してはいなかったが、油断せず然るべき準備をすればルルーシュもどうこうすることも出来ないだろう。
ルルーシュのギアスはサングラス程度で簡単に無効化出来るのだし。
しかし謁見の申し入れは断られた。
いや正確に言うと『皇帝陛下は御疲れの為、お休みになられています。急用なのでしたらお取次ぎ致しますが』と言われたのだが、こっちの用事はさして重要なものでもなかったので、御暇な時にで良いと言って断った。
しかし途端にやる事がなくなってしまった。
折角、アースガルズだけではなくルルーシュも連れてきたというのに皇帝からナナリーとの面会許可を頂かなければ意味が無い。
「仕方ない」
此処で一人、ボケッと突っ立っていても仕方ない。
久し振りに、ある場所に行く事にした。
「ムッ。レナードか」
「お久し振りです、バルトシュタイン卿」
折角なのでラウンズが集まるインベル宮へと来たが、居たのはビスマルク・バルトシュタイン卿だけだった。
「他のラウンズはどうしたんですか?
まさか本国にラウンズが一人、という訳じゃないでしょう」
ラウンズが今の人数になってから、基本的に最低二人は本国で待機している筈だ。
この場合、一時帰国しているだけの自分はこれに含めない。
「案ずるな。モニカはロイヤルガードと陛下の警護。
アーニャはナナリー皇女殿下の御側についている。
生憎、他の者は出払っているがな」
「そうですか」
「確か陛下へ謁見を望んだと聞いたが用は済んだのか?」
「いえ。御疲れ、という事でしたので出直しました」
「そうか。
…………そういえば、お前の専用機。マーリンとかいったな」
「はい。そうですが」
「本国へ持ってきているのか?」
「はい。折角ですので本国の研究所に」
「それは良い事を聞いた。
久し振りに、どれ、少し揉んでやろう」
「え゛」
思わず顔が引き攣る。
揉んでやろう――――――自分が言うと卑猥な意味に聞こえるが、このビルマルク卿が言うと物騒な意味に聞こえる。
「アイスランドで功績を上げて有頂天になっているだろうからな。
一度その性根を叩くのも悪くない。暇なのだろう?」
「い、いや〜。そういえば用事があったような……」
「ほう。どんな用事だ。
下らぬ用事ならば……分かっているな」
目が笑ってない。
もし此処で『実はこの前、知り合った貴婦人との約束が』なんて事を言った日には、どれだけ恐ろしい模擬戦という名を借りた制裁が待っているか……。想像することすら怖い。
「ふむ。暇のようだな。では早速――――――――」
瞬間、鳴り響く轟音。
それは大地を震わせ、雄叫びを上げる。
「何事だッ!」
流石はナイトオブワンと言うべきか。
全く焦りや怯え、混乱を起こさずに動き、通信機に怒鳴った。
『ば、バルトシュタイン卿ですか! 助かった……』
通信から安堵したような男の声が聞こえた。
ビスマルクの対応をレナードは静かに待つ。
何が起きたのかは分からないが、情報を得なければ話は進まない。
「御託はいい。何があった!」
『キャスタール殿下と死亡したとされていたパラックス殿下が、新型KMFに乗り反乱を!
また一部の貴族と兵士がそれに従い、ペンドラゴン宮廷へと進軍していますッ!』
「皇帝陛下は?」
『陛下は最も安全な場所へと退避されました。
また両殿下の殺害を許可する、とも』
「そうか。ではこれより鎮圧に移る。
貴様等はそのまま待機せよ」
『イエス、マイ・ロード』
「……聞いたな、レナード」
「はっ」
「これより反乱の鎮圧を開始する。マーリンはあるのだろう。
至急、研究所へ行け。私もギャラハッドで出る」
「イエス、マイ・ロード!」
キャスタールとパラックスの反乱。
この事態を皇帝シャルルは如何でもいいものとして受け止めた。
二人はギアス能力者ではあるが、どちらも相手の目を見るという過程が必要な以上、KMFに搭乗したラウンズの護衛を突破しペンドラゴン宮廷へと至る事は不可能。
いや仮に突破したとしても、あの二人の知識ではこの黄昏の間へと来ることは出来ない。
「ご機嫌麗しゅう、父上」
自分の後ろから付いてきた神官二人がゆっくり倒れる。
見ると頭に短剣が突き刺さっていた。
神官達は何が起こったのか理解出来ずに絶命しただろう。
そして黄昏の間。
その中心にいる男は、
「馬鹿な。シュナイゼル、お主なぜ――――」
「ここに。ですか?
この黄昏の間は帝国宰相たる私も、兄上すら知らぬ場所。
故にギアスの事すら知らぬ私が、此処へ来れる筈がない、ですか」
シュナイゼルは変わらぬ微笑を浮かべながら、父の問いに答えた。
しかしその瞳は、断じて実父へと向けるものではなかった。
「………………」
「その答えは非情に単純です、父上。
私は案内して貰ったのですよ、彼に」
「案内、だと?」
黄昏の間の奥から、足音が響く。
静かに、されど王者のような威厳と共に、やがて黒衣の男が現れる。
最初は極東のテロリストに過ぎなかった、今では全世界が注目する人物。
「お主は、ゼロ」
「お初お目にかかる、シャルル・ジ・ブリタニア皇帝。
そして始めようか。戦争を」
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m