―――遺言。
それは死に逝く者が生者に残せる最後のメッセージ。
最期の会話。
ルルーシュとシャルル。
人生で一度たりとも本音で話した事のない二人は、最期に至り漸く本音でぶつかろうとしていた。
アースガルズの医務室で、シャルルは今日のことを語りだした。
シュナイゼルにギアスが発現し、それによりキャスタールとパラックスが叛乱したこと。
そしてゼロのこと。
ルルーシュは多少憤慨したが、それよりも聞きたい事があった。
それは何よりも求めたもの。それは。
「真実、だと……?」
「そうだ。全て、話す。
お前の母、マリアンヌは何故殺されたのか。
そして……マリアンヌと儂が何を望んでいたのか」
「お前と、母さんが、だと?」
「そうよ、ルルーシュ」
「!」
振り返る。
母とは全く違う声色。
されどその中に、母の雰囲気を感じて。
居たのは、当然ながら母ではなく一人の騎士。
ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。
「ま、分からないのも当然かしらねー。
今はこんな姿だけど、貴方のお母さんのマリアンヌよ」
「ば、馬鹿な! そんな訳が――――――」
「事実だ」
「C.C.!」
「私は嘗てマリアンヌと契約した。
だが元々ギアスの素養のなかったマリアンヌに発現したのは、素養の無い肉体という制限が薄まる瞬間、つまり死ぬ寸前にならないと使えないギアス」
「私のギアスは『人の心を渡るギアス』だったの。
この能力のお陰で、私はギリギリの所で、当時行儀見習いをしに来ていた、この子の中に渡ることが出来たのよ」
「そ、それじゃあ母さんを殺したのは!」
「V.V.だ・お前にも話しただろう。
シャルルの契約者であり兄」
「兄、だと?」
「そうだ……」
「兄が何故、母さんを殺した……いや、殺そうとした。
そんな理由、ある訳が」
C.C.が語りだす。
全ての始まりを。シャルルが皇帝になる前の地獄のような時代。
そして嘘のない世界を作ろうという誓い。
「齟齬の始まりは、マリアンヌが計画に賛同し、迎え入れられた事からだな」
同じ賛同者でもC.C.は問題なかった。元々コード保持者だったし、シャルルの兄V.V.にとっては姉のような存在であったから。同志として受け入れるのも可能だった。
しかしマリアンヌは違う。
シャルルとマリアンヌは他人。で、ありながら二人は理解しあった。嘗てV.V.だけが弟の理解者であったというのに、マリアンヌがそれに割り込んできた。そのことがV.V.には我慢ならない…………いや兄弟二人の誓いを根本から否定する行為だと思ったのだろう
「では母さんが死んだ理由というのは」
「嫉妬。そう言えば簡単なのだろうが、事はそう単純でもない。
V.V.は計画の遂行を誰よりも望んでいた。だが、自分の弟は計画を遂行せずともマリアンヌと、他人と理解しあってしまった。これはある意味、V.V.にとっては裏切りに等しい。
ラグナレクの接続をせずとも、人と人は理解出来ると見せ付けられるようなものだったからな」
「それでV.V.は行動を起こした。
不覚だったわねー。幾ら一線を退いたとはいえ、あっさりと殺られ掛けちゃったんだから」
「兄さんが目撃者として用意したのが、ナナリー。
故に儂はナナリーの目を閉ざした」
「なにっ! ではナナリーの目が見えなくなったのは……」
「儂のギアスによるものだ。
足に関しては兄さんの用意したテロリストに撃たれたが故、だがな」
「なんということを……」
「必要があった」
「そんなものはないッ!」
そんな訳の分からない事情に巻き込まれて、ナナリーは足の自由を奪われた。
それだけでもルルーシュの腸は煮えくり返るというのに、どうして光まで奪う。一体ナナリーが今までどれほど辛い思いをしたと思っている。しかも、
「俺達を人質として日本へ送り込んだ!」
「必要があったと言っておる」
「どんな理由だッ。親が子を遠ざけるなんて!」
「……。それは無論、守るためよ」
口を挟んだのはマリアンヌだった。
「少しは落ち着きなさい。ルルーシュ、貴方ならちょっと考えれば分かることでしょう?」
「!」
「偽りの目撃者とはいえ、ナナリーは私の暗殺事件に関わりすぎていたわ。V.V.にしてみればそれは一種の弱み。どこでナナリーが真相に気付いて、そのことがシャルルに漏れるか分かったもんじゃない」
「そ、それは……」
「ナナリーはV.V.にとって真実を隠すための駒でもあったけど、同時に不安要素でもあったのよ。
何かの切欠で証言を覆すかもしれない大事な証人。
じゃあ、私がテロリストに殺されたという最初の証言を覆さないようにするためには?」
「…………」
「簡単な話。二度と新しい証言なんて出来ないようにしてしまえばいい。
殺して、永遠に口をきけなくしてしまえばいい。それで最初の証言は真実として確定する」
「そうさせない為にも、ナナリーをある種の情報弱者にしておく必要があった」
全てはV.V.の目からナナリーを逸らすため。
光を奪い、ブリタニアの中枢から話せば、ナナリーが真相に辿り着くことは先ずない。そうV.V.に思わせる必要があった。
「でも、ナナリーに関してはそれで決着がついたのだけど、今度はC.C.のほうに問題が生まれてね」
「C.C.…………」
マリアンヌが暗殺された後、C.C.はシャルル達の下から姿を消した。
シャルルとマリアンヌも当初はV.V.というコード保持者がいるので、放置していたが後になって一つの事実が分かり始めた。
それは"計画遂行には二つコードが必要"という事である。
故にCの世界を通じてC.C.と会話の出来るマリアンヌが説得し、そして一つの取引へと繋がる。
「それが私とお前の、契約の真相だ」
「では、エリア11にいたのは」
「お前に会うためだよ、ルルーシュ」
マリアンヌとC.C.の取引内容とは、高いギアスの素養を持つ者、つまりルルーシュを紹介し契約する。もしルルーシュがC.C.の望み通り願いを叶えてくれればよし、叶えられないのならばシャルル達の下へ戻り、再び計画に参加する。
「ギアス能力者は、その能力が一定の強さに達っせれば新たにコードを受け継ぐ事が可能となる」
「もしルルーシュ。お前がコードを継いだのならば、全ての事情を話し、計画に参加させるつもりであった」
頭が混乱する。
つまり…………自分が憎んでいた皇帝シャルルは、母の復讐は。
ギアス、コード、そしてラグナレク。
理解は…………出来た。なんとかだが。
だが一つだけ、どうしても分からない事がある。最後に残る疑問、それは。
「嘘のない世界……そうまでして遂行したい計画。ラグナレクとは一体なんなんだ!」
シャルルは語りだす。
ラグナレクの接続――――――――それは、人類が一つになる為の計画。
Cの世界。その根源の渦より降り注ぐ無数の塵こそが人。
しかし別れた塵は溶け合うことを知らぬ。
ラグナレクの接続とは、その塵を溶け合わせること。
そこに死者も生者もない。あるのは一つの意志だけ。
嘘のない世界。人が一つになる計画。――――――それがラグナレクの接続。神を殺す。
「ルルーシュよ。ギアスとは生命に宿る能力。撃たれ死ぬ寸前での儂では、コードを継承することはできん。故に、ルルーシュよ。お前はゼロからコードを奪い、C.C.のコードを使いラグナレクを遂行するのだ。それが、マリアンヌの望みでもある」
「………………」
マリアンヌを見る。C.C.。そして最後に、この部屋にいるもう一人の人間。
一言も喋る事も無く、耳を傾けていた男を見た。そして、
「断る」
ルルーシュから出たのは、明らかな拒絶だった。
「なにを……?」
「人はなぜ嘘を吐くのか。それは何かと争う為だけじゃあない。何かを求めるからだ」
ルルーシュが父と母に対面し、語っていた。
初めてかもしれない。
この親子が、本音でぶつかるのは。
「ありのままで良い世界とは変化のない。生きるとはいわない。完結した閉じた世界。
俺は、嫌だな」
「ルルーシュ。それは私も否定するということ?」
「母さんの願いは皇帝と同じなのですか?」
「皆が一つになるのは良いことだわ。死んだ人とも一つになれるのよ」
「やはり、そうか。お前達はそれを良いことだと思っている。
しかし、それは押し付けた善意だ。悪意となんら変わりない」
「皆、いずれ分かる時が来る」
「そんな時は来ない!」
ルルーシュは更にはっきりと拒絶する。
俯き肩を震わせた。泣いているようでもあった。
「一つだけはっきりしている事がある…………お前達は俺とナナリーに善意を施したつもりなのかもしれない。しかしっ! お前達は俺とナナリーを棄てたんだよ!」
「でも、それは守ろうとして――――――」
「あの時、日本とブリタニアとの戦争を止めなかったのは何故だ!
計画を優先したお前達は、もう俺やナナリーが生きていようと関係なかった。
だから棄てた。自己満足の言い訳だけ残して!」
「それは違うわっ!」
「今言っただろう! 死んだ人とも一つになれると!
未来も……生きている人間も見えて無いんだっ」
「未来はラグナレクの接続、その先にある。
ナナリーが口にした優しい世界が」
「違うっ!
お前達が言っているのは自分に優しい世界だ! でも、ナナリーが望んだのは、きっと他人が他人に優しくなれる世界なんだッ!」
「ルルーシュ。それは……」
「良い、マリアンヌ」
尚も言い募ろうとしたマリアンヌを、シャルルが止めた。
「…………レナードよ。お前は、どうなのだ?」
「――――――――――」
シャルルが問いかけた。
恐らくこの場で誰よりもシャルル・ジ・ブリタニアという男に忠誠を捧げている男に。
「私は皇帝陛下の騎士です。
陛下が右を左と定めたのならば、その時より私は右を左と認識しますし、陛下が六十億の命を所望でしたら私はこの両腕を、この世全ての人間の返り血で染めなければなりません」
「私見でよい。述べてみろ。
発言を、許す」
「では失礼して……。
私自身の意見としては、ラグナレクの接続。断固反対です」
「理由を聞こう」
「私が軍人だからです。
これまで、私はこれまで多くの戦友を失いましたし、多くの人間を殺してきました。
数え切れない程の人間です。千人か、それとも万人か。兎に角殺してきました。
だからこそ分かります。死んだ人間は蘇りません。私が殺してきた万の人間で、生き返った者は、誰一人としておりません」
「だがラグナレクの接続さえ始まれば、それは可能となる。死者という概念はなくなり、人類は一つとなる」
「それでも、私は嫌です。
他人と一つになどなりたくありません。レナード・エニアグラムは世界で唯一人でいたい」
「そうか……くっくっくっふあははっははっははっはははっははっははははっはははっは!」
狂ったような笑いが医務室に響く。
まるで簡単なことを思い出したように、笑う。
「あなた?」
「マリアンヌ。クルシェフスキーや他の者達を呼べ。
どうやら……もう終わるようだ」
それで理解してしまった。
シャルル・ジ・ブリタニア。その命の鼓動が失われようとしている。
もう直ぐに。後一時間は保たないかもしれない。
やがて、マリアンヌの意識を表面化しているアーニャに連れられて、モニカを始めとする軍人達が入ってくる。
「ルルーシュよ。儂が死んだ後、お前は皇帝となりシュナイゼルを討て」
「俺が……?」
理解出来なかった。
いきなり、何を言い出すというのか。
「儂は、敗れた。
今となっては計画が正しかったのか、間違っていたのか、それすら分からぬ。
故にルルーシュよ。お前はお前の王道を行くが良い。
そしてシュナイゼルを、ゼロを討ってみせよ。
勝者は全てを得、敗者は全てを失う。戦いとは元来そういうもの」
シャルルは一枚の羊皮紙をルルーシュへ渡す。
そこには『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを次期皇帝として指名する』と書かれていた。皇帝の印鑑つきで。複製不可能の印とシャルル本人の筆跡で記されたこれは、ルルーシュをブリタニアの次の皇帝と、如実に示していた。
「レナード、ビスマルクは死んだのだったな」
「はい」
「そうか。ならばレナードよ。
お前は新しきナイトオブワンとしてルルーシュを支えるのだ」
「ご冗談を。私はたかが十八年しか生きていない若輩者です。
他に適任者がいるでしょう」
「帝国最強の騎士ナイトオブワン。ただ強いだけでナイトオブワンにはなれぬ。
ナイトオブワンには実力だけではなく、世界を見渡す視野の広さ、部下を思いやる優しさ、主君へ尽くす忠誠心、時に肉親すら切り捨てる非情さが必要だ。
ラウンズでそれ等全ての条件を備えているのは、レナード。お前だけだ」
「恐縮です。ですが他にも適任者はいます」
「ほう。誰だ、それは?」
「姉上などはどうでしょうか。他にもジノやドロテア、モニカも」
「ヴァインベルグには忠誠が足りぬ。ドロテアには視野の広さがない。
エニアグラムは猪突猛進な所があり、モニカは優しすぎる。
…………お前の実力を買って指名するのだ。だが、引き受ける自信がないというのであれば、無理強いはせん」
「…………謹んでナイトオブワン拝命致します」
レナードがシャルルに対して頭を垂れた。
「ルルーシュ。名君には師があり、普通の君主には友があり、暗君には奴隷しかいないという。
此処に居るレナードは、お前の騎士であり朋友であり助言者となってくれる男だ。
この男を重宝すれば、お前が後の世に暗君と呼ばれることはないだろう」
言い終わると、シャルルが体をベッドへ預ける。
「陛下!」
只ならぬ様子を察してか、レナードが叫ぶ。
他の物も続いた。
「愚かなものよ。一つの目的の為に生きておったが、最後の瞬間になって迷いが出た。
ならば、この結末も当然、か……。
ふふふ、兄さんが来ておるわ。そうだな、そろそろ逝くとしよう」
シャルルの首から、最後の力が抜ける。
動かない。あれほどの偉容のある皇帝は。
「父上!」
「陛下!」
集まった者達の目から、自然と涙が溢れた。
シャルル・ジ・ブリタニアは確かに性格的に問題があったかもしれない。
だが彼は間違いなく、ブリタニアを絶望の淵より救い出した皇帝であった。
嘘のない世界を夢に見て、平和を志したシャルル。
彼は志半ばにして、未来を息子へと託しこの世を去った。
皇暦2018年10月13日のことであった。
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