―――鳥の将に死なんとする其の声や悲し、人の将に死なんとする其の言うことや善し
鳥の末期は美しい。
そして人は末期に必ず、真実を語る。
だからこそ、これから未来を生きる者は死に逝く者の言葉に耳を傾けなければならない。
「通信妨害、一体どれほど……」
マーリンのコックピットで愚痴る。
しかし愚痴っても状況はなにも改善されない。
『レナード。アースガルズは?』
「もう直ぐだ。あそこには主任もいるし」
そう主任は技術者であると同時に、ブリタニアで一二を争う医者だ。
どうして医者ではなく技術者を選んだかは聞いた事がないが、それでも優秀なら問題はない。
と、そこで気付く。
「しまった! 主任は帝都の研究所に置き去りに」
不味い。
マーリンの整備に開発者である主任が一緒にいるのは至極当然。
つまり現在アースガルズには普通の医者しかいない。
『私をお探しですか、少将?』
「!」
マーリンのディスプレイに見知った顔が出る。
それは見間違えようのない顔。
「主任! どうしてここに」
『少将等が帝都から退避していくように見えましたので、念のため預かっていたヴィンセントに騎乗し同伴しました。軍法会議に掛けられるというのであれば、甘んじてお受けします』
「…………いや、良い判断だ。
俺は優秀な部下をもって嬉しいよ」
『恐縮です』
「しかしKMFの操縦、出来たんだな」
『平均的なパイロット程度には動かせます。
流石に少将のような技量には到底及びませんが』
「そっか」
なんにしても、全ての条件はクリアされた。
アースガルズの漆黒の船体が見えてくる。
この距離なら妨害されても通信が繋がるはずだ。
アースガルズに通信を入れると驚いていたが、直ぐにハッチが開く。
「陛下。アースガルズへ到着致しました。
もう暫く御辛抱願います」
「――――――――――――」
陛下の声は、小さく、聞き取る事が出来なかった。
帝都ペンドラゴンにおいて、一騎討ちが繰り広げられていた。
ゼロとビスマルク。
両者の合意によって行われた決闘は、決着がつくまで互いの軍に非介入を貫かせる事で成立している。
故にどちらの側に属する者達も、援護に周りたい気を抑えて、戦況を見守る他なかった。
「はぁぁぁぁぁっぁぁぁぁッ!」
『フンッ!』
ギャラハッドとガウェインの刃が交差する。
響く衝撃。
互いに吹き飛ばされる。
『ナイトオブワン。帝国最強の名は伊達じゃあないか。
中々どうして、手ごわい』
「ぬかせ、テロリスト」
強がっているが、額から流れる汗は止まらない。
あちらのガウェインとこちらのギャラハッド。
機体性能にそれほど差はないはず。
ましてこちらは、相手の軌道が読めるのだ。
なのに未だに決定打を得られない。いや、逆に押されている。
『その技量、業。
才能だけでも努力だけでも身に着きはしない。
天賦の才に恵まれ、地を這うような努力の末に得られる一つの芸術。
死なすには惜しい。』
「戯言はそれまでか?」
再びエクスカリバーを構え、切りかかる。
相手の軌道は読めていた。しかしガウェインは軌道を読めて尚も読みきれない多才な動きで翻弄してくる。なんという剣技か。人の領域を忘れてしまったような神の業。
平時であれば、この果し合い。騎士として興奮を抑えきれなかっただろう。
しかし今は主君の命を背にする武人。
相手が魔物であろうと打ち倒さなければならない。
『私は至極真面目だ。
降伏し我が軍門に下る気はないか?
私は裏切りは好きではないが、降伏する者には寛大だ』
「愚問だな。私が忠誠を誓った主君は唯一人!
第九十九代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下以外にはおらんッ!」
『騎士道に殉じるか。その在り様はまぁ嫌いではない』
「シャルル陛下こそ、混迷するブリタニアを死の淵より救い出した、ブリタニア人全ての大恩人に他ならないッ! 誰が貴様などという得体の知れん男につくかッ!」
『恩義か、シャルル皇帝に対する』
「そうだ!」
『フム。だが、下らん』
「なにッ!?」
『恩義、信仰、利益、情欲、愛欲、正義。
大地を見渡してみるがいい。大海原を見渡してみるがいい。
それ等の名目で一体どれほどの血が流れたか。どれほどの地獄が、死体の山が再現したか。
私は、戦争を、それを生み出す欲望こそ憎悪する』
「なにを言っている、お前は……」
『私は戦争が、大嫌いなのだよ』
魂からの叫び。
帝国最強を名乗る騎士ビスマルクが気圧された。
それ程にゼロの言葉に、形容しがたい程の怨嗟が込められていたのだ。
瞬間、轟音。
ギャラハッドの右腕が切り裂かれ、エクスカリバーが宙を舞う。ほんの僅かでも気圧され、隙を見せたのが不味かった。これ程のレベル同士の戦闘では、少しでも隙を見せたほうが負ける。
空中に舞う聖剣。使い手の手を離れたそれを新たに掴んだのはガウェイン。
『さらばだ、帝国最強の騎士よ。
騎士道に殉じ、死ね』
ガウェインがエクスカリバーを一閃。
避けきれず、ギャラハッドの装甲を抉る。爆風がコックピットまで吹きビスマルクの腹に破片を突き刺した。
「ゴフッ……」
血が逆流する。
運がない。どうやら刺さった場所が悪かったらしい。
腹を見ると黒い大きな破片が、深々と刺さっている。致命傷。今直ぐ医者に見せても、恐らくは助からないだろう。内臓がバニラシェイクのように混ぜている。これはもう無理だ。自分の体だ。自分が一番よく分かる。
常人ならばとっくに意識を手放しているだろう負傷。
「まだまだ……」
が、ビスマルクは戦いを止めなかった。
そう、たかが内臓が抉られたくらいではないか。
このような傷、根性で我慢すればいい。
ビスマルクの左目のギアスが消えかかっている。
ギアスは命に宿る魂の方程式。
その元となる命が消えかかれば、方程式もまた薄れていく。
苛立ち。
小さな破片の一つを手に取り、自分の横腹に突き刺した。
溢れる血。焼けるような激痛。
「目が覚めた。さて第二ラウンドといこうか」
『………………』
ラウンズの純白の騎士服が深紅に染まっていた。
しかし倒れない。帝国最強の名は誰よりも気高く、そして強かった。
『その覚悟、その忠義に、私も最大の礼をもってあたろう。
私もまた最高の力を込めよう。この、君の剣にかけて!』
エクスカリバーを構えたガウェインが迫る。
しかし悲しいかな。既にビスマルクの視界は霞んで良く見えない。
そも、ギャラハッドの主武装エクスカリバーを奪われた今、残された武装はハーケンのみ。
動力もズタズタだ。上手く飛行することも出来ない。
予定調和のように、聖剣がギャラハッドの胴体に突き刺さった。
『さらばだ、ビスマルク』
消え行く光の中、ビスマルクは最後に操縦桿を動かす。
それはスラッシュハーケンを発射する為の物。
「このビスマルク・バルトシュタイン。唯では死なんぞ」
ビスマルクが末期に放ったハーケンはガウェインのフロートを破壊する。
それだけじゃない。操縦桿を前に倒し、直進していく。みるみるより深く刺さっていく聖剣。今、最強の破壊力を誇る聖剣はゼロ自身を縛り付ける鎖となった。
『貴様ッ――――――!』
ビスマルクがなにをやろうとしているか悟ったのか、ガウェインが身を引こうとする。
しかし遅い。既にギャラハッドは爆発寸前の機体の腕をガウェインへと巻きつけていた。
「ブリタニアに栄光を。
オール・ハイル・ブリタニア」
そして最後の仕上げ、自爆スイッチを押した。
ギャラハッドに搭載されているサクラダイト。それを全て爆発というエネルギーに回す。
長い戦いの人生だった。
軍に入り、先帝によってナイトオブファイブへと任じられ、ただ我武者羅に駆け抜けた。
そして、共に戦場を駆ける朋友と仕えるべき主君を見出しすことも出来た。
悔いはない。種は飛んだ。飛んでいった種はやがて大地へと落ち、花を咲かせるだろう。
「まことに騎士冥利に尽きる人生だった……。
やれやれ、良い人生過ぎて死の淵にありながら語るべき言葉がない」
やがてギャラハッドは爆発した。ビスマルク・バルトシュタイン。その漢が生きた証を天に示すかのように。その光はゼロの騎乗するガウェインすら巻き込む。
『ゼロッ!』
指揮官の危機に一人のパイロットが叫ぶ。
しかし、パイロット達が不安にかられる前に、
『案ずるな。私は、無事だ。
尤もガウェインのほうは修理の必要があるがね』
危なかった。
後少し、ギャラハッドの拘束を解くのが遅ければ、あの爆発に巻き込まれていただろう。
コードがあるが故に死ぬ心配はないが、ギアスのことを知らない者もいる手前、何度も復活する訳にはいかない。
『だが、見事だ。ビスマルク・バルトシュタイン。
その生き様。確かに見届けさせて貰った』
ゼロが静かに、ビスマルクに対して惜しみない賞賛を送る。
それに続くように、その場に居た者達は敵も味方も関係なく、静かに敬礼を捧げた。
「素晴らしいッ!」
高度な情報戦を現在進行中の一室で、黒の騎士団の参謀ディートハルトは、喝采を上げた。
画面には先程のガウェインとギャラハッドの一騎討ちが映っている。
「やはり貴方は素晴らしいッ!
嘗てのゼロすら超える、絶対的な意志! 道理を捻じ伏せる力ッ!」
ディートハルトは今のゼロと嘗てのゼロが違う事に気付いていた。
他の団員には言っていない。言えば否応にもゼロに対する不信感が強まるだろうし、利益がない。
そしてなにより、ゼロのカオスすら圧倒するほどの素材に巡り合えたのだ。
入れ替わりがどうのこうのなんて些細な問題である。
(歴史の、人類史の変革……。ゼロ、今の貴方がそれを目指しているというのならば、私がそれを記録する。そう私が……)
ディートハルトの目的は日本独立や、まして世界平和でもない。
次の歴史を作り出す存在、英雄を記録し、自らの手で神へと昇華させる。
つまり彼の本質とは"ジャーナリスト"なのだ。
「口惜しいことは、この一戦が歴史に晒されないということか。
まぁいい。選ばれた者のみが閲覧できる歴史、というのも悪くはない」
さて、ゼロだけに構っている場合じゃない。
此処で自分が失敗すれば計画は完全に崩壊してしまう。
ゼロが念のためにと保険を用意していたが、その保険が成功するかは、このディートハルトの手腕に全てが掛かっている。
しかしディートハルトが仕事をしている間にも、事態は刻一刻と動いている。
そう未だに時の流れを止めない世界のように。
アースガルズ艦内。
久し振りの休養で仮眠をとっていたルルーシュは、オペレーターのセシルの慌てた声でたたき起こされた。当初は不機嫌さを隠そうともしていなかったルルーシュだが『皇帝陛下が負傷され艦に運び込まれた』と聞くと、そんな感情は吹き飛んだ。
「一体どういうことだ、C.C.。あの男が撃たれたとは!」
「私に聞くな。
だがレナードが言うには、シュナイゼルとあの偽者が下手人らしいぞ」
「あの二人が!?」
「そうだ、そう言っていた」
ルルーシュは再び思考の海に入っていくが、途中で止める。
なんにしても、これは皇帝にギアスを掛ける千載一遇の好機だ。
八年前の真実を語らせる。そう、あの男が死ぬ前に。
『ルルーシュ殿下、大変ですッ!』
アースガルズのオペレーターとなっているセシルからの通信。
「どうした?」
『黒の騎士団の物と思われるKMFとヴィンセント、ガレスを中心としたKMFの混成部隊が攻撃を!』
揺れる艦内。
どうやら、攻撃を仕掛けられたようだ。
「敵は、何機だ!」
『ご、五十二機です! 紅蓮らしき機影も』
「紅蓮が!?
援軍は、まだ通信が妨害されているのか」
『はい。敵に余程情報戦に精通した人間がいるみたいで……』
ディートハルト・リート。
黒の騎士団の参謀だった男が、脳裏を掠めた。
もしあの男の能力に、シュナイゼルの権限が合わされば、通信を一時的に完全妨害するなどという事は可能だろう。
「マーリンや他のKMFはどうなっている?」
『マーリンは整備途中だった為にエナジーが尽きています。
現在戦闘可能なのは、ロイヤルガードとクルシェフスキー卿とアールストレイム卿のみで……』
「そうか。なら逃げることは、出来るか?」
紅蓮はラウンズ並みの力量の相手だ。
もしかしたら藤堂も出てきているかもしれない。
ラウンズ二人と損傷しているロイヤルガードでは些か戦力として自信が持てない。
なにせ相手は精鋭五十二機なのだ。
『敵に水中戦が可能なKMFはいないようなので、潜ればなんとか』
「……仕方ない。アースガルズは水中に潜水。
その後、ブリタニアから一時離脱する。目標はアイスランド」
『ブリタニアからですか?
今後を考えれば、ブリタニア近海に潜んだほうが得策だと思いますが』
「シュナイゼルもそう考えるだろうな。
兄上のことだ。そのことを考え警戒しているだろう。
私はその裏をつく」
『イエス、ユア・ハイネス!』
通信を切り歩き出すと、また通信が鳴った。
「今度はなんだ?」
『ルルーシュ殿下……』
レナードだった。
やけに神妙にレナードの声が聞こえる。
「どうした?」
『陛下が、ルルーシュ殿下を此処へよこせ、と。
急ぎ医務室へと来てください』
「俺を?」
皇帝からの要請。
ルルーシュは早足で医務室へ向かった。
此処から医務室へはさして遠くない。一分もせずに扉の前に到着する
流石に緊張を隠せない顔で、扉を開け中に入った。
「来たか、ルルーシュ」
そこには、母が殺されて以来、ずっと憎み続けた男がいた。
ただ、その眼光は衰え弱りきったように静かに横たわっていたが。
「………………」
「揃ったか、これで全て」
医務室にはルルーシュの他に、レナード、アーニャ、C.C.がいた。
モニカは敵の警戒という名目で席を外している。
「ルルーシュよ。今こそ全てを話そう。
九年前の真実を、そして我が目的を」
彼がずっと追い求めた真実。
それが明かされようとしていた。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m