―――世界平和。
嘗てどれ程の者達が夢を見て、どれ程の者達が志半ばで散った事か。
恒久的な平和はこの世界に存在した試しがない。
全体的に見れば平和が数年続いたとしても、個人に目を向けると途端に平和から遠ざかる。
世界を変えなければならない。その手段を。









 レナードがマーリンに騎乗し帝都に向かうと、既に戦闘が開始されていた。
 滅多にお目にかかれないブリタニア軍同士の戦い。
 一体全体何が起こっているというのか。
 サザーランドやグロースターに乗ったブリタニア兵士達を、ロイヤルガードを始めとしたヴィンセントが駆逐していく。
 思わず口を開きたくなる光景。
 しかしその中でも一際、目を引く異形のKMFがあった。

「なんだ、ありゃ……」

 人型ではない金色のKMF。
 前にナリタで見た紅蓮よりも尚酷い外観。
 手には槍と盾を持っていた。

『遅いぞ!』

 ビスマルクからの声。
 慌てて我に帰る。

「バルトシュタイン卿、あれは?」

『レガリア、というらしい。
キャスタール、パラックス両殿下が騎乗している機体だ』

「……それは、また。
ブリタニア軍はKMFの管理を徹底させたほうがいいですね」

『そうだな。一体あれを管理していた者共はなにをしていたのだ。
幾ら相手が皇族方とはいえ、みすみすKMFを強奪されるとは』

「それは後でとっちめるとして……殺していいんですよね?」

 念のため確認する。
 幾ら反乱の首謀者とはいえ皇族は皇族。
 もし間違って殺してしまえば、皇族殺しの汚名を着せられかねない。

『問題ない。皇帝陛下から直々の御命令だ。
急ぎ鎮圧せよ、と。両殿下の御命は二の次で構わないそうだ』

「なら良かった。
では遠慮なくやらせてもらいますよ」

 図体はデカイが、どうやらフロートはないようだ。
 ならば方法は幾らでもある。
 飛べる、というのはそれだけ優位なのだ。

 スナイプハドロンを構える。
 狙うのは敵の胴体、発砲。
 風を貫くように赤黒い閃光がレガリアへと飛び、着弾。

「…………あれ?」

 直撃、したはずだ。
 なのにレガリアは直撃した部分から煙を出すばかりでピンピンしている。
 一体全体、これは。

『父の狗がァ! 皇子である僕に何を!』

 飛んでくる怒声。
…………どうやら馬鹿な皇子様にはキツイ説教が必要らしい。
 尤も説教は、最後の審判で降臨する御方に任せるが。

 レガリアから発射されるミサイル。
 かなり大きい、がこの程度どうという事はない。
 ヴァリスで全弾叩き落し、お返しにスナイプハドロンを喰らわす、がやはり致命的なダメージは与えられない。

「バルトシュタイン卿!」

 最も破壊力のある武装を持つビスマルクへ通信を繋げるが。

『こちらは雑魚の掃討で忙しいッ!
新型一機ラウンズなら自力でどうにかしろ!』

 厳しい返答がきた。
 ビスマルクは一人で総勢200はいるKMFの部隊と戦っていた。
 仕方ない。自力でどうにかするしかないか。

「…………って、こんな話をしてる場合じゃ!」

 レガリアだけに構っていたせいで失念していた。
 ハドロン砲の銃口をこちらへ向けるガウェインとガヘリスを元に製造された量産型KMFガレス。
 あれも盗まれていたのか。

 放たれたハドロン砲は正確にマーリンへと向かってくる。
 避けきれるか、そう思った所で。

『不甲斐ないわね、レナード』

 こちらに迫っていたハドロン砲がある物にぶつかると、そのまま跳ね返りガレス自身を焼き尽くした。
 マーリンを守るようにして上空に立っているのは黄緑色の機体。
 先程ハドロン砲を跳ね返したシールドを構えている。

「フローレンス! モニカか」

『久し振り、レナード。
あの御前試合以来ね』

「ああ久し振り…………と感動の再会は後だ。
あのレガリアとかいう四足を叩かなければ」

『エスコートはいるかしら?』

「あのな。エスコートっていうのは普通男が女にだな……」

『ラウンズに性別は関係ない。
ただ実力だけが物を言う、でしょう?』

「……そうだな。ではエスコートをお願いしますよ。
たまには口説かれる側に立つのも悪くない、なにせ」

『ラウンズの戦場に』

「敗北はないッ!」





 アリエス宮で静かに談笑していたナナリーを襲ったのは、大地を轟かせるような轟音だった。
 聞こえてくる悲鳴、叫び、苦痛。
 目が見えない分、耳が人より優れているナナリーは正確にそれを認識した。

「どうしたのですかっ。一体何が……?」

「皇女殿下、こちらへ」

 ナナリーが返答を聞く前に、側に居たアーニャがナナリーの車椅子を引いていく。
 有無を言わさぬ動作に、ナナリーは逆らう事が出来ない。

「一体何があったのですか?」

「キャスタール、パラックス両殿下が反乱を起こした。
今、鎮圧中」

「反乱……! それにキャスタールお兄様が!?」

 ナナリーにはキャスタールとパラックスに大した面識はない。
 印象に残っている事といったら、キャスタールがやけにユーファミアに懐いていた事と、自分達兄妹に対して露骨に嫌う態度を見せていたことだ。
 
「ですが反乱なんて……。
それにパラックスお兄様は……お亡くなりになられた筈では?」

「分からない。でも両殿下が新型機を強奪して反乱を起こしたのは事実。
ここも危ない。急いで退避する」

 アーニャが危ない、というのなら確かなのだろう。
 車椅子で座っているナナリーにも、アーニャが多少焦っているのが分かる。

「あの、大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫。バルトシュタイン卿とモニカが迎撃に出ているから。
それに今日はレナードもいる」

「えっ! レナードさんが御帰国なされていたのですか」

「そう。旗艦の整備とブリテンの報告で。
たぶん専用機も持ってきている。だから心配する必要なんてない」

 やがて地下にある扉の前に到着する。
 アーニャがパスワードを入力しナナリーの生体認証をする。
 すると扉が開いていった。
 帝都ペンドラゴンの地下にある皇族専用シェルター(大貴族も使ったりする)。そこにナナリーを押し込むと、アーニャはそのまま立ち去ろうとする。

「アーニャさん、何処へ!」

「私もラウンズ」

 それが答えだった。
 アーニャとてナイトオブラウンズ。
 優先すべきは皇帝の守護。
 アーニャは一人、戦場へと向かった。




 帝都ペンドラゴンでは依然として戦闘が続けられていた。
 だが、それも間もなく終わるだろう。
 反乱の旗頭はどう見てもキャスタールとパラックス。
 その二人が死ねば、反乱軍は空中分解する筈だ。
 そして二人の騎乗するレガリアは既にズタボロであった。

『そんな、レガリアが……。
クソ! ラウンズが皇子である僕を倒して良いのか!』

「残念ながら、殿下。
貴方達に対して皇帝陛下直々に『抹殺せよ』との命令が出ておりますので。
申し訳ありませんが、今の内に神に祈って下さい」

 レナードが大仰に言う。
 その言葉には全く心が篭っていない。
 ただ「ご愁傷様」と二人に告げていた。

『クサイ騎士がァ! 僕を誰だと思っているゥ! ふざけるなァ!』

「モニカ」

『分かってる』

 二機のKMFが左右に分かれ、レガリアに接近する。
 同時に二機がMVSを構えると、レガリアの両腕を切り裂いた。

『そんな、腕がッ!』

 これで武装はほぼなくなった。
 ミサイルは全弾撃ち尽くしたようだし、あのビームのような兵器も警戒していれば当たる事はない。
 チェックメイト、そう思った矢先にアラーム音。
 そのアラーム音の正体を知り、慌てて退避する。数秒後、レガリアを包む赤黒いエネルギー。
 この威力、そして大胆さ。

「やる事が一々派手だな」

『というより、美味しい所だけ掻っ攫ってったわね、アーニャ』

『もうお終い?』

 小豆色の機体がゆっくり接近してくる。
 まぁお終いだろう。
 先程までレガリアだった物を見る。
 完全にガラクタと化しており、パイロットは100%死亡しているだろう。

「だが最後の仕上げが残っている。さっさと雑魚の掃討を――――――」

 ビスマルクの援護に回ろうとしたその時、嘗てない悪寒。
 脳裏へと浮かび上がる映像。
 まるで脳髄がシェイクされているかのような鈍痛。
 
 叫んでいた。
 思考が、体が、頭が、知能が、全身が。
 このままでは間に合わなくなると。

「モニカ!」

『どうしたの、そんなに焦って?』

「俺は陛下の下へ向かう!
確かペンドラゴン宮廷の奥だったな!」

『そうだけど、あそこはラウンズでも行った事のない場所で……』

 宮廷の奥に何かがあるのは知っていた。
 しかしそこはラウンズや宰相であるシュナイゼルですら入った事のない聖域。
 それでもレナードには確かな予感があった。
 
 自分の勘を信じ聖域へと足を踏み入れるか。
 それとも自分の勘を無視してこのまま反乱軍の掃討をするか。

 自分の立場を考えれば答えは一つしかない。
 このまま反乱軍の掃討をすべきである。
 第一皇帝からの救援要請もなしに、その聖域に入ること事態が騎士として不忠だ。
 それに自分の勘が外れていたとしたら、先ず間違いなく罰を受けるだろう。

 しかし、もしこの直感が正しければ……。
 脳裏に浮かんだビジョン、皇帝が撃たれ倒れる映像。
 それは確かな現実感を持ってレナードの心を支配した。

 罰を受ける覚悟で茨の道を行くか、それともこのまま安全な道を行くか……。
 いや、答えは最初から決まっている。
 皇帝を守護する事こそ騎士の本懐。
 
 騎士道とは対極的な戦い方をするレナードだが、譲れない矜持がある。
 ならば此処は……。

「自分の勘を信じる。モニカ! 俺は陛下のもとへ向かう!
此処は任せた!」

『ちょっとレナード!』

「これは俺の独断だ! バルトシュタイン卿にはお前から報告しておいてくれッ!」

 モニカを最後に一瞥すると、そのままレナードはマーリンを走らせる。
 目指すは帝都ペンドラゴン宮廷。
 間に合うか、いや間に合わせる。

 再度、脳裏に浮かび上がった映像を振り払い、レナードは黄昏の間を目指した。


 丁度、その頃。
 黄昏の間には、皇帝シャルルと銃を構えたシュナイゼル。
 そしてゼロが静かに立っていた。

 

 




【フローレンス】
搭乗者:モニカ・クルシェフスキー
形式番号:RZA-12GD
分類:ナイトオブラウンズ専用KMF
製造:ブリタニア
生産形態:ナイトオブトゥエルプ専用機
全高:5.2
全備重量 8.12t
推進機関:ランドスピナー
関:フロートシステム
『特殊装備』
ブレイズルミナス
リフレクトシールド
『武装』
内蔵式対人機銃×1
MVS×4
スラッシュハーケン×12
アサルトハドロン砲×1

≪詳細≫
ナイトオブトゥエルプ、モニカの専用機。
アサルトライフルサイズのハドロン砲を通常装備しており、ロイヤルガードの指揮官として行動する事が多いため、比較的防御力の重点を置いた仕様となっている。
特徴の一つは専用の防御兵装であるリフレクトシールド。
ブレイズルミナスを応用した兵器であるこれは敵攻撃を反射し跳ね返す事が出来る。
外観はヴィンセントに黄緑のシールドを装備した具合。頭部はヴィンセントよりも滑らかで、どこか天使を連想させるようなもの。
カラーリングは黄緑、間接部分やフレームは金。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.