―――中華連邦。
国の象徴たる天子を頂点として、人民全ての平等を謳う共産主義国家だ。またブリタニア、EUと同じ三極の一つに名を連ねる大国である。
だがその実情は老人といっていい。嘗て皇帝シャルルが演説で『富を平等にした中華連邦は、愚か者ばかりで』と評した事があるが、それは残念ながら正しい。
共産主義のデメリットとでもいうべきか。人民の労働意欲のなさ。そして一部の権力層が富を独占することによって国の腐敗は進み、もはやブリタニアに対抗する気力は持ち得ない。そんな老人のような国家こそ中華連邦の実態であった。
中華連邦に向かう空輸艇の中。
ルルーシュの懐刀とでも言うべき男である帝国最強ナイトオブワン、レナード・エニアグラムは爆睡していた。無理もない。五日間寝ずにブリタニアの広大な領土を走り回った後、追い討ちをかけるように主君ルルーシュによってアイスランドへと帰還させられ、到着十分後には中華連邦へ向かうステルス空輸艇へと乗せられていたのだから。
もし労働基準法などというものが作用していたら、ルルーシュは人権侵害で訴えられても文句は言えないだろう。尤もアースガルズの面々にとって、法を定めるのも裁きを下す者も主君であるルルーシュなので、彼が自ら自らを裁かない限り、罰を受けることはない。
民主主義国家における三権分立など絶対君主制の、しかも国土が戦艦一隻という矮小な現ブリタニアに存在しないのだ。
司法、立法、行政、その全てはルルーシュが握っているといっていい。
そして独裁者ルルーシュの被害を受けて、六日間徹夜という快挙を成し遂げたレナードは、中華連邦へと向かう空輸艇の中で、漸く得た睡眠を噛み締めているという訳だった。
ちなみに、六日間レナードと行動を共にしていた主任も同様に寝入っている。完璧超人という噂もある彼女も、どうやら六日間の徹夜は堪えたらしい。
今ならば、誰にも聞こえる事は無い。
サンチアが静かに隣に座るルクレティアへと声を掛けた。
「ルクレティア。良かったのか?」
「サンチアこそ」
二人はブリタニア人じゃなかった。
ナンバーズであった彼女達は、そのギアスの素質をV.V.に目を付けられ拾われたのだ。
二人の能力は戦闘向きだった為、現在はシュナイゼルの反乱で行方知れずとなっているアリスやダルクと一緒に、ブリタニア国籍と軍籍を与えられ、表向きはブリタニアの一軍人として戦場を転々としていたのだ。
それが変わったのが去年。皇帝シャルルから直々の呼び出しを受けて参上すると、教えられたのはギアス嚮団の壊滅、与えられた命令はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの護衛。そう、ただの護衛任務の筈だったのだ。だというのに。
「アリスやダルクを捜索するにしても、私達だけのギアスじゃキツいでしょう」
「それは、そうだが」
確かに目的の一つではある。
ルクレティアもサンチアも戦場で家族を全て失った身。だからこそ、同じ仲間であるアリスやダルクのことは本当の家族のように思っている。
今でこそ生死不明だが、二人は必ずどこかで生きている。そう信じて皇帝となったルルーシュやナイトオブワンのレナードに、二人の捜索を条件に、アースガルズへの参加を表明したのだ。
だけど、それだけじゃない。
捜索するなら、シュナイゼル側に着くという選択肢はあった。
元々ナンバーズである彼女達に、ブリタニアに対して特に義理がある訳でもない。皇帝シャルルには恩があるが、それは今までの軍功で十分報いているだろう。
しかし、それでもシュナイゼルに着かなかったのは、やはり家族愛とは別の感情。人間なら誰でも抱く『恋愛』と言う名の熱情が原因だ。
「サンチア……陛下の事が好きなんじゃないですか?」
「!」
ルクレティアがズバリとサンチアの胸の内を暴く。
やがて観念したように、首を振ると。
「お前こそ、中将に思いを寄せているだろう」
「………………」
沈黙は肯定。サンチアはそう受け取った。
「忘れたほうがいい。御二方とも私達には手の届かない場所にいる方達だ」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとレナード・エニアグラム。
どちらも世界に轟く名を持つ大人物達だ。
今でこそ反逆者の汚名を着せられているが、もしブリタニアを取り戻せば、二人は名実共に世界の支配者とその騎士になるだろう。
少なくとも、一軍人であり元ナンバーズの二人が添い遂げられるような相手ではない。
「でも、忘れられないから残ったんじゃないですか。アースガルズに」
「…………!」
こういう時、ルクレティアは本当に鋭い。
ギアス能力のせいだろうか。
「私も頭では理解しているんです。だけど…………」
ルクレティアが思い起こすのは、嘗てアースガルズでのこと。
自分達のミスをさり気無くフォローしたり、部隊内のイザコザを纏めたり、そんな風な事が積み重なっていって、気付いたら―――――――――。
「もういい。この話は止めよう。明日には中華連邦との交渉を控えているんだ」
「そう、ですね」
話はそこで終わった。二人の間に微妙な不協和音を残したまま。
レナードの指がピクリと動いたが、二人はそれに気付く事はなかった。
ルルーシュの指示した密入国ルートに従い、中華連邦に入った後、事前の打ち合わせ通りそこには星刻の手の者が待っていた。
彼等の誘導に従い歩くこと数十分。小さな屋敷へと案内された。
屋敷内には必要最低限の装飾品だけしか置かれておらず、まるで所有者の心を表すようでもある。
やがて広々とした一室に到着すると、そこに中華連邦人と思われる長髪の男がいた。
資料にあった写真通りだ。間違いなく反主流派の大物である黎星刻だろう。
『はじめまして。ナイトオブワン、レナード・エニアグラムです。
黎星刻殿で宜しいですか?』
レナードの口から流れるように中華連邦語が飛び出す。
『はい。私が黎星刻で間違いありません。
それにしても、随分と中華連邦語が堪能なようで』
『幼い頃に知り合いに教えて貰ったのですよ。
しかし安心しました。長らく使ってなかったので』
表面上はにこやかに、内心では腹黒い事を考えながら握手をする二人。
それを脇から見ていた、サンチアとルクレティアは「この二人なんだか似ている」と感じた。
「それで、反逆者の貴卿が危険を侵してまで、この私と会談の場をとったのは如何なる理由があってのことかな?」
他愛無い会話を一通り終えた後、レナードと星刻は漸く本題に入っていた。
何時の間にやら、口調も厳しいものへと変わっている。
「星刻殿。貴方は勘違いをしている」
「勘違いとは、どのような」
探るような視線。
どうしようか迷うが、隠しておくような情報でもないので告げる事にした。
「真の反逆者とはシュナイゼルのこと。
奴は皇子でありながら、先帝陛下を殺害し皇帝を乗っ取ったのですよ」
「巷で噂となっている噂だな」
不審な点は幾らでも有る。
第一にブリタニアの植民地エリアとして辛酸を舐めてきた日本が結成した合衆国に、ブリタニアが入る事自体が道理に合わないのだ。
幾ら君主が変わったとはいえ、両国との間で国交正常化などが行われた事もないばかりか、今までブリタニアは合衆国日本を国として認めてもいなかったのである。
誰がどう見ても、ゼロとブリタニアとの間に何らかの裏取引などがあったと分かるだろう。
表面上は安定しているように見えるブリタニアだが、ルルーシュやシャルル派と呼ばれる者達が意図的に流した『シュナイゼルとゼロが共謀してシャルルを殺した』という噂は静かに、されど広く囁かれている。
第二に連合を組む事に賛成しているブリタニア軍人がほぼ皆無であることだ。
中華連邦やEUならまだしも、ブリタニア単体でも世界を相手取れる力があるというのに、如何して今になって連合を組むのだ。そう考えるブリタニア人は少なくない。それが結果的に第一の問題に繋がり反乱や離反などを起こしているのは事実だ。
「しかし、それが本当だと証明することが出来る物は?」
だが此処にいる星刻にとって、真実か否かはさして問題じゃない。
シュナイゼルとゼロが共謀してシャルルを殺した? 結構。それが中華連邦に仇成さないのならば静観して対応を決めればいいだけだ。
星刻とてブリタニアのやり方に不愉快さを覚えない訳ではないが、それでもブリタニアという国は出来る事ならば、敵対よりも友好関係を結びたい相手なのだ。それだけの脅威と強さがブリタニアにはある。
「私の搭乗機の戦闘記録。
そこに先帝陛下がシュナイゼルによって撃たれる場面が映っている。
調べれば合成映像ではないことも理解して頂けると思うが」
「その、データは?」
「今此処にはない。しかし貴公が我等の申し出を受けて頂けるのであれば、何時にでも」
「それは結構。だが、その申し出というのを聞かなければ、こちらも返事のしようがない」
「ふふふ。これは失念していました。星刻殿。
単刀直入に言いましょうか。天子様とオデュッセウス殿下の御婚儀。
どう、思われますか?」
「どう、とは」
「大宦官の思惑。それを知らぬ貴方ではないでしょう。
我々の調べた所によると、彼等は天子様を人質としてブリタニアに売り払い領土を割譲することで、ブリタニアの爵位を得る事になっています」
「爵位を?」
「はい。星刻殿、貴方も知っているでしょう。
合衆国憲章十七条を」
「あの馬鹿げた条項か」
合衆国憲章に批准した国家は、固有の軍事力を永久に放棄する。また、各国家の安全保障については、いかなる国家にも属さない戦闘集団、黒の騎士団との契約によってこれを保持する。
これが十七条の内容だ。
「この憲章、一見するとEUのように各国家で形成されたせいで、バラバラになり易い軍隊を一つに纏め上げる為のもの、そういうように見えなくもない」
「そうだな。しかしそこに大きな落とし穴がある」
ここで、重用なのは超合衆国の投票権が各国に人口に比例した数だけ与えられていることだ。
普通ならば問題はないだろうが、超合衆国の中軸にいる合衆国ブリタニアは世界の三分の一を支配する帝国。その人口は、他全ての合衆国の総人口よりも上なのだ。つまり合衆国憲章に批准する事は即ちブリタニアに武力を明け渡し降伏する事と同義なのだ。
勿論、表向きそれを避ける為に一種の予防策のようなものはある。
それが最高評議会議長に与えられた拒否権だ。
評議会議長には決定された議決に不満があれば、独自の判断でこれを拒否、無効にすることが出来る。しかも評議会議長には『超合衆国内で最大の人口を持つ国家の人間は、どのような理由があっても就任できない』という決まりがあるので、どうあっても一国が連合を支配するという事にはならなくしているのだ。また、軍部の暴走を抑えるために、評議会議長であるゼロ自らがCEOとなっており、総司令にはEUの人間が着いている。
だが、もし本当にゼロとシュナイゼルが共犯者ならば、こんな予防策はなんの効果も発揮しない。
ブリタニアの意志が超合衆国の意志となってしまう。
「現在、超合衆国は平和という大義名分の下、他の国々に対して憲章を批准するように叫んでいる。
しかし、それは中華連邦にはない。その理由は」
「我が国が超合衆国に参加すれば、ブリタニア、日本、ブリテンだけの票で過半数を得る事が出来なくなり、結果的に独裁が不可能になるから。
…………やれやれ、先帝シャルル皇帝よりも性質の悪いやり方だ。
平和の為の連合を宣言しながら、影では全世界の独裁、世界征服を望むか」
「それにオデュッセウス殿下と天子様との御婚儀が成されれば」
「中華連邦の領土は割譲され」
「ブリタニアが過半数の票を得る事になる」
「そして中華連邦が憲章に批准した時」
「世界征服は」
「完了する」
世界征服。
そんな現実感のない馬鹿げた事態が本当に起きようとしている。
先帝シャルルの時よりも悪辣な方法で。
世界平和の名の下に世界征服が完成しようとしているのだ。
「私としても、大宦官共の私利私欲の為に領土を割譲し、人民を苦しめ、超合衆国へと隷属するのは避けたい」
「では我々と共闘して下さると?」
「…………いや、まだその返事をする訳にはいかない」
「理由を聞かせて頂いても?」
「……仮にルルーシュ殿下、いや陛下がブリタニアを奪還したとして、彼がそのまま第二のシュナイゼルとならないという保証がおありかな?」
「ルルーシュ陛下は」
「分かっている。確かにエリア22のルルーシュ総督といえば、仁君として我が中華連邦にも名が知られている。その卓越した指揮能力とカリスマについてもだ。
だが権力と言う名の魔性は容易く人を変えてしまうものだ。稀代の名君が一転して暴君へと化した礼は、史上少なくない」
「それはごもっとも。
ですが、それを言い出したならば」
「キリがないか。しかしブリタニアにはそれだけの強さがあるのも事実だ」
「……………………」
「それに別の問題もある」
「別の問題?」
「確かに超合衆国へ隷属するのは許せぬ事だ。しかしそれは私の考え。
天子様の御心とは違うかも知れぬ」
「忠義ですか? 天子様への」
「そうだ。もう何年の前のことになるか。
私が法を犯し、囚人に薬を与えた事で死罪になりかけた時、救って下さったのが天子様だったのだ」
「………………」
「すまないな。関係のない話をしてしまった。
退屈だっただろう」
「いや、そんな事はない。私としても有意義な話だったよ」
「そうか。ならば私からも一つ訊ねたい事があるのだが如何か?」
「答えられる範囲でならば」
「貴公は如何してルルーシュ陛下に忠誠を誓う。
君の勇名は私も聞き及んでいる。
シュナイゼルにつけば、富や権力など思いのままだったろうに」
「……個人的な事情もある。が、やはりシャルル陛下がルルーシュを次代の皇帝にと指名されたのが一番の理由だよ」
「つまりはルルーシュ陛下ではなく、先帝シャルル陛下への忠義と。
では何故シャルル陛下にそれほどの忠誠を誓う?」
「星刻殿。中華連邦人の貴方ならば知っていると思うが、念のために。
豫譲という人物をご存知ですか?」
「史記に触れた事がある者で、その名を知らないものはいないだろう」
豫譲とは中華連邦が春秋時代であった頃に実在した刺客である。
彼は初め六卿の筆頭である范氏に仕官したが、厚遇されず間もなく官を辞した。次いで中行氏に仕官するもここでも厚遇はされることはなかった。再び立ち去り今度は智伯に仕えた。すると智伯は豫譲の才能を認めて、国士として優遇された。だがその智伯が趙襄子に殺されると、豫譲は趙襄子を主君の仇として狙った。
「――――――士は己を知るものの為に死す。
もしも陛下が私をただの軍人として遇したならば、私もただの軍人としてこれに報いただろう。
しかし陛下は、私を騎士として遇してくださった。
ならばこそ、私も騎士として陛下の御恩に報いるのみだ。これこそが騎士道である」
「………………」
星刻の目が見開かれる。
そして静かに言った。
「レナード・エニアグラム卿。
貴公こそ、真の騎士だ。
その騎士道に、私もまた敬意を表そう」
「では!?」
「共闘の件。了承した。
私もまた、天子様に命を救って頂いた命。ならばこそ、この御恩に報いるために君達と手を結ぼう」
「感謝する、星刻殿」
「だが変わりに、シャルル陛下に誓って貰いたい。
決して信義を裏切るような行為をしないと」
「誓おう」
躊躇なくレナードは答えた。
それを見て、星刻もまた満足そうに頷く。
「重大事ゆえ、今直ぐに返答することは出来ない。
だが共闘の件、前向きに考えさせてもらおう」
レナードの忠義は星刻の心を動かした。
その後、星刻は他の反主流派の者達とも協議し、アースガルズとの同盟を決意する。
反撃の準備は整いつつあった。
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