―――真実には特定の時などない。真実はどんな時代にも真実である。
真実とは、真相とは何だろうか。
例えば今我々の持つ知識、歴史が本当に事実なのか?
それは誰にも分からない。
分かるのは、その時代に生きた当人だけ。
そう、歴史家や批評家は傍観者でしかなく、当事者にはなれないのだ。








 それはレナードが帝都ペンドラゴン宮廷へと向かって直ぐの事であった。
 反乱軍の鎮圧、終わりかけていたソレに援軍が訪れたのだ。
 しかも第五世代のサザーランドやグロースターじゃない。
 
「あれはヴィンセント、それにガレスまで……!」
 
 ブリタニアの次世代量産型KMFばかりの軍勢がこちらへ進軍している。
 まさかキャスタール達が手配したのだろうか。
 いや、それはないだろう。
 幾ら二人が皇族だとはいえ、何の役職もついていない二人にそんな力はない。
 
「でも、そうとも言い切れないか」

 モニカは大地に転がる反乱軍の残骸を見てそう呟いた。
 そもそも、大した名声もない二人にどうしてこれ程多くの者が従ったのだ。
 二人が裏でかなり活動的に動いていた可能性も……まぁゼロじゃない。
 
 しかし一体、どうしてこんな反乱が起きたのだ?
 大体、今の皇帝シャルルはブリタニアという国においては名君と呼んで差し支えない人物であり、そんな人物を殺してもブリタニアに得などない。
 ならば国内の民主主義者かといえば、それもないだろう。
 もし主義者なら皇子であるキャスタール達を旗頭としている時点で矛盾が発生している。

「ま、いっか」

 気を取り直す。
 動機なんて如何でもいい。
 今重用なのは、迫っている軍勢が主君である皇帝の命を脅かす者であること。
 ラウンズとして皇帝の敵は打ち払う。

 そう、この時はまだ彼女は知る由もなかった。
 主君である皇帝が、最大の危機を迎えている事を。



 黄昏の間。
 現実世界から切り離された空間に三人はいた。
 一人は仮面を付けた漆黒の男、ゼロ。
 一人は帝国宰相にして反逆者であるシュナイゼル。
 一人は神聖ブリタニア帝国の皇帝シャルル。
 
 シュナイゼルは平然と実の父へ銃口を向けていた。
 もしシャルルが妙な動きを見せた途端、彼は迷いなく引き金を引くだろう。
 少なくとも、シャルルはそう思った。

「……シュナイゼル、何時からゼロと」

「手を組んでいたか、ですか?」

「……………………」

 シャルルは、シュナイゼルのことを前々から監視していた。
 帝国宰相として優秀なシュナイゼルの虚無的な性格が、自分の計画の妨げになる確率が少ないとはいえ存在したからだ。
 少なくとも、今現在最も危険視していたゼロと接触をするような動きはなかった筈。
 一体どうやって、二人は手を結んだというのか。

『簡単だよ、シャルル皇帝』

 問いに答えたのはシュナイゼルではなくゼロだった。
 ゼロはこちらに顔を向けると語りだす。

『何時からもなにも、私とシュナイゼルは最初から手を組んでいたのだよ』

「……!」

 シャルルの顔が、初めて目に見えるほど歪んだ。
 その視線が真っ直ぐゼロを凝視している。まるで呪い殺すような勢いで。

「私と彼が出会ったのは、そうもう何年も昔のことでした。
ですが今でもはっきりと覚えていますよ」

『それで私はシュナイゼルと語り合ってね。多くの事を話したよ。
私自身のこと、ギアスのこと』

「ギアスのことが一番信じられませんでした。が、証拠を見せられては信じる他はない。
私は密かに彼を側に置き匿った。無論、臣下としてではなく対等の共犯者として」

 二人の真相語りは続く。

『最初は私はゼロになどなる気はなかったのだよ。
ただシュナイゼルと協力し、ブリタニアでクーデターを起こすだけのつもりだった。
しかし、下準備として私がギアス嚮団を潰してから数日後、奇妙な情報が流れてね』

「そう。ルルーシュとナナリーの皇族復帰ですよ、父上」

「……知っておるのか」

 シャルルは問いかける。
 二人の口振りはまるで本物のゼロの正体を知っているかのような口振りであった。

『エリア11に現れた仮面の男ゼロ。
彼については、少し前から目を付けていてね』

「純然たる能力にしては腑に落ちない点が多々ありましたから。
クロヴィス暗殺、オレンジ事件といいね。
私と彼はかなり早い時期から、ゼロをギアス能力者ではないか疑っていました」

『幸い彼は植民エリアの一テロリストだったからね。
もう一人のコード保持者の居場所を確かめるまでは、暫く放置しようという方向に落ち着いた。
最優先事項はギアス嚮団とV.V.を潰し、貴方から力を奪い去ることだったからな』

「ですが、いざギアス嚮団を潰してみると、黒の騎士団の活動がピタリと止まったのですよ。
行政特区の影響もあるでしょうが、それにしても唐突過ぎましたからね。
それに加えてのルルーシュとナナリーの本国への帰国」

『ルルーシュがゼロだという答えに辿り着くのに、そう時間は掛からなかったよ。
なにより彼がゼロならば、様々な謎の全てがスッキリする』

「惜しむべきは、父上がルルーシュだけではなく、コード保持者の少女も共に本国へと連れてきてしまったことですが。
監視の目が余りにも厳しく、私でさえも誰にもばれずに二人を害する事は不可能に近かった。
まんまと先手を打たれてしまった訳です」

『フフフ、大した子煩悩じゃあないか。
だが、先手を打たれてばかりじゃつまらない。
そこで、ゼロがいなくなった黒の騎士団を利用することを思いついた』

「ルルーシュは優秀ですからね。
当初は烏合の衆でしかなかった騎士団を、上手くブリタニアに対抗出来るほどの組織へとしていた。優秀な駒もそれなりに集めたようだし、捨てるには少しばかり惜しいものだったのですよ」

『だがシュナイゼルがゼロになることは出来ない。
そこで、この私がゼロとなった。
私は特に何の役職にもついておらず、暇だったのでね』

「となると、エリア11が独立してくれた方が何かと都合が良い。
そこで、私のギアスを使い日本を独立させることにしたのです」

 シュナイゼルはまるで夕食の献立を話すように、あっさり言った。
 だがそれよりも気にかかる単語がある。

「シュナイゼル。お前のギアス、だと?」

『そうだよ、皇帝シャルル。
君は勘違いしていたようだね、ギアス能力者は私だと。
だが真実はそうじゃあない。ギアス能力者は此処に居るシュナイゼルだよ』

「私に発言した能力は『他者を自身の絶対支配下に置く』というもの。
絶対支配の能力とでも言うべきできでしょうか。
ですが私のギアスには"人数制限"があり、三人以上の人間には使用出来なかった。
ついでにギアスを掛けるには"対象に触れる"という条件が必要だったのですよ」

『尤もその欠点も、キャスタールとパラックスを絶対支配下に置くことで解決したがね。
二人は中々よく働いてくれたよ。シュナイゼルのギアスも効果が増大し、三人まで掛けられるようにもなったし、計画は順調といってよかった。』

「しかし皇族というのはギアスに対する耐性が強く、キャスタールとパラックスの支配は解けかかっていました」

『故にこの反乱で捨て駒にすることにした。
あの二人は、幼いが故に支配下から逃れると扱いにくいのだよ』

「二人のギアス能力は応用性がある。
帝国宰相たる私の権限と知識ならば、エリア11政庁の防御力を紙同然とするのは難しくはなかった。
別の目的で行ったエリア11ですが、色々と役立ちましたよ」

『唯一の誤算としてはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだな。
ブリテンで仕留めコード保持者を手に入れるつもりだったが、まんまと逃げられたよ。
シュナイゼルに手を回してもらったというのに……私にとって一生の不覚だ』

「しかしブリタニアという国そのものを手に入れてしまえば、ルルーシュのコード保持者を捕らえることなんて造作もないことです」

『そう、今此処で貴方が何者かに殺されても、キャスタールとパラックスの一味によって殺害されたと誰もが思う』

「頼みのラウンズは、キャスタール達に洗脳させたブリタニア軍との間で戦闘が起きている。
此処に来る者は誰も居ない。いや、来れないと形容したほうがいいでしょう。
この黄昏の間へ到れるのはギアスについてある程度の知識がなければ不可能」

『貴方を殺した後、援軍に駆けつけた帝国宰相シュナイゼルによって反乱は鎮圧される。
当然、次の皇帝になるのもシュナイゼル。誰もが認め、納得するだろう』

「これで、チェックメイト」
 
 シュナイゼルは堂々と宣言した。
 自分の勝利を。


「この、賢しき愚か者がぁぁぁぁああああぁぁあっ!」

 溜まらずシャルルがシュナイゼルに掴みかかろうとする。
 が、その前にシュナイゼルの持つ銃が乾いたような音を鳴らした。

「悲しいですね、父上」

 銃弾を受け、ゆっくりと倒れていく実の父を見ながらシュナイゼルは告げた。
 そう、全ては計画通り。
 終わった、これで本当に。
 後は反乱軍を鎮圧し、そして父の死を発表する。
 ナイトオブワンですら自分が手を下したとは夢にも思わないだろう。
 父を殺した逆賊達を見事に撃った帝国宰相。
 次代の皇帝に選ばれるのは間違いない。
 
 これで始まるのだ。
 平和の第一歩が。
 此処から全てが…………。

 しかしこの時。
 シャルルもシュナイゼルも、ゼロですら失念していた。
 何事も計画にはイレギュラーが付き物だということを。
 いや、無理な話か。
 イレギュラーとは誰にも予測出来ないからこそ、イレギュラー足りうるのだ。

『皇帝陛下ァ!』

 ゼロは見た。
 黄昏の間、ラウンズですら立ち入る事の許されぬ聖域に踏み込む、漆黒の魔術師が。
 

 二人の計画は、徹底的に歪み始めた。



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